【GG】Other
天気の良い週末の昼下がり。その男の訪問は、余りにも唐突だった。
「随分俗っぽい部屋じゃねえか」
ノックもなしに開かれた扉。そこからずかずかと無遠慮に室内へ立ち入る人物は、テスタメントが良く知る存在だった。
「いきなりやって来て最初に言う言葉がそれか?」
机と向き合い、小説の執筆をしていたテスタメントは、突然の訪問者に特に驚くでもなく、ただ迷惑そうに顔を顰めた。この男、玄関のチャイムも鳴らさず人様の家に乗り込んできたのか。家主であり、テスタメントが世話になっている老夫婦は、幸いにも今日は朝から出かけている。もしこの場に居合わせていたらと思うと、今この瞬間の幸運に感謝せざるを得ない。
俗っぽい、と言われたこの部屋は、テスタメントに与えられた私室だった。広すぎず、狭くもない空間は彼の趣味に関するモノで溢れていた。アウトドアグッズに、何やら得体の知れないオカルト系と思しき物体、麻雀卓、天体望遠鏡、絵の具とキャンバス、そして大量のコスメ道具。
「いつからそんな多趣味になった」
「別に。いつからでも良いだろう? それより何の用だ」
「あの娘から手紙を預かってきた」
「それでわざわざ部屋まで来たのか。ポストに入れておくだけで済んだものを」
あの娘、というのは十中八九ディズィーだろう。森を出て、カイの元に嫁いだ彼女は、時折こうして手紙をくれる。普段は郵便で届くが、今回はたまたまソルがテスタメントが住む村の近辺を訪れると知って託したらしい。
「テメエの様子も見てきて欲しいとよ」
「……それならちゃんと玄関でチャイムを鳴らして欲しいものだ」
「俺と知ったら出るか?」
「出ないな」
「だからだよ」
以前ほどではないが、テスタメントはソルを嫌っている。彼の言う通り、チャイムを鳴らした所で出て貰えるとは思っていない。居留守を使われれるのが目に見えている。今だって、ディズィーからの手紙が無ければ即刻追い出している所だ。
「ま、元気そうで何よりだ」
「それはどうも。用が済んだならさっさとかえーー……」
ここに居るだけで邪魔だとばかりに椅子から立ち上がり、虫を払いのける様な動作で手を振って追い出そうとする。けれどそこで、テスタメントはソルに対し違和感を覚えた。言いかけた言葉は途切れ、代わりにじっと目の前の存在を凝視する。
「どうした?」
「……お前、人間に戻ったのか?」
上から下まで眺め、まず目に留まったのは彼の頭部だった。ヘッドギアをしていないソルの額には、あのギアの刻印が無かった。いかつい体躯こそそのままだが、以前は感じられた、制御装置で抑えていても分かるあの強大な力が感じられない。
「ああ、『ほぼ』人間だ。色々あってな」
何があった、とテスタメントが聞く前に、ソルは簡潔に返した。色々。それだけでテスタメントは「そうか」と納得する。この男を取り巻く環境、関係の複雑さは知っている。経緯を聞き出そうとすれば、きっと途方もなく長い話になるだろう。そこまでして知りたいとは思わないし、そこまでの興味もない。
「テメエも戻りたいか?」
そんなテスタメントの胸中を知ってか知らずか。ソルは唐突に問いかけた。予期せぬそれに、テスタメントは驚き、瞳を見開く。
「戻れるのか?」
「さあな」
聞いておいて無責任な返答。しかし、あのソルが人間に戻れたのだ。如何な経緯があったかは知らないが、テスタメントが戻れる可能性もゼロとは言えない。
もし、人間に戻ることが出来たなら。とうの昔に諦めた願い。聖戦中にギアに改造され、望んでいなかったとはいえ義父と、人類と敵対し、多くのヒトを殺めた。化け物と畏れられ、数多の血で両手は染まり、開放されたと思った時には、もう戻れる状態ではなかった。今ここで、その諦めた願いが叶うなら。
「……いや。私はこのままで良い」
暫しの沈黙。やがてテスタメントは緩く頭を振り、言葉を紡いだ。
「やりたい事がたくさんあるんだ。今人間に戻ったら、時間が足りなくなりそうだ」
正直、意外な答えだった。正確には、断る理由が意外だった。以前の彼ならば、罪を償うためにとか、生き続ける事が自分への罰だとか言いそうだったのだがーー否、それ自体は考えていそうだが、その事とは別に、彼は今を生きる意味を、希望を見出している様だった。
「……そうかよ」
彼もソルや飛鳥が関わったギアプロジェクトに巻き込まれた被害者ーー犠牲者だ。人間に戻る権利を主張したって良い。お前に罪は無い等と、軽々しくは言えないが、兵器としてヒトを殺めた業には、こちら側に責任がある。
それでも、テスタメントは人に戻ることを望まず、ギアとして生きるとソルに告げた。それならば、その意志を尊重すべきだろう。
「さて、私は執筆作業に戻る。原稿の締切が近いんだ。時間を無駄にしたくはない」
「執筆?」
「SF小説の新作を書いているんだ。せっかく良い所だったのに、水を差すようにお前が来た」
「邪魔か」
「邪魔だな。用は済んだのだろう? さっさと帰ってくれ。ああ、玄関はしっかり閉めろよ。乱暴にせず、優しくな」
そう言ってテスタメントは椅子に座り、ソルに背を向ける。中断された執筆作業を再開する姿は、真剣そのものだ。ここでもう一度声を掛けようものなら、彼の召喚獣がソルの足を食い千切りかねない。
「…………」
今の彼の姿を、義父であるクリフが見たら何と言うだろうか。彼が嫌う『イマドキ』の若者になってしまったことを嘆くだろうか。それとも、戦時中見ることが出来なかった、息子が人生を謳歌する様を喜ぶだろうか。当人が既に没してしまっている状態故に、答えは分からない。
ーーたまには挨拶しに行くか。
そう言えば、長いこと墓参りに行っていない。クリフが眠る墓地はここからそう遠くない場所にある。報告がてら、寄って行っても良いかもしれない。
「ま、がんばんな」
片手を持ち上げ、投げかけた励ましの言葉は本音か適当か。どちらとも判断し難いそれを残し、ソルは踵を返し、部屋を後にした。
「随分俗っぽい部屋じゃねえか」
ノックもなしに開かれた扉。そこからずかずかと無遠慮に室内へ立ち入る人物は、テスタメントが良く知る存在だった。
「いきなりやって来て最初に言う言葉がそれか?」
机と向き合い、小説の執筆をしていたテスタメントは、突然の訪問者に特に驚くでもなく、ただ迷惑そうに顔を顰めた。この男、玄関のチャイムも鳴らさず人様の家に乗り込んできたのか。家主であり、テスタメントが世話になっている老夫婦は、幸いにも今日は朝から出かけている。もしこの場に居合わせていたらと思うと、今この瞬間の幸運に感謝せざるを得ない。
俗っぽい、と言われたこの部屋は、テスタメントに与えられた私室だった。広すぎず、狭くもない空間は彼の趣味に関するモノで溢れていた。アウトドアグッズに、何やら得体の知れないオカルト系と思しき物体、麻雀卓、天体望遠鏡、絵の具とキャンバス、そして大量のコスメ道具。
「いつからそんな多趣味になった」
「別に。いつからでも良いだろう? それより何の用だ」
「あの娘から手紙を預かってきた」
「それでわざわざ部屋まで来たのか。ポストに入れておくだけで済んだものを」
あの娘、というのは十中八九ディズィーだろう。森を出て、カイの元に嫁いだ彼女は、時折こうして手紙をくれる。普段は郵便で届くが、今回はたまたまソルがテスタメントが住む村の近辺を訪れると知って託したらしい。
「テメエの様子も見てきて欲しいとよ」
「……それならちゃんと玄関でチャイムを鳴らして欲しいものだ」
「俺と知ったら出るか?」
「出ないな」
「だからだよ」
以前ほどではないが、テスタメントはソルを嫌っている。彼の言う通り、チャイムを鳴らした所で出て貰えるとは思っていない。居留守を使われれるのが目に見えている。今だって、ディズィーからの手紙が無ければ即刻追い出している所だ。
「ま、元気そうで何よりだ」
「それはどうも。用が済んだならさっさとかえーー……」
ここに居るだけで邪魔だとばかりに椅子から立ち上がり、虫を払いのける様な動作で手を振って追い出そうとする。けれどそこで、テスタメントはソルに対し違和感を覚えた。言いかけた言葉は途切れ、代わりにじっと目の前の存在を凝視する。
「どうした?」
「……お前、人間に戻ったのか?」
上から下まで眺め、まず目に留まったのは彼の頭部だった。ヘッドギアをしていないソルの額には、あのギアの刻印が無かった。いかつい体躯こそそのままだが、以前は感じられた、制御装置で抑えていても分かるあの強大な力が感じられない。
「ああ、『ほぼ』人間だ。色々あってな」
何があった、とテスタメントが聞く前に、ソルは簡潔に返した。色々。それだけでテスタメントは「そうか」と納得する。この男を取り巻く環境、関係の複雑さは知っている。経緯を聞き出そうとすれば、きっと途方もなく長い話になるだろう。そこまでして知りたいとは思わないし、そこまでの興味もない。
「テメエも戻りたいか?」
そんなテスタメントの胸中を知ってか知らずか。ソルは唐突に問いかけた。予期せぬそれに、テスタメントは驚き、瞳を見開く。
「戻れるのか?」
「さあな」
聞いておいて無責任な返答。しかし、あのソルが人間に戻れたのだ。如何な経緯があったかは知らないが、テスタメントが戻れる可能性もゼロとは言えない。
もし、人間に戻ることが出来たなら。とうの昔に諦めた願い。聖戦中にギアに改造され、望んでいなかったとはいえ義父と、人類と敵対し、多くのヒトを殺めた。化け物と畏れられ、数多の血で両手は染まり、開放されたと思った時には、もう戻れる状態ではなかった。今ここで、その諦めた願いが叶うなら。
「……いや。私はこのままで良い」
暫しの沈黙。やがてテスタメントは緩く頭を振り、言葉を紡いだ。
「やりたい事がたくさんあるんだ。今人間に戻ったら、時間が足りなくなりそうだ」
正直、意外な答えだった。正確には、断る理由が意外だった。以前の彼ならば、罪を償うためにとか、生き続ける事が自分への罰だとか言いそうだったのだがーー否、それ自体は考えていそうだが、その事とは別に、彼は今を生きる意味を、希望を見出している様だった。
「……そうかよ」
彼もソルや飛鳥が関わったギアプロジェクトに巻き込まれた被害者ーー犠牲者だ。人間に戻る権利を主張したって良い。お前に罪は無い等と、軽々しくは言えないが、兵器としてヒトを殺めた業には、こちら側に責任がある。
それでも、テスタメントは人に戻ることを望まず、ギアとして生きるとソルに告げた。それならば、その意志を尊重すべきだろう。
「さて、私は執筆作業に戻る。原稿の締切が近いんだ。時間を無駄にしたくはない」
「執筆?」
「SF小説の新作を書いているんだ。せっかく良い所だったのに、水を差すようにお前が来た」
「邪魔か」
「邪魔だな。用は済んだのだろう? さっさと帰ってくれ。ああ、玄関はしっかり閉めろよ。乱暴にせず、優しくな」
そう言ってテスタメントは椅子に座り、ソルに背を向ける。中断された執筆作業を再開する姿は、真剣そのものだ。ここでもう一度声を掛けようものなら、彼の召喚獣がソルの足を食い千切りかねない。
「…………」
今の彼の姿を、義父であるクリフが見たら何と言うだろうか。彼が嫌う『イマドキ』の若者になってしまったことを嘆くだろうか。それとも、戦時中見ることが出来なかった、息子が人生を謳歌する様を喜ぶだろうか。当人が既に没してしまっている状態故に、答えは分からない。
ーーたまには挨拶しに行くか。
そう言えば、長いこと墓参りに行っていない。クリフが眠る墓地はここからそう遠くない場所にある。報告がてら、寄って行っても良いかもしれない。
「ま、がんばんな」
片手を持ち上げ、投げかけた励ましの言葉は本音か適当か。どちらとも判断し難いそれを残し、ソルは踵を返し、部屋を後にした。
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