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梅雨の笑顔

レコーディングの際言われ、今でも心を苛み続ける私の歌には無いもの。それが何かわからなかった。そのことに酷くいらついた。誰も私の歌に足りていないものを教えてはくれなかった。それなのに人々は私に完璧を求めた。

「っ…」
ザアザアと降りしきる雨の音が聞こえる。デビューして借りたマンションでつい先程まで天気が良かったから窓を開けて本を読んでいた。それがいつの間にか寝てしまっていたらしい。時計の針は最後の記憶から一時間ほど進んでいた。
窓を閉めるためソファーから立ち上がる。変な姿勢で寝てしまっていたため体中が痛い。肩を回すと骨がバキバキと音を立てた。伸びをして、少しストレッチをしてから窓を閉めに窓際へと向かった。
空は暗雲に覆われており、まだ14時だと言うのにすっかり暗く、湿っぽくなっていた。雨の匂いにホコリの匂いが混ざっている。梅雨特有の湿った空気に顔を顰めてピシャリと外界と室内を遮断した。

今日は珍しくもぎ取れた一日まるまるオフの日だった。11時まで三度寝をしてベッドの中でグダグダした後に朝食と昼食を一緒にとった。そして洗濯物をした後にたまたま寄った本屋に売っていた本屋大賞を取った小説を読んでいたのだ。本を読み進める途中で眠ってしまったことにどれだけ睡眠時間がいつも足りていなかったのか痛感させられる。
キッチンに行ってミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し乾ききった喉を潤す。ペットボトルの蓋をパキリ、と音を立てて開けて半分ほど飲み干すと喉の不快感が消えた。
リビングへ戻り机の上に置いてあるスマートフォンを手に取りロックを外して通知を見る。クセのようなものだ。仕事関係の連絡が入っていたとして、それを早くに気が付かなければいけないのでもう携帯というものを持ちだしてからメールやLINEの通知の確認は再重要事項になっていた。あまりプライベートに仕事は持ち込みたくないのだが芸能界で生き残るためには柔軟にならなければならない。どうやら眠っていた間に急ぎの用事や急なスケジュール変更はなかったようだ。それに少しホッとする。いくら歌うのが好きでやっている仕事とはいえ仕事は仕事だ。嫌いとまではいかないが少々うっとおしく感じてしまうこともある。
スマートフォンをテーブルの上に戻してトキヤは一面ガラス張りの窓へ視線を向けた。外は相変わらずの土砂降り。雨の日には頭痛がするタイプであり、今も鈍い痛みが頭を侵している。低気圧がどうのと言っていたが薬で治るものではないため付き合っていくしかないという話なのだろう。雨の日は、好きではない。自分が自分では無くなる気がするから。気分が落ち込み体調は悪くなり、挙句の果てには人肌が恋しくなってしまう。そのことに気付かされたのはとある人物のせいだ。
ああ、こんな雨の日にはどうしようもなくあなたが恋しくなる。
スマートフォンのロックを再び外してその原因の人物の名前を電話帳から探す。ここをタップしたら電話をかけられる、という画面になってから躊躇い、電話帳を閉じた。代わりにLINEを開いてトーク履歴を遡る。そこには業務的な内容の話しか表示されておらずわかってはいたが意気消沈してしまう。今の心境である四文字を下書きに打ち込んで、やめた。彼女が今日休みだとは限らないのだ。仕事中にそんなことをただの同僚である男に告げられたら迷惑だろうし、何より気持ち悪いと思われかねない。深いため息をつくとトキヤは読みかけの本をおもむろに手に取った。本を読む気分では無いが特にすることもないので仕方なくだ。
雨の日とは、こんなにも人恋しくなるものだったのだろうか。問いかけても答えは見つからなかった。
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