【GG】Johnny✕Testament

「お前とこうして飲むのは、久しぶりだな」

 深夜のメイシップ。
 ジョニーが自室に設けたバーカウンターに並んで座り、テスタメントはグラスを持ち上げながら呟いた。

「そうだなあ。最後に飲んだのは……二ヶ月前か?」

 この日の為に用意したブランデーの瓶を傾け、掲げられたグラスに注ぎ込む。テスタメントの飲み方は大きめの氷を入れたオンザロック。ジョニーはそのまま、ストレート。乾杯、と。互いのグラスを軽く打ち鳴らし、それぞれ端に口を付ける。
 ディズィーが快賊団を抜け、テスタメントが森に残ってからも、ジョニーとの交流は続いていた。大体ジョニーから声を掛け、テスタメントを森から連れ出し、互いの近況報告と称して行きつけのバーやこのメイシップで酒を飲む。不定期ではあったが、いつしかそれは当たり前の行事となっていた。

「しっかし、相変わらず慎重に飲むじゃあないの」

 酒に慣れているジョニーは、ストレートでも構わずぐいと飲む。対して、テスタメントは酒の香りや味を楽しむように一口ずつちびちびと飲んでいた。

「またお前に迷惑をかける訳には行かないからな」

 初めてジョニーと酒を飲んだ時、テスタメントは盛大に失敗した。ギアに改造されてから、酒を飲む機会など全くと言って良いほど無かった。一応、騎士だった頃は仲間たちと共に酒を飲み交わすこともあったが、自身の体質の事などすっかり忘れていた。そう、下戸だったのだ。
 ジョニーに勧められるまま、気持ち良く飲んでいた。その時は気分が高揚し、とても気持ち良い状態だった。だがそれから暫くして視界がふわふわし始め、更にじわじわと吐き気がこみ上げてきて。気付けば、トイレで嘔吐していた。あの時背中を擦ってくれたジョニーの心配そうな視線が今でも忘れられない。結局、夜明け前までトイレから出ることが出来ず、申し訳ないやら情けないやらで、穴があったら入りたい気持ちだった。

「なぁに、酔っ払いの相手は慣れてるさ。そんな前の事を引き摺る事はない」
「お前が良くても私が嫌だ」

 もう二度と、あんな醜態は晒すまい。心に誓い、それからテスタメントは自らがどこまで飲んでも大丈夫なのかを慎重に見極め、酒を飲むようにしていた。良く酒は飲んで吐いて慣れるものだと聞くが、その気持ちで毎回飲んで吐く等と、幾ら気の知れたジョニー相手でもテスタメントのプライドが許さなかった。幸いにも、酒の味の良し悪しは分かる。大量に飲めなくても、飲める範囲で楽しめればそれで良い。そう思っていた。

「まぁ、また気分が悪くなったりしたらすぐ教えてくれ」
「……分かった」

 今夜ジョニーが用意してくれたブランデーは、リンゴの香りが広がる爽やかな味だった。飲みやすい印象をテスタメントに与えたが、これは調子に乗って飲むとまた大変な目に遭う。気を付けねば、と内心喚起し、非常にゆっくりとしたペースで飲み進める。
 その間に、ジョニーとテスタメントは恒例となっている近況報告を始めた。カイの元に嫁いだディズィーは幸せに暮らしているだとか、彼女が森で特に可愛がっていたリスは今年子を産んだだとか。それから世界情勢、特にギアに関する各地の動向。今回は特に大きく取り上げるような話題はなく、そう長い時間は掛からなかった。

「前から聞こうと思っていたんだが」

 後はもう、適当な世間話、雑談になるだろうと。ジョニーがそう思った矢先、テスタメントが口を開いた。

「お前は、どうして快賊をしているんだ?」
「……まぁた今更な質問だねえ?」
「気になったんだ」

 ジェリーフィッシュ快賊団。その活動内容は困っている者たちを助ける謂わば義賊で、裏社会では有名な実力組織だ。団員たちは皆、ジョニーによって保護された孤児たちで、多くの団員があのメイシップに乗組員として乗船している。ディズィーも、一時世間の目から隠すために保護されていた。
 彼なりの正義の元、活動しているのは知っている。ただ、その根底にある、彼自身を動かす何か。それが知りたくて、テスタメントは純粋な好奇心からそう訊ねた。
 テスタメントは悪気があって聞いている訳ではない。それは分かっていたが、ジョニーはその質問を投げかけられた瞬間、語るのを躊躇した。困っている者、泣いている者、苦しんでいる者は放っておけない。そう言うのは簡単だ。嘘でもない。ただ、そう思うようになったきっかけは。

「……俺の親父は、俺が13歳の時にギアに殺された」

 数秒の沈黙の後に、視線を自らのグラスに落とし、語り出す。重い一言。それを聞き、テスタメントの目が大きく見開かれた。

「優しい父親でな。誰よりも尊敬できる人だった。だから、当時は凄いショックだったなあ。それからしばらくは自棄になってた。でもな、当時は聖戦時代。戦災孤児になってたのは、俺だけじゃあない。それどころか、俺以上に苦しんだり、悲しんだりしてる奴はたくさんいたんだ」

 この話は、今までに誰にもしたことがない。快賊団のクルーにも、剣術の師匠にも、情熱的な一夜を共にした女性にもだ。それこそ、墓まで持って行くつもりであった。心の傷を、弱さを晒け出す。抵抗が無かった訳ではない。何故この話を目の前の存在に明かしたのか。信用に足ると思った。それはある。こうして会い、言葉を交わしていく内に、このギアは頑固だが誠実な人物であると判断した。それでも、今この場で、酒の力があったとは言え、すらすらと打ち明けた事に、ジョニー自身軽く驚いていた。
 酒の場で話すには、余りにも重い話だった。それでも、テスタメントは黙ってジョニーの話に耳を傾けた。

「そいつ等を見て、手を差し伸べたいと。そう思ったのさ。俺の親父みたいに、な」
「…………」

 父親との死別。子供にとって、それがどれほど辛いものなのか。かつて孤児であったテスタメント自身、良く知っている。そして、孤独と絶望の淵から引き上げてくれた人物が、どれほど眩しく、自分の中で大きな存在であったのかも。

「……お前は優しいな」
「なぁに? 今更気付いたのかい?」
「いや、知ってたさ」

 彼は、ジョニーは強い男だ。実力だけでなく、その心も。きっかけとなる存在が居たとは言え、深い闇の底から這い上がり、立ち直ってみせた。並大抵のことではない。そして、今は自らが、救いの手を差し伸べる立場に在る。ジェリーフィッシュ快賊団のクルーたちが彼を慕っているのも頷けた。

「私の父も、そういう人だった」

 ジョニーの話が一区切りついた所で、今度はテスタメントの方から話し始める。瞳を閉じ、思い浮かべるのは、聖戦時代の英雄。聖騎士団団長として、半世紀以上に渡ってギアと戦い続けてきた最強の竜殺し。そして、自身を救ってくれた、偉大なる父。

「お前を見ていると、父を思い出す。 ……父も困っている人を放っておけない人だった。とても強くて、優しくて。太陽の様だった。弱かった私は、いつも勇気付けられていたよ」

 義理の親子であったが、その絆は本物であったと思っている。そしてそれ故に、孝行することが出来なかった事が悔やまれる。最期に見たのは、血塗れになった己を見て嘆き、悲しむ姿だった。まともに弔うことも出来なかった。元聖騎士団によって墓は立てられたが、墓参りにはまだ一度しか行けていない。
 テスタメントもまた、こうして身の上の話を他人にするのは初めてだった。正直、まだ人間の事は信じきれない。欲望の為に平気で他者を傷付けるし、時には裏切る。そんな中でも、目の前の男に関しては、もしかしたらという、小さな希望を見出していた。
 
「そいつは光栄だ。だが、俺とお前さんの親父さんとは一つ違うところがある」
「違うところ?」

 随分とはっきりとした物言いに、テスタメントは緩く首を傾げる。生き様は似ていると思ったが、そこまで明らかに異なる箇所があっただろうか。
 テスタメントが不思議そうにジョニーを見返す。それに対し、ジョニーは口元に笑みを浮かべ、言葉を発した。

「俺の方が、ハンサムだってところさ」

 親指をぐっと立て、自らを指し、ポーズを決める。ここで白い歯を見せたりでもすれば、大抵の女性はジョニーに惚れる。誰もが認める、完璧な伊達男。
 だが、テスタメントはそんな気障なジョニーの言動を見て軽く目を見開いたまま、何も言わずに固まっていた。

「…………」
「…………」

 まずい。滑ったか。軽いジョークのつもりで言ったが、逆効果だっただろうか。ジョニーとしては、この少し重たい、辛気臭くなった空気を吹き飛ばそうと思っての発言だった。先程よりも沈黙が重く感じられる。せめて「それはちょっと」などと笑い飛ばしてくれれば傷は浅くて済む。「そうかもな」と気を遣って言われてしまえば、もうロケットになって宇宙の彼方に飛んで行ってしまいたい。何ならあのダンディ吸血鬼に星にされ一句詠まれた方がマシだ。

 だが。

「ふ、はははっ……!」

 沈黙を破ったのは、テスタメントだった。肩を震わせたと思った瞬間、口を開け、声を上げて笑い出した。

「……へ?」
「あっはは、はは……ッ! ハンサム。なるほどハンサムか……っ!」

 テスタメントが笑った。今までも笑う姿は何度か見てきたが、こうして声を上げて、心底楽しそうに笑うのは初めて見た。

「そんなにツボっちまったかい?」

 想定外の反応に、ジョニーの方が戸惑う。だが、悪い気はしなかった。人の笑顔というものは周りの心を穏やかにする。心から笑ってくれているなら、それはとても良い事だ。
 ただ、目の前で笑うテスタメントを見て。ジョニーは一瞬、自身の心臓が大きく脈打ったのを感じた。別に体調が悪い訳ではない。多少酒は入っているが、意識はしっかりしている。緊張もしていない。では、これは、一体。

「く、くくっ……まあ、そういう事にしておいてやろう」

 やっと笑いのツボから開放されたのか。それでも未だ笑い声を漏らしつつ、テスタメントは目尻に滲む涙を拭い、頷き返す。
 まさか場を和ませようとして放った言葉が、ここまでウケるとは思わなかった。何が彼のツボにハマったのだろうか。謎である。

「もう一杯行けそうかい?」
「いただこう」

 何れにせよ。
 今はまだ、気付かないふりをしていよう。その方が、きっとお互いに幸せだ。そうに決まっている。
 けれど、いつか。その気持ちに向き合う時が来たならば。その時は、真摯に向き合おう。ジョニーは密かに心に決め、差し出されたテスタメントのグラスに瓶を傾けた。

 そうして夜は更けていく。
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