女中物語
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あの日、不意にキスをされてから沖田さんの様子は特に変わることはなかった。
(きっとただの酔っ払いだったんだよね)
自分にそう言い聞かせてはみるものの、私の方はあの一件以来、沖田さんを意識してしまってなんとなく気まずい。
そんな落ち着かない日々を送っていたある日、廊下を歩いていると土方さんに声をかけられた。
「おい、ちょっといいか」
「なんですか?」
「あーお前に頼みがあってな、来てくれ」
そう言って土方さんは自室に私を呼びつけた。土方さんが私に用事なんて珍しいこともあるもんだ。
部屋につくなり煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出すと口を開いた。
話によれば、ここ最近、カップルを狙った強盗傷害事件が後を絶たない。そこで真選組は今度おとり捜査を行うらしい。だが肝心の彼女役に適任な隊士たちが出払っているのだという。そこで彼女役を私にして欲しいというのが土方さんの言う頼みであった。
「ちょっと待ってください、何で私なんですか!?」
「お前、肝も据わってるし、元々夜の店で働いてたし男との距離感の詰め方も心得てんだろうし、不自然にはならねぇだろうと思ってな」
「普通に怖いんですけど」
「そこは真選組が周り固めて見張ってるし、その…彼氏役は俺だ。だからお前の安全は保障する」
「えっ!?土方さんが彼氏役なんですか?へー土方さんが彼氏かぁ」
私がニヤニヤとして見れば、土方さん面倒臭そうに「チッ」と舌打ちをして煙を吐き出す。
「まぁ土方さんが私に頼むなんてよっぽどのことですもんね、一肌脱ぎますか!」
「あぁ、すまんな」
こうして私は土方さんとおとり捜査にてカップル役をすることになったのだ。
*
おとり捜査一日目
場所は歌舞伎町の外れにある人気のない公園。私はいつもの素っ気ない服装からお洒落をして化粧もちゃんとした。そして隣には私服姿の土方さん。あまり見慣れない土方さんの私服姿は新鮮だ。
出来るだけラブラブなカップルに見えるようにとのことだったのだがどうやったらラブラブに見えるんだろう?とりあえず立っている土方さんの腕に抱き着いてみる。
「トシくーん、今日さむーい!」
「おい、その頭の悪そうな呼び方やめろ!?」
「だってラブラブなカップルって言ってたじゃないですか!乗ってくださいよ!」
「乗れって言ったってよ……ナマエ、俺にくっついてりゃ、少しはマシだろ」
「いやーん、嬉しいトシくんって優しいー♡」
「これ、ただの頭の悪い馬鹿なカップルじゃね…?」
土方さんは呆れたように私の顔を見てため息をついた。私も自分の演技に耐えきれなくてつい吹き出してしまった。
「お前笑ってんじゃねぇよ」
「ごめんなさい、つい。ねぇトシくんベンチ座らない?」
そう私が提案すると土方さんも頷いてくれたので土方さんの腕を引っ張ってベンチに座った。街灯の明かりにぼんやりと照らされたベンチに座る。
それにしてもカップルって難しくない?そう思ってたらいきなり腰に手が回ってきた。いきなりのことで少しドキリとする。
「わー、トシくんってこういうことサラっと出来るからモテるんだ」
「うるせぇよ」
「てかカップルって難しくないです?何したらいいの、抱き合ってみます?」
「お前、恥ずかし気もなくよくそんなこと言えんな」
「だって、犯人捕まえたいじゃないですか」
「そらそうだが……」
そう言って土方さんはゆっくりと私のことを抱きしめた。タバコの匂いと土方さんの香りが鼻いっぱいに広がった。私もゆっくりと土方さんの背中に手を回してみる。自分で提案したことだけどいざやってみると猛烈に恥ずかしい。顔が熱い。
ーーその時だった。ドォォン!という大きな音と共に衝撃が走った。何?顔をあげると髪の毛がチリチリになっている土方さん。一秒の沈黙の後、土方さんは血管がち切れんばかりに青筋を立て、鬼の形相で背後を振り返った。そこには無表情でバズーカを持っている沖田さんが居た。え、何もしかしてバズーカ撃たれた?
「総悟てめぇ何してんだ」
怒っている土方さんに対して、火を吹いたばかりのバズーカを軽々と肩に担ぎ直し、相変わらずのポーカーフェイスで口を開く沖田さん。
「いやー、土方さんがあまりにもだらしなく見えたんで、いきなり襲われても反応出来ねぇんじゃねぇかと思いやしてね、練習でさァ」
「ふざけろよ!ぶち殺すぞてめぇ」
そして土方さんと沖田さんのいつもの言い合いが始まり空気はもはやおとり捜査の雰囲気ではなくなった。見張りとして配置されていた隊士さんたちも騒ぎを聞きつけてゾロゾロと集まってきた。結局この日は犯人は現れないだろうということになり、一日目のおとり捜査は呆気なく幕を閉じた。
屯所への帰り道、土方さんにまだ怒られている沖田さん。全然反省しているようには見えない。
「総悟、ちゃんと反省してんのかよ」
「もちろん、してまさァ」
「ほー、どこをだ」
「バズーカの照準がずれてたことでさァ」
「そこじゃねぇよ、全然反省してねぇだろうが!!」
そんなやり取りを横目で見ながら歩いている。明日にもう一度おとり捜査をするそうなのだがちゃんと出来るのかな。そんなことを思っていると沖田さんが突拍子もないことを言い出した。
「明日の彼氏役、俺がやりまさァ」
「え?何でですか!?」
「土方さんの演技下手過ぎて見てられねぇから仕方ないから俺がやってやりやすよ」
「誰が下手くそだ、てめぇに出来るわけねぇだろ!」
「土方さんより上手に出来やすぜィ」
「そうかよ、じゃあ見せてもらおうか」
「ちょっと待ってくださいよ!明日は沖田さんが相手なんですか?」
「俺じゃ嫌なのかよ」
「別にそうじゃないですけど……」
「じゃあ決まりでさァ」
沖田さんは不敵な笑みを見せた。不安すぎる。沖田さんが彼氏役になるのはあまりにも不安だがそうも言ってられる状況ではなく仕方なく私はその決定を受け入れるしかなかった。
*
おとり捜査二日目
昨日と同じ公園に今日は沖田さんと二人で立っている。
沖田さんに馬鹿にされないように昨日よりも気合を入れてお洒落をしてしまった。
「じゃあ始めますかィ」
そう言うや否や沖田さんは私の手を握ってきた。
「え!急に?」
「俺たち付き合ってるんだから手ぐらい普通でさァ」
「そ、そうだね」
昨日の土方さん相手には自分から腕に抱き着けたのに何故か沖田さんには妙に緊張してしまう。それはきっと前のキスのことがあるからだ。そんな私の気持ちとは裏腹に繋いでいる手を、指を絡めるようないわゆる恋人繋ぎにしてきた沖田さん。そのごつごつとした、案外男らしい手の感触に心臓が跳ねる。繋いだ手を引かれて歩き出す。しばらく公園を歩いていればふと思い出したように沖田さんが口を開く。
「そういや俺のことは名前で呼んでくれねぇんですかィ」
「え?名前?」
「昨日は馬鹿みてぇにトシくんって呼んでたじゃねぇか」
「えっ?じゃあ…総悟くん」
そう言えば満足そうにニヤリと口角を上げ「よく言えやした」と言う沖田さん。繋いだ手にぐいっと力がこもる。そして繋いでいた手がふいに離れたと思えば沖田さんはグイッと自分の方に私を引き寄せる。いきなりのことで、よろけた私の身体を沖田さんは逃がさないように両腕でがっちりと閉じ込め抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「……昨日の馬鹿彼氏の上書きでさァ」
混乱して問いかける私に、沖田さんは首筋に顔を埋めたまま、低い掠れた声で囁いた。確かに昨日とは何もかもが違う、抱きしめられる強さも、鼻いっぱいに広がる優しい甘い匂いも全部、全部、違う。沖田さんにどんどん塗りつぶされていくような感覚。それが何となく恥ずかしくて、黙ったまま沖田さんに抱きしめられていると満足したのか、腕がほどけ体が軽くなった。
「ベンチ行きやすか」
「…そうだね」
そう言うとまた私の手を恋人繋ぎで握ってくる。手を引かれるまま歩き、街灯の下のベンチに並んで座った。
演技だと割り切っているが今日の沖田さんには調子が狂ってしまう。昨日の土方さんには自分からグイグイいけたのに。そんなことを考えていれば沖田さんが私の顔を覗き込んできた。
「今日は静かだねィ」
「そんなことないよ、総悟くんこそいつもと違うから変な感じで」
「俺たち付き合ってるんだから普通でさァ」
「ち、近いって!」
私の反応を楽しんでいるのか顔をどんどん近づけてくる沖田さん。思わず目を逸らせば頬を両手で包まれた。逃げられないように固定され、真っ直ぐな瞳に見据えられた。
「ほら、ちゃんと俺だけ見てくだせェ」
「う、うん、わかった離して」
そう言っても沖田さん両手を離してくれない。街灯の光の下、少し上から覗き込んでくる目が真っすぐで思わず息が詰まった。
「ちゃんと総悟くんだけを見るから」
「じゃあキスしてくだせェ」
「はぁ!?」
とんでもないことを言ってくる沖田さんに演技を忘れて思わず大きな声が出てしまった。キスしろって言ったよ。どういうつもりなの。前のキスのことがフラッシュバックする。そんな戸惑う私をニヤリと笑い見ている沖田さん。
「ほら、ナマエ早くしてくだせェよ」
沖田さんは徐々に距離を詰めてくる。絶対に面白がっている…。私は意を決して沖田さんの手を両手で降ろし、そのまま頬に軽く触れるくらいのキスをした。
「……これで許して」
本当にキスされるとは思っていなかったのか沖田さんは面を食らったような顔をして固まっていた。
「……マジか、普通本当にするかよ」
そう言って沖田さんはうなだれるように顔を伏せた。
その時に見えた沖田さんの耳はこの街灯の灯りでも分かるくらい真っ赤になっていた。普段の沖田さんから想像出来ない姿。思わず胸がキュンとした。
「もしかして照れてる?」
「……照れてねェ」
「だって耳赤いよ」
「うるせェ、見んな」
そう言って、沖田さんは顔を背けたまま、乱暴に自分の耳を手のひらで隠した。その仕草が可愛くておかしくてつい笑ってしまった。そんな私を「笑うんじゃねェ」と睨んでくる沖田さん。そして、そっぽ向いたまま私の手を取った。握られた手がさっきよりもずっと熱いような気がした。
その時だった。暗がりから男が二人、飛び出してきた。
「イイところ邪魔すんぜ」
「大人しく言うこと聞きな」
手には鈍く光るナイフのようなものを持っている。二人組は低く笑いながら近づいてきた。沖田さんの動きは速かった。握っていた私の手を一瞬で離し、代わりに自分の体で私を背後に庇うように立った。さっきまで耳を赤くして照れていた可愛かった沖田さんはもういなかった。後ろからでも分かるくらい鋭い殺気を放っている。
「彼女守ろうなんざ、かっこいいねぇお兄さん」
「まずは金出してもらおうか」
「てめぇらに渡す金なんてねェよゴミ共」
「んだと!舐めてんじゃねぇ!!」
男の一人がナイフを振り上げて襲いかかってきたが、沖田さんは軽く身を翻して避け、そのまま男の腕を捻り上げて地面に叩きつけた。バキッという鈍い音がして、男が悲鳴を上げる。
「ぐあっ!」
それと同時に周りに待機していた隊士さんたちが駆けつけもう一人の男もあっけなく取り押さえられた。私は呆然としながら一連の流れを見ていた。こんなにもあっさり二人を倒してしまうなんてさすが真選組だ。
「おい、ミョウジ大丈夫か?怪我ねぇか」
土方さんの声にふと我に返った。
「大丈夫です、沖田さんが守ってくれました」
「そうか、ご苦労だったな」
こうして、おとり捜査は二日目にしてあっさりと成功を収めた。捕まった犯人たちはパトカーで連行されていった。残された私たちは屯所まで歩いて帰ることに。少し前を歩いている沖田さんに声をかける。
「沖田さん、さっきは守ってくれてありがとうございました」
「まぁ仕事なんでねィ」
「かっこよかったです!」
「…そうですかィ」
そう言った沖田さんは少し照れたように目を逸らした。すると近くに居た隊士さんが私に話しかけてきた。
「そういえばミョウジさん、沖田隊長にキスしてなかった?見間違い?」
「えっ!?」
心臓が跳ね上がった。見られていたー!そういえば周りの隊士さんに全部見られてたんだった。
「し、してないですよ!ふりです、してるふり!!」
「そうだったんだぁ、びっくりしちゃったよ」
私は慌てて手を振って否定したけど、声が上ずってしまった。隊士さんは笑っていたが、私は変な汗がじんわりと滲んだ。隣の沖田さんはその話題を避けるように少し前を歩いてる土方さんに絡みに行った。
「土方さーん、やっぱり俺が彼氏役やって正解でしたねィ。土方さんだったらいつまでも犯人出てこなかったかもしれねェ」
「うるせぇ、お前が邪魔しなきゃ昨日で終わってたっつーの」
いつものやり取りが始まって、私はほっと胸を撫で下ろした。そうあれは私と沖田さんの二人の秘密。繋がれた手の熱さや照れた顔も、全部。
(きっとただの酔っ払いだったんだよね)
自分にそう言い聞かせてはみるものの、私の方はあの一件以来、沖田さんを意識してしまってなんとなく気まずい。
そんな落ち着かない日々を送っていたある日、廊下を歩いていると土方さんに声をかけられた。
「おい、ちょっといいか」
「なんですか?」
「あーお前に頼みがあってな、来てくれ」
そう言って土方さんは自室に私を呼びつけた。土方さんが私に用事なんて珍しいこともあるもんだ。
部屋につくなり煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出すと口を開いた。
話によれば、ここ最近、カップルを狙った強盗傷害事件が後を絶たない。そこで真選組は今度おとり捜査を行うらしい。だが肝心の彼女役に適任な隊士たちが出払っているのだという。そこで彼女役を私にして欲しいというのが土方さんの言う頼みであった。
「ちょっと待ってください、何で私なんですか!?」
「お前、肝も据わってるし、元々夜の店で働いてたし男との距離感の詰め方も心得てんだろうし、不自然にはならねぇだろうと思ってな」
「普通に怖いんですけど」
「そこは真選組が周り固めて見張ってるし、その…彼氏役は俺だ。だからお前の安全は保障する」
「えっ!?土方さんが彼氏役なんですか?へー土方さんが彼氏かぁ」
私がニヤニヤとして見れば、土方さん面倒臭そうに「チッ」と舌打ちをして煙を吐き出す。
「まぁ土方さんが私に頼むなんてよっぽどのことですもんね、一肌脱ぎますか!」
「あぁ、すまんな」
こうして私は土方さんとおとり捜査にてカップル役をすることになったのだ。
*
おとり捜査一日目
場所は歌舞伎町の外れにある人気のない公園。私はいつもの素っ気ない服装からお洒落をして化粧もちゃんとした。そして隣には私服姿の土方さん。あまり見慣れない土方さんの私服姿は新鮮だ。
出来るだけラブラブなカップルに見えるようにとのことだったのだがどうやったらラブラブに見えるんだろう?とりあえず立っている土方さんの腕に抱き着いてみる。
「トシくーん、今日さむーい!」
「おい、その頭の悪そうな呼び方やめろ!?」
「だってラブラブなカップルって言ってたじゃないですか!乗ってくださいよ!」
「乗れって言ったってよ……ナマエ、俺にくっついてりゃ、少しはマシだろ」
「いやーん、嬉しいトシくんって優しいー♡」
「これ、ただの頭の悪い馬鹿なカップルじゃね…?」
土方さんは呆れたように私の顔を見てため息をついた。私も自分の演技に耐えきれなくてつい吹き出してしまった。
「お前笑ってんじゃねぇよ」
「ごめんなさい、つい。ねぇトシくんベンチ座らない?」
そう私が提案すると土方さんも頷いてくれたので土方さんの腕を引っ張ってベンチに座った。街灯の明かりにぼんやりと照らされたベンチに座る。
それにしてもカップルって難しくない?そう思ってたらいきなり腰に手が回ってきた。いきなりのことで少しドキリとする。
「わー、トシくんってこういうことサラっと出来るからモテるんだ」
「うるせぇよ」
「てかカップルって難しくないです?何したらいいの、抱き合ってみます?」
「お前、恥ずかし気もなくよくそんなこと言えんな」
「だって、犯人捕まえたいじゃないですか」
「そらそうだが……」
そう言って土方さんはゆっくりと私のことを抱きしめた。タバコの匂いと土方さんの香りが鼻いっぱいに広がった。私もゆっくりと土方さんの背中に手を回してみる。自分で提案したことだけどいざやってみると猛烈に恥ずかしい。顔が熱い。
ーーその時だった。ドォォン!という大きな音と共に衝撃が走った。何?顔をあげると髪の毛がチリチリになっている土方さん。一秒の沈黙の後、土方さんは血管がち切れんばかりに青筋を立て、鬼の形相で背後を振り返った。そこには無表情でバズーカを持っている沖田さんが居た。え、何もしかしてバズーカ撃たれた?
「総悟てめぇ何してんだ」
怒っている土方さんに対して、火を吹いたばかりのバズーカを軽々と肩に担ぎ直し、相変わらずのポーカーフェイスで口を開く沖田さん。
「いやー、土方さんがあまりにもだらしなく見えたんで、いきなり襲われても反応出来ねぇんじゃねぇかと思いやしてね、練習でさァ」
「ふざけろよ!ぶち殺すぞてめぇ」
そして土方さんと沖田さんのいつもの言い合いが始まり空気はもはやおとり捜査の雰囲気ではなくなった。見張りとして配置されていた隊士さんたちも騒ぎを聞きつけてゾロゾロと集まってきた。結局この日は犯人は現れないだろうということになり、一日目のおとり捜査は呆気なく幕を閉じた。
屯所への帰り道、土方さんにまだ怒られている沖田さん。全然反省しているようには見えない。
「総悟、ちゃんと反省してんのかよ」
「もちろん、してまさァ」
「ほー、どこをだ」
「バズーカの照準がずれてたことでさァ」
「そこじゃねぇよ、全然反省してねぇだろうが!!」
そんなやり取りを横目で見ながら歩いている。明日にもう一度おとり捜査をするそうなのだがちゃんと出来るのかな。そんなことを思っていると沖田さんが突拍子もないことを言い出した。
「明日の彼氏役、俺がやりまさァ」
「え?何でですか!?」
「土方さんの演技下手過ぎて見てられねぇから仕方ないから俺がやってやりやすよ」
「誰が下手くそだ、てめぇに出来るわけねぇだろ!」
「土方さんより上手に出来やすぜィ」
「そうかよ、じゃあ見せてもらおうか」
「ちょっと待ってくださいよ!明日は沖田さんが相手なんですか?」
「俺じゃ嫌なのかよ」
「別にそうじゃないですけど……」
「じゃあ決まりでさァ」
沖田さんは不敵な笑みを見せた。不安すぎる。沖田さんが彼氏役になるのはあまりにも不安だがそうも言ってられる状況ではなく仕方なく私はその決定を受け入れるしかなかった。
*
おとり捜査二日目
昨日と同じ公園に今日は沖田さんと二人で立っている。
沖田さんに馬鹿にされないように昨日よりも気合を入れてお洒落をしてしまった。
「じゃあ始めますかィ」
そう言うや否や沖田さんは私の手を握ってきた。
「え!急に?」
「俺たち付き合ってるんだから手ぐらい普通でさァ」
「そ、そうだね」
昨日の土方さん相手には自分から腕に抱き着けたのに何故か沖田さんには妙に緊張してしまう。それはきっと前のキスのことがあるからだ。そんな私の気持ちとは裏腹に繋いでいる手を、指を絡めるようないわゆる恋人繋ぎにしてきた沖田さん。そのごつごつとした、案外男らしい手の感触に心臓が跳ねる。繋いだ手を引かれて歩き出す。しばらく公園を歩いていればふと思い出したように沖田さんが口を開く。
「そういや俺のことは名前で呼んでくれねぇんですかィ」
「え?名前?」
「昨日は馬鹿みてぇにトシくんって呼んでたじゃねぇか」
「えっ?じゃあ…総悟くん」
そう言えば満足そうにニヤリと口角を上げ「よく言えやした」と言う沖田さん。繋いだ手にぐいっと力がこもる。そして繋いでいた手がふいに離れたと思えば沖田さんはグイッと自分の方に私を引き寄せる。いきなりのことで、よろけた私の身体を沖田さんは逃がさないように両腕でがっちりと閉じ込め抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「……昨日の馬鹿彼氏の上書きでさァ」
混乱して問いかける私に、沖田さんは首筋に顔を埋めたまま、低い掠れた声で囁いた。確かに昨日とは何もかもが違う、抱きしめられる強さも、鼻いっぱいに広がる優しい甘い匂いも全部、全部、違う。沖田さんにどんどん塗りつぶされていくような感覚。それが何となく恥ずかしくて、黙ったまま沖田さんに抱きしめられていると満足したのか、腕がほどけ体が軽くなった。
「ベンチ行きやすか」
「…そうだね」
そう言うとまた私の手を恋人繋ぎで握ってくる。手を引かれるまま歩き、街灯の下のベンチに並んで座った。
演技だと割り切っているが今日の沖田さんには調子が狂ってしまう。昨日の土方さんには自分からグイグイいけたのに。そんなことを考えていれば沖田さんが私の顔を覗き込んできた。
「今日は静かだねィ」
「そんなことないよ、総悟くんこそいつもと違うから変な感じで」
「俺たち付き合ってるんだから普通でさァ」
「ち、近いって!」
私の反応を楽しんでいるのか顔をどんどん近づけてくる沖田さん。思わず目を逸らせば頬を両手で包まれた。逃げられないように固定され、真っ直ぐな瞳に見据えられた。
「ほら、ちゃんと俺だけ見てくだせェ」
「う、うん、わかった離して」
そう言っても沖田さん両手を離してくれない。街灯の光の下、少し上から覗き込んでくる目が真っすぐで思わず息が詰まった。
「ちゃんと総悟くんだけを見るから」
「じゃあキスしてくだせェ」
「はぁ!?」
とんでもないことを言ってくる沖田さんに演技を忘れて思わず大きな声が出てしまった。キスしろって言ったよ。どういうつもりなの。前のキスのことがフラッシュバックする。そんな戸惑う私をニヤリと笑い見ている沖田さん。
「ほら、ナマエ早くしてくだせェよ」
沖田さんは徐々に距離を詰めてくる。絶対に面白がっている…。私は意を決して沖田さんの手を両手で降ろし、そのまま頬に軽く触れるくらいのキスをした。
「……これで許して」
本当にキスされるとは思っていなかったのか沖田さんは面を食らったような顔をして固まっていた。
「……マジか、普通本当にするかよ」
そう言って沖田さんはうなだれるように顔を伏せた。
その時に見えた沖田さんの耳はこの街灯の灯りでも分かるくらい真っ赤になっていた。普段の沖田さんから想像出来ない姿。思わず胸がキュンとした。
「もしかして照れてる?」
「……照れてねェ」
「だって耳赤いよ」
「うるせェ、見んな」
そう言って、沖田さんは顔を背けたまま、乱暴に自分の耳を手のひらで隠した。その仕草が可愛くておかしくてつい笑ってしまった。そんな私を「笑うんじゃねェ」と睨んでくる沖田さん。そして、そっぽ向いたまま私の手を取った。握られた手がさっきよりもずっと熱いような気がした。
その時だった。暗がりから男が二人、飛び出してきた。
「イイところ邪魔すんぜ」
「大人しく言うこと聞きな」
手には鈍く光るナイフのようなものを持っている。二人組は低く笑いながら近づいてきた。沖田さんの動きは速かった。握っていた私の手を一瞬で離し、代わりに自分の体で私を背後に庇うように立った。さっきまで耳を赤くして照れていた可愛かった沖田さんはもういなかった。後ろからでも分かるくらい鋭い殺気を放っている。
「彼女守ろうなんざ、かっこいいねぇお兄さん」
「まずは金出してもらおうか」
「てめぇらに渡す金なんてねェよゴミ共」
「んだと!舐めてんじゃねぇ!!」
男の一人がナイフを振り上げて襲いかかってきたが、沖田さんは軽く身を翻して避け、そのまま男の腕を捻り上げて地面に叩きつけた。バキッという鈍い音がして、男が悲鳴を上げる。
「ぐあっ!」
それと同時に周りに待機していた隊士さんたちが駆けつけもう一人の男もあっけなく取り押さえられた。私は呆然としながら一連の流れを見ていた。こんなにもあっさり二人を倒してしまうなんてさすが真選組だ。
「おい、ミョウジ大丈夫か?怪我ねぇか」
土方さんの声にふと我に返った。
「大丈夫です、沖田さんが守ってくれました」
「そうか、ご苦労だったな」
こうして、おとり捜査は二日目にしてあっさりと成功を収めた。捕まった犯人たちはパトカーで連行されていった。残された私たちは屯所まで歩いて帰ることに。少し前を歩いている沖田さんに声をかける。
「沖田さん、さっきは守ってくれてありがとうございました」
「まぁ仕事なんでねィ」
「かっこよかったです!」
「…そうですかィ」
そう言った沖田さんは少し照れたように目を逸らした。すると近くに居た隊士さんが私に話しかけてきた。
「そういえばミョウジさん、沖田隊長にキスしてなかった?見間違い?」
「えっ!?」
心臓が跳ね上がった。見られていたー!そういえば周りの隊士さんに全部見られてたんだった。
「し、してないですよ!ふりです、してるふり!!」
「そうだったんだぁ、びっくりしちゃったよ」
私は慌てて手を振って否定したけど、声が上ずってしまった。隊士さんは笑っていたが、私は変な汗がじんわりと滲んだ。隣の沖田さんはその話題を避けるように少し前を歩いてる土方さんに絡みに行った。
「土方さーん、やっぱり俺が彼氏役やって正解でしたねィ。土方さんだったらいつまでも犯人出てこなかったかもしれねェ」
「うるせぇ、お前が邪魔しなきゃ昨日で終わってたっつーの」
いつものやり取りが始まって、私はほっと胸を撫で下ろした。そうあれは私と沖田さんの二人の秘密。繋がれた手の熱さや照れた顔も、全部。
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