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小説

「…はい?俺に、ですか?」
花にこだわりのある新婦からの依頼があるとクロトに言われてフローリストの俺は打ち合わせに同席すると、彼女から思いもしない事を頼まれた。
「そうなの!
ウチの家では昔から、素敵な男女に祝福される事で家庭円満に行くという願掛け儀式を式の前にするのが習わしなの。
だから素敵な男性にはフォルテさんみたいな方にして欲しくて」
「しかし俺は家庭も持たない遊び人です。
オススメしかねますが」
「あなたは芯のある人だわ。
1人の女性に決めたら全力で愛して守る人よ。
恋人が居ないなら…そうね、相手役は介添人のファインさんにしようかしら。
彼女と凄く気が合ってね、良い人よねー
恋人は居ないみたいだったし丁度良いわ」
その名前が出た途端、この話は断る訳にはいかなくなったと笑顔の裏で溜息を漏らす。
彼女にとって俺は理想の男性で、ファインは理想の女性なのだろう。
確かにファインはスタイルも良く芯のあるしっかりとした良い女だ。
新婦から依頼内容を詳しく聞いて、それを承ると伝える。

18時になり、カルファーに奢らせたフレンチレストランへ行くべく事務所に足を向ける。
すると丁度帰り支度を済ませたカイザと鉢合わせになり、眉間にシワを寄せて舌打ちをした。
向こうも不愉快だと難しい顔をしている。
「…お前、よくそんな愛想のねぇ顔でこの仕事をやれてるな」
「……フォルテには関係ないでしょ…?
俺は空間デザイナーだから接客は滅多に無いし…
…そういうのは得意なクロトやツバキがしてくれて…要望聞いてきてくれてるから平気…
…フォルテこそフラフラしてるからファインに警戒されるんだよ…
いい機会だし自分を正したら…?」
普段は殆ど喋らない癖に、俺に突っかかる時だけ饒舌だなと苛立つ。
相手の売り文句に噛みつき、二人で言い合いをしているのもいつもの事だ。
どうしてもコイツとは気が合わない。
「あ、あの…今日はカルファーさんも休みで居ませんし、その程度で収めませんか?」
俺たちの喧嘩に勇気を出して止めに入ったのはツバキだった。
大人しい彼女には大人の男の言い争いを止める役は似合わない。
…というか、華奢な彼女には無理だ。
「…ツバキ、怪我するから離れてて…」
「止めもできねぇのに口出してくんな、下がってろ」
危なく無いように避けさせるつもりが、ツバキは思った以上に華奢で軽く、突き飛ばしてしまう形になる。
やべっ、転けちまう!
腕を掴もうと咄嗟に手を伸ばしたが、それよりも早くファインがツバキを抱きとめた。
「ちょっと、ツバキに何してるの。
どうせあんたの事だから、喧嘩の流れで力んだんでしょうけど。
怪我してからじゃ遅いんだから、喧嘩も程々にしてよね」
「あ、あぁ…ツバキ、悪かった」
「いえ、私も無謀だと自覚しました…
次からはカルファーさんが居ないときは
ウィングさんかクロトさんを連れて来ます」
それを聞いてカイザと二人「ゲッ」と顔を歪めた。
あの二人を怒らせると敵うものじゃない。
せめてミドル位にして欲しいと思うが、それを言うとおっさんやクロトに負けたようで黙っておく。
カイザがツバキを気遣いながら話をしているので、俺はファインを見る。
彼女は机の上を片付けるとバックを肩にかけた。
「さ、食事に行くんでしょ?」
「あぁ、それに俺との二人での仕事が入った。
詳細は食事でもしながら話す。」
「フローリストとの仕事?
ブーケか特別な花の扱いでもあるの?」
「いや、違う。
こんな仕事は初めてだ…」
お前とじゃ無かったら断ってたとめんどくさそうに言うと、ファインは眉を潜めてどんな仕事よと不審がる。
良いから早く行くぞと手を引くと、いつも強引だと困ったように笑った。
…それでも俺を信頼してついて来てくれるんだよな、コイツは。

カルファーの友人がやっているフレンチレストランに着くと「居酒屋で良いのに」と言いながらも、嬉しそうにしているのでやはり俺の見立ては間違えて無かったと思う。
「最近仕事がバタバタしてただろ?
そろそろ外食も日常離れした良い所に行きたくなる頃だと思ったんだよ」
「相変わらずよく見てるよね。
流石百戦錬磨なだけあるというか…」
私はなびかないわよと口癖のように言いながらメニューに目を通している。
最初は警戒されまくっていたのに、ようやく今は外食も喜んでする程にまでなったと、どの女よりも落とすのに手間が掛かるヤツだと楽しくて笑う。
何ニヤニヤしてるのよと怪しまれたが、いつもの事かと店員に注文をしていった。
「で、どんな仕事なの?」
「新婦の希望だ。介添人のお前もこの仕事を受けなくても知っておくべきだろう。
新婦の家では代々結婚前夜に、自分達が見染めた理想のカップルに儀式をして貰い、願掛けをするらしい」
「ちょっと待って、カップルって私達は恋人同士じゃ無いんだけど?
しかも軟派なフォルテを指名して大丈夫なの?」
「それは俺も指摘した。
だが恋人の居ない者同士なら丁度良いと言っている。
俺に関しても、もう女遊びを辞めたなら問題無いと言われた。」
俺達相当気に入られたなと言いながら、運ばれて来た食事に手をつける。
ワインが注がれ、その美しい色合いに目を細めた。
「え、フォルテ女遊び辞めたの?」
「あ?お前と出会って5年になるが、ここ二年…女を絶ってる。
そりゃ営業の一環で口説く事もあるが、付き合いもベッドもしていない。」
奇跡みたいだろ?と言うと、ファインはポカーンとした顔で俺を見た。
マヌケ顔と貶して薄ら笑い、ワインのグラスに口を付けた。
香り高く旨い酒だと舌舐めずりをする。
「そ、そっか…そうだったんだ…
変わらずモテてるし気づかなかった」
「俺がいい男だからって安売りはしねぇよ」
「…うん
そうしてる方が男が上がると言うか…
私はかっこいいと思うな。
単純に私の好みだから周りがどう思うか分からないけど」
女性関係を我慢する事ができないのかと勘違いしてたよと苦笑いをする。
好きな相手に好みだと言われるのは気分が良いが、勘違いしていた内容もあながち間違いじゃ無いと心根で思う。
ファインがそういった不誠実が嫌いなのは知っている。
だから2年も掛けて自分に染み付いていた性欲を無理くり正してきたのを、彼女はまだ知らない。
その努力を見せないのもいい男の秘訣だと涼しい顔をして見せる。
「そんな事より内容だ。
式の前夜、俺とお前で新郎新婦の前で儀式をする。
俺は白、お前はブルーのドレスを着て互いに好きな花を相手に贈る。
花は俺が用意するから早めに何にするか決めてくれ。」
教壇の前で交換した後はキスをするらしいのだが、カップルでは無いためフリで構わないとの事だ。
そのあと俺は新郎に、ファインは新婦に貰った花を手渡し、翌日胸元にそれを身に付けるのだとか。
「ま、俺はキスしても良かったんだがな。
ファインはそういうの嫌だろ?」
「5年も付き合いがあれば流石良く分かってるね。
恋人じゃない相手とのキスなんて絶対嫌」
その相手が目の前に居るのにきっぱりと言うので、仕方ないヤツだとため息を漏らす。
いい加減こっちを見ろよと言いたくなる。
誰のためにこうして努力しているんだと思ったが、この俺様に媚を売らない所が気に入っているんだから仕方ない。
「ドレスはミドルに頼んでおいた。
あとはキスをするフリだな。
ま、頰に軽くすれば良いだろ」
「軽くって…はぁ…うん、まぁ…」
「じゃ、お前が俺の頰にしろ」
「はぁ!?」
無理無理!と首を横にブンブン振りながら言うので、何がそんなに嫌なんだと急に気分が冷めた。
…俺様がコイツに好かれようとする必要無いんじゃねぇのか?
口説いて3年4年になるが、縁があれば勝手に向こうが惚れてくるだろう。
キスだって適当に俺からしてりゃ良い。
今までそうだったじゃねぇかと、馬鹿らしくなってワインを飲み干した。
しかし向かいで料理を楽しんでいる姿を見ると、同じ空間に居るのがらしくなく幸せに感じて舌打ちをする。
「え、何?店気に入らなかった?」
「あ?そうじゃない。」
「…?
いつも誘ってくれてありがとう。
こうやって男と二人で出かけるのってフォルテとだけなんだよね。
今度は私がフォルテを誘おう…かな。」
耳を赤くして、それを誤魔化すように笑うので、なんだ脈が無い訳じゃ無いのかと思う。
好きで仕方なくなり自分から俺を求めるのももう直ぐかと、心の中で笑う。
そんなに俺が女遊びを辞めたのが良かったのかと、大きなつっかえが取れたようなファインに肩の力が抜けた。
「ん、予定が合えば付き合う。」
「うん…明日、明後日には花も選んで連絡する。
…あ、あのさ…へんな事聞いても良い?」
「あ?」
「…女遊びは辞めたんだよね?
フォルテがこうやって…女性と二人で食事したり出かけたりするのって…仕事以外で他にも居るのか、な」
今まで俺に恋愛話しをしてこなかったファインからの言葉かと、耳を疑ってピタリと動きを止める。
男勝りで気の強い彼女が、頰を赤くして視線を泳がせているので片手で目元を押さえてため息を漏らす。
…らしくねぇけどグッときた…
「何心配してんだ、女遊びは辞めたっていってるだろ。
ま、俺から誘わなくても向こうから誘ってくるからな。
…ただ、他の女と行ってもつまんねぇし、味気なく感じちまうようになっただけだ。
早く責任取って欲しいんだが」
「…?うん?
他の人とは行く機会も減ったって事…だよね?
…そういや最近良くフォルテと出かけてるから…
私がフォルテの休み占領してたのか…」
そう呟くと嬉しそうに表情を緩めるので、明らかに俺に恋をしているのが分かった。
…好きと言えば早いんだがな…
言わせたいだなんて俺も捻くれてると自分に苦笑しながらも、俺の気持ちには全く気づいていないファインのやきもきしている姿に癒される。
これならいつまでも待ってやれそうだ。


式の前日になり、俺はミドルが用意した白いスーツを着る。
ファインが用意するように言ってきた花は白いマーガレットだった。
確かに新郎が身に付けるにも見栄えが良い。
しかしその花言葉に自然と顔が綻ぶ。
「真実の愛」
実直で真面目な彼女らしい。
花言葉まで考えて俺に贈るのかは分からないが、あっちこっちの女にフラフラしていた俺に向けて、揺るがない唯一の愛はここにあると言われているようだ。
…芯の強いファインなら俺を全力で愛して大切にするんだろうなと笑った。
白いスーツに着替えて教会に向かっていると、ミドルに鉢合わせて視線が合う。
するとニヤリと笑われた。
「良いなぁ、好きな子と擬似結婚式。
僕もルキにドレス着せたーい」
「お前はしょっちゅう新作で着せ替え人形みたいにしてるじゃねぇか」
「実際に着た感じを見たいからって仕事なら手伝ってくれるんだよねー
文句言われるけど。」
でも教会の教壇の前で着るのとはワケがちがうでしょ?とニコニコしながら言われる。
…確かにそうだ。
仕事とは言えファインとそこに立てるのは幸福に思える。
俺様がたった一人の女性に執心しているなんて、彼女に出会う前なら考えられなかった。
ファインに渡しておいてくれとマーガレットをミドルに預けると、「愛されてるねぇ」と楽しそうに言って去っていった。
先に教会に行くと既に新郎新婦は来ており、俺を見た二人が嬉しそうに駆け寄る。
「わぁ、やっぱりフォルテさん素敵!」
「こらこら、明日結婚式をするのにもう浮気か?」
「あなただってファインさんにデレデレだったじゃ無いの!」
「ここのスタッフは美男美女ばかりだから仕方ないよな…
二人はお似合いだと思うのですが、仲はよろしいのですか?」
この仕事を引き受ける位にはそれなりにと返すと、これを期に付き合ってしまえば良いのにと熱烈に勧められる。
立会人としてその場に居たリーダーでプランナーのクロトが苦笑いをしているのが視界に入る。
「…そうもいかない事情があるんですよ。」
「まぁ、それは失礼な事を聞いちゃったかしら」
「大丈夫ですよ、フォルテのプライドとファインの意地が邪魔しているだけですから」
クロトの言葉に新婦は目をキラキラ輝かせて二人の気持ちが同じ所に有るのを喜んでいる。
余計な事を言うなとクロトを呆れたように見ると、頑張ってとポンと肩を叩かれた。
…お前が一番二の足踏んでんだろうが、鈍感男。

そうこう話しているうちにファインがミドルにエスコートされて教会に来る。
真っ青なドレスは清楚な作りで、赤い髪がよく映える。
ベルラインのドレスは腰回りがキュッと締まり、大きな胸が綺麗に見えた。
スカートの丈は膝下で、ウェディングドレスとは違い足が見えているものだが、それも良い。
本物のウェディングドレス姿は本番で見たいからなと、ミドルの気遣いに感謝した。
「もう、わざわざエスコートしなくても大丈夫って言ったのに」
「男勝りな私には似合わない?
それいつも言ってるけど、ガミガミ煩いのも、仲間を守ろうと強気で出るのも、ただの母性本能にしか見えないし。
ファインは女の子だよ」
だから着飾った君をエスコートして当然と言うと、ファインの手を俺に手渡す。
彼女は気恥ずかしそうにこちらを見ると、照れ笑いを向けて俺の前に向かい合うように立った。
「あはは…似合わないよね?
やっぱりこういうの向いてないなぁ…」
「いや、凄く綺麗だ。驚いた」
「う…イケメンに褒められたら敵わないよ」
頰を赤く染めて視線を逸らすので、もどかしいなと添えていた手を握る。
クロトがパンっと手を叩くと、儀式を始めようかと穏やかに言う。
教壇の前に彼が立つと俺たち二人を見て笑う。
「では、フォルテ・ランフォード
ファイン・グランデ
相手への想いを現した花を贈ってください」
それにファインが頷くと、俺にマーガレットを差し出すので受け取りフッと笑った。
「お前、これの花言葉知ってんのか?」
「さあ、どうだろう。
フォルテはフローリストだから知ってるんでしょ?」
悪戯っぽく笑って見せるファインがいつもの様子で何だか安心する。
マーガレットにキスをすると、今度は俺から赤いチューリップを渡した。
花言葉は「愛の告白」
ずっと俺がこいつに対して秘めてる気持ちだ。
しかしコイツは花言葉を知らないため、直ぐには理解しないだろう。
「わ、こんな小さなチューリップあるんだね!
初めて見た…可愛い…」
「親指姫って品種だ。
今度球根をプレゼントしてやるから、来年植えたら良い。」
育てやすいと言うと嬉しそうに「ありがとう」と笑顔を向けてくる。
ファインは花なんて家に飾るタイプには見えないが、やはりコイツも女だ。
花をプレゼントされれば喜ぶんだなと、フローリスト冥利に尽きる。
肩を掴んで彼女の顔を見ると、ギュッと目をつぶってわずかに震えていた。
…マジでキスするわけでもねぇに
可笑しくて小さく笑ってから頰にキスをすると、赤い顔で目をパチパチさせる。
「おい、大丈夫か。キスっつっても頰だぞ」
「わ、分かってるけど……大丈夫…大丈夫だから」
深呼吸をして気持ちを整えると、ファインが俺の服を掴むと背伸びをして頰にキスをした。
されると思って居なくて驚いていると、ちゃんとできたと照れて笑うので抱きしめたくなる衝動を何とか抑える。
儀式中だと自分の気持ちを立て直し、俺は新郎の胸ポケットに花を挿し、ファインは新婦の胸元に花を挿した。
「チューリップも可愛くて素敵ですね
結婚式に使うイメージはあまり無かったけど、意外と良いかも…とってもお似合いです」
「流石フローリストね。
ファインさんにもどうか幸せが訪れますように」
「ふふっ、ありがとう」
私なんかにウェディングドレスを着せてくれる人なんているのかなと、冗談っぽく笑うのを見た新婦がこちらをチラリと見たので素知らぬフリをした。
新郎に余計な事をしてすみませんと謝られたが、女性はそういう話しが好きですよねと返しておく。
ドレス姿の彼女を目に焼き付けながら、結婚式を挙げるのも悪くねぇかもなとふと思う。
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