2022年に書いたもの

その声が聞こえてきたのはたまたま通りかかった仕事先のデスクにて。副社長のいるデスクと、私たちのような平社員のいるデスクは仕切りがある。だから、休憩スペースにコーヒーを取りに行くようなときではないと、彼らに遭遇することは無い。
(Switchの──逆先さんの声?)
はて、と首を傾げて時間を確認すれば、もう夕方。ああ、夢ノ咲からこっちに来たのかな、なんて察して二人しかいない副社長に与えられた部屋をなんとなく通り過ぎようとして。

「今日もかっこいいネ」
「────は?」
おおよそ平時では聞かない言葉を聞いた。聞いてしまった。
逆先さんが青葉さんに冷たい態度をとっていて、それが愛情の裏返しだという事実はもうすでに私のような下っ端にも伝わっているよくある光景で。今日もそうなのだろうとどこかで思っていた私は、聞こえてきたその賛辞に、コーヒーをこぼしかけた。
「うう……やめてくださいよ〜!拷問かなにかですかこれ!?」
「こんなのおふざけだヨ、伝わってなかっタ?」
「本気ってことですよねそれ!?」

「……なんだあれ」
何が起きてるのか、まったく理解ができなかった。逆先さんが嬉しそうに伝えてるのは、優しい言葉ばかりで。彼らの間に愛のあるバイオレンスがあることを知っていた私は、思わずコーヒーをこぼしかけた。そしてその場から動けなかった。なぜなら、目の前に春川さんが現れたから。
「HuHu〜♪ししょ〜とせんぱいは今日も仲良しな〜」
「えっ……と……?」
「ししょ〜が楽しそうで宙も楽しいです!せんぱいも嬉しそうな色をしてます」
「……あれ、なんなんですか……?」
春川さんの綺麗な瞳がくるりとこちらを捕える。ふわりと花がほころぶように笑みを浮かべ、ししょ〜は今手元が狂ったせいで反対のことしか言えなくなってるんです、と。

「……本心と、逆のことを言ってる、ってことですか」
「はい!そうです!」
「えぇ……」
それ、大丈夫なんですか、と胡乱げな視線を思わず仕切の向こうにやってしまう。春川さんは数時間すれば戻るから平気な〜?と笑っていて、改めてむちゃくちゃ加減に頭が痛んだ。なんじゃそりゃ。

遠目に見る青葉さんと逆先さんは相変わらず──甘ったるい空気をかもしだしていた。あれ、なにも知らなければ恋人なんですか?って思うだろ、と乾いた笑いが出る。かっこいいだの、だいすき、だの言っているが、全て逆ならとてつもない悪口では?大丈夫なのうちの会社。
「…?」
不意に、逆先さんがソファーから立ち上がる。そして書類とPCをにらめっこしていた青葉さんに近づき──
「……、…」
なにかを囁いた。

瞬間。ガタンと大きな音がして、青葉さんが立ち上がる。逆先さんはなぜだか出入口のこちらに向かって全力で走っていて私の横をすり抜けた。
「えっなに?」
「せんぱいが混乱してる色をしてます」
「えっ?」
春川さんの方へ振り向く。
そして耳に届いた青葉さんの大声。

「────だいきらい、ってどういうことですか!?夏目くん!!」

そう言い終わる前に、青葉さんも逆先さんのことを追いかけて走り出していた。
砂を噛んだような気持ち。何を見せられたんだ、私は。
「……仕事しよ……春川さんはどうされますか?」
「HiHi〜♪大丈夫です!宙はつかちゃんと約束があるな〜」
「あ、はい……」
自由すぎないか、このアイドルたち。
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