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梅雨の笑顔

「映画のチケットを譲ってもらえたので一緒にどうですか」
それだけの簡潔なチャットがトキヤからLINEで送られてきた。それを見て春歌はあまりの嬉しさに飛び上がって頭をぶつけてしまい、涙目で滲む画面を何度も読み返した。
一ノ瀬トキヤ。圧倒的な歌唱力と演技力、そして表現力で早乙女学園卒業後瞬く間にトップアイドルになった男。彼と春歌は学園時代からパートナーを組んでおり、二人三脚のように歩んできた。七海春歌には憧れていたアイドルがいる。HAYATOという明るくて天真爛漫で人懐こくて太陽のようなアイドル。それはトキヤが演じていたものであり、トキヤが苦手な記憶としているもの。その時から春歌はHAYATO、そしてトキヤが好きだった。学園時代は恋を知らず漠然とただトキヤと共にいるのは心地よいと思っていたが卒業後世間の荒波に揉まれてその感情が恋だと気づいたのだ。
アイドルに恋愛沙汰は御法度である。
夢を与えるアイドルはみんなのアイドルでなければいけない。だから、恋人なんて作ってはいけない。
トキヤへの恋心は重荷になるだけで何もいいことは無い。だから殺そうとした時期もあった。しかしそれは出来なかった。どうしてもトキヤを好きだという気持ちが溢れてしまい曲にのってしまう。それならばといっそ割り切って誰にも告げなければこっそり想うことぐらい許されるよねという心持ちでやってきている。
そんな中での映画のお誘いだ。舞い上がるなという方が無理だろう。早速春歌は数少ない友人の友千香に連絡を入れた。

友千香によって全身をコーディネートされてメイクやアクセサリーまで友千香曰く完璧な清楚系女子になった春歌は待ち合わせの場所へ来ていた。生憎梅雨の時期であるため雨が降っている。傘をさして想い人を待つ。この時間がどれほど暖かいものか、初めて気づいた感情に春歌は笑みをこぼした。舞い上がって楽しみにして本気の戦闘服で化粧も完璧にして、好きな人のために変身する。世の女子が恋愛沙汰の話が好きな理由がわかりかけた気がした。時刻は待ち合わせの十分前。トキヤと見に行く映画は今話題になっている恋愛ストーリー。決して叶わぬ恋をした男女の切ない話らしい。あらすじをざっと読んだがその2人にどこか己を投影してしまい、その時は泣いてしまった。今回はメイクもしている事だし泣かないように、と気を引き締める。トキヤを待つ午後の緩やかな時間。雨降りだがいつもは煩わしい雨音すら心地よい音色に聞こえてくる。今度の曲は雨の日をイメージしたラブソングにしようかな、と創作意欲が掻き立てられる。それを忘れないうちにスマホを取り出しメモをする。この歌を歌ってくれるトキヤと、こんな感情を共有出来るのだろうか。共有出来たら嬉しいなぁ、と春歌は傘の中で1人嬉しさで笑顔になっていた。
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