【GG】What-if story
その男は、デッキで空を見上げていた。
雲ひとつない夜空には、白銀の満月と、それを囲む無数の星々。地上から約1万メートルの上空を航行している為、空気はひんやりを通り越してかなり冷たい。
「街の明かりが無いと、こんなに綺麗になるんだね」
それは独り言か、或いは少し離れた所に立つジョニーに向けてのものか。手すりに腰掛け、見上げる空は、サングラス越しでも分かる程美しく輝いていた。遠い昔、研究者だった頃は知識を求めることに没頭し、空を見る事なんてほとんど無かった。こんなに空は綺麗なのに。何と勿体ないことをしていたのか。そんな過去に想いを馳せつつ、男は空からジョニーの方へと視線を向けた。
「お前……いつ、どこから乗り込んできた」
「離陸前に。ハシゴが降りてたから」
男を見据えるジョニーの声は冷たい。瞳はサングラスで見えないが、ほぼ睨んでいると言って良いだろう。彼を招き入れた記憶は無いし、この船を一般公開した覚えも無い。その見た目も相俟って、この場では完全に異質な存在だった。一体どうやって、と訊ねると、男はあっさりと乗り込んで来た経緯を話した。経緯と言ってもシンプルで、ただそこにあったからとばかりに話す男へ、ジョニーは思わず苦笑いを浮かべた。
「この船は野郎禁制なんだがねえ?」
「え? でもあの死神くん乗ってるよね?」
死神、というのはテスタメントの事だろう。接点がある様には見えないが、どうやら男はテスタメントの事を知っているらしい。だが、ジョニーが女性でないことを承知で、この船に乗せているという事まで知られているとは。余程の情報通か、それとも悪質なストーカーか。
「一応、あいつは知り合いだからな。だがお前は赤の他人だ。やってる事は完全に不法侵入だぞ」
その辺分かってるの、と。表面上は穏やかに訊き返す。出来ることなら穏便に済ませたい。状況が状況なだけに、難しいかも知れないが。
「良いじゃん。減るものじゃないんだから」
対して男は悪びれた様子も無く、手すりに腰掛けた状態で両足をぷらぷらと動かす。無防備に見えて、一切の隙を感じさせない、異様な佇まい。男とは初対面であったが、情報通のジョニーは彼のことを知っていた。知っていたからこそ、慎重に話をしなければならない。ただの不法侵入ならばーー性別によるがーー即刻摘み出して終わる所、目の前の相手に関してはそうも行かず。ジョニーは確認をする様にゆっくりと口を開いた。
「『ハッピーケイオス』だったか」
「うん?」
「手配書が出ていた。まさかあのホワイトハウスのテロの主犯が乗り込んで来るとは、驚きだ」
数ヶ月前、慈悲なき啓示との決着がつき、世界が今後の方針を決める為に開いたG4サミット。その会場であるホワイトハウスにたった一人で乗り込み、占拠して、ギアメーカーから本を奪おうとした存在。その正体は、第一の男。イノの半身であり、かつて最強と謳われた魔導師。それが今、ジョニーの目の前にいる。消失したと思われた存在は、サミットが開催された日から数週間と経たぬ内に再び確認された。そして、またあの様なテロを起こされる前に手を打たなければと。世界中に手配書が回った。金額は現存する賞金首の中でも最高金額で、今も尚上がり続けている。その手配書を、ジョニーは彼に会う少し前に見たのだ。
「へえ、僕の賞金どれ位になってるのかな」
「さあな。お前が知る必要も無い」
す、と。ジョニーは自身の得物を構え、何時でも抜刀できる状態に入る。目の前の男ーーケイオスは、危険な存在だ。今のジェリーフィッシュにとっても、世界にとっても。出来ればそのまま警察に引き渡したい所だが、ホワイトハウスを一人で乗っ取った実力は本物だ。人殺しは好まないが、最悪斬り捨てるという選択肢も入って来る。
「やるの? 良いけど」
戦闘態勢に入っているジョニーに対し、男は首を傾げた。自身に敵意が向けられている事は明らかだ。しかし、歓迎されないのは最初から分かっていた。彼と会えば、こうなることも想定の範囲内。故に動じることは無く、確認をする様に訊き返す。彼の実力は知っている。流派・幻影博文派燕月剣の達人。その抜刀術は音速を超え、巨大な岩でさえも包丁で野菜を切る様に簡単に斬り刻む。もっとも、不死の肉体を持つケイオスに対し、その技が通用するかは別問題だが。
じり、じりと。ジョニーがケイオスとの距離を詰めていく。抜刀術の射程範囲にはまだ少し足りない。ケイオスはまだ動かない。腰に下がる銃にも触れず、法力を発動させようとする仕草も見せない。何を考えているのか。全く読めない。
どうする。どう動く。緊迫した空気の中、ジョニーが仕掛けるタイミングを決めかねていた、その時だった。
「うっ……わぁ?」
突然、大きな爆発音と共に船全体に強い衝撃が走り、船体が横に傾く。予想していなかった展開にケイオスも驚き、手すりから落ちそうになる所を両手で掴まって何とか踏み留まる。ジョニーもまた、すぐ近くにあった機体の一部に掴まる事で振り落とされるのを免れた。
「……ッ、エイプリル! どうした!?」
咄嗟に通信を起動し、操縦室にいるエイプリルに確認を取る。
『機体後方に砲撃被弾! 周囲に中型の飛空艇4隻、囲まれています!』
「何だと……索敵に引っ掛からなかったのか!?」
ジェリーフィッシュは義賊として有名だが、お尋ね者である事に変わりはない。その為、時折賞金稼ぎや彼らを逆恨みした同業者の襲撃を受ける事がある。しかし、決して珍しい事では無い故に、日々対策もしている。見張りは24時間行っているのに、相手はその目を掻い潜って来たと言うのか。
通信先のエイプリルが戸惑っている間に、ジョニーの元に別の通信が入る。メイシップの索敵担当であるオクティからだった。
『多分、法力によるステルス搭載型です。でもこんなに接近していたなんて……すみません、私が居ながら……』
「いや、オクティが謝ることじゃない。気にするな」
通話越しでも分かる落ち込み方に、ジョニーは優しく言葉を返す。誰にでも失態はある。それこそ、目の前にいるケイオスをこのメイシップに乗せたことを先程まで知ることが出来なかったジョニーにも、だ。失敗したなら、次で挽回すれば良いと。ジョニーの言葉にオクティは「分かりました」と小さな声で言い、他に接近している機体が無いか確認すると告げて通信を切った。
「あーあ。完全に囲まれてるね。どうするの?」
ジョニーの通信が終わったのと同時に、周囲の状況を見ながらケイオスが他人事の様に言う。実際、他人事であるのだが、暢気なケイオスの姿にジョニーは僅かな苛立ちを覚えた。
「っち、こんな時に……」
招かれざる訪問者に、襲撃してきた飛空艇。どちらを優先すべきか分からない程ジョニーは愚かではない。しかし、片方に集中する事で、もう片方がーーケイオスがどの様な動きを見せるのか全く読めない。もしかしたら、この敵機はケイオスが呼んだものである可能性もある。だとすれば、どちらも相手にしなければならない。船の戦闘員は数える程。全員動員すれば状況は多少はマシになるだろう。だが彼女たちとケイオスを会わせたくない。ジョニーですら、勝てるか分からない相手だ。彼女たちの身を危険に晒したくない。
ケイオスを相手にしながら、敵の機体を戦闘不能にする。するべきことは分かっていても、それが無茶苦茶な難題であることも分かっている。どうすれば良いか、ジョニーが思考をフル回転させていると、徐ろにケイオスが声を掛けてきた。
「手伝ってあげようか?」
意外な言葉だった。それを聞き、ジョニーははっとケイオスの方を見遣る。
「何だと?」
「だから、君たちの手伝い。確かに君の腕ならあの船一つ墜とすのは簡単だと思うよ。でも全部はどうかな?」
手伝う、ということは、この飛空艇達とは関係がないのか。その事実が分かっただけでも大きかったが、助力を申し出るとは。
「……お前さん、何を考えている?」
「この後の展開が、どうすれば面白くなるかだけど?」
「必要ない、と言いたいところだが……」
メイシップには防衛機能はある程度搭載されている。しかし全方位からの攻撃ともなれば、相応にエネルギーを消費する。その間にジョニーが敵機を戦闘不能にする事が出来れば良いが、そうでなければ燃料切れで撃墜される。それだけは何としても避けなければならない。
一人でやりきれるか。悩んでいた所で差し伸べられた救いの手。胡散臭さは拭えずとも、ここでそれを無碍にして墜落する位なら、素直に助力を請う方が何倍もマシだ。
だが。
「あ、でも法術は防御以外で使わないよ」
「……は?」
魔法使いが魔法を使わないでどうする。言われた言葉が一瞬理解できず、ジョニーは怪訝の色を滲ませた。
「攻撃で使うのはこれ」
する、と。腰に下がるホルスターに収まる銃を引き抜き、掲げて見せる。その見た目は完全に旧世界のデザインで、お世辞にも敵とやり合える程高性能な様には見えない。もしかしたら特殊な力が付与されているのかも知れないが、敵は中型の飛空艇だ。小さな銃弾を打ち込んで、それでダメージを与える事が出来るのか。
「……言いたかないが、そんな武器で大丈夫か?」
「だって僕が法術使ったら秒で終わっちゃうし。それじゃあ素人が低予算で作ったチープなアニメーション以下の結末だ」
だから、これはハンデなんだと。銃を構えたケイオスはにんまりと笑う。確かに、最強の魔導師と謳われた彼の法力があればこの船を囲んでいる敵機を撃墜させるのは簡単だろう。もしかしたら、跡形もなく消してしまうかも知れない。流石にそれは困るが、だからと言って旧世界の遺物の様な拳銃ーーそれも二丁ある内の片方しか使わないつもりらしいーーでどれだけこの敵機と渡り合うことが出来るのか。全く見当がつかない。
「僕が望むのはね、ドラマだよ。見ていて胸が高鳴る、スリリングな展開。刺激的であればあるほど良い。ここで君たちのピンチを救うのは簡単だ。でもさくっと終わっちゃあ、何も面白くない。生きるか死ぬかの瀬戸際、快賊団のリーダーはクルーを助ける為に突如現れた謎の男と共闘して、間一髪のところで敵を退ける……うん、シナリオはこれで行こう。後はアクションシーンの出来だけど……君なら何の問題も無さそうだ」
一人でぺらぺらと語り、最後にジョニーを指差し、ケイオスは笑う。その直後、ジョニーの方に砲撃が飛んできた。避けるのは間に合わない。そう思った瞬間、ケイオスが銃を持っていない方の手を掲げ、奇妙な顔が描かれた防御壁を展開し、被弾する直前でそれを防ぐ。
「……お前、思った以上にクレイジーだな」
以前のホワイトハウスのテロも、彼の娯楽の為に行われたのだろうか。目の前の出来事を全てエンターテインメントとして捉え、ものの善悪は二の次で、ただケイオス自身が楽しくなる様に動こうとする。クレイジーと、言葉では柔らかく言ったつもりだが、実際は滅茶苦茶にイカれているとジョニーは思った。
「あはっ、最っ高の褒め言葉!」
そんなジョニーの言葉を聞き、ケイオスは楽しそうに声を上げて笑った。その間にもメイシップを狙う砲撃は激しさを増し、防御壁の範囲外で機体に被弾し、装甲がへこむ。何時までもお喋りをしている余裕は無い。
「あいつ等は撃墜しなくても良い。戦闘不能にするだけで十分だ。 ……しくじるなよ!」
「ふふっ、了解」
敵の攻撃が激しくなって来ている。ジェリーフィッシュの旗艦、メイシップを墜とせば団長ごと始末出来ると思っているのか。だが、そう簡単に墜ちる程メイシップもヤワではない。牙を剥く存在が居るならば、迎え撃つまで。それも、団長であるジョニーが直々に。
まずは、一番近くを飛ぶ機体を。ジョニーがそちらに向かって走り出すのを見たケイオスは、自らの背後に迫る機体の相手をするべく、取り出した銃に弾丸を装填した。
「……なーんて事が、この間あったのよ」
数日後、ジョニーはテスタメントに招かれた茶会の席で当時のことを説明し、深い溜め息を吐いた。
「それは災難だったな」
淹れたてのアールグレイの香りを楽しみつつ、テスタメントはジョニーに同情の言葉を投げかける。テスタメントも数週間前、ジョニーが遭遇した人物と会い見えた。その時は脅されこそすれ、特に何の問題もなく別れる事が出来たが、ジョニーの方はそうは行かなかったらしく。当時の光景を想像しながら、如何とも言えない苦笑いを浮かべて見せた。
「災難なんてモンじゃないね。あれは歩く災厄だ。早く何とかした方が良い」
あれからケイオスと力を合わせ、敵の飛空艇4機を全て戦闘不能にし、警察に通報しながら地上に不時着する所まで誘導してやった。相手方に怪我人が出た様だが、それは完全な自業自得だ。それから、通報した警察が来る前にメイシップはその場を離れたが、気付けばケイオスの姿は何処にも無かった。誘導で地上に近づいた際に船を降りたのか。現れた時と言い、正に神出鬼没。世界が血眼になって探すわけだと、ジョニーは一人納得した。
「……腕が吹っ飛んでも瞬時に再生する様な奴が、すぐに何とか出来るとは思えないが……」
ケイオスは戦闘中に砲撃を喰らい、片腕が吹っ飛んでしまったらしい。しかし、彼は痛がる様子も見せず、瞬きする間に自らその腕を再生して見せたとか。ギアであり、自己治癒能力に優れているテスタメントでも、流石に瞬時に肉体を再生できる程の能力はない。
「ま、出来るだけ関わらないようにする。今はそれしか出来ないねえ」
「そうだな。幸いにも彼は今すぐ世界をどうしようって訳でも無さそうだし」
ドラマが見たいだとか何だとかで、付き纏われるのははっきり言って迷惑だ。本人曰く、その時の状況によって自身は正義にも悪にもなるのだとか。それは、自分がどう動けば目の前の光景が面白いものになるかを考えた上での行動。この世の全てをドラマに仕立て、自身はその現場監督と、ついでで役者をしているつもりの様だ。本人は良いかも知れないが、巻き込まれる側からすればこれ以上迷惑な事は無い。
関わらずに済むのなら、それが一番。ジョニーとテスタメントの意見は一致し、揃って確かに頷き合う。今後も、出来る限り関わらない方向で行こうと。
そうしてジョニーの持つカップが空になっている事にテスタメントが気付き、紅茶のおかわりを注ごうとした、その時だった。
「やあ、また会ったね」
何時からそこに居たのか。二人の背後に、今話をしていた人物が立っていた。
「…………んんんん?」
気のせい。幻覚。幻聴。錯覚。そうであって欲しかった。
振り返った先に居た人物を見たジョニーの手から、テスタメントのお手製マカロンがぽろりと転げ落ちた。
雲ひとつない夜空には、白銀の満月と、それを囲む無数の星々。地上から約1万メートルの上空を航行している為、空気はひんやりを通り越してかなり冷たい。
「街の明かりが無いと、こんなに綺麗になるんだね」
それは独り言か、或いは少し離れた所に立つジョニーに向けてのものか。手すりに腰掛け、見上げる空は、サングラス越しでも分かる程美しく輝いていた。遠い昔、研究者だった頃は知識を求めることに没頭し、空を見る事なんてほとんど無かった。こんなに空は綺麗なのに。何と勿体ないことをしていたのか。そんな過去に想いを馳せつつ、男は空からジョニーの方へと視線を向けた。
「お前……いつ、どこから乗り込んできた」
「離陸前に。ハシゴが降りてたから」
男を見据えるジョニーの声は冷たい。瞳はサングラスで見えないが、ほぼ睨んでいると言って良いだろう。彼を招き入れた記憶は無いし、この船を一般公開した覚えも無い。その見た目も相俟って、この場では完全に異質な存在だった。一体どうやって、と訊ねると、男はあっさりと乗り込んで来た経緯を話した。経緯と言ってもシンプルで、ただそこにあったからとばかりに話す男へ、ジョニーは思わず苦笑いを浮かべた。
「この船は野郎禁制なんだがねえ?」
「え? でもあの死神くん乗ってるよね?」
死神、というのはテスタメントの事だろう。接点がある様には見えないが、どうやら男はテスタメントの事を知っているらしい。だが、ジョニーが女性でないことを承知で、この船に乗せているという事まで知られているとは。余程の情報通か、それとも悪質なストーカーか。
「一応、あいつは知り合いだからな。だがお前は赤の他人だ。やってる事は完全に不法侵入だぞ」
その辺分かってるの、と。表面上は穏やかに訊き返す。出来ることなら穏便に済ませたい。状況が状況なだけに、難しいかも知れないが。
「良いじゃん。減るものじゃないんだから」
対して男は悪びれた様子も無く、手すりに腰掛けた状態で両足をぷらぷらと動かす。無防備に見えて、一切の隙を感じさせない、異様な佇まい。男とは初対面であったが、情報通のジョニーは彼のことを知っていた。知っていたからこそ、慎重に話をしなければならない。ただの不法侵入ならばーー性別によるがーー即刻摘み出して終わる所、目の前の相手に関してはそうも行かず。ジョニーは確認をする様にゆっくりと口を開いた。
「『ハッピーケイオス』だったか」
「うん?」
「手配書が出ていた。まさかあのホワイトハウスのテロの主犯が乗り込んで来るとは、驚きだ」
数ヶ月前、慈悲なき啓示との決着がつき、世界が今後の方針を決める為に開いたG4サミット。その会場であるホワイトハウスにたった一人で乗り込み、占拠して、ギアメーカーから本を奪おうとした存在。その正体は、第一の男。イノの半身であり、かつて最強と謳われた魔導師。それが今、ジョニーの目の前にいる。消失したと思われた存在は、サミットが開催された日から数週間と経たぬ内に再び確認された。そして、またあの様なテロを起こされる前に手を打たなければと。世界中に手配書が回った。金額は現存する賞金首の中でも最高金額で、今も尚上がり続けている。その手配書を、ジョニーは彼に会う少し前に見たのだ。
「へえ、僕の賞金どれ位になってるのかな」
「さあな。お前が知る必要も無い」
す、と。ジョニーは自身の得物を構え、何時でも抜刀できる状態に入る。目の前の男ーーケイオスは、危険な存在だ。今のジェリーフィッシュにとっても、世界にとっても。出来ればそのまま警察に引き渡したい所だが、ホワイトハウスを一人で乗っ取った実力は本物だ。人殺しは好まないが、最悪斬り捨てるという選択肢も入って来る。
「やるの? 良いけど」
戦闘態勢に入っているジョニーに対し、男は首を傾げた。自身に敵意が向けられている事は明らかだ。しかし、歓迎されないのは最初から分かっていた。彼と会えば、こうなることも想定の範囲内。故に動じることは無く、確認をする様に訊き返す。彼の実力は知っている。流派・幻影博文派燕月剣の達人。その抜刀術は音速を超え、巨大な岩でさえも包丁で野菜を切る様に簡単に斬り刻む。もっとも、不死の肉体を持つケイオスに対し、その技が通用するかは別問題だが。
じり、じりと。ジョニーがケイオスとの距離を詰めていく。抜刀術の射程範囲にはまだ少し足りない。ケイオスはまだ動かない。腰に下がる銃にも触れず、法力を発動させようとする仕草も見せない。何を考えているのか。全く読めない。
どうする。どう動く。緊迫した空気の中、ジョニーが仕掛けるタイミングを決めかねていた、その時だった。
「うっ……わぁ?」
突然、大きな爆発音と共に船全体に強い衝撃が走り、船体が横に傾く。予想していなかった展開にケイオスも驚き、手すりから落ちそうになる所を両手で掴まって何とか踏み留まる。ジョニーもまた、すぐ近くにあった機体の一部に掴まる事で振り落とされるのを免れた。
「……ッ、エイプリル! どうした!?」
咄嗟に通信を起動し、操縦室にいるエイプリルに確認を取る。
『機体後方に砲撃被弾! 周囲に中型の飛空艇4隻、囲まれています!』
「何だと……索敵に引っ掛からなかったのか!?」
ジェリーフィッシュは義賊として有名だが、お尋ね者である事に変わりはない。その為、時折賞金稼ぎや彼らを逆恨みした同業者の襲撃を受ける事がある。しかし、決して珍しい事では無い故に、日々対策もしている。見張りは24時間行っているのに、相手はその目を掻い潜って来たと言うのか。
通信先のエイプリルが戸惑っている間に、ジョニーの元に別の通信が入る。メイシップの索敵担当であるオクティからだった。
『多分、法力によるステルス搭載型です。でもこんなに接近していたなんて……すみません、私が居ながら……』
「いや、オクティが謝ることじゃない。気にするな」
通話越しでも分かる落ち込み方に、ジョニーは優しく言葉を返す。誰にでも失態はある。それこそ、目の前にいるケイオスをこのメイシップに乗せたことを先程まで知ることが出来なかったジョニーにも、だ。失敗したなら、次で挽回すれば良いと。ジョニーの言葉にオクティは「分かりました」と小さな声で言い、他に接近している機体が無いか確認すると告げて通信を切った。
「あーあ。完全に囲まれてるね。どうするの?」
ジョニーの通信が終わったのと同時に、周囲の状況を見ながらケイオスが他人事の様に言う。実際、他人事であるのだが、暢気なケイオスの姿にジョニーは僅かな苛立ちを覚えた。
「っち、こんな時に……」
招かれざる訪問者に、襲撃してきた飛空艇。どちらを優先すべきか分からない程ジョニーは愚かではない。しかし、片方に集中する事で、もう片方がーーケイオスがどの様な動きを見せるのか全く読めない。もしかしたら、この敵機はケイオスが呼んだものである可能性もある。だとすれば、どちらも相手にしなければならない。船の戦闘員は数える程。全員動員すれば状況は多少はマシになるだろう。だが彼女たちとケイオスを会わせたくない。ジョニーですら、勝てるか分からない相手だ。彼女たちの身を危険に晒したくない。
ケイオスを相手にしながら、敵の機体を戦闘不能にする。するべきことは分かっていても、それが無茶苦茶な難題であることも分かっている。どうすれば良いか、ジョニーが思考をフル回転させていると、徐ろにケイオスが声を掛けてきた。
「手伝ってあげようか?」
意外な言葉だった。それを聞き、ジョニーははっとケイオスの方を見遣る。
「何だと?」
「だから、君たちの手伝い。確かに君の腕ならあの船一つ墜とすのは簡単だと思うよ。でも全部はどうかな?」
手伝う、ということは、この飛空艇達とは関係がないのか。その事実が分かっただけでも大きかったが、助力を申し出るとは。
「……お前さん、何を考えている?」
「この後の展開が、どうすれば面白くなるかだけど?」
「必要ない、と言いたいところだが……」
メイシップには防衛機能はある程度搭載されている。しかし全方位からの攻撃ともなれば、相応にエネルギーを消費する。その間にジョニーが敵機を戦闘不能にする事が出来れば良いが、そうでなければ燃料切れで撃墜される。それだけは何としても避けなければならない。
一人でやりきれるか。悩んでいた所で差し伸べられた救いの手。胡散臭さは拭えずとも、ここでそれを無碍にして墜落する位なら、素直に助力を請う方が何倍もマシだ。
だが。
「あ、でも法術は防御以外で使わないよ」
「……は?」
魔法使いが魔法を使わないでどうする。言われた言葉が一瞬理解できず、ジョニーは怪訝の色を滲ませた。
「攻撃で使うのはこれ」
する、と。腰に下がるホルスターに収まる銃を引き抜き、掲げて見せる。その見た目は完全に旧世界のデザインで、お世辞にも敵とやり合える程高性能な様には見えない。もしかしたら特殊な力が付与されているのかも知れないが、敵は中型の飛空艇だ。小さな銃弾を打ち込んで、それでダメージを与える事が出来るのか。
「……言いたかないが、そんな武器で大丈夫か?」
「だって僕が法術使ったら秒で終わっちゃうし。それじゃあ素人が低予算で作ったチープなアニメーション以下の結末だ」
だから、これはハンデなんだと。銃を構えたケイオスはにんまりと笑う。確かに、最強の魔導師と謳われた彼の法力があればこの船を囲んでいる敵機を撃墜させるのは簡単だろう。もしかしたら、跡形もなく消してしまうかも知れない。流石にそれは困るが、だからと言って旧世界の遺物の様な拳銃ーーそれも二丁ある内の片方しか使わないつもりらしいーーでどれだけこの敵機と渡り合うことが出来るのか。全く見当がつかない。
「僕が望むのはね、ドラマだよ。見ていて胸が高鳴る、スリリングな展開。刺激的であればあるほど良い。ここで君たちのピンチを救うのは簡単だ。でもさくっと終わっちゃあ、何も面白くない。生きるか死ぬかの瀬戸際、快賊団のリーダーはクルーを助ける為に突如現れた謎の男と共闘して、間一髪のところで敵を退ける……うん、シナリオはこれで行こう。後はアクションシーンの出来だけど……君なら何の問題も無さそうだ」
一人でぺらぺらと語り、最後にジョニーを指差し、ケイオスは笑う。その直後、ジョニーの方に砲撃が飛んできた。避けるのは間に合わない。そう思った瞬間、ケイオスが銃を持っていない方の手を掲げ、奇妙な顔が描かれた防御壁を展開し、被弾する直前でそれを防ぐ。
「……お前、思った以上にクレイジーだな」
以前のホワイトハウスのテロも、彼の娯楽の為に行われたのだろうか。目の前の出来事を全てエンターテインメントとして捉え、ものの善悪は二の次で、ただケイオス自身が楽しくなる様に動こうとする。クレイジーと、言葉では柔らかく言ったつもりだが、実際は滅茶苦茶にイカれているとジョニーは思った。
「あはっ、最っ高の褒め言葉!」
そんなジョニーの言葉を聞き、ケイオスは楽しそうに声を上げて笑った。その間にもメイシップを狙う砲撃は激しさを増し、防御壁の範囲外で機体に被弾し、装甲がへこむ。何時までもお喋りをしている余裕は無い。
「あいつ等は撃墜しなくても良い。戦闘不能にするだけで十分だ。 ……しくじるなよ!」
「ふふっ、了解」
敵の攻撃が激しくなって来ている。ジェリーフィッシュの旗艦、メイシップを墜とせば団長ごと始末出来ると思っているのか。だが、そう簡単に墜ちる程メイシップもヤワではない。牙を剥く存在が居るならば、迎え撃つまで。それも、団長であるジョニーが直々に。
まずは、一番近くを飛ぶ機体を。ジョニーがそちらに向かって走り出すのを見たケイオスは、自らの背後に迫る機体の相手をするべく、取り出した銃に弾丸を装填した。
「……なーんて事が、この間あったのよ」
数日後、ジョニーはテスタメントに招かれた茶会の席で当時のことを説明し、深い溜め息を吐いた。
「それは災難だったな」
淹れたてのアールグレイの香りを楽しみつつ、テスタメントはジョニーに同情の言葉を投げかける。テスタメントも数週間前、ジョニーが遭遇した人物と会い見えた。その時は脅されこそすれ、特に何の問題もなく別れる事が出来たが、ジョニーの方はそうは行かなかったらしく。当時の光景を想像しながら、如何とも言えない苦笑いを浮かべて見せた。
「災難なんてモンじゃないね。あれは歩く災厄だ。早く何とかした方が良い」
あれからケイオスと力を合わせ、敵の飛空艇4機を全て戦闘不能にし、警察に通報しながら地上に不時着する所まで誘導してやった。相手方に怪我人が出た様だが、それは完全な自業自得だ。それから、通報した警察が来る前にメイシップはその場を離れたが、気付けばケイオスの姿は何処にも無かった。誘導で地上に近づいた際に船を降りたのか。現れた時と言い、正に神出鬼没。世界が血眼になって探すわけだと、ジョニーは一人納得した。
「……腕が吹っ飛んでも瞬時に再生する様な奴が、すぐに何とか出来るとは思えないが……」
ケイオスは戦闘中に砲撃を喰らい、片腕が吹っ飛んでしまったらしい。しかし、彼は痛がる様子も見せず、瞬きする間に自らその腕を再生して見せたとか。ギアであり、自己治癒能力に優れているテスタメントでも、流石に瞬時に肉体を再生できる程の能力はない。
「ま、出来るだけ関わらないようにする。今はそれしか出来ないねえ」
「そうだな。幸いにも彼は今すぐ世界をどうしようって訳でも無さそうだし」
ドラマが見たいだとか何だとかで、付き纏われるのははっきり言って迷惑だ。本人曰く、その時の状況によって自身は正義にも悪にもなるのだとか。それは、自分がどう動けば目の前の光景が面白いものになるかを考えた上での行動。この世の全てをドラマに仕立て、自身はその現場監督と、ついでで役者をしているつもりの様だ。本人は良いかも知れないが、巻き込まれる側からすればこれ以上迷惑な事は無い。
関わらずに済むのなら、それが一番。ジョニーとテスタメントの意見は一致し、揃って確かに頷き合う。今後も、出来る限り関わらない方向で行こうと。
そうしてジョニーの持つカップが空になっている事にテスタメントが気付き、紅茶のおかわりを注ごうとした、その時だった。
「やあ、また会ったね」
何時からそこに居たのか。二人の背後に、今話をしていた人物が立っていた。
「…………んんんん?」
気のせい。幻覚。幻聴。錯覚。そうであって欲しかった。
振り返った先に居た人物を見たジョニーの手から、テスタメントのお手製マカロンがぽろりと転げ落ちた。
