【GG】Asuka×Chaos
「うーん……今回はあんまり気持ち良くなかったかなあ」
場所は都市の中心から少し外れた場所に位置する歓楽街。その大通りから一本入ったところにある、風俗店やラブホテルが立ち並ぶ裏路地。その中にある、古びたホテルの中から出て来たケイオスは、後頭部を掻きながら一人呟いた。
昨夜、たまたま立ち寄ったバーで意気投合した男と一夜を共にした。流石にケイオスの姿では悪目立ちする為、適当な青年の姿になっていたのだが、どうやらその見た目が男の好みだったらしい。自らがゲイであることを告白し、肉体関係を迫って来た男を、ケイオスは拒まなかった。セックスに然程関心は無いが、己を求める男が見せた、獣のようなギラついた眼差しに興味を持った。男はどんな風に自分を抱こうとするのか。どんな風に自分を求めるのか一夜限りとはいえ、どんな風にーー自分を愛すのか。
しかし実際の行為はケイオスが想像していた様にはならなかった。男のキスも、愛撫も、挿入してからの動きも。全てが下手だった。本人は慣れている、天国を見せてやる等と豪語していたが、はっきり言って思春期の性を覚えたての男子以下だ。猿と致していた方がまだ良かったかもしれない。
「……ペニスも大きければ良いってものでもないよね」
一応、彼の持っているイチモツだけは褒められるものだった。本当に、それだけだった。本人のテクニックがあんなに残念だったとは。過去にたくさんの女性を泣かせて来たと言っていたが、それは快楽ではなく、痛みによるものではないのかと疑ってしまう。
「……さて」
これからどうしようか。
時刻はまもなく正午を迎えようとしている。ケイオスとの行為に満足した男が先に出て行ってから、特に何かをするでもなくチェックアウトの時間ぎりぎりまでダラダラと過ごした。流石に時間を延長する意味も必要性も無かったため、とりあえず出て来た。昼食時だが、特に腹は空いていない。
何か面白い事件はないものか。無いならば、いっそ自身が引き起こしてみようか。良からぬ事を考え、目的地も決めずに歩いていると、角を曲がったところで目の前に人影が現れた。
「あれ、いたの?」
薄暗い路地に佇む彼は、本来ならばこの地上に存在しないはずの人間だった。数ヶ月前、ホワイトハウスの事件の後に自ら月へ行き、そこから透明な数字を発信し続けている。彼を模した存在は頻繁に地上を訪れているが、彼自身が直接降り立つことは余りない。自身の直弟子ーー飛鳥の姿を見たケイオスは目を丸くし、足を止めて確認するように訊ねた。
「いてはいけませんか?」
「いや? ただちょっと驚いたかな。『君』がここに居るってのがさ。何かあったの?」
「気になることがあったので」
「へえ、『彼』じゃ確認できない事?」
「ええ、これは僕自身の問題です」
はっきりと断言した。それを聞き、ケイオスは片手を顎に添えながら緩く首を左右に傾ける。飛鳥が生み出した、彼自身のクローンは非常に優秀で、大抵のことは一人で解決してしまいそうだと思ったが。そのクローンでの解決が難しいと言うなら、一体どんな案件か。飛鳥が言う、自身の問題に興味が湧き、ケイオスは詳細を聞き出そうと口を開きかけーーそれを飛鳥が制するように先に言葉を発した。
「またあんな事をしていたんですか」
それは咎めるような口調だった。あんな事、と言うのは昨夜ケイオスが男と致した行為についてだろうか。しかし、何故飛鳥がそれを知っているのか。それも、またとは。
「飛鳥くんに覗きの趣味があるとは思わなかったなあ」
「勘違いしないで下さい。監視の延長上で見てしまっただけです」
「でも見たことに変わりはないじゃないか。世界を恐怖のどん底に陥れた魔王様が、師匠である男の情交を窃視してるとか流石にドン引き案件じゃない? 訴えられたら勝てないよ?」
「はぐらかさないで下さい」
飛鳥はケイオスが言い終わるか否かのタイミングで鋭く切り込んだ。彼のペースに乗せられてはいけない。わざと回りくどい言い方をして、こちらが聞き出したい情報を有耶無耶にする。第一の男と呼ばれていた時から見た目も性格も、何もかも変わってしまったが、弟子に対し都合の悪いことを隠そうとするその「癖」は変わっていなかった。
じ、と。サングラス越しに飛鳥の顔を見詰める。彼は元々表情の変化に乏しく、何を考えているのか素人目では判断しにくい。付き合いの長いケイオスでも全てを察することは出来なかったが、彼が何かに憤っているのは薄っすらと理解することが出来た。
「師匠」
さて、どう受け答えをしたものか。普段よりもワントーン低い声で自らを呼ぶ飛鳥に対し、ケイオスは僅かに眉を撓める。これは相当怒っている。普通の人間ならばその威圧感に畏縮し、震え上がるだろう。気の弱い者なら意識を失ってしまうかもしれない。背徳の炎とは異なる凄みを見せる飛鳥を宥めるのは容易ではない。昔も機嫌を損ねるとそこから回復するのに随分手こずった等と、記憶の片隅にあるそれをぼんやり思い出していると、飛鳥は眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「もうやめて下さい」
「何を?」
「誰彼構わず情を交わすことをです」
「何で?」
「仮にも自分の師匠がそういう事をしているというのが恥ずかしいんです。貴方が人間だった頃なら世間を揺るがす一大スキャンダルで大騒ぎになるところでしたよ」
「仮にもって」
相変わらず師匠に対する対応が辛辣ーー今時の言葉を使えば塩である。言いたいことを遠慮なく、ストレートに言って来る。デリカシーの欠片もない。そういう無神経な所が、友人が増えない原因ではないかと何時だったか問うた気がする。
それにしても、面倒な事になった。どうやら彼はケイオスが今回に限らず、多くの人間と肉体関係を持っている事を知っている。具体的にどこまで把握しているのかは不明だが、相当不快に感じているのだろう。普段よりも言葉の棘に鋭さを感じる。
「うーん……でもさあ」
だが、そんな飛鳥の言動にケイオスは小さな違和感を覚えた。言っていることはもっともだが、何か違う。彼はもっと、別の事で怒っているような気がする。しかしケイオスにはそれが分からず、腕を組みながら困った様に口元を歪ませた。
「君、世間体を気にするタイプじゃないよね?」
「…………」
「何が気に入らないの? 今の僕が何をしようと、君の知ったことじゃあない。そうだろう?」
「世界の脅威になる可能性があります」
「確かにその可能性はゼロじゃない。僕はスーパーマンにもなる時もあれば、恐怖の大王にもなる時もある。でも昨日のアレが、世界の脅威になると思う? まさか僕のオーガズムで街一つ吹っ飛ぶとか考えちゃった? それは幾らナチュラルボーンクレイジーな君でも発想がぶっ飛んでるよ?」
飛鳥の望む世界平和の実現に、ケイオスの存在が障害になりうる事は否定しない。ただ、今回に関してはその可能性は考えにくい。実際、今回のケイオスは特に悪事を考えていた訳ではなく、行きずりの恋『らしきもの』を楽しんだだけだ。アバンチュールと呼ぶほどのものでもなく、ただ流れに身を委ねただけ。飛鳥が警戒する様な事は何もない。
ケイオスに言い返され、飛鳥が黙り込む。言っている事は正論だ。ぐうの音も出ない。しかし、性に奔放過ぎる師の行動には物申したい。具体的に何を、どう言えば良いかは分からないが。
「……師匠」
「何?」
長い長い沈黙の末、飛鳥は絞り出す様にして声を発した。表情は相変わらず無に近いが、その声音からは戸惑いや躊躇いといった歯切れの悪さを感じる。飛鳥がそんな風に喋るのは珍しいと。ケイオスは興味を抱きつつ彼の言葉の続きを待った。
飛鳥は一度言葉を切り、深く息を吸うと長い時間をかけて吐き出した。その動作を終えると、覚悟を決めた様にケイオスを見据え、再び口を開いた。
「僕とセックスして下さい」
***
「もう少しさあ、誘い方ってのがあったんじゃない?」
昨夜滞在したホテルのものより柔らかく、上質な素材で出来たベッドの上に横になり、ケイオスは目の前の飛鳥を見遣った。
「貴方からセックスの誘い方は教わりませんでしたので」
「それ、僕が悪いの?」
歓楽街の裏路地で再会し、素行を咎められたかと思えばいきなりセックスをしたいと誘われた。流石に真昼間から致す気にはなれず、日が沈むのを待ってから場所を移動し、二人で高層ビル群の中に聳え立つラグジュアリーホテルに入った。そのままの姿では目立つ為、他者からは若いカップルに見える様、互いに法力で姿を変えた。当然、予約などしていなかったが、今はオフシーズンなのかフロントは快く二人を歓迎し、チェックインは問題なく済んだ。そうして最上階のスイートルームに通され、元の姿に戻って今に至る。
「こういう時、ムードって大事だと思うんだけどなあ……」
かつて第一の男と呼ばれていたケイオスは、法力の研究以外にも様々な知識を飛鳥に与えた。だが彼の言う通り、相手を情事に誘う為のいろはは教えなかった。そも、教えようがなかった。当時のケイオスは研究一筋で、誰かとセックスをしたい等と思うことが無かった。一人でする事も無かった。今の姿になってようやく、人と性に関する事柄に興味を持ち、他人とセックスする楽しみを覚えた。ただ、どんなに相性の良い相手でも一夜限りの関係としていた。そこに恋や愛は存在しない。相手がどう思っているかは知らないが、少なくともケイオスの中にはその様な感情は一切芽生えなかった。そんなケイオスがムードだ何だと言っても説得力は皆無なのだが、ここは敢えて黙っておくこととした。
「それで、本当に君は僕を抱こうと思ってる?」
律儀にシャワーを浴びてきた飛鳥を見て、ケイオスが問う。ケイオスはどうせ汚れるからとシャワーを浴びなかった。最悪、万能の力を使えばどうとでもなる。
飛鳥は浴衣に近い形状のバスローブを羽織り、ケイオスの傍へ歩み寄る。無言の肯定。生真面目な彼は気の知れた友人であっても冗談を言うことはほとんど無い。かつての師匠が相手となれば尚更だ。表情は変わらないが、緊張しているのだろうか。普段より硬く感じられた。
このホテルに来るまでに、ケイオスは自分に抱かれたいのか、それとも抱きたいのか飛鳥に訊ねた。すると飛鳥は少し黙ってから『抱きたいです』と小さな声で返した。ケイオスとしては立場がどちらでも問題無かったが、飛鳥の選択は正直意外だった。彼は、自分に抱かれたいと言うのではないかと。勝手に思い込んでいた。それは彼の見目や、性格から推測して出した考えであった。完全に先入観に囚われていた己に内心で自嘲し、ケイオスは僅かに口元を歪ませた。
「……まあ、本気なら止めないけど。精々僕を楽しませてよ? こうして付き合ってあげるんだからさ」
昔から性欲のせの字も無い、枯れた青年だったのに。更に言うと数か月前、ケイオスが無理やり飛鳥の童貞を卒業させたため、性行為はトラウマになっていてもおかしくない。あの時ケイオスはわざと女性の体になって致したが、今は違う。男の体なら、平気なのだろうか。いずれにしても、飛鳥が自ら望むならと。ベッドから上体を起こし、両手を軽く広げて彼を受け入れる姿勢を取った。
「……、善処します」
前回はケイオスが一方的に行為を進めたが、今回は飛鳥に主導権を譲るつもりらしい。その姿を見た飛鳥は一言、小さく返すとベッドの端に乗り上げ、ケイオスの正面に迫った。
さて、まずはどうするのか。ケイオスが様子を見ていると、飛鳥は両手でケイオスの頬を包み込む様にして触れ、その薄い唇に自らのそれを重ねた。恋人同士がセックスの前にキスをする。良くある光景だ。飛鳥もそれを真似たのだろう。けれど触れ合う加減が分からなかったのか、彼の動作には少々勢いがあり。唇同士には確かに触れたが、更にその奥にある歯列に衝撃が走った。
「……、んぶッ!」
ごつ、と当たる感覚にケイオスは目を見開き、思わず声を上げた。今の姿になってから痛覚は無いに等しいが、最近は少しでも人を理解しようと敢えて人並みの痛覚を自らの身に与えていた。歯が当たったのだろう。口内に鈍い痛みが広がる。血の味はしないので、傷にはなっていないだろう。
「……っ!? す、すみません」
「あ、そこは謝るんだ?」
てっきり、キスの仕方は教わらなかったのでと言われるかと。ケイオスの反応を見た飛鳥は即座に唇を離し、彼にしては珍しく焦った様子で謝罪の言葉を口にする。それに対しケイオスは、いつもの様に冷たく対応されると思っていたため、思わず聞き返した。
「……あれから、自分なりにセックスの仕方を調べました。ただ、知識は得られても実践する機会はありませんでしたので……」
ケイオスから視線を逸らし、飛鳥は気まずそうに言った。あの時のセックスは完全にケイオスが主導権を握り、飛鳥はされるがままだった。あの状態から良く自分を抱きたいという思考に至ったものだ。彼の事だから、もう二度としたくないと思ってもおかしくない筈だが。
「要はぶっつけ本番ってわけ?」
「……そうなります」
「その相手が僕って、結構ハードルが高いと思うんだけどなあ……」
この分だと、昨夜相手にした男よりも肉体的な快楽は得られないだろう。絶頂に至るかも疑問だ。通常ならば、ここで話にならないと飛鳥を一蹴し、拒絶するところだが。
「キスはね、最初は軽く触れる程度からすると良いよ」
「……え?」
「慣れてきてから深くして行くんだ……こうやって、ね」
それは単なる気まぐれか、或いは思う所があったのか。ケイオスは苦笑しつつも飛鳥を否定することはせず、自身のジャケットを脱いでベッドの傍へと放り投げ、手本を見せる様に飛鳥の頬を両手で包み、優しく唇を重ねた。
***
薄暗い室内に濡れた音が響く。
ベッドに腰かける体勢を取っていたケイオスは、己の股間に顔を埋める飛鳥の姿をじっと見下ろしていた。
下手なキスから始まり、不器用な愛撫を経て、飛鳥はケイオスの陰茎に辿り着いた。少しでも師を昂らせようと、ぎこちない手つきでそれに触れ、扱き、やがて自ら口に含んだ。一応、口淫についても心得て来たらしい。
「…………うーん……」
飛鳥がケイオス自身をしゃぶってどれ位の時間が経っただろうか。最初の時よりは幾らか質量を持っているが、勃起には程遠い。飛鳥の口の中は温かい。ケイオスの為に頑張って奉仕しているのも分かる。それでも、技術の未熟さはカバーし切れておらず。ケイオスは未だ達することが出来ず、もどかしい状況に置かれていた。
「君さあ、言っちゃ悪いけど下手だよね。自分でシた方が早いよ、これじゃあ」
何度も口に含み、舌を絡ませ、時に吸い上げ。うっかり歯を立てそうになって、慌てて口を離して。そんな動作を、先程から何度も繰り返している。
そろそろ顎も疲れて来る頃だろう。何事も諦めない精神は素晴らしいが、このままでは夜が明ける。ケイオスは苦笑いを浮かべながら飛鳥の後頭部を掴むと、彼の口内の奥まで自らを押し込んだ。
「……ッ、ぐぅ!?」
「歯、立てちゃ駄目だよ。少し我慢して」
舌の根元より更に先まで入れたことで、飛鳥は瞳を見開き、悲鳴染みた声を上げる。嘔吐反射により強い吐き気が生じ、飛鳥は咄嗟に逃れようとするが、ケイオスの手が後頭部を抑えている為、動くことが出来ない。吐きそうになるのを必死に堪えていると、ケイオスは自ら腰を動かし、飛鳥の口内を蹂躙した。眼下で苦痛に歪む飛鳥の顔を眺めていると、先程まで中途半端な硬さだった陰茎は確かな質量を持ち、飛鳥の中で膨張して行った。それに気付いた飛鳥が、これ以上は無理だと言わんばかりに嘔吐き、ケイオスの手を剝がそうと自らの手で掴んだ。
「あ、ごめん。出る」
「う゛……ーーッ!?」
ずくりと脈打つ陰茎に飛鳥が思わず身を引こうとするも、ケイオスの手はそれよりも強い力で彼を抑え込んで離さない。結果、ケイオスは飛鳥の口内に絶頂の証を吐き出した。直前で喉の奥限界まで突っ込んだのは、吐き出した白濁が口内に残る時間を出来るだけ少なくしてやろうという申し訳程度の慈悲か。
「……っは、はぁ……っ、げほっ……! うェ゛……ッ!」
喉を鳴らし、飛鳥が白濁を嚥下する。瞬間、ケイオスは飛鳥の口内から陰茎を引き抜き、解放した。不足した酸素を取り込もうと飛鳥が何度も荒い呼吸を繰り返し、同時に激しく噎せ込んだ。一気に飲み込んだ様だったが、それでも喉に絡み付く不快感は完全には取り除けなかったか。
「苦しかった? ……ごめんね。嫌ならもう止めても良いんだよ?」
吐かずに飲み込めた事は立派だと。ケイオスは飛鳥の頭を優しく撫でながら囁く。ここまですれば、諦めもつくだろう。異性ならまだしも、セックスで同性相手に上に立つのは不向きであると。経験不足を差し引いても、相手を悦ばせる才能が無いとケイオスは感じていた。彼の自尊心がボロボロになる前に、止める勇気も必要だ。らしくない考えであったが、それは弟子を思う師としての「心」の残滓がケイオスの中にあるからか。
「…………まだ」
ようやく呼吸が整って来たらしく。飛鳥は口元を手の甲で拭いながら顔を上げた。目には生理的な涙が滲み、何とも情けない表情をしている。けれどその瞳には諦めの色は一切無く、ケイオスは僅かに眉を顰めた。
「まだ僕は、満足していません」
「……え、本気で言っているの?」
「僕は、いつだって……本気です。気の利いたジョークを……ッ、言える様な人間でないことは、師匠が……一番良く分かって、いると……思いますが……?」
緩慢な動作で立ち上がり、ベッドに座るケイオスを見下ろす。途切れ途切れに紡がれる言葉を聞き、そういえばそうだったと。ケイオスは両手を肩の高さまで持ち上げ、降参の姿勢を取って見せた。真面目過ぎて不器用で、いつも少し言葉が足らない。優秀でありながら人としてダメな部分も多く抱えた、天才にして異端の問題児。それが飛鳥という男だった。
「しょうがないなあ」
こうなったら最後までするしかないだろう。ケイオスはベッドの真ん中までずるずると移動し、四つん這いの体勢になり、飛鳥の方へ自らの臀部を向け、突き出す様な体勢を取った。
「……師匠?」
「こっちの体勢の方が、しやすいでしょ?」
正常位でするのは飛鳥の体力と筋力が心配だ。かと言って騎乗位になれば以前のトラウマーーになっていると思われるーーを掘り起こしかねない。そうなれば飛鳥に負担をかけない体位はこれしかない。ケイオスは自らの秘部に手を伸ばし、飛鳥に見える様その部分を指先で軽く広げて見せた。本来ならば十分に慣らしてから受け入れるべきであるが、ここ数日は毎晩誰かしら受け入れていたため、軽く解す程度で何とかなりそうだ。
「ほら、ここに挿れなよ。君の滾ってるそれを、さ?」
一応、サイドテーブルに備え付けてあったローションを手に取り、指先に垂らして入り口付近に塗りたくる。媚薬効果もあるのだろうか。塗った部分が熱い気がする。
目の前で恥ずかしげもなく恥部を晒し出すケイオスに飛鳥は僅かに眉間に皺を刻んだ。しかし、表情に反して彼の下半身は確かに反応を示し、勃ち上がっていた。師匠は全てお見通しという事か。
全く、敵わない。今も昔も、常に自分より一枚も二枚も上手な師匠に嘆息し、飛鳥はベッドの上に乗り上げた。ケイオスの真後ろに膝立ちになりながら袴の紐を解き、そそり立つ自身を取り出すと、片手をケイオスの腰付近に添えた。
「師匠、挿入りますよ」
わざわざ確認をしなくても良いのにと、ケイオスが彼に見えない位置で苦笑する。けれどその余裕も、直後体内に入り込んで来た飛鳥自身によって一瞬でかき消された。
「ふっ……、は……!」
女性の姿で飛鳥を受け入れた事はあるが、今の姿で受け入れるのは今回が初めてだ。その時と異なる圧迫感と、内壁を擦り上げる感覚にケイオスは目を見開き、軽く上体を仰け反らせる。この感覚は初めてではない。既に多くの者と致して来た故、慣れているつもりだった。しかし『飛鳥』を受け入れていると思うと、言葉にし難い感覚が背筋を駆け抜けて行き、シーツを握る手に力が籠った。
「……ッ、師匠の中……すごく、熱いです」
「そうだと、思うけど……ッ!?」
根元まで収めた飛鳥が熱を孕んだ溜息を洩らし、覆い被さる様な体勢を取りながらケイオスの耳元で囁く。普段声に抑揚の無い彼のそれがどこか嬉しそうに聞こえたのは、果たして気のせいだったのか。その後、飛鳥は「動きます」と短く宣言をし、ゆっくりと腰の律動を開始した。
「ふっ……は、」
やはり、と言うべきか。腰の動きはぎこちなく、ケイオスが気持ち良いと感じる部位にはなかなか当たらない。この前のようにケイオスが上になり、自ら動いても良かったが、今回は敢えて飛鳥に任せることにした。飛鳥の尊厳を大事にしたい、なんて思った訳ではない。そも、尊厳ならこの前のセックスの時にめちゃくちゃにしてしまった。それから良くこうして自分を抱きたいと思ったものだと、飛鳥に突かれながらケイオスは心の中で苦笑した。
最初は恐る恐る、おっかなびっくりな動作であった。それでも徐々に動きは激しくなっていき、皮膚と皮膚がぶつかり合う乾いた音の鳴り響く間隔が短くなって行った。更に、濡れた音も大きくなり、互いの鼓膜を震わせる。まだまだ上手いとは言い難いが、それでもケイオス自身が再度勃起する状態にまで、飛鳥は彼に快楽を与えられるようになっていた。
「はっ……、ぐぅ……ァ!」
「師匠ッ……っは、ァ……し、しょうっ……!」
内部の締め付けが強くなり、それに呼応するかの様に飛鳥自身が更なる欲を宿す。最早余裕は無く、飛鳥はケイオスを呼びながら何度も腰を打ち付けた。
そうして互いに限界を迎えようとした、その時だった。飛鳥は徐に体を密着させると、ケイオスの耳元に再び顔を寄せ、ある言葉を囁いた。
「 」
「……ーーッ!?」
予想だにしなかった、遠い過去に置いて来たと思っていた、今となってはケイオスと飛鳥以外、知る者は居ないだろう、それ。
それは、反則だ。ケイオスがそう言おうとした瞬間、体内の飛鳥自身がずくりと脈打ち、白い欲望を一気に放出する。無意識の内に、飛鳥自身を強く締め付けていたのだろう。それこそ、彼の持つ精を全て搾り取ろうとする様に。
無自覚か、それともわざとなのか。飛鳥に訊ねる余裕は最早無く。放たれた熱が体内を満たして行く感覚によってケイオスも限界を迎え、力なく果てた。
***
「何で僕を抱こうと思ったの?」
互いに絶頂の余韻に浸り、心身共に落ち着きを取り戻してから。ケイオスは脱ぎ捨てていた衣服を纏いながら飛鳥に訊ねた。
「欲求不満ってわけでも無さそうだし。仮にそうだとしても、僕である必要は無いと思うんだけど」
例えばほら、君のバックアップとか。それを言うと、既に身なりを整えていた飛鳥は露骨に渋い表情を浮かべて見せた。
「流石に、見た目が自分と全く同じ人物とするのはどうかと思います」
「まあ、そうかもしれないね。でもさ、それなら自分好みのヒトを造れば良いんじゃない? 自分のバックアップ造れる位なんだから、よゆーー」
「師匠が、良いんです」
ケイオスの言葉を遮る形で、飛鳥は言葉を発した。強い口調で、まるでケイオス以外は有り得ないと言う様に。予想だにしなかった答えにケイオスは目を丸くし、真意を問おうと正面から彼を見据える。
「師匠じゃないと、駄目なんです」
「どうして?」
「…………分かりません」
「いや分かりませんって、そんな事ある?」
そもそも、自分は飛鳥には余り好かれていない筈だ。彼がケイオスに抱いている感情は複雑であることは知っている。けれどそこに好意があるとは考え難く、仮にあったとしても抱きたいと思えるほど自分は魅力的な体躯だろうか。普通にセックスをするなら、柔らかな肉感のある女性の方が良いと思うのだが。
「……ッ、ああもう。分かってて聞いているでしょう!?」
飛鳥の考えが益々分からず、ケイオスが首を傾げると、それまで歯切れの悪い言葉を紡いでいた飛鳥が突然声を荒げた。
「へ?」
「いや、だから……ーーとに、かくッ……! 誰彼構わず……セックスしようとしないで下さい!」
自分の中の感情を上手く言葉に出来ないもどかしさに苛立ったのか。飛鳥はケイオスと目を合わせず、早口でそう告げると法力を展開し、転移の術によって部屋から消え去った。
「…………」
飛鳥らしくないその態度に、残されたケイオスは暫し茫然と彼が先程までいた空間を見詰める。元々言葉足らずで、昔から他人との意思疎通が上手く行かず頻繁にトラブルを起こしていたが。今回はそれとは少し違う気がする。上手く言えない、と言うよりは言いたくないような。
不可解な現象についての答えを探し求め、ベッドの上で一人考え込む。そうしてどれ程の時間が経ったのか。やがて去り際に飛鳥の顔が僅かに顔が赤かった事を思い出したケイオスは、一つの可能性に辿り着いた。
「……や、まさかねえ」
そんな事が有り得るのか。彼が、己を望んでいるなんて。他人に対し、嫉妬をしているなんて。
否、たまたまだ。きっとそう。都合が良かっただけなのだろう。あの時あの『名』を呼んだのも。きっと、たまたま。偶然なのだ。そうでなければならない。その感情は、出してはいけない。見せてはいけない。これからも、彼自身のためにも。
「まあ、良いか。飛鳥くんがそう言うなら、考えてみるよ」
既に居なくなっている彼に向けて、聞こえていないと思いながらも承諾の意を示して見せる。彼が今後どう己と接するかは分からない。ただ、もしかしたら、今までとは違う関係性が構築される可能性もある。それは完全に未知の世界で、もしそうなったらそれはそれで面白そうだと。ケイオスは一人肩を揺らしながら笑った。
「もう『僕』を覚えているのは君しかいないからねえ」
自身の「中」には色々なモノが多すぎて、本来の自分は分からなくなっていると思っていたが。意外にも人を想う心は残っているのかも知れない。ケイオスは肩を揺らしながら笑うと、チェックアウトの手続きをするべくベッドから立ち上がった。
場所は都市の中心から少し外れた場所に位置する歓楽街。その大通りから一本入ったところにある、風俗店やラブホテルが立ち並ぶ裏路地。その中にある、古びたホテルの中から出て来たケイオスは、後頭部を掻きながら一人呟いた。
昨夜、たまたま立ち寄ったバーで意気投合した男と一夜を共にした。流石にケイオスの姿では悪目立ちする為、適当な青年の姿になっていたのだが、どうやらその見た目が男の好みだったらしい。自らがゲイであることを告白し、肉体関係を迫って来た男を、ケイオスは拒まなかった。セックスに然程関心は無いが、己を求める男が見せた、獣のようなギラついた眼差しに興味を持った。男はどんな風に自分を抱こうとするのか。どんな風に自分を求めるのか一夜限りとはいえ、どんな風にーー自分を愛すのか。
しかし実際の行為はケイオスが想像していた様にはならなかった。男のキスも、愛撫も、挿入してからの動きも。全てが下手だった。本人は慣れている、天国を見せてやる等と豪語していたが、はっきり言って思春期の性を覚えたての男子以下だ。猿と致していた方がまだ良かったかもしれない。
「……ペニスも大きければ良いってものでもないよね」
一応、彼の持っているイチモツだけは褒められるものだった。本当に、それだけだった。本人のテクニックがあんなに残念だったとは。過去にたくさんの女性を泣かせて来たと言っていたが、それは快楽ではなく、痛みによるものではないのかと疑ってしまう。
「……さて」
これからどうしようか。
時刻はまもなく正午を迎えようとしている。ケイオスとの行為に満足した男が先に出て行ってから、特に何かをするでもなくチェックアウトの時間ぎりぎりまでダラダラと過ごした。流石に時間を延長する意味も必要性も無かったため、とりあえず出て来た。昼食時だが、特に腹は空いていない。
何か面白い事件はないものか。無いならば、いっそ自身が引き起こしてみようか。良からぬ事を考え、目的地も決めずに歩いていると、角を曲がったところで目の前に人影が現れた。
「あれ、いたの?」
薄暗い路地に佇む彼は、本来ならばこの地上に存在しないはずの人間だった。数ヶ月前、ホワイトハウスの事件の後に自ら月へ行き、そこから透明な数字を発信し続けている。彼を模した存在は頻繁に地上を訪れているが、彼自身が直接降り立つことは余りない。自身の直弟子ーー飛鳥の姿を見たケイオスは目を丸くし、足を止めて確認するように訊ねた。
「いてはいけませんか?」
「いや? ただちょっと驚いたかな。『君』がここに居るってのがさ。何かあったの?」
「気になることがあったので」
「へえ、『彼』じゃ確認できない事?」
「ええ、これは僕自身の問題です」
はっきりと断言した。それを聞き、ケイオスは片手を顎に添えながら緩く首を左右に傾ける。飛鳥が生み出した、彼自身のクローンは非常に優秀で、大抵のことは一人で解決してしまいそうだと思ったが。そのクローンでの解決が難しいと言うなら、一体どんな案件か。飛鳥が言う、自身の問題に興味が湧き、ケイオスは詳細を聞き出そうと口を開きかけーーそれを飛鳥が制するように先に言葉を発した。
「またあんな事をしていたんですか」
それは咎めるような口調だった。あんな事、と言うのは昨夜ケイオスが男と致した行為についてだろうか。しかし、何故飛鳥がそれを知っているのか。それも、またとは。
「飛鳥くんに覗きの趣味があるとは思わなかったなあ」
「勘違いしないで下さい。監視の延長上で見てしまっただけです」
「でも見たことに変わりはないじゃないか。世界を恐怖のどん底に陥れた魔王様が、師匠である男の情交を窃視してるとか流石にドン引き案件じゃない? 訴えられたら勝てないよ?」
「はぐらかさないで下さい」
飛鳥はケイオスが言い終わるか否かのタイミングで鋭く切り込んだ。彼のペースに乗せられてはいけない。わざと回りくどい言い方をして、こちらが聞き出したい情報を有耶無耶にする。第一の男と呼ばれていた時から見た目も性格も、何もかも変わってしまったが、弟子に対し都合の悪いことを隠そうとするその「癖」は変わっていなかった。
じ、と。サングラス越しに飛鳥の顔を見詰める。彼は元々表情の変化に乏しく、何を考えているのか素人目では判断しにくい。付き合いの長いケイオスでも全てを察することは出来なかったが、彼が何かに憤っているのは薄っすらと理解することが出来た。
「師匠」
さて、どう受け答えをしたものか。普段よりもワントーン低い声で自らを呼ぶ飛鳥に対し、ケイオスは僅かに眉を撓める。これは相当怒っている。普通の人間ならばその威圧感に畏縮し、震え上がるだろう。気の弱い者なら意識を失ってしまうかもしれない。背徳の炎とは異なる凄みを見せる飛鳥を宥めるのは容易ではない。昔も機嫌を損ねるとそこから回復するのに随分手こずった等と、記憶の片隅にあるそれをぼんやり思い出していると、飛鳥は眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「もうやめて下さい」
「何を?」
「誰彼構わず情を交わすことをです」
「何で?」
「仮にも自分の師匠がそういう事をしているというのが恥ずかしいんです。貴方が人間だった頃なら世間を揺るがす一大スキャンダルで大騒ぎになるところでしたよ」
「仮にもって」
相変わらず師匠に対する対応が辛辣ーー今時の言葉を使えば塩である。言いたいことを遠慮なく、ストレートに言って来る。デリカシーの欠片もない。そういう無神経な所が、友人が増えない原因ではないかと何時だったか問うた気がする。
それにしても、面倒な事になった。どうやら彼はケイオスが今回に限らず、多くの人間と肉体関係を持っている事を知っている。具体的にどこまで把握しているのかは不明だが、相当不快に感じているのだろう。普段よりも言葉の棘に鋭さを感じる。
「うーん……でもさあ」
だが、そんな飛鳥の言動にケイオスは小さな違和感を覚えた。言っていることはもっともだが、何か違う。彼はもっと、別の事で怒っているような気がする。しかしケイオスにはそれが分からず、腕を組みながら困った様に口元を歪ませた。
「君、世間体を気にするタイプじゃないよね?」
「…………」
「何が気に入らないの? 今の僕が何をしようと、君の知ったことじゃあない。そうだろう?」
「世界の脅威になる可能性があります」
「確かにその可能性はゼロじゃない。僕はスーパーマンにもなる時もあれば、恐怖の大王にもなる時もある。でも昨日のアレが、世界の脅威になると思う? まさか僕のオーガズムで街一つ吹っ飛ぶとか考えちゃった? それは幾らナチュラルボーンクレイジーな君でも発想がぶっ飛んでるよ?」
飛鳥の望む世界平和の実現に、ケイオスの存在が障害になりうる事は否定しない。ただ、今回に関してはその可能性は考えにくい。実際、今回のケイオスは特に悪事を考えていた訳ではなく、行きずりの恋『らしきもの』を楽しんだだけだ。アバンチュールと呼ぶほどのものでもなく、ただ流れに身を委ねただけ。飛鳥が警戒する様な事は何もない。
ケイオスに言い返され、飛鳥が黙り込む。言っている事は正論だ。ぐうの音も出ない。しかし、性に奔放過ぎる師の行動には物申したい。具体的に何を、どう言えば良いかは分からないが。
「……師匠」
「何?」
長い長い沈黙の末、飛鳥は絞り出す様にして声を発した。表情は相変わらず無に近いが、その声音からは戸惑いや躊躇いといった歯切れの悪さを感じる。飛鳥がそんな風に喋るのは珍しいと。ケイオスは興味を抱きつつ彼の言葉の続きを待った。
飛鳥は一度言葉を切り、深く息を吸うと長い時間をかけて吐き出した。その動作を終えると、覚悟を決めた様にケイオスを見据え、再び口を開いた。
「僕とセックスして下さい」
***
「もう少しさあ、誘い方ってのがあったんじゃない?」
昨夜滞在したホテルのものより柔らかく、上質な素材で出来たベッドの上に横になり、ケイオスは目の前の飛鳥を見遣った。
「貴方からセックスの誘い方は教わりませんでしたので」
「それ、僕が悪いの?」
歓楽街の裏路地で再会し、素行を咎められたかと思えばいきなりセックスをしたいと誘われた。流石に真昼間から致す気にはなれず、日が沈むのを待ってから場所を移動し、二人で高層ビル群の中に聳え立つラグジュアリーホテルに入った。そのままの姿では目立つ為、他者からは若いカップルに見える様、互いに法力で姿を変えた。当然、予約などしていなかったが、今はオフシーズンなのかフロントは快く二人を歓迎し、チェックインは問題なく済んだ。そうして最上階のスイートルームに通され、元の姿に戻って今に至る。
「こういう時、ムードって大事だと思うんだけどなあ……」
かつて第一の男と呼ばれていたケイオスは、法力の研究以外にも様々な知識を飛鳥に与えた。だが彼の言う通り、相手を情事に誘う為のいろはは教えなかった。そも、教えようがなかった。当時のケイオスは研究一筋で、誰かとセックスをしたい等と思うことが無かった。一人でする事も無かった。今の姿になってようやく、人と性に関する事柄に興味を持ち、他人とセックスする楽しみを覚えた。ただ、どんなに相性の良い相手でも一夜限りの関係としていた。そこに恋や愛は存在しない。相手がどう思っているかは知らないが、少なくともケイオスの中にはその様な感情は一切芽生えなかった。そんなケイオスがムードだ何だと言っても説得力は皆無なのだが、ここは敢えて黙っておくこととした。
「それで、本当に君は僕を抱こうと思ってる?」
律儀にシャワーを浴びてきた飛鳥を見て、ケイオスが問う。ケイオスはどうせ汚れるからとシャワーを浴びなかった。最悪、万能の力を使えばどうとでもなる。
飛鳥は浴衣に近い形状のバスローブを羽織り、ケイオスの傍へ歩み寄る。無言の肯定。生真面目な彼は気の知れた友人であっても冗談を言うことはほとんど無い。かつての師匠が相手となれば尚更だ。表情は変わらないが、緊張しているのだろうか。普段より硬く感じられた。
このホテルに来るまでに、ケイオスは自分に抱かれたいのか、それとも抱きたいのか飛鳥に訊ねた。すると飛鳥は少し黙ってから『抱きたいです』と小さな声で返した。ケイオスとしては立場がどちらでも問題無かったが、飛鳥の選択は正直意外だった。彼は、自分に抱かれたいと言うのではないかと。勝手に思い込んでいた。それは彼の見目や、性格から推測して出した考えであった。完全に先入観に囚われていた己に内心で自嘲し、ケイオスは僅かに口元を歪ませた。
「……まあ、本気なら止めないけど。精々僕を楽しませてよ? こうして付き合ってあげるんだからさ」
昔から性欲のせの字も無い、枯れた青年だったのに。更に言うと数か月前、ケイオスが無理やり飛鳥の童貞を卒業させたため、性行為はトラウマになっていてもおかしくない。あの時ケイオスはわざと女性の体になって致したが、今は違う。男の体なら、平気なのだろうか。いずれにしても、飛鳥が自ら望むならと。ベッドから上体を起こし、両手を軽く広げて彼を受け入れる姿勢を取った。
「……、善処します」
前回はケイオスが一方的に行為を進めたが、今回は飛鳥に主導権を譲るつもりらしい。その姿を見た飛鳥は一言、小さく返すとベッドの端に乗り上げ、ケイオスの正面に迫った。
さて、まずはどうするのか。ケイオスが様子を見ていると、飛鳥は両手でケイオスの頬を包み込む様にして触れ、その薄い唇に自らのそれを重ねた。恋人同士がセックスの前にキスをする。良くある光景だ。飛鳥もそれを真似たのだろう。けれど触れ合う加減が分からなかったのか、彼の動作には少々勢いがあり。唇同士には確かに触れたが、更にその奥にある歯列に衝撃が走った。
「……、んぶッ!」
ごつ、と当たる感覚にケイオスは目を見開き、思わず声を上げた。今の姿になってから痛覚は無いに等しいが、最近は少しでも人を理解しようと敢えて人並みの痛覚を自らの身に与えていた。歯が当たったのだろう。口内に鈍い痛みが広がる。血の味はしないので、傷にはなっていないだろう。
「……っ!? す、すみません」
「あ、そこは謝るんだ?」
てっきり、キスの仕方は教わらなかったのでと言われるかと。ケイオスの反応を見た飛鳥は即座に唇を離し、彼にしては珍しく焦った様子で謝罪の言葉を口にする。それに対しケイオスは、いつもの様に冷たく対応されると思っていたため、思わず聞き返した。
「……あれから、自分なりにセックスの仕方を調べました。ただ、知識は得られても実践する機会はありませんでしたので……」
ケイオスから視線を逸らし、飛鳥は気まずそうに言った。あの時のセックスは完全にケイオスが主導権を握り、飛鳥はされるがままだった。あの状態から良く自分を抱きたいという思考に至ったものだ。彼の事だから、もう二度としたくないと思ってもおかしくない筈だが。
「要はぶっつけ本番ってわけ?」
「……そうなります」
「その相手が僕って、結構ハードルが高いと思うんだけどなあ……」
この分だと、昨夜相手にした男よりも肉体的な快楽は得られないだろう。絶頂に至るかも疑問だ。通常ならば、ここで話にならないと飛鳥を一蹴し、拒絶するところだが。
「キスはね、最初は軽く触れる程度からすると良いよ」
「……え?」
「慣れてきてから深くして行くんだ……こうやって、ね」
それは単なる気まぐれか、或いは思う所があったのか。ケイオスは苦笑しつつも飛鳥を否定することはせず、自身のジャケットを脱いでベッドの傍へと放り投げ、手本を見せる様に飛鳥の頬を両手で包み、優しく唇を重ねた。
***
薄暗い室内に濡れた音が響く。
ベッドに腰かける体勢を取っていたケイオスは、己の股間に顔を埋める飛鳥の姿をじっと見下ろしていた。
下手なキスから始まり、不器用な愛撫を経て、飛鳥はケイオスの陰茎に辿り着いた。少しでも師を昂らせようと、ぎこちない手つきでそれに触れ、扱き、やがて自ら口に含んだ。一応、口淫についても心得て来たらしい。
「…………うーん……」
飛鳥がケイオス自身をしゃぶってどれ位の時間が経っただろうか。最初の時よりは幾らか質量を持っているが、勃起には程遠い。飛鳥の口の中は温かい。ケイオスの為に頑張って奉仕しているのも分かる。それでも、技術の未熟さはカバーし切れておらず。ケイオスは未だ達することが出来ず、もどかしい状況に置かれていた。
「君さあ、言っちゃ悪いけど下手だよね。自分でシた方が早いよ、これじゃあ」
何度も口に含み、舌を絡ませ、時に吸い上げ。うっかり歯を立てそうになって、慌てて口を離して。そんな動作を、先程から何度も繰り返している。
そろそろ顎も疲れて来る頃だろう。何事も諦めない精神は素晴らしいが、このままでは夜が明ける。ケイオスは苦笑いを浮かべながら飛鳥の後頭部を掴むと、彼の口内の奥まで自らを押し込んだ。
「……ッ、ぐぅ!?」
「歯、立てちゃ駄目だよ。少し我慢して」
舌の根元より更に先まで入れたことで、飛鳥は瞳を見開き、悲鳴染みた声を上げる。嘔吐反射により強い吐き気が生じ、飛鳥は咄嗟に逃れようとするが、ケイオスの手が後頭部を抑えている為、動くことが出来ない。吐きそうになるのを必死に堪えていると、ケイオスは自ら腰を動かし、飛鳥の口内を蹂躙した。眼下で苦痛に歪む飛鳥の顔を眺めていると、先程まで中途半端な硬さだった陰茎は確かな質量を持ち、飛鳥の中で膨張して行った。それに気付いた飛鳥が、これ以上は無理だと言わんばかりに嘔吐き、ケイオスの手を剝がそうと自らの手で掴んだ。
「あ、ごめん。出る」
「う゛……ーーッ!?」
ずくりと脈打つ陰茎に飛鳥が思わず身を引こうとするも、ケイオスの手はそれよりも強い力で彼を抑え込んで離さない。結果、ケイオスは飛鳥の口内に絶頂の証を吐き出した。直前で喉の奥限界まで突っ込んだのは、吐き出した白濁が口内に残る時間を出来るだけ少なくしてやろうという申し訳程度の慈悲か。
「……っは、はぁ……っ、げほっ……! うェ゛……ッ!」
喉を鳴らし、飛鳥が白濁を嚥下する。瞬間、ケイオスは飛鳥の口内から陰茎を引き抜き、解放した。不足した酸素を取り込もうと飛鳥が何度も荒い呼吸を繰り返し、同時に激しく噎せ込んだ。一気に飲み込んだ様だったが、それでも喉に絡み付く不快感は完全には取り除けなかったか。
「苦しかった? ……ごめんね。嫌ならもう止めても良いんだよ?」
吐かずに飲み込めた事は立派だと。ケイオスは飛鳥の頭を優しく撫でながら囁く。ここまですれば、諦めもつくだろう。異性ならまだしも、セックスで同性相手に上に立つのは不向きであると。経験不足を差し引いても、相手を悦ばせる才能が無いとケイオスは感じていた。彼の自尊心がボロボロになる前に、止める勇気も必要だ。らしくない考えであったが、それは弟子を思う師としての「心」の残滓がケイオスの中にあるからか。
「…………まだ」
ようやく呼吸が整って来たらしく。飛鳥は口元を手の甲で拭いながら顔を上げた。目には生理的な涙が滲み、何とも情けない表情をしている。けれどその瞳には諦めの色は一切無く、ケイオスは僅かに眉を顰めた。
「まだ僕は、満足していません」
「……え、本気で言っているの?」
「僕は、いつだって……本気です。気の利いたジョークを……ッ、言える様な人間でないことは、師匠が……一番良く分かって、いると……思いますが……?」
緩慢な動作で立ち上がり、ベッドに座るケイオスを見下ろす。途切れ途切れに紡がれる言葉を聞き、そういえばそうだったと。ケイオスは両手を肩の高さまで持ち上げ、降参の姿勢を取って見せた。真面目過ぎて不器用で、いつも少し言葉が足らない。優秀でありながら人としてダメな部分も多く抱えた、天才にして異端の問題児。それが飛鳥という男だった。
「しょうがないなあ」
こうなったら最後までするしかないだろう。ケイオスはベッドの真ん中までずるずると移動し、四つん這いの体勢になり、飛鳥の方へ自らの臀部を向け、突き出す様な体勢を取った。
「……師匠?」
「こっちの体勢の方が、しやすいでしょ?」
正常位でするのは飛鳥の体力と筋力が心配だ。かと言って騎乗位になれば以前のトラウマーーになっていると思われるーーを掘り起こしかねない。そうなれば飛鳥に負担をかけない体位はこれしかない。ケイオスは自らの秘部に手を伸ばし、飛鳥に見える様その部分を指先で軽く広げて見せた。本来ならば十分に慣らしてから受け入れるべきであるが、ここ数日は毎晩誰かしら受け入れていたため、軽く解す程度で何とかなりそうだ。
「ほら、ここに挿れなよ。君の滾ってるそれを、さ?」
一応、サイドテーブルに備え付けてあったローションを手に取り、指先に垂らして入り口付近に塗りたくる。媚薬効果もあるのだろうか。塗った部分が熱い気がする。
目の前で恥ずかしげもなく恥部を晒し出すケイオスに飛鳥は僅かに眉間に皺を刻んだ。しかし、表情に反して彼の下半身は確かに反応を示し、勃ち上がっていた。師匠は全てお見通しという事か。
全く、敵わない。今も昔も、常に自分より一枚も二枚も上手な師匠に嘆息し、飛鳥はベッドの上に乗り上げた。ケイオスの真後ろに膝立ちになりながら袴の紐を解き、そそり立つ自身を取り出すと、片手をケイオスの腰付近に添えた。
「師匠、挿入りますよ」
わざわざ確認をしなくても良いのにと、ケイオスが彼に見えない位置で苦笑する。けれどその余裕も、直後体内に入り込んで来た飛鳥自身によって一瞬でかき消された。
「ふっ……、は……!」
女性の姿で飛鳥を受け入れた事はあるが、今の姿で受け入れるのは今回が初めてだ。その時と異なる圧迫感と、内壁を擦り上げる感覚にケイオスは目を見開き、軽く上体を仰け反らせる。この感覚は初めてではない。既に多くの者と致して来た故、慣れているつもりだった。しかし『飛鳥』を受け入れていると思うと、言葉にし難い感覚が背筋を駆け抜けて行き、シーツを握る手に力が籠った。
「……ッ、師匠の中……すごく、熱いです」
「そうだと、思うけど……ッ!?」
根元まで収めた飛鳥が熱を孕んだ溜息を洩らし、覆い被さる様な体勢を取りながらケイオスの耳元で囁く。普段声に抑揚の無い彼のそれがどこか嬉しそうに聞こえたのは、果たして気のせいだったのか。その後、飛鳥は「動きます」と短く宣言をし、ゆっくりと腰の律動を開始した。
「ふっ……は、」
やはり、と言うべきか。腰の動きはぎこちなく、ケイオスが気持ち良いと感じる部位にはなかなか当たらない。この前のようにケイオスが上になり、自ら動いても良かったが、今回は敢えて飛鳥に任せることにした。飛鳥の尊厳を大事にしたい、なんて思った訳ではない。そも、尊厳ならこの前のセックスの時にめちゃくちゃにしてしまった。それから良くこうして自分を抱きたいと思ったものだと、飛鳥に突かれながらケイオスは心の中で苦笑した。
最初は恐る恐る、おっかなびっくりな動作であった。それでも徐々に動きは激しくなっていき、皮膚と皮膚がぶつかり合う乾いた音の鳴り響く間隔が短くなって行った。更に、濡れた音も大きくなり、互いの鼓膜を震わせる。まだまだ上手いとは言い難いが、それでもケイオス自身が再度勃起する状態にまで、飛鳥は彼に快楽を与えられるようになっていた。
「はっ……、ぐぅ……ァ!」
「師匠ッ……っは、ァ……し、しょうっ……!」
内部の締め付けが強くなり、それに呼応するかの様に飛鳥自身が更なる欲を宿す。最早余裕は無く、飛鳥はケイオスを呼びながら何度も腰を打ち付けた。
そうして互いに限界を迎えようとした、その時だった。飛鳥は徐に体を密着させると、ケイオスの耳元に再び顔を寄せ、ある言葉を囁いた。
「 」
「……ーーッ!?」
予想だにしなかった、遠い過去に置いて来たと思っていた、今となってはケイオスと飛鳥以外、知る者は居ないだろう、それ。
それは、反則だ。ケイオスがそう言おうとした瞬間、体内の飛鳥自身がずくりと脈打ち、白い欲望を一気に放出する。無意識の内に、飛鳥自身を強く締め付けていたのだろう。それこそ、彼の持つ精を全て搾り取ろうとする様に。
無自覚か、それともわざとなのか。飛鳥に訊ねる余裕は最早無く。放たれた熱が体内を満たして行く感覚によってケイオスも限界を迎え、力なく果てた。
***
「何で僕を抱こうと思ったの?」
互いに絶頂の余韻に浸り、心身共に落ち着きを取り戻してから。ケイオスは脱ぎ捨てていた衣服を纏いながら飛鳥に訊ねた。
「欲求不満ってわけでも無さそうだし。仮にそうだとしても、僕である必要は無いと思うんだけど」
例えばほら、君のバックアップとか。それを言うと、既に身なりを整えていた飛鳥は露骨に渋い表情を浮かべて見せた。
「流石に、見た目が自分と全く同じ人物とするのはどうかと思います」
「まあ、そうかもしれないね。でもさ、それなら自分好みのヒトを造れば良いんじゃない? 自分のバックアップ造れる位なんだから、よゆーー」
「師匠が、良いんです」
ケイオスの言葉を遮る形で、飛鳥は言葉を発した。強い口調で、まるでケイオス以外は有り得ないと言う様に。予想だにしなかった答えにケイオスは目を丸くし、真意を問おうと正面から彼を見据える。
「師匠じゃないと、駄目なんです」
「どうして?」
「…………分かりません」
「いや分かりませんって、そんな事ある?」
そもそも、自分は飛鳥には余り好かれていない筈だ。彼がケイオスに抱いている感情は複雑であることは知っている。けれどそこに好意があるとは考え難く、仮にあったとしても抱きたいと思えるほど自分は魅力的な体躯だろうか。普通にセックスをするなら、柔らかな肉感のある女性の方が良いと思うのだが。
「……ッ、ああもう。分かってて聞いているでしょう!?」
飛鳥の考えが益々分からず、ケイオスが首を傾げると、それまで歯切れの悪い言葉を紡いでいた飛鳥が突然声を荒げた。
「へ?」
「いや、だから……ーーとに、かくッ……! 誰彼構わず……セックスしようとしないで下さい!」
自分の中の感情を上手く言葉に出来ないもどかしさに苛立ったのか。飛鳥はケイオスと目を合わせず、早口でそう告げると法力を展開し、転移の術によって部屋から消え去った。
「…………」
飛鳥らしくないその態度に、残されたケイオスは暫し茫然と彼が先程までいた空間を見詰める。元々言葉足らずで、昔から他人との意思疎通が上手く行かず頻繁にトラブルを起こしていたが。今回はそれとは少し違う気がする。上手く言えない、と言うよりは言いたくないような。
不可解な現象についての答えを探し求め、ベッドの上で一人考え込む。そうしてどれ程の時間が経ったのか。やがて去り際に飛鳥の顔が僅かに顔が赤かった事を思い出したケイオスは、一つの可能性に辿り着いた。
「……や、まさかねえ」
そんな事が有り得るのか。彼が、己を望んでいるなんて。他人に対し、嫉妬をしているなんて。
否、たまたまだ。きっとそう。都合が良かっただけなのだろう。あの時あの『名』を呼んだのも。きっと、たまたま。偶然なのだ。そうでなければならない。その感情は、出してはいけない。見せてはいけない。これからも、彼自身のためにも。
「まあ、良いか。飛鳥くんがそう言うなら、考えてみるよ」
既に居なくなっている彼に向けて、聞こえていないと思いながらも承諾の意を示して見せる。彼が今後どう己と接するかは分からない。ただ、もしかしたら、今までとは違う関係性が構築される可能性もある。それは完全に未知の世界で、もしそうなったらそれはそれで面白そうだと。ケイオスは一人肩を揺らしながら笑った。
「もう『僕』を覚えているのは君しかいないからねえ」
自身の「中」には色々なモノが多すぎて、本来の自分は分からなくなっていると思っていたが。意外にも人を想う心は残っているのかも知れない。ケイオスは肩を揺らしながら笑うと、チェックアウトの手続きをするべくベッドから立ち上がった。
