【GG】Other

「やっぱりここに居たか」

 まだ夜が明けて間もない刻。人気のない、聖騎士団本部に併設されている聖堂。朝の見回りをしていたクリフは、そこで祈りを捧げる青年に声を掛けた。
 
「義父上」
「祈ってたのか?」
「はい、今度の遠征も無事に終えられるように」
  
 クリフに気付いた青年ーーテスタメントは、祈りの姿勢を解き、立ち上がって彼の方へと向き直る。彼が纏っているのは、クリフと同じ聖騎士団の制服。長い髪は後方で一つに結わえており、強い意志を宿した目を持つその顔は凛々しさを感じさせる。志願兵となって早数年。厳しい鍛錬と実戦の元、着実に実力を付け、テスタメントは実績を上げてきた。そろそろ、もうワンランク上のステップに進む時だと。今回の遠征で小隊の隊長に任命された。

「なあ、テスタメント。お前の実力は知ってる。今回の任務も問題なく終わるだろう。だが、なんだ、その……」

 どうしても心配になってしまうのは、親心か。家族となったあの日から、クリフはテスタメントをとにかく可愛がった。親バカ、過保護と。周囲の人間に呆れられる程だった。今でこそその溺愛っぷりは落ち着いたものの、大切な息子であることに変わりはない。聖騎士団に入りたいと言った時は卒倒しそうだったし、反対もした。それでも、テスタメントの意志は固く、最終的にクリフが折れ、志願兵となった。戦場に私情は持ち込まない。聖騎士団を率いる団長故に、普段は徹底していたものの、一度戦場から離れるとただただ息子が心配な父親となっていた。そして今日もまた、周囲に誰もいない、親子二人きりの空間。クリフは団長としてではなく、父親として今回の遠征に対し難色を示した。
 
「大丈夫です。きっと神が見守ってくれています」
「神、か……」

 信心深いテスタメントらしい言葉だった。彼は毎日こうして、教会で祈りを捧げている。一日も早く世界に平和が訪れる様に。この世界から一人でも悲しむ人がいなくなる様に。皆が笑って過ごせる日が来る様に。勿論、ただ祈っているだけではない。平和のために騎士として日々精進し、戦のない日は保護した孤児たちの世話をしている。心優しく、皆に頼られる、出来た人間。一部の者からは、その振る舞いから神の子とも呼ばれていた。
 
「はい。義父上と会えたのも、神のお導きがあったからだと思っています」
「……そうか」
 
 屈託のない笑みを浮かべながら言うテスタメントに対し、クリフは何とも言えない曖昧な言葉を返す。
 テスタメントとクリフが初めて会ったのは、今いる聖堂よりも小さな教会だった。とある辺境の村にあったそこは、人々の避難所として利用され、その時も多くの者が身を寄せていた。しかし、ある日ギアの軍勢が村を襲撃し、教会に避難していた者たちにも牙を剥いた。聖騎士団の救援は間に合わず、村は蹂躙され、壊滅した。唯一、床下収納の小部屋に隠れていたテスタメントだけが難を逃れ、駆けつけたクリフによって保護された。もう十年以上前の話だ。
 テスタメントは、その時の悲劇を嘆かず、クリフに出会えた奇跡を喜んだ。クリフからすれば、テスタメントの両親を助けてやれなかった事が悔やんでも悔やみきれない。もっと早く駆けつける事が出来ていれば。もっと早くギアの情報を得ていれば。そして、神がいるなら。何故救いを求めた彼らを守ってくれなかったのか。その時に限らず、この地上で嘆き悲しむ人々を、どうして見てみぬふりをしているのか。クリフには、神という存在が如何にも受け入れ難かった。

「心配ですか?」
「…………、いや。お前がそう言うんだ。俺は信じるよ」

 渋い表情をしていたのがばれてしまったらしい。困った様に笑い、訊ねて来るテスタメントに対し、クリフは緩く頭を振って否と返した。出立の前だというのに、息子を信じてやれずにどうする。胸の内の蟠りを隅に追いやり、深く息を吸って吐くと、クリフは歯を見せて笑ってやった。
 
「気を付けて行って来い。帰ってきたら、俺も少し休暇が取れそうだ。一緒に過ごそうじゃないか」

 この任務が終われば、ギアたちの活動も少しは落ち着くだろう。そうしたら、久しぶりに休暇を取っても良いかも知れない。立場上仕方ないが、昔からテスタメントに父親らしい事を全然してやれなかった。それでも彼は文句も言わず、クリフが帰還した際には笑顔で迎えてくれた。お互いもう良い歳だが、家族の交流はいくつまでと言う決まりは無い。親子水入らずで釣りに行ったり、花の手入れをしたり、温泉巡りをするのも楽しそうだ。これが世間で言うところの家族サービスというものか。とにかく、クリフはテスタメントと一緒に過ごしたかった。

 「はい、楽しみにしています」
 
 どうか武運を。今後の事に胸を馳せつつクリフがテスタメントに手を差し出すと、テスタメントは嬉しそうに微笑み、その手を力強く握り返した。
 
 
 それが親子の最後の会話だった。



 

 二週間後。冬の気配が近づく雨の夜。
 窓の外で降り注ぐ冷たい滴を眺め、書類の整理をしていたクリフの元に、その報せは届いた。
 
「部隊が殲滅だと!? どういう事だ!?」

 側近の騎士が持ってきた報告書を呼んだクリフは思わず声を上げ、握った拳を机に勢い良く叩き付けた。
 内容はテスタメントが率いる部隊があたった任務に関するそれ。相手にするべき軍勢とは別のギアの急襲に遭い、殲滅したという非情なものだった。生存者はおらず、跋扈するギアの数が多すぎて死体の回収もままならない。救援に向かった他の部隊も壊滅状態で、辛うじて撤退出来た者が持ち帰れたのは、殉職した騎士たちが身に付けていた僅かな遺品だけだった。
 
 「メガデス級に匹敵するギアが現れて……ーー部隊の善戦も虚しく、散っていったそうです」
「…………」

 遺品の中に、テスタメントの物は無かったと言う。それならばまだ死亡したと断定は出来ない。そう思いたいが、戦場となった地域はギアに占拠され、簡単には近付けなくなった。そんな中で、軽率に生きているかも分からぬ存在の為に捜索隊を編成しようとは、決して言えない。

 「……クリフ様」
「いや、分かっている。戦場に立つってのは、そういう事だ」

 クリフとテスタメントの関係を良く知る側近はどう声を掛けて良いか分からず、沈痛な面持ちで彼を見詰める。実子ではなくとも、彼らの絆は本物だった。本当に血が繋がっている親子の様だった。クリフがテスタメントの事を大切に思っていたのを知っているからこそ、彼が今どんな気持ちでいるのか、汲み取るのは容易い。それでも、クリフは叩き付けた拳をゆっくりと持ち上げ、自身の額に当てると深い溜め息と共に言葉を紡いだ。

「部隊の再編成を急げ。殲滅した部隊の遺体回収は後だ。占拠された地域の奪還の為に、明日作戦会議を開く」
「はっ」

 今は団長として、するべき事を。 クリフの命に対し、側近の騎士は敬礼を以て返すと執務室を後にした。
 
「……神よ」
 
 誰も居なくなった部屋で、クリフはテスタメントが信仰していた存在の名を口にする。何故あの子を裏切った。何故あの子が死ななければならなかった。平和を実現させようとしたあの子は、貴方の子でもあった筈だ。それは最早呪詛であり、受け入れがたい現実に対する嘆きであった。
 
 後日、占拠された地域の奪還は叶ったものの、回収された遺体の中に、テスタメントの姿は無かった。彼が身に付けていた、平和を願う言葉が刻まれたプレートは発見された為、ギアに喰われてしまったものとして処理された。今までにも数多くの同志が生きながらギアに喰われて来た。その様を間近で見てきたクリフは納得せざるを得ず、悲しみを振り払う様に、最前線を退くその日まで戦場を駆け抜けた。

 




 数十年後。

「こんな所におったか」

 日付が間もなく変わらんとしている刻。
 大聖堂の聖母像の前で祈りを捧げる少年の後ろ姿へ、クリフは声を掛けた。

「クリフ様」

 上司に声を掛けられた少年はすぐに祈りの姿勢を解き、立ち上がってクリフに一礼を送る。まだ年端も行かぬ、幼さの残る顔立ちの少年。彼は史上最年少で聖騎士団に入団し、若干16歳にして団長に任命された『天才』だった。カイ・キスク。神童とも呼ばれる少年の実力は本物で、前線を退いたクリフの後任としてその手腕を遺憾なく発揮し、団を纏めていた。

「祈っていたのか?」
「はい。今回の作戦の成功と、皆の無事を」
「そうか」

 団長としての資質は十分。更に真面目で正義感が強く、謙虚で誠実な人柄。これで16歳だと言うのだから、近頃の若者は侮れない。そしてカイの真っ直ぐな眼差しは、クリフの中にある遠い過去の記憶と重なった。あの日の彼も、こんな目をしていた。勝利と平和を信じ、神に祈る。汚れを知らぬ純粋な心。
 
「……カイよ。神は本当にいると思うか?」
「え?」

 気付けば、クリフはカイに訊ねていた。突然の問いにカイは驚き、青緑の瞳を緩く瞬かせる。聖騎士団に所属している者ならば、答えるまでもない質問だ。何故、今になってクリフは聞いてくるのか。理由が分からず、カイは僅かに困惑する。
 
「時々思うんじゃ。神がいるなら、何故聖戦は起こったのか。何故ギアは生まれたのか」
「クリフ様……?」
 
 何故彼は、死ななければならなかったのか。殺さなければならなかったのか。出かかった言葉を飲み込み、クリフは自分たちを見下ろす聖母像を見遣る。息子を喪ったあの日から、自問自答を繰り返しているが、未だ答えは出ていない。今日も何処かで、誰かがギアに襲われ、犠牲となっている。聖戦が始まってから今日に至るまで。地上には、悲しみが、苦しみが、嘆きが、蔓延している。これが神の望む世界なのか。 
 
「祈るだけでは作戦は成功せん。お主がすべき事は……分かっておるな?」
「はい。一体でも多くのギアを倒し……必ず、仲間たちを勝利へ導きます」
 
 確認する様に問うクリフの言葉に、カイは力強く頷く。自分の問い掛けにより、心に揺らぎが生じるのではないかと思ったが、どうやらその心配は無さそうだ。真っ直ぐな姿に、クリフは眩しそうに長い眉の下にある瞳を細める。願わくば、彼の代でこの悲しみの連鎖を断ち切り、人々が願う平和を掴み取って欲しい。その為ならば、年老いたこの身を犠牲にする事も厭わない。新たな時代に、自分はもう必要ない。若い世代に、託す時が来たのだ。例えそれを神が望まなかったとしても。人類は、希望を胸に、前に進むのだ。もう、あの日の様な、自分の息子の様な悲劇を繰り返してはならない。

「お主の活躍、期待しているぞ」
 
 そうしてクリフはカイに『余り遅くならぬようにな』と忠告すると、緩慢な足取りで大聖堂を後にした。
 
7/8ページ
スキ