このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

小説

いつものように式が始まって直ぐの事だった。
周りのスタッフや披露宴への参加者は気づいていないが、シークのテンションが異様に高く明るい。
終わるまで3時間もあるのに、最初からこんなに飛ばしていて大丈夫かと心配になる。
…いや、最初から既に大丈夫ではないから無理矢理飛ばしているのではと不安が過ぎる。
式を仕切るクロトの元へ行き、懸念を耳打ちすると彼は眉を潜めた。
「…よく気づいたね。教えてくれてありがとう。
しかし新郎新婦がかなりシークを気に入っていて、是非彼女にって言っているんだ。
もうすぐしたらビデオ映像流すから、その間にシークを裏に連れて行って様子を見てくれないかな」
カルファーが一番シークと仲がいいしと言うので、了解と笑い一度事務所へ行く。
栄養ドリンクと冷えピタ、体温計をポケットに忍ばせて、会場に戻るとバンケットサービスの副リーダーに事情を話して俺が居ない間の指揮をまかせた。
会場が暗くなりビデオがスクリーンに映し出されたのを確認すると、会場の隅に下がったシークの腕を掴む。
不思議そうに丸くて可愛い目がこちらを見るので、それににっと笑い返すと会場を出た。
「カルファー?どうしたの?
まだ式の途中だよ!」
「大丈夫大丈夫、すぐ終わるからな。
はい、まずは体温測ってくれ」
体温計を見たシークは弱々しく笑うと「なんで分かっちゃったの?」と言い、大人しくそれを脇に挟む。
廊下のソファに座りぼんやりし、ほんのりと頰が赤いので嫌な予感はしたが、体温を見てやっぱりなと苦笑いをした。
「無理しやがって…俺にはバレバレなんだよ
あんな飛ばしてたら最後までもたねぇ
少し力抜いてやれよな?」
「でもでも!新郎さんも新婦さんも私が良いって言ってくれてるし…
そんな人に良い式にしてほしいんだもん!」
絶対に譲らないと言う様子のシークに苦笑いしながら、彼女の前にしゃがむ。
ポケットから冷えピタを出して「脇に貼っとけ」と手渡した。
それをもたもたしながら貼っているのを確認した後、栄養ドリンクを手渡す。
「こういうの味が苦手かもしんねぇけど、最後まで司会したいならしっかり飲めよ」
「う…うぅー!……美味しくない」
「わはは、後でジュース入れてきてやるよ。
明日は式も打ち合わせも入ってねぇから、ウィングに休み申請しといてやるし、今日は途中で倒れないように力抜いて気楽にやれよな。」
「うん…ありがとう、カルファー」
頭をぐりぐり撫でると、そろそろビデオが終わるなと会場に戻った。

歓談中などシークに休む時間ができると、彼女の元へ行き椅子に座らせ、氷で体を冷やしてやる。
隣に座る俺にもたれ掛かり、少し荒い息遣いで苦しそうなのは心配だ。
なんとか三時間やりこなし、新郎新婦にも大満足だと褒められたが、事務所に戻った途端彼女はぶっ倒れた。
「うわっ!シーク!?凄い熱じゃない!
やだ、私全然気付かなかった」
「…あー…後半かなり辛そうだったもんね……」
「まぁ…解熱剤を飲んで早く寝ませんと…
確か救急箱に…はい、これを」
ファインやカイザ、ツバキが心配そうにシークを覗き込みながら口々に言うと、三人が俺を見た。
…え?つまりそういう事なのか?
「……まぁ、頑張りなよ…
良い所見せるチャンスだし…」
「確かシークちゃんって一人暮らしですよね。
女性が診るのが一番でしょうが、ここは背中を押させて頂きます」
「シークの事、泣かせたらタダじゃおかないけどね」
俺の恋心を汲んでそう言ってくれるので、何だか泣けてくる。
友人って良いなぁなんて思っていると、丁度花のサンプルを持って来たフォルテを見つけた。
「フォルテ!良い所に来たな!」
「あ?あー、嫌な予感しかしねぇから聞かねえ」
「まぁまぁ、親友に力貸してくれよ。
シークが倒れちまったから、一番家が近い俺んちに連れ帰りたいんだけど、俺チャリなんだよなー
お前の車に乗せてくれ!」
「は?嫌に決まってんだろ」
「頼む!乗せてくれたら食事奢るから!
ファインとのデート付き!」
「は!?ちょっと、何を勝手に…」
「乗った。
ファイン、明日の18時にここに迎えに来る。」
「えっ、えぇー…」
シークの体の為だから仕方ないとデートの約束を了承してくれたので、礼を言ってから彼女のロッカーを開く。
とりあえず鞄を引っ掴み、ウィングに俺とシークの明日の休みを貰うと彼女を抱き上げた。
小さくて軽い彼女が腕の中で苦しそうに眠っているので、早く休ませてやらなきゃとフォルテの車に乗り込む。
花の配送用の車だった為気を利かせて自転車まで乗せてくれた。
礼の後に知り合いの飲食店で予約を取ったら伝えると言えば、高級フレンチと返されたので苦笑いをし了承する。
部屋に上がりベッドにシークを寝かせると、床に散らばっていた服や本を片付ける。
彼女のスーツのジャケットを脱がせてハンガーに掛けると、氷枕と冷えピタをだして頭をひやしてやる。
机に飲み物とゼリーをだして、俺はラーメンを作ると簡単に食事を済ませた。
風呂に入り出てきた所で、シークが体を起こして居るのに気付く。
「お、目覚めたのか」
「ふぇ…?カルファー……きゃあ!!」
俺を見た途端に布団に顔を埋めて隠れてしまった。
首を傾げてどうしたんだと覗き込むが顔を上げてくれない。
「か、カルファー!早く服を着てよ!
なんで上裸なの!?」
「んぁ?あー、風呂に入ってたんだ。
風呂上りって汗かくからな。
体温下げねぇとすぐ服に汗が…」
「分かったから!早く服着てー!」
耳まで真っ赤になったシークが必死にお願いするので、仕方ないなとタンクトップを着る。
「俺鍛えてんだけど…
がっしりした筋肉質な体は好みじゃ無かったか?」
「…好みだから困ってるんだよぉ…」
小さな声で言われたのが聞こえなくて「ん?」と聞き返したが、何も返してくれなくて頭を掻く。
「とりあえず解熱剤飲むか。
明日は俺も休みだし、たっぷり看病してやるよ」
にっと冗談っぽく笑って見せると、シークは赤い顔で弱々しく笑う。
熱で赤くなっているのだが、それもまた可愛くて堪らない。
それ以前に好きな女の子が自分の家に居て、しかも俺のベッドに寝ていると思うと気が気じゃなかった。
我慢が苦手な俺だ。
普段ならガンガン攻めるが、今日は弱りきったシークを見るとそんな気にもなれなかった。
弱みに付け込むなんてフェアじゃねぇよな。
ファインに泣かすなと釘を刺されたのも思い出しながら、クローゼットから一番小さい綺麗な服を出してシークに手渡す。
「スーツ、シワになるからとりあえずコレ着とけ
俺の服で悪いな。
ちゃんと洗ってあるから汗臭くない筈だ!
薬飲まなきゃいけねえからおかゆ作ってくる。
着替えとけよ」
よっこいしょと立ち上がると服の裾を引っ張られて首を傾げる。
どうした、辛いのか?と頭を撫でると、熱に浮かされた潤んだ目がこちらを見たのでドキッとする。
赤く色付いた唇に吸いつきたくて胸が熱くなった。
「あのね…迷惑かけてごめんね…」
「そんな事気にするなよ。
明日体調良さそうだったら家まで送るしさ。
…そういや俺、シークの家知らねぇわ」
女の子の家を知れてラッキーとふざけて言うと、疲れた顔で笑い返してくれたので嬉しくて顔が緩む。
もう一度頭を撫でてからキッチンに立った。

料理はそんなに得意では無いが、一人暮らしが長かった分できなくは無い。
できたおかゆを持ってベッドの側に行くと、布団から出た彼女が足をプラプラさせながら座っている。
俺の服を着ており、20センチ以上も身長差のある彼女には大き過ぎたのか、丈の短いワンピースのようになっていた。
程よく引き締まった太ももが眩しすぎる。
首回りもぶかぶかで、デコルテが開てみえている
ので、こんな格好で一晩俺と過ごすのかと生唾を飲んだ。
「…?カルファー?」
純粋な目がこちらを見上げるのに、誤魔化すように笑いかけると机に食事を置く。
「なぁ、男の俺と一晩過ごすのに抵抗とかねぇの?」
「へ…?うーん…」
少し考えたあと、シークは恥ずかしそうに笑いながら俺を見る。
「カルファーなら良いかなって思ってるよ!
優しいから私が嫌がる事や怖がる事はしないと思うし、それに……うん、カルファーなら良いの」
ニコニコしながら言うので、もしかして俺って男に見られて無いのではと肩を落とす。
…まぁ警戒されて嫌がられるよりは良いか。
「確かにフォルテやミドルだと喰われちまいそうだし、それよりは俺がマシか。
ウィングだと休まらねぇよな、めちゃくちゃ緊張しちまう」
「そうだね!
クロトやカイザは絶対手は出さないだろうし、むしろ凄くもてなしてくれて快適そう。
カルファーは気兼ねし無くていいから、私は一番安心するし…実はちょっと楽しいの!」
初めて男の人の部屋に来て、いつも楽しいカルファーとだからお泊まりにわくわくしてる!と、満面の笑みを見せるので、つい表情が緩む。
はしゃぐの気持ちも分かるがゆっくり休めよと言うと、いつもの調子で分かってるよー!と返ってきた。
シークは食べられるだけ食べると薬を飲み、もう一度布団に入る。
「えへへ…誰かと寝るの久しぶり」
「あー、シークは田舎から出てきたんだよな?
ファインやツバキと仲良いけど泊まったりとか旅行とかしねぇの?」
「うーん、たまにはするけど、最近はバタバタしてたから」
「5月6月はなー
結婚式多いもんな。」
皿を洗い終わりふと、思い出し引き出しを開いた。
中から青いリボンを出してシークに手渡す。
「?リボン?」
「6月の花嫁と言えばサムシングブルーだろ?
シークは花嫁じゃねぇけど、早く熱が治るように幸せの願掛けだ」
彼女の手首に結ぶとそれを驚いた様に見ていたが、嬉しそうにほっぺたをピンク色に染めているので、こっそりと見えない角度でガッツポーズをした。
「ありがとう…大切にするね!
髪結ぶのに使うよ!
…今日は式の間ずっと気にかけてけれて…ここまで運んでくれたり、ご飯まで作ってくれて本当にありがとう」
「ま、運んでくれたのはフォルテだけどな!
俺チャリだし」
それを聞くとフォルテにお礼をしなきゃと言うので、もう既にフレンチをご馳走済みと言うと、感心したように目をパチパチさせる。
「フォルテ、ファインと行くの?」
「そんな感じに無理矢理しといた。」
「軟派なフォルテが真面目なファインを選ぶなんて意外だよね。」
「そうか?俺には相手が真剣に向き合ってくれて、自分も真剣に向き合える子をずっと待ってたように見えるけどな」
親友のカルファーが言うならそうなのかも!とニコニコ言うので、親友だからな!と念を押すように繰り返しておく。
「それにしても…今日の式は大成功だったな。
新郎も新婦もめちゃくちゃ喜んで、シークに感謝してた」
「うん…良かったぁ…
あんなに私の事気にいってくれて喜んでくれるなんて、この仕事してて良かったって思えるね」
「シークは何でこの仕事を選んだんだ?」
主要メンバーはウィングが勧誘してきたのもあり、シークもその一人だ。
その経緯は聞いてないなと思い伺うと、思い出しながらゆっくりと話をしてくれる。
「私ね、大学生の時にバイトしてたの。
有名な飲食店だったんだけど、バイトも出られる接客の大会に出てたんだ!
それに2位に選ばれて、その会場でウィングに誘われたの。
就職先にどうかって」
最初ウィングを見たとき、怖い顔してたから詐欺かブラック企業に入れられるってビクビクしたと言うので、それ凄く分かると笑った。
しかし一度見学に来るよう言われて行った場所は式場で、まだオープン前のバタバタ準備をしている状態だったが
ここで皆んなが幸せを誓い合い、笑顔になると思ったらスゴイ仕事だと、就職を決めたそうだ。
「その時既にミドルやカイン、ツバキは居て
ツバキが優しく案内してくれたのも大きいかな?
あれから5年は勤めてるけど、皆んな変わらないよね」
「俺の時はミドルが案内してくれて、面白いヤツだなって思って決めたな。」
「カルファーは何で勧誘されたの?」
「俺?大学のクラス会の飲みの帰りに誘われた。
なんか『クラスのムードメーカーで人を見る目がある。それに名前から察するに柔道の大会で優勝していたな。団体戦でチームを引き入る程の信頼も持っている』とかめちゃくちゃ褒められた」
スポーツ中心の大学生活だったため、就職先を考えるに至っていなかったのもあり、そのまま誘いを受けたようだ。
そう思うとウィングは神出鬼没で、あちらこちらで勧誘しており、彼こそ一番の不思議だなと思う。
「ま、俺はここに来て良かったと思う!
カイザやフォルテっていう良い奴らにも会えたし、何よりシークと一緒に居るとスゲェ楽しいんだよな」
「わぁ、嬉しい!実は私もなんだ。
カルファーとならなんでもできそうで、すっごく楽しいよ!」
これからもよろしくと笑い合い、早めに寝ようかと部屋の電気を消した。
俺はソファーに横になると、シークの視線に笑いかけてから視線を外して上を向く。
……好きな子がすぐ近くで寝ていると思うと落ち着かない…
目をつぶってみても、いつもは起きている時間なだけあり寝付けない。
その上のこの状況にドキドキしてしまう。
シークの少し苦しそうな息遣いを感じながら、無理矢理眠った。

朝、良い匂いがして心地よく目が覚める。
体を起こしてあくびを一つすると、キッチンにシークが立って居るのが見えた。
「あ、おはよう!
もうすぐでできるから待っててね!」
「もう体は大丈夫なのか?」
「うん!お薬効いたみたい。
平熱になってたよ!」
もう始業の時間だから、さっき職場にも電話して大丈夫だって伝えたよと、こちらを見ずに調理しながら言う。
そうかと言いながら、俺はシークの姿に視線が釘付けだ。
ぶかぶかな服から伸びる細い脚…
好きな人が俺のために朝食を用意してくれている。
まるで付き合っているみたいだと心が踊った。
何人もとお付き合いの経験はあるが、どれも同じ味がして正直飽き飽きしていたが、彼女は違う。
好きなものも同じで共感し合え、誰もが目を引く可愛い容姿、憎まれない無邪気で素直な性格。
どれもが俺の心を掴んで離さない。
自分から欲しいと思えた女性は初めてだ。
積極的な俺が、今の関係を壊したくないと二の足を踏むなんて余程だよなと実感している。
立ち上がりシークを後ろからギュッと抱きしめて「何作ってんだー?」と聞くと「わっ!」と驚いた声が上がる。
「か、カルファー…近いよ…」
「んー?だってシーク、小さくて抱くのに丁度良いサイズ感なんだよなー
なんか良い匂いする。風呂入ったのか?」
「うん、勝手に使ってごめんね?」
「いや、好きにしてくれて平気。
むしろ男モノのシャンプーしかなくて悪いな」
また泊まりに来るなら女モノも買い置きしとくわと言うと、じゃあまた来ちゃおうかな〜と嬉しそうに話す。
俺に対してあまりにも警戒心無く、本当に男として見られてない事にがっくりする反面、またシークが来るのが嬉しくて仕方ない。
彼女から離れて配膳を手伝う。
「お手伝いありがとう!
カルファーってちゃんとバンケットサービスのメンバー一人一人に目を配って動かしてるし
こういう気遣いができるから皆んなに慕われてるよね。
彼女さんが羨ましいよ」
「へ?彼女…?俺居ねえけど?」
「えっ!?」
シークが驚いてこちらを見るので首を傾げる。
…まぁ、確かに。
俺には友人が沢山居て、どこかで俺の口から知らない女の子の名前を聞いたのかもしれない。
しかも最近飲食店業の子から沢山連絡を貰っていて告白されたなと思い出す。
「俺、前は遊び感覚で付き合ったりしてたけど
今はそういうの辞めてんだよな。
やっぱり相手に失礼だし、俺から好きになった子を大切にしたいって思えるようになった」
「…好きな子いるの…?」
恐る恐る聞いてくるシークに、悪戯っぽく笑いかけ、人差し指を立てて口に当てる。
「…ナイショ!」
「ぅえ!?
…うん…でもそういうのって言いたく無いなら仕方ないよね、無理に聞いたら悪いし」
「ま、いつか教えてやるよ。
でも今はだーめ」
「分かった、覚悟しておく!」
何を覚悟するんだよと笑うと、シークは困ったように俺に笑顔を向ける。
沢山のカップルの幸せや誓いをを祝福し、見守り、手伝いをして来た俺たちだが
いつか、俺もシークとあの真っ白なチャペルに真っ白な服を着て立ち、幸せを分かち誓い合いたいと願う。
今はそんな甘い夢を見ながら、一緒に食卓を囲む幸せを噛みしめた。
4/10ページ
スキ