【GG】Asuka×Chaos
最近は負けてばかりだった。
飛鳥の勝ちに対する執念は思っていたよりも凄まじく、手段を選ばない戦い方にケイオスは後れを取っていた。
故に、そろそろ自分も勝ちに行って良いだろうかと。今日は飛鳥のやり方を少し真似てみる事にした。正攻法で勝てないのならば、非常識を用いるまで。ずるをしている自覚はあった。けれど負けてばかりでは第一の男の名が廃る。過去の栄光とは言え、仮にも世界の最高峰に立っていた男だ。それが弟子に負け続けているなど、他の者が見たら何と言うか。少なくとも、目の前の彼以外の弟子は嘆くだろう。
そんな気持ちで、ケイオスは今日の戦いで月の剣の出力を少しだけ上げた。流石に最大出力は星の危機になりかねないので、本当に少しだけだったが。それでも効果は覿面で、先日まで優位に立ち回っていた筈の飛鳥は簡単に敗北を喫した。
「飛鳥くんはさあ、セックスしたことある?」
くるくると月の剣を手中で回転させ、腰のホルスターに収めながら問う。先程の戦いで片足を撃ち抜かれた飛鳥はケイオスのすぐ近くにある大岩に背を預け、荒い呼吸を繰り返していた。
「随分と、唐突な……質問、ですね……それを聞いて、何になる、と……言うのです……?」
ケイオスが飛鳥に対し、突拍子もない質問をするのはいつもの事だった。昔はもっとまともだった筈なのに、と。飛鳥が遠い過去の記憶を掘り返そうとした所でケイオスは大仰に手を広げ、肩を竦めて見せた。
「質問に質問で返すのかい? 全く、そういう所は変わらないね」
そう言えば、昔からそれで良く怒られた気がする。こんな所で思い出すような事でも無いけれど。
視線をケイオスから自らの足首へと落とした。動脈をやられたのだろう。傷口は小さいが、止め処なく血が溢れ、大地に染み込んで行く。放っておけば失血で意識を失うだろう。処置が遅れれば最悪死に至るーー普通の人間ならば。だがこの程度の怪我であれば、飛鳥ならどうとでもなる。
傷の処置をしようと片手をその部分へ伸ばしかけたところで、ケイオスが靴先が間に割って入った。どうやら先に質問に答えないと処置をさせて貰えないらしい。
「……ありませんよ。そういう関係になりそうな相手も居ませんでした。師匠だって知っているでしょう?」
「んふふ、そうだったね」
お互いに研究者時代は知識を吸収することしか考えてなくて、三大欲求の全てを疎かにしていた。何よりも知識欲が勝り、睡眠を忘れ、時には食事も取らずに研究に没頭した。当然、セックスなどする機会もなかったし、そういう相手もいなかった。正直、性欲があったのかも怪しい。
「それじゃあ」
飛鳥が過去を振り返っていると、ケイオスが屈み込み、顔を覗き込んで来た。サングラス越しに見える瞳には愉悦の色が滲んでいる。ぞわ、と。背筋に悪寒が走った。こういう目をしているケイオスは、ろくな事を考えていない。
「僕が卒業させてあげるよ、童貞を」
「……は?」
何を言っているのか理解出来なかった。否、理解は出来たが、どうやってそれを実行するのか想像できなかった。
童貞。即ち異性との性行為の経験が無いこと。主に男性に対し用いられる。ケイオスは男だ。その見た目からも分かる通り、異性ではない。どうやって飛鳥と致すと言うのか。
飛鳥の怪訝そうな表情を見て、彼の言わんとしている事を理解したのか。ケイオスは唇に弧を描き、にんまりと笑う。やがて緩慢な動作で立ち上がり、何やらぶつぶつと唱え始めた。呪文のような、演算のような。何かを実行に移す為の合図らしいそれを飛鳥が警戒しつつ見詰めていると、ケイオスの全身にノイズが走った。チリチリと目障りなそれはケイオスを構成する要素ーー細胞を変化させているらしく、徐々にそのシルエットが丸みを帯びて行っているのが分かった。
「…………師匠、それはーー」
やがてノイズが消え去り、そこに立っていたのは『彼』から『彼女』へと変化したケイオスだった。飛鳥よりも高かった身長は飛鳥と大差無い程度に縮み、筋肉質だった体躯は細くしなやかになり。胸と尻は大きく、腰は引き締まって。こんな状況で無ければーー師とは言えーーその魅惑的な姿に見入っていたかもしれない。
「今の僕に性別なんて、あってないようなものさ。少し体の情報を弄れば、見た目なんて幾らでも変えられるんだよ?」
ただ、服装には一切手を加えなかったようで。上半身にジャケットを羽織ったままの姿故に、乳房は丸出し。ウエストも細くなっているせいでズボンがずり落ちそうになっており、傍から見れば露出狂の痴女でしかなかった。そういう所に頓着が無いのは、ケイオスらしいと言えばケイオスらしいのかも知れないが。
得意げに語るケイオスに対し、飛鳥はこめかみの部分を軽く押さえながら唸った。昔から師匠は特定の分野では素晴らしい才能を発揮するが、そうでない所では控えめに言って残念な部分が多かった。それは今でも変わっていないらしい。色々と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、返す言葉を探していると、ケイオスは再び飛鳥の目の前に屈み込み、手を伸ばして彼の頬に触れた。
「……ッ、師匠! 悪ふざけは」
「僕は割と本気だよ?」
何が楽しくてかつての師に童貞を卒業させられなければならないのか。別に貞操観念が強い訳ではないが、この状況で致すのははっきり言って異常だ。嫌悪感を露わにしても、ケイオスは意に介した様子も無く。嫌らしい笑みを浮かべながら頬に触れた手をゆっくりと下に下ろし、顎のラインをなぞりながら首筋へと這わせた。
「やめて下さい……そういう趣味は」
「どういう趣味?」
「だから、それは……ッ!」
抗議の声は、首筋に走った痛みによって強制的に止められた。それまで優しく撫でていたケイオスの指先が突然、首筋の皮膚に強い力で爪を立てて来た。裂ける程のものではなかったが、食い込んだ箇所はへこみ、薄っすらと赤くなっている。
飛鳥の顔に浮かぶ嫌悪と戸惑いの色は一層濃くなり、何とかして拒絶しようとケイオスの肩を両手で掴む。しかし押し退けようとした所で片足の痛みを思い出し、弱い力しか出せずに終わった。
「取り敢えず、僕を退かす前に足の治療をしたら?」
「師匠が……退いたら、治療します」
「それじゃあ君、死んじゃうよ?」
退くつもり無いから。死刑宣告にも似た言葉をにこやかに飛鳥へ突き付け、ケイオスは彼の首筋に突き立てた指をハイネックの襟に引っ掛けた。その瞬間、指先にノイズが走り、それまで普通の爪だった箇所がナイフのように鋭利な形状へと変化する。ケイオスはそのまま勢いを付けて爪を下へ引っ張る事で、飛鳥の纏う衣服をあっさりと裂いて見せた。しかし器用なもので皮膚には傷一つ付けず、衣服の身をーーそれこそ下半身を守る袴の帯まで綺麗に裂いていた。どこでそんな技術を身に着けたのか。こんな状況でなければ、飛鳥はケイオスに訊ねていただろう。
「ひ」
「うわ、真っ白。全然日焼けしてないね。着込みすぎだよ。ソルを見習ったら?」
「彼は関係ないでしょーー……っうァ!」
「昔の僕もそうだったけどさあ、もう少し筋肉は付けるべきだよね。君は魔法に頼り過ぎだ」
ケイオスの前に晒された飛鳥の身は色白で、どちらかと言うと華奢な体躯だった。昔から研究に没頭していて、筋トレとは無縁の生活を送っていた。同じ科学者だったソルーー当時のフレデリックは無駄に筋肉質であったが、どうすればあんなに筋肉ムキムキになれたのか。今更ながら聞いてみれば良かったと思う。実際、筋肉のない飛鳥の体は軟弱で、不摂生が祟って体調を崩すこともしばしばあった。筋肉が全てを解決する、なんて何処ぞの誰かが言っていたような気もする。
ぺた、とケイオスの掌が飛鳥の胸元に触れる。普通の人間よりもひんやりしている様に感じられるのは、ケイオスが既に人ならざる存在である為か。その冷たさに反論の言葉は途切れ、代わりに悲鳴の様な声が出た。そんな飛鳥の反応が期待通りだったのか、ケイオスは楽し気な笑みを浮かべながら無造作に胸元を撫で回し、やがて真ん中にある二つの突起に指を這わせた。
「綺麗なピンク色。自分で触ったりもしなかったの?」
「す、するわけ……」
「だよねえ」
「に゛ッ……! ァうっ!?」
最初は掠める様に悪戯に。やがて指先でつんつんと突付き、摘まみ上げる。初めて受ける感覚に飛鳥は思わず悲鳴を上げた。ケイオスの言う通り、自分で触った事などない。飛鳥の反応が面白かったのか、ケイオスは笑みを深め、飛鳥の乳首を捏ね、潰し、自ら吸い付いて見せた。初めてだと言うので、手加減はしてやるつもりだった。どうやら舌で捏ねられるのが『好い』ようで、最初は柔らかかったその部位は直ぐに硬くなり、悪戯に歯を立てると大きく体を震わせた。
「……ああ、ほら。治さなきゃダメだってば」
ケイオスが視線を飛鳥の足元へ向けると、撃ち抜かれた傷口は未だ治療を施されておらず、地面に赤い染みを広げ続けていた。流石にこれ以上の失血は命に係わる。ケイオスの行為に気を取られ過ぎて、思考がそこまで回っていないのか。頬は紅潮しているが、それを差し引いても先程よりも顔色が悪くなっているように見える。致し方なし、と。ケイオスは一度飛鳥の乳首から片手を離し、飛鳥の足首へ移動させると自らが撃ち抜いたその箇所に法力を集中させ、傷を塞いでやった。
「う、あ……?」
「応急処置だよ。傷を塞いだだけで、出て行った血液の補填まではしていない。まあ、君なら大丈夫だと思うけど」
致している最中に死なれても困る。それは飛鳥を思いやっての事なのか、或いはケイオス自身がつまらなくなるからなのか。ケイオスの行動の意図は相変わらず読めない。何にせよ、ケイオスのお陰で飛鳥は多少動けるようになった。これならば、隙を見てケイオスを自身から引き剝がすことが出来そうだ。
そうして痛みが和らぎ、飛鳥が安堵したのも束の間。飛鳥の足を癒したケイオスが、今度はその手を飛鳥の下半身ーー股間部分へと伸ばしている事に気付き、飛鳥は片目を大きく見開いた。
「し、師匠っ……ダメです、そこは……!」
裂けた袴の間から顔を出す、自らの性器。ケイオスはそれに触れようとしていた。今まで誰にも見せたことの無い、隠すべき恥部。それを今、あろうことかかつて尊敬していた師が暴き、触れようとしている。羞恥と焦燥に、飛鳥は反射的に制止の声を上げ、その手を阻もうと自らの手を伸ばした。
「言う割に硬くなってない?」
「ひっ、う゛ーー!」
しかし、ケイオスの方が僅かに早かった。飛鳥の先端を包み込む様にして握り、きゅっと力を込める。その小さな刺激だけで、飛鳥の体は驚くほど過敏な反応を見せた。抵抗しようとした手は虚空を凪ぎ、飛鳥は全身を戦慄かせ、必死に首を横に振る。その様子を見つめながら、ケイオスは既に硬くなりつつある飛鳥の性器を根元から扱き上げ、時折鈴口に爪を立てて弄った。
「あッ、ぐ……ッ! し、しょ……それ、ダメで……っ!」
「ダメな事ないでしょ? ほら、どんどん硬くなってきてる。分かる? 見てみなよこのペニス。軟弱な君のものとは思えない。立派な雄の象徴だ」
女性の姿になっても、べらべらと喋る性質は変わっていない。恥ずかしげもなく、平然と事実を伝え、飛鳥の羞恥心を煽り続ける。その口を塞いでやりたかったが、そちらに意識が行けば飛鳥の性器は良い様に弄ばれ、逆にその手を止めようとすればまた死にたくなるようなケイオスの言葉責めが襲い掛かる。どちらにしても、飛鳥にとって拷問でしかなかった。
己に翻弄される飛鳥の姿を、彼の性器を扱きながら眺めていたケイオスは、何を思ったか突然その手を止めた。既に硬く膨張していた性器は先端から透明な液体が溢れ、ケイオスの手をしとどに濡らしている。やっと止めてくれた。飛鳥は下半身に与えられていた刺激から解放され、内心安堵するも。同時に言葉にし難い物足りなさを覚え、何とも言えない表情でケイオスを見つめていた。
「んふふ、期待しちゃった? 大丈夫、もっと気持ち良くさせてあげるから」
「……っ!?」
心を見透かされたような気がした。実際、体は気持ち良いと感じていたのだ。経験が無くたって、生態兵器の研究をしていた科学者なのだから、人体の仕組みは熟知している。ただ、師であるケイオスの手でそうされた事が、嫌だったのだ。心と体、それぞれの意思が異なるこの状況に、飛鳥は冷静さを少しずつ削ぎ落されていた。
飛鳥が内心戸惑っていると、ケイオスは座り込んでいる飛鳥の前で四つん這いに近い体勢を作った。今度は何をするつもりなのか。飛鳥が訊ねようとする前に、先程まで弄っていた彼の性器をケイオスは何の躊躇いもなく自らの口に咥え込んだ。
「ひゃ……ーーッ!」
温かな感覚に包まれ、飛鳥は思わず悲鳴を上げた。手で扱かれる以上の快楽が下半身から全身に駆け巡り、咥えられているその部位が一層熱くなる。ケイオスは卑猥な水音をわざと立てながら舌を巧妙に使い、根元から先端に掛けて刺激を与え、吸い上げた。
「やっ……だ! ししょ、う……ッ、も……でる……ーーッ!」
彼だって昔は経験が無かっただろうに、一体どこでこんなテクニックを覚えたのか。手でされただけでも達してしまいそうだった飛鳥のそれは、ケイオスの口淫によって呆気ない程簡単に絶頂へと達してしまった。出したくない、と思いながらも飛鳥は本能に抗えず、ケイオスの口内に白濁を吐き出すーー筈だった。
「……ーーあはっ、けっこう、出た……ね?」
あろうことか、ケイオスは飛鳥が射精する瞬間、咥えていたそれをわざと解放して見せた。それにより、ケイオスの口から飛び出した飛鳥の性器からは勢い良く精液が放たれ、その顔を白く汚して見せた。
「な、な……なん、で……ッ!?」
「そんなの、君の反応が面白いからに決まってるじゃん……うわあ、ドロドロしてる。なかなか濃いのを出したねえ」
顔面に吐き出された粘性のある白濁の一部を指先で拭い取り、まじまじと見つめながらケイオスが笑う。余りの恥ずかしさに、飛鳥の顔は耳まで赤くなった。本当に、気がどうかしてしまいそうだった。今すぐこの場から去りたい。可能であれば、自らか、ケイオスの存在をこの世界から抹消したい。羞恥心だけでここまで死にたくなるものなのか。痛みで死ねる自信はあったが、今なら羞恥心でも死ねる気がする。
元々白い顔が失血で青くなったり羞恥で赤くなったり。原因は分かっているが何とも面白い光景だと。ケイオスはくつくつと笑い、精液の付着した指先をしゃぶる様にして舐め取って見せた。それこそ、飛鳥の羞恥心を再び煽るように。同時に、彼の内にある浅ましい欲望を引き出そうとするように。
「さて、これからが本番だ。まさかこれだけで満足なんて言わないでしょ?」
「なっ……!?」
出すものを出したから終わりだと思っていたが、どうやら違うらしい。まだ行為を続けるつもりらしいケイオスの言葉に、飛鳥は表情を引き攣らせた。そう言えば最初に、童貞を卒業させてやると言っていた。つまり、筆下ろし。この状況でどうやって致すつもりなのか。少なくとも、飛鳥はケイオスとするつもりはない。ケイオスの中に挿入ろうとは思わない。だが、拒否したところでケイオスは聞く耳を持たない。
一体どうするのか。不安と戸惑いを隠さずに飛鳥がケイオスを見つめていると、ケイオスは一度立ち上がり、月の剣が下がるホルスターを外し、次いで穿いていたズボンと下着を無造作に脱ぎ捨てた。最早ジャケットしか羽織っていない、ほぼ全裸の状態。良く見ると、ケイオスの内腿は愛液と思しきそれが滴っていた。
「見てよ、これ。飛鳥くんの姿見てたらさ……僕も興奮して来ちゃった」
座り込んでいる飛鳥を跨いだ状態で仁王立ちし、これ見よがしにその部位を自らの指で広げ、見せ付けて来る。人気の無い荒野で二人きりとは言え、やっている事は完全に痴女である。人目に付けば、公然わいせつ罪で逮捕案件である。この場に自分たち以外誰も居なくて良かったと、飛鳥はこんな状況ながら心の底からそう思った。
恥部を見せ付けんとしてくるケイオスから少しでも視線を逸らそうと、飛鳥は眼下の地面を見遣る。先程うっかり露わになった部位を凝視してしまった。女性の裸を見たことが無い訳ではない。ただ、それは生態兵器の、ギア細胞の研究の過程で見たものであって、男女の関係になって見たことは無い。
正直、反応に困る。けれど悲しいかな、飛鳥の下半身は本人の意思に反してケイオスの裸体に反応し、再び質量を持ち始めていた。
「わ、飛鳥くんまた硬くなってきてるじゃん。やっぱり嬉しいの? 期待しちゃってる?」
「…………師匠、もうやめて下さい」
か細い声で、やっとの思いで飛鳥はそれだけ絞り出した。ここまで辱めて、これ以上ケイオスは何を望むのか。童貞の卒業なんてしなくて良い。何が楽しくて、ケイオスは自分と致そうとするのか。飛鳥には分からなかった。
「うーん、素直じゃないなあ飛鳥くんは。本当は最後までシたい癖に」
「そんな事は……」
「無いなんて言わせないよ」
それは鋭く、突き刺すような言葉だった。はっとして飛鳥がケイオスの方を見上げると、彼女は相変わらずにんまりとした笑みを浮かべながらそこに居た。笑っているのに、笑っていない。飛鳥の否定の言葉を遮る形で放たれたケイオスの言葉は、飛鳥の胸の内を暴かんとしているかの様に彼の心に突き立てられた。
「君が本当に嫌なら、拒むことが出来た筈だ。何の為に足の傷を治してあげたと思う? 反撃する隙だってあった筈だ。それも一度や二度じゃあない。その気になれば、君は僕をどうにでも出来たんだ。でも、君はそれをしなかった……『そういう事』なんだよ」
「…………ッ!?」
ケイオスの言う通りだった。負傷した足はそのままであれば立ち上がることも出来ず、飛鳥の体の動きを制限していただろう。体勢はやや不利だったが、手足を拘束されているわけでもなく、枯渇しかけていたマナも大分回復してきていた。飛鳥が本気になれば、目の前のケイオスを退ける事は出来たのだ。声を上げ、振り払い、魔法で距離を取ることは、決して不可能ではなかった。だがそれをしなかったのは、飛鳥が慣れない快楽に浸り、忘れていたからではない。無意識に、そうしていたのだ。
「そん、な……」
「認めなよ、本当は僕とシたかったんだって」
嘘だ。そんな事、ありえない。はっきりと否定したいのに、言葉が上手く出てこない。まさか自分は、形はどうであれ本当に師であるケイオスとセックスする事を望んでいたのか。セックスは、恋人や夫婦でするものだ。互いを愛していなければ、するべきものではない。そう思っていた。その考えは非常に古いものであったが、知識欲に特化した飛鳥が今日まで思考をアップデートする事は無かった。
その為、飛鳥は混乱していた。ケイオスとセックスするという事は、自分はケイオスの事が好きなのか。愛しているのか。否、そんな筈はない。どちらかと言えば嫌いだ。好きになる理由なんてない。
ーー……本当に?
そこまで考えた所で、頭の隅で声がした。飛鳥の今の気持ちが真実であるのか問うそれは、一体誰が発しているものなのか。無論、周囲には誰もいない。目の前のケイオスだって言っていない。ならば、今の声は。
「う、あ……あぅ」
「強情だなあ……まあ良いや。もう止めるつもりはないし」
驚きと戸惑いで、言葉が上手く出てこない。出来るのは首を横に振る事だけだ。そうして飛鳥が直接抵抗しないのを良い事に、ケイオスは飛鳥の身を跨ぐ様にして屈み込み、そそり立つそれを自らの秘部にあてがった。
「い、や……嫌、です……ししょう、本当に、やーー」
「うん、聞こえないなあ」
聞こえている癖に、聞こえないふりをして。ケイオスは腰を落とす形で飛鳥の雄の象徴を何の躊躇いもなく、自らの孔の中へ押し込んだ。
「ひっ……あ゛ーーッ!?」
先程の口淫とは比較にならない熱と締め付け。飛鳥の性器はあっという間にケイオスの中へと挿入り込み、根元まで収まってしまった。何の慣らしも無かったが、ケイオスは飛鳥のそれをすんなりと受け入れた。それは、ケイオスの股が緩いのか、或いは飛鳥自身が小さいからなのか。飛鳥には分からない。
「ふふ、動くよ」
「ししょ、だっ……めェ……!」
飛鳥が止める間もなく、ケイオスは彼に跨った体勢で自ら腰を上下に揺らし始めた。ずちゅ、ずちゅ、と。聞いたことのない卑猥な水音が飛鳥の耳に届く。ケイオスの内壁が飛鳥を程よい力加減で締め付け、責め立てる。最初は単純な動作で上下に動き、やがて先端ぎりぎりまで抜いた状態から一気に根元まで沈み込む。徐々に激しくなって行く動きと、それに比例して強くなって行く快楽に、飛鳥の理性は少しずつ蕩け出し始めていた。
「ああほら、分かるかい? 君の先っぽが、僕の奥深いところまで届いてる。ここで射精すれば、僕は君の子を孕んでしまうかもしれないよ?」
「ひーー」
何と悍ましいことを言うのか。嫌悪感からか吐き気がこみ上げて来る。けれど何故か。本当にどうしてなのか分からないが。ケイオスの言葉を聞き、飛鳥の性器はずくりと脈打ち、一層硬くなったような気がした。
「は、はっ……そろそろ限界かい? ……なら出しなよ。僕の中に。君の欲望、ぜーんぶ受け止めてあげるから、さ?」
腰を上下に揺らしているケイオスが飛鳥の変化に気付いたのか、笑いながら卑猥な言葉を投げかける。一見、余裕そうに見えるが、内壁は飛鳥自身を離すまいときつく締め付け、これから吐き出されるそれを搾り取らんと蠢く。
上体を倒し、硬く尖った飛鳥の両乳首を指先で弄りながらケイオスは飛鳥の眼前まで顔を近づけた。困惑、嫌悪、期待、興奮ーー様々な色が混ざり合った金色の瞳を覗き込み、心底楽し気に笑うと、唇が触れ合いそうなほどの距離にまで迫って見せる。
「あっ、あァ……! ……っ、うぐぅーーッ!?」
キスされる。そう思ったのに、ケイオスの唇は飛鳥のそれに届く直前でふっと離れて行った。予想しなかった展開に飛鳥が瞳を見開くと、ケイオスは代わりに人差し指を飛鳥の唇に押し当てた。
「だーめ。残念でした」
「……ーーッ!」
別に、キスなんか期待してなかった。寧ろしたくなかった。なのに、寸止めされた事に飛鳥は酷く動揺した。そして、その瞬間にケイオスの中が今までにない強さで飛鳥自身を締め付ける。
「ひ、ぅ……ーーっ!」
それにより、快楽に耐えていた飛鳥の理性は崩壊し、視界は白く弾けた。
***
「泣くほど嫌だった?」
事が終わり、一人身支度を整えたケイオスは眼下で座り込んでいる飛鳥に声を掛けた。
飛鳥の裂かれた衣服はケイオスの法力によって綺麗に修復されていた。吐き出された体液も、汗も、全て戦う前の状態に戻されている。何もかもが元通り。その状態で飛鳥は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしていた。
飛鳥が何故泣いているのか、分からないほどケイオスも無神経ではない。仮にも師であるケイオスが女になって襲い掛かり、性経験のない飛鳥と無理やり致したのだ。飛鳥の尊厳はボロボロにされ、メンタルにも少なからず傷を負ったに違いない。自らがどんなに物理的に傷付いても、数多の人間から心無い言葉や憎悪を投げ付けられても平然としていた飛鳥が、ケイオスとセックスをしたーー基させられただけで子供のように泣いている。かつて魔王と呼ばれ、人々に畏怖された面影は何処にもない。
「僕は楽しかったけどなあ」
ケイオスの言葉は、飛鳥には届いていない。嫌がっていながらも自身とのセックスに反応している飛鳥を見ている時は、最高に興奮した。口では拒絶しながらも、体は確かにケイオスを求めていた。草食系の様な見た目をして、今日まで童貞だった彼が、あんな姿を見せてくれるとは。中々する事の出来ない体験。ケイオスにとって、今世に顕現してから五指に入るレベルで楽しいと感じられる出来事だった。
「ま、次は頑張りなよ」
そんなに嫌だったなら、飛鳥はさぞかし己が憎かろう。元より、慈悲なき啓示を生み出した諸悪の根源として彼に限らず、世界中から忌み嫌われている身だ。次からは本気でケイオスを抹消しに来るかもしれない。
しかし、ケイオスはそれならそれで良いと思っていた。簡単に殺されるつもりはないが、これだけ自身を昂らせてくれた存在に殺されるなら、その瞬間は最高にドラマティックな展開になるだろう。想像するだけで気分が高揚する。
「また来るよ。それじゃあね」
いつか来るかも知れない未来に思いを馳せ、未だ大岩の前で丸くなっている飛鳥に片手を振って。ケイオスは魔法陣を展開し、ノイズと共に何処かへ去って行った。
***
「…………」
R#は目の前で嗚咽を漏らす飛鳥を見つめていた。
創造主が予定時刻になっても帰って来ない事を疑問に思い、位置情報を頼りに地上に降り立った。場所の特定は容易で、すぐに彼の元に辿り着くことが出来たが、現場の状況が理解できず、困惑する。何故飛鳥は泣いているのか。何故ケイオスの法力の残滓が漂っているのか。飛鳥自身、目立った外傷は無いようだが、この場で一体何があったのか。
「……飛鳥、何があったんだい?」
飛鳥がケイオスと遭遇し、いつもの様に法力戦を展開したのは、何となく推測がつく。ではその後は、どうしたのか。ケイオスに敗北し、彼のモルモットにされてしまった。その可能性は極めて高い。だが、具体的に何をされたのかが分からない。身なりは整っている。怪我もしていない。ならば、飛鳥が泣くほどに心を揺さぶる『何か』を、ケイオスはやってのけたと考えるのが妥当か。
「……師匠に、無理やりさせられた」
「何を?」
「セックス、を……」
「……セックス?」
飛鳥は顔を上げずに答えを返した。予想外の言葉に、R#は目を丸くする。生まれて間もないR#には知識はあれどその経験はない。それでも、その行為が時に人を傷付ける酷いものになる事は知っている。ただ、飛鳥と師匠がそういう行為に及んだのは予想外で。
「飛鳥、まさか君はレイーー」
「違う、僕が……師匠に」
「……は?」
男が男に犯される。そういう事もある。ケイオスに『そっちの気』があるのは意外だった。そして、弟子を犯す趣味があった事も。何とも度し難い存在。元から好きではなかったが、飛鳥を手籠めにしたと言うのであれば最早殺意を抱かずにはいられない。心の奥底からどす黒い感情が溢れて来るのを抑えつつ、R#が問おうとすると、飛鳥は彼の言葉を遮る形でそれを否定した。
「あんな形で……師匠としたくなかった」
「あんな形、とは?」
「…………」
どう説明すれば良いのか分からず、R#の問い掛けに対し、飛鳥は沈黙する。男としての尊厳を踏み躙られた。その事実が、飛鳥の心に深い傷を作った。行為自体は俗に言う逆レイプであったのだが、性経験も知識もろくに無い飛鳥には、自らがそうされたという自覚は無く。
「する事自体は良かったのかい?」
「…………」
飛鳥の沈黙を解こうとR#は再び飛鳥に問いを投げかける。しかしそれにも飛鳥は何も答えず、沈黙を守った。否定もせず、肯定もしない。本人には自覚が無いかもしれないが、この状況はどちらかと言えば肯定になるのだろう。創造主である飛鳥の言動の『癖』を把握しているR#には、何となく察することができた。
「……師匠は、初めてではない……ように、見えた」
「何が?」
「セックスが……女性の姿になって、あの人は僕としたんだ……でも、全然痛がる様子もなくて……上手く言えない……けれど」
互いに黙り込み、どれほどの時間が経ったのか。沈黙を破ったのは飛鳥の方で、ぽつぽつとR#に向けて語り始めた。
「僕は、初めてだったのにッ……なぜ、かそれが……今になって、すごく……悲しいッ、んだ……!」
泣き過ぎたせいか声は引き攣り、たどたどしい口調になる。つまるところ、無理やりされた事よりもケイオスの『初めて』が自分で無かったことに、飛鳥はショックを受けているのか。飛鳥のケイオスに対する感情は複雑だ。かつては尊敬をしていた師であり、憎むべき敵であり。敬愛と憎悪が綯い交ぜになっていて、その存在は常に飛鳥の心を揺るがせる。しかし、まさか。少なからず恋慕にも似た想いを彼に抱いていたとは。そしてそれを自覚していないのは、飛鳥らしいと言うべきか。
「……飛鳥」
どうして、あの男にそこまでの想いを抱くのだろう。R#の中で、再びどす黒い感情が渦巻く。確かに昔は尊敬できる師であったかも知れない。けれど彼の行動のせいで、飛鳥は親友たちを含む多くの人々を傷付けてしまった。背負わなくても良い罪を背負う羽目になってしまった。憎む要素は幾らでもあるが、愛情を抱く要素は見当たらない。飛鳥のその感情を、R#は理解できなかった。
「飛鳥、今日の事は忘れよう。そんなに泣いていると……またオーバーフローをしてしまうよ」
創造主の精神状態が芳しくない。まずはこの状況を何とかしなければ。ケイオスに対する怒りと憎しみを抑え、R#は深呼吸をすると飛鳥の前に屈み込み、震えるその身を抱き寄せた。こういう時のメンタルケアの仕方は知らない。気の利いた慰めの言葉も出ない自分に苛立つが、とにかく出来る事をしなければと。R#は飛鳥の体を抱き締め、背中を優しく擦ってやった。飛鳥はそんなR#の行為を拒む事なく受け入れ、彼に縋りながら声を上げて泣いた。
「ししょう、どうして……どう、して……ッ!」
理知的で滅多な事では動じない飛鳥が、ケイオスの事になると途端に脆くなる。その事実が何とも憎らしく、羨ましい。飛鳥には見えない位置でその瞳に彼の人物への憎悪を募らせ。R#は飛鳥が落ち着くまでその背中を擦り続けた。
飛鳥の勝ちに対する執念は思っていたよりも凄まじく、手段を選ばない戦い方にケイオスは後れを取っていた。
故に、そろそろ自分も勝ちに行って良いだろうかと。今日は飛鳥のやり方を少し真似てみる事にした。正攻法で勝てないのならば、非常識を用いるまで。ずるをしている自覚はあった。けれど負けてばかりでは第一の男の名が廃る。過去の栄光とは言え、仮にも世界の最高峰に立っていた男だ。それが弟子に負け続けているなど、他の者が見たら何と言うか。少なくとも、目の前の彼以外の弟子は嘆くだろう。
そんな気持ちで、ケイオスは今日の戦いで月の剣の出力を少しだけ上げた。流石に最大出力は星の危機になりかねないので、本当に少しだけだったが。それでも効果は覿面で、先日まで優位に立ち回っていた筈の飛鳥は簡単に敗北を喫した。
「飛鳥くんはさあ、セックスしたことある?」
くるくると月の剣を手中で回転させ、腰のホルスターに収めながら問う。先程の戦いで片足を撃ち抜かれた飛鳥はケイオスのすぐ近くにある大岩に背を預け、荒い呼吸を繰り返していた。
「随分と、唐突な……質問、ですね……それを聞いて、何になる、と……言うのです……?」
ケイオスが飛鳥に対し、突拍子もない質問をするのはいつもの事だった。昔はもっとまともだった筈なのに、と。飛鳥が遠い過去の記憶を掘り返そうとした所でケイオスは大仰に手を広げ、肩を竦めて見せた。
「質問に質問で返すのかい? 全く、そういう所は変わらないね」
そう言えば、昔からそれで良く怒られた気がする。こんな所で思い出すような事でも無いけれど。
視線をケイオスから自らの足首へと落とした。動脈をやられたのだろう。傷口は小さいが、止め処なく血が溢れ、大地に染み込んで行く。放っておけば失血で意識を失うだろう。処置が遅れれば最悪死に至るーー普通の人間ならば。だがこの程度の怪我であれば、飛鳥ならどうとでもなる。
傷の処置をしようと片手をその部分へ伸ばしかけたところで、ケイオスが靴先が間に割って入った。どうやら先に質問に答えないと処置をさせて貰えないらしい。
「……ありませんよ。そういう関係になりそうな相手も居ませんでした。師匠だって知っているでしょう?」
「んふふ、そうだったね」
お互いに研究者時代は知識を吸収することしか考えてなくて、三大欲求の全てを疎かにしていた。何よりも知識欲が勝り、睡眠を忘れ、時には食事も取らずに研究に没頭した。当然、セックスなどする機会もなかったし、そういう相手もいなかった。正直、性欲があったのかも怪しい。
「それじゃあ」
飛鳥が過去を振り返っていると、ケイオスが屈み込み、顔を覗き込んで来た。サングラス越しに見える瞳には愉悦の色が滲んでいる。ぞわ、と。背筋に悪寒が走った。こういう目をしているケイオスは、ろくな事を考えていない。
「僕が卒業させてあげるよ、童貞を」
「……は?」
何を言っているのか理解出来なかった。否、理解は出来たが、どうやってそれを実行するのか想像できなかった。
童貞。即ち異性との性行為の経験が無いこと。主に男性に対し用いられる。ケイオスは男だ。その見た目からも分かる通り、異性ではない。どうやって飛鳥と致すと言うのか。
飛鳥の怪訝そうな表情を見て、彼の言わんとしている事を理解したのか。ケイオスは唇に弧を描き、にんまりと笑う。やがて緩慢な動作で立ち上がり、何やらぶつぶつと唱え始めた。呪文のような、演算のような。何かを実行に移す為の合図らしいそれを飛鳥が警戒しつつ見詰めていると、ケイオスの全身にノイズが走った。チリチリと目障りなそれはケイオスを構成する要素ーー細胞を変化させているらしく、徐々にそのシルエットが丸みを帯びて行っているのが分かった。
「…………師匠、それはーー」
やがてノイズが消え去り、そこに立っていたのは『彼』から『彼女』へと変化したケイオスだった。飛鳥よりも高かった身長は飛鳥と大差無い程度に縮み、筋肉質だった体躯は細くしなやかになり。胸と尻は大きく、腰は引き締まって。こんな状況で無ければーー師とは言えーーその魅惑的な姿に見入っていたかもしれない。
「今の僕に性別なんて、あってないようなものさ。少し体の情報を弄れば、見た目なんて幾らでも変えられるんだよ?」
ただ、服装には一切手を加えなかったようで。上半身にジャケットを羽織ったままの姿故に、乳房は丸出し。ウエストも細くなっているせいでズボンがずり落ちそうになっており、傍から見れば露出狂の痴女でしかなかった。そういう所に頓着が無いのは、ケイオスらしいと言えばケイオスらしいのかも知れないが。
得意げに語るケイオスに対し、飛鳥はこめかみの部分を軽く押さえながら唸った。昔から師匠は特定の分野では素晴らしい才能を発揮するが、そうでない所では控えめに言って残念な部分が多かった。それは今でも変わっていないらしい。色々と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、返す言葉を探していると、ケイオスは再び飛鳥の目の前に屈み込み、手を伸ばして彼の頬に触れた。
「……ッ、師匠! 悪ふざけは」
「僕は割と本気だよ?」
何が楽しくてかつての師に童貞を卒業させられなければならないのか。別に貞操観念が強い訳ではないが、この状況で致すのははっきり言って異常だ。嫌悪感を露わにしても、ケイオスは意に介した様子も無く。嫌らしい笑みを浮かべながら頬に触れた手をゆっくりと下に下ろし、顎のラインをなぞりながら首筋へと這わせた。
「やめて下さい……そういう趣味は」
「どういう趣味?」
「だから、それは……ッ!」
抗議の声は、首筋に走った痛みによって強制的に止められた。それまで優しく撫でていたケイオスの指先が突然、首筋の皮膚に強い力で爪を立てて来た。裂ける程のものではなかったが、食い込んだ箇所はへこみ、薄っすらと赤くなっている。
飛鳥の顔に浮かぶ嫌悪と戸惑いの色は一層濃くなり、何とかして拒絶しようとケイオスの肩を両手で掴む。しかし押し退けようとした所で片足の痛みを思い出し、弱い力しか出せずに終わった。
「取り敢えず、僕を退かす前に足の治療をしたら?」
「師匠が……退いたら、治療します」
「それじゃあ君、死んじゃうよ?」
退くつもり無いから。死刑宣告にも似た言葉をにこやかに飛鳥へ突き付け、ケイオスは彼の首筋に突き立てた指をハイネックの襟に引っ掛けた。その瞬間、指先にノイズが走り、それまで普通の爪だった箇所がナイフのように鋭利な形状へと変化する。ケイオスはそのまま勢いを付けて爪を下へ引っ張る事で、飛鳥の纏う衣服をあっさりと裂いて見せた。しかし器用なもので皮膚には傷一つ付けず、衣服の身をーーそれこそ下半身を守る袴の帯まで綺麗に裂いていた。どこでそんな技術を身に着けたのか。こんな状況でなければ、飛鳥はケイオスに訊ねていただろう。
「ひ」
「うわ、真っ白。全然日焼けしてないね。着込みすぎだよ。ソルを見習ったら?」
「彼は関係ないでしょーー……っうァ!」
「昔の僕もそうだったけどさあ、もう少し筋肉は付けるべきだよね。君は魔法に頼り過ぎだ」
ケイオスの前に晒された飛鳥の身は色白で、どちらかと言うと華奢な体躯だった。昔から研究に没頭していて、筋トレとは無縁の生活を送っていた。同じ科学者だったソルーー当時のフレデリックは無駄に筋肉質であったが、どうすればあんなに筋肉ムキムキになれたのか。今更ながら聞いてみれば良かったと思う。実際、筋肉のない飛鳥の体は軟弱で、不摂生が祟って体調を崩すこともしばしばあった。筋肉が全てを解決する、なんて何処ぞの誰かが言っていたような気もする。
ぺた、とケイオスの掌が飛鳥の胸元に触れる。普通の人間よりもひんやりしている様に感じられるのは、ケイオスが既に人ならざる存在である為か。その冷たさに反論の言葉は途切れ、代わりに悲鳴の様な声が出た。そんな飛鳥の反応が期待通りだったのか、ケイオスは楽し気な笑みを浮かべながら無造作に胸元を撫で回し、やがて真ん中にある二つの突起に指を這わせた。
「綺麗なピンク色。自分で触ったりもしなかったの?」
「す、するわけ……」
「だよねえ」
「に゛ッ……! ァうっ!?」
最初は掠める様に悪戯に。やがて指先でつんつんと突付き、摘まみ上げる。初めて受ける感覚に飛鳥は思わず悲鳴を上げた。ケイオスの言う通り、自分で触った事などない。飛鳥の反応が面白かったのか、ケイオスは笑みを深め、飛鳥の乳首を捏ね、潰し、自ら吸い付いて見せた。初めてだと言うので、手加減はしてやるつもりだった。どうやら舌で捏ねられるのが『好い』ようで、最初は柔らかかったその部位は直ぐに硬くなり、悪戯に歯を立てると大きく体を震わせた。
「……ああ、ほら。治さなきゃダメだってば」
ケイオスが視線を飛鳥の足元へ向けると、撃ち抜かれた傷口は未だ治療を施されておらず、地面に赤い染みを広げ続けていた。流石にこれ以上の失血は命に係わる。ケイオスの行為に気を取られ過ぎて、思考がそこまで回っていないのか。頬は紅潮しているが、それを差し引いても先程よりも顔色が悪くなっているように見える。致し方なし、と。ケイオスは一度飛鳥の乳首から片手を離し、飛鳥の足首へ移動させると自らが撃ち抜いたその箇所に法力を集中させ、傷を塞いでやった。
「う、あ……?」
「応急処置だよ。傷を塞いだだけで、出て行った血液の補填まではしていない。まあ、君なら大丈夫だと思うけど」
致している最中に死なれても困る。それは飛鳥を思いやっての事なのか、或いはケイオス自身がつまらなくなるからなのか。ケイオスの行動の意図は相変わらず読めない。何にせよ、ケイオスのお陰で飛鳥は多少動けるようになった。これならば、隙を見てケイオスを自身から引き剝がすことが出来そうだ。
そうして痛みが和らぎ、飛鳥が安堵したのも束の間。飛鳥の足を癒したケイオスが、今度はその手を飛鳥の下半身ーー股間部分へと伸ばしている事に気付き、飛鳥は片目を大きく見開いた。
「し、師匠っ……ダメです、そこは……!」
裂けた袴の間から顔を出す、自らの性器。ケイオスはそれに触れようとしていた。今まで誰にも見せたことの無い、隠すべき恥部。それを今、あろうことかかつて尊敬していた師が暴き、触れようとしている。羞恥と焦燥に、飛鳥は反射的に制止の声を上げ、その手を阻もうと自らの手を伸ばした。
「言う割に硬くなってない?」
「ひっ、う゛ーー!」
しかし、ケイオスの方が僅かに早かった。飛鳥の先端を包み込む様にして握り、きゅっと力を込める。その小さな刺激だけで、飛鳥の体は驚くほど過敏な反応を見せた。抵抗しようとした手は虚空を凪ぎ、飛鳥は全身を戦慄かせ、必死に首を横に振る。その様子を見つめながら、ケイオスは既に硬くなりつつある飛鳥の性器を根元から扱き上げ、時折鈴口に爪を立てて弄った。
「あッ、ぐ……ッ! し、しょ……それ、ダメで……っ!」
「ダメな事ないでしょ? ほら、どんどん硬くなってきてる。分かる? 見てみなよこのペニス。軟弱な君のものとは思えない。立派な雄の象徴だ」
女性の姿になっても、べらべらと喋る性質は変わっていない。恥ずかしげもなく、平然と事実を伝え、飛鳥の羞恥心を煽り続ける。その口を塞いでやりたかったが、そちらに意識が行けば飛鳥の性器は良い様に弄ばれ、逆にその手を止めようとすればまた死にたくなるようなケイオスの言葉責めが襲い掛かる。どちらにしても、飛鳥にとって拷問でしかなかった。
己に翻弄される飛鳥の姿を、彼の性器を扱きながら眺めていたケイオスは、何を思ったか突然その手を止めた。既に硬く膨張していた性器は先端から透明な液体が溢れ、ケイオスの手をしとどに濡らしている。やっと止めてくれた。飛鳥は下半身に与えられていた刺激から解放され、内心安堵するも。同時に言葉にし難い物足りなさを覚え、何とも言えない表情でケイオスを見つめていた。
「んふふ、期待しちゃった? 大丈夫、もっと気持ち良くさせてあげるから」
「……っ!?」
心を見透かされたような気がした。実際、体は気持ち良いと感じていたのだ。経験が無くたって、生態兵器の研究をしていた科学者なのだから、人体の仕組みは熟知している。ただ、師であるケイオスの手でそうされた事が、嫌だったのだ。心と体、それぞれの意思が異なるこの状況に、飛鳥は冷静さを少しずつ削ぎ落されていた。
飛鳥が内心戸惑っていると、ケイオスは座り込んでいる飛鳥の前で四つん這いに近い体勢を作った。今度は何をするつもりなのか。飛鳥が訊ねようとする前に、先程まで弄っていた彼の性器をケイオスは何の躊躇いもなく自らの口に咥え込んだ。
「ひゃ……ーーッ!」
温かな感覚に包まれ、飛鳥は思わず悲鳴を上げた。手で扱かれる以上の快楽が下半身から全身に駆け巡り、咥えられているその部位が一層熱くなる。ケイオスは卑猥な水音をわざと立てながら舌を巧妙に使い、根元から先端に掛けて刺激を与え、吸い上げた。
「やっ……だ! ししょ、う……ッ、も……でる……ーーッ!」
彼だって昔は経験が無かっただろうに、一体どこでこんなテクニックを覚えたのか。手でされただけでも達してしまいそうだった飛鳥のそれは、ケイオスの口淫によって呆気ない程簡単に絶頂へと達してしまった。出したくない、と思いながらも飛鳥は本能に抗えず、ケイオスの口内に白濁を吐き出すーー筈だった。
「……ーーあはっ、けっこう、出た……ね?」
あろうことか、ケイオスは飛鳥が射精する瞬間、咥えていたそれをわざと解放して見せた。それにより、ケイオスの口から飛び出した飛鳥の性器からは勢い良く精液が放たれ、その顔を白く汚して見せた。
「な、な……なん、で……ッ!?」
「そんなの、君の反応が面白いからに決まってるじゃん……うわあ、ドロドロしてる。なかなか濃いのを出したねえ」
顔面に吐き出された粘性のある白濁の一部を指先で拭い取り、まじまじと見つめながらケイオスが笑う。余りの恥ずかしさに、飛鳥の顔は耳まで赤くなった。本当に、気がどうかしてしまいそうだった。今すぐこの場から去りたい。可能であれば、自らか、ケイオスの存在をこの世界から抹消したい。羞恥心だけでここまで死にたくなるものなのか。痛みで死ねる自信はあったが、今なら羞恥心でも死ねる気がする。
元々白い顔が失血で青くなったり羞恥で赤くなったり。原因は分かっているが何とも面白い光景だと。ケイオスはくつくつと笑い、精液の付着した指先をしゃぶる様にして舐め取って見せた。それこそ、飛鳥の羞恥心を再び煽るように。同時に、彼の内にある浅ましい欲望を引き出そうとするように。
「さて、これからが本番だ。まさかこれだけで満足なんて言わないでしょ?」
「なっ……!?」
出すものを出したから終わりだと思っていたが、どうやら違うらしい。まだ行為を続けるつもりらしいケイオスの言葉に、飛鳥は表情を引き攣らせた。そう言えば最初に、童貞を卒業させてやると言っていた。つまり、筆下ろし。この状況でどうやって致すつもりなのか。少なくとも、飛鳥はケイオスとするつもりはない。ケイオスの中に挿入ろうとは思わない。だが、拒否したところでケイオスは聞く耳を持たない。
一体どうするのか。不安と戸惑いを隠さずに飛鳥がケイオスを見つめていると、ケイオスは一度立ち上がり、月の剣が下がるホルスターを外し、次いで穿いていたズボンと下着を無造作に脱ぎ捨てた。最早ジャケットしか羽織っていない、ほぼ全裸の状態。良く見ると、ケイオスの内腿は愛液と思しきそれが滴っていた。
「見てよ、これ。飛鳥くんの姿見てたらさ……僕も興奮して来ちゃった」
座り込んでいる飛鳥を跨いだ状態で仁王立ちし、これ見よがしにその部位を自らの指で広げ、見せ付けて来る。人気の無い荒野で二人きりとは言え、やっている事は完全に痴女である。人目に付けば、公然わいせつ罪で逮捕案件である。この場に自分たち以外誰も居なくて良かったと、飛鳥はこんな状況ながら心の底からそう思った。
恥部を見せ付けんとしてくるケイオスから少しでも視線を逸らそうと、飛鳥は眼下の地面を見遣る。先程うっかり露わになった部位を凝視してしまった。女性の裸を見たことが無い訳ではない。ただ、それは生態兵器の、ギア細胞の研究の過程で見たものであって、男女の関係になって見たことは無い。
正直、反応に困る。けれど悲しいかな、飛鳥の下半身は本人の意思に反してケイオスの裸体に反応し、再び質量を持ち始めていた。
「わ、飛鳥くんまた硬くなってきてるじゃん。やっぱり嬉しいの? 期待しちゃってる?」
「…………師匠、もうやめて下さい」
か細い声で、やっとの思いで飛鳥はそれだけ絞り出した。ここまで辱めて、これ以上ケイオスは何を望むのか。童貞の卒業なんてしなくて良い。何が楽しくて、ケイオスは自分と致そうとするのか。飛鳥には分からなかった。
「うーん、素直じゃないなあ飛鳥くんは。本当は最後までシたい癖に」
「そんな事は……」
「無いなんて言わせないよ」
それは鋭く、突き刺すような言葉だった。はっとして飛鳥がケイオスの方を見上げると、彼女は相変わらずにんまりとした笑みを浮かべながらそこに居た。笑っているのに、笑っていない。飛鳥の否定の言葉を遮る形で放たれたケイオスの言葉は、飛鳥の胸の内を暴かんとしているかの様に彼の心に突き立てられた。
「君が本当に嫌なら、拒むことが出来た筈だ。何の為に足の傷を治してあげたと思う? 反撃する隙だってあった筈だ。それも一度や二度じゃあない。その気になれば、君は僕をどうにでも出来たんだ。でも、君はそれをしなかった……『そういう事』なんだよ」
「…………ッ!?」
ケイオスの言う通りだった。負傷した足はそのままであれば立ち上がることも出来ず、飛鳥の体の動きを制限していただろう。体勢はやや不利だったが、手足を拘束されているわけでもなく、枯渇しかけていたマナも大分回復してきていた。飛鳥が本気になれば、目の前のケイオスを退ける事は出来たのだ。声を上げ、振り払い、魔法で距離を取ることは、決して不可能ではなかった。だがそれをしなかったのは、飛鳥が慣れない快楽に浸り、忘れていたからではない。無意識に、そうしていたのだ。
「そん、な……」
「認めなよ、本当は僕とシたかったんだって」
嘘だ。そんな事、ありえない。はっきりと否定したいのに、言葉が上手く出てこない。まさか自分は、形はどうであれ本当に師であるケイオスとセックスする事を望んでいたのか。セックスは、恋人や夫婦でするものだ。互いを愛していなければ、するべきものではない。そう思っていた。その考えは非常に古いものであったが、知識欲に特化した飛鳥が今日まで思考をアップデートする事は無かった。
その為、飛鳥は混乱していた。ケイオスとセックスするという事は、自分はケイオスの事が好きなのか。愛しているのか。否、そんな筈はない。どちらかと言えば嫌いだ。好きになる理由なんてない。
ーー……本当に?
そこまで考えた所で、頭の隅で声がした。飛鳥の今の気持ちが真実であるのか問うそれは、一体誰が発しているものなのか。無論、周囲には誰もいない。目の前のケイオスだって言っていない。ならば、今の声は。
「う、あ……あぅ」
「強情だなあ……まあ良いや。もう止めるつもりはないし」
驚きと戸惑いで、言葉が上手く出てこない。出来るのは首を横に振る事だけだ。そうして飛鳥が直接抵抗しないのを良い事に、ケイオスは飛鳥の身を跨ぐ様にして屈み込み、そそり立つそれを自らの秘部にあてがった。
「い、や……嫌、です……ししょう、本当に、やーー」
「うん、聞こえないなあ」
聞こえている癖に、聞こえないふりをして。ケイオスは腰を落とす形で飛鳥の雄の象徴を何の躊躇いもなく、自らの孔の中へ押し込んだ。
「ひっ……あ゛ーーッ!?」
先程の口淫とは比較にならない熱と締め付け。飛鳥の性器はあっという間にケイオスの中へと挿入り込み、根元まで収まってしまった。何の慣らしも無かったが、ケイオスは飛鳥のそれをすんなりと受け入れた。それは、ケイオスの股が緩いのか、或いは飛鳥自身が小さいからなのか。飛鳥には分からない。
「ふふ、動くよ」
「ししょ、だっ……めェ……!」
飛鳥が止める間もなく、ケイオスは彼に跨った体勢で自ら腰を上下に揺らし始めた。ずちゅ、ずちゅ、と。聞いたことのない卑猥な水音が飛鳥の耳に届く。ケイオスの内壁が飛鳥を程よい力加減で締め付け、責め立てる。最初は単純な動作で上下に動き、やがて先端ぎりぎりまで抜いた状態から一気に根元まで沈み込む。徐々に激しくなって行く動きと、それに比例して強くなって行く快楽に、飛鳥の理性は少しずつ蕩け出し始めていた。
「ああほら、分かるかい? 君の先っぽが、僕の奥深いところまで届いてる。ここで射精すれば、僕は君の子を孕んでしまうかもしれないよ?」
「ひーー」
何と悍ましいことを言うのか。嫌悪感からか吐き気がこみ上げて来る。けれど何故か。本当にどうしてなのか分からないが。ケイオスの言葉を聞き、飛鳥の性器はずくりと脈打ち、一層硬くなったような気がした。
「は、はっ……そろそろ限界かい? ……なら出しなよ。僕の中に。君の欲望、ぜーんぶ受け止めてあげるから、さ?」
腰を上下に揺らしているケイオスが飛鳥の変化に気付いたのか、笑いながら卑猥な言葉を投げかける。一見、余裕そうに見えるが、内壁は飛鳥自身を離すまいときつく締め付け、これから吐き出されるそれを搾り取らんと蠢く。
上体を倒し、硬く尖った飛鳥の両乳首を指先で弄りながらケイオスは飛鳥の眼前まで顔を近づけた。困惑、嫌悪、期待、興奮ーー様々な色が混ざり合った金色の瞳を覗き込み、心底楽し気に笑うと、唇が触れ合いそうなほどの距離にまで迫って見せる。
「あっ、あァ……! ……っ、うぐぅーーッ!?」
キスされる。そう思ったのに、ケイオスの唇は飛鳥のそれに届く直前でふっと離れて行った。予想しなかった展開に飛鳥が瞳を見開くと、ケイオスは代わりに人差し指を飛鳥の唇に押し当てた。
「だーめ。残念でした」
「……ーーッ!」
別に、キスなんか期待してなかった。寧ろしたくなかった。なのに、寸止めされた事に飛鳥は酷く動揺した。そして、その瞬間にケイオスの中が今までにない強さで飛鳥自身を締め付ける。
「ひ、ぅ……ーーっ!」
それにより、快楽に耐えていた飛鳥の理性は崩壊し、視界は白く弾けた。
***
「泣くほど嫌だった?」
事が終わり、一人身支度を整えたケイオスは眼下で座り込んでいる飛鳥に声を掛けた。
飛鳥の裂かれた衣服はケイオスの法力によって綺麗に修復されていた。吐き出された体液も、汗も、全て戦う前の状態に戻されている。何もかもが元通り。その状態で飛鳥は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしていた。
飛鳥が何故泣いているのか、分からないほどケイオスも無神経ではない。仮にも師であるケイオスが女になって襲い掛かり、性経験のない飛鳥と無理やり致したのだ。飛鳥の尊厳はボロボロにされ、メンタルにも少なからず傷を負ったに違いない。自らがどんなに物理的に傷付いても、数多の人間から心無い言葉や憎悪を投げ付けられても平然としていた飛鳥が、ケイオスとセックスをしたーー基させられただけで子供のように泣いている。かつて魔王と呼ばれ、人々に畏怖された面影は何処にもない。
「僕は楽しかったけどなあ」
ケイオスの言葉は、飛鳥には届いていない。嫌がっていながらも自身とのセックスに反応している飛鳥を見ている時は、最高に興奮した。口では拒絶しながらも、体は確かにケイオスを求めていた。草食系の様な見た目をして、今日まで童貞だった彼が、あんな姿を見せてくれるとは。中々する事の出来ない体験。ケイオスにとって、今世に顕現してから五指に入るレベルで楽しいと感じられる出来事だった。
「ま、次は頑張りなよ」
そんなに嫌だったなら、飛鳥はさぞかし己が憎かろう。元より、慈悲なき啓示を生み出した諸悪の根源として彼に限らず、世界中から忌み嫌われている身だ。次からは本気でケイオスを抹消しに来るかもしれない。
しかし、ケイオスはそれならそれで良いと思っていた。簡単に殺されるつもりはないが、これだけ自身を昂らせてくれた存在に殺されるなら、その瞬間は最高にドラマティックな展開になるだろう。想像するだけで気分が高揚する。
「また来るよ。それじゃあね」
いつか来るかも知れない未来に思いを馳せ、未だ大岩の前で丸くなっている飛鳥に片手を振って。ケイオスは魔法陣を展開し、ノイズと共に何処かへ去って行った。
***
「…………」
R#は目の前で嗚咽を漏らす飛鳥を見つめていた。
創造主が予定時刻になっても帰って来ない事を疑問に思い、位置情報を頼りに地上に降り立った。場所の特定は容易で、すぐに彼の元に辿り着くことが出来たが、現場の状況が理解できず、困惑する。何故飛鳥は泣いているのか。何故ケイオスの法力の残滓が漂っているのか。飛鳥自身、目立った外傷は無いようだが、この場で一体何があったのか。
「……飛鳥、何があったんだい?」
飛鳥がケイオスと遭遇し、いつもの様に法力戦を展開したのは、何となく推測がつく。ではその後は、どうしたのか。ケイオスに敗北し、彼のモルモットにされてしまった。その可能性は極めて高い。だが、具体的に何をされたのかが分からない。身なりは整っている。怪我もしていない。ならば、飛鳥が泣くほどに心を揺さぶる『何か』を、ケイオスはやってのけたと考えるのが妥当か。
「……師匠に、無理やりさせられた」
「何を?」
「セックス、を……」
「……セックス?」
飛鳥は顔を上げずに答えを返した。予想外の言葉に、R#は目を丸くする。生まれて間もないR#には知識はあれどその経験はない。それでも、その行為が時に人を傷付ける酷いものになる事は知っている。ただ、飛鳥と師匠がそういう行為に及んだのは予想外で。
「飛鳥、まさか君はレイーー」
「違う、僕が……師匠に」
「……は?」
男が男に犯される。そういう事もある。ケイオスに『そっちの気』があるのは意外だった。そして、弟子を犯す趣味があった事も。何とも度し難い存在。元から好きではなかったが、飛鳥を手籠めにしたと言うのであれば最早殺意を抱かずにはいられない。心の奥底からどす黒い感情が溢れて来るのを抑えつつ、R#が問おうとすると、飛鳥は彼の言葉を遮る形でそれを否定した。
「あんな形で……師匠としたくなかった」
「あんな形、とは?」
「…………」
どう説明すれば良いのか分からず、R#の問い掛けに対し、飛鳥は沈黙する。男としての尊厳を踏み躙られた。その事実が、飛鳥の心に深い傷を作った。行為自体は俗に言う逆レイプであったのだが、性経験も知識もろくに無い飛鳥には、自らがそうされたという自覚は無く。
「する事自体は良かったのかい?」
「…………」
飛鳥の沈黙を解こうとR#は再び飛鳥に問いを投げかける。しかしそれにも飛鳥は何も答えず、沈黙を守った。否定もせず、肯定もしない。本人には自覚が無いかもしれないが、この状況はどちらかと言えば肯定になるのだろう。創造主である飛鳥の言動の『癖』を把握しているR#には、何となく察することができた。
「……師匠は、初めてではない……ように、見えた」
「何が?」
「セックスが……女性の姿になって、あの人は僕としたんだ……でも、全然痛がる様子もなくて……上手く言えない……けれど」
互いに黙り込み、どれほどの時間が経ったのか。沈黙を破ったのは飛鳥の方で、ぽつぽつとR#に向けて語り始めた。
「僕は、初めてだったのにッ……なぜ、かそれが……今になって、すごく……悲しいッ、んだ……!」
泣き過ぎたせいか声は引き攣り、たどたどしい口調になる。つまるところ、無理やりされた事よりもケイオスの『初めて』が自分で無かったことに、飛鳥はショックを受けているのか。飛鳥のケイオスに対する感情は複雑だ。かつては尊敬をしていた師であり、憎むべき敵であり。敬愛と憎悪が綯い交ぜになっていて、その存在は常に飛鳥の心を揺るがせる。しかし、まさか。少なからず恋慕にも似た想いを彼に抱いていたとは。そしてそれを自覚していないのは、飛鳥らしいと言うべきか。
「……飛鳥」
どうして、あの男にそこまでの想いを抱くのだろう。R#の中で、再びどす黒い感情が渦巻く。確かに昔は尊敬できる師であったかも知れない。けれど彼の行動のせいで、飛鳥は親友たちを含む多くの人々を傷付けてしまった。背負わなくても良い罪を背負う羽目になってしまった。憎む要素は幾らでもあるが、愛情を抱く要素は見当たらない。飛鳥のその感情を、R#は理解できなかった。
「飛鳥、今日の事は忘れよう。そんなに泣いていると……またオーバーフローをしてしまうよ」
創造主の精神状態が芳しくない。まずはこの状況を何とかしなければ。ケイオスに対する怒りと憎しみを抑え、R#は深呼吸をすると飛鳥の前に屈み込み、震えるその身を抱き寄せた。こういう時のメンタルケアの仕方は知らない。気の利いた慰めの言葉も出ない自分に苛立つが、とにかく出来る事をしなければと。R#は飛鳥の体を抱き締め、背中を優しく擦ってやった。飛鳥はそんなR#の行為を拒む事なく受け入れ、彼に縋りながら声を上げて泣いた。
「ししょう、どうして……どう、して……ッ!」
理知的で滅多な事では動じない飛鳥が、ケイオスの事になると途端に脆くなる。その事実が何とも憎らしく、羨ましい。飛鳥には見えない位置でその瞳に彼の人物への憎悪を募らせ。R#は飛鳥が落ち着くまでその背中を擦り続けた。
