女中物語
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椿side
私は総悟くんが好きだ。小さい頃近所の男の子たちにいじめられて泣いていた私を、助けてくれたのが総悟くんだった。本人は助けたなんて意識してなかったのかもしれない。ただ、その場の気まぐれで目の前の面倒ごとを片付けただけ。でも私にとっては違った。あのときからずっと総悟くんは光のような存在になった。
眩しくて、目を離せなくてあの頃の私の世界には総悟くんでいっぱいだった。
「大きくなったら結婚しようね!」
幼い私はそんな言葉を会うたびに総悟くんに伝えていた、その度に総悟くんは面倒くさそうに返事をしていた。私は、それでも嬉しかった。
あれから月日が経ち私は17歳になった。周りの大人たちには「そろそろ身を固めてもいい年頃だね」と言われ両親からもお見合いの話が出た。相手は優しそうな人だったし断る理由なんて本当はなかった。だけど私はどうしても総悟くんのことを忘れられなくてもう一度だけ会いたいと思ってしまった。あの口約束をもしかしたら彼も覚えていてくれているかもと淡い期待を抱いてしまったのだ。そう思ったらいてもたってもいられなくなった。私は両親に手紙を残し大きなカバンを抱えて江戸へと来た。
今ここに来たのはきっとあのときの気持ちに自分なりの答えを出すためだと思う。
数年ぶりに見た総悟くんはあの頃よりもかっこよくて背も高く、声も低くなっていて、知らないうちに"男の人"なっていた。ずっと恋焦がれていた総悟くんに会えて胸は高鳴った。だがそんな浮かれた気持ちも一瞬で消えてしまった。ほんの少しの期待を込めて総悟くんに結婚の約束の話をしてみたけど総悟くんは「そんな昔の約束なんざ覚えてねぇよ。」と答えた。何となく分かってはいたけどその瞬間胸の奥がぎゅっと音を立てて潰れた気がした。本当に好きな人とは結婚出来ないんだな、なんて思っていたら勝手に涙が溢れてきて泣き出してしまった。そんな時に優しくしてくれたのはナマエさんだった。泣いてる私に「私が協力してあげるから!」なんて私の恋の応援をしてくれると言い出した。ナマエさんは私が江戸に来て迷っている時に声をかけてもらった、優しくて素敵な大好きなお姉さん。
とういうことでしばらく真選組にお世話になることになった。少しでも総悟くんの傍に居られることが単純に嬉しかった。
でも一緒の時間を過ごすうちに分かったことがある。私が総悟くんのことを見ているのと同じように総悟くんも どこか別の人を見ているということ。そしてきっとそれはナマエさん。数日前、お祭りに行った時、途中で総悟くんとナマエさんがみんなの輪から抜けて戻ってきた。その時の総悟くんは私には見せてくれないような楽しそうな表情をしていて胸が痛んだ。
ある日、ナマエさんと町に買い出しに出ていた。とても晴れた日なのに私の心はモヤがかかったようなスッキリとしない気分。ナマエさんはいつもと変わらぬ様子で話しかけてくれる。
「こんなに大量にマヨネーズ買わないといけないと思わなかったでしょ!」
「、、はは、そうですね。土方さん凄いですよね。」
他愛ない会話をしながらも『ナマエさんは総悟くんのこと、どう思ってるんですか。』
喉元まで出かかったその言葉をを何度も飲み込んだ。 そんなことを聞いてどうしたいんだろう私。胸のモヤが晴れることはない気がした。
「椿ちゃん、あっちのお店に美味しそうな果物があるよ! 帰りに買って行こうか。」
明るく笑いながら私の顔を覗き込むナマエさん。その曇りのない笑顔が眩しくて私はまたぼーっと考え込んでしまった。 総悟くんももしかしたらこの笑顔に救われているのかもしれない。
そんな思考に支配されていた時だった。 背後から、けたたましいエンジン音が響いた。
「危ない!!」
ナマエさんの鋭い叫び声と同時に、私の体は強い力で突き飛ばされた。 何が起きたのか分からず、地面に尻餅をついた私の目の前にスクーターが。
「・・・うぅっ」
短い呻き声が聞こえて視線を向けると、そこにはナマエさんが倒れていた。 私を庇って、スクーターに接触したのだ。
「ナマエさん!!」
慌てて駆け寄ると、ナマエさんの腕や足からは血が滲み、顔は苦痛に歪んでいた。私のせいだ。私がぼーっとしていたせいで。 パニックになる私をよそに、通りかかった人たちがすぐに医者を呼んでくれ、ナマエさんは病院へと運ばれることになった。
病院の廊下で待っている間、私の手はガタガタと震えていた。 幸い、命に別状はないと聞いて安堵したものの自分への情けなさとナマエさんへの申し訳なさで涙が止まらない。 そんな時廊下の向こうから足音が響いてきた。
「、、ミョウジは!? 」
息を切らし肩で息をしながら現れたのは総悟くんだった。 隊服も少し乱れている。こんなに必死な顔をした総悟くんを見るのは初めてだった。
「そ、総悟くん。ナマエさん今検査してて、、私のせいでごめんなさい、、」
消え入りそうな私の謝罪を聞いているのかいないのか。総悟くんは私の隣に力なくドサッと座り込んだ。
「、、お前が謝る必要はねェ。あのバカが勝手にやったことでさァ。」
私の方を見ずに言った。悪態をつきつつも心配しているのが丸分かりだった。
しばらく経ってから私たちは病室に案内された。病室の中では、腕に包帯を巻き顔に大きなガーゼを張ったナマエさんがベッドに横になっていた。その姿が痛ましくてまた涙が出てくる。そんな私の姿を見ると少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「えー、椿ちゃん泣かないで、私は全然大丈夫だから!」
ナマエさんはいつもの明るく優しい声で話しかけてきてくれた。
「ごめんなさい、私がぼーっとしていなきゃこんなことには、、」
泣きながら謝る私に困ったような顔で大丈夫と何度も言ってくれる。
「てか、あれ?沖田さんも来てたんですか!?」
「来ちゃわりぃかよ」
「いや悪くないですけど、わざわざありがとうございます。」
「、、お前が事故に合ったつーから死に際でも拝んでやろうかと来たんでさァ。」
「え、酷い!感謝して損したなー」
そんな言葉とは裏腹に総悟くんは真っすぐと見ていた、 ガーゼに覆われたナマエさんの頬を、そして包帯で巻かれた腕を。きっとすごく心配しているんだと思う。そんな総悟くんを見て胸がチクリとした。
しばらく病室で話をしナマエさんの負担にならないようにと私と総悟君は病室を出た。パトカーで来ていた総悟くんが屯所まで送ってくるというのでお言葉に甘えてそうすることにした。一緒に車に乗って帰るなんて以前の私なら飛び上がるほど喜んでいたと思うが今はそんな気分になれなかった。
車内には静寂が流れていた。そんな静寂を破ったのは私だ。
「ナマエさん3日くらいで退院できるみたいでよかったね。」
「まーうるせぇのがいなくなるから丁度いいな。」
「、、総悟くんって意外に嘘つくの下手だよね。」
そう小さく呟いた声を聞き逃さなかったのか運転中の総悟くんが横目でチラリとこっちを見た。
「何がでさァ。」
「総悟くん、ナマエさんのこと好きなんだよね。」
それを口にした瞬間、胸が苦しくなった。言ってはいけないことを言ってしまった気がして。総悟くんは何も答えない。ただ、いつもの表情のまま前を見たまま。肯定も否定もせず沈黙が流れた。
「、、いつ地獄に落ちるか分からねーんでねィ。色恋に現を抜かしてられるほど、俺ァおめでたい頭してねェんでさァ。」
やっぱり総悟くんは嘘が下手くそだ。私の中の迷いに静かに答えをくれた気がしてスッキリとした。
「私ね田舎でお見合いの話が出ていたのでも総悟くんのことが忘れられなくてもう1度会いたくて江戸に来ちゃったの。でも明日帰ろうかと思う、お見合いしようと思う。」
「そうですかィ、、悪かったな、気持ちに答えられねぇで。」
「ううん、もう1度総悟くんや皆に会えて嬉しかったし。」
笑顔で言ったつもりだったけど鼻の奥がツンとして視界が滲んでいく。でもこれでよかったんだ。私の初恋は幕を閉じてしまうけど不思議と悲しい気持ちは無かった。相変わらず総悟くんは黙ったまま前を向いている。
「、、総悟くんナマエさんのこと守ってあげてね。」
私がそう言うと、総悟くんは一瞬だけハンドルを握る手に力を込めた。そして、エンジン音に消されそうなほど小さな声で
『・・あァ』
と言ったのを私は聞き逃さなかった。 最後の最後まで素直じゃない彼がおかしくて、私は涙を拭って小さく笑った。さよなら、私の初恋。 江戸の夜景はいつの間にかとても綺麗に輝いていた。
ナマエside
事故に合ってしまってから三日、ようやく退院できる日が来た。
大した怪我ではなかったはずなのに、念のためと言われて入院させられ脳の検査だの何だのと色々調べられた。けれど幸い、どこにも異常はなく、こうして無事に帰れることになった。迎えには近藤さんが来てくれるらしい。身支度を整え病室で待っているとドアのガラス越しに隊服らしきものが見えた。近藤さんかな?そう思って見ていると、現れたのは近藤さんではなく何故か沖田さんだった。不思議そうに見ている私をチラリと見ると
「何アホ面してんでィ。」
と、開口一番失礼なことを言ってくる。
「いや近藤さんが迎えに来てくれるって聞いてたから。」
「近藤さんは仕事が入って、面倒くせぇけど俺が代わりに来やした。」
「あっ、そうなんですか。」
「てめぇ俺じゃ不満そうな顔してんじゃねェ」
「してませんよ!沖田さんで嬉しいなー!」
「白々しいな、、まぁいいでさァ。行くぞ。」
そう言って、私の荷物をひょいと持ち、さっさと部屋を出ていく。私は慌ててその背中を追いかけた。外に停めてあったパトカーに乗り込む。もう何度目だろう沖田さんとパトカーに乗るのは。
「つーかお前のその顔の怪我治んのかよ。」
運転しながら沖田さんはボソリと呟いた。事故の際に転んでしまったせいで掠り傷ができてしまい今は大袈裟にガーゼが貼ってある。
「掠り傷なんで治ると思うんでけど痕残ったらショックですよねー。」
「ブスがもっとブスになっちまうな。」
「は?別に今時メイクでどうにでもなりますし大丈夫です!」
「嫁いけねぇな。」
「傷ごと愛してくれる人見つけますし。」
「、、まぁお前が売れ残ったら俺がもらってやりやしょうかね。」
沖田さんがそんなこと言うとは思わずに『えっ!?』と大きい声を出してしまった。そんな私の反応を見て眉間に皺を寄せる沖田さん。
「うるせぇな、冗談に決まってんだろィ。」
「で、ですよねビックリしちゃった、ハハハ」
冗談には慣れているはずなのに心臓が無駄に跳ねた。私は気を紛らわすように話題を変えた。
「そういえば椿ちゃん元気にしてます?何か責任感じちゃってたみたいだし、、」
「あー。あいつは田舎に帰りやした。」
「えっ!!!いつ!!」
私の大きな声に沖田さんがまたもや眉間に皺を寄せた。椿ちゃんが帰った?何で?まさかこの事故のことで変に責任を感じちゃったのかな。どうしよう、だとしたら申し訳ないことしてしまった。
「私のせいですかね、どうしよう。」
「お前のせいじゃねぇよ。」
前を見たまま、低い声で沖田さんが言った。その一言で心が少し軽くなったような気がした。
「あいつが自分で決めたことでさァ。」
「そう、ですか、、」
私は、それ以上何も聞けなかった。そのままパトカーは屯所に到着し沖田さんは私の荷物を持ったまま部屋まで運んでくれた。
「あとこれ椿からの手紙でさァ。」
沖田さんは隊服のポケットから少し皺の付いた手紙を渡してくれた。
「じゃ、俺は仕事戻りやすんで。」
沖田さんはそれだけ言うと部屋を出て行った。 一人になった私はその手紙をそっと広げた。
***
ナマエさんへ
勝手に江戸を去ってしまうこと、お許しください。本当は直接お礼とお別れを言いたかったのですが、顔を見たらきっと泣いてしまう気がしてこうして手紙にしました。
事故のこと、本当にごめんなさい。
そして、私を守ってくれてありがとうございました。
江戸に来て、私はずっと胸の奥にしまっていた初恋とちゃんと向き合うことができました。
それは苦しくて、でもとても大切な時間でした。
そして、はっきり分かりました。私の初恋は、もう終わったのだと。
実は田舎でお見合いのお話が出ています。
今まで現実から逃げていたのですがこれからは前を向いてみようと思えています。
そう思えたのはナマエさんのおかげです。
江戸でナマエさんと出会えたこと私は一生忘れません。ナマエさんと過ごした日々は宝物です。ありがとうございました。
ナマエさんのこと、大好きなお姉さんだと思っています。 いつかまた、どこかでお会いできたら、その時は笑って思い出話をしたいです。
短い間でしたが、本当にお世話になりました。
さようなら。
椿より
追伸
不器用で素直じゃないところもあるけどそんな総悟くんを笑顔にできる人はナマエさんだと思います。どうか総悟くんのことをよろしくお願いします。
***
手紙を読み終え、胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。同時に喉の奥が少しだけ詰まる。
椿ちゃんは、ちゃんと自分で終わらせて前を向いたのだ。ただ静かに、自分の初恋に幕を下ろした。
椿ちゃんは強い子だなぁ。私は手紙を胸元に引き寄せ、そっと目を閉じた。
私は総悟くんが好きだ。小さい頃近所の男の子たちにいじめられて泣いていた私を、助けてくれたのが総悟くんだった。本人は助けたなんて意識してなかったのかもしれない。ただ、その場の気まぐれで目の前の面倒ごとを片付けただけ。でも私にとっては違った。あのときからずっと総悟くんは光のような存在になった。
眩しくて、目を離せなくてあの頃の私の世界には総悟くんでいっぱいだった。
「大きくなったら結婚しようね!」
幼い私はそんな言葉を会うたびに総悟くんに伝えていた、その度に総悟くんは面倒くさそうに返事をしていた。私は、それでも嬉しかった。
あれから月日が経ち私は17歳になった。周りの大人たちには「そろそろ身を固めてもいい年頃だね」と言われ両親からもお見合いの話が出た。相手は優しそうな人だったし断る理由なんて本当はなかった。だけど私はどうしても総悟くんのことを忘れられなくてもう一度だけ会いたいと思ってしまった。あの口約束をもしかしたら彼も覚えていてくれているかもと淡い期待を抱いてしまったのだ。そう思ったらいてもたってもいられなくなった。私は両親に手紙を残し大きなカバンを抱えて江戸へと来た。
今ここに来たのはきっとあのときの気持ちに自分なりの答えを出すためだと思う。
数年ぶりに見た総悟くんはあの頃よりもかっこよくて背も高く、声も低くなっていて、知らないうちに"男の人"なっていた。ずっと恋焦がれていた総悟くんに会えて胸は高鳴った。だがそんな浮かれた気持ちも一瞬で消えてしまった。ほんの少しの期待を込めて総悟くんに結婚の約束の話をしてみたけど総悟くんは「そんな昔の約束なんざ覚えてねぇよ。」と答えた。何となく分かってはいたけどその瞬間胸の奥がぎゅっと音を立てて潰れた気がした。本当に好きな人とは結婚出来ないんだな、なんて思っていたら勝手に涙が溢れてきて泣き出してしまった。そんな時に優しくしてくれたのはナマエさんだった。泣いてる私に「私が協力してあげるから!」なんて私の恋の応援をしてくれると言い出した。ナマエさんは私が江戸に来て迷っている時に声をかけてもらった、優しくて素敵な大好きなお姉さん。
とういうことでしばらく真選組にお世話になることになった。少しでも総悟くんの傍に居られることが単純に嬉しかった。
でも一緒の時間を過ごすうちに分かったことがある。私が総悟くんのことを見ているのと同じように総悟くんも どこか別の人を見ているということ。そしてきっとそれはナマエさん。数日前、お祭りに行った時、途中で総悟くんとナマエさんがみんなの輪から抜けて戻ってきた。その時の総悟くんは私には見せてくれないような楽しそうな表情をしていて胸が痛んだ。
ある日、ナマエさんと町に買い出しに出ていた。とても晴れた日なのに私の心はモヤがかかったようなスッキリとしない気分。ナマエさんはいつもと変わらぬ様子で話しかけてくれる。
「こんなに大量にマヨネーズ買わないといけないと思わなかったでしょ!」
「、、はは、そうですね。土方さん凄いですよね。」
他愛ない会話をしながらも『ナマエさんは総悟くんのこと、どう思ってるんですか。』
喉元まで出かかったその言葉をを何度も飲み込んだ。 そんなことを聞いてどうしたいんだろう私。胸のモヤが晴れることはない気がした。
「椿ちゃん、あっちのお店に美味しそうな果物があるよ! 帰りに買って行こうか。」
明るく笑いながら私の顔を覗き込むナマエさん。その曇りのない笑顔が眩しくて私はまたぼーっと考え込んでしまった。 総悟くんももしかしたらこの笑顔に救われているのかもしれない。
そんな思考に支配されていた時だった。 背後から、けたたましいエンジン音が響いた。
「危ない!!」
ナマエさんの鋭い叫び声と同時に、私の体は強い力で突き飛ばされた。 何が起きたのか分からず、地面に尻餅をついた私の目の前にスクーターが。
「・・・うぅっ」
短い呻き声が聞こえて視線を向けると、そこにはナマエさんが倒れていた。 私を庇って、スクーターに接触したのだ。
「ナマエさん!!」
慌てて駆け寄ると、ナマエさんの腕や足からは血が滲み、顔は苦痛に歪んでいた。私のせいだ。私がぼーっとしていたせいで。 パニックになる私をよそに、通りかかった人たちがすぐに医者を呼んでくれ、ナマエさんは病院へと運ばれることになった。
病院の廊下で待っている間、私の手はガタガタと震えていた。 幸い、命に別状はないと聞いて安堵したものの自分への情けなさとナマエさんへの申し訳なさで涙が止まらない。 そんな時廊下の向こうから足音が響いてきた。
「、、ミョウジは!? 」
息を切らし肩で息をしながら現れたのは総悟くんだった。 隊服も少し乱れている。こんなに必死な顔をした総悟くんを見るのは初めてだった。
「そ、総悟くん。ナマエさん今検査してて、、私のせいでごめんなさい、、」
消え入りそうな私の謝罪を聞いているのかいないのか。総悟くんは私の隣に力なくドサッと座り込んだ。
「、、お前が謝る必要はねェ。あのバカが勝手にやったことでさァ。」
私の方を見ずに言った。悪態をつきつつも心配しているのが丸分かりだった。
しばらく経ってから私たちは病室に案内された。病室の中では、腕に包帯を巻き顔に大きなガーゼを張ったナマエさんがベッドに横になっていた。その姿が痛ましくてまた涙が出てくる。そんな私の姿を見ると少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「えー、椿ちゃん泣かないで、私は全然大丈夫だから!」
ナマエさんはいつもの明るく優しい声で話しかけてきてくれた。
「ごめんなさい、私がぼーっとしていなきゃこんなことには、、」
泣きながら謝る私に困ったような顔で大丈夫と何度も言ってくれる。
「てか、あれ?沖田さんも来てたんですか!?」
「来ちゃわりぃかよ」
「いや悪くないですけど、わざわざありがとうございます。」
「、、お前が事故に合ったつーから死に際でも拝んでやろうかと来たんでさァ。」
「え、酷い!感謝して損したなー」
そんな言葉とは裏腹に総悟くんは真っすぐと見ていた、 ガーゼに覆われたナマエさんの頬を、そして包帯で巻かれた腕を。きっとすごく心配しているんだと思う。そんな総悟くんを見て胸がチクリとした。
しばらく病室で話をしナマエさんの負担にならないようにと私と総悟君は病室を出た。パトカーで来ていた総悟くんが屯所まで送ってくるというのでお言葉に甘えてそうすることにした。一緒に車に乗って帰るなんて以前の私なら飛び上がるほど喜んでいたと思うが今はそんな気分になれなかった。
車内には静寂が流れていた。そんな静寂を破ったのは私だ。
「ナマエさん3日くらいで退院できるみたいでよかったね。」
「まーうるせぇのがいなくなるから丁度いいな。」
「、、総悟くんって意外に嘘つくの下手だよね。」
そう小さく呟いた声を聞き逃さなかったのか運転中の総悟くんが横目でチラリとこっちを見た。
「何がでさァ。」
「総悟くん、ナマエさんのこと好きなんだよね。」
それを口にした瞬間、胸が苦しくなった。言ってはいけないことを言ってしまった気がして。総悟くんは何も答えない。ただ、いつもの表情のまま前を見たまま。肯定も否定もせず沈黙が流れた。
「、、いつ地獄に落ちるか分からねーんでねィ。色恋に現を抜かしてられるほど、俺ァおめでたい頭してねェんでさァ。」
やっぱり総悟くんは嘘が下手くそだ。私の中の迷いに静かに答えをくれた気がしてスッキリとした。
「私ね田舎でお見合いの話が出ていたのでも総悟くんのことが忘れられなくてもう1度会いたくて江戸に来ちゃったの。でも明日帰ろうかと思う、お見合いしようと思う。」
「そうですかィ、、悪かったな、気持ちに答えられねぇで。」
「ううん、もう1度総悟くんや皆に会えて嬉しかったし。」
笑顔で言ったつもりだったけど鼻の奥がツンとして視界が滲んでいく。でもこれでよかったんだ。私の初恋は幕を閉じてしまうけど不思議と悲しい気持ちは無かった。相変わらず総悟くんは黙ったまま前を向いている。
「、、総悟くんナマエさんのこと守ってあげてね。」
私がそう言うと、総悟くんは一瞬だけハンドルを握る手に力を込めた。そして、エンジン音に消されそうなほど小さな声で
『・・あァ』
と言ったのを私は聞き逃さなかった。 最後の最後まで素直じゃない彼がおかしくて、私は涙を拭って小さく笑った。さよなら、私の初恋。 江戸の夜景はいつの間にかとても綺麗に輝いていた。
ナマエside
事故に合ってしまってから三日、ようやく退院できる日が来た。
大した怪我ではなかったはずなのに、念のためと言われて入院させられ脳の検査だの何だのと色々調べられた。けれど幸い、どこにも異常はなく、こうして無事に帰れることになった。迎えには近藤さんが来てくれるらしい。身支度を整え病室で待っているとドアのガラス越しに隊服らしきものが見えた。近藤さんかな?そう思って見ていると、現れたのは近藤さんではなく何故か沖田さんだった。不思議そうに見ている私をチラリと見ると
「何アホ面してんでィ。」
と、開口一番失礼なことを言ってくる。
「いや近藤さんが迎えに来てくれるって聞いてたから。」
「近藤さんは仕事が入って、面倒くせぇけど俺が代わりに来やした。」
「あっ、そうなんですか。」
「てめぇ俺じゃ不満そうな顔してんじゃねェ」
「してませんよ!沖田さんで嬉しいなー!」
「白々しいな、、まぁいいでさァ。行くぞ。」
そう言って、私の荷物をひょいと持ち、さっさと部屋を出ていく。私は慌ててその背中を追いかけた。外に停めてあったパトカーに乗り込む。もう何度目だろう沖田さんとパトカーに乗るのは。
「つーかお前のその顔の怪我治んのかよ。」
運転しながら沖田さんはボソリと呟いた。事故の際に転んでしまったせいで掠り傷ができてしまい今は大袈裟にガーゼが貼ってある。
「掠り傷なんで治ると思うんでけど痕残ったらショックですよねー。」
「ブスがもっとブスになっちまうな。」
「は?別に今時メイクでどうにでもなりますし大丈夫です!」
「嫁いけねぇな。」
「傷ごと愛してくれる人見つけますし。」
「、、まぁお前が売れ残ったら俺がもらってやりやしょうかね。」
沖田さんがそんなこと言うとは思わずに『えっ!?』と大きい声を出してしまった。そんな私の反応を見て眉間に皺を寄せる沖田さん。
「うるせぇな、冗談に決まってんだろィ。」
「で、ですよねビックリしちゃった、ハハハ」
冗談には慣れているはずなのに心臓が無駄に跳ねた。私は気を紛らわすように話題を変えた。
「そういえば椿ちゃん元気にしてます?何か責任感じちゃってたみたいだし、、」
「あー。あいつは田舎に帰りやした。」
「えっ!!!いつ!!」
私の大きな声に沖田さんがまたもや眉間に皺を寄せた。椿ちゃんが帰った?何で?まさかこの事故のことで変に責任を感じちゃったのかな。どうしよう、だとしたら申し訳ないことしてしまった。
「私のせいですかね、どうしよう。」
「お前のせいじゃねぇよ。」
前を見たまま、低い声で沖田さんが言った。その一言で心が少し軽くなったような気がした。
「あいつが自分で決めたことでさァ。」
「そう、ですか、、」
私は、それ以上何も聞けなかった。そのままパトカーは屯所に到着し沖田さんは私の荷物を持ったまま部屋まで運んでくれた。
「あとこれ椿からの手紙でさァ。」
沖田さんは隊服のポケットから少し皺の付いた手紙を渡してくれた。
「じゃ、俺は仕事戻りやすんで。」
沖田さんはそれだけ言うと部屋を出て行った。 一人になった私はその手紙をそっと広げた。
***
ナマエさんへ
勝手に江戸を去ってしまうこと、お許しください。本当は直接お礼とお別れを言いたかったのですが、顔を見たらきっと泣いてしまう気がしてこうして手紙にしました。
事故のこと、本当にごめんなさい。
そして、私を守ってくれてありがとうございました。
江戸に来て、私はずっと胸の奥にしまっていた初恋とちゃんと向き合うことができました。
それは苦しくて、でもとても大切な時間でした。
そして、はっきり分かりました。私の初恋は、もう終わったのだと。
実は田舎でお見合いのお話が出ています。
今まで現実から逃げていたのですがこれからは前を向いてみようと思えています。
そう思えたのはナマエさんのおかげです。
江戸でナマエさんと出会えたこと私は一生忘れません。ナマエさんと過ごした日々は宝物です。ありがとうございました。
ナマエさんのこと、大好きなお姉さんだと思っています。 いつかまた、どこかでお会いできたら、その時は笑って思い出話をしたいです。
短い間でしたが、本当にお世話になりました。
さようなら。
椿より
追伸
不器用で素直じゃないところもあるけどそんな総悟くんを笑顔にできる人はナマエさんだと思います。どうか総悟くんのことをよろしくお願いします。
***
手紙を読み終え、胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。同時に喉の奥が少しだけ詰まる。
椿ちゃんは、ちゃんと自分で終わらせて前を向いたのだ。ただ静かに、自分の初恋に幕を下ろした。
椿ちゃんは強い子だなぁ。私は手紙を胸元に引き寄せ、そっと目を閉じた。
