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朝菊短編集

「もしも過去に戻れるとしたら?」
「…いきなりなんですか」
「もしもの話だよ。好きな過去に戻れるとしたらどうする?」
世界会議の昼休み。イギリスと日本は喫煙所で紫煙をくゆらせていた。無言だったその空間を打ち破ったのはイギリスだった。
過去に戻る、随分とロマンチックな話ではないか。彼らしいというか、彼にしては珍しいというか。リアリストなロマンチスト(イギリス)は魔法が使える。彼にとってはおそらくタイムトラベルなんて簡単な話なのかもしれない。
彼の煙が私のと混じり合い通気口に吸い込まれていく。彼は喫煙を止めたと聞いていたが、私に付き合っているのだろうか。私の国でもそろそろタバコは手軽な嗜好品から手の届かないモノに変わりつつある。国で疎まれているものを国の化身が嗜むのは上司からの小言ものだ。二人でこうしてタバコを吸えるのはいったいいつまでだろうか、なんて考える。
「聞いてんのか、おい日本」
「…なんですか?」
「聞いてなかったな」
「これは失礼」
「だから、お前はいつに戻って何をしたい?」
まだその話は終わってなかったのか。目を瞬かせて逡巡する。質問の真意を知ろうとして彼をのぞきみる。私の視線に気づいたイギリスは猫のようににたりと笑った。
「……わからないです。イギリスさんはどうなんですか」
「俺?俺はなぁ」
くはあ、と息を吹くイギリス。どうやら質問に質問で返したことに文句はないらしい。
「戻りたくはないな」
きっぱりと言い放たれた言葉に驚く。そして、げんなりする。戻れる、という話をふってきたのに本人の答えは「戻りたくない」というのはどうなのか。イギリスはそんな私の心境を知ってか知らずか言葉を止めない。
「俺は不器用だからな、戻ったとしても最善を尽くすことはできない。ただ同じ歴史を繰り返すだけだ。まあ、タイムトラベルにおいて歴史改変なんてタブーだからな」
「……はあ」
「なんで聞いてきたか、って?」
「よくわかっていらっしゃる」
「はは、生憎と長年の付き合いのやつの考えていることを察せないほど純真でもないんだ」
「御託はいいです」
「ああ、すまない。べらべらと饒舌なのは俺の悪い癖だな。…で、どうしてだと思う?」
「ただの遊びですか?タチの悪い」
「正解」
「……」
これだからこの人は。タバコの火を消して机に手を置く。するとスルリと彼の手が私の手に絡みついてくる。さすられてなまめかしく指を絡め、彼の細くて長い指が私の小ぶりな手を弄ぶ。
「お前は過去に戻れるとしたらどうするのか気になったんだ」
煙がゆるりと消え始めている喫煙所で2人は目線を交差させる。恋人同士のそれは熱を孕んでいた。
「続きは、夜聞きますよ。もうすぐ時間」
「ん、ああ。そうか。そうだな。じゃあ、夜、俺の部屋で」
パッと手を離し何も無かったかのように彼は立ち去った。つくづく狡い人だなぁ、と私は彼の背中を見て思った。
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