【GG】Johnny✕Testament

 この腕に抱いた女性は数知らず。時には泣かせてしまったこともあるが、それ以上に彼女たちを笑顔にしてきた自信がある。レディに涙は似合わない。己の隣に立つのなら、とびきりの笑顔でいて欲しい。その為ならば、どんな困難も乗り越えよう。それが世界に名を馳せるジェリーフィッシュ快賊団頭領・ジョニーという男だった。
 
 「どうしたもんかねえ……」

 春から初夏へ移り変わらんとする皐月の初頭。壁に掛けられたカレンダーの日付を眺めながら、ジョニーは一人頭を抱えていた。

ーープレゼントが、未だに決まらないーー

 女性への贈り物に悩むことは過去にもあったが、それでも常に相手を喜ばせる事ができた。5日に控えているメイへのプレゼントも既に準備してある。以前から彼女が欲しいと言っていた等身大の五所川原さんクッション。流石にその辺の店で売っているような代物ではなく、オーダーメイドの一点物だ。値段は高くついたが、彼女が喜ぶ姿を思えば安い買い物。プライスレスと言っても良い。
 だが、悩んでいるのはそれではなかった。問題は彼女の誕生日の数日後。日付は5月の9日。その日はジョニーと親しくしている死神、テスタメントの誕生日だった。
  去年は知らなかったとはいえ、よりによって『あの男』に遅れを取った。今年は抜かりなく、完璧なプレゼントを。そう思っているのだが、何をプレゼントすれば良いのか分からない。

「宝石、アクセサリー……は、却下だな」

 ちょうど去年の今頃。午後のティータイムに突如として現れたあの男ーーケイオスは、誕生日プレゼントと称してテスタメントに小さな包みを渡した。包装紙の代わりなのか、無駄に派手で奇抜な柄の端切れ。古紙を纏める為に使うのと同じものだろう紙紐はリボンのつもりか、雑にぐるぐると巻いて蝶結びーーと言うには少々怪しい結び方ーーにした、珍妙なプレゼント。その辺にあった物でとりあえず包んだ。そんな感じの何とも微妙な物体。普段から行動の読めない彼らしいと言えば彼らしいが、受け取ったテスタメントは反応に困っていた。ジョニーもまた、嫌がらせを疑うようなそれには内心呆れた。レディに贈るには余りにもナンセンス。仮にレディでなかったとしても、プレゼントとして人に贈るのはどうかと思うだろう。
 だがその中身を見て、ジョニーは度肝を抜かれた。入っていたのは子供が好みそうな飴やチョコ、ガムといった駄菓子が数個。それと掌に収まる程度の、小さな赤い鉱物。まだ研磨されていない、原石の状態だった。ひと目で宝石の類だと分かり、若干苦い気持ちになったのを覚えている。二人は知り合い程度の関係と言っていたが、そうだとしてもジョニーとしては面白くない。それだけならまだ良かったのだが、色を見て単純に紅玉だと思ったそれは、何と宝石の中でも最も希少とされる赤い金剛石だった。原石でも、市場に出れば数百万は下らないだろう。上質なものなら、もう一つ0が増えてもおかしくない。とんでもないプレゼントを、あの男はビー玉を扱うように雑に包んで駄菓子と共に渡したのだ。信じられない。
 その金剛石をあしらったアクセサリーでなくて本当に良かった。もしアクセサリー、特に指輪だったら、どうしていたかもわからない。穏やかな午後のティータイムが、聖戦も真っ青な戦場になっていたかもしれない。午後は晴れと言っていた天気予報も、急遽その地域だけ血の雨になったと報じなければならないところだった。テスタメントが己以外の男からアクセサリーを貰うところなんて、見たくない。想像すらしたくない。
 そも、贈り物にアクセサリーは非常に難しく、ハードルが高い。金額ではない。贈る相手に似合うものを選ぶセンスがあるか。更に選んだものが相手の好みに合うか。余程相手のことを熟知している間柄でなければ博打も良いところだ。残念なことに、恋仲と言っても良いほどの関係になった今でもジョニーはまだテスタメントという存在を理解しきれていない。少し前に理解できそうなところまで来て、テスタメントは大きく変わってしまい、分からなくなってしまった。見た目も、中身も。何もかも。もちろん良い方向に変化したのだが、それが中々どうして、理解するのが難しくて。
 
「この俺が、プレゼント一つでこんなに悩むたあね」

 実は二、三ヶ月ほど前にそれとなく今欲しいものを聞いてみた。その時テスタメントは様々なモノを列挙した。悪魔の棲む森に住んでいた頃は無欲の極みで、何も欲しがる素振りも無かったのに。今となっては、日常生活で役に立つものから自身の趣味に使えるものまで。欲しいものがあり過ぎて困ると。楽し気にあれやこれやと挙げてみせた。最早物欲の化身と言っても過言ではない。控えめに言えば欲張り。直球で言えば強欲だった。しかし、テスタメントが無欲で何にも執着を見せなかった頃を思えば、貪欲な今の姿は生き生きとしていて。ジョニーとしては、今のテスタメントの方がより好ましい存在に思えた。ただ、それ故に何を選んでやるべきか、逆に悩んでしまう事態となっている。どうせならサプライズになるようなものをと考えているのだが、そうすると余計に難しい。
 
「趣味で使えそうなモン……」

 彼の趣味を思い出そうと記憶を探る。
ファッション誌を何冊も購入し、そこに載っている人気のコスメやネイルアートに興味を示していた。DIYにもハマっているようだった。釣りや登山、ロードバイクといったアウトドアも幅広く手を出していた筈だ。インドアの方でもプラモデル作りに陶芸、占い、麻雀もやっていると聞いた。変わったところで、店売りしているオカルトグッズを集めるのにもハマっていると。刺繍やお菓子作りのような女性らしい一面もある。

「趣味が、多すぎるっ……!」

 あれにそれにこれに。挙げても挙げてもキリがない。頭がパンクしそうになって、ジョニーは思わず机を拳で叩いた。ここ最近のテスタメントとの会話を思い出し、興味を示しそうなものをと考えてみたが関心が多方面に向き過ぎている。普通の人間でもここまで多趣味な者はいないだろう。一応、仕事をしながら趣味を満喫しているようだが、時間が足りているのか疑問になる。
 こんなに悩んでいても、テスタメントはジョニーからの贈り物ならきっと何でも喜ぶのだろう。それこそ、その辺に咲いている名もなき花を一輪摘んで差し出したとしても。もちろんそんな真似はしないが、何でも喜んでくれるという確信がある故に、その喜びを最上級のものにしてやりたいという気持ちがある。

「アウトドアで使えそうなものか、インドアで使えそうなものか…………駄目だ。俺としたことが、何も浮かばねえ」

 モノより思い出、なんて誰かが言っていたような気もする。高級レストランで極上のディナーを共にし、更にその後話題のデートスポットへ。そういうのも良いだろう。ただこの手のプランは過去に幾度も他の女性とやって来た。ジョニーとしては、新鮮さに欠ける。
 愛しい存在の贈り物を考えるのは、こうも難しいものだったか。考えれば考えるほど沼に沈んで行くのが分かる。不本意だが、誰かに助言を頼みたいくらいだった。 
 ああでもない。こうでもない。案が浮かんでは消え、途方に暮れつつあった、その時だった。
 
『ジョニー、そろそろ補給地点に着陸するよ』

 船の操縦室から通信が入った。通信の相手はこのメイシップの操舵手であるエイプリルだ。空の上で活動しているジェリーフィッシュの船は時折、燃料と物資の補給の為に地上に降りる。最後に補給をした日から随分と日が経っていたので、そろそろだとは思っていた。
 
「……おう、連絡サンキュー。着陸して補給が終わったら自由時間だ。他のクルーたちにも伝えてくれよ」

 今のジョニーにとって、この補給のタイミングは丁度良かったかもしれない。一人で考え込んでいても仕方がない。今回の補給地は比較的大きな街だ。商店街や大型の商業施設もある。その辺りを見て回り、候補を絞って決めるのもアリだろう。
 ジョニーは通信を切ると愛用の帽子とサングラスを手に取り、室内を後にした。

 

 
 その街は聖戦時代に戦場となり、一度は焦土と化したらしい。建物という建物は破壊し尽くされ、戦火によってあらゆる草木が燃え尽きた。元の姿に戻るのは絶望的と言われていたが、終戦後に少しずつ人々が戻り、復興を進めて行ったのだとか。そして戻ってきた人々の尽力により、街は自然と共存する緑豊かな都市へと復活を遂げた。

「やっぱり緑があるってのは、良いモンだねえ」

 街の中にある森林公園の敷地内を歩きながら、ジョニーは誰に言うでもなく一人呟く。普段空の上で生活しているジョニーにとって、こうして自然と間近にある状態は新鮮で、貴重な環境だ。空の上の澄んだ空気も良いが、緑に浄化されたこの場の空気もまた違った良さがある。深く息を吸い、時間をかけてゆっくりと吐き出す。その動作だけで、体がリラックスするのを感じた。

「…………」

 そういえば、テスタメントと初めて会ったのは森の中だった。悪魔の棲む森と呼ばれたそこは名前の通り悪魔が棲んでいそうな、暗い雰囲気を持った森で、昼間でも日差しが余り届かず、見た目的にも薄暗かったのを覚えている。そしてディズィーを守るために賞金稼ぎたちの前に立ち塞がっていたテスタメントもまた、殺気と共に陰鬱な空気を纏っていたーー今ではもうその面影もなく、晴れ晴れとした表情でいるが。そうなるまでの過程は長く、苦難の連続であった。数年前のことなのに、もう何十年も昔の事のように感じられる。
 ジョニーたちがディズィーを保護するまで、テスタメントは彼女の保護者のような存在だった。だからジョニーは彼女を受け入れた後も彼ーーだと当時は認識していたーーを無下にはせず、定期的に会って話をしていた。最初は人間不信から警戒していたテスタメントも、何度も会って言葉を交わして行く内に心を開き、最終的にジョニーと恋仲と呼べるほどの関係になるまでに至った。信頼を得ていく内に知ったテスタメントの、数え切れない罪を重ねて来たギアとしての苦しみや悲しみ、そして痛み。大海原の如き器の広さを自負するジョニーでも、理解して受け入れるのに結構な時間を要した。様々な紆余曲折を経て、今のテスタメントがある。しがらみから開放され、今を楽しむ姿は誰よりも、何よりも愛おしい。
 
「…………はァー……」
 
 何をプレゼントしても間違いなく喜んでくれる。けれどその事実に胡座をかきたくない。妥協はしない。世界一の伊達男として、そこは譲れない。譲れないのだが、ここまで何も決まらないと流石に挫けそうになる。
 未だ進展なしの状況に深い溜息を吐き、公園を抜けると、屋台店が並ぶ小さな通りに出た。行き交う人は疎らで、商店街ほどの活気はない。日用品から食料品、土産もの、骨董品に至るまで。様々なジャンルの店が各々自由に出店している。
 商店街や商業施設の事しか考えていなかったが、こういった場所の方がかえって良いプレゼントが見つかるかもしれない。とりあえず、一通り見てみようと。ジョニーは端の店から順に売られているものを物色することにした。
 最初に見たのは骨董品を取り扱う店だった。快賊団の頭領として世界中のお宝を集めてきた。モノの良し悪し、真贋を見抜く審美眼は養われているつもりだ。並んでいたものは大半がガラクタであったが、明らかに旧時代の産物ーーブラックテックと思われるモノや、絶対に手を出してはいけないと、本能的に感じる危険なモノも紛れていた。店の主は薄汚れた服を来た胡散臭い壮年の男性。彼が一体どんなルートでこれらを手に入れたのか気になりつつも、テスタメントが喜びそうなものがないと分かるとジョニーは店から視線をそらし、次の店に向かった。

「店売りのオカルトグッズって言ってもアレはマズいわな……」

 骨董品の中に紛れていた、一つだけ異様な雰囲気を持つそれに関してはあえて見なかったことにし、気持ちを切り替えるように次に目についた店を覗く。そこはどうやら土産物屋のようで、いわゆるプロミスリングや、それに似た刺繍糸を使ったアクセサリー、高山に生息する動物のぬいぐるみ、置物などが並んでいた。
 店の主は民族衣装と思しき布を纏った若い女性だった。商売慣れしているようで、愛想の良い笑みを浮かべながらお安くしとくよと声をかけてきた。
 売っているものはどれも比較的安価で、一番高いものでも100W$はしなかった。身内に土産として贈るならば申し分ない物と値段だ。だが、恋人に贈るとなると少し違う気がする。

「兄さん、何か探しものかい?」

 両手に収まるサイズの、もふもふとした動物のぬいぐるみを見つめながら思考を巡らせていると、その様子が気になったのか、店主がジョニーに声をかけてきた。

「……ああ、ツレがもうすぐ誕生日でな。良い贈り物はないかと探してる最中なんだが……なかなか見つからなくてねえ」
「へえ、そのツレってのは兄さんの女かい?」
「女……あー、まあ……そうだな。そんなところだ」

 女なのか。そう問われて、ジョニーは一瞬返答に迷った。テスタメントは両性具有だ。本人曰く、男でもあり、女でもあると。その事実を知ったのは恋仲になる少し前のことだ。打ち明けられた当初は驚き、戸惑ったが、今では当たり前のように受け入れている。ただ、事情を知らない第三者に説明をするとなると少々ややこしく、その時その時で何とか暈して乗り切っている。今回も、女性であるというのは決して嘘ではなかった為、ジョニーは照れ隠しのふりをして言葉を濁しながら頷いて見せた。

「はは! なるほどねえ。兄さんみたいな良い男の相手となれば、また良い女なんだろうねえ」
「そうとも。ああ、レディも勿論良い女だぜ? その太陽のように輝く見事なブロンドヘア。南国の海を思わせる青い眼差し。エスニックなファッションもそそられる。用事がなければ、この後お茶にでも誘うところさ」
「おやまあ、世辞でも嬉しいよ。ありがとうね」
 
 会話の流れで女性を褒め、口説こうとするのは最早本能だった。それでも以前ほど熱烈なアプローチはしない。彼女の言う通り、テスタメントは良い女だ。見目は勿論、すらりとした長身でスタイルも抜群。生まれた時代が違えば、その外見を活かし、俳優やモデルとして活躍していたかもしれない。そういえば、ファッション誌のモデルに興味があると何時だったか話していた。更に、テスタメントの良いところは外見だけに収まらない。内面だってーー少々変わっていると思うところもあるがーー困っている人がいれば誰であろうと手を差し伸べる優しさを持つ。そんなテスタメントの良さに気付いたのは、悪魔の棲む森での騒動が落ち着き、一緒に酒を飲むようになってからだった。どうしてそれまでその良さに気付かなかったのかと、ジョニーは過去の自分を恨むほど、テスタメントに惚れ込んでいた。

「そのヒトが喜びそうなものがウチにあれば良いけどねえ……」

 そう、問題はそこだ。ぬいぐるみは子供っぽい気がするし、置物は扱いづらい。アクセサリーは最初から選択肢にない。やはりここにもプレゼントとなるようなモノは無いのか。

「……うん?」

 並んでいる商品を一通り眺めたところで、ジョニーは売り場の端の方に置かれている物体に気付き、サングラスの下の瞳を細めた。土産物の中に混ざり、ひっそりと存在しているそれは土の付いた小さなジャガイモだった。

「レディ、このジャガイモも商品なのかい?」
「ああ、それかい。アンデスの栗じゃがっていう品種でね。この辺りじゃ滅多に出回らない希少品種だよ」
「アンデスの栗じゃが?」
「そうさ。元々この辺り一帯で栽培されていたジャガイモなんだ。知り合いから貰ったんだけど、あたしはあんまりジャガイモが好きじゃないんでねえ。欲しい人がいれば譲ってやろうと思って、こうして土産と一緒に置いてたのさ」
「へえ……美味いのかね?」

 見たところそのジャガイモは小ぶりで、見た目だけではあまり美味しそうには見えない。希少だと言っても、これでは売れないのではないだろうか。ジョニーが訊ねると、店主は「さてねえ」と首を傾げて見せた。

「栗じゃがって言うくらいだから甘いとは思うけど。まあ、それ自体は種芋だからすぐには食べられないよ。植えて育てて、実ったやつを食べないと」
「……なるほど」

 店主の説明を聞き、納得すると同時にジョニーの脳裏に過去の記憶が蘇った。いつだったか、テスタメントと一緒に酒を飲んでいた日。最近ハマっているものの話になり、テスタメントは家庭菜園を始めたと言っていた。ガーデニングで花を育てていたところ、野菜を作ることにも興味を持ち、初心者でも育てやすいナスやミニトマトをプランターに植えたのだと。慣れてきたら家の庭で畑作業をしたいと、笑顔で話していた。そのやり取りをしてからもう数ヶ月は経っている筈だ。テスタメントのことだから、宣言通り庭に畑を作っているだろう。ならばこの種芋はちょうど良いかもしれない。何せテスタメントは自他共に認める大の芋好きだ。ポテトと名の付くものには目がない。もしこの希少だと言われる種芋をプレゼントすれば。間違いない。アリよりのアリだ。趣味であるガーデニングをしながら、大好きなポテトを自分で育て、最終的に食べることができる。喜ばない筈がない。

「レディ、その種芋を譲って欲しいんだが……幾らになる?」
「おや、買ってくれるのかい? 兄さんなかなか良い男だからねえ、本当は希少で値が張るんだけど、お安くしとくよ」

 思いがけないところで、テスタメントへのプレゼントは決まった。 見た目の華やかさはないが、大事なのは本人が喜ぶかどうかだ。後は渡す瞬間の雰囲気を上手く作れば何とでもなる。梱包はどうしようか。渡す場所は、時間は。そして相手を祝福する言葉は。考えるだけで年甲斐もなく胸が高鳴る。
 早くもテスタメントがプレゼントを受け取り、喜ぶ姿を想像しながら。ジョニーは支払いをするべく財布の収まる懐に片手を差し込んだ。



 
 数日後。
 その日は朝から良く晴れていた。前日の雨が嘘のように澄み切った空。気温は5月の上旬とは思えぬほど上昇し、長袖では暑いほどの陽気となった。こんなに暑くなるのは、はっきり言って予想外だった。天気予報も微妙に外れた。

「やれやれ、こうも暑いと化粧が崩れてしまいそうだ。日傘を持ってくるべきだったかな」

 燦々と降り注ぐ陽光に目を細めつつ、テスタメントは失敗してしまったと溜息を溢した。
 デートしよう、と。ジョニーが声を掛ける前にテスタメントの方から誘ってきた。自分の誕生日なのだから、ジョニーは付き合って当然。存分に祝うと良い。以前のテスタメントなら考えられない思考だが、 どこか得意げに言う姿も微笑ましい。そんなテスタメントの今日の服装は、普段の黒基調ではなく、春らしいピスタチオカラーをベースにしたユニセックスコーデだった。長い髪は丁寧に編み込まれており、化粧も気合を入れて時間を掛けてしてきたのだろう。最新の流行を取り入れ、素体の良さを最大限に引き出した姿にセンス、技術共に見事なものだとジョニーは感心した。
 
「ま、もう少しすりゃあ日も沈んで涼しくなる。それまでの我慢さ。お前さんの為に良い店を確保してあるんだ。」
「ふむ、期待して良いのかな?」
「当然、俺のエスコート力を甘く見ちゃあいけないぜ?」

 何だかんだで、プレゼントを贈る流れを作るためにデートプランも考えた。昼間は街中でショッピングをし、夕方には街外れにあるレストランでディナーを楽しむ。世間のカップルがしているものと何ら変わらない、至って普通の、一見特別感のないデートだ。けれどその普通が、テスタメントにとって特別なものになることをジョニーは理解していた。レストランは高級ではないが、個室があり、窓から美しい夜景が見える隠れ家的な店を予約した。ジョニーが過去に何度も足を運んでいる店であり、料理の味はお墨付き。二人きりの空間で、ムードは満点。喧騒から隔離され、邪魔も入らず、誕生日を祝うにはうってつけの場所だった。

「では大いに期待しよう。頼んだよ、頭領」

 暑さに対する不満はあるものの、今のところテスタメントはこのデートを楽しんでくれているようだった。ならば後はディナーを共にし、用意したプレゼントを渡すのみ。本日最大の見せ場にして山場。テスタメントにプレゼントを渡す瞬間を想像して、ジョニーは柄にもなく自らが緊張しているのを自覚した。 

「オーケー、任せときな」
  
 失敗する気はしないが、それでもテスタメントがどんな表情をするのか分からない。多少の不安はある。しかしここまで来たのだ。腹は括らねばなるまい。
 西の空に沈みつつある太陽を一瞥し、ジョニーはテスタメントの歩調に合わせ、共に目的地へと向かった。

 

 
 店に到着すると、顔馴染みとなっている店主がジョニーたちを出迎えてくれた。既に予約した際に話は通していた為、店内でも窓からの景色が一番良く見える個室に案内してもらった。
  
「誕生日、おめでとさん」

 互いに向かい合う形で席に着き、店主が乾杯用の酒が注がれたグラスをセッティングして下がっていったのを確認してから、ジョニーは用意していたプレゼントをテスタメントに差し出した。赤い包装紙に、白いリボン。流石に中のモノをむき出しの状態で渡すわけには行かず、 包装紙とリボンはギフトショップで購入し、土や汚れを落としてからリープに包んでもらった。出来ることならそこまでも自分でやりたかったが、下手に包んでぐちゃぐちゃになってしまっては台無しだ。かと言って、事情を知らないクルーに任せるのも難しく。最終的に快賊団の中でも古株で、ジョニーが最も信頼を寄せているリープに頼む形となった。
 
「ありがとう……開けてみても?」
「ああ、勿論さ」

 一応、見た目は小洒落た形に収まっている。宝石のような華やかさはない。高額なものでもない。あれだけ毎日何を贈るべきか悩んでいたのに、最終的にその場の直感で決めた。けれど、後悔はしていない。テスタメントがリボンを解き、包装紙を開いていく様を、ジョニーは黙って見つめていた。
 
「……これは?」

 中から現れた、小ぶりのジャガイモ。正確には、種芋。予想していたものと違ったからか、テスタメントは少々驚いた様に目を丸くし、ジョニーに詳細を訊ねる。
 やはり、もっと洒落たモノにした方が良かっただろうか。サプライズにはなっているように見える。良い方か、悪い方か。まだ判断し難いが。
 けれどそんなジョニーの心配は、テスタメントの次の反応で綺麗に消し飛んだ。
 
「アンデスの栗じゃがっつーんだと」 
「アンデスの栗じゃが!?」

 種芋の種を聞いた瞬間、テスタメントは物凄い速さで食い付いてきた。ジョニーが口にした名を普段よりも大きな声量で復唱し、信じられないものを見る様にジョニーと手元の種芋を交互に見つめる。

「おっ……おま、お前……っ、これを一体……どこで手に入れた!?」
「おいおい、どうしちまったんだ。まずい代物だったか?」

 予想外の動揺の仕方だった。良く見ると手元がぷるぷると震えている。あの露店で店主に勧められるまま購入したが、危険なものだったのだろうか。いつも落ち着いていて、何事にも動じず、ジョニーほどではないが危機的状況でもウィットに富んだ反応を見せるテスタメントが、種芋に驚愕し、言葉を上手く紡げずにいる。
 一先ずは落ち着いて貰おうとジョニーが両手で制し、数秒の間沈黙が下りる。その後、テスタメントは種芋を穴が空くほど凝視しながら説明を始めた。

「アンデスの栗じゃがはとても貴重なんだ。この辺りの市場ではまず出回らない。一度通販で買ってみようと思ったんだがどんなに探しても売り切れだったし、ようやく見つけたと思ったら紛い物の商品だった。知っているか、このジャガイモは普通のものよりも中が鮮やかな黄色で、栗の……いや、サツマイモだろうか、とにかく甘い風味が特徴だ。食感はホクホクとしていて、それでいて濃厚な口当たり。元々生産数が少ない品種で、それが聖戦の影響で更に希少なものとなってしまった。ああ、まさかお前がこれを見つけてくるなんて信じられない。今日は何て素晴らしい日なんだ! 本当に貰って良いのか!?」
「ああ……その為に手に入れたからなあ」

 早口で語られる栗じゃがへの愛。重い。重すぎる。ジョニーに向けてくる愛情よりも遥かに。好きなものに対し饒舌になる人間はそれなりにいるが、まさかこんな間近にいるとは思わなかった。厳密に言うとテスタメントは元人間で、今はギアであるが。深く突っ込むのは野暮というものだ。

「……ありがとう」

 一頻り熱く語り、一息吐いて。静かに紡ぐ感謝の言葉と、幸せそうに微笑む顔。この上なく嬉しそうなこの姿こそ、ジョニーが見たいと思っていたものだった。その前の語りには少々ーー否、大分驚いたが。

「喜んで貰えたようで何よりだ」
「ああ、まさかお前がこんなに素敵なものを見つけてくるとは思わなかったよ。ふふ、これを植えて育てて、実った栗じゃがで何を作ろう。今から楽しみで仕方がないよ。もちろんお前にも振る舞おう。 ……そうだ、お返しではないがお前の誕生日には何を贈れば良い? お前が望むものがあれば、何だって手に入れて見せるよ」

 何しろこんなにも素敵なプレゼントを貰うことが出来たのだから。ジョニーが今日のためにどれだけ苦労したのか。テスタメント自身は知る由もない。だが自分の事を思って、誕生日のプレゼントを選んでくれた。その事実が何より嬉しくて。テスタメントは目を輝かせ、早くも数ヶ月先であるジョニーの誕生日の事を挙げ、目を輝かせながら訊ねた。
 
「そうだなあ……またこうしてお前さんと過ごす時間が欲しいな。プレゼントは……お前さんのセンスに任せるよ」
「何だ、欲がないな?」
「そうでもないさ。何なら、お前さんと同じくらい欲張りだと思ってるぜ?」
 
 ここ数週間の努力が報われ、ジョニーもまた、晴れ晴れとした表情でテスタメントに頷いて見せた。欲しいものはそれなりにあるが、それらを差し置いてもテスタメントと共に過ごす時間の方が大切だった。欲がない、というテスタメントの言葉には緩く頭を振り、誕生日を楽しみにしている旨を伝えるとシャンパンの注がれたグラスを持ち、掲げて見せる。
 
「テスタメント」
「……ああ」

 乾杯をしようとしている動作を見たテスタメントも手元のグラスを取り上げ、ジョニーのそれへと寄せる。二人きりの空間で本当に良かった。今のテスタメントは幸福に満たされ、表情が緩み放しだった。こんな姿、誰にも見られたくない。目の前にいる世界一の伊達男、ジョニー以外には。絶対に見せたくない。
   
「ハッピーバースデー」

 穏やかな表情で紡がれるジョニーの言葉と共に。二人はグラスを前に傾け、祝福の音を鳴らした。
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