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梅雨の笑顔

「ううう……どうすればいいんでしょうか」
「春歌?」
「あ、トモちゃん!待ってました!」
「うわっ」
梅雨の時期にしては珍しく晴天の休日。春歌は親友の友千香に相談するために彼女と会う約束をしていた。集合場所にいつもの癖で15分前に来ていた春歌はベンチに座り一人悶々と独り言を呟いていた。そんな春歌を見た友千香にめんどくさいことになりそうだ、と嫌な予感が過ぎった。

話すために近くのファミレスへと入る。ジメジメとした空気はよく効いている空調によりファミレス内には無く、涼しく丁度いい湿度と温度になっていた。
席へ案内され友千香は早速メニューを開く。時刻は午前11時半。昼食を取るにはいささか早すぎるが春歌の話を聞きながらとなると何時間かかるか分からないので話し出す前に注文をしてしまおうとランチメニューを見る。
「春歌、あんたなににする?」
「え、私お腹はすいてな…」
「ペペロンチーノね、わかった」
「え」
手際良く友千香が呼び鈴を押して店員に注文をしているのを春歌はただ見ているしかなかった。
「で?どうしたの」
なかなか話を切り出さない春歌に友千香はザックリと切り込んだ。ビクッと春歌の肩が跳ねる。そしてアワアワと焦り出し挙動不審になる春歌に友千香は落ち着け、と冷静に言う。
「あの…えっと、その…」
「呼び出したのはアンタでしょうに、ほら、言っちゃいなさい」
運ばれてきたパスタを食べながら急かすと春歌は意を決したように拳を握りしめ、バッと顔を上げた。
「あの!実は…」

一通り聞き終わった友千香の感想は思っていたとおりめんどくさいことになっていた、ということだった。
春歌がトキヤに片想いしていたのは知っていた。春歌自身は隠していたつもりだったらしいが隣にいればいやでもわかる。それほどわかりやすい春歌にパートナーであり友千香より春歌に近い場所にいるトキヤが気づいていなかったわけもなく。トキヤが春歌のことを好きかはわからないが、嫌ってはいないだろう。だから友千香は二人が恐らく両想いであることを知らないのは春歌のみだと思っていた。トキヤになら、春歌を任せられると思っていたから春歌に恋を諦めなさいと言ったことは無かったのだが、今回のトキヤの話を聞くと友人思いの友千香はそれが間違いだったことに軽く失望した。
春歌には幸せになって欲しい。ただそれだけを思って彼女を見守ってきた。それなのに今彼女は泣きそうに顔を歪ませ友千香に助けを求めていた。
「……あんたはどうしたいの?」
「え…?」
「これからのこと。仕事なんだしどんなに嫌がってもトキヤとは顔を合わせなきゃいけないのよ?それで、そんな顔で、恋を諦めきれない心で、トキヤと平然に会話できる?パートナーなのよ、あいつはあんたの。いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。それはわかってるでしょ」
「………うん」
「なら、あんたはどうしたい?」
「……謝りたい、です」
そこで第一に詰りたい、と言わないだけ彼女は謙虚で鈍いのだ。
「なら、やることは一つでしょ」
「はい!」
春歌はニコッといつもの笑顔で笑いありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。


▷▷


あれから春歌はトキヤと話をしようと幾度も話しかけに行ったのだが、その度に理由をつけられて逃げられる。春歌がグイグイ押していけないタイプだということを知っているだろう彼の、明確な拒絶。それに傷つき、めげそうになる度友千香に相談してはまた話しかけに行くという繰り返し。仕事の話なら何事もないように話せるのだが、春歌が少しでもこの間の、とかごめんなさい、とか言おうとするとそれを察知してトキヤは冷たく突き放す。そんなこんなで2週間が経とうとしていた。

梅雨はまだ、明けない。

外は土砂降りの雨。傘を忘れた春歌はテレビ局の職員玄関で立ち尽くしていた。今日は確か降水確率が低かったはずだ。だから傘は持ってこなかった。なのに、これだ。
はあ、とため息一つついて肩を落とす。さてどうしたものか。知り合いのディレクターやらに同じ傘の中に入れてもらう、ということは考えたが春歌は遅くまでテレビ局にいたので知り合いの人はみな帰ってしまっていた。このまま土砂降りの中を走って駅まで行き、ずぶ濡れで電車に乗ってまた土砂降りの中を走って家へ帰らなければいけないのか。
しばらく躊躇い、意を決して拳を握りしめキッ、と顔を上げた時だった。
「なにをしているのですかあなたは」
「え……?」
聞こえたのは、いるはずのない人の声。
「一ノ瀬さん…」
「七海くん、まさか傘を忘れたんですか?」
「あう……はい……」
トキヤは呆れたような目で春歌を見る。春歌がごめんなさいと謝罪すると何も謝ることではないでしょう、と一蹴されたが。
「……入っていきますか?」
「……はい?」
「傘ですよ。…私の傘で一緒に帰りませんか、という意味です」
「そっ、それは」
恐れ多いです…と言おうとした春歌の声を遮り「ぐしょぐしょな濡れ鼠な貴女が電車に乗って行くとして、迷惑じゃないのかと考えられませんか?」なんて言われたので春歌は大人しくトキヤの傘に入ることにした。

空気が重い。好きな人と相合傘なんて乙女なら1度は憧れるシチュエーションのはずなのに、2人は会話をせず歩いていた。
喋らないもののトキヤは春歌の歩くスピードに合わせてゆっくりと歩いている。春歌はそれに少し嬉しくなる。
「あの、先日…」
「その話はやめませんか?」
「っ…でも!ごめんなさい!私、一ノ瀬さんの邪魔をしてしまいました…」
「邪魔?」
「…あの女優さんと、お話されてましたよね。その時に目が合ったのに逃げるようにその場をあとにしてしまいました。…挨拶すれば良かったのに…だって、あの人は、トキヤくんの大切な人ですよね?」
「は?」
「女優とアイドルなら、大丈夫だとは思いますがスキャンダルはダメですよ 」
上手く笑えてたか。春歌にその自信はない。ぎこちなくて拙い不細工な笑顔だっただろう。春歌はトキヤのことが好きだ。トキヤは春歌のことなど好きではない。ならば春歌に出来るのはトキヤの恋を応援することだけ。春歌は悩んで悩んでその答えにたどり着いた。自分の恋心は邪魔になる。ならば、殺せばいい。
「七海くん…」
「なんですか?」
声は、震えていた。目にも涙が滲む。まずい、このままでは。走り出そうとしたが春歌はグンッと強い力で腕を掴まれそれは叶わなかった。
一瞬の出来事だった。トキヤが春歌の腕を引き、抱きしめて、春歌の唇へキスをした。
「春歌…あなたは勘違いをしている」
トキヤが何かを言っているがその言葉は春歌には届いていない。ショックとパニックでぐちゃぐちゃになった春歌は口をはくはくと開閉させ、その場から脱兎のごとく逃げ出してしまった。トキヤの傘は人のいない道へ投げ出され、雨に打たれていた。
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