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梅雨の笑顔

自分は一体なんてことをしてくれたのか。トキヤが家に帰ると自動照明の玄関が明るくなった。部屋の鍵を閉め、傘を傘置きに置くとずるずるとしゃがみ込む。顔を手で覆い、はぁ、と大きく息を吐いた。雨に打たれて冷静になった頭はこのバカヤロウ、と己を責めている。それでももう片方の自分は体が冷える前に風呂に入りたい、と訴えており、バスルームへびしょ濡れのまま移動した。
バスタブにお湯を張る。ジョボボと音を立ててお湯が見る間に溜まっていく。服を全部脱いで乱雑に洗濯機の中へ突っ込んだ。全裸になってお湯が満タンになるまでシャワーを浴びる。冷えきって小刻みに震えていた体はじわりじわりとシャワーの熱で暖かくなっていく。先ほどのことは忘れよう。今はとりあえずこの体のケアをしてから考えればいい。どこまで行っても仕事一辺倒な己の考えに嫌気がさした。

風呂から上がると冷たかった体は温まり思考も正常なものへと切り替わった。そして生まれてくるのは自己嫌悪。自分のことを慕ってくれている好きな人が涙目で他の人と幸せに、と言われたのだ。その瞬間トキヤの脳内は真っ白になった。そして、衝動で動いてしまった。キスを、してしまった。まだ告白すらしていないというのに。しかしあの分だと両想いだと思っていたのはトキヤの方のみか、と意気消沈した。春歌は鈍感すぎるきらいがある。あのキスで、想いがきちんと伝わればいいのに、と暗い室内をぼんやりとソファーに腰掛け現実逃避とも言える思考の巡らせ方をしていた。

「なんで一ノ瀬さんは私なんかにキスをしたのでしょう」
『はあ!?』
「とっ、トモちゃん、声が大きすぎます…」
春歌は家へ帰ると真っ先に親友の友千香へと連絡を入れ、トキヤにキスされたことを報告した。友千香は最初は怒っていたが、次第に落ち着くと春歌のことを心配しだした。
『嫌じゃなかった?大丈夫?無理矢理だったなら仕返ししてあげようか?』
「だ、大丈夫です!……それに、その…」
『ん?なに?』
「嫌じゃなかった、です……」
『まあ好きな人にキスされたんだしね』
それから数分友千香と話し、電話を切る。春歌は自室のベッドにダイブしてイルカのぬいぐるみを抱きしめた。そして、無意識のうちに指で唇に触れる。触れた唇からじわりと熱が広がっていくようだった。真っ暗になった外をなんとなくぼうっと眺める。小雨がカーテンの閉じられていないドアガラスを叩き、濡らしていた。
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