【GG】Asuka×Chaos
月明かりの下で、青い肌が照らされる。
飛鳥を受け入れ、喘ぐケイオスの姿は決して扇情的とは言えない。荒く息を吐き出し、不本意な快楽を耐え、早くこの行為が終わって欲しいと願うかのように、シーツを握る手には力が籠もっていた。
「……師匠、もっと声を」
「やぁ……ッだ、ね。聞きたいなら……鳴かせ、て見せた……らっ?」
「……そうですか」
「ーーッ、ひがァっ!?」
最奥を突き上げるのと同時に、体の神経が過敏になっている箇所へ電流を流す。痛みとも快楽とも取れる感覚にケイオスの体は小さな痙攣を繰り返し、仰け反った。
「まだ……ッ、やるのかい……?」
「そうですね、もう少し付き合って下さい。後は……」
付き合え、という飛鳥の言葉にケイオスの表情は引き攣る。
いつもの様に顔合わせをし、軽い口論を経て始まる本気の戦い。勝利した暁には、敗者を好きに使って良いと言う、いつの間にか出来上がったルールだった。今回の勝利者は飛鳥で、ケイオスと一晩過ごしたいと言うので渋々付き合い、その結果拷問紛いのセックスを強要されている。
「あ”すが、ぐっ……、ん…………も……」
飛鳥もケイオスも、性欲はそこまで強くない。相手に欲情して行為を求めることはほとんど無く、きっかけはいつも何かしらの知的欲求だった。
そうして行為に及ぶと、飛鳥はケイオスの反応を欲しがった。快楽に喘ぐのでも、苦痛に悶えるのでも、どちらでも良い。普段飄々としているケイオスが、自身の手によって乱れる姿を見ることに、飛鳥は何とも言えない高揚感を覚えていた。
ケイオスは演算を用い、感覚を誤魔化そうとする。飛鳥に触れられるのが嫌なのか、あるいは多少なりとも恥じらう気持ちがあるからなのか。どちらにせよ、小賢しい手法を用いようとするケイオスに飛鳥も対抗し、彼の体へ法力を流し込み、無理矢理痛みや快楽を感じられるようにした。
「ああ、限界でしたか。すみません。今回はここまでにしましょう」
ケイオスはようやく飛鳥から解放され、力尽きる様にベッドへ倒れ込んだ。
「っはー……しんど、かった…………死ぬかと思った……」
うつ伏せのまま、ケイオスが掠れた声で呟く。
「流石に……今回はやり過ぎだった、んじゃない、の……? 本当に、僕の内臓が焼き切れて……無くなると、ころだった……よ?」
「再生術の用意は出来ています。例え師匠がバラバラになっても、その肉塊さえ手に入れればちゃんと蘇生できるように組み込みました」
「なんかさ……数を重ねるにつれて、やることが過激になって行ってるよね……君」
「師匠なら大丈夫だと思ってやっていますから」
信頼関係につけ込んでいると思われるかも知れないが、実際に飛鳥はケイオスの体の限界をある程度理解した上で行為に及んでいた。どこまでなら壊れないか、どこからが危険なのか。加減を誤れば後々面倒なことになる。最初は手探りだった行為も、今は慣れたお陰でかなりギリギリを攻める様になっていた。
「それより……師匠、貴方にお願いがあります」
「……珍しいじゃん、飛鳥くんが僕にお願いなんて。明日は隕石が降るんじゃない?」
「聞いてくれますか」
「別に良いけど」
聞くだけなら。内容によっては叶えられるかも知れないし、無理かも知れない。
飛鳥はケイオスが拒否しない意志を示したのを確認し、彼を見下ろした状態で静かに言葉を紡いだ。
「師匠、僕は貴方を感じたい」
「感じたいって……具体的にどんな風に?」
先程まであんなに激しくまぐわっていたと言うのに、これ以上何を感じるつもりなのか。改まった態度で言う飛鳥に、ケイオスはベッドから上体を持ち上げつつ、聞き返した。
「僕は今まで師匠の姿を見て、声を聞いて、体に触れて、匂いを嗅いで来ました。様々な手段を用いた結果、あらゆる感覚で師匠を知ることができました」
「うん、そうだね。どれもなかなかにイカれた行為だったけど」
「ですが、まだ一つだけ感じられていない事があります」
「あったっけ?」
飛鳥はこれまでに何度もケイオスと接触し、時に交戦した。言葉でも、肉体でも、精神でも。互いに触れ合ったと思っていたが、他に何があると言うのか。
疑問に思うケイオスに向けた飛鳥が返した答えは、意外なものだった。
「味です」
「味?」
「僕は師匠を……貴方を、食べたいんです」
そう答える飛鳥の瞳には、先程の性交時とは異なる『慾』が滲んでいた。
***
「そういう訳で、師匠の腕を一本貰ってきた」
「待ってくれ飛鳥、展開について行けない」
飛鳥の話を聞いたR#は、目の前に置かれた物体を見て頭を抱えた。
二人の前にあるテーブルの上に置かれているのは、皮膚が青い人間の腕ーーケイオスの肘から下の左腕だった。鋭い刃で切ったのか、切断面は思っていたよりも綺麗で、中心の白い骨も良く見えた。血は既に抜いた後らしく、傷口付近に乾きかけたものが多少付いているだけで比較的綺麗な状態だった。
「師匠に言ったんだ。貴方を食べてみたいって」
「うん」
「そうしたら、全部はあげられないけど腕なら良いって言ってくれてね。左腕を貰ってきた」
「……倫理観どこに行ったんだろうね」
「君だって無いじゃないか」
「ああ、うん。一応、君よりはあるつもりなんだけれども」
R#は頭が痛くなった。飛鳥の発想が異常ーー常に予想の斜め上を行くのは最早言うまでも無い。だが、いくら弟子である飛鳥の願いだったとは言え、自らの腕をほいほいとくれてやる師匠もどうかしている。不老不死だから切り落としてもまた生えてくるとか、そういう問題では無い。
「それで、どうやって食べるんだい? まさか生のまま? それともこんがり焼いて丸かじり?」
どう見てもゲテモノな物体。獲れたてほやほや、鮮度が良いと言われてもこのまま食べるのは躊躇する。そもそも、既に人間では無い存在だとしても、これはカニバリズムになるのだろうか。
飛鳥もR#も、今まで散々人道外れた、倫理観ゼロの研究や実験をしてきた。それでも、人肉を食べるのは流石に未知の世界だ。完全に人としてのラインを超越する行為で、勇気が要る。本当に食べて良いのか、食べられるのかと、R#は心の中で何度も自問自答した。
「そんな事はしないよ。僕は生焼けステーキが苦手なの、知っているだろう?」
「それは、そうだけど……」
そもそも飛鳥が肉類が苦手ではないかと。R#は言いたかった。親友のフレデリックは見るからに肉好きでワイルドな大食漢であるが、飛鳥はその逆で、どちらかと言えばベジタリアンだった。もっと言うと、食は細いし食への執着も薄い。R#が何も言わなければ食べる事を忘れて研究に没頭する事だってある。
「だから、ハンバーグにしてみようと思うんだ」
「……ハンバーグ?」
「そう。それも煮込みハンバーグだ。焼くと肉が硬くなってしまうかもしれない。火力が足りなければ生焼けになってしまう可能性もある。勿論、生で食べるのは論外だ。そうなると……消去法で煮込み系かなって。骨そのものは食べられないかも知れないけど、出汁には出来そうだし」
「でも君、まともに料理なんてしたこと無いじゃないか」
今の食事はティル・ナ・ノーグにある保存食がほとんどだ。学生時代はもちろん、研究者や魔王と呼ばれる存在になってからも自炊した記憶は一切無い。遥か昔、友人たちと休日にバーベキューをしたことはあるが、既に用意されている肉や野菜を軽く焼くだけの行為を料理とは呼べないだろう。
「そうだね。だから、挑戦のしがいがあると思っているよ」
「挑戦って」
「地上の料理番組をこっそり見たり、料理本を取り寄せて読み込んだ。材料の分量を間違えず、切ってこねて焼いて、煮込む。 ……うん、何とかなりそうだ」
ーー駄目だ、このオリジナル。
何を言っても折れる気配が無い。
本当なら、調理が難しいなら無理に食べる必要は無いと伝えたかったが、飛鳥は完全にやる気になってしまっている。かつての飛鳥だったら、少しネガティブなことを伝えれば躊躇し、検討するために一度中断くらいはしてくれたのだが。普段は慎重に行動するタイプだと言うのに、どうしてこう言う時は勢いが良く潔いのか。
「火を通すだけで大丈夫かな……言いにくいけど、師匠の見た目って毒々しいから少し心配だな」
「そうだね。ウイルスや細菌感染の可能性は否定できない。でもそれは他の肉でも同じ事さ。いざとなったら、君もいるし」
「……師匠の肉が牛や豚と同列なのはどうかと思うよ」
元々倫理観なんて無い存在であったが、こうしてヒトの形をした生き物の肉を意欲的に食そうとする飛鳥には戦慄が走る。しかも、よりによって、あのケイオスの肉だ。絶対美味しく無いだろうし、下手をすれば毒が仕込んであるかもしれない。そうなれば肉体どころか精神や魂にまで傷がつくかもしれない。一応、懸念点は伝えておこうと。R#は言葉を選びながら進言したが、飛鳥は止まらなかった。
「よし。まずは準備だ。必要な材料と道具を揃えて……煮込み系だと他に何が必要なんだったかな。タマネギにパン粉、牛乳、卵、塩……ああ、ソースも用意しなきゃいけないか。ごめん、R#。ちょっと君にも手伝って貰わないとならなくなるかも。まずは冷蔵庫の中を見てきてくれるかな? 足りないモノは買い出しに行って貰うことになると思う。忙しくなりそうだ……」
「…………」
今後の予定をぶつぶつと呟く飛鳥に対し、R#はもう何も言えなかった。
***
数時間後。
飛鳥はこねて焼いたハンバーグを煮込む段階まで作業を進めていた。
「思っていたよりも良い匂いだね。色もそこまで悪くない」
目の前で煮込まれている物体を眺めつつ、R#は思った感想をそのまま述べた。
「うん。慣れない作業だったけど、これは上手く出来たんじゃないかな。食べるのが楽しみだ」
「……一時はどうなることかと思ったけどね」
料理本を読み込んだから大丈夫だと言っていた飛鳥の調理工程は酷いものだった。材料を切る包丁の手元は危なっかしく、調味料の軽量も大雑把。ハンバーグを焼く際も普段使わないコンロに苦戦し、法力で点火させようとして厨房が吹き飛ぶところだった。
「よし、何とか出来上がったみたいだ。ここまでやれたのは君のお陰だ。ありがとう、R#」
「……それは良かった」
良くない。絶対に良くない。
今ならまだ間に合う、引き返せる。諦めることが出来る。食人行為もそうだが、師匠の肉を調理して食べる弟子がいて堪るかと。調理中にR#は何度も中止を提案した。それでも、飛鳥は止まらなかった。
「早速食べてみようと思うんだ。君はどうする?」
「やめておくよ」
「はは、そう言うと思った」
器に盛り付けながら聞いてくる飛鳥へ、R#は即答した。百歩ーー否、一万歩譲って人肉を食すのは良い。だが師匠の肉を食べるのは絶対に嫌だ。食べる位なら舌を噛んで死んでも良い。
R#の反応は予想通りだったのか、飛鳥は僅かに苦笑して引き下がり、席に座った。
「それじゃあ、頂きます」
手を合わせて一言、それからナイフとフォークを手に取り、ハンバーグを切り分ける。ナイフは比較的容易に刺さり、一口サイズにしたものをフォークで口へと運ぶ。その様子を、R#は傍らで黙って見詰めていた。
「…………」
口に入れ、噛んだ瞬間に飛鳥が固まる。何かを考えている様にも見えるが、実際どうなのかは分からない。何度も何度も咀嚼して、やっと一口目を飲み込んだ。普段の食事を思えば、その行程は非常に緩慢で、遅すぎるほどだった。けれど手を止めることはなく、二口、三口とケイオスの肉で出来たハンバーグを口へ運んでいく。
「飛鳥?」
美味しいか、と。飛鳥に問うのは気が引けた。どう声を掛けるべきなのか、R#には分からなかった。ただ様子を確認しようと名前を呼び、彼の反応を待った。
「……師匠」
何口目かの肉を飲み込み、飛鳥がぼそりと呟いた。
「これが、師匠……」
小さな声だった。そしてその直後、彼の瞳から透明な雫が溢れた。
「……うっ」
「飛鳥!?」
頬を伝うのが涙だと分かった瞬間、飛鳥はナイフとフォークを手放し、自らの口元を押さえた。それを見て、R#はすぐに駆け寄り、バイタルの異常が無いかを確認する。やはり毒が入っていたのか。だから止めろと言ったのに。自らの肉を提供したケイオスを内心で呪いながら、R#は飛鳥の様子を伺った。
「大丈夫? やっぱり師匠の肉なんて食べるんじゃ……」
「違う……」
「え?」
「違うんだよ……R#」
涙を流しているが、飛鳥の声は落ち着いていた。緩く頭を振り否定する飛鳥の姿に、R#は怪訝の色を滲ませる。一体、何が違うと言うのか。
「師匠が……口の中で溶けて、広がって……僕の口の中を支配して……何だか、上手く言えないんだけど……その、セックスをした時よりも、一つになれた気がして……」
ぽた、ぽた、と。涙は留まることを知らず流れ続ける。それが生理的なものではない、感情的な涙だと気付くのに、R#は時間が掛かった。
飛鳥が、泣いている。滅多なことでは心動かぬ飛鳥が、大粒の涙を流している。予期せぬ状態にR#は戸惑い、同時に飛鳥の心をかき乱す彼の存在に言葉にし難い感情を抱いた。
「そう……今の気持ちを表現すると……『幸せ』なんだ……僕は」
「…………」
駄目だ。どうすれば良いのか分からない。
師匠の肉を食べて、幸せの絶頂を迎えた? そんな馬鹿な話があってたまるか。師匠を感じたいと言っても、こんな方法で感じて、喜んで。それを本当に幸せと言えるのか。
分からない。自身の創造主である彼の、オリジナルの思考が分からない。何故師匠にそこまでの執着を見せるのか。彼の過去の記憶では確かに師匠への思慕を募らせていた。けれど今の様な歪さは無かった筈だ。一体どこで、何を、どう間違えたのか。
「師匠って、こんな味だったんだなって……ごめん、どう言葉にすれば良いか分からないけど……本当に、嬉しいんだ……」
「……それなら、もっとじっくり味わって。残さず食べれば良いんじゃないかな」
それでも、飛鳥の気持ちを否定することは出来なくて。
R#は飛鳥の肩に手を置き、微笑みかける。例えどんなに歪であっても、その気持ちは飛鳥を構成する心の一部だ。狂っていても、イカれていても、それが飛鳥なのだ。飛鳥が嬉しい、幸せだと思うのならば、己は受け入れようと。R#は心の中で無理矢理自分を納得させることにした。
「うん……ありがとう……ッ、師匠……」
その後も飛鳥は涙を流しながらも手を止めず、ハンバーグを食べ続けた。
***
後日。
「やっほー飛鳥くん。僕の腕の味はどうだった?」
飛鳥のいる月へ、ケイオスは何事も無かったかの様に現れた。
「はい、正直に言うと……不味かったです」
「まあそうだろうねえ。人間の肉なんて食べるものじゃあない。硬くて筋っぽくて、複数の獣の血肉が混じった様な味だ。僕の場合人間とは言えないけど」
「ええ。 ……でも、嬉しかったんです」
「……嬉しかった?」
渡した肉が不味いと言うのは想定内。けれど実際に食べて、嬉しかったと言うのはどういう事なのか。ケイオスは不思議そうな面持ちで飛鳥を見やる。相変わらずな無表情。しかし何故だか、普段よりも穏やかな雰囲気を感じた。
「僕はやっと、師匠の全てを『感じる』ことが出来ました。師匠を見て、師匠の声を聞いて、師匠に触れて、師匠を嗅いで……そして師匠を食べたんです。すごく……幸せでした。やっと師匠と一つになれたんだって思ったら……」
「……まさかセックスより気持ちよくなっちゃったとか?」
「それは……ありますね」
「うわあ、そこまで行っちゃったかあ」
全ての感覚を知ることが出来た。如何な形であれ、飛鳥は満たされた。
一つになれたと言う言葉に、ケイオスは何とも言えない表情を浮かべた。それは引いている様にも、面白がっている様にも取れたが、飛鳥は敢えて何も言わなかった。
「それで、師匠にお願いがあります」
「何?」
「今度は足をくれませんか? いえ、難しいようでしたら肩の辺りでも構いません。頭部は最後にしたいと思ってるんですが……ああ、一応臀部の肉も食べてみるべきでしょうか。それとも変わったところで心臓、睾丸とか……」
「あっはっは! 君は本当にナチュラルボーンクレイジーだ。そういう所、嫌いじゃ無いよ」
真顔で次に食べたいと思っている部位を挙げていく飛鳥に、ケイオスは両手を叩いて笑った。やはり、飛鳥は、弟子はこうでなければ。まともそうに見えて誰よりもぶっ飛んでいる。そういう所が好きなのだ。論理的で洒落の一つも分からぬ存在などつまらない。彼にはもっともっと、師を超える狂った逸材になって貰わなければ。
「…………」
二人のやり取りを一歩引いたところで聞いていたR#は、最早自分の力ではどうすることも出来ない現実に軽く絶望し、頭垂れていた。
その後、飛鳥はケイオスの右足を貰い受けることに成功したと言う。
飛鳥を受け入れ、喘ぐケイオスの姿は決して扇情的とは言えない。荒く息を吐き出し、不本意な快楽を耐え、早くこの行為が終わって欲しいと願うかのように、シーツを握る手には力が籠もっていた。
「……師匠、もっと声を」
「やぁ……ッだ、ね。聞きたいなら……鳴かせ、て見せた……らっ?」
「……そうですか」
「ーーッ、ひがァっ!?」
最奥を突き上げるのと同時に、体の神経が過敏になっている箇所へ電流を流す。痛みとも快楽とも取れる感覚にケイオスの体は小さな痙攣を繰り返し、仰け反った。
「まだ……ッ、やるのかい……?」
「そうですね、もう少し付き合って下さい。後は……」
付き合え、という飛鳥の言葉にケイオスの表情は引き攣る。
いつもの様に顔合わせをし、軽い口論を経て始まる本気の戦い。勝利した暁には、敗者を好きに使って良いと言う、いつの間にか出来上がったルールだった。今回の勝利者は飛鳥で、ケイオスと一晩過ごしたいと言うので渋々付き合い、その結果拷問紛いのセックスを強要されている。
「あ”すが、ぐっ……、ん…………も……」
飛鳥もケイオスも、性欲はそこまで強くない。相手に欲情して行為を求めることはほとんど無く、きっかけはいつも何かしらの知的欲求だった。
そうして行為に及ぶと、飛鳥はケイオスの反応を欲しがった。快楽に喘ぐのでも、苦痛に悶えるのでも、どちらでも良い。普段飄々としているケイオスが、自身の手によって乱れる姿を見ることに、飛鳥は何とも言えない高揚感を覚えていた。
ケイオスは演算を用い、感覚を誤魔化そうとする。飛鳥に触れられるのが嫌なのか、あるいは多少なりとも恥じらう気持ちがあるからなのか。どちらにせよ、小賢しい手法を用いようとするケイオスに飛鳥も対抗し、彼の体へ法力を流し込み、無理矢理痛みや快楽を感じられるようにした。
「ああ、限界でしたか。すみません。今回はここまでにしましょう」
ケイオスはようやく飛鳥から解放され、力尽きる様にベッドへ倒れ込んだ。
「っはー……しんど、かった…………死ぬかと思った……」
うつ伏せのまま、ケイオスが掠れた声で呟く。
「流石に……今回はやり過ぎだった、んじゃない、の……? 本当に、僕の内臓が焼き切れて……無くなると、ころだった……よ?」
「再生術の用意は出来ています。例え師匠がバラバラになっても、その肉塊さえ手に入れればちゃんと蘇生できるように組み込みました」
「なんかさ……数を重ねるにつれて、やることが過激になって行ってるよね……君」
「師匠なら大丈夫だと思ってやっていますから」
信頼関係につけ込んでいると思われるかも知れないが、実際に飛鳥はケイオスの体の限界をある程度理解した上で行為に及んでいた。どこまでなら壊れないか、どこからが危険なのか。加減を誤れば後々面倒なことになる。最初は手探りだった行為も、今は慣れたお陰でかなりギリギリを攻める様になっていた。
「それより……師匠、貴方にお願いがあります」
「……珍しいじゃん、飛鳥くんが僕にお願いなんて。明日は隕石が降るんじゃない?」
「聞いてくれますか」
「別に良いけど」
聞くだけなら。内容によっては叶えられるかも知れないし、無理かも知れない。
飛鳥はケイオスが拒否しない意志を示したのを確認し、彼を見下ろした状態で静かに言葉を紡いだ。
「師匠、僕は貴方を感じたい」
「感じたいって……具体的にどんな風に?」
先程まであんなに激しくまぐわっていたと言うのに、これ以上何を感じるつもりなのか。改まった態度で言う飛鳥に、ケイオスはベッドから上体を持ち上げつつ、聞き返した。
「僕は今まで師匠の姿を見て、声を聞いて、体に触れて、匂いを嗅いで来ました。様々な手段を用いた結果、あらゆる感覚で師匠を知ることができました」
「うん、そうだね。どれもなかなかにイカれた行為だったけど」
「ですが、まだ一つだけ感じられていない事があります」
「あったっけ?」
飛鳥はこれまでに何度もケイオスと接触し、時に交戦した。言葉でも、肉体でも、精神でも。互いに触れ合ったと思っていたが、他に何があると言うのか。
疑問に思うケイオスに向けた飛鳥が返した答えは、意外なものだった。
「味です」
「味?」
「僕は師匠を……貴方を、食べたいんです」
そう答える飛鳥の瞳には、先程の性交時とは異なる『慾』が滲んでいた。
***
「そういう訳で、師匠の腕を一本貰ってきた」
「待ってくれ飛鳥、展開について行けない」
飛鳥の話を聞いたR#は、目の前に置かれた物体を見て頭を抱えた。
二人の前にあるテーブルの上に置かれているのは、皮膚が青い人間の腕ーーケイオスの肘から下の左腕だった。鋭い刃で切ったのか、切断面は思っていたよりも綺麗で、中心の白い骨も良く見えた。血は既に抜いた後らしく、傷口付近に乾きかけたものが多少付いているだけで比較的綺麗な状態だった。
「師匠に言ったんだ。貴方を食べてみたいって」
「うん」
「そうしたら、全部はあげられないけど腕なら良いって言ってくれてね。左腕を貰ってきた」
「……倫理観どこに行ったんだろうね」
「君だって無いじゃないか」
「ああ、うん。一応、君よりはあるつもりなんだけれども」
R#は頭が痛くなった。飛鳥の発想が異常ーー常に予想の斜め上を行くのは最早言うまでも無い。だが、いくら弟子である飛鳥の願いだったとは言え、自らの腕をほいほいとくれてやる師匠もどうかしている。不老不死だから切り落としてもまた生えてくるとか、そういう問題では無い。
「それで、どうやって食べるんだい? まさか生のまま? それともこんがり焼いて丸かじり?」
どう見てもゲテモノな物体。獲れたてほやほや、鮮度が良いと言われてもこのまま食べるのは躊躇する。そもそも、既に人間では無い存在だとしても、これはカニバリズムになるのだろうか。
飛鳥もR#も、今まで散々人道外れた、倫理観ゼロの研究や実験をしてきた。それでも、人肉を食べるのは流石に未知の世界だ。完全に人としてのラインを超越する行為で、勇気が要る。本当に食べて良いのか、食べられるのかと、R#は心の中で何度も自問自答した。
「そんな事はしないよ。僕は生焼けステーキが苦手なの、知っているだろう?」
「それは、そうだけど……」
そもそも飛鳥が肉類が苦手ではないかと。R#は言いたかった。親友のフレデリックは見るからに肉好きでワイルドな大食漢であるが、飛鳥はその逆で、どちらかと言えばベジタリアンだった。もっと言うと、食は細いし食への執着も薄い。R#が何も言わなければ食べる事を忘れて研究に没頭する事だってある。
「だから、ハンバーグにしてみようと思うんだ」
「……ハンバーグ?」
「そう。それも煮込みハンバーグだ。焼くと肉が硬くなってしまうかもしれない。火力が足りなければ生焼けになってしまう可能性もある。勿論、生で食べるのは論外だ。そうなると……消去法で煮込み系かなって。骨そのものは食べられないかも知れないけど、出汁には出来そうだし」
「でも君、まともに料理なんてしたこと無いじゃないか」
今の食事はティル・ナ・ノーグにある保存食がほとんどだ。学生時代はもちろん、研究者や魔王と呼ばれる存在になってからも自炊した記憶は一切無い。遥か昔、友人たちと休日にバーベキューをしたことはあるが、既に用意されている肉や野菜を軽く焼くだけの行為を料理とは呼べないだろう。
「そうだね。だから、挑戦のしがいがあると思っているよ」
「挑戦って」
「地上の料理番組をこっそり見たり、料理本を取り寄せて読み込んだ。材料の分量を間違えず、切ってこねて焼いて、煮込む。 ……うん、何とかなりそうだ」
ーー駄目だ、このオリジナル。
何を言っても折れる気配が無い。
本当なら、調理が難しいなら無理に食べる必要は無いと伝えたかったが、飛鳥は完全にやる気になってしまっている。かつての飛鳥だったら、少しネガティブなことを伝えれば躊躇し、検討するために一度中断くらいはしてくれたのだが。普段は慎重に行動するタイプだと言うのに、どうしてこう言う時は勢いが良く潔いのか。
「火を通すだけで大丈夫かな……言いにくいけど、師匠の見た目って毒々しいから少し心配だな」
「そうだね。ウイルスや細菌感染の可能性は否定できない。でもそれは他の肉でも同じ事さ。いざとなったら、君もいるし」
「……師匠の肉が牛や豚と同列なのはどうかと思うよ」
元々倫理観なんて無い存在であったが、こうしてヒトの形をした生き物の肉を意欲的に食そうとする飛鳥には戦慄が走る。しかも、よりによって、あのケイオスの肉だ。絶対美味しく無いだろうし、下手をすれば毒が仕込んであるかもしれない。そうなれば肉体どころか精神や魂にまで傷がつくかもしれない。一応、懸念点は伝えておこうと。R#は言葉を選びながら進言したが、飛鳥は止まらなかった。
「よし。まずは準備だ。必要な材料と道具を揃えて……煮込み系だと他に何が必要なんだったかな。タマネギにパン粉、牛乳、卵、塩……ああ、ソースも用意しなきゃいけないか。ごめん、R#。ちょっと君にも手伝って貰わないとならなくなるかも。まずは冷蔵庫の中を見てきてくれるかな? 足りないモノは買い出しに行って貰うことになると思う。忙しくなりそうだ……」
「…………」
今後の予定をぶつぶつと呟く飛鳥に対し、R#はもう何も言えなかった。
***
数時間後。
飛鳥はこねて焼いたハンバーグを煮込む段階まで作業を進めていた。
「思っていたよりも良い匂いだね。色もそこまで悪くない」
目の前で煮込まれている物体を眺めつつ、R#は思った感想をそのまま述べた。
「うん。慣れない作業だったけど、これは上手く出来たんじゃないかな。食べるのが楽しみだ」
「……一時はどうなることかと思ったけどね」
料理本を読み込んだから大丈夫だと言っていた飛鳥の調理工程は酷いものだった。材料を切る包丁の手元は危なっかしく、調味料の軽量も大雑把。ハンバーグを焼く際も普段使わないコンロに苦戦し、法力で点火させようとして厨房が吹き飛ぶところだった。
「よし、何とか出来上がったみたいだ。ここまでやれたのは君のお陰だ。ありがとう、R#」
「……それは良かった」
良くない。絶対に良くない。
今ならまだ間に合う、引き返せる。諦めることが出来る。食人行為もそうだが、師匠の肉を調理して食べる弟子がいて堪るかと。調理中にR#は何度も中止を提案した。それでも、飛鳥は止まらなかった。
「早速食べてみようと思うんだ。君はどうする?」
「やめておくよ」
「はは、そう言うと思った」
器に盛り付けながら聞いてくる飛鳥へ、R#は即答した。百歩ーー否、一万歩譲って人肉を食すのは良い。だが師匠の肉を食べるのは絶対に嫌だ。食べる位なら舌を噛んで死んでも良い。
R#の反応は予想通りだったのか、飛鳥は僅かに苦笑して引き下がり、席に座った。
「それじゃあ、頂きます」
手を合わせて一言、それからナイフとフォークを手に取り、ハンバーグを切り分ける。ナイフは比較的容易に刺さり、一口サイズにしたものをフォークで口へと運ぶ。その様子を、R#は傍らで黙って見詰めていた。
「…………」
口に入れ、噛んだ瞬間に飛鳥が固まる。何かを考えている様にも見えるが、実際どうなのかは分からない。何度も何度も咀嚼して、やっと一口目を飲み込んだ。普段の食事を思えば、その行程は非常に緩慢で、遅すぎるほどだった。けれど手を止めることはなく、二口、三口とケイオスの肉で出来たハンバーグを口へ運んでいく。
「飛鳥?」
美味しいか、と。飛鳥に問うのは気が引けた。どう声を掛けるべきなのか、R#には分からなかった。ただ様子を確認しようと名前を呼び、彼の反応を待った。
「……師匠」
何口目かの肉を飲み込み、飛鳥がぼそりと呟いた。
「これが、師匠……」
小さな声だった。そしてその直後、彼の瞳から透明な雫が溢れた。
「……うっ」
「飛鳥!?」
頬を伝うのが涙だと分かった瞬間、飛鳥はナイフとフォークを手放し、自らの口元を押さえた。それを見て、R#はすぐに駆け寄り、バイタルの異常が無いかを確認する。やはり毒が入っていたのか。だから止めろと言ったのに。自らの肉を提供したケイオスを内心で呪いながら、R#は飛鳥の様子を伺った。
「大丈夫? やっぱり師匠の肉なんて食べるんじゃ……」
「違う……」
「え?」
「違うんだよ……R#」
涙を流しているが、飛鳥の声は落ち着いていた。緩く頭を振り否定する飛鳥の姿に、R#は怪訝の色を滲ませる。一体、何が違うと言うのか。
「師匠が……口の中で溶けて、広がって……僕の口の中を支配して……何だか、上手く言えないんだけど……その、セックスをした時よりも、一つになれた気がして……」
ぽた、ぽた、と。涙は留まることを知らず流れ続ける。それが生理的なものではない、感情的な涙だと気付くのに、R#は時間が掛かった。
飛鳥が、泣いている。滅多なことでは心動かぬ飛鳥が、大粒の涙を流している。予期せぬ状態にR#は戸惑い、同時に飛鳥の心をかき乱す彼の存在に言葉にし難い感情を抱いた。
「そう……今の気持ちを表現すると……『幸せ』なんだ……僕は」
「…………」
駄目だ。どうすれば良いのか分からない。
師匠の肉を食べて、幸せの絶頂を迎えた? そんな馬鹿な話があってたまるか。師匠を感じたいと言っても、こんな方法で感じて、喜んで。それを本当に幸せと言えるのか。
分からない。自身の創造主である彼の、オリジナルの思考が分からない。何故師匠にそこまでの執着を見せるのか。彼の過去の記憶では確かに師匠への思慕を募らせていた。けれど今の様な歪さは無かった筈だ。一体どこで、何を、どう間違えたのか。
「師匠って、こんな味だったんだなって……ごめん、どう言葉にすれば良いか分からないけど……本当に、嬉しいんだ……」
「……それなら、もっとじっくり味わって。残さず食べれば良いんじゃないかな」
それでも、飛鳥の気持ちを否定することは出来なくて。
R#は飛鳥の肩に手を置き、微笑みかける。例えどんなに歪であっても、その気持ちは飛鳥を構成する心の一部だ。狂っていても、イカれていても、それが飛鳥なのだ。飛鳥が嬉しい、幸せだと思うのならば、己は受け入れようと。R#は心の中で無理矢理自分を納得させることにした。
「うん……ありがとう……ッ、師匠……」
その後も飛鳥は涙を流しながらも手を止めず、ハンバーグを食べ続けた。
***
後日。
「やっほー飛鳥くん。僕の腕の味はどうだった?」
飛鳥のいる月へ、ケイオスは何事も無かったかの様に現れた。
「はい、正直に言うと……不味かったです」
「まあそうだろうねえ。人間の肉なんて食べるものじゃあない。硬くて筋っぽくて、複数の獣の血肉が混じった様な味だ。僕の場合人間とは言えないけど」
「ええ。 ……でも、嬉しかったんです」
「……嬉しかった?」
渡した肉が不味いと言うのは想定内。けれど実際に食べて、嬉しかったと言うのはどういう事なのか。ケイオスは不思議そうな面持ちで飛鳥を見やる。相変わらずな無表情。しかし何故だか、普段よりも穏やかな雰囲気を感じた。
「僕はやっと、師匠の全てを『感じる』ことが出来ました。師匠を見て、師匠の声を聞いて、師匠に触れて、師匠を嗅いで……そして師匠を食べたんです。すごく……幸せでした。やっと師匠と一つになれたんだって思ったら……」
「……まさかセックスより気持ちよくなっちゃったとか?」
「それは……ありますね」
「うわあ、そこまで行っちゃったかあ」
全ての感覚を知ることが出来た。如何な形であれ、飛鳥は満たされた。
一つになれたと言う言葉に、ケイオスは何とも言えない表情を浮かべた。それは引いている様にも、面白がっている様にも取れたが、飛鳥は敢えて何も言わなかった。
「それで、師匠にお願いがあります」
「何?」
「今度は足をくれませんか? いえ、難しいようでしたら肩の辺りでも構いません。頭部は最後にしたいと思ってるんですが……ああ、一応臀部の肉も食べてみるべきでしょうか。それとも変わったところで心臓、睾丸とか……」
「あっはっは! 君は本当にナチュラルボーンクレイジーだ。そういう所、嫌いじゃ無いよ」
真顔で次に食べたいと思っている部位を挙げていく飛鳥に、ケイオスは両手を叩いて笑った。やはり、飛鳥は、弟子はこうでなければ。まともそうに見えて誰よりもぶっ飛んでいる。そういう所が好きなのだ。論理的で洒落の一つも分からぬ存在などつまらない。彼にはもっともっと、師を超える狂った逸材になって貰わなければ。
「…………」
二人のやり取りを一歩引いたところで聞いていたR#は、最早自分の力ではどうすることも出来ない現実に軽く絶望し、頭垂れていた。
その後、飛鳥はケイオスの右足を貰い受けることに成功したと言う。
