【GG】What-if story

 諸聖人の日を過ぎ、霜月に入って間もない秋の午後。
 快晴の空の下、いつもの様にティータイムを楽しもうとしていたテスタメントとケイオスの前に、その人物は現れた。

「やっと見つけましたよハッピーケイオス……さん! さあ、大人しくお縄について下さい!」

 テスタメントやケイオスより小柄で、線の細い体。ちょうど子供から大人へと移り変わる過程なのか、あどけなさの残る顔。その手にはヨーヨーを携え、びしっと音が鳴りそうなほど指を真っ直ぐにケイオスの方へと向けている。傍らには、年季の入ったクマのぬいぐるみが何故か『立って』いた。
 
「……知り合いかい?」

 指を差されたケイオスは何を言われたのか理解できないと言った様子で、サングラスの下の瞳をぱちぱちと瞬かせる。今し方放たれた台詞により、相手が自分に用があって来たのは分かるが、さて何処かで会っただろうかと。片手で顎の下を擦りながら考え込み、やがて隣で紅茶の準備を進めるテスタメントに訊ねた。
  
「いや、知らないな」
「ええー……?」
 
 どうやら、テスタメントも面識が無いらしい。緩く頭を振り、テスタメントはあっさりと否定の言葉を返す。それを
 聞き、ケイオスは大仰な動作で首を横に傾け、その人物を観察する様にサングラスを片手で持ち上げ、上から下までまじまじと眺めた。
 
「賞金稼ぎにしては随分と可愛らしいね。なに、僕を捕まえに来たの?」
「はい! 数ヶ月前にあったホワイトハウスのテロ事件の主犯。一度は行方を晦ませましたが、最近各地で目撃情報があると聞いて来ました! もう、大変だったんですから」
「へえ……良く見つけられたね」
 
 テロ直後は流石に目立つだろうからと。周囲からは違う姿に見えるよう、ケイオスは見た目を法力で変えていた。今でもそうしているが、気の知れた人物ーー例えば隣に座るテスタメントと共に過ごす際は、敢えて本来の姿でいるようにしていた。騒動が落ち着き、真の平和が訪れた今。もう忘却の彼方に追いやられているだろうと思っていたケイオスの存在は、どうやら彼が思っているよりも人々の記憶に深く刻まれているらしい。

「貴方を捕まえれば、ウチの村が秘密裏に進めている超絶ミラクルハイパー村おこし計画の資金になります。さあ、無駄な抵抗はせず、ウチと一緒に来て下さい!」
「ミラクルハイ……何て? それ、僕達に言ってる時点で既に秘密裏じゃないと思うんだけど?」
「確かに」

 ケイオスの冷静かつ的確なツッコミに、テスタメントも思わず同意し、頷く。この少年なのか少女なのか判断しかねる風体の人物が言う村おこしの内容は少々ーー否、大分気になるが、どうやら本気でケイオスを捕らえに来たらしい。ただ、得物と思われるヨーヨーを器用に手元で操り、構える姿は賞金稼ぎと言うよりはストリートパフォーマンスのそれだ。傍らに控えるクマのぬいぐるみからはただならぬ気配を感じるが、目を合わせてはいけないような気がして、テスタメントは視線を手元のティーポットに落とした。
 
「まあ、君の目的は分かったよ」

 可愛らしい闖入者の目的が自らの捕縛であると知り、ケイオスは納得したように一人頷いた。しかし、目的を知った所で大人しく連行されるような輩では無い。相手の実力は未知数だが、もしかしたらこの後に激しい攻防線が展開されるかもしれない。ティータイムのセッティングをしているテスタメントとしては、出来れば避けたい事案だ。
 そんなテスタメントの思いを知ってか知らずか、ケイオスは頷いた後に『でもね』と言葉を続けた。

「僕、今から彼とフタヌーンティーするんだ。知ってる? 巷で流行りのヌン活ってやつ。一度やってみたくてさ。すっごく楽しみにしてたんだよ? ほら見てこのティースタンド。わざわざ彼が用意してくれたんだ。皿の上に乗るサンドイッチやスイーツも、全部彼の手作りだ。紅茶もおすすめだって言う極上の茶葉を取り寄せてくれたんだって。おまけに今日の天気は快晴。爽やかな風に澄んだ空気。そしてこの絶景だ。こんな豪華で贅沢なアフタヌーンティー、本場の喫茶店でもそう簡単に出来るものじゃあない。最近個人的に色々あって、なかなか彼とお茶をする事が出来なかった。久しぶりなんだ。今僕はそう……とても心躍っている。例えるなら古いレコードでしか聴いたことが無かった大好きな楽曲を初めて生演奏で聴ける日が来たような、そんな感じ」
「……はい?」

 突然の長い語りに驚き、ヨーヨーを構える人物は戸惑いの声を上げる。早口でまくし立てるように話す姿を、テスタメントは過去に何度か見ている。テスタメントにとっては慣れたものだが、初対面の相手からすれば戸惑うのも無理もない。時折見られるケイオスのこの早口の語りは、世間で言うところの「オタク」がするものに良く似ていた。
 
「結論を言うとね、君には付き合えないってこと。邪魔して欲しくないんだよね。誰だってそうだろう? 君も楽しみにしていた出来事の前に水を差されたらどう思う? ……気分、良くないよね?」
「え、あ……そう、ですね?」

 察しろ、ということなのか。無理やり同意を求めるような物言いに押されて、彼ーーとここでは仮定するーーからは疑問形の同意が返ってくる。それを聞いて取り敢えず、理解はして貰えたのだと。ケイオスは勝手に判断し、ならば良いとばかりに笑みを浮かべ、更に椅子の背もたれに身を預け、足を組んでリラックスした体勢を取った。

「ああ、でも。そうだね、折角の機会だし、君も一緒にどう? どうせなら、少し話をしようよ。君のこと、ちょっと興味あるんだ」
「えっ?」

 自らの首を狙ってやってきた賞金稼ぎを茶会の席へ招待する、まさかの発言。空気の読めない奴は帰れと言わんばかりに先程アフタヌーンティーへの意気込みを熱弁されたが、一体何を考えているのか。ケイオスの発言の意図が分からず、彼は驚き、少々間の抜けた声を上げた。
 
「そうだな。折角用意した場だ。ティーカップもスイーツも多めに用意してきて正解だった。貴方さえ良ければ、一緒にいかがかな?」

 ケイオスの言動に振り回されるのはもう慣れた。自らを捕らえに来た愛らしい賞金首をこれから行う予定だった茶会の席に招待する。最早驚きもしない。可能性としては十分に有り得たものと。テスタメントは小さく笑い、亜空間より相手用の椅子を出し、テーブルの側に置く。
 
「そうそう、そういう事。これが終わったら、付き合ってあげるからさ」
「え、ええ……?」
「嫌だって言うなら、二対一になるよ。僕、あんまり本気になる事無いけどこのアフタヌーンティーを邪魔するなら容赦はしない。因みに彼も元賞金首でかなり強いよ。そうなると流石に君も分が悪いんじゃない?」

 ケイオスの言う通り、テスタメントはかつて賞金首だった。悪魔の棲む森でディズィーを守っていたギアというのもあり、当時はかなり高額の賞金を懸けられていた。自分やディズィーを狙いやって来た賞金稼ぎたちを追い払う際、賞金に見合う働きをしないと、等と悪ぶって言っていた時期もあった。もう何年前になるだろうかと軽く思いを馳せつつ、テスタメントはケイオスの言葉に同意し、茶会の席は守るとばかりに相手を見据えた。
 
「えっと……その、それってアリなんですか? 何かの罠……とかじゃないですか?」 
「大丈夫だって。別に出すお茶に毒が仕込んである訳じゃないんだし」
「失礼な。仕込むわけないだろう」

 未だ困惑している彼に対し、ケイオスは全く問題ないと深く頷く。テスタメントもまた、ケイオスの言葉に対し少々むっとしながらも自身が提供するものに害をなすようなものは入ってないことを明言した。

「え、ええと……わかり、ました。それじゃあ……お邪魔します」

 流石に賞金首と元賞金首二人を相手にするのは部が悪いと思ったのか、それともケイオスのペースに呑まれたか。彼は戸惑いながらも茶会の席に参加する意思を示し、出された椅子におずおずと腰掛ける。

「ははっ、物わかりが良い人は嫌いじゃないよ。よろしくね」
 
 そうして、奇妙なアフタヌーンティーは始まった。


 
「えーと、ブリジット……だっけ? まず気になったんだけどさ。君はどうしてそんな格好をしているんだい?」

 テスタメントが紅茶の準備をしている間、ケイオスは名前を教えてもらった彼ーーブリジットの姿をまじまじと見つめ、率直に感じた疑問を無遠慮に投げかけた。
 
「他人の嗜好にどうこう言うつもりはないし、普通に似合ってるんだけど……君、男だろう?」
「……わかるんですか?」
「まあね。こう見えて物知りなんだ」

 物知りであることと、相手の性別を見抜くのは少し違う気がするが。テスタメントは思わず突っ込みたくなる気持ちを堪えつつ、ブリジットとケイオスの前に淹れたての紅茶が入ったカップを置く。ケイオスの言う『そんな格好』とは、少女のなりと言っても差し支えないブリジットの服装だった。ゆったりとしたパーカーの下に着ているカットソーは丈の短いワンピースのように見える。彼の顔立ちや線の細さも相まって、ぱっと見で男と判断するのは難しい。ケイオスは最初から見抜いていたようだが、テスタメントには分からなかった。
 
「良くわかりましたね。ハッピーケイオスさんの言う通り、ウチは男……ううん、男でした」
「男でした? なに、今は女ってこと?」

 サンドイッチやフルーツ、スコーン等が盛り付けられたケーキスタンドがテーブルの中心に置かれ、ケイオスの目が輝く。全てテスタメントのお手製だというそれは傍目から見ても手の込んだものであるのが分かる。無理を言ってーーもとい脅して頼んだ甲斐があったと。ケイオスは心底嬉しそうな表情を見せるも、ブリジットの話にも確かな興味を見せ、視線を一度ケーキスタンドからブリジットの方へと向けた。
 
「……話すと少し長くなるんですけど」

 ブリジットはシュガーポットの中から角砂糖を2つ取り出し、目の前に出されたカップの中に優しく落としてティースプーンで混ぜる。ゆらゆらと波打つ橙赤色の水面を見つつ、ケイオスの質問にどう答えたものかと暫し黙り込み、やがて二人にも理解しやすいようにと言葉を選び、ブリジットは話し始めた。

「ウチはある村で双子の兄弟の弟として生まれました。その村の迷信で、男児の双子は不吉の象徴と言われていたんです。それで両親は兄をウチを女の子として育ててくれました。そうしないと、里子に出すか、始末しないといけないことになってて」

 生まれた家は村の中でも屈指の大富豪。幼い頃から英才教育を受け、礼節極まる『お嬢様』として育てられた。どこに行っても男と疑われることのないように。身体はともかく、中身や振る舞いは完璧な女性であるように。自らの性別を偽ることで村の迷信から逃れ、生きてきた。

「今どき……失礼。こう言っては難だが、そんな迷信が今でも残る村があるとは知らなかったよ」

 時代錯誤も良いところだと。ストレートに言うのは憚られたのか、テスタメントは途中で咳払いを挟み、オブラートに包んだ言葉を選んでブリジットに返す。テスタメントが人間であった半世紀前ならばまだしも、今のこの時代にもその様な迷信を信じる者がいるとは思わなかった。
 
「全く。迷信ほどアテにならないものも無いっていうのにね。第一、迷信って言うのはまず根拠がない」

 テスタメントよりも更に長い年月を生きてきたケイオスもまた、ブリジットの言う迷信に思うところがあるらしく。角砂糖を自身の紅茶に大量投入しながら呆れたように溜息を溢した。紅茶本来の味が無くなりそうな砂糖の入れ方はテスタメントとしては少々ーー否、大分気に入らないものの、人の嗜好に文句を言うのは無粋だと思っているのか、或いは言うだけ無駄と諦めたか。じとりと一瞥しただけで何も言わず、自らのカップをそっ口元に運んだ。

「それでもウチは幸せでした。周りの皆はとても優しくて。毎日が楽しくて。 ……でも、そんなウチを見る両親はとても辛そうで」

 日常の場面で性別の違いに多少困ることはあっても、決して自分が不幸であるとは思わなかった。しかし、ブリジットの両親はそうではなかった。我が子を手放したくない一心で選択した方針に、罪悪感や後ろめたさがあったのだろう。ブリジットが幸せそうにしていればいるほど、両親は悲しげな表情になっていた。
 
「だから、ウチ決めたんです。双子の男児の迷信なんて、うそっちぱなんだって。ウチが双子の男児でも、村は不幸になんかならないんだって。それを証明するために、賞金稼ぎになってたくさんお金を寄付して、村を豊かにして見せようって……そう思って」

 大好きな両親が悲しむ姿は見たくない。その思いから、ブリジットは迷信を覆して見せようと奮起した。そうして選んだ道が、賞金稼ぎになることだった。ブリジットの家は大富豪であるが、村に住む者たちはそうではない。中には毎日食べるものに困り、貧相ななりで、ボロボロの家に住んでいる者もいる。そういった者たちをブリジットが助け、村人全員が笑顔になれば。そうすれば、きっと皆迷信を信じなくなる。村の誰もが幸せになる未来を夢見て、ブリジットは得意であり、得物となるヨーヨーを手に立ち上がった。

「なるほどね。それで村は豊かになったのかい?」

 ブリジットの説明に納得が行ったのか、ケイオスはサンドイッチを頬張りながら更に質問を重ねた。彼が取ったサンドイッチはオーソドックスなハムとレタスのサンドイッチだ。定番中の定番。シンプルイズベスト。けれど素材にはこだわり、それを作ったテスタメントはパンを自ら焼く所から始めた。流石にハムは市販のものだが、レタスは自宅の庭で作ったものだ。味には自信がある。ケイオスにそのこだわりが伝わるかは分からないものの、気に入りはしたらしく、2つ、3つと連続で手に取ってはもぐもぐと食べている。そんなケイオスの姿に安堵しつつ、テスタメントは紅茶の香りを楽しみながらブリジットの話の続きを待った。
 
「はい。ウチがたくさんたくさん稼いで、村に仕送りを続けたら、みんな迷信を信じなくなりました。中には、双子の男児は不吉の象徴なんかじゃない、幸運の象徴だって言ってくれる人もいて」
「へえ、良かったじゃない」
「はい! ウチの賞金稼ぎ大作戦は大成功でした」

 ケイオスの言葉に対し、ブリジットは笑顔で頷いた。不吉の象徴と呼ばれた少年が、自ら迷信を覆し、莫大な富を村にもたらした。誰もが幸せになれる、素敵な結末。紛うことなきハッピーエンド。しかし、常に刺激的なドラマを求めるケイオスには少々物足りない話ではなかろうか。彼との付き合いがそこそこになったテスタメントは無粋だと感じながらもそう思わずにはいられなかった。実際、ケイオスの表情を横目で盗み見ると、口では良かったと言っているものの、その表情はあまり面白そうには見えなかった。やはり、刺激が足りないと思っているのだろうか。

「……でも、それからウチは分からなくなっちゃったんです」

 だが、そんなケイオスの内心を知ってか知らずか。ブリジットは僅かに眉を下げ、困ったような表情になりながら言葉を続けた。

 「分からなくなった、とは?」

 どうやらただのハッピーエンドではないらしい。それを聞いた瞬間、ケイオスの目が光ったのをテスタメントは見逃さなかった。

「迷信は覆せました。それは良かったと思っています。でもウチは……男なのか、女なのか、分からなくなっちゃったんです」

 双子の男児であっても不吉ではないと証明できた。もうこれからは、性別を偽ることなく堂々と歩くことが出来る。それはブリジットが望んだ未来だった。それなのに、いざその時が訪れると、ブリジットの中に迷いが生じた。性自認は男のつもりだった。けれど長い間少女として愛でられ、育てられて来たからなのか。男だ、と主張する度に違和感を覚えた。寧ろ、女だと主張する方がしっくりと来た。賞金稼ぎとして一歩を踏み出したあの日から年月が経ち、背も伸びたし、体の線も華奢を脱したーーと思う。変声期らしきものは来ていないが、思春期を経て大人に近づくにつれて、かつて望んだ男らしさを得られている。喜ばしいことの筈、なのに。

「あー、はいはい。体は男だけど、心は女、みたいな? トランスジェンダーだっけ。偶にいるんだよね。認識から生じる齟齬。その辺、人間って不便な生き物だと思うよ。理想と現実の食い違いは脳味噌をじわじわと侵食する」
「……貴方の言葉は少々ストレート過ぎやしないかな?」

 面白そうだと思ったのか、嬉々とした表情でケイオスがぺらぺらと語る。不躾で無遠慮。相手の気持を慮るなんてことはしない。言いたいことを好きなように言うケイオスの姿にテスタメントは僅かに眉を寄せ、窘める。それでもブリジットは気を悪くした様子は見せず、大丈夫ですと両手を胸の前まで持ち上げ、軽く振った。

 「以前は、こっそり男らしく振舞ったりとかしてたんです。ウチは本当は男の子だからって。 ……違和感に気付いたのは、つい最近です。そう振舞うよりも、育てられていた時と同じように、女の子として振舞う方がしっくり来てて。それから、色々あって……ウチは女の子として生きることにしたんです」

 迷いの旅路で出会った、同じように悩みを抱えて歩む長官。そして自身の迷いを断ち切った『元』連王。彼らが、先の見えなかったブリジットの道標となった。そうして、無意識に目を背けて来た自分自身と向き合い、答えを出した。今までは誰かの為の選択だった。それが初めての、ブリジットが下した自分の為の選択だった。
 
「貴方の事情は分かった。色々と聞いてすまない……彼が」
「え、僕?」
「聞き出したのは貴方だろう?」

 思っている以上に深刻なブリジットの話を聞き、テスタメントは申し訳無さそうに眉を下げ、謝罪の言葉を口にする。しれっと自分が悪いことにされている事にケイオスは驚くも、テスタメントはぴしゃりと、原因はケイオス自身にあると言い放った。

「まあ、性別なんてその個体を判別する要素の一つに過ぎないし。子孫繁栄もろもろについては、この際置いとくとして。 ……そういうの、嫌いじゃないよ」
「……変だと、思わないんですか?」

 デリケートな話である筈なのに、ケイオスはお構いなしに常と変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。否定や嫌悪の言葉が返ってくるのではと思っていたブリジットは、その意外な返答に目を丸くし、ケイオスに聞き返した。

 「良くある話……とは言い難いけどね。それ言ったら、そこの彼だって後天性の両性具有でどっちだか分からない見た目してるし」
「……ッ!? 貴方はッ、本当にデリカシーというものをっ……!」

 ケイオスの口からさらっと放たれた自らの秘密に、テスタメントは飲みかけていた紅茶を吹きそうになった。知られていたとは思わず、また簡単にバラされるとも思わず、動揺のあまり持っていたカップを勢い良くソーサーの上に置く。がちゃん、とアフタヌーンティーの場には相応しくない音が響いてしまったが、仕方がない。
 
「え、隠した方が良かった?」
「いや、別段隠している訳ではないが……その、段階というものをだな……」

 そも、初対面の相手に本人ではなく他人がカミングアウトするのはいかがなものか。確かに悩みを抱えているブリジットに助言する存在としては都合が良いかも知れないが、折角ならそこは自分の口で伝えたかったと。テスタメントは渋い表情をしつつブツブツと文句を垂れ流し、深い溜息を吐いた。その様子に、ケイオスは『ごめんごめん』と。心にもない謝罪の言葉を口にした。

「えっと……テスタメントさんは、両性具有なんですか?」
「……ああ、過去に色々あってね」

 経緯はどうあれ、こうなってしまっては、仕方がないと。ブリジットの驚いた表情に対し、テスタメントは苦笑いを浮かべながら浅く頷いて見せた。その時の事は、あまり思い出したくない。忌々しい記憶だ。ギアとなったーーヒトでなくなったあの日。明らかに今までの自分とは違う身体に驚愕し、そして絶望した。改造した研究者たちの思惑を知って、気が狂いそうだった。いっそ狂ってしまった方が楽だったかも知れないと、今でも稀に思う事がある。

「こんな体になって、勿論悩んだ時期もあったさ。男でもなく、女でもない。何もかもが半端な存在。元々男だったからね。後から付いた女の性にどうすれば良いのかと……苦悩していた。受け入れられるようになったのは最近だよ。今はこの性別を受け入れ、更に長所として活かすようにしている」
「長所として、ですか?」
「ああ、世間で言うところの『いいとこ取りさ』」
 
 男でもあり、女でもある。どちらの良い所も得られて一石二鳥。中途半端と自嘲するよりも、都合良く解釈する方が前向きで、人生が楽しいと感じられる。そう思えるようになったのは、本当に最近の話だ。ジャスティスの支配から開放された直後のテスタメントは、罪悪感に苛まれ、死に急いでいた。自らを許せず、嫌悪し、自暴自棄になっていたところで、ディズィーとの出会いを皮切りに、様々な人との出会いがあった。それらの縁が無ければ、今の自分は無かっただろう。安易な言葉になってしまうが、彼女たちとの出会いに感謝をしている。
 
「ヒトは悩み、迷う生き物だ。でもそれは決して悪いことではない。悩んだ末に出した答えも、正しいかどうかなんて分からない。 ……それでも、自分が納得する答えを見つけられれば、それで良いと思っているよ。貴方の人生なのだから、貴方が納得できる道を選べば良い。生きる意味なんて、後からついて来るものさ……と、これはある方からの受け売りだけれど」
 
 もう随分と顔を見ていない、まだ迷っていた頃に相見えた吸血鬼の姿を思い浮かべ、テスタメントは笑う。その時は何を言うのかと反発もしたが、今なら彼の言葉の意味が分かる。焦ることはないのだと。あの時言われた言葉を、今度はテスタメントがブリジットに伝えた。
 
「まあ、僕だって生まれた時は男だったけど。こんな姿になって、性別なんてあって無いようなモノになっちゃったし。これからの時代、そんな気にするような事なんじゃないと思うよ。少なくとも、僕がまだ人間だった頃は今ほど多様性の概念が無かった。良い時代に生まれたよ、君は」

 ケイオスが人間だった頃ーー魔法の理論化に到達しておらず、今ではブラックテックと呼ばれる機械に頼り、人々が暮らしていた時代。あの頃は、ジェンダーフリー等という思想は欠片も無く、男は男らしく、女は女らしく在らねばならない時代だった。そこから少しでも外れた者は異端視され、差別され、忌避された。そこから150年以上の時を経て、世の中は随分と変わったと思う。既に万能の存在の一部と融合したケイオスに性別の概念は無くなっていたが、かつて研究所に引きこもっていた自分でさえも感じた『窮屈さ』が、今になって大分薄れているのを感じる。良い時代になったものだと、ケイオスはブリジットに説いた。

「……ありがとう御座います」

 テスタメントとケイオスの話を聞き、安堵したのか。ブリジットはすっきりした表情で感謝の言葉を口にした。
 
「ウチ、ちょっと怖かったんです。後悔しないようにって選んだ道だったんですけど。背中を押してもらった上での選択だったんですけど。 ……それでも、気になっちゃって」

 自分で選んだ道を、周りが受け入れてくれるのか。不安がなかったと言えば嘘になる。普段からプラス思考で、何とかなるさの精神でいたが、いざそうして生きると決めると、周りの目が気になった。特に、ブリジットを女の子として育ててきた両親がどんな顔をするのか分からなかった。自分の選択で、誰かが失望したらどうしようと。そんな不安が付き纏った。
 
「まあ、分からないでもないよ。彼……彼女? の言う通り、ヒトは悩む生き物だ」
 
 テスタメントを指す二人称に悩みつつ、ケイオスはうんうんと頷き、ケーキスタンドに乗っていた一口サイズのモンブランやタルトを頬張る。話をしている最中もケイオスは食べる手を止めなかった。気付けば、ケーキスタンドに大量に盛り付けられていたサンドイッチや焼き菓子は随分とその数を減らしていた。彼のために用意したものなので、食べてくれる分には問題ないが、それにしても遠慮が無さすぎる。テスタメントが軽く眉を寄せていると、ブリジットが椅子から立ち上がった。
 
「お二人と話が出来て良かったです。今日は本当にありがとう御座いました!」
「礼を言われるような事をしたつもりは無いが……」

 ただこうしてアフタヌーンティーに同席してもらった。それだけの事。お礼の言葉と共に頭を下げるブリジットへテスタメントは緩く頭を振り、ケイオスもまた、気にする必要は無いとケーキを貪りながらひらひらと片手を振る。
 良かったらまたこうしてお話させて下さい。そう言い残し、ブリジットは愛らしい笑顔を浮かべ、クマのぬいぐるみーーロジャーと言うらしいーーと共に何処かへ去っていった。

「……僕の首のこと、完全に忘れてってるね」
「彼が……いや、彼女が良いなら良いのでは? 平和的に解決したのだから、私は言うことは無いが」
  
 賞金首であるケイオスを捕らえ、警察に突き出す。ブリジットは当初の目的をすっかり忘れているようだった。その場に残されたケイオスはサングラスの下の瞳をしぱしぱと瞬かせ、テスタメントは苦笑しながら肩を竦ませる。アフタヌーンティーの場に相応しい話題であったかかどうかはともかく、お互いに有意義な時間を過ごせたのでは無いだろうか。少なくとも、ブリジット自身はすっきりした様子であったし、彼女との会話の中でケイオスは退屈しているようには見えなかった。それならばそれで良いではないかと。テスタメントの言葉に、ケイオスは『それもそうか』と納得し、口の端を僅かに持ち上げる。

「世の中には色んなヒトがいるね。本当、飽きないよ。それでこそ、僕が愛した人類だ」
 
 徐々に小さくなって行く背中を見送りながら、ケイオスとテスタメントはすっかり冷めてしまった紅茶をゆっくりと啜った。
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