【GG】Asuka×Chaos

「やっほー飛鳥くん、生きてる?」

 彼のティル・ナ・ノーグへの来訪は何時だって突然だ。
 壁掛け時計が示す時刻は深夜二時。飛鳥がR#の収集したデータを整理している最中に、彼は突然室内に現れた。

「生存確認にしてももう少し言い方があるのでは?」

 彼ーーケイオスの開口一番の言葉に対し、飛鳥は僅かに眉を寄せる。まるで独居老人を訪ねる役所の人間のようだと一瞬思ったが、実際それに近いと言えば近く、何とも言えない気持ちになる。

「いやだって、君って僕と同等か、それ以上に私生活が終わってるじゃん。不摂生の極み。寝食忘れて研究に没頭なんて日常茶飯事。もう一人の君が居るって言っても、いつも傍に居るわけじゃないでしょ?」
「否定はしませんが。 ……心配しなくても元気ですよ。僕がそう簡単に死ぬ人間では無いと、分かっているでしょう?」
「まあそれはそうなんだけど」

 取り敢えず平常運転で安心したと。飛鳥の返答に満足したケイオスは満足気に笑った。

「それで、今日はどの様な用件で此方に?」
「用件無いと来ちゃいけない? ちょっと見て欲しいものがあってさ」
「はあ……」

 飛鳥は面倒臭そうに気のない声を上げた。気まぐれなケイオスの事だ。道ばたで拾ったゴミ同然のガラクタだとか、地方の鄙びた土産屋で買った変な置物だとか、そういった類いのモノを持ってきたに違いない。

「ここは貴方の家ではありません。何でもかんでも持ってこられると困るんです……が」

 このケイオスの行動は今に始まったことではない。既にティル・ナ・ノーグにはケイオスによって持ち込まれた様々な「モノ」が其処彼処に溢れており、その扱いに飛鳥は悩まされていた。消耗品ならばまだ何とかなるが、電池が無ければ動かない電子機器や中途半端な巻数しかない漫画、自分たちでは絶対に着れないデザイン、サイズの服など。本当にどうしようもない物たちがどんどん追加されていく。
 そろそろ本気でストップを掛けなければ、ティル・ナ・ノーグはケイオス専用の廃棄物処理施設になってしまう。軽い危機感を抱きつつ、飛鳥は文句を言いかけたが、その言葉は途中で途切れた。

「ほらほら、見てよこれ。結構イケてない?」

 ケイオスが片手で髪を掻き上げ、普段は隠れがちになっている箇所を飛鳥に見せ付ける。そこには、以前会った時には無かった無機質な物体が煌めいていた。

「……ピアス、ですか?」
「そ。実は前から興味があってね。開けてみたんだ。すごいでしょ?」
「あー……ええ、まあ」

 ケイオスの耳には銀色のピアスが付いていた。それだけならば大して驚きはしないが、その数が異様だった。片耳だけでも5つは付いており、ケイオスが少し頭を揺らすだけでピアス同士が当たり、チャリチャリと軽い音を立てた。

「それ、ご自身でやったのですか?」
「まあね。他に頼める人居ないし?」
「それもそうですね。昔ならともかく、今の師匠に友人がいるとは思えません」
「うーわ、辛辣。でも君だって人のことそうは言えないでしょ?」
「師匠よりは恵まれているつもりです」
「五十歩百歩って知ってる?」
 
 相変わらず容赦が無い。飛鳥の返答に、ケイオスは軽く肩を竦ませた。

「……で、実際どう? 似合ってる?」
「僕に聞くのが間違いだと思いますが……悪くは無いと思いますよ」

 最低限の身だしなみは気にするものの、世間で言う「お洒落」などとは縁遠く。似合っているのかと聞かれても、どう受け答えをすれば良いのか、飛鳥には分からい。それでも飛鳥の評価にケイオスは気を良くしたらしく、浮かべる笑みを一層濃くしながらある提案を持ちかけた。

「じゃあさ、飛鳥くんもしてみない?」
「……はあ?」

 相変わらず、何を言うかと思えば。突拍子の無い提案に、飛鳥は露骨に顔を顰めて見せた。 

「何故僕が」
「良いじゃん。たまにはこういうお洒落をしてみてもさ」
「すみません、興味がありません。そもそもお洒落をして、誰に見せるって言うんですか」
「僕がいるじゃん」
「貴方に見せてどうするんですか」
「僕が見たいんだって」
「嫌です」
「何で」
「必要性を感じないので」

 拒否されるのは想定の範囲内だったが、ここまで徹底して拒絶するとは。ケイオスは少し食い下がってみたものの、それでも飛鳥は固辞して見せた。
 本当に嫌なのか。真っ当な理由を述べているようだが、言葉の裏にある本心が僅かに透けているように見える。彼がピアスを拒む理由を何となく察したケイオスは、それならばと説得方法を変えることにした。

「そう言うけどさ、本当は怖いんじゃないの?」
「……は?」
「ピアスって、穴を開けるじゃん? 飛鳥くんって痛いの嫌いみたいだし……まあ、うん。良い歳して何かダサいよね。嘗て人類を震え上がらせた魔王様が、本当は体に針一本刺されるだけでも嫌で嫌で泣きたくなっちゃうお子様以下の存在ー……なんて。僕だったら恥ずかしくて人前には出られなくなっちゃうな」
「…………」

 これは明らかな挑発だ。
 乗ってはいけない。ケイオスの「やり方」は知っている。過去にもそうやってケイオスの挑発に乗り、痛い目を見たことがある。何度も同じ轍は踏まない。踏んでなるものか。

「ま、無理強いはしないよ。だってのは今に始まった事じゃないし、それに」
「やります」
「は?」
「ピアス、しますって言ったんです」

 それでも結局、負けず嫌いが勝ってしまって。
 余りにも分かり易く挑発に乗る飛鳥に、一瞬ケイオスの思考が追いつかず、間の抜けた声を上げる。
 まじまじと飛鳥の顔を見る。表情の変化は相変わらず乏しいが、彼のことを少しでも知る人が見ればそこそこ腹が立っていると分かるだろう。
 長い年月を経て、煽り耐性は多少付いたものと思ったが。大人気ない飛鳥の姿に、ケイオスは苦笑するしか無かった。


***


「それで、どうやって開けるんですか?」

 施術を受けるため、椅子に腰掛けた飛鳥は目の前で器具の準備をするケイオスに訊ねた。

「あー初心者はピアッサーとか、病院で開けるけど。僕はニードルでやったよ」

 こういうの。
 飛鳥の問いに対し、ケイオスは持っていたピアッシング用のニードルを彼の前に掲げて見せた。

「そんなのを…………刺すんですか?」
「そうだけど?」

 照明に照らされ、ギラリと光る先端を見て、飛鳥は軽く目を見開いた。想像以上に太く、鋭い。注射針なら医療行為としてーー多少我慢してーー受け入れられる。だが、この針が自身の耳たぶを貫通するのだと思うと、戦慄した。痛い。絶対に痛い。痛みで死ねる自信があると日頃から嘯いているが、本当にショック死するのではないか。

「別に止めても良いんだよ? 無理強いするつもりは無いし」
「…………やります。やって下さい」

 それでも、ここまで来てやっぱり止めますとは言えず。絞り出すような声で飛鳥はケイオスに促した。

「それじゃあ。飛鳥くんの初めてを貰っちゃおうかな」
「言い方もう少しあるでしょう」
「良いじゃん。嘘は言っていない。 ……マーキングはまあ、しなくても良いか。適当にこの辺で……」
「消毒は絶対にして下さい」
「はいはい」

 ケイオスは慣れた手つきで道具をいじり、準備を整えると椅子に座る飛鳥の右耳に手を伸ばした。柔らかな耳の縁を上から下に向かってなぞり、辿りついた耳たぶに触れるとしばらくその感覚を楽しむようにむにむにと弄った。

「うーん、やっぱ柔らかいね。触り心地が良くて楽しいかも」
「……からかってます?」
「別に? それじゃあ動かないでね。手元狂うから」

 いよいよ、針が刺さる。緊張で全身が強ばり、嫌な汗が背中を伝う。
 法力で痛覚を遮断出来ないだろうか。出来るとしたら、回路はどう組めば良いだろうか。しかしそんな事をしてケイオスにバレたら何を言われるか分からない。
 どうしよう、どうすれば。飛鳥が思考をフルに回転させてる間に、ケイオスは躊躇無くニードルを飛鳥の耳へ突き刺した。

「み゛ッぎぃ……!」

 ぞぶり。そんな音が聞こえた気がした。刺された瞬間に感じたのは、鈍い痛み。けれど直ぐに、灼けるような熱が刺された箇所を中心に広がっていった。

「はいオーケー。終わったよ」

 その後の処置は驚くほど早かった。肉を貫いた針が抜け、代わりにファーストピアスが通される。手際の良さは申し分なし。それでも、痛みに耐えるのに必死な飛鳥にはとてつもなく長く感じられた。痛いという感覚を何とか誤魔化せないか考える余り、呼吸が半分止まっていた。

「……大丈夫? 顔真っ青だけど?」

 飛鳥が痛みを嫌っているのを、ケイオスは知っていた。とは言え、ここまでの反応を見せられるとは思っていなかった。痛みで死ねる、という彼のそれは過言では無いのかも知れない。

「だい、じょうぶ……です?」
「何で疑問形?」
「僕に……聞かない、でくださ……い」

 体は小刻みに震え、軽く息が上がっている。余程怖かったのか、嫌だったのか。
 目の前で涙目になっている飛鳥を見て、ケイオスの中の魔が差した。

「あっはは、半泣きじゃん。強がっちゃって飛鳥くん可愛いねえ?」
「誰が……ッ、ひにィ!?」

 反論しようとした所でケイオスの舌が耳の縁を這い、その感覚に飛鳥は思わず悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちた。

「動揺しすぎ。君って耳弱かったっけ? 今度する時はじっくり責めてあげようかなあ」
「……揶揄わないで……下さい」

 舐められた部分を押さえつつ、飛鳥がよろよろと立ち上がる。慣れない痛みを必死で耐えたせいか、或いは耳を舐められた事に過剰に反応してしまった羞恥心からか。顔だけでなく、耳まで真っ赤になっていた。

「まあ、気に入らなかったら取れば良いよ。穴は自然に塞がるし」
「あの……アフターケアは」
「うーん、適当に消毒しておけば良いんじゃない? もし化膿しても、君なら簡単に治せるでしょ。ああでも、勢い余って開けた部分まで治さないようにね。まあそうなったらまた開けてあげるけど」
「本当に、適当ですね……貴方という方はーー……」

 研究や興味のある事柄への執着は異常なほど拘るのに、それ以外のことに関しては全くと言って良いほど無関心。今も昔も変わらない師匠の振る舞いに呆れつつも、飛鳥は懐かしさを覚え、言葉を飲み込んだ。
 そう、懐かしい。遠い昔、100年以上前のかつての師を思い出し、今の光景と重ねる。見た目も性格も変わり果てたが、根底に残っている「彼」は変わっていないのだ。

「それじゃ、僕は行こうかな。君の分身もそろそろ帰ってくるでしょ?」
「賢明な判断です。ここを壊されても困りますので、どうぞお引き取りを」
「はいはい。また来るよ」

 R#とケイオスの仲は最悪だ。犬猿なんて可愛い表現の枠には収まらない。顔を合わせれば口論は当たり前で、酷い時には周囲の事などお構いなしに殺し合いまで発展させる。飛鳥としては、後始末が面倒なのでそうなる事態は極力避けたい。
 ケイオスもその事を承知しているらしく、飛鳥の促しに素直に応じると時空を歪め、溶ける様にして去って行った。

「…………」

 一人になった飛鳥は窓の方に顔を向け、ガラスに映る自身の右耳を見て僅かに目を細めた。


***


 数十分後。
 地上での調査を終えたR#が、ティル・ナ・ノーグに戻ってきた。

「飛鳥、今戻ったーー……?」

 R#が部屋に入り、いつもの様に帰還した旨を伝えようとするも、それが最後まで紡がれることは無かった。

「お帰り。今回も良いデータが取れたみたいだね」

 R#の帰還を確認し、飛鳥が彼の方を見やる。何故彼の言葉が途中で途切れたのか。理由は何となく察せられた。オリジナルである飛鳥の変化に対し、R#は驚くほど敏感に気付く。今回もまた、出発前と今の僅かな違いが分かったのだろう。

「飛鳥、その耳は」
「ああ、うん。少しお洒落をしてみたくなって」
「……お洒落?」

 飛鳥の口から出た言葉が信じられず、R#は怪訝そうな顔をする。あの飛鳥が、お洒落。どういう風の吹き回しか。気まぐれだったとしても、普段の彼からしてそんな気が起こるとは考えられない。どこかで頭を打ったのか。
 R#が何か言いたそうな顔をしているが、それ以上の追求はさせまいと。飛鳥は僅かに口角を持ち上げるだけに留まった。

「もしかして、僕が居ない間に師匠が」
「さあ、今日のラジオの準備をしよう」

 R#の言葉を遮り、飛鳥は立ち上がる。先程あった出来事は、彼に知られたくない。ケイオスの事を嫌悪しているR#は、その名前を聞いただけで不機嫌になる。気まずい空気になりたくないと言うのはある。ただそれとは別に、飛鳥はちょっとした秘密を守りたい気分だった。
 ピアスが付いた耳はまだ痛いが、耐えられない程では無い。それどころか、今はその痛みが不思議と心地よく感じられた。こんな事を言えば益々怪しまれるだろう。

「今日も良い数字を発信できそうだ」

 だから、この事は秘密なのだ。例え分身であるR#にも、教えられない。飛鳥とケイオス。二人だけの、小さな秘密。
 言葉では表現し難い、胸の高鳴り。それを押さえつつ、飛鳥はラジオの準備に取りかかった。


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