【GG】Asuka×Chaos
その日もいつもの様に透明な数字を発信していた。
最初に今日の日付を読み上げ、世界情勢について軽く触れてから、観測した数字を人々に伝える。友人たちのようにウィットに富んだ、気の利いたトークは出来ないため、飛鳥のそれはお世辞にも面白い番組とは言えない。だが、そんな番組でも地上ではそれなりに受け入れられているらしく。地上に出向いている#Rが持ち帰る人々の感想を聞くのが日々の密かな楽しみとなっていた。
「……ふう」
番組を終え、マイクと音響機器の電源を切って一息吐く。透明な数字を発信するようになってから随分経つが、ラジオパーソナリティを務めるのは未だ緊張する。地上に居た頃に聴いたラジオ番組のパーソナリティたちはいつも流暢に、機知に富んだ話をしていた。それが彼らの仕事であるというのは当然だが、それでも自分には無い、非常に素晴らしい才能だと。飛鳥は透明な数字を発信するようになってから改めて感じていた。
「…………」
先程読み上げたカレンダーの日付を見て、飛鳥は僅かに瞳を細める。10月1日。それは飛鳥がこの世に生まれ落ちた日ーー誕生日だった。家族に祝ってもらった記憶はほとんど無いが、学生時代は友人たちが毎年盛大に祝ってくれた。懐かしく、温かい記憶だ。ギアプロジェクトを本格的にしてからは多忙を極め、誕生日を意識する暇もなかった。更にギアメーカー、魔王と呼ばれるようになってからは、歳を数えることも無くなっていた。
「今日のトーク、まあまあ面白かったんじゃない?」
過去の出来事に思いを馳せていると、突然頭上から声が降って来た。聞き覚えのある声。そして、出来る事なら遭遇したくない人物の気配。
「……いつから来ていたんです?」
視線を向けずとも分かる。そこに居るのはかつての師ーー今は慈悲なき啓示を生み出した真の黒幕とされ、人々から忌避される存在。
「ついさっき。君が放送を始めた辺りからかな」
「ずっと聴いていたんですか?」
「まぁね。君が透明な数字を発信しているのは知っていたけど……うん、ラジオ番組にしてエンターテインメントにしてるとは思わなかったな。君にしては実に面白い発想だ」
「貶しているんですか?」
「褒めてるんだよ」
捻くれてるなあ、と。師匠ーーケイオスは笑いながら天井から床の上へと降り立った。どうやってそこに滞在し、気配を殺して飛鳥のラジオを聴いていたのか。訊ねようとして飛鳥は口を噤んだ。万能の存在であるイノの半身と融合している男だ。その気になれば何でも出来る。重力を無視することも、人体の可能性を無理やり広げることも。彼がそこに居たのは、何も不思議なことではないのだ。
「それで、何の用ですか?」
「そんなに警戒しなくても良いじゃないか」
「貴方が来るとろくな事がない」
「うわひど、今日はお使いで来たのに」
「……お使い?」
ケイオスの言葉を聞き、飛鳥は怪訝の色を顔に浮かべる。お使いとは何だろうか。彼に誰が、何を頼むと言うのか。全く想像ができず、ケイオスの方に向き直りながら飛鳥はその真意を聞き出そうと答えを待つ。
するとケイオスは、自らの背後に回していた手を飛鳥の前に差し出して見せた。その手には、綺麗な包装紙に包まれた物体があった。
「はい、誕生日おめでとう」
「……え?」
予想だにしなかった言葉に飛鳥は驚いた。その反応は想定の範囲内だったのか、ケイオスは笑いながら早く受け取れとばかりにぐいぐいと押し付けて来る。その勢いに押され、飛鳥は両手で受け取るとケイオスとそれを交互に見詰め、困惑した様に眉を撓めた。
「一応確認しますが……これ、貴方からではありませんね?」
「そうだよ。お使いって言ったじゃん」
「では、誰の頼みでこれを?」
「君の友人から。本当は彼らが直接ここまで来て渡すつもりだったらしいんだけど。何かロケットのエンジントラブルで飛べなくなったとかで。 それで代わりに届けてくれってさ」
「……フレデリックと、彼女が……?」
何故あの二人とケイオスが。経緯は分からないが、包みに添えられている彼らの直筆のメッセージカードを見て、それが本物であると確信する。
リボンを解き、包装紙を破いて現れた箱を開ける。中に入っていたのは一冊の本だった。表紙には『美味しい蕎麦の選び方・打ち方』と書いてある。そのチョイスはソルのものか、それとも彼女のものか。何れにせよ、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンで蕎麦を打つのが趣味となっている飛鳥にはぴったりの本であった。
「へえ、面白そうな本じゃないか。確か君、機械で蕎麦打つのハマってたよね?」
表紙を見たケイオスの言葉は、飛鳥には届いていない。誕生日プレゼントなんて、最後に貰ったのはいつだっただろうか。そも、他者から贈り物を受け取ることなんて昔からほとんど無かった。そんな己の誕生日を、彼らは覚えていて、本当なら直接来て渡すつもりで。友人たちの想いに、飛鳥は胸の奥が温かくなるのを感じ、口元が無意識の内に緩んだ。
「……で?」
「うん?」
「貴方からは?」
「え?」
感慨に浸るのも程ほどにし、飛鳥は徐に目の前にいるケイオスに声を掛ける。何の事かと瞳を瞬かせるケイオスに対し、ずい、と彼に向けて飛鳥が手を差し出す。
「まさか貴方は手ぶらで来たんですか?」
「え、この流れで僕にせびるの?」
「普通用意して来ません? ……ああ、師匠にとって僕の誕生日なんて些末な事でしたか。そうですよね、貴方は昔からそうだった。研究以外の事にはてんで興味なし。僕のことは弟子兼都合の良い世話係くらいの認識だったんでしょう? そんな貴方に期待するだけ無駄でした……はあ、悲しいです。残念です」
「…………君さ、結構図々しくなったよね」
わざとらしく泣くような素振りを見せつつ、ぺらぺらと冗談なのか本気なのか分からぬそれを紡いで行く。そんな飛鳥を見て、ケイオスは降参だとばかりに大仰な動作で肩を竦めた。
「あー……分かったよ。一応さ、プレゼントはあるんだよ。 ……ちょっと待ってね、今出すから」
そう言ってケイオスは片手を虚空に翳し、その空間を歪めた。亜空間へと繋がるそこへ翳した手を突っ込み、何かを探すようにもぞもぞと動かす。やがて目当てのモノが見つかったのか、白いビニールの手提げ袋を取り出すと飛鳥に向けて差し出した。
「はい」
「……、これは?」
ソルたちのプレゼントとは異なり、洒落た梱包は一切されていない。スーパーで買い物をしてきた主婦が良く持っている様な物体だ。プレゼントと言われてもそうは見えない。
もしや嫌がらせで、適当なガラクタでも押し付けようとしているのか。ケイオスの性格を考えれば十分有り得る。中を覗いた瞬間爆発してもおかしくない。一応、それが何なのか確認しようと。飛鳥はケイオスに中に何が入っているのかを訊ねた。
「サボテン」
「……サボテン?」
「君、盆栽好きだったでしょ? それも多肉植物の」
たまたま覗いた園芸店で購入したのだとケイオスは言った。その言葉を聞き、飛鳥は恐る恐る袋の口を開き、中を覗き込む。
彼の言う通り、袋の中には小さなサボテンの鉢が入っていた。丸みを帯びた可愛らしい物体だ。色は鮮やかで、棘は小さく、素手で触っても問題なさそうな形状をしている。
「月でサボテンが育てられるのかは知らないけど。まあ、普通の花とかよりは持つんじゃない?」
「…………」
サボテンの育て方をケイオスは知らない。ただ、他の植物よりも水をやる頻度が低くても大丈夫だという事は知っている。そして、飛鳥が盆栽好きで、更にその中でも多肉植物を主に愛でている事も知っていたーー否、『覚えて』いた。
「それじゃ、僕は帰るね。10時から面白そうな映画が初公開されるんだ。前評判高くて人気みたいだから、早く行かないとチケットが売り切れちゃう」
飛鳥がサボテンを受け取り、黙っている間にケイオスは踵を返し、歩き出す。もう己の用は済んだのだとばかりに振り返らず、地球へ戻るための空間転移の術を発動させようと演算を始める。
そうして術を発動させようとした直前、それまで黙っていた飛鳥がケイオスに声を掛けた。
「……師匠」
「うん?」
「ありがとう、御座います」
振り返ると、飛鳥がサボテンの入った袋を両手で抱え、ケイオスを見詰めていた。表情は常と変わらぬ無機質なものであったが、ケイオスにはそれが普段よりも幾らか柔和な状態に変化しているように見えた。あの飛鳥が己に向けて謝辞を述べるとは。明日は地球に天変地異が起きるのか。ケイオスは一瞬、面食らった様な表情を浮かべ、それからすぐににんまりと唇に弧を描いて見せた。
「ハッピーバースデー、飛鳥」
それはただのからかい文句か、心からの祝福か。
どちらとも取れぬ言葉を残し、ケイオスは飛鳥の反応を待つ間もなく転移の術を発動し、去って行った。
最初に今日の日付を読み上げ、世界情勢について軽く触れてから、観測した数字を人々に伝える。友人たちのようにウィットに富んだ、気の利いたトークは出来ないため、飛鳥のそれはお世辞にも面白い番組とは言えない。だが、そんな番組でも地上ではそれなりに受け入れられているらしく。地上に出向いている#Rが持ち帰る人々の感想を聞くのが日々の密かな楽しみとなっていた。
「……ふう」
番組を終え、マイクと音響機器の電源を切って一息吐く。透明な数字を発信するようになってから随分経つが、ラジオパーソナリティを務めるのは未だ緊張する。地上に居た頃に聴いたラジオ番組のパーソナリティたちはいつも流暢に、機知に富んだ話をしていた。それが彼らの仕事であるというのは当然だが、それでも自分には無い、非常に素晴らしい才能だと。飛鳥は透明な数字を発信するようになってから改めて感じていた。
「…………」
先程読み上げたカレンダーの日付を見て、飛鳥は僅かに瞳を細める。10月1日。それは飛鳥がこの世に生まれ落ちた日ーー誕生日だった。家族に祝ってもらった記憶はほとんど無いが、学生時代は友人たちが毎年盛大に祝ってくれた。懐かしく、温かい記憶だ。ギアプロジェクトを本格的にしてからは多忙を極め、誕生日を意識する暇もなかった。更にギアメーカー、魔王と呼ばれるようになってからは、歳を数えることも無くなっていた。
「今日のトーク、まあまあ面白かったんじゃない?」
過去の出来事に思いを馳せていると、突然頭上から声が降って来た。聞き覚えのある声。そして、出来る事なら遭遇したくない人物の気配。
「……いつから来ていたんです?」
視線を向けずとも分かる。そこに居るのはかつての師ーー今は慈悲なき啓示を生み出した真の黒幕とされ、人々から忌避される存在。
「ついさっき。君が放送を始めた辺りからかな」
「ずっと聴いていたんですか?」
「まぁね。君が透明な数字を発信しているのは知っていたけど……うん、ラジオ番組にしてエンターテインメントにしてるとは思わなかったな。君にしては実に面白い発想だ」
「貶しているんですか?」
「褒めてるんだよ」
捻くれてるなあ、と。師匠ーーケイオスは笑いながら天井から床の上へと降り立った。どうやってそこに滞在し、気配を殺して飛鳥のラジオを聴いていたのか。訊ねようとして飛鳥は口を噤んだ。万能の存在であるイノの半身と融合している男だ。その気になれば何でも出来る。重力を無視することも、人体の可能性を無理やり広げることも。彼がそこに居たのは、何も不思議なことではないのだ。
「それで、何の用ですか?」
「そんなに警戒しなくても良いじゃないか」
「貴方が来るとろくな事がない」
「うわひど、今日はお使いで来たのに」
「……お使い?」
ケイオスの言葉を聞き、飛鳥は怪訝の色を顔に浮かべる。お使いとは何だろうか。彼に誰が、何を頼むと言うのか。全く想像ができず、ケイオスの方に向き直りながら飛鳥はその真意を聞き出そうと答えを待つ。
するとケイオスは、自らの背後に回していた手を飛鳥の前に差し出して見せた。その手には、綺麗な包装紙に包まれた物体があった。
「はい、誕生日おめでとう」
「……え?」
予想だにしなかった言葉に飛鳥は驚いた。その反応は想定の範囲内だったのか、ケイオスは笑いながら早く受け取れとばかりにぐいぐいと押し付けて来る。その勢いに押され、飛鳥は両手で受け取るとケイオスとそれを交互に見詰め、困惑した様に眉を撓めた。
「一応確認しますが……これ、貴方からではありませんね?」
「そうだよ。お使いって言ったじゃん」
「では、誰の頼みでこれを?」
「君の友人から。本当は彼らが直接ここまで来て渡すつもりだったらしいんだけど。何かロケットのエンジントラブルで飛べなくなったとかで。 それで代わりに届けてくれってさ」
「……フレデリックと、彼女が……?」
何故あの二人とケイオスが。経緯は分からないが、包みに添えられている彼らの直筆のメッセージカードを見て、それが本物であると確信する。
リボンを解き、包装紙を破いて現れた箱を開ける。中に入っていたのは一冊の本だった。表紙には『美味しい蕎麦の選び方・打ち方』と書いてある。そのチョイスはソルのものか、それとも彼女のものか。何れにせよ、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンで蕎麦を打つのが趣味となっている飛鳥にはぴったりの本であった。
「へえ、面白そうな本じゃないか。確か君、機械で蕎麦打つのハマってたよね?」
表紙を見たケイオスの言葉は、飛鳥には届いていない。誕生日プレゼントなんて、最後に貰ったのはいつだっただろうか。そも、他者から贈り物を受け取ることなんて昔からほとんど無かった。そんな己の誕生日を、彼らは覚えていて、本当なら直接来て渡すつもりで。友人たちの想いに、飛鳥は胸の奥が温かくなるのを感じ、口元が無意識の内に緩んだ。
「……で?」
「うん?」
「貴方からは?」
「え?」
感慨に浸るのも程ほどにし、飛鳥は徐に目の前にいるケイオスに声を掛ける。何の事かと瞳を瞬かせるケイオスに対し、ずい、と彼に向けて飛鳥が手を差し出す。
「まさか貴方は手ぶらで来たんですか?」
「え、この流れで僕にせびるの?」
「普通用意して来ません? ……ああ、師匠にとって僕の誕生日なんて些末な事でしたか。そうですよね、貴方は昔からそうだった。研究以外の事にはてんで興味なし。僕のことは弟子兼都合の良い世話係くらいの認識だったんでしょう? そんな貴方に期待するだけ無駄でした……はあ、悲しいです。残念です」
「…………君さ、結構図々しくなったよね」
わざとらしく泣くような素振りを見せつつ、ぺらぺらと冗談なのか本気なのか分からぬそれを紡いで行く。そんな飛鳥を見て、ケイオスは降参だとばかりに大仰な動作で肩を竦めた。
「あー……分かったよ。一応さ、プレゼントはあるんだよ。 ……ちょっと待ってね、今出すから」
そう言ってケイオスは片手を虚空に翳し、その空間を歪めた。亜空間へと繋がるそこへ翳した手を突っ込み、何かを探すようにもぞもぞと動かす。やがて目当てのモノが見つかったのか、白いビニールの手提げ袋を取り出すと飛鳥に向けて差し出した。
「はい」
「……、これは?」
ソルたちのプレゼントとは異なり、洒落た梱包は一切されていない。スーパーで買い物をしてきた主婦が良く持っている様な物体だ。プレゼントと言われてもそうは見えない。
もしや嫌がらせで、適当なガラクタでも押し付けようとしているのか。ケイオスの性格を考えれば十分有り得る。中を覗いた瞬間爆発してもおかしくない。一応、それが何なのか確認しようと。飛鳥はケイオスに中に何が入っているのかを訊ねた。
「サボテン」
「……サボテン?」
「君、盆栽好きだったでしょ? それも多肉植物の」
たまたま覗いた園芸店で購入したのだとケイオスは言った。その言葉を聞き、飛鳥は恐る恐る袋の口を開き、中を覗き込む。
彼の言う通り、袋の中には小さなサボテンの鉢が入っていた。丸みを帯びた可愛らしい物体だ。色は鮮やかで、棘は小さく、素手で触っても問題なさそうな形状をしている。
「月でサボテンが育てられるのかは知らないけど。まあ、普通の花とかよりは持つんじゃない?」
「…………」
サボテンの育て方をケイオスは知らない。ただ、他の植物よりも水をやる頻度が低くても大丈夫だという事は知っている。そして、飛鳥が盆栽好きで、更にその中でも多肉植物を主に愛でている事も知っていたーー否、『覚えて』いた。
「それじゃ、僕は帰るね。10時から面白そうな映画が初公開されるんだ。前評判高くて人気みたいだから、早く行かないとチケットが売り切れちゃう」
飛鳥がサボテンを受け取り、黙っている間にケイオスは踵を返し、歩き出す。もう己の用は済んだのだとばかりに振り返らず、地球へ戻るための空間転移の術を発動させようと演算を始める。
そうして術を発動させようとした直前、それまで黙っていた飛鳥がケイオスに声を掛けた。
「……師匠」
「うん?」
「ありがとう、御座います」
振り返ると、飛鳥がサボテンの入った袋を両手で抱え、ケイオスを見詰めていた。表情は常と変わらぬ無機質なものであったが、ケイオスにはそれが普段よりも幾らか柔和な状態に変化しているように見えた。あの飛鳥が己に向けて謝辞を述べるとは。明日は地球に天変地異が起きるのか。ケイオスは一瞬、面食らった様な表情を浮かべ、それからすぐににんまりと唇に弧を描いて見せた。
「ハッピーバースデー、飛鳥」
それはただのからかい文句か、心からの祝福か。
どちらとも取れぬ言葉を残し、ケイオスは飛鳥の反応を待つ間もなく転移の術を発動し、去って行った。
