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朝菊短編集

「どうしてあなたは今日も息をしているの?」
幼い少女は何年も姿形を変えない森の奥深くに住む青年に尋ねた。数年前、少女が森で迷子になっていた所を青年に助けられ、それ以来少女は青年の元をちょくちょく訪ねるようになっていた。このことは両親には内緒なのだ。少女の住む村では青年は「バケモノ」と呼ばれている存在だから。なぜ彼がバケモノなのかと少女は青年に聞いたことがある。その時は青年は申し訳なさそうに笑って「私は普通の人間よりも長くを生きているのです」と言っていた。少女にはそれのどこが悪いのかわからなかったがふぅん、と返事をした。青年は少女を感情の読めない目で見つめていた。
そして、先程の少女の無垢で残酷な質問に青年は答えた。
「それはあの人が終わりを望まないからですよ」
優しい声で、悲しそうに言った青年の頭を少女は思わず撫でていた。青年は切り株の椅子に座っていて、少女と目線が同じだった。少女はその後彼をぎゅっと抱きしめた。
「…そろそろ帰らないと心配されますよ?」
しばらく抱きしめていると青年は困ったように少女を引き剥がした。少女はにっこり笑うとまたね、と言って森の中から抜け出すために駆けていった。
そうして温もりが消えたあと、青年の後ろに男が立っていた。
「……アーサーさん」
「キク、またあの子供と会っていたのか」
「…ええ」
アーサーはキク、と呼ばれた青年を抱きしめると感情の無い瞳で言い放つ。
「人間とは関わるな。お前が傷つくだけだ」
「…はい」
キクは自分を死ねない体にした元凶である「バケモノ」にその身を預けた。怪物のアーサーは人間のキクに恋をして付き合い始めた。怪物と人間。いつかは別れの日が来る。そう思っていたキクは裏切られることとなる。死ねない体になる魔法をかけられるという最悪の形で。アーサーを憎むこともできないキクは人間からはバケモノと迫害され、怪物にもなりきれない半端者としてアーサーの庇護下に居るしか出来なかった。いつか来る別れは、2人には存在しない。アーサーは怪物でしかないのだ。永久の生を手に入れることを望まないキクの意思を無視してアーサーは私利私欲のために魔法を使った。自己満足で自己完結。彼自身のためでしかない。キクは長い時をアーサーと生きなければいけないのだ。それがどんなに辛くても。
キクは自分を強い力で抱いている金髪に緑の目の美しい怪物を愛おしそうに見る。アーサーの頭を撫でて存在を確認するかのように抱きしめている彼を安心させる。アーサーは顔を上げるとキクに口付けを落としてその腰を抱き、瞬間移動の魔法を使った。
日が落ちた暗い森には鳥の声が響くだけだった。
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