ゾロ
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【初恋②】
麦わら海賊団の一味になってから一週間が過ぎた。
今のところ何事もなく平穏な日々で、ゆっくりと船は波にゆられている。
少し変わった事と言えば…みんなの事を『さん』付けしなくなった事かな。
堅苦しいからやめなさいってナミに諭されたから。
でも、そのおかげでみんなとの距離感も縮まった気がする。
最近は甲板の上で海を見ながらスケッチしている。
目に入りやすいからか、筋トレしているゾロを描くことが多い。
筋肉を描く勉強にもなるしなぁ…
『マナちゅぁ~~~ん』
勢いよく名前を呼ばれ、階段を駆け下りてサンジがあたしに向かってきた。
『サ、サンジどうしたの?』
サンジは片膝をつけて、手に持っていたケーキを差し出してくる。
『マナちゃんの為に焼いたガトーショコラさ、食べてもらえるかい?プリンセス』
最初はサンジのこのキャラクターに戸惑いを隠せなかったけど…
今はすっかり慣れちゃった。
『ありがとう』と言ってサンジからケーキを受け取る。
女好きの人だけど、彼の作る料理はどれもおいしいから…何だか憎めないのよね。
そのままサンジはナミの所に向かって行った。
あたしはガトーショコラをフォークで刺し、口に運ぶ。
『あまぁ~い』
こんなに美味しいと勝手に顔がほころぶなぁ。
そんな事を考えていたら、急に筋トレ中のゾロと目が合った。
『あっ…』
声をかけようとしたらもうゾロはこっちを向いていない。
…なんでかな。
彼だけはいまだに緊張する。
この一週間だってまともに会話した記憶もないし。
仲間になる前に、あたしの絵をほめてくれた時は優しい人って思ったんだけど。
気まぐれだったとしても助けてくれたし。
何だかつかめない性格だなぁ。
確かに口数が多い人ではないみたいだけど…あたし嫌われてるのかなぁ…
そんな事考えながらガトーショコラを口に運び、
あたしはスケッチを続けた。
夜になってあたしははじめて見張りを任された。
まだまだ不安だけど頑張らないと。
みんなが寝静まった頃に甲板に出て、暗い空を見上げる。
『真っ暗…なんか怖いな』
海を見つめると、暗い波に吸い込まれそうになる。
でも、はじめての見張りだし頑張らなくちゃ。
手持ちのランタンで足元を照らす。
こんなに暗くちゃ絵は描けそうにないかな…
時間つぶすのに一応はスケッチブック持ってきたんだけど。
甲板にある樽にランタンを置いた。
あ、これなら座れば明かりが照らして絵が描けそぉ
そしてそのままスケッチブックを取り出し、絵を描き始める。
しばらくしてからキィと扉が開く音がした
『あれ、まだ誰か起きてるのかな?』
足音はあたしの方へと近づいてくる。
音が止まると同時に、あたしも顔を上げた。
『あ、…ゾロさん…』
やっぱり緊張して、直接話すと彼には『さん』づけしてしまう。
『…見張りか?』
見下ろすように低い声でゾロが声をかけてきた。
『はい、でも何していいかわからなくて…ゾロさんは?』
暗くてあまり表情がよめない。
『昼寝しすぎたからな…夜風にあたりにきた』
そっか、確かにゾロは筋トレするか昼寝してるかだもんなぁ
こないだも昼寝しているゾロの絵を描いたばかりだった。
それを思い出し、ついクスクスと笑う。
『何笑ってんだ』
『あ、意味はないのごめんなさい』
そういうと、ゾロが『フッ』て笑った。
あ…やっぱり笑ったりできる人なんだ…
何だか安心した。
『…お前さ、見張りは一応あの上行くんだぞ』
急に彼はそう言ってマストの上を指さす。
『そ、そうなの?』
はじめてだから説明されたハズなのに…全然聞いてなかった。
『い、今すぐ行ってくるね』
そう言って急いで立ち上がると、
『ま、なんもねぇだろ…俺もいるから今日はここで見張りしろよ』
『…大丈夫なの?』
『保証はねぇけどな…別にいいだろ』
ゾロは頭を掻くと、あたしから少し離れたところに腰をおろした。
なんだ…やっぱりめちゃくちゃ優しい人じゃない。
ゾロを横目に見ながらあたしも座り込む。
『…ゾロさん、ありがとう』
それからゾロと会話は一切してないけど
彼はずっと近くにいてくれて、あたしの胸は小さくトクンと響いた。
しだいに空が明るくなってきて
群青のきれいな空にうっとりする。
『朝の海ってこんなに澄んでるんだぁ』
両腕を伸ばして、深呼吸する。
目線をゾロに合わせると、腕をくみながらぐぅぐぅ寝ていた。
もしかして…はじめての見張りだからついていてくれたのかな…?
ゾロは怖そうに見えるけど
本当はすごく優しくて、不器用な人なのかもね。
そんなこと考えたらふと笑顔になって、あたしの胸はまたトクンと響いた。
さっきよりもハッキリと。
あたしは自分がかけていた毛布を起こさないようにそっとゾロにかける。
聞こえないぐらいの声で『ありがとう』って言いながら。
完全に日が昇ってきて
サンジのいるキッチンからいい匂いがしてきた。
あたしは口元に手をおいて、『ふぁ』っと大きなあくびをする。
『もう寝ても大丈夫だぞ』
寝ていると思ってたゾロが立ち上がり、毛布を差し出しながら言った。
『え、起きてたの?』
あたしはゾロから毛布を受け取りながら聞く。
『あぁ…でけぇあくびで起こされた』
ゾロはそう言いながら歩き出し、クククと小さく笑ってラウンジへと向かった。
あたしはゾロにあくび姿を見られた事がすごく恥ずかしくて、なんだか急に体温が上がった。
女部屋に戻ると、ナミとロビンが着替えていた。
『おはよう』
二人に声をかけてから、あたしは自分のベッドに横たわる。
ナミが船を出す前にあの町で買ってくれたものだ。
『ゆっくり寝なさいね!』
ナミがあたしの布団をポンポンと優しく叩きながら言った。
『あたし達は朝食に行ってくるわね』
ロビンも優しく声をかけてくる。
『うん、おやすみなさい』
二人に『行ってらっしゃい』と告げると、あたしはすぐに目を閉じた。
目を閉じて最初に浮かんできたのはゾロの姿だった。
なんでゾロ…?
彼の事を考えると体温が上昇して、心臓が高鳴った。
はじめての感情に頭がついていかない。
…あとでナミとロビンに相談してみようかな…
こういうぐちゃぐちゃした感情とか
心臓がドキドキするのはなんなのかな…。
あの二人もよくある事なのかな…
色々考えた後、あたしは気づいたら寝てしまっていた。
目が覚めると、暖かな日差しが照らしていた。
お昼ぐらいかな?
あたしは体を起こして、すぐに洗面台で顔を洗う。
着替えてからサンジのいるラウンジへ向かった。
ドアを開けると、ロビンが本を読みながら紅茶をすすっていた。
『あら、おはよう』
ロビンはあたしに目をやると優しく微笑んでくれた。
『お、マナちゃんおはよう』
サンジもあたしを見てニッコリ笑いかけてくれる。
『おはよう』
『今からマナちゃんの食事を用意するから、少し待っててくれるかい?』
あたしがうなずくのを確認してサンジは手早く料理をはじめた。
その合間にスッとあたしの前にミルクティーが置かれる。
『飲んで待っててね、プリンセス』
そう言ってまたすぐに調理をはじめる。
本当、サンジって凄いなぁ。
サンジが作る食事を待っていると、ラウンジのドアを開けてゾロが入ってきた。
『おぃエロコック、何か冷てぇ飲みもんくれ』
汗だくのゾロが不愛想な言葉でサンジに声かけながらあたしの隣にドカッと座った。
『んだとぉ~クソマリモ野郎!』
負けじとサンジはゾロに悪態をつくけど
なんだかんだ言って、サンジはゾロの要求をちゃんと聞く。
ゾロがサンジに渡された飲み物を勢いよく飲み込むと
喉に滴る汗がキラッと光る。
その姿を見てまたトクンと心臓がなった。
なんだろう、この感覚は。
ゾロの汗ばんだ空気があたしにも伝染したように全身の体温が上がる。
正面に座っていたロビンが
『マナ、顔赤いけど大丈夫?』と心配そうに聞いた。
『ぅ、うん、大丈夫』
そう言いながら横目でゾロをチラリと見つめる。
彼はグラスの中身を飲み切ると、すぐに立ち上がりラウンジを出て行ってしまった。
あたしがミルクティーを飲み干す前にサンジが料理を運んでくれた。
『待たせちゃったな、さぁどうぞ。レディ』
あたしは『いただきます』と言ってから、置かれた料理に手を出しもぐもぐと食べ始める。
お腹すいてたからあっという間に食べてしまった。
サンジの料理は本当に美味しいし。
『ごちそうさまでした』
手を合わせて頭を軽く下げ、空になった食器を重ねて、流し台に運ぶ。
『マナちゃん、俺がやるから大丈夫だよ』
サンジはあたしの手からヒョイと食器を取り上げた。
『ううん…あたしが洗うから大丈夫だよ!サンジは座ってて』
サンジは少し考えてから
『そうかい?じゃあ任せちまおうかな』と言った。
食器を洗いながら思ったけど…
サンジだと体温上がったり、胸がドキドキする事ないんだな。
もちろん、ゾロ以外の男性陣には一度もそういう経験はないし。
つくづく不思議な感情だなぁ。
『お、マナちゃんありがとうな』
洗い終わったあたしにサンジが声をかける。
『コーヒーでも飲むかい?』
ありがたいけど、この感情の事をナミにも聞いてみたいからなぁ…
『今はいいや、ごちそうさま』
サンジにそう告げて、手を振りながらあたしはラウンジを後にした。
ナミはどこにいるのかな…
甲板を見渡していると、トレーニング中のゾロが目に入る。
『きれいな筋肉だなぁ…』
なぜかうっとりして、頬が熱くなる。
我に返って、ナミを探しに女部屋に向かった。
そこには探していたナミの姿があった。
『あら、どうしたの?』
ナミは海図をかいてる最中だった。
『あのね、…聞きたいことがあって…でも、邪魔じゃない?』
『いいわよ、大丈夫だから気にしないで』
そういわれて安心し、自分のベッドに腰かける。
何から言えばいいのかな…
『ナミはさ、…ドキドキしたり、急に体温が上がることってある?』
『え、んー…それは風邪ひいた時はそうなるかな』
あ、確かに風邪ひいた時はそうかも。
でも、風邪とは違う気がするんだよなぁ…具合悪くないし。
『なんかね、…ゾロを見るとそうなるの』
あたしがそう言うと、ナミは驚いた表情をする。
…何か変な事言ったかな。
『ナミもゾロ見たらなる??』
『なるわけないでしょ!あんな単細胞に!』
素朴な疑問を聞いただけなのになぜかナミは憤慨している。
ちょうどその時ロビンが入ってきた。
ナミはロビンに『聞いてよ~マナが変なの~』と言っている。
『一体どうしたのかしら』
ロビンの問いかけに、
『マナったらゾロの事好きみたいなのよっ!!』
ナミが信じられないと言った表情で、ロビンに答える。
そして、あたしがゾロに対してだけ起こる感情を説明している。
するとロビンはフフッと笑って
『だからさっき顔が赤かったのね』
と、妙に納得した表情をした。
あたしは二人の会話についていけずナミが言った『好き』の単語が頭の中でグルグルしていた。
『好き』って…じゃあこれが恋愛感情というものなの?
これが……?
噂には聞いてたし、村の友達から相談されたこともある。
でも、あたしには他人事だと思っていた感情だから。
生まれてからの17年間で経験したことがなかったし。
さっきのテンションから少し落ち着いたナミは
『でも、あんたも大変なヤツに恋しちゃったのねぇ』
と言って、同情的な表情をあたしに向ける。
『そ、そうなの?…そもそも…これって恋なのかな?』
『あっきれたぁ~!マナは恋愛初心者なのね』
『う、うん。恋とかしたことなくて…』
下を向いてドギマギしているあたしを見て二人はケラケラ笑っている。
『マナ、あなたの剣士さんに向けた不思議な感情すべてが恋っていうのよ』
ロビンが確信をつくように言った。
そうか…あたしってばいつの間にかゾロに恋をしてたのね…。
その感情が恋だって聞いたらなんだか照れちゃうな。
『二人とも、聞いてくれてありがとう。何だかスッキリした』
自分のこの気持ちが恋って事に気づけて素直に嬉しかった。
『だけど…これからどうするの?』
ナミが心配しながら聞いてくる。
『どうもしないよ~。今まで通りだよ?』
恋ってわかったところで…別になにかするわけじゃないし。
『そう、何かあったらあたし達が力になるからね。』
ナミとロビンはニコリとほほ笑む。
『ありがとぉ!じゃあ、あたしはスケッチでもしてくるかな』
気持ちに気づけて、何だか足取りが軽い。
あたしは女部屋を後にして、甲板に出る。
いつものようにトレーニングしているゾロ。
その姿が見える場所に腰をおろして絵を描き始めた。
もちろん今日もゾロの絵を描く。
腕の筋肉とか、首に浮き上がる血管とか
観察しながらスケッチブックに描きすすめていく。
すると突然スケッチブックにあたしの影と重なるようにもう一つ影が現れる。
目線を上げた先にはゾロがいた。
目が合うとあたしの心臓が高鳴りだす。
『何描いてんだ?』
好きって気づいた後だし、何よりもゾロの絵を描いてるのが本人にバレたら恥ずかしい。
以前描いてた風景画のページをめくって
『け、景色描いてたの』
ほら、とゾロに風景画を見せる。
『ふーん』
ゾロはものすごく興味なさそうに答えた。
何だか傷つくなぁ…
ゾロはあたしの隣に腰をおろしてあぐらをかいた。
『疲れたから寝る…』
それだけ言うとすぐにぐぅっと寝息をたててしまった。
少ししてからサンジがおやつを配りに来た。
『てめぇ!何でマナちゃんの隣で寝てんだよ!!クソマリモ!』
サンジは起きろと言いながら足で数回ゾロを蹴飛ばす。
『サンジ、ダメだよ!落ち着いて!』
サンジの腕を引いて彼を落ち着かせると
『マリモから離れるんだよ、あぶねーから』と言っておやつを渡してきた。
『ゾロさんなら大丈夫だよ、ありがとうサンジ』
サンジに手を振って、彼の背中を見送ってからゾロの方に目をやる。
ゾロはむくりと起き上がってあたしから離れようとする。
『ゾロさん…寝るんじゃなかったの?』
あたしが声をかけると、一度立ち止まったのにも関わらず何も言わず歩いて行ってしまった。
何か気に障ったのかな…
…隣で寝てくれたの…嬉しかったんだけどなぁ。
それからしばらくの間、ゾロとは一言も会話出来ず
姿を見ることすら限られた時間だけになっていた。
そのまま数日が経つと、ナミが次に行く島の話をした。
『このまま順調に行けば明日の朝には着くと思うから』
その言葉を聞いて、ワクワクがとまらなかった。
船に乗り込んでから初めての島上陸だもん。
次の日の朝、起きて甲板に出ると
肉眼で見える距離に島が姿を現していた。
ナミがログを確認しながら男性陣に指示を出している。
しばらくしてから、船を停泊させた。
全員で朝食をとった後、
ナミが各自の役割分担を告げた。
『今回の島でログが溜まるのは3日!』
『とりあえず今日は、夜見張りのマナに留守番お願いしたいんだけど…』
ナミが申し訳なさそうな表情であたしを見つめる。
今日島に降りられないのは残念だけど…3日も停泊してるんだもんね。
『大丈夫だよ!あたしに任せて♪』
ナミは、マナだけじゃ心配だからってもう一人留守番役を決めた。
『ゾロ、あんたが残りなさい』
ゾロはじろっとナミを睨みつける。
『何で俺なんだよ』
ナミは少しだけ不敵な笑みを浮かべると
『あんたが一番適任なのよ』と言った。
ナミはきっとあたしに気を利かせたつもりなんだろうなぁ。
でも、ここ数日ゾロとは会話もしてないし。
嬉しい反面、ちょっと気まずいなぁ…
サンジがキッチンにある昼食の説明をしてくれると
『すぐ戻るから、クソ剣士には気をつけるんだよ』とあたしに耳打ちする。
あたしとゾロ以外の皆は各々船を降りて、島の中心にある町を目指していた。
最後までサンジだけが
『てめぇーマリモ野郎!マナちゃんにふざけた事すんじゃねーぞ!』
なんてゾロに悪態をつく。
それを聞いてゾロは『あほか』なんて呟く。
あたしは大きく手を振って皆を見送ると、くるりと振り向きゾロの方を見る。
ゾロはあたしと目線も合わせず、大きなダンベルを持ち上げた。
その様子に胸がズキンと痛む。
目すら合わせてくれないんだなぁ…
やっぱりあたしの事が嫌いなのかも。
あたしはしょんぼりしながら部屋に戻った。
ベッドに腰かけて、スケッチブックを手に取り
パラパラとめくりながら描いた絵に目を通す。
自分でも驚くぐらいゾロの絵ばっかりで。
トレーニング中のゾロや、昼寝をしているゾロ…思い出して描いたゾロの笑った顔とか。
こんなにもあたしの頭の中はゾロでいっぱいなんだぁ。
そのままベッドに横たわり、『…せめて…普通に話がしたいなぁ…』なんて思ってみたり。
どうやって時間つぶそうかな。
皆は夕方ぐらいまでは帰ってこないだろうし。
このまま会話が無いのは辛すぎる。
とりあえずあたしも甲板に出よう。
そこでいつも通りあたしはスケッチでもしていようかな。
画材道具を持って甲板に出る。
相変わらずゾロはダンベル振って鍛錬に夢中だった。
あたしの事なんて眼中にないって感じで。
あたしはゾロから離れたところで絵を描きだす。
今日は島の風景とか…かな。
描き始めはなんとなくゾロが気になっていたけど、
描きすすめていくうちに
ゾロの事を考えることなく、絵を描くことに夢中になっていた。
海の音と風の音しか感じられないぐらい
スケッチが完成した。
あたしは空に向かって両腕を高く上げて大きく伸びをした。
そろそろ昼の時間だ。
そんなに時間経っていたなんて…
あたしは画材道具をそのままにしてすぐにラウンジへ向かった。
サンジに聞いた通りラウンジのテーブルにはお弁当箱が2つ並んでいた。
これ……あたしから渡さなくちゃだよね…。
どうしたらいいか…
腕組みをしながらあたし自身、珍しく険しい顔になるのがわかった。
その時『ギィ』とラウンジの扉が開いた。
もちろん、入ってきたのはゾロ。
ゾロはそのままの足で冷蔵庫へ向かう。
何か言わないと…一言でもいいから…。
あたしは勇気を振り絞ってゾロに声をかけた。
『ゾ、ゾロさん…』
ゾロは冷たい目であたしに目線を向けると、突き放すような声色で
『…話かけんな』
と言った。
その言葉や、鋭い目つきに全身が震えゾゾッと鳥肌がたった。
……まさかここまで嫌われていたとは。
数日前は…あなたをもう少し近くに感じることができたのに。
あたしはその場からすぐに逃げ出したくて。
ゾロの顔を見ないように
『お、お昼はサンジがお弁当食べてって…言ってました…』
下を向き、頬に垂れる髪を耳にかきあげながらゾロに伝える。
言い終えてからあたしはすぐにラウンジを後にした。
あたしはまっすぐ女部屋に行き、ベッドに突っ伏した。
我ながらよく頑張ったと思う。
ゾロには決して泣いているところを見せたくなかったから。
涙が流れ出す、ギリギリのところでラウンジを出てこれたんだもん……。
枕がぐしょぐしょになっても構わないから、
体中の水分がなくなっちゃうぐらい…
……乾くまで…限界まで泣かせてほしい。
……どのくらい泣いたかな。
泣きすぎて頭痛いし、鼻がヒリヒリする。
『あたし、泣きつかれて眠っちゃったんだ…』
体を起こして、洗面台の前にたつ。
目が真っ赤で腫れている。
なんてヒドイ顔だろう…
水を出してバシャバシャと顔を洗った。
油断するとまだ涙が出そうだ
もうゾロとは顔合わせたくないんだけど…
でも…ちゃんとお弁当食べたのかな?
しかも、留守番なのに…あたしサボってばかりいる。
呆れちゃうよね、こんな責任感ない女。
あたしは深呼吸をしてから、女部屋を後にした。
甲板には誰の姿も無くて、みんなまだ帰ってないんだなぁと実感する。
昼過ぎって言っても…まだまだ空は明るいもんなぁ
ラウンジに入る前に、ドアの窓から背伸びをして中を覗いてみる。
そこにはお弁当を頬張るゾロの姿があった。
姿を見てしまっただけで、ドクンドクンと鼓動がはやくなる。
でも、お弁当食べている事に安堵した。
お腹すいたら大変だもんね。
…でも、何か見ながら食べてる??
よく目を凝らして見ると、あたしのスケッチブックだった。
そういえば、ラウンジに向かう前そのまま置きっぱなしにしてたんだ…。
あのスケッチブックにはゾロの事ばかり描いてあるのに…
もしかしたら怒って破ってしまうかもしれない。
どうしよう…
その時、鋭い目つきでパラパラとめくっていたゾロの手が止まる。
あたしは窓越しに信じられない光景を目の当たりにした。
……なんで…そんな優しい表情をするの…?
だって…あなたが見ているスケッチブックは
風景画なんて数える程度で、あとはほとんどあなたの絵なのに。
嫌われてるって思う反面、そうでもないんじゃないかって…期待してしまう。
あたしはまた逃げるように女部屋に戻ってしまった。
日が暮れる頃、一番最初にサンジが戻ってきた。
『マナちゅぁ~ん、今帰ったよぉ~!』
あたしを呼ぶ明るい声に答えるように、重い足取りで甲板に向かう。
『おかえり、サンジ』
精一杯の笑顔で迎える。
さっきまでぐちゃぐちゃに泣いてたのを悟られないように…
『ただいま、あのマリモは大丈夫だったかい?』
『うん、大丈夫だよ』
そう言って、ラウンジに向かうサンジの後ろをついて歩いた。
甲板にゾロの姿はなかったな。
顔合わせなくて良かった…
ラウンジに入ると、サンジが1つだけ残っているお弁当箱を手に取った。
『なぁ、マナちゃん飯食ってねぇの?』
『あ、ごめん、さっきまで食欲なくて…でも、見張りの時にこのお弁当食べようかと…』
『おいおい大丈夫かい?弁当は傷んじゃったかもしんねぇから…』
サンジはあたしの体調を心配して、見張りも代わろうか?なんて声をかけてくれる。
あたしは思い切り左右に首を振った。
『大丈夫、見張りはちゃんとやる!…でも、お弁当…本当にごめんね』
『マナちゃんはそんな事気にしなくていいから。』
あたしを安心させるようにサンジは満面の笑みで言葉を返した。
あたしはそのままサンジの手伝いをしながらラウンジに身を置いていた。
夕飯が近づくにつれて、ぞくぞくと島に出かけていた仲間が戻ってくる。
『ねぇサンジ、このお皿とか並べちゃっていい?』
『あぁ、頼むよマナちゃん♪』
あたしは食卓に人数分の皿を並べながら
さっきゾロが座っていた席に目線を落とす。
嬉しくて幸せな気持ちと、悲しくて辛い気持ちが交差した。
夕飯の準備が整うと、サンジは全員に伝わるように大きな声で『飯だぞぉー』と言った。
その言葉を聞き、あっという間に全員が集まる。
もちろんゾロも…
ゾロはあたしと一番離れた席に座ってもくもくと食べている。
あたしは隣に座るサンジとずっと話していた。
たまたま手相の話しになって
サンジがあたしの手を掴み、手のひらを指でなぞる。
『くすぐったいよ、サンジ』
『マナちゃんは結婚線が一本ハッキリあるね』
実は俺も一本あるんだって言いながらサンジが小指の下に刻まれた線を見せてくる。
『運命かもしれないね、レディ』
そんな事を冗談交じりに話して、あたしは泣きたい気持ちを忘れるためにケラケラと笑った。
ガタッと勢いよくゾロが立ち上がると
一度だけ目が合った。
でも、ゾロは当たり前のように目線をすぐ逸らし、『ごっそぉさん』と言って出て行ってしまった。
あたしの胸はまたズキンと痛みだす…
食事が終わってから部屋に戻り、見張りに出る準備をした。
スケッチブックをカバンにしまおうと思っていたら
自分自身の手元に無いことを思い出す。
まさか…まだゾロが持ってるのかなぁ…
とりあえず今日の見張りは絵を描くの諦めよう。
色々考えたいこともあるし。
皆が寝静まるまでは、ラウンジに行ってカフェオレでもいただこうかな。
見張りの準備を万全にしてからラウンジに向かうとナミとロビンが女子トークに花を咲かせていた。
『あ、マナ!』
ナミがいいところに来たと言いながらあたしを手招きすると
強制的に二人の間に座らせられる。
サンジにカフェオレを頼み、一息つくと
『今日どうだったのよぉ?』
ナミはにんまり顔であたしに聞く。
『いや、ナミが期待してるような事はなにも…』
『あら、でも二人きりでゆっくり話できたんじゃない?』
……昼の事を思い出しちゃって…ナミには悪いけど、ちょっと辛いかも…
『はい、プリンセス』
優しい声でサンジがあたしにカフェオレを手渡す。
『サンジ、ありがと』
カフェオレを一口飲み込んでから
ナミとロビンに向かって『何もなかったけど、楽しかったよ』と言った。
『緊張したけどね』っておどけながら。
二人は安堵の表情を浮かべ、
『ならよかった』と嬉しそうに言う。
ナミが良かれと思ってゾロと二人きりにしてくれたんだもん。
その気持ちを潰しちゃ悪いし…
あたしは話をかえて、島の話を聞いた。
ナミとロビンはどんなお店があったとか
可愛い服屋の話しなど、色々聞かせてくれた。
そこで盛り上がっていたら、気づくといい時間になってて
『じゃあ、あたしは見張りいってきまーす』
手をひらひさせて二人に手を振る。
サンジは風邪ひかないようにって暖かい飲み物と軽食を用意してくれた。
サンジにもお礼を言ってから小さく手を振った。
甲板に出て、真っ暗の中、メインマストを見上げる。
『…お前さ、見張りは一応あの上行くんだぞ』
『ま、なんもねぇだろ…俺もいるから今日はここで見張りしろよ』
『あぁ、でけぇあくびで起こされた』
はじめての見張りの夜を思い出すと
ゾロが言った言葉が頭の中で何度も繰り返す。
あんなに冷たい態度をするなら、最初から優しくしないでほしかった。
あたしは見張り台までゆっくりと上がっていく。
下を見ないようにゆっくり。
やっとの思いで見張り台につき、辺りを見渡す。
想像していたより広くて、月明かりとランタンの明かりでより快適な空間になる。
あたしは毛布で体を包みながら
サンジのくれたカフェオレを飲んでいた。
今日はたくさん泣いたからか、潮風があたるとヒリヒリしてくる。
痛いなぁ…心も、体も。
船室の方に目を向けると、ラウンジの明かりも消えている。
もぅ皆寝ちゃったのね…
ハァとため息をつきながら、今度は島に目を向ける。
明日どうしようかな。
ナミが言ってた服屋さんも気になるなぁ…
明日のことを考えていたら、急に見張り台にガシッと手が現れる。
突然の事にビクッと全身が硬直した。
あたしは勇気を振り絞りながら、姿の見えない人に声をかける。
『…だ……誰…です…か…?』
薄明りに映し出される緑色の髪にドキッとした。
…まさか……ありえないよ…
『…俺だ』
その声を聴いて鼓動がトクンと響く。
『…ゾ、ゾロ…さん』
どうして彼が…
あたしの目の前に現れ、何食わぬ顔で正面に座り込む。
鼓動が早くなって全身の体温が上昇する。
それと同時に心臓はチクンと痛みだし、あたしは毛布の中で必死に胸を押さえつけた。
『どうしたんですか?』なんて声をかける事もできず
ただ、ゾロを見つめていた。
月を見上げている彼の姿がとても素敵で
この姿を今すぐ絵に残せたら…なんて思ってしまう。
あたしの視線に気づいた彼は、
『…落とし物だ』
そう言ってあたしにスケッチブックを手渡す。
『あ、ありがとう…』
スケッチブックの中身を見られている事が恥ずかしくて
まともに顔が見れなくなる。
静寂が二人を包んで、どうしていいかわからない。
けど、彼はまだあたしの目の前にいる。
『…今日は見張り台に上がったんだな』
静寂を破ったのは、優しい声色のゾロの言葉だった。
その声に反応してゾロに目線をおくると、ゾロはあたしの返事を待たずに話を続けた。
『…昼は…悪かったな』
『え…?』
まさか謝られるとは思っていなかったあたしは目を丸くする。
『あれは…本心じゃねぇ…』
まさかの言葉に胸がギュッとした。
…そう、あの言葉は本心じゃなかったのか。
『…よかったぁ』とあたしは安堵して胸をなでおろす。
ゾロの表情はとてもやわらかく、優しい目であたしを見据えていた。
『…最近…お前の事を避けてた。』
ゆっくりゾロの口から言葉が吐き出される。
ゾロは頭を掻きながら『別に、嫌いとかじゃねぇんだ…』と。
『…じゃぁ…なんであたしを避けてたの?』
あたしは絞り出すような声でゾロに疑問をぶつける。
嫌いでもないなら、あんな風に避ける必要はないはずだから。
『…それは言えねぇ…俺自身もよくわかってねぇんだ。』
『…そんな……理不尽だよ。』
そう、ゾロはとても理不尽な答えをあたしに吐き出した。
あの態度や言動に、あたしがどれだけ傷ついたことか…
『…でも、もう避けたりしねぇから。』
ゾロはまっすぐあたしの目を見つめた。
『…だから…お前もいい加減『さん』付けやめろ』
やや強い口調で言い放つと舌打ちしながら目線をはずし、横を向いてしまった。
ドクンドクンとまた鼓動が早くなる。
ずっとゾロも気にしていたのかな。
『…話はこれだけだ』
そう言ってゾロはスッと立ち上がる。
『あ、ゾロさんっ』
呼び止めてハッする。
ゾロは黙ったままあたしを見下ろしながら、少し憂いのある表情をした。
『…ゾ、ゾロ…もう避けたりしないでね…』
はじめて呼び捨てで呼んだ事に体温が上昇して、顔が熱くなる。
ゾロは口角をあげて『上出来だ』と言った。
そして優しく頭をポンポンと叩く。
『じゃあな』
ゾロは見張り台から梯子につかまり、降りて行こうとする。
少し下に下がったところで
『あ』と何か思い出したように言った。
ゾロを見送るために覗き込んでいたあたしに向かって左腕を伸ばす。
『え。どうしたの?』
あたしが声をかけると、少し恥ずかしそうな表情で
『…俺も一本しかねぇからな』と言った。
そう言い残すとさっさと甲板に降りてしまった。
『…一本しかない?』
何のことか意味がわからず頭をフル回転させる。
しばらく考えたら言葉の真意は一つしかなかった事に気づく。
同時にあたしの心臓はまた早くなり、体中が熱っぽくなる。
少し…うぬぼれてもいいのかな。
あたしはそう感じながら自分の手のひらを見つめる。
小指の下にあるハッキリとした線を確認した。
もちろん、あたしも…結婚線は一本だけだよ。
麦わら海賊団の一味になってから一週間が過ぎた。
今のところ何事もなく平穏な日々で、ゆっくりと船は波にゆられている。
少し変わった事と言えば…みんなの事を『さん』付けしなくなった事かな。
堅苦しいからやめなさいってナミに諭されたから。
でも、そのおかげでみんなとの距離感も縮まった気がする。
最近は甲板の上で海を見ながらスケッチしている。
目に入りやすいからか、筋トレしているゾロを描くことが多い。
筋肉を描く勉強にもなるしなぁ…
『マナちゅぁ~~~ん』
勢いよく名前を呼ばれ、階段を駆け下りてサンジがあたしに向かってきた。
『サ、サンジどうしたの?』
サンジは片膝をつけて、手に持っていたケーキを差し出してくる。
『マナちゃんの為に焼いたガトーショコラさ、食べてもらえるかい?プリンセス』
最初はサンジのこのキャラクターに戸惑いを隠せなかったけど…
今はすっかり慣れちゃった。
『ありがとう』と言ってサンジからケーキを受け取る。
女好きの人だけど、彼の作る料理はどれもおいしいから…何だか憎めないのよね。
そのままサンジはナミの所に向かって行った。
あたしはガトーショコラをフォークで刺し、口に運ぶ。
『あまぁ~い』
こんなに美味しいと勝手に顔がほころぶなぁ。
そんな事を考えていたら、急に筋トレ中のゾロと目が合った。
『あっ…』
声をかけようとしたらもうゾロはこっちを向いていない。
…なんでかな。
彼だけはいまだに緊張する。
この一週間だってまともに会話した記憶もないし。
仲間になる前に、あたしの絵をほめてくれた時は優しい人って思ったんだけど。
気まぐれだったとしても助けてくれたし。
何だかつかめない性格だなぁ。
確かに口数が多い人ではないみたいだけど…あたし嫌われてるのかなぁ…
そんな事考えながらガトーショコラを口に運び、
あたしはスケッチを続けた。
夜になってあたしははじめて見張りを任された。
まだまだ不安だけど頑張らないと。
みんなが寝静まった頃に甲板に出て、暗い空を見上げる。
『真っ暗…なんか怖いな』
海を見つめると、暗い波に吸い込まれそうになる。
でも、はじめての見張りだし頑張らなくちゃ。
手持ちのランタンで足元を照らす。
こんなに暗くちゃ絵は描けそうにないかな…
時間つぶすのに一応はスケッチブック持ってきたんだけど。
甲板にある樽にランタンを置いた。
あ、これなら座れば明かりが照らして絵が描けそぉ
そしてそのままスケッチブックを取り出し、絵を描き始める。
しばらくしてからキィと扉が開く音がした
『あれ、まだ誰か起きてるのかな?』
足音はあたしの方へと近づいてくる。
音が止まると同時に、あたしも顔を上げた。
『あ、…ゾロさん…』
やっぱり緊張して、直接話すと彼には『さん』づけしてしまう。
『…見張りか?』
見下ろすように低い声でゾロが声をかけてきた。
『はい、でも何していいかわからなくて…ゾロさんは?』
暗くてあまり表情がよめない。
『昼寝しすぎたからな…夜風にあたりにきた』
そっか、確かにゾロは筋トレするか昼寝してるかだもんなぁ
こないだも昼寝しているゾロの絵を描いたばかりだった。
それを思い出し、ついクスクスと笑う。
『何笑ってんだ』
『あ、意味はないのごめんなさい』
そういうと、ゾロが『フッ』て笑った。
あ…やっぱり笑ったりできる人なんだ…
何だか安心した。
『…お前さ、見張りは一応あの上行くんだぞ』
急に彼はそう言ってマストの上を指さす。
『そ、そうなの?』
はじめてだから説明されたハズなのに…全然聞いてなかった。
『い、今すぐ行ってくるね』
そう言って急いで立ち上がると、
『ま、なんもねぇだろ…俺もいるから今日はここで見張りしろよ』
『…大丈夫なの?』
『保証はねぇけどな…別にいいだろ』
ゾロは頭を掻くと、あたしから少し離れたところに腰をおろした。
なんだ…やっぱりめちゃくちゃ優しい人じゃない。
ゾロを横目に見ながらあたしも座り込む。
『…ゾロさん、ありがとう』
それからゾロと会話は一切してないけど
彼はずっと近くにいてくれて、あたしの胸は小さくトクンと響いた。
しだいに空が明るくなってきて
群青のきれいな空にうっとりする。
『朝の海ってこんなに澄んでるんだぁ』
両腕を伸ばして、深呼吸する。
目線をゾロに合わせると、腕をくみながらぐぅぐぅ寝ていた。
もしかして…はじめての見張りだからついていてくれたのかな…?
ゾロは怖そうに見えるけど
本当はすごく優しくて、不器用な人なのかもね。
そんなこと考えたらふと笑顔になって、あたしの胸はまたトクンと響いた。
さっきよりもハッキリと。
あたしは自分がかけていた毛布を起こさないようにそっとゾロにかける。
聞こえないぐらいの声で『ありがとう』って言いながら。
完全に日が昇ってきて
サンジのいるキッチンからいい匂いがしてきた。
あたしは口元に手をおいて、『ふぁ』っと大きなあくびをする。
『もう寝ても大丈夫だぞ』
寝ていると思ってたゾロが立ち上がり、毛布を差し出しながら言った。
『え、起きてたの?』
あたしはゾロから毛布を受け取りながら聞く。
『あぁ…でけぇあくびで起こされた』
ゾロはそう言いながら歩き出し、クククと小さく笑ってラウンジへと向かった。
あたしはゾロにあくび姿を見られた事がすごく恥ずかしくて、なんだか急に体温が上がった。
女部屋に戻ると、ナミとロビンが着替えていた。
『おはよう』
二人に声をかけてから、あたしは自分のベッドに横たわる。
ナミが船を出す前にあの町で買ってくれたものだ。
『ゆっくり寝なさいね!』
ナミがあたしの布団をポンポンと優しく叩きながら言った。
『あたし達は朝食に行ってくるわね』
ロビンも優しく声をかけてくる。
『うん、おやすみなさい』
二人に『行ってらっしゃい』と告げると、あたしはすぐに目を閉じた。
目を閉じて最初に浮かんできたのはゾロの姿だった。
なんでゾロ…?
彼の事を考えると体温が上昇して、心臓が高鳴った。
はじめての感情に頭がついていかない。
…あとでナミとロビンに相談してみようかな…
こういうぐちゃぐちゃした感情とか
心臓がドキドキするのはなんなのかな…。
あの二人もよくある事なのかな…
色々考えた後、あたしは気づいたら寝てしまっていた。
目が覚めると、暖かな日差しが照らしていた。
お昼ぐらいかな?
あたしは体を起こして、すぐに洗面台で顔を洗う。
着替えてからサンジのいるラウンジへ向かった。
ドアを開けると、ロビンが本を読みながら紅茶をすすっていた。
『あら、おはよう』
ロビンはあたしに目をやると優しく微笑んでくれた。
『お、マナちゃんおはよう』
サンジもあたしを見てニッコリ笑いかけてくれる。
『おはよう』
『今からマナちゃんの食事を用意するから、少し待っててくれるかい?』
あたしがうなずくのを確認してサンジは手早く料理をはじめた。
その合間にスッとあたしの前にミルクティーが置かれる。
『飲んで待っててね、プリンセス』
そう言ってまたすぐに調理をはじめる。
本当、サンジって凄いなぁ。
サンジが作る食事を待っていると、ラウンジのドアを開けてゾロが入ってきた。
『おぃエロコック、何か冷てぇ飲みもんくれ』
汗だくのゾロが不愛想な言葉でサンジに声かけながらあたしの隣にドカッと座った。
『んだとぉ~クソマリモ野郎!』
負けじとサンジはゾロに悪態をつくけど
なんだかんだ言って、サンジはゾロの要求をちゃんと聞く。
ゾロがサンジに渡された飲み物を勢いよく飲み込むと
喉に滴る汗がキラッと光る。
その姿を見てまたトクンと心臓がなった。
なんだろう、この感覚は。
ゾロの汗ばんだ空気があたしにも伝染したように全身の体温が上がる。
正面に座っていたロビンが
『マナ、顔赤いけど大丈夫?』と心配そうに聞いた。
『ぅ、うん、大丈夫』
そう言いながら横目でゾロをチラリと見つめる。
彼はグラスの中身を飲み切ると、すぐに立ち上がりラウンジを出て行ってしまった。
あたしがミルクティーを飲み干す前にサンジが料理を運んでくれた。
『待たせちゃったな、さぁどうぞ。レディ』
あたしは『いただきます』と言ってから、置かれた料理に手を出しもぐもぐと食べ始める。
お腹すいてたからあっという間に食べてしまった。
サンジの料理は本当に美味しいし。
『ごちそうさまでした』
手を合わせて頭を軽く下げ、空になった食器を重ねて、流し台に運ぶ。
『マナちゃん、俺がやるから大丈夫だよ』
サンジはあたしの手からヒョイと食器を取り上げた。
『ううん…あたしが洗うから大丈夫だよ!サンジは座ってて』
サンジは少し考えてから
『そうかい?じゃあ任せちまおうかな』と言った。
食器を洗いながら思ったけど…
サンジだと体温上がったり、胸がドキドキする事ないんだな。
もちろん、ゾロ以外の男性陣には一度もそういう経験はないし。
つくづく不思議な感情だなぁ。
『お、マナちゃんありがとうな』
洗い終わったあたしにサンジが声をかける。
『コーヒーでも飲むかい?』
ありがたいけど、この感情の事をナミにも聞いてみたいからなぁ…
『今はいいや、ごちそうさま』
サンジにそう告げて、手を振りながらあたしはラウンジを後にした。
ナミはどこにいるのかな…
甲板を見渡していると、トレーニング中のゾロが目に入る。
『きれいな筋肉だなぁ…』
なぜかうっとりして、頬が熱くなる。
我に返って、ナミを探しに女部屋に向かった。
そこには探していたナミの姿があった。
『あら、どうしたの?』
ナミは海図をかいてる最中だった。
『あのね、…聞きたいことがあって…でも、邪魔じゃない?』
『いいわよ、大丈夫だから気にしないで』
そういわれて安心し、自分のベッドに腰かける。
何から言えばいいのかな…
『ナミはさ、…ドキドキしたり、急に体温が上がることってある?』
『え、んー…それは風邪ひいた時はそうなるかな』
あ、確かに風邪ひいた時はそうかも。
でも、風邪とは違う気がするんだよなぁ…具合悪くないし。
『なんかね、…ゾロを見るとそうなるの』
あたしがそう言うと、ナミは驚いた表情をする。
…何か変な事言ったかな。
『ナミもゾロ見たらなる??』
『なるわけないでしょ!あんな単細胞に!』
素朴な疑問を聞いただけなのになぜかナミは憤慨している。
ちょうどその時ロビンが入ってきた。
ナミはロビンに『聞いてよ~マナが変なの~』と言っている。
『一体どうしたのかしら』
ロビンの問いかけに、
『マナったらゾロの事好きみたいなのよっ!!』
ナミが信じられないと言った表情で、ロビンに答える。
そして、あたしがゾロに対してだけ起こる感情を説明している。
するとロビンはフフッと笑って
『だからさっき顔が赤かったのね』
と、妙に納得した表情をした。
あたしは二人の会話についていけずナミが言った『好き』の単語が頭の中でグルグルしていた。
『好き』って…じゃあこれが恋愛感情というものなの?
これが……?
噂には聞いてたし、村の友達から相談されたこともある。
でも、あたしには他人事だと思っていた感情だから。
生まれてからの17年間で経験したことがなかったし。
さっきのテンションから少し落ち着いたナミは
『でも、あんたも大変なヤツに恋しちゃったのねぇ』
と言って、同情的な表情をあたしに向ける。
『そ、そうなの?…そもそも…これって恋なのかな?』
『あっきれたぁ~!マナは恋愛初心者なのね』
『う、うん。恋とかしたことなくて…』
下を向いてドギマギしているあたしを見て二人はケラケラ笑っている。
『マナ、あなたの剣士さんに向けた不思議な感情すべてが恋っていうのよ』
ロビンが確信をつくように言った。
そうか…あたしってばいつの間にかゾロに恋をしてたのね…。
その感情が恋だって聞いたらなんだか照れちゃうな。
『二人とも、聞いてくれてありがとう。何だかスッキリした』
自分のこの気持ちが恋って事に気づけて素直に嬉しかった。
『だけど…これからどうするの?』
ナミが心配しながら聞いてくる。
『どうもしないよ~。今まで通りだよ?』
恋ってわかったところで…別になにかするわけじゃないし。
『そう、何かあったらあたし達が力になるからね。』
ナミとロビンはニコリとほほ笑む。
『ありがとぉ!じゃあ、あたしはスケッチでもしてくるかな』
気持ちに気づけて、何だか足取りが軽い。
あたしは女部屋を後にして、甲板に出る。
いつものようにトレーニングしているゾロ。
その姿が見える場所に腰をおろして絵を描き始めた。
もちろん今日もゾロの絵を描く。
腕の筋肉とか、首に浮き上がる血管とか
観察しながらスケッチブックに描きすすめていく。
すると突然スケッチブックにあたしの影と重なるようにもう一つ影が現れる。
目線を上げた先にはゾロがいた。
目が合うとあたしの心臓が高鳴りだす。
『何描いてんだ?』
好きって気づいた後だし、何よりもゾロの絵を描いてるのが本人にバレたら恥ずかしい。
以前描いてた風景画のページをめくって
『け、景色描いてたの』
ほら、とゾロに風景画を見せる。
『ふーん』
ゾロはものすごく興味なさそうに答えた。
何だか傷つくなぁ…
ゾロはあたしの隣に腰をおろしてあぐらをかいた。
『疲れたから寝る…』
それだけ言うとすぐにぐぅっと寝息をたててしまった。
少ししてからサンジがおやつを配りに来た。
『てめぇ!何でマナちゃんの隣で寝てんだよ!!クソマリモ!』
サンジは起きろと言いながら足で数回ゾロを蹴飛ばす。
『サンジ、ダメだよ!落ち着いて!』
サンジの腕を引いて彼を落ち着かせると
『マリモから離れるんだよ、あぶねーから』と言っておやつを渡してきた。
『ゾロさんなら大丈夫だよ、ありがとうサンジ』
サンジに手を振って、彼の背中を見送ってからゾロの方に目をやる。
ゾロはむくりと起き上がってあたしから離れようとする。
『ゾロさん…寝るんじゃなかったの?』
あたしが声をかけると、一度立ち止まったのにも関わらず何も言わず歩いて行ってしまった。
何か気に障ったのかな…
…隣で寝てくれたの…嬉しかったんだけどなぁ。
それからしばらくの間、ゾロとは一言も会話出来ず
姿を見ることすら限られた時間だけになっていた。
そのまま数日が経つと、ナミが次に行く島の話をした。
『このまま順調に行けば明日の朝には着くと思うから』
その言葉を聞いて、ワクワクがとまらなかった。
船に乗り込んでから初めての島上陸だもん。
次の日の朝、起きて甲板に出ると
肉眼で見える距離に島が姿を現していた。
ナミがログを確認しながら男性陣に指示を出している。
しばらくしてから、船を停泊させた。
全員で朝食をとった後、
ナミが各自の役割分担を告げた。
『今回の島でログが溜まるのは3日!』
『とりあえず今日は、夜見張りのマナに留守番お願いしたいんだけど…』
ナミが申し訳なさそうな表情であたしを見つめる。
今日島に降りられないのは残念だけど…3日も停泊してるんだもんね。
『大丈夫だよ!あたしに任せて♪』
ナミは、マナだけじゃ心配だからってもう一人留守番役を決めた。
『ゾロ、あんたが残りなさい』
ゾロはじろっとナミを睨みつける。
『何で俺なんだよ』
ナミは少しだけ不敵な笑みを浮かべると
『あんたが一番適任なのよ』と言った。
ナミはきっとあたしに気を利かせたつもりなんだろうなぁ。
でも、ここ数日ゾロとは会話もしてないし。
嬉しい反面、ちょっと気まずいなぁ…
サンジがキッチンにある昼食の説明をしてくれると
『すぐ戻るから、クソ剣士には気をつけるんだよ』とあたしに耳打ちする。
あたしとゾロ以外の皆は各々船を降りて、島の中心にある町を目指していた。
最後までサンジだけが
『てめぇーマリモ野郎!マナちゃんにふざけた事すんじゃねーぞ!』
なんてゾロに悪態をつく。
それを聞いてゾロは『あほか』なんて呟く。
あたしは大きく手を振って皆を見送ると、くるりと振り向きゾロの方を見る。
ゾロはあたしと目線も合わせず、大きなダンベルを持ち上げた。
その様子に胸がズキンと痛む。
目すら合わせてくれないんだなぁ…
やっぱりあたしの事が嫌いなのかも。
あたしはしょんぼりしながら部屋に戻った。
ベッドに腰かけて、スケッチブックを手に取り
パラパラとめくりながら描いた絵に目を通す。
自分でも驚くぐらいゾロの絵ばっかりで。
トレーニング中のゾロや、昼寝をしているゾロ…思い出して描いたゾロの笑った顔とか。
こんなにもあたしの頭の中はゾロでいっぱいなんだぁ。
そのままベッドに横たわり、『…せめて…普通に話がしたいなぁ…』なんて思ってみたり。
どうやって時間つぶそうかな。
皆は夕方ぐらいまでは帰ってこないだろうし。
このまま会話が無いのは辛すぎる。
とりあえずあたしも甲板に出よう。
そこでいつも通りあたしはスケッチでもしていようかな。
画材道具を持って甲板に出る。
相変わらずゾロはダンベル振って鍛錬に夢中だった。
あたしの事なんて眼中にないって感じで。
あたしはゾロから離れたところで絵を描きだす。
今日は島の風景とか…かな。
描き始めはなんとなくゾロが気になっていたけど、
描きすすめていくうちに
ゾロの事を考えることなく、絵を描くことに夢中になっていた。
海の音と風の音しか感じられないぐらい
スケッチが完成した。
あたしは空に向かって両腕を高く上げて大きく伸びをした。
そろそろ昼の時間だ。
そんなに時間経っていたなんて…
あたしは画材道具をそのままにしてすぐにラウンジへ向かった。
サンジに聞いた通りラウンジのテーブルにはお弁当箱が2つ並んでいた。
これ……あたしから渡さなくちゃだよね…。
どうしたらいいか…
腕組みをしながらあたし自身、珍しく険しい顔になるのがわかった。
その時『ギィ』とラウンジの扉が開いた。
もちろん、入ってきたのはゾロ。
ゾロはそのままの足で冷蔵庫へ向かう。
何か言わないと…一言でもいいから…。
あたしは勇気を振り絞ってゾロに声をかけた。
『ゾ、ゾロさん…』
ゾロは冷たい目であたしに目線を向けると、突き放すような声色で
『…話かけんな』
と言った。
その言葉や、鋭い目つきに全身が震えゾゾッと鳥肌がたった。
……まさかここまで嫌われていたとは。
数日前は…あなたをもう少し近くに感じることができたのに。
あたしはその場からすぐに逃げ出したくて。
ゾロの顔を見ないように
『お、お昼はサンジがお弁当食べてって…言ってました…』
下を向き、頬に垂れる髪を耳にかきあげながらゾロに伝える。
言い終えてからあたしはすぐにラウンジを後にした。
あたしはまっすぐ女部屋に行き、ベッドに突っ伏した。
我ながらよく頑張ったと思う。
ゾロには決して泣いているところを見せたくなかったから。
涙が流れ出す、ギリギリのところでラウンジを出てこれたんだもん……。
枕がぐしょぐしょになっても構わないから、
体中の水分がなくなっちゃうぐらい…
……乾くまで…限界まで泣かせてほしい。
……どのくらい泣いたかな。
泣きすぎて頭痛いし、鼻がヒリヒリする。
『あたし、泣きつかれて眠っちゃったんだ…』
体を起こして、洗面台の前にたつ。
目が真っ赤で腫れている。
なんてヒドイ顔だろう…
水を出してバシャバシャと顔を洗った。
油断するとまだ涙が出そうだ
もうゾロとは顔合わせたくないんだけど…
でも…ちゃんとお弁当食べたのかな?
しかも、留守番なのに…あたしサボってばかりいる。
呆れちゃうよね、こんな責任感ない女。
あたしは深呼吸をしてから、女部屋を後にした。
甲板には誰の姿も無くて、みんなまだ帰ってないんだなぁと実感する。
昼過ぎって言っても…まだまだ空は明るいもんなぁ
ラウンジに入る前に、ドアの窓から背伸びをして中を覗いてみる。
そこにはお弁当を頬張るゾロの姿があった。
姿を見てしまっただけで、ドクンドクンと鼓動がはやくなる。
でも、お弁当食べている事に安堵した。
お腹すいたら大変だもんね。
…でも、何か見ながら食べてる??
よく目を凝らして見ると、あたしのスケッチブックだった。
そういえば、ラウンジに向かう前そのまま置きっぱなしにしてたんだ…。
あのスケッチブックにはゾロの事ばかり描いてあるのに…
もしかしたら怒って破ってしまうかもしれない。
どうしよう…
その時、鋭い目つきでパラパラとめくっていたゾロの手が止まる。
あたしは窓越しに信じられない光景を目の当たりにした。
……なんで…そんな優しい表情をするの…?
だって…あなたが見ているスケッチブックは
風景画なんて数える程度で、あとはほとんどあなたの絵なのに。
嫌われてるって思う反面、そうでもないんじゃないかって…期待してしまう。
あたしはまた逃げるように女部屋に戻ってしまった。
日が暮れる頃、一番最初にサンジが戻ってきた。
『マナちゅぁ~ん、今帰ったよぉ~!』
あたしを呼ぶ明るい声に答えるように、重い足取りで甲板に向かう。
『おかえり、サンジ』
精一杯の笑顔で迎える。
さっきまでぐちゃぐちゃに泣いてたのを悟られないように…
『ただいま、あのマリモは大丈夫だったかい?』
『うん、大丈夫だよ』
そう言って、ラウンジに向かうサンジの後ろをついて歩いた。
甲板にゾロの姿はなかったな。
顔合わせなくて良かった…
ラウンジに入ると、サンジが1つだけ残っているお弁当箱を手に取った。
『なぁ、マナちゃん飯食ってねぇの?』
『あ、ごめん、さっきまで食欲なくて…でも、見張りの時にこのお弁当食べようかと…』
『おいおい大丈夫かい?弁当は傷んじゃったかもしんねぇから…』
サンジはあたしの体調を心配して、見張りも代わろうか?なんて声をかけてくれる。
あたしは思い切り左右に首を振った。
『大丈夫、見張りはちゃんとやる!…でも、お弁当…本当にごめんね』
『マナちゃんはそんな事気にしなくていいから。』
あたしを安心させるようにサンジは満面の笑みで言葉を返した。
あたしはそのままサンジの手伝いをしながらラウンジに身を置いていた。
夕飯が近づくにつれて、ぞくぞくと島に出かけていた仲間が戻ってくる。
『ねぇサンジ、このお皿とか並べちゃっていい?』
『あぁ、頼むよマナちゃん♪』
あたしは食卓に人数分の皿を並べながら
さっきゾロが座っていた席に目線を落とす。
嬉しくて幸せな気持ちと、悲しくて辛い気持ちが交差した。
夕飯の準備が整うと、サンジは全員に伝わるように大きな声で『飯だぞぉー』と言った。
その言葉を聞き、あっという間に全員が集まる。
もちろんゾロも…
ゾロはあたしと一番離れた席に座ってもくもくと食べている。
あたしは隣に座るサンジとずっと話していた。
たまたま手相の話しになって
サンジがあたしの手を掴み、手のひらを指でなぞる。
『くすぐったいよ、サンジ』
『マナちゃんは結婚線が一本ハッキリあるね』
実は俺も一本あるんだって言いながらサンジが小指の下に刻まれた線を見せてくる。
『運命かもしれないね、レディ』
そんな事を冗談交じりに話して、あたしは泣きたい気持ちを忘れるためにケラケラと笑った。
ガタッと勢いよくゾロが立ち上がると
一度だけ目が合った。
でも、ゾロは当たり前のように目線をすぐ逸らし、『ごっそぉさん』と言って出て行ってしまった。
あたしの胸はまたズキンと痛みだす…
食事が終わってから部屋に戻り、見張りに出る準備をした。
スケッチブックをカバンにしまおうと思っていたら
自分自身の手元に無いことを思い出す。
まさか…まだゾロが持ってるのかなぁ…
とりあえず今日の見張りは絵を描くの諦めよう。
色々考えたいこともあるし。
皆が寝静まるまでは、ラウンジに行ってカフェオレでもいただこうかな。
見張りの準備を万全にしてからラウンジに向かうとナミとロビンが女子トークに花を咲かせていた。
『あ、マナ!』
ナミがいいところに来たと言いながらあたしを手招きすると
強制的に二人の間に座らせられる。
サンジにカフェオレを頼み、一息つくと
『今日どうだったのよぉ?』
ナミはにんまり顔であたしに聞く。
『いや、ナミが期待してるような事はなにも…』
『あら、でも二人きりでゆっくり話できたんじゃない?』
……昼の事を思い出しちゃって…ナミには悪いけど、ちょっと辛いかも…
『はい、プリンセス』
優しい声でサンジがあたしにカフェオレを手渡す。
『サンジ、ありがと』
カフェオレを一口飲み込んでから
ナミとロビンに向かって『何もなかったけど、楽しかったよ』と言った。
『緊張したけどね』っておどけながら。
二人は安堵の表情を浮かべ、
『ならよかった』と嬉しそうに言う。
ナミが良かれと思ってゾロと二人きりにしてくれたんだもん。
その気持ちを潰しちゃ悪いし…
あたしは話をかえて、島の話を聞いた。
ナミとロビンはどんなお店があったとか
可愛い服屋の話しなど、色々聞かせてくれた。
そこで盛り上がっていたら、気づくといい時間になってて
『じゃあ、あたしは見張りいってきまーす』
手をひらひさせて二人に手を振る。
サンジは風邪ひかないようにって暖かい飲み物と軽食を用意してくれた。
サンジにもお礼を言ってから小さく手を振った。
甲板に出て、真っ暗の中、メインマストを見上げる。
『…お前さ、見張りは一応あの上行くんだぞ』
『ま、なんもねぇだろ…俺もいるから今日はここで見張りしろよ』
『あぁ、でけぇあくびで起こされた』
はじめての見張りの夜を思い出すと
ゾロが言った言葉が頭の中で何度も繰り返す。
あんなに冷たい態度をするなら、最初から優しくしないでほしかった。
あたしは見張り台までゆっくりと上がっていく。
下を見ないようにゆっくり。
やっとの思いで見張り台につき、辺りを見渡す。
想像していたより広くて、月明かりとランタンの明かりでより快適な空間になる。
あたしは毛布で体を包みながら
サンジのくれたカフェオレを飲んでいた。
今日はたくさん泣いたからか、潮風があたるとヒリヒリしてくる。
痛いなぁ…心も、体も。
船室の方に目を向けると、ラウンジの明かりも消えている。
もぅ皆寝ちゃったのね…
ハァとため息をつきながら、今度は島に目を向ける。
明日どうしようかな。
ナミが言ってた服屋さんも気になるなぁ…
明日のことを考えていたら、急に見張り台にガシッと手が現れる。
突然の事にビクッと全身が硬直した。
あたしは勇気を振り絞りながら、姿の見えない人に声をかける。
『…だ……誰…です…か…?』
薄明りに映し出される緑色の髪にドキッとした。
…まさか……ありえないよ…
『…俺だ』
その声を聴いて鼓動がトクンと響く。
『…ゾ、ゾロ…さん』
どうして彼が…
あたしの目の前に現れ、何食わぬ顔で正面に座り込む。
鼓動が早くなって全身の体温が上昇する。
それと同時に心臓はチクンと痛みだし、あたしは毛布の中で必死に胸を押さえつけた。
『どうしたんですか?』なんて声をかける事もできず
ただ、ゾロを見つめていた。
月を見上げている彼の姿がとても素敵で
この姿を今すぐ絵に残せたら…なんて思ってしまう。
あたしの視線に気づいた彼は、
『…落とし物だ』
そう言ってあたしにスケッチブックを手渡す。
『あ、ありがとう…』
スケッチブックの中身を見られている事が恥ずかしくて
まともに顔が見れなくなる。
静寂が二人を包んで、どうしていいかわからない。
けど、彼はまだあたしの目の前にいる。
『…今日は見張り台に上がったんだな』
静寂を破ったのは、優しい声色のゾロの言葉だった。
その声に反応してゾロに目線をおくると、ゾロはあたしの返事を待たずに話を続けた。
『…昼は…悪かったな』
『え…?』
まさか謝られるとは思っていなかったあたしは目を丸くする。
『あれは…本心じゃねぇ…』
まさかの言葉に胸がギュッとした。
…そう、あの言葉は本心じゃなかったのか。
『…よかったぁ』とあたしは安堵して胸をなでおろす。
ゾロの表情はとてもやわらかく、優しい目であたしを見据えていた。
『…最近…お前の事を避けてた。』
ゆっくりゾロの口から言葉が吐き出される。
ゾロは頭を掻きながら『別に、嫌いとかじゃねぇんだ…』と。
『…じゃぁ…なんであたしを避けてたの?』
あたしは絞り出すような声でゾロに疑問をぶつける。
嫌いでもないなら、あんな風に避ける必要はないはずだから。
『…それは言えねぇ…俺自身もよくわかってねぇんだ。』
『…そんな……理不尽だよ。』
そう、ゾロはとても理不尽な答えをあたしに吐き出した。
あの態度や言動に、あたしがどれだけ傷ついたことか…
『…でも、もう避けたりしねぇから。』
ゾロはまっすぐあたしの目を見つめた。
『…だから…お前もいい加減『さん』付けやめろ』
やや強い口調で言い放つと舌打ちしながら目線をはずし、横を向いてしまった。
ドクンドクンとまた鼓動が早くなる。
ずっとゾロも気にしていたのかな。
『…話はこれだけだ』
そう言ってゾロはスッと立ち上がる。
『あ、ゾロさんっ』
呼び止めてハッする。
ゾロは黙ったままあたしを見下ろしながら、少し憂いのある表情をした。
『…ゾ、ゾロ…もう避けたりしないでね…』
はじめて呼び捨てで呼んだ事に体温が上昇して、顔が熱くなる。
ゾロは口角をあげて『上出来だ』と言った。
そして優しく頭をポンポンと叩く。
『じゃあな』
ゾロは見張り台から梯子につかまり、降りて行こうとする。
少し下に下がったところで
『あ』と何か思い出したように言った。
ゾロを見送るために覗き込んでいたあたしに向かって左腕を伸ばす。
『え。どうしたの?』
あたしが声をかけると、少し恥ずかしそうな表情で
『…俺も一本しかねぇからな』と言った。
そう言い残すとさっさと甲板に降りてしまった。
『…一本しかない?』
何のことか意味がわからず頭をフル回転させる。
しばらく考えたら言葉の真意は一つしかなかった事に気づく。
同時にあたしの心臓はまた早くなり、体中が熱っぽくなる。
少し…うぬぼれてもいいのかな。
あたしはそう感じながら自分の手のひらを見つめる。
小指の下にあるハッキリとした線を確認した。
もちろん、あたしも…結婚線は一本だけだよ。
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