【GG】Other

「俺の為に毎朝MISOSOUPを作ってくれ!」

 満天の星空、景色の良い高地、落ち着いた雰囲気。それはチップがこの日の為に用意した、完璧な舞台。
 チップは赤い薔薇の花束を手に跪き、テスタメントに三日三晩かけて考えたプロポーズの言葉を捧げた。

「それは流行りのジョークか? 全く笑えないが」

 言葉の意味を理解できず、テスタメントは困惑と怪訝の色を顔に滲ませる。一時間ほど前、大事な話があるからと。突然の呼び出しを受け、丁度佳境に入っていたSF小説の執筆を中断し、指定されたこの地までやって来た。いつだったか、景色の良い場所で紅茶を楽しもうと訪れ、侍吸血鬼と遭遇した岩山の頂上。夜分に呼び出す等何事か。深刻な問題、事件でも起こったのかと心配になって来てみれば、この謎の告白。全くもって意味が分からない。

「そうじゃねえ。俺と結婚して欲しいんだ」
「それで何故ミソスープを作ってくれになるんだ?」
「知らねえのか? 日本ではそうやって男から女にProposeするんだ」

 どこから突っ込めば良いか分からない。テスタメントがチップと初めて会ったのは数ヶ月前。散歩に行く途中に呼び止められた。その後、侍吸血鬼と遭遇し、共闘して退けた。以来、何故か事あるごとに色んな場所で遭遇し、絡んで来る。知り合いと言うには余所余所しいが、友人と言う程親しい間柄でもない。そんな彼が、いきなり呼び出したかと思えば謎の言葉と共にプロポーズ。しかもテスタメントを女性として見ている。

「私は女性ではないのだが?」

 厳密に言うとテスタメントは男性でも女性でもない。どちらの性も兼ね揃えているし、見た目も中性的であるが。元々は、ギアに改造される前は男性であり、体格もそちら寄りである。

「恋愛に男とか女とか関係ねえだろ!」
「それはそうだが……」

 昔に比べて、恋愛の自由度は増した。同性婚も国によっては許可されているし、結婚をしなくても生涯のパートナーとして共に添い遂げることもあると聞く。誰が誰を好きになった所で罪にはならないし、咎められる謂われも無いーー少なくとも、人間同士なら。

「私は君のことを何も知らない。君も、私の何を知っている? ……何故、私なのだ?」

 何度か会い見える機会はあったものの、懇意にしていたかと聞かれると微妙な所。軽く言葉を交わしても、互いの事にはほとんど踏み込まなかった。東チップ王国に住む者は、多くが表の社会に馴染み難い、訳ありの存在である。故に、詮索屋は嫌われる。知り過ぎず、程よい距離感を保つのが暗黙のルールだ。大統領であるチップも例外ではない。

「それは、その……」

 だから、ギアであるテスタメントにも、チップは深く関わろうとしなかった。そして、今日いきなりのプロポーズである。テスタメントでなくても驚くし、訝しむのも無理はない。大体、結婚というものはある程度相手の事を知った上でするものではないのか。テスタメントが言わんとしている事は正論であり、チップは言葉に詰まり、困った様に視線を泳がせ、やがて近くの茂みに向く。そこには補佐官であるアンサーが潜んでいる。ギアにプロポーズをしに行くと伝えたら心配だから監視させろと言ってついて来た。上手く伝えられないから助けを求めようかと思ったが、茂みの奥からは『うるせえンな事知るかテメエで何とかしろ』と。無言の圧が返ってきた。

「お前が、綺麗な奴だってのは、知ってる」
「はあ……」

 陳腐な褒め言葉。自らを美しいと評される事に、テスタメントは慣れ切っていた。自分で言うのも難だが、最近は特に美容に気を遣っている。普段の生活ーー食や睡眠、運動から基礎化粧、出かける際のメイクに至るまで。一切の手を抜かない。故に、当然であると思っている。ただ綺麗と言われても、何も心に響かない。

「私でなくとも、君に似合う綺麗な女性は他にもたくさん居るだろう?」

 何なら、私以上に美しい女性だっている筈だと。テスタメントは緩く頭を振る。彼は、チップは小さくても一国の頭、大統領であると聞く。それなら、ファーストレディになりたいと思う女性が美醜問わず幾らでも寄って来るだろう。引く手数多、選び放題。彼自身の見目も良いのだから、お似合いの夫婦というモノを簡単に作れそうな気がする。
 だから、わざわざギアであるテスタメントを選ぶ理由が分からない。

「私である必要は無いと思うのだが」
「No!! 俺はお前が良いんだ! 綺麗ってのはな、見た目だけじゃねえ。あんまり話とかしてねえけど、お前は心も綺麗な、イイ奴だ!」
「……何故、そこまで私に固執する?」

 幾らなんでもリスクが高すぎる。性別の壁は超えられても、種族の壁はそう簡単には超えられない。何せ、テスタメントはかつて封印されていたジャスティスの復活に加担した、ギアの中でも特に悪名高い存在だ。世間では死んだ事にされているが、聖戦時代も多くのヒトを殺めてきたテスタメントの事を、忘れられない者だっているだろう。そんな存在が、大統領の隣に立つ等と。先日、イリュリアの連王がギアであるディズィーとの関係を公表し、多くの民に歓迎されたらしいが、それでもまだ、ギアは忌むべき存在と認識している者は多い。
 悪魔の棲む森を出てから、それなりに交友関係は広げて来た。だが、それでも人との関わりには慎重にならざるを得ない。人として生きると決めても、テスタメントがギアであるという事実が変わる事はない。いつか、どこかで。誰かを傷付けるかもしれない。ファーストレディ等、目立つ存在になればリスクも高まる。大統領を名乗るなら、それが分からぬ程馬鹿でも無いだろうにと。テスタメントは顔を顰めたままチップに訊ねた。

「確かに、この世にはたくさんの女がいる。それこそ、星の数な」

 そこまで言って、チップは顔を上げ、頭上にある星空へ視線を向ける。それにつられ、テスタメントも黙って空を見上げた。雲ひとつ無い、漆黒の空に散りばめられた無数の綺羅星。街のネオンやサーチライトの様な人工的な明かりが無い分、一つ一つの煌めきが良く見える。こんな美しい夜空を見たのは、長い人生の中でもテスタメントは初めてかも知れない。

「だがな」

 地上には数十億の人間がおり、その半数は女性だ。星の数と言う例えも間違っていない。テスタメントがそう思っていると、チップは徐に片手を持ち上げ、南西の空で他の星達よりも一際強い光を放つ星を指差した。

「星はいっぱいあるが、その中でSiriusは一つしかねえ」
「…………」

 シリウス。おおいぬ座に属する一等星の恒星。太陽を除けば、地上から見える最も明るい星であるという。テスタメントが幼い頃、まだ星の事を詳しく知らなかった際に、養父であるクリフが教えてくれた最初の星。もし道に迷う事があれば、まずその星を見つけろと。クリフは良く言っていた。今思えば、最初に教えるべきは北極星だった様な気がするが。騎士として戦地に赴いた際、明るいその星を見つけると、不思議と安堵したのを覚えている。どんな時でも強く輝いていた星。その輝きに希望を見て、奮い立った事もある。

「そのシリウスが、私だと?」
「ああ、そうだ。俺にとってのSiriusは、お前なんだ」

 代わりなんて居ない。チップは星空からテスタメントの方に視線を戻し、真剣な眼差しではっきりと言い返した。テスタメントと同じ真紅の瞳。そこには偽りも畏れも無い。ただ純粋に、真っ直ぐに。テスタメントという存在を見詰めているのが分かった。

「……シリウスの名の由来を知っているか?」

 その眼差しを受けたテスタメントは、ゆるりと瞳を伏せ、静かに問う。

「焼き焦がすものを意味するギリシャ語だ。 ……私に近付きすぎると、黒焦げになってしまうかも知れないぞ?」

 冗談ではなく、本当に。テスタメント自身は、チップを傷付けるつもりはない。だが、テスタメントを取り巻く環境が、大統領である彼にどの様な影響を与えるか。共に歩む道は、決して平坦ではない。様々な壁、試練にぶつかるだろう。それを理解した上で、テスタメントを求めるのか。中途半端な覚悟なら、酷く振ってやろうと思った。かつて災厄と呼ばれた赤い楽師の如くぼろくそに詰って、二度とそんな気になれない様にしてやろうと。

「Ha! 俺がそんな脅しでビビると思うか!?」

 けれどチップは、テスタメントの言葉は戯言だと笑い飛ばした。伊達に大統領目指した立場じゃない。何なら自分から厄介事に首を突っ込んで行くし、周りも巻き込む。世界の危機に立ち向かった事だってある。ギアとの共存を目指すことなんて、そう難しい話ではないーーと、チップは思っていた。

「…………」

 虚勢ではなく、本気で、胸を張って言っている。暫しの間、黙ってチップを見詰めていたテスタメントはそう判断し、降参だとばかりに両肩を竦め、溜息を吐いた。

「君の気持ち、確かに受け止めた。 ……初めてだよ。私にそんな純粋な想いをぶつけて来た人間は」
「……っ!? じゃあ!」

 馬鹿が付く程の正直者。面倒な相手ではあるが、嫌いではない。テスタメントの反応を見たチップは脈アリと思ったのか、表情を輝かせ、まだ持っている花束を渡そうとする。しかしその前に、テスタメントがチップの動きを制する様に片手を上げた。

「だが、いきなり結婚は出来ない」
「Why!?」

 今の流れなら、受け入れてくれると思ったのに。まさかの返答に、チップは思わず悲鳴染みた声を上げる。何故、どうして。そう聞こうとして、テスタメントは更に言葉を続けた。

「言っただろう? 私は君のことを知らないし、君も私のことを知らない」
「お、おう」
「流石に、何も知らない相手と結婚できる程、私は器が大きくなくてね」

 だから、と。テスタメントは持ち上げた手を口元へ持っていき、笑みを浮かべながら人差し指を立てて見せる。どこかあざとい様にも感じられる、小悪魔スマイル。その笑みを見た瞬間、チップの心臓に何かが刺さった様な音がした。その音は茂みに潜むアンサーにはーーもしかしたらーー聞こえたかも知れない。

「まずは『お友達』から。お願いできないか?」
「お、OTOMODACHI……!」

 テスタメントとしては、段階を踏んで、少しずつ距離を縮めて行きたかった。結婚前提のお付き合い。その取っ掛かりとして、友人関係から始めたい。それで納得するのか、しないのか。チップの意志を問う様に、テスタメントは口元に添えていない方の手を彼の方に差し出し、反応を待つ。

「……へへ、仕方ねえな。それじゃあ、まずはFriendからだ。よろしくな!」

 空に輝く一等星。手を伸ばしても、まだ届く距離には居ない。遠い、遠い煌めき。そこに辿り着くまでの道のりが如何程かも分からない。けれど、それならば友達からの関係が焦れったくなる位、逆に星を自分に惚れさせてやる。心の内に密かな野望を懐き、チップは差し出された手を強く握り返した。
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