【GG】Asuka×Chaos
「……で、これはどういう状況?」
その日も、ケイオスと飛鳥は互いの実験のために戦った。手合わせと言うには少々過激な、派手な魔法合戦。勝った方が相手を被検体として扱う事が出来る。いつから始めたか分からない。気付けば、地上で二人が会うとそうするようになっていた。
今回の勝者は飛鳥だった。最初はケイオスが優勢で、次から次へと放たれる弾丸に、飛鳥は想像以上の苦戦を強いられた。
このままでは押し切られる。そう思った飛鳥は一発に賭け、ケイオスが隙を作るのを待った。それは本当に僅かな隙で、弾切れを起こしたケイオスが新たな銃弾を装填しようとした、その瞬間に最大出力のサブミクロン粒子高圧縮玉を彼に向けて放った。外せばマナ切れで飛鳥の敗北は確定、ケイオスの防御が間に合ってしまっても良くて相打ち。結果は運が飛鳥に味方し、ケイオスは防御に失敗して派手に吹っ飛ばされた。
「見て分かりませんか?」
「分からないから聞いてるんだけど?」
勝利を確信した飛鳥はすぐにケイオスの元へ駆け寄り、僅かに残っていた法力で彼の身を地面に縫い付けるようにして拘束した。通常のケイオスならば本気を出せば振り切る事が出来る程度のものだが、敗北し負傷した今の状態ならば少しは持つだろう。
「……いつもの『実験』です。ただ、暴れられると困りますので拘束させて頂きました」
普段の飛鳥とは明らかに違う、異質な空気を敏感に感じ取り、ケイオスは目を細める。
互いをモルモットと称しながらも、飛鳥の実験はそれなりにケイオスの身を案じ、一線を超えたことは無かった。倫理観が破綻しているとか、ナチュラルボーンクレイジーだとか。日頃からケイオスに言われていることを気にしているのか、いないのか。それについては定かでは無かったが。
表情を変えない飛鳥の顔が不気味に見えた。能面のような彼のそれに恐怖を抱いたりはしないものの、ケイオスの本能の片隅では小さな警鐘が鳴り始めていた。
「へえ? それじゃあその実験で、僕に何をしようとしてるんだい?」
「…………」
ケイオスの言葉に、飛鳥は沈黙する。正直に答えることを躊躇しているようにも見えた。彼は嘘を吐くのが苦手だ。ケイオスのように都合が悪くなると適当にはぐらかすという事をしない。
しかし沈黙は長くは続かなかった。一度はケイオスの視線から逃れるように泳いだそれは、再び交わされる時には強い意志を持っていた。
深く息を吸い、長い時間をかけて吐いて。飛鳥は意を決し、ケイオスに実験の内容を伝えた。
「貴方とイノの半身を……バックヤードの一部を分離させます」
「…………、本気で言ってる?」
「僕が気の利いた冗談を言えないこと位、分かっているでしょう?」
飛鳥の目論見を聞き、ケイオスは僅かに口元を歪めた。形だけで言えば弧を描いているように見えるが、それは無理矢理笑おうとしているような、不自然な形だった。
第一の男と、バックヤードの一部ーーイノの半身。二つの存在は今から百年以上前、慈悲なき啓示によって無理矢理融合させられ、今のハッピーケイオスと呼ばれる姿となった。
それを、飛鳥は自らの手で分離させ、ケイオスを第一の男と呼ばれていた頃の存在に戻そうとしている。確かに、飛鳥は親友であるソル・バッドガイから『種』を取り出すことでギアだった彼を人間に戻した。その技術を応用すれば、ケイオスからバックヤードの一部を分離させることは不可能ではないかもしれない。
「……成功確率を聞いてみても?」
「僕の計算では、3%あるかどうかですね」
「よくその確率でやってみようと思ったね」
「可能性がゼロでないのなら、試してみる価値はあると教わりました」
「……ははっ、そうだったね」
かつて自らが説いた教えをこうして返される日が来るとは。成功する確率は限りなくゼロに近い。けれど、ゼロではない。あり得ないとは言い切れない。もちろん、確率は高い方が良いが、低いから成功しないという訳でもないのだ。
無謀。無茶。危険。リスクが高すぎる。だから何だと言うのか。飛鳥の左目に宿る確かな意志を見て、ケイオスはただ笑う事しか出来なかった。とんでもない事をしようとしている弟子を止めるつもりはない。結果が自分にも分からないからこそ、面白そうだと思った。これにより、ケイオス自身がどうなるのか。見届けるのも一興であると。故に、抵抗はしなかった。
飛鳥は法力を集中させた右手をケイオスの胸元に当てると、それをゆっくりと彼の「中」へと押し込んだ。
「……ーーッぐぅ!」
とぷん、と。水の中に入るように飛鳥の指先は抵抗なく沈んで行った。その瞬間、ケイオスは呻くような声を上げ、全身を大きく戦慄かせる。無意識の内に飛鳥の手から逃れようとして腕を動かすが、事前に施された拘束によりそれは叶わず、空しい動作となって終わった。
「痛いですか? それとも苦しいですか? ……すみません、少し耐えて下さい」
指先が、掌が、そして手首までもがケイオスの「中」に沈んでいく。最初は滑らかな感触だったが、深く沈めていくにつれてそれは泥のように重くなり、飛鳥の腕を阻もうと絡み付く。
元の第一の男の魂と融合することでケイオスを形作っている「それ」は、飛鳥が指先で軽く触れただけで凄まじい情報量が体内に雪崩れ込んでくる。普通の人間ならばこれだけで精神が崩壊してしまうだろう。飛鳥ですら、気を抜くと理性を持って行かれそうになってしまう。
頭の奥が痛み、それによって視界が歪む。身体にかかる負荷を考えると、長時間は行えない。それでも、止める訳には行かない。決意は固く、飛鳥はケイオスの中に沈めた手を動かし、バックヤードの一部と彼の魂の分離作業を進めた。
「あ゛ッ……ガーー!」
慈悲なき啓示はどうやって第一の男とイノの半身を融合させたのか。その過程が分かればケイオスと飛鳥、双方の負担がもう少し軽くなっていたかもしれない。「中」をかき回される度にケイオスは濁った悲鳴を上げ、不自由な四肢を動かし、暴れる。やはりソルに対し行ったギア細胞の摘出ほど上手くは行かない。
「あ、ずがくッ……ん! も、抜いてーーッ!」
「駄目です、まだ……これでは」
作業が思うように進まず、飛鳥の中に焦りが生じる。予想も覚悟もしていたが、元々バックヤードの一部であったイノの半身に直に触れるのは非常にリスクが高い。
一度は実験を受け入れる意志を示したケイオスですら、余りの苦痛に中止を求めている。思うことはあれど、今は目の前の事にのみ全力を注ごうと。飛鳥は歯を食いしばり、指先を更に深部へと押し込んだ。
「ひ、ぎっ……!」
「あと、少し……これ、をッ……ーー!」
ケイオスの意志に反して、彼の身が飛鳥を拒絶しようと文字通り牙を剥く。腕を食い千切る勢いで噛み付かれ、激痛が走った。痛い、と。普段なら叫ぶところを、飛鳥は耐えた。
後少し。もう少し。時間があれば。そうすれば、師匠が帰ってくる。救世主が復活する。己の救いだった存在に、また会える。その一心で、飛鳥は全神経を手先に集中させた。
「……あ、すか」
不意に、ケイオスの掠れた声が飛鳥の耳に届いた。
「やめ……、さい……こ…い…ょうは……」
「ーーっ!?」
その声を聞いた瞬間、飛鳥は勢い良くケイオスの中から手を引き抜いた。
今の声は、確かにケイオスのものだった。けれどその本質は、かつての師匠のそれだった。
ケイオスの制止ならば無視することが出来た。だが昔のーー第一の男の制止は、飛鳥には逆らえなかった。
「……ッ、はァ゛! っは、あぁ……う、はーー……」
「……師匠」
眼下のケイオスは苦痛から解放され、荒い呼吸を何度も繰り返している。全身が痙攣しており、先程までの実験の負荷が如何ほどのものであったかを物語っている。
「…………死ぬか、と……思った……」
肉体的な死は最早存在しないけれど。本当に、死ねるのではないかと思った。
掠れ、絞り出す様にして紡がれたケイオスの言葉には、そんな含みがあるように感じられた。
「貴方に生死の概念があるとは思いませんでした」
「きみ、ねえ……」
何故実験を中断したのか悟られまいと、飛鳥は平静を装い、ケイオスに声を掛ける。どうやら先程ケイオスが発した言葉を、彼自身は覚えていないらしい。無意識に紡いだものだったのか。何れにせよ、気付いていないのならばそのままにしておけば良い。
「……すみません、今日はこれで止めておきます」
「今日『は』? ……ってことは、またやるつもり?」
ケイオスの表情が僅かに引きつる。相当辛かったのだろう。飛鳥に触れられた胸元に手を当て、軽く身を震わせた。
「まあ、やりたいなら僕に勝ってからね。流石にここまでキツいことされるなら、次は僕もそれなりに抵抗するけれど」
「勝てば良いんですね? それならばまた、近い内に」
「ああー、そもそもその勝負に乗ってあげるかどうかは別問題だよ。僕にだってやる気っていうか、気分もあるし? ……それじゃあ、そういうことで」
ケイオスは早口で捲し立てる様にそう告げると、逃げるようにその場から消え去った。
「…………」
飛鳥はケイオスが居なくなった場所をしばらく見詰めていた。
「……師匠」
本当に、あと少しだったのに。あと二つ、三つ、複雑な回路を解いて再構築すれば、分離できたかもしれないのに。
あの作業は飛鳥の身に掛かる負荷も尋常ではない。いくら相手がケイオスで、自分が魔王と呼ばれたソーサラーであったとしても、そう毎日何度も行えるものではない。
それでも、飛鳥の中には諦めるという選択肢は存在しなかった。
「必ず、貴方を」
取り戻す。
どんなに汚い手を使ってでも。どんな自らの犠牲を払ってでも。あの時の師匠に、会いたい。会って、今までにあった事、伝えられなかった事、これから伝えたい事、話したいことを沢山聞いて貰いたい。
祈りとも決意とも取れる言葉は、果たしてケイオスに届いたか。
飛鳥は立ち上がった。
その日も、ケイオスと飛鳥は互いの実験のために戦った。手合わせと言うには少々過激な、派手な魔法合戦。勝った方が相手を被検体として扱う事が出来る。いつから始めたか分からない。気付けば、地上で二人が会うとそうするようになっていた。
今回の勝者は飛鳥だった。最初はケイオスが優勢で、次から次へと放たれる弾丸に、飛鳥は想像以上の苦戦を強いられた。
このままでは押し切られる。そう思った飛鳥は一発に賭け、ケイオスが隙を作るのを待った。それは本当に僅かな隙で、弾切れを起こしたケイオスが新たな銃弾を装填しようとした、その瞬間に最大出力のサブミクロン粒子高圧縮玉を彼に向けて放った。外せばマナ切れで飛鳥の敗北は確定、ケイオスの防御が間に合ってしまっても良くて相打ち。結果は運が飛鳥に味方し、ケイオスは防御に失敗して派手に吹っ飛ばされた。
「見て分かりませんか?」
「分からないから聞いてるんだけど?」
勝利を確信した飛鳥はすぐにケイオスの元へ駆け寄り、僅かに残っていた法力で彼の身を地面に縫い付けるようにして拘束した。通常のケイオスならば本気を出せば振り切る事が出来る程度のものだが、敗北し負傷した今の状態ならば少しは持つだろう。
「……いつもの『実験』です。ただ、暴れられると困りますので拘束させて頂きました」
普段の飛鳥とは明らかに違う、異質な空気を敏感に感じ取り、ケイオスは目を細める。
互いをモルモットと称しながらも、飛鳥の実験はそれなりにケイオスの身を案じ、一線を超えたことは無かった。倫理観が破綻しているとか、ナチュラルボーンクレイジーだとか。日頃からケイオスに言われていることを気にしているのか、いないのか。それについては定かでは無かったが。
表情を変えない飛鳥の顔が不気味に見えた。能面のような彼のそれに恐怖を抱いたりはしないものの、ケイオスの本能の片隅では小さな警鐘が鳴り始めていた。
「へえ? それじゃあその実験で、僕に何をしようとしてるんだい?」
「…………」
ケイオスの言葉に、飛鳥は沈黙する。正直に答えることを躊躇しているようにも見えた。彼は嘘を吐くのが苦手だ。ケイオスのように都合が悪くなると適当にはぐらかすという事をしない。
しかし沈黙は長くは続かなかった。一度はケイオスの視線から逃れるように泳いだそれは、再び交わされる時には強い意志を持っていた。
深く息を吸い、長い時間をかけて吐いて。飛鳥は意を決し、ケイオスに実験の内容を伝えた。
「貴方とイノの半身を……バックヤードの一部を分離させます」
「…………、本気で言ってる?」
「僕が気の利いた冗談を言えないこと位、分かっているでしょう?」
飛鳥の目論見を聞き、ケイオスは僅かに口元を歪めた。形だけで言えば弧を描いているように見えるが、それは無理矢理笑おうとしているような、不自然な形だった。
第一の男と、バックヤードの一部ーーイノの半身。二つの存在は今から百年以上前、慈悲なき啓示によって無理矢理融合させられ、今のハッピーケイオスと呼ばれる姿となった。
それを、飛鳥は自らの手で分離させ、ケイオスを第一の男と呼ばれていた頃の存在に戻そうとしている。確かに、飛鳥は親友であるソル・バッドガイから『種』を取り出すことでギアだった彼を人間に戻した。その技術を応用すれば、ケイオスからバックヤードの一部を分離させることは不可能ではないかもしれない。
「……成功確率を聞いてみても?」
「僕の計算では、3%あるかどうかですね」
「よくその確率でやってみようと思ったね」
「可能性がゼロでないのなら、試してみる価値はあると教わりました」
「……ははっ、そうだったね」
かつて自らが説いた教えをこうして返される日が来るとは。成功する確率は限りなくゼロに近い。けれど、ゼロではない。あり得ないとは言い切れない。もちろん、確率は高い方が良いが、低いから成功しないという訳でもないのだ。
無謀。無茶。危険。リスクが高すぎる。だから何だと言うのか。飛鳥の左目に宿る確かな意志を見て、ケイオスはただ笑う事しか出来なかった。とんでもない事をしようとしている弟子を止めるつもりはない。結果が自分にも分からないからこそ、面白そうだと思った。これにより、ケイオス自身がどうなるのか。見届けるのも一興であると。故に、抵抗はしなかった。
飛鳥は法力を集中させた右手をケイオスの胸元に当てると、それをゆっくりと彼の「中」へと押し込んだ。
「……ーーッぐぅ!」
とぷん、と。水の中に入るように飛鳥の指先は抵抗なく沈んで行った。その瞬間、ケイオスは呻くような声を上げ、全身を大きく戦慄かせる。無意識の内に飛鳥の手から逃れようとして腕を動かすが、事前に施された拘束によりそれは叶わず、空しい動作となって終わった。
「痛いですか? それとも苦しいですか? ……すみません、少し耐えて下さい」
指先が、掌が、そして手首までもがケイオスの「中」に沈んでいく。最初は滑らかな感触だったが、深く沈めていくにつれてそれは泥のように重くなり、飛鳥の腕を阻もうと絡み付く。
元の第一の男の魂と融合することでケイオスを形作っている「それ」は、飛鳥が指先で軽く触れただけで凄まじい情報量が体内に雪崩れ込んでくる。普通の人間ならばこれだけで精神が崩壊してしまうだろう。飛鳥ですら、気を抜くと理性を持って行かれそうになってしまう。
頭の奥が痛み、それによって視界が歪む。身体にかかる負荷を考えると、長時間は行えない。それでも、止める訳には行かない。決意は固く、飛鳥はケイオスの中に沈めた手を動かし、バックヤードの一部と彼の魂の分離作業を進めた。
「あ゛ッ……ガーー!」
慈悲なき啓示はどうやって第一の男とイノの半身を融合させたのか。その過程が分かればケイオスと飛鳥、双方の負担がもう少し軽くなっていたかもしれない。「中」をかき回される度にケイオスは濁った悲鳴を上げ、不自由な四肢を動かし、暴れる。やはりソルに対し行ったギア細胞の摘出ほど上手くは行かない。
「あ、ずがくッ……ん! も、抜いてーーッ!」
「駄目です、まだ……これでは」
作業が思うように進まず、飛鳥の中に焦りが生じる。予想も覚悟もしていたが、元々バックヤードの一部であったイノの半身に直に触れるのは非常にリスクが高い。
一度は実験を受け入れる意志を示したケイオスですら、余りの苦痛に中止を求めている。思うことはあれど、今は目の前の事にのみ全力を注ごうと。飛鳥は歯を食いしばり、指先を更に深部へと押し込んだ。
「ひ、ぎっ……!」
「あと、少し……これ、をッ……ーー!」
ケイオスの意志に反して、彼の身が飛鳥を拒絶しようと文字通り牙を剥く。腕を食い千切る勢いで噛み付かれ、激痛が走った。痛い、と。普段なら叫ぶところを、飛鳥は耐えた。
後少し。もう少し。時間があれば。そうすれば、師匠が帰ってくる。救世主が復活する。己の救いだった存在に、また会える。その一心で、飛鳥は全神経を手先に集中させた。
「……あ、すか」
不意に、ケイオスの掠れた声が飛鳥の耳に届いた。
「やめ……、さい……こ…い…ょうは……」
「ーーっ!?」
その声を聞いた瞬間、飛鳥は勢い良くケイオスの中から手を引き抜いた。
今の声は、確かにケイオスのものだった。けれどその本質は、かつての師匠のそれだった。
ケイオスの制止ならば無視することが出来た。だが昔のーー第一の男の制止は、飛鳥には逆らえなかった。
「……ッ、はァ゛! っは、あぁ……う、はーー……」
「……師匠」
眼下のケイオスは苦痛から解放され、荒い呼吸を何度も繰り返している。全身が痙攣しており、先程までの実験の負荷が如何ほどのものであったかを物語っている。
「…………死ぬか、と……思った……」
肉体的な死は最早存在しないけれど。本当に、死ねるのではないかと思った。
掠れ、絞り出す様にして紡がれたケイオスの言葉には、そんな含みがあるように感じられた。
「貴方に生死の概念があるとは思いませんでした」
「きみ、ねえ……」
何故実験を中断したのか悟られまいと、飛鳥は平静を装い、ケイオスに声を掛ける。どうやら先程ケイオスが発した言葉を、彼自身は覚えていないらしい。無意識に紡いだものだったのか。何れにせよ、気付いていないのならばそのままにしておけば良い。
「……すみません、今日はこれで止めておきます」
「今日『は』? ……ってことは、またやるつもり?」
ケイオスの表情が僅かに引きつる。相当辛かったのだろう。飛鳥に触れられた胸元に手を当て、軽く身を震わせた。
「まあ、やりたいなら僕に勝ってからね。流石にここまでキツいことされるなら、次は僕もそれなりに抵抗するけれど」
「勝てば良いんですね? それならばまた、近い内に」
「ああー、そもそもその勝負に乗ってあげるかどうかは別問題だよ。僕にだってやる気っていうか、気分もあるし? ……それじゃあ、そういうことで」
ケイオスは早口で捲し立てる様にそう告げると、逃げるようにその場から消え去った。
「…………」
飛鳥はケイオスが居なくなった場所をしばらく見詰めていた。
「……師匠」
本当に、あと少しだったのに。あと二つ、三つ、複雑な回路を解いて再構築すれば、分離できたかもしれないのに。
あの作業は飛鳥の身に掛かる負荷も尋常ではない。いくら相手がケイオスで、自分が魔王と呼ばれたソーサラーであったとしても、そう毎日何度も行えるものではない。
それでも、飛鳥の中には諦めるという選択肢は存在しなかった。
「必ず、貴方を」
取り戻す。
どんなに汚い手を使ってでも。どんな自らの犠牲を払ってでも。あの時の師匠に、会いたい。会って、今までにあった事、伝えられなかった事、これから伝えたい事、話したいことを沢山聞いて貰いたい。
祈りとも決意とも取れる言葉は、果たしてケイオスに届いたか。
飛鳥は立ち上がった。
