【GG】Other

 男の荒い息遣いと乾いた音が路地裏に響き渡る。
 日付が変わり、もう少しで丑三つ時を迎えんとする刻。飛鳥はその男を受け入れながら建物の間から見える空を見詰めていた。
 ことの始まりは一時間ほど前。酒場から出てきた酔っ払いに、飛鳥が自ら声を掛けた。自分を罰して欲しいと。
 男は怪訝そうに飛鳥を見た。酒が入っていても、まだある程度冷静な思考を持っているようだった。突然自らの前に現れた青年は、さてどこかで見たことがあったようなと。
 飛鳥の申し出にどう答えれば良いか分からない。男の反応は予想通りで、それ故に飛鳥は法力を用い、男の脳を少しだけ「弄った」。
 かつて魔王と呼ばれた存在に対する恐怖や憎悪を増幅させ、それらの感情が自らに向くように仕向けた。目の前にいる魔王に対し、男は既に紅潮している顔を更に赤くしながら怒鳴った。アンタのせいで、妻がギアに殺されたと。
 脳を弄られた酔っ払いは激高し、怒声と共に殴りかかって来た。咄嗟に法力で防御壁を展開しようとしたが間に合わず、もろに受けてしまった。強い衝撃に体はバランスを崩し、そのまま地面に倒れ込む。
 男は倒れた飛鳥の上に馬乗りになり、何度も怒号を浴びせて来た。ギアのせいで人生が狂ってしまった。手に入れるはずだった幸せを失ってしまった。自分だけではない、家族や友人も、皆不幸になってしまった。
 止めどなく溢れ出る怨嗟の言葉を受けても、飛鳥は平然としていた。どれだけ彼が嘆いても、怒っても、飛鳥の心には欠片も響かない。フレデリックやアリアの悲嘆は痛いほど分かったのに、それ以外の人間の感情の変化には、絶望的なほど鈍感だった。
 やはり、言葉や単純な暴力では罰にならない。そう思った飛鳥は、再び男の脳を弄った。今度は彼の本能ーー欲望を増幅させて、自らに仕向けた。
 先程まで激怒していた男の眼差しはすぐに変化した。浅ましい欲を孕んだ、醜悪な視線。彼が何を望んでいるのか、理解するのは容易だった。
 男でも穴はあるだとか、見た目は悪くないだとか。そんな事も言っていたような気がするがもう覚えていない。
 そうして男の望んだ行為を受け入れ、今に至る。
 下半身の衣服は半ば強引に剥ぎ取られ、慣らしもほとんど無い状態で挿入れられ、犯された。固く閉ざされていた秘所は無理矢理暴かれたせいで入り口が裂け、激痛が走った。酒臭い口でキスをされ、胸の突起は千切れるのではないかという強さで抓られた。
 そうなることは、ある程度予想していた。しかしその苦痛は想像以上で、拷問のような痛みに耐えかね、途中で法力を用いて痛覚を遮断してしまった。
 男の行為が上手いのか下手なのか、良く分からない。男は飛鳥の腰を掴み、何度も怒張を奥へ打ち付けて来た。圧迫感が強く、息が詰まりそうだった。快楽は無く、飛鳥は行為を受け入れながらもその意味と必要性を淡々と考えていた。
 やがて男は満足したのか、飛鳥をその場に放置し、何処かへ去って行った。

「……、ぐッ」

 男の姿が完全に見えなくなったところで、遮断していた痛覚を呼び戻してみる。全身に感じたことの無い痛みが駆け巡り、思わず呻き声を上げた。殴られた顔面と、無理矢理男根をねじ込まれた秘部が特に痛い。

「流石に……効率が悪い、な……」

 きっかけはある人物と言葉を交わした事だった。罪を背負う者として、償う者として。透明な数字を発信する以外にも出来ることをやってみようと。思い立ったまでは良かった。
 地上にいる者たちの、ギアメーカーに対する怒りや憎しみを知ろうと思った。流石に人類全員にアンケートを取る訳にも行かないので、こうして一人一人と向き合い、その想いを受け取ろうと努力した。
 ただ、やってみると想像していたよりも遙かに時間を要し、一人ずつ向き合っていくのは余りにも効率が悪いことに気付いた。これでは、全人類の声を聞く前に皆寿命を迎えてしまう。
 そして困った事に、彼らの声を聞いても飛鳥の心には今ひとつ響かなかった。理屈では理解しているのに、罪悪感や負い目を全くと言って良いほど感じなかったのだ。
 やはり、透明な数字を発信し続けるしか、自分には無いのかもしれない。深い溜息と共に先程男に脱がされた服を拾うため、立ち上がろうとした時だった。

「君らしくないことをしているじゃないか」
「……ッ!」

 聞き慣れた声がした。
 その声を聞いた瞬間、飛鳥の表情は固まり、緊張が走る。声の正体は見なくても分かる。ただ、出来れば今この場では、遭遇したくない人物のもので。
 人違いであって欲しい。そう願いつつ声のした方へ視線を向ける。しかし飛鳥の願望は呆気なく砕かれ、そこには師であるケイオスが建物の壁を背に立っていた。

「……師匠」

 嫌な人物と会ってしまった。よりによって、このタイミングで。思わず眉間に皺が寄る。恐らく彼は飛鳥と男の情交を見ている。表情は常と変わらぬ飄々としたものであったが、さてこの後一体何を言われるのか。嫌味か、皮肉か、それとも説教か。何れにせよ、考えたくなかった。

「いつから見ていたんですか」
「君とあの酔っ払いがおっ始めるところから。いやあ、驚いたよ。まさかあの飛鳥くんが、見ず知らずの輩に足を開くなんてね。どういう風の吹き回しだい?」
「…………」

 最悪だ。気配に気付けなかったとはいえ、ケイオスは飛鳥と男の情交を最初から『全て』見ていたのだ。途中からなら良かったという訳ではないが、自らの痴態を師匠の前で晒した事実に、飛鳥は頭を抱えたくなった。
  
「……僕が受けるべき罰について考えて、行動に移した結果……です」

 言葉を一つ一つ、慎重に選びながら返して行く。少なくとも、今紡ぎ出した言葉に偽りは無い。それを聞いてケイオスがどんな反応をするのかは分からないが、下手に嘘を吐くよりは正直に答えた方が幾らかマシだろう。

「ふぅん……でも君、贖罪として透明な数字を発信しているんじゃなかったっけ?」
「はい。ですが贖罪は自分でするもの。罰は他者から与えられるもの……全く非なるものです」
「……へえ?」

 飛鳥の言葉にケイオスが僅かに目を細める。どうやら興味を持ったらしく、片手を顎に添え、軽く摩る。口元は弧を描いており、ケイオスは黙って飛鳥に言葉の続きを促した。

「僕が苦しむことを望む人だっているはずです」
「それで、君は罰を望むの?」
「皆が納得して欲しいと、思ったんです。僕の過去の行いに対する、清算で」
「うーん……まあ、言いたいこと分からないでも無いけど。相変わらず発想がぶっ飛んでるよね」

 飛鳥の考えは、ケイオスにとって意外なものであった。以前の彼であれば、親友以外の人間にそこまでの関心を抱かなかった筈だ。一体どういう風の吹き回しか。何か彼に影響を与える出来事でもあったのか。ケイオスは更に興味を抱いた。

「理解して頂けましたか? でしたら僕は戻ります。R#が待っていーー」
「それじゃあさ」

 飛鳥は一刻も早くこの場を立ち去りたかった。師匠といると、何が起こるか分からない。否、少なくともこの状況からはろくな事が起こらない。
 帰還の旨を伝えようと言葉を紡ぐが、それは途中でケイオスの声によって遮られた。その瞬間、嫌な予感がして全身の血が粟立った。
 顔を上げれば、飛鳥の目と鼻の先までケイオスが歩み寄っていた。足音も無く近付いてきたケイオスに飛鳥は驚き、座ったままの状態で後ずさろうとする。しかし、その背後には建物の壁があり、すぐに背中が当たってそれ以上後退する事が出来なかった。
 ケイオスは飛鳥の目の前で視線を合わせるように屈み込んだ。サングラス越しに見えるケイオスの眼差しには、喜悦の色が滲んでいた。
 それを見た飛鳥は、ぞわりと背筋に悪寒が駆け抜けて行った。こういう目をしているケイオスは、だいたい良からぬ事を考えている。
 逃げるべきか。一瞬の迷いが、判断を遅らせた。

「僕が君を罰してあげようか?」

 飛鳥の退路を断つように彼の顔の横に両腕を突き出し、その後ろの壁へ掌を当てる。
 逃げるタイミングを失った飛鳥はケイオスの提案を聞き、目を見開いた。この状況でケイオスが与えてくる罰が何になるのか。それが分からないほど愚鈍ではない。けれど、そんな。ケイオスが飛鳥に「そういう行為」をしようとしているのが信じられず、飛鳥は言葉を失った。
 改めてケイオスの瞳を見据える。焦る飛鳥と異なり、彼は心底楽し気だ。きっと彼の中で、これからする事は楽しい経験になりそうだと思ったのだろう。
 悪趣味。最悪。冗談はやめて下さい。拒絶の言葉がせり上がってきても、何故か上手く口に出来ない。
 まさか、もしかして。己は師であるケイオスに罰せられる事を望んでいるのだろうか。否、そんな筈はない。確かにかつては尊敬する師であったが、今はもう変わり果ててしまった人成らざるモノだ。彼に対し、何も思うことは無い。無い筈なのだ。

「…………」

 ケイオスの事だから、飛鳥が本気で拒めば引き下がるかも知れない。それなのに、飛鳥は金縛りに遭ったようにその場から動くことが出来ず、浅い呼吸を何度も繰り返した。自分の気持ちが分からず、混乱している。嫌なのか、そうでないのか。ケイオスのことを好いているのか、嫌っているのか。彼とする行為は罰となるのか、否か。考えれば考えるほど分からなくなる。
 長い長い沈黙の末。飛鳥はケイオスの提案に対し、小さく頷くことで受け入れる意を示した。



***



 人気の無い路地裏に衣の擦れる音と卑猥な水音が響く。
 ケイオスの提案を受け入れた飛鳥は、彼に身を委ねその指先の動きをじっと見詰めていた。
 下半身の衣服は既に脱いでいたが、上半身の上着とインナーは纏ったままだった。その為、ケイオスは風の法力を用い、飛鳥のインナーのみを器用に切り裂いた。日焼けしていない、陶器のような肌が月明かりの下に晒され、ケイオスの愛撫を受けた。指の先端や腹で撫ぜ、時に引っ掻き、悪戯に爪を食い込ませる。胸の突起や浮き出た肋骨には舌を這わせ、所々吸い付いては赤い華を咲かせた。

「……意外ですね、師匠にそういう趣味があったなんて」
「趣味って? かつての弟子を抱こうとする性的嗜好のこと?」
「端的に言えばそうなります」

 受け入れたのは飛鳥自身であったが、ケイオスが飛鳥と性的行為に及ぶのが未だ信じられずにいた。
 第一の男と呼ばれていた頃のケイオスは、完璧でありながら少々潔癖な部分のある人間だと思っていた。真面目で研究一筋。恋愛や娯楽とは縁が無く、そういった行為にも興味が無いように見えた。
 だから、今のケイオスが弟子である己とセックスをしようとしているのが意外だった。

「うーん、一応僕だって性欲はあったよ? それよりも優先したい欲求の下に埋もれてたってだけで。まあ、それでも弟子に欲情する事は無かったかな。今君を抱こうとしてるのだって、僕の意思と言うよりは君が僕に抱かれるのが単純に嫌がりそうだなって考えた上での行動」
「つまり嫌がらせと」
「そうは言ってないけれど……」

 このままでは罰と言うよりただの罰ゲームだ。
 最初に、飛鳥はケイオスに抱かれることに嫌悪感を抱いた。それは言葉では言い表せない、本能的な拒否反応だった。それでもケイオスを払いのけなかったのは、彼の言う罰に惹かれるものがあったからか。
 ただ、いざこうして事に及び、得たのは思っていたのとは違う感覚だった。ケイオスは先程の男と違い、飛鳥に暴力を振るったり無理矢理犯そうとはして来なかった。衣服を引き裂くのは少々強引であるとは思ったが、それで飛鳥の身を傷付けたりはしていない。更に、触れる手や指先の動きは優しく、飛鳥の体の奥にある快楽を引き出そうとしているようにも見えた。
 しかし、残念な事に飛鳥は快楽を感じにくい体のようで、身を震わせる事はあっても悦ぶような素振りは見せず、小さく息を吐き出すだけだった。

「それで、本当に僕を罰してくれるのですか?」
「まあ、そのつもりなんだけどさ……君の反応見てるとあんまり罰になってる感じしないね」
「もっと嫌がれば良かったですか?」
「いや、まあ……君は僕に抱かれるの絶対嫌だと思ったからさ。あんなにあっさり受け入れるなんて想定外だよ」
「そうですね。屈辱です。最悪の気分です。吐きそうですよ」
「そこまで言われると流石に傷付くなあ」

 お互いに思っていたのとは違う反応を見せている。言葉のやり取りも本来の性交を思えばムードもへったくれもない。寧ろ台無しだ。これでは勃つものも勃しない。
 実際、飛鳥の下半身は男との余韻があったにも関わらず、ほとんど反応していなかった。
 未だ男の精液が残っている飛鳥の孔を時間を掛けて解し、挿入する為の準備を整えた。慣らさずに挿れれば痛みで悲鳴を上げるかもしれないが、法力で痛覚を遮断されればそこまでだ。そも、その程度の痛みでは罰にもならない。
 体験した事のない快楽を与えるべく、法力を用いることで感度を無理矢理上げる事も考えた。俗に言う、快楽地獄。けれどそれはどちらかと言うと『ご褒美』になってしまいそうでもあり。

「確かに嫌そうなんだけど……何て言うか、君のメンタルに効いてる様には見えないんだよね」
「そんなことはありません。さっきの男性よりはしんどいと思っています」
「棒読みで言われてもね……」

 打っても響かぬ飛鳥の反応は想像以上だ。ここまで難攻不落とは思わなかった。
 ケイオスが自ら扱き、勃起させた男根を挿入しても、飛鳥は眉一つ動かさない。まるで人形を抱いているようだとケイオスは思った。流石にこれはつまらない。
 慣らした内部の締め付けは今ひとつ。先程の男は良くこれで満足できたものだと思う。やはり、法力で飛鳥の感度を上げてしまおうか。けれどそれでは自身が打つ手を無くし、誤魔化しに走ったと取られるかもしれない。

「……ああ、そうだ。良い考えがある」

 激しく揺さぶり、最奥を突いても呻き声しか上げぬ飛鳥に対し、ケイオスはひたすら思案を巡らせた。この状況で、彼にとって罰となり得る要素は何か。過去の記憶を掘り起こし、一つ一つ洗い出して。ようやくケイオスはその答えに辿り着いた。
 今の飛鳥にとって、最善にして最悪の罰。それを見つけ出したケイオスは、口元に歪な笑みを浮かべていた。

「……師匠?」
「君は今の僕より、こっちの方が良いだろう?」
「なにを、言って……ーー?」

 ケイオスの動きが止まり、飛鳥は訝しみ、彼を見上げる。ケイオスは笑みを崩さず、飛鳥に聞き取れるか否かの小さな声量でぶつぶつと『演算』を始めた。
 やがて短い『演算』が終わるとケイオスの全身にノイズが走り、数秒と経たぬ内にその姿を変貌させた。
 
「…………ッ!?」

 ケイオスが変化した姿を見た瞬間、飛鳥は瞳を大きく見開いた。

「飛鳥、久しぶりだね」
「あ、あァ……!?」

 そこに居たのは青肌の鬼人ではない。フード付きのローブを身に纏い、口元に髭を生やし、どこか草臥れた表情を浮かべながらーー瞳には鋭く強い光を湛えた壮年の男。
 それは飛鳥がかつて敬愛し、師として崇めた第一の男の姿だった。遠い昔、憧れていた偉大なる師。救世主と呼ばれ、多くの人々を救って来た彼に、飛鳥もまた救われた。

「……ッ、師匠、だめです、それはっ……それだけは、やめてくださーーッ!」

 長年会いたいと思い、願っていた尊き存在。ケイオスとして再会した時に、もう叶わぬ願いになったと諦めた姿。喜びよりも先に恐怖と、言葉では言い表せないほどの膨大な罪悪感が飛鳥の思考を支配した。
 咄嗟に逃れようと身を捩るも、第一の男の姿となったケイオスに最奥を突かれ、大きく身を仰け反らせる。

「残念だよ、飛鳥。お前は道を違えてしまった」

 その話し方は、普段のケイオスと全く異なるーー昔の師匠のそれだった。少し嗄れた低い声も、淡々とした話し方も、遠い昔の記憶と何一つ変わらない。

「かはっ……!」

 何で、よりによってこのタイミングで。訴えようにも彼と繋がっている体は上手く動かず、奥を突かれる圧迫感に息が詰まった。
 早く、逃げなければ。そう思っても体は飛鳥の意に反してケイオス自身を強く締め付け、行き場を失った両手は空を薙ぎ、やがてケイオスの両肩を掴んだ。

「だから、私がお前に罰を与えよう。 ……愚かで哀れな飛鳥。お前だけは……正しい道を歩むと信じていたのに」
「ししょっ、師匠ッ……いや、嫌ですっ! それだけは、それだ、けは……!」

 耳元で囁かれる言葉に、そくぞくと全身の産毛が逆立つ。背徳感が快楽となり、飛鳥を狂わせ、善がらせた。
 再び最奥を突かれ、先程よりも強い、言葉では言い表せないほどの快楽が押し寄せる。余りの『悦さ』に視界に星が弾け、先程まで無反応だったのが嘘のように飛鳥は簡単に果てた。

「誰がイって良いと言った?」
「……ーーっ!」

 先端から慾に塗れた白濁を吐き出し、目の前の師を汚す。その後、快楽の余韻に浸る間も無く、冷たい声が頭上から降って来た。それだけで、全身の熱がざっと引いていくのが分かった。

「ごめ……さ、いーー!」

 反射的に、謝罪の言葉が口をついて出た。咎めるような師匠の言葉に、飛鳥は完全に萎縮していた。
 その謝罪は、第一の男の言葉に対してだったのか、あるいは自らが犯した罪に対してだったのか。慾と理性の振れ幅が余りにも大きく、冷静さを欠いた飛鳥には分からなくなっていた。
 顔を上げるのが怖かった。敬愛する第一の男が、己の痴態を見てどんな表情を浮かべているのか。想像するだけで背筋が凍った。先程までは暑いと感じていたのに、今では凍える程の寒さを感じる。

「師匠ッ……ごめん……なさいっ……、本当にッ……ごめーーッ」

 飛鳥が必死になって謝罪の言葉を口にしても、第一の男は変わらず冷ややかな眼差しを向けてきた。フードの下、癖のある前髪の間から覗く瞳には、如何な感情を宿しているのか。見るのが怖かった。失望、軽蔑、落胆、憤怒ーー世界中の人々から向けられても何とも思わなかった負の感情。それらを彼から向けられるのだけは、耐えられなかった。

「……っふ、ぅ……ごめ、んな……ぃ……ししょ、う……ごめ……ーーい、ししょう……ッ!」

 繋がった体勢のまま、飛鳥は頭を抱え、きつく目を閉じる。気がおかしくなりそうだった。
 ケイオスに罰を望んだのは飛鳥だ。けれど、彼の取った行動がここまで飛鳥の心を抉って来るとは思わなかった。
 目の前の第一の男の姿と過去の記憶がリンクし、目尻から涙が零れた。一度決壊した涙腺は止まる事を知らず、頬を伝ってぱたぱたと落ちていく。

「おねが、い……です、ししょ……う、どうか……どうか……っ!」

 僕を赦して下さい。
 嗚咽混じりに言葉を紡ぐが、最後のそれはどうしても吐き出すことが出来なかった。頭の隅では分かっていた。己は赦されざる存在なのだと。罪深き魔王なのだと。どんなに願ったところで、重い罰を受けたところで、救いは無いのだと。
 それでも、かつて救世主と呼ばれた師匠に救われたい気持ちを捨てることは出来ず。
 その後も第一の男に犯されながら、飛鳥は悲鳴染みた嬌声を上げながら謝罪の言葉を口にし続けた。
 


***



「……ッ、はは! やっぱりこうじゃないとねえ!」

 罪の意識に苛まれながらも身に受ける快楽に喘ぎ、悶える飛鳥の姿を見て、ケイオスは声高らかに笑った。

「ねえ飛鳥くん、今どんな気持ち? 尊敬して、敬愛していた師匠に糾弾されて、犯されて、どんな気持ちだい? 辛い? 怖い? 苦しい? 吐きそう? 気が狂いそう? 心臓が止まりそう?」

 既に第一の男から元のケイオスの姿に戻っているが、飛鳥は気付いていないらしく。譫言のように謝罪と懺悔の言葉を紡ぎ、揺さぶられる度に情けない声を上げた。
 飛鳥はぐちゃぐちゃの情緒の中でも何度も絶頂を迎えており、体力の限界が近いのか内壁の締め付けが弱くなっていた。それに対し、ケイオス自身は萎えるどころか慾を蓄え、彼の中に繰り返し白濁を注ぎ込んだ。中に収まり切らない白濁は結合部より溢れ、飛鳥の太ももを淫らに濡らす。それを扇情的だと思う事は無かったが、ケイオスは眼下の飛鳥の反応が愉快で仕方が無かった。
 第一の男の姿を見て、飛鳥があそこまで心が乱れるとは思わなかった。想定以上の反応を見せた飛鳥に、ケイオスの興奮は冷めることを知らず、畳みかけるように彼を言葉で煽った。

「ああそうだ、どうせなら君のこの痴態を世界中に配信してみようか? すっごい面白いことになると思うよ? これは一生消えない傷になるだろうねえ。良かったじゃないか、君の望んだ罰だよ?」
「あ゛ァっ、う……や、だ……でっ……っ!」

 意識は朦朧としているが、辛うじてケイオスがしようとしていることは理解出来たのか。笑いながら言うケイオスに向けて、飛鳥は顔面を両手で覆いながら首を左右に振った。 
 ケイオスが片手を持ち上げ、指を鳴らそうとした、その時だった。

「…………、え?」

 ぱちんと鳴らせば世界中の映像端末をジャックし、眼下で震える飛鳥の姿を一斉に配信する事になるーーはずだった。
 その指を鳴らそうとして、確かに末端へ伝令を送ったつもりだった。
 しかしケイオスの指が鳴る事は無かった。鳴らせなかった。

「……わあ」

 ケイオスの右手の肘から先が、無くなっていた。
 正確に言うと消し飛んでいた。痛覚が機能していないため、視線を向けるまで気付かなかった。もちろん、ケイオスが自ら吹き飛ばしたわけではない。

「良い加減にしなよ、師匠」

 地を這うような低い声が路地裏に響き渡る。
 声のした方を見れば、飛鳥と同じ姿をした人物ーーR#がいくつもの魔方陣を展開しながらその場に佇んでいた。ケイオスの腕を吹き飛ばしたのは間違いなく彼だろう。

「飛鳥に何をした?」

 R#が殺意に満ちた眼差しでケイオスを睨む。返答次第では即座に魔方陣に仕込んだ法力を発動させ、ケイオスを抹殺すると言わんばかりに。
 その姿は魔王と呼ばれたオリジナルの飛鳥よりも遙かに禍々しく、魔王と呼ぶに相応しい様相だった。

「何をって、彼が罰を望んでいたから与えただけだよ」
「本気で言ってます? それ」

 R#の右腕付近に描かれている魔法陣の輝きが一層強くなった。今のケイオスの答えが気に入らなかったのだろう。次に返す言葉の選択を誤れば、間違いなくR#は最大火力の攻撃魔法を放つに違いない。

「あーあ。折角良いところだったのに。何か萎えちゃった。君さあ、もう少し空気読めるようになった方が良いよ?」
「それなら師匠はもう少し道徳的感情を理解するべきですね」
「……っは! 君に道徳を説かれるとは思わなかったよ」

 相変わらず、オリジナルよりも辛辣な態度で接してくる。普段は好ましいと思う彼の言動だが、今のケイオスには不快に感じられた。
 一番面白いところで、一番つまらない邪魔が入った。それによりケイオスの興は削がれ、さっさと自身の身なりを整えながらあからさまな溜息を零して見せた。

「まあ良いや。今日はこの辺にしておいてあげる。一応、収穫はあったしね。 ……それじゃあ飛鳥くん、また来るよ」

 そう言って、ケイオスはR#が動く前に複数の魔方陣を展開し、空気に溶け込むようにして何処かへ去って行った。

「……飛鳥」

 R#はケイオスの気配が完全に無くなったのを確認し、すぐに飛鳥の傍へ駆け寄り、その身を抱き起こした。

「師匠……ごめんなさい、ごめん、な……さい……」
「飛鳥、もう師匠はいないよ。大丈夫、安心して」
「ししょう……ししょ、うぅ……ッ」

 意識が混濁しているのか、飛鳥はR#の存在に気付かず、両手で顔を覆い、泣いていた。

「…………」

 初めて見る飛鳥の姿に、R#は彼の見えないところで顔を歪めた。
 飛鳥の過去の記憶を、R#は持っている。故に、飛鳥が過去の師匠に対し、如何な感情を抱いているのかは理解していた。
 ケイオスに何をされたのか、聞かなくても予想は付く。その為、ここまで飛鳥の心をかき乱したケイオスに対し、R#は強い憎悪と怒りの念を抱いた。今回は片腕だけになったが、次に会った時には容赦しない。絶対に、その存在をこの世界から抹消する。飛鳥の体を、心を、魂を汚したあの男を、許しはしない。許してはならない。

「……飛鳥」

 いつか必ず、報復を。そう胸に誓いながら、R#は未だ泣きじゃくる飛鳥を抱きしめていた。
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