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【GG】Asuka×Chaos

 その客人の来訪は何時だって唐突だ。
 
「メリークリスマス飛鳥くーん!」

 いつものようにラジオ放送を終え、一息吐こうと思った飛鳥の元へケイオスが現れた。彼は格好こそ普段の裸にジャケット姿だったが、その頭部にはいかにもクリスマスといったデザインの赤い帽子を被り、白い大きな袋を両手で担いでいる。

「何ですか急に」

 事前連絡無くやって来るのはいつもの事。故に飛鳥は驚くこともなく、淡々とした言葉と共に冷ややかにケイオスを見つめる。明らかに歓迎していないオーラを出しても、ケイオスは気にせず飛鳥の側まで軽い足取りで歩み寄って来た。彼の動きに合わせて赤い帽子の先端にある白いぽんぽんが揺れる。サンタクロースのかぶるものに似た帽子はそれだけ見れば今の時期に調和していると言えなくもない。地上であれば、だが。

「うーん、相変わらず冷たいねえ。一応君の師匠なんだけど?」
「常識の欠片も無い貴方を師匠だと思いたくありませんので。何の用で来たかは知りませんが、今日はもう寝るつもりなので帰ってくれませんか」
「はぁーん? 非常識の筆頭である君が僕に常識を説くわけ? っていうかまだ日付変わる前じゃん」

 少なくとも、昔のケイオスはーー第一の男と呼ばれていた頃の彼はまだ常識的な存在だった。今の姿になってからは、常識のじょの字も無くなってしまったが。慈悲なき啓示によってイノの半身と融合させられてしまったからとは言え、当時の面影がほとんど無い眼の前の存在に飛鳥は何とも言えない嫌悪感を抱いていた。

「……はあ、何の用で来たんですか?」

 それでも、本気で帰ってくれと言うつもりは無いらしく。飛鳥の言葉に不満げな声を上げるケイオスに対し、取り敢えず話くらいは聞いてやろうと。大きな溜息を一つ零し、飛鳥は彼の方に向き直った。

「今日は何日?」 
「12月24日。もうすぐ25日になります」
「何の日?」
「クリスマスイヴ。日付が変わればイエスキリストの生誕日です」
「分かってるじゃん」
「分かってるも何も、貴方が先程言いましたよね? メリークリスマスって」

 そう言って飛鳥は机の上に置かれている卓上カレンダーに視線を送る。ケイオスの言う通り、今日は12月の24日。地球上ではクリスマスイヴにあたる日付だった。きっと今頃は多くの人がクリスマスという行事を楽しみ、家族や恋人と過ごしているだろう。ご馳走を食べ、聖歌を歌い、クリスマスツリーを飾り付け、子供たちはサンタクロースが来るのを心待ちにしながら眠りにつく。年末に行われる、最も心温まる特別な行事。
 そしてそれは、飛鳥にとっても、かつてのケイオスにとっても無縁の行事でもあった。

「それで、クリスマスがどうかしたんですか?」
「飛鳥くんぼっちでしょ? クリスマスを一人で過ごす人間はクリぼっちって言うんだってさ。だから僕がクリぼっちな飛鳥くんと一緒に過ごしてあげようと思って」
「嫌味ですか?」
「そんなつもりはないよ。真実を述べたまでさ」

 月にはーーこのティル・ナ・ノーグには飛鳥と、彼を模した存在であるR#しかいない。彼はケイオスの事を嫌っているようで、ケイオスの気配を察知すると地上へ逃げるようにして消えてしまう。ケイオスが現れなければーー如何な形であれーー飛鳥はR#と共に過ごすはずだったのだが。

「……どういう風の吹き回しですか?」

 色々と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、声のトーンを落としながらケイオスに問う。不機嫌さをアピールし、早々に帰ってもらおうという算段だった。けれどそんな事でケイオスが引き下がる訳がない。分かってはいる。分かってはいるが、それでもケイオスを素直に受け入れるのが癪だったため、ささやかな抵抗を試みた。
 ケイオスに理由を聞いても、まともな答えが返ってくる確率はかなり低い。寧ろ答えが返ってくればまだ良い方で、酷いと逆に質問の意図を問われ、そこから言いくるめられてしまう。
 今回もそうなるかもしれない。そう思っていると、ケイオスは意外にもあっさりと質問に答えた。
 
「うーん、まあ、簡単に言えば昔の穴埋めみたいな? あの頃出来なかった事を改めて経験してみたいなって。ほら、僕って法力に関する知識や経験は豊富だけど、逆に言うとそれ以外の事は全然だったじゃん?」

 だから、楽しんでみたいんだ。ケイオスの言葉に飛鳥は軽く瞳を見開いた。
 ケイオスの言う通り、飛鳥が師事していた頃の彼は法力の研究に没頭していた。一般的な娯楽とは完全に無縁の研究生活で、趣味と呼べるようなものも持っていなかった。友人もほとんど居らず、彼は失踪するその日まで人生を研究に捧げた。その事は、彼の傍に居た飛鳥が一番良く知っている。
 かつて救世主と呼ばれた彼は、いつの間にか人として生きることが出来なくなっていた。普通の人間ならば当たり前のように享受できる楽しみが、幸せが。彼には無かった。人類の幸せのために、自らの幸せを犠牲にしたのだ。

「ちょうど寄った街でクリスマスマーケットをやってたからさ、覗いてみたんだ。面白いよね、色々売ってて」

 返って来た言葉の重みを飛鳥が無意識に噛みしめている間に、ケイオスは担いでいた袋を床に下ろし、口を開けて中を漁る。

「……無駄に買い込んで来ましたね」

 袋の中から出て来たのは大小さまざまな大きさのプレゼントボックスにキャンディケイン、ジンジャークッキーマン、チョコレートコインといった菓子類だった。更に酒や世界各国のクリスマスケーキに、定番のローストチキンまで買って来たらしく、物理の法則を無視してどんどん袋から出て来る。
 いくら自分と共に過ごすためと言っても、買い込み過ぎじゃないかと。目の前に広げられるモノたちを見て飛鳥は呟く。それとも買い物そのものが楽しかったのだろうか。

「今日のラジオはもう終わっているだろう?」
「ええ、先程終わりました」
「それじゃあ、僕に付き合ってよ。今日は悪さをしようとか考えてないからさ。楽しもう?」
 
 ケイオスの言葉を聞き、飛鳥は深く、長い溜息を吐いた。こうなると彼は帰れと言っても帰らないだろう。下手にあしらえば子供のように駄々をこね、最悪暴れかねない。ならば彼の気が済むまで付き合ってやった方が、穏便に事が片付くだろう。
 幸い、と言うべきか。夕食を摂ってから結構な時間が経っており、小腹も空いてきた。日付が変わればクリスマスだ。たまには御馳走と呼べるものを食べても罰は当たらないだろう。
 
「とりあえず、場所を変えましょう。ここはラジオ放送のための部屋ですから」
 
 ここでの飲食は禁止しているので。そう飛鳥が提案すると、ケイオスは笑みを浮かべながら片手を上げて了承し、出したものを再度袋にしまった。
 

 
*** 

「飛鳥くんって肉は平気だっけ?」
「生焼けでなければ一応は。ダメなのは魚です」
「ああ、そうだったね」

 テーブルを埋め尽くすようにして、クリスマスのために地上の人々が作った料理がずらりと並ぶ。先程ケイオスが見せたローストチキンから始まり、クリスマスプティングにブッシュドノエル、リースサラダ、ユールハム、スターゲイジー・パイ、ジンジャーブレッド、シュトーレンーークリスマスに関係があるのか分からないが一口サイズのカラフルな寿司まであった。
 それらをテーブルの上に並べる間に、ケイオスは飛鳥の食べ物の好き嫌いを訊ねた。

「甘いものは?」
「嫌いではありません」
「お酒は?」
「強くはありませんね。味は分かりますが」
「あー、それじゃあクリスマスビールはやめといた方が良いかな。エッグノッグにしようか」

 飛鳥の答えを聞き、ケイオスは袋の中からグラスを二つ取り出すとテーブルの上に置いた。その真上に片手を翳し、拳を緩く握り、開いて見せる。すると、グラスの中は一瞬にして乳白色の液体で満たされた。
 
「万能の力の無駄遣いですね」
「良いじゃん。それともイリュリア全土にホワイトクリスマスと称して雪を通り越した超大粒の雹でも落とした方が良かった?」
「絶対にやめて下さい」

 この師匠ならばやりかねない。優しく降り積もる雪ならば人々は歓迎するだろうが、容赦なく降り注ぐ雹ーーそれも超大粒となれば迷惑極まりない。下手をすれば死人が出る。おどけた様子で言うケイオスに対し、飛鳥は即座に制止の言葉を投げ付けた。
 ケイオスは冗談だと笑っているが、その真意は汲み取れない。相変わらず、と言うべきか。油断も隙もあったものではないと飛鳥は嘆息した。

「それじゃ、食べようか。飛鳥くんは何から行く? やっぱりチキン?」
「……リースサラダから」

 いきなり重たいものは食べたくない。ここはオーソドックスに前菜から。ケイオスの問い掛けに飛鳥は手元に置かれていたリースサラダの皿を引き寄せ、フォークを手に取った。緑の野菜が大部分を占める中、彩の一つとして添えられている小さなトマトをぷすりと刺し、一口で食べる。大量の食糧の備蓄があるティル・ナ・ノーグでは自給自足の必要が無く、野菜は栽培していない。そのため、こうして新鮮な野菜を食べるのは久しぶりだった。
 トマトの次はブロッコリー、レタス、ゆで卵と。飛鳥は黙々と食べて行く。その様子を見ながら、ケイオスはローストチキンにかぶり付いた。

「ねえ、何か面白い話ある?」
「相変わらず唐突ですね。師匠の方が話題に事欠かないのでは?」
「君の話を聞きたいんだ」

 ただ黙々と食べるのもつまらないと思ったのか、ケイオスは飛鳥に訊ねた。それに対し飛鳥は、月にいる自分よりも地上を自由に歩き回っているケイオスの方が面白い話を知っているだろうと返す。けれどケイオスは首を横に振り、飛鳥からの話題の提供を求めた。
 リースサラダを食べ終わり、エッグノックを軽く啜りながら飛鳥は思案する。ケイオスの琴線に触れるような話となるとなかなかハードルが高い。彼は意外性のある話を好む。
   
「……昔」

 エッグノックをちびちびと味わいながら悩むこと数秒。飛鳥は視線だけケイオスに向け、言葉を紡ぎ出した。

「一度だけ……一緒に過ごしましたね、クリスマス」
「そうだっけ?」
「僕が弟子入りして間もない頃です」
「弟子入りって……何年前の話?」

 それは昔話だった。ケイオスが魔法の理論化に成功し、救世主と呼ばれていた旧き時代。彼に弟子入りした時、飛鳥はまだ学生だった。救世主に憧れて半ば強引に弟子入りをし、師事していたあの頃。親友となるフレデリックやアリアと会う前で、交友関係はほとんど無かった。他の弟子たちとも必要最低限の言葉しか交わさず、まともに話をしていたのは師である救世主だけ。
 良く言えば研究一筋だった。故に、世間の情勢や行事、人と過ごす時間にはさほど興味が無かった。無いつもりだった。
 
「あの日、僕は師匠にわがままを言いました。クリスマスケーキが食べたいって。クリスマスなんて最初はどうでも良かったのに、他の人たちが街で浮かれて楽しんでるのを見ていたら……急に羨ましくなって」
 
 研究室の窓の外から見える煌びやかな街と人々の笑顔を見て、飛鳥の心は揺らいだ。残念なことに、救世主の元に弟子入りする前の家族の記憶はほとんどない。物心ついた時には、両親は飛鳥に関心がなかった。何故そうだったのかすら、覚えていない。ただそれ故に、誰かと過ごす温かな時間というものを知らずに育った。
 そんな飛鳥の境遇を知っていたかどうか分からないが、救世主は何かと彼を気に掛けた。指導は厳しかったが、評価に値すると思えば実力を認め、褒め称えた。研究以外でも世話を焼いた。そのせいか、飛鳥は救世主に全幅の信頼を寄せ、常にその後ろをついて回った。
 大好きだったのだろう。子供っぽい表現になるが、当時の救世主に対する気持ちを表現するのにそれ以外の言葉が見つからない。そして当時の飛鳥は、救世主と共にクリスマスを過ごしたいと思ったのだ。
 
「酷い弟子ですよね。ケーキが食べたいって言った時には、もうクリスマスは終わりに近付いていた。普通に考えて、売ってるわけないのに……貴方は雪の中探しに行って。そして、日付が変わる直前に、買ってきてくれた」

 クリスマスケーキと言えば事前予約が当たり前。当日買うにしても、朝から並ばなければ手に入らない。飛鳥がケーキを食べたいと言い出したのは夕方。言うまでもなく、どこのケーキ屋も在庫は無く、品切れ状態。救世主は買いに行く前から分かっていた。飛鳥の求めるケーキが手に入る確率は、限りなくゼロに近いと。
 それでも、救世主は諦めず町中を歩き回り、飛鳥のためにケーキを買って来た。白いビニールの手提げ袋に入っていたのは、閉店間際のスーパーで売っていた二個入りのショートケーキだった。消費期限間近で2割引きのシールが貼られた、クリスマスのムードもへったくれもない安物。工場で量産されただろうそれは、どう頑張ってもケーキ屋のお洒落なケーキには見た目も味も遠く及ばなかった。

「あの時のケーキの味は、今でも覚えています。甘ったるい生クリームに、ぱさぱさのスポンジ。イチゴは小さい上に酸っぱくて、こんなにまずーー……酷い味のケーキがあるのかと驚きました」
「ねえ今まずいって言いかけたよね? それもう苦い思い出じゃん」

 飛鳥の話に対し、ケイオスは顔を顰めた。弟子の為に奔走し、苦労して手に入れたケーキがまずかった。感動する系なのかと思えば、ただの残念な話だった。面白いと感じる要素は全くなく、はっきり言ってつまらない。
 そんなケイオスの不満げな表情に気付いたのか、飛鳥は僅かに口の端を持ち上げた。
 
「ええ。ですが、味なんてどうでも良かったんです」
「何で?」
「貴方が僕のわがままを聞いてくれた。それだけで嬉しかった。僕にとってあの日は、最高のクリスマスでした」
 
 救世主が弟子の事をどうでも良いと思っていたのなら、自らの足でケーキを買いに出かけたりしない。仮に出かけたとしても、早々に諦めて帰ってくることも出来た筈だ。
 大切に想ってくれていた。その事実だけで、飛鳥は胸が熱くなった。軽く雪に塗れた救世主が差し出したビニールの手提げを見た瞬間、泣きそうになった。救世主が飛鳥という存在を認識し、彼の為に動いた。他人との繋がりが希薄であった飛鳥にとって、救世主は名前の通り、彼の救いだった。
 
「クリスマスは神の子の生誕日。僕は神の存在を信じていませんが……あの時は少しだけ、感謝してみたいと思ったんです」
 
 飛鳥の言わんとしていることがピンと来ず、ケイオスは首を傾げながらサングラスの下の瞳を何度も瞬かせた。飛鳥が話した過去の出来事は、ケイオスの記憶の中には無い。正確に言うと、その記憶の上に様々な情報が大量に積み上げられ、埋もれてしまっていた。イノの半身と融合したことで生じた副作用のようなものだ。完全に失った訳ではないため、掘り起こそうと思えば出来ないこともない。ただそれには相応の手間と時間を掛けねばならず、実行するのは面倒だと考え、あえて思い出さない事にした。

「……何か、そこまで言われるとむずむずするなあ」
「そうですか? あの頃は皆から救世主だともてはやされたのに?」
「それとこれとは別っていうか……まあ良いや」

 人々に謳われていた救世主と、飛鳥に言われる救いの存在とは、似て非なるもの。ケイオスにしては珍しく、その違いを上手く説明することが出来なかった。最終的に説明を諦め、降参だとばかりに肩を竦ませた。

「日付が変わりますね」

 壁に掛けられた時計が指し示す時刻を見て、飛鳥が呟く。ケイオスもつられて時計を見遣り、「そうだね」と頷いた。
   
「メリークリスマス、飛鳥くん」
「メリークリスマス、師匠」

 もうこんな瞬間は訪れないと思っていた。あの時と姿かたちは変わってしまったが、相手とクリスマスを共にすることができ、無意識の内に互いの口元に笑みが浮かんだ。
 飛鳥とケイオスは互いにクリスマスの挨拶を交わし、エッグノックの入ったグラスを軽く打ち合った。
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