【GG】Johnny✕Testament

ジェリーフィッシュ快賊団の所有するメイシップは大きな船だ。
 クルーである多くの女性がこの船で生活し、彼女たちを乗せた船はほとんどの時間を空で過ごすーーとは言え、年がら年中飛んでいる訳ではない。船を飛ばすには燃料が要るし、彼女たちが空で暮らして行く為には様々な物資が必要となる。その為、定期的に地上に降り、補給をする日が設けられる。燃料と物資の補給を行っている間は各々自由時間となり、地上での活動も許可されていた。

「随分と賑わってるじゃないの」

 団長であるジョニーもまた、補給の間に少し町の様子を見て回ろうと商店が並ぶ通りを歩いていた。久しぶりに来た馴染みの街は以前よりも活気があり、改めて世界に真の平和が訪れたことを実感する。ほんの数ヶ月前まで、やれゆりかご事件だ慈悲なき啓示だ、ホワイトハウスが丸ごと空を飛ぶだとか。引っ切り無しにギア絡みの事件騒動が起こっていたが。とある人物のお陰でその全てが解決し、世界は復興の第一歩を踏み出している。聖戦時代から今日まで、人々が願い、望んだ平和がようやく手に入った。本当に長かったと。たった今すぐ横を駆け抜けていった子供達の姿を見つつ、ジョニーは一人口元を綻ばせた。

「……ん?」

 商店が並ぶ通りを抜け、小さな広場に出た。何か催し物があるのか、広場の中心を囲む様にして人だかりが出来ており、更にエキゾチックな音楽が聞こえてくる。

「こいつは何のイベントだい?」

 その場に群がっているのは多くが成人男性だった。中心に向かって囃し立てる様に声を上げ、音楽に合わせて手拍子をしている。一体何が行われているのかと。ジョニーはちょうど人の輪の一番後ろに立っていた青年に声を掛けた。

「何だ兄さん、知らないのかい? 今巷で人気のベリーダンサーだよ」
「ベリーダンサー? そいつはまた昼間から刺激的で良いねえ」

 声を掛けられた青年はやや興奮気味に言い、直ぐにジョニーから視線を外して正面に向き直る。ベリーダンスと聞いて食いつかない男がいるだろうか。いや、いない。少なくとも、無類の女好きとして知られるジョニーを釣るには十分過ぎる餌だった。しかし、まさかこんな片田舎の小さな町で拝むことが出来るとは。日頃の行いが良いからだろうか等と内心自賛しつつ、ジョニーもそのベリーダンサーを見ようと人だかりの隙間から人々が注目する中心を覗き込んだ。
 ダンスを踊っているのは5人。それぞれが色鮮やかできらびやかな衣装を身に纏い、シルクのヴェールを巧みに操り、蠱惑的に舞う。どの女性も見目麗しいが、その中でも一際目を引いたのが、中心で踊る人物だった。艶めく黒髪、透き通る様な白い肌、整った顔立ち。曲に合わせてしなやかに動く手足と引き締まった細い腰。男性と見紛う程の長身ーーと、そこまで見て、ジョニーは違和感を覚えた。中心のダンサーは確かに美しい。美しいが、この人物は、何処かで見たことがある様な。

「おいおい……嘘だろう」

 思わず、自身のサングラスをずらして目を擦り、改めて確認する。他のダンサーと共に、完璧な身のこなしで踊って見せる、その人物は。普段と異なる装いであるし、化粧もダンス用の派手な色合いであるが、間違いようがなかった。ジョニーが良く知る人物。最近会えていないので、そろそろ便りの一つでも寄越そうかと思っていた存在。

「テスタメント……?」

 中心で踊るそのヒトは、ジョニーが見ている事に気付いているのかいないのか。周囲の歓声に応える様に艶やかな笑みを浮かべ、完璧な姿勢で最後のポーズを決めて踊りを締めて見せた。
 一糸乱れぬ完璧な踊りに、見物人達は歓声と共に盛大な拍手を送る。ダンサーたちはそんな彼らに微笑みながら手を振り、近くにあった控室らしきテントへ引き上げて行った。

「…………」

 彼女たちがテントの中へ消えたことにより、人だかりが解消され、皆散り散りになって行く中。ジョニーは何も言わず、彼女たちが入ったテントの方に向かい、歩き出した。





「見覚えのある顔だと思ったら、やっぱりお前さんだったか」

 着替えを終え、衣装から普段着に戻った女性たちが荷物を持って一人、また一人とテントから出て来る。その中で、最後にテントから出て来た人物ーーテスタメントの姿を認めたジョニーは、そちらの方へ足早に歩いていき、その肩を軽く叩きつつ声を掛けた。

「…………、ジョニーじゃないか。こんな所で会うとは奇遇だな」

 出待ちの人間がいるとは思っておらず、突然肩を叩かれたテスタメントは驚き、立ち止まってジョニーの方を見やる。化粧を落とす時間は無かったのか、先程のダンスの時と同じメイクをした顔は、驚いた様子で瞳を何度が瞬かせる。しかし、声を掛けてきたのが見知った人物であると知るとすぐに笑みを浮かべ、片手を持ち上げて会釈を返した。

「この奇遇もきっと運命の女神による巡り合せ……なんてな。それだったらもうちぃっと、ロマンティックな感じにして欲しかったがね。お前さん、どうしてこんなトコで、あんな踊りをしてたんだい?」

 ジョニーたちが今居るのは、ジェリーフィッシュ快賊団が定期的に補給を行う町の一つだ。主要都市からは離れており、治安は決して良いとは言えないが、そのお陰でジョニーたちの様なお尋ね者でも大手を振って歩く事ができる。テスタメントと会うのだったら、もっと良い雰囲気の、夜景が綺麗な街や水の都の様な洒落た場所で会いたかったと。ジョニーは軽口混じりに言い、ついでにテスタメントがこの地に居る理由をそれとなく訊ねた。

「近所の御婦人方に勧められてね。少し前から始めたんだ」
「御婦人方……?」
「主婦の方々が、愛好会を作ってな。私も興味があったから、入らせてもらった」
「ほう、愛好会ねえ」

 テスタメントが今暮しているのは、悪魔の棲む森から少し離れた所にある小さな村だった。あの村で、ベリーダンスの愛好会的なものがあったのか。意外な事実に驚きつつ、ジョニーは自身の中に生まれた何とも言えない感情に困惑していた。先程の、決して多いとは言えない人数であはあったが、その場に居る誰もが熱い視線を注いだ存在。美しく、艶めかしく踊る姿に皆が興奮し、沸き立っていた。ギアであるテスタメントの存在が人々に受け入れられるのは好ましいことだ。歓迎すべき事案である。だが、それでも。

「……どうした?」
「あー、いや。まあ、何だ……その、上手く言えないんだが」
「随分歯切れが悪いな。お前らしくもない」

 ジョニーの反応が今ひとつなのと、その後の煮え切らない態度が気になり、テスタメントが軽く首を捻る。ジョニーはと言うと、改めてテスタメントのなりを上から下まで無言で眺めていた。普段よりも派手な化粧。衣装はもう着替えた後なので、肌の露出は無いが、先程は腕や腹を豪快に晒していた。ベリーダンスなのだから、そういう衣装であるというのは百も承知だが。その姿になって、他の男たちの視線を集中して浴びているのがーーそう、気に入らない。
 ジョニーが言いづらそうにしている様子にもしかして、と。テスタメントはジョニーの顔を覗き込み、少し意地の悪い笑みを浮かべながら訊ねた。

「妬いたのか?」
「…………ッ」

 図星。完璧なまでの図星であり、同時に、認めたくない真実でもある。無類の女好きで知られるジョニーだが、基本的に一人の人物に執着することはしなかった。例え一晩の関係を持ったとしても、その後は去る者追わず。相手のことを考え、自ら身を引くこともあった。皆が笑顔になるために、自分は誰かのモノにならない。誰かをモノにしない。皆を平等に愛する。誰にも言わず、自分の中で密かに立てたポリシーがあった。

「……ああ、そうだよ。俺らしくもねえ」

 だから、らしくないとはジョニー自身も思った。思ったからこそ、気まずい。ジョニーは表情を悟られぬ様、かぶっている帽子を前にずらし、顔の大半を隠しながら半ば自棄になって告げた。

「あんまり他の奴の前で肌を晒しなさんな」
「今更だと思うのだが?」

 大体、テスタメントの元々の一張羅が肩出し腹出し脚出しと三拍子揃った衣装だ。それと比べれば、先程のベリーダンスの衣装なんて寧ろ露出が少ない位だ。ジョニーなりに気を遣って言ってくれているのは分かるが、はっきり言って今更な話である。だが、言いたいことは分からないでもなかった。ジョニーとテスタメントの関係は、以前の酒を飲み合う関係よりも一層深くなっている。男が女に対し抱く欲望ーー一番分かりやすい言葉を用いて言うなら独占欲、そこから来るやきもちか。けれどジョニーとテスタメントは恋人になった訳ではない。もし相手が誰かと結ばれる事があるのなら、それで良い。互いの立場を考え、親しくも何時でも切ることが出来る、そんな関係。納得していた筈なのに、ジョニーはジェラシーを感じてしまったのだ。

「まあ、お前に妬かれるのもなかなか気分が良い」
「気分が良いって、お前さんなあ……」

 くすくすと声を立てて笑うテスタメントに、ジョニーは思わず顔を上げる。大人気ない自覚はあった。明らかにからかわれている。珍しく取り乱すジョニーの姿が面白かったのか、それを見たテスタメントは一層声を上げて笑った。

「なら、今度はお前の前だけで踊ってやる」
「……へ?」

 ひとしきり笑い、次に紡いだ言葉。その意図が読み取れず、ジョニーは間の抜けた声を上げてしまう。普段のジョニーなら直ぐに理解しただろうに、軽く図星を突かれてからかわれただけでこのザマだ。何とも情けない。

「お前の為に、お前だけの舞台で踊ってやると言ったんだ」

 先程とは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべながらテスタメントが言う。ジョニーの為だけに、特別に踊ってやる。ベリーダンスは愛好会の御婦人方と共に踊ることが多いが、一人で踊るものも覚えている。それこそ、ジョニーに見せる為に密かに練習していた。まさか先に大衆向けのものを披露する事になるとは思っていなかったが。それによってジョニーがやきもちを焼く事が分かったのは、大きな収穫ーーかも知れない。

「……そいつは、楽しみだ」

 自分の為だけに踊ってやる。そう言われて、喜ばない男が居るだろうか。先程感じたもやもやは何処へやら。ジョニーは常の落ち着きを取り戻し、次が何時になるのかを考える。何なら舞台は此方で用意してやろうか。何処かの店を貸し切り、二人で過ごすのも悪くない。勿論、ジェリーフィッシュの面々には内緒で。特にメイに知られたら大変な事になる。

「っとお、もうこんな時間か……そろそろ船の補給が終わるんでな。また連絡する」

 気付けば船を降りてから結構な時間が経っていた。そろそろメイシップの補給作業も終わるだろう。流石に団長のジョニーを置いて離陸されることは無いが、遅くなれば怒られるのは間違いない。

「ああ、待っている」

 ジョニーの言葉を聞き、テスタメントも状況を理解してあっさりとした別れの言葉を告げる。もう少し話をしたいのが本音だが、彼は一団を率いる長だ。自分の為に長く時間を費やす訳にはいかない。

「色は何色が良いだろうか。今日はライトブルーだったから……パープルも良いが、ピンクはどうだろうか。私に似合うか分からないが……ああでもワインレッドも捨てがたい……」

 去って行く背中を見送り、テスタメントは次にジョニーにダンスを披露する時の衣装の事を考える。どんな衣装で立てば、彼は喜ぶだろうか。どうせなら刺激的な、少々過激な衣装で誘惑してみるのも良いかも知れない。その辺りは使い魔のサキュバスが詳しそうだ。オンリーワンの舞台で見せつけるのだから、目に焼き付ける勢いが欲しい。踊りの精度ももっと上げなければ。まずは帰ってから今日の反省会だ。踊り自体は正確に踊れたが、もっと魅力的に出来る部分があった筈だ。いつ披露しても良い様に、また練習をしなければ。

「……ふふ」

 ジョニーの為に踊る。その事についてあれこれ考えるのが、楽しくて仕方がない。ジョニーの姿が見えなくなった後、テスタメントは口元が緩みそうになるのを必死に堪えながら帰路についた。
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