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小説

目が覚めると白い天井が広がっていた。
体を起こそうとするが痛みで断念する。
周りを見渡すと、どうやら病院の入院病棟らしい。
大部屋で隣や向かいにも人気を感じる。
4人部屋に3人…という所だろうか。
何があったか思い出し、やり切れない気持ちと不安が胸をよぎる。
気持ちを落ち着かせ、体を起こし病衣の中の傷口を確認した。
「トウマ…起きたの…?」
どこかホッとしたような声で、ソフィアがカーテンを開いて入ってきた。
すぐにナースコールを鳴らし、どこかに電話をしている。
少しすると直ぐに医師がやって来た。
彼によると手術で5針縫ったらしい。
幸い傷は浅く大したことはなく、3日程入院したら退院だそうだ。
抜糸や状態確認の為に再び来院は必要だが、無理をしなければひきつる程度で開くこともないだろうと言われる。

医師が去ってから椅子にソフィアが座った。
「…私、トウマを見かけて…
声を掛けようと思ったら……
…突然 血を流して倒れたからびっくりした…」
「ソフィアが居てくれて助かった…
ありがとう」
何がどうしてそうなったのか聞きたそうにしているが、憶測で話す訳にもいかずどう言うか戸惑う。
それが伝わったのかソフィアは自分がなぜ今ここに居るかを話し始めた。
「…手術になって…それが終わってからも、トウマのお父さんが一晩中ベッドの横に付いてたよ…
私は一回帰って朝また来たの…
…神社の事もあるからって…
…私は夏休みだし、夕方まで見てるって交代したの……
今トウマのお父さんに連絡したら…凄く安心してた…
また夜顔を出すって…」
明らかに刺された跡なのに、医者や警察に特に聞かれないのは父のおかげだろう。
霊的なモノの仕業でこの病院には内密に世話になった事は何度かあった。
父はその時のように大ごとにしないよう手を回してくれたのだ。
「…いい…お父さんだね」
どこか遠い目をして言うソフィアに彼女の心の淀みを感じたが、自分が持つ不安から今は聞く気になれなかった。

「俺を刺したモノは、霊的なモノで間違いない。
飛んできた小刀はすぐに姿を消したからな。
証拠も残らないだろう。
ただ…俺は犯人に心当たりがある」
そう苦い顔で言うとソフィアは首を傾げた。
そして立ち上がり、ベッドの端に座るとギュッと抱きしめられる。
「…大丈夫。
トウマには沢山守ってくれる神様が付いてるよ」
穏やかに優しい声で言われ、酷く安心する自分が居た。
ありがとう、と2回目の礼を言うと背中に腕を回した時だった。
「…あの、エラいすんません。
ちょっと話ししたいんで、中入ってもえぇですか?」
カーテンの向こう側から声を掛けられ、驚いてソフィアを離す。
中に入るのを了承すると、その男の姿に驚いた。
白い髪で右目を隠し、左目には二つのほくろ、そして関西弁…自分の知っている人物の鏡写しどころではない、そのままを男性にしただけの容姿に苦笑いをする。
「彼女さんと二人やったのにホンマごめんな。
聴く気は無かったんやけど…聞こえてしもうて
なぁ、君は幽霊とか詳しいん?」
首を傾げて聞いてくる男に怪訝な顔をすると、彼は慌てて自分はシエルだと名乗った。
こちらも名を名乗り神社の息子だと言うと、パッと明るい顔をする。
「それならアベルの親戚やん!
あ、ごめん大きな声出して…
俺、アベルとは大学が同じで…
エールって知っとるやろ?
アベルが姉以外に小さい頃から同棲しとる女性や。
彼女の教室に俺も入ってんねん」
その言葉にあぁ、と短く返す。
アベルの知り合いなら無下にする訳にはいかないなと、椅子に座るよう促した。

どうやらシエルは熱中症で入院したらしい。
ここは内科病棟で、外科病棟入院予定だったトウマははベッドが足りないとかで、こちらに部屋を取っている状態だ。
念のためにと3日程入院する事になったらしいのだが、昨夜トウマの父親が部屋を出ている間に、変なものを見たらしい。
彼のベッドの横は今は空いているが、昨夜までは老人がいたそうだ。
その老人が突然呻き声を上げ始めたので飛び起き、ナースコールを押そうとした。
しかし押した瞬間、老人は呻き声を止める。
むくりと身体が起き上がったような影がカーテン越しに見えた。
それはゆっくりと歩くとこちらに向かってくる。
慌てて寝たふりをしたが、その影はこちらのカーテンをそっと開いた。
わずかに目を開き姿を見ると、全身真っ黒なのだが、目や口、鼻はしっかりとある。
目が合った瞬間、それはニヤリと笑うと突然首に掴みかかり引っかき傷を残していったそうだ。
「その老人は駆けつけた医師に死亡認定されてたんやけど…なんか悪いもんでもここにおるんかなって。」
夢では無いと首の跡を見せてくれた。
ソフィアは眉間にシワを寄せるとトウマの腕を掴む。
「…トウマも手負いなんだから…危ない事しちゃダメ…」
「…ソフィア…心配は嬉しい。
だが、この部屋で俺も少しの間居なくてはならないからな。
それに俺が動くわけじゃない。
式に任せるから大丈夫だ」

そういうとトウマはいつものように名前を呼ぶ
「イリス、君にしかできない案件だ」
そう言うと、魔法陣からは白い髪で右目を隠した、左目にはほくろが二つある女性が出てきた。
そしてシエルを見て酷く驚く。
「えっ、えぇ?
こ、こんなに自分に似てるなんて思わんかった!
双子の兄かってくらい似てるやん!?
うわぁ…なんや気恥ずかしい…」
イリスは現れた途端に顔を赤くしてそう言うと、トウマの後ろに隠れるようにベッドに乗った。
シエルも生き写しと言わんばかりのイリスの容姿に困惑している。
「…イリスは神なんだ。
おそらくシエルはイリスの加護を多く受けて生まれたから似ているんだと思う」
「と、トウマ、その話し誰かから聞いたん?
私とウィングの子どもや思ったらなんや照れ臭いわぁ…」
苦笑いをするイリスに未だ理解できないシエルは、首を傾げている。
「ともかく、霊の事に関せば彼女の右に出る者は居ない。
任せておけば大丈夫だ。」
「そんな…大袈裟やわ…
私やウィングみたいに強力な力も無いし…
って、うわぁ!?どないしたんこれ!
めっちゃ怪我しとるやん!
しかも病院や…シーク呼んだ方がえぇんちゃう?」
それもそうだなとシークの名前を呼んで呼びかける。
しかし一向に反応が返ってこない。
何度か呼んでみるが魔方陣は現れる事は無かった。
「…今は出られないのかもしれない。
また時間を置いて呼びかけてみよう。」
「うん、早よ直した方がええわ。
今は養生しとき。
私が探ってみるけん」
そう言うとイリスは目を閉じて手をかざす。

イリスはシエルの首の傷跡に触れる。
しばらくすると目を開き、老人が亡くなったベッドの側へと行った。
そして小さく呟く。
「無念…やったんやろうね…」
そ言うとイリスの身体がボンヤリと光った。
ふわりと柔らかく風が吹くが、直ぐに空気が淀む。
目の錯覚かと思ったが、黒いモヤがこの部屋に漂った。
そしてベッドに横たわる、全身真っ黒の男が現れる。
「…こ、コイツや!」
シエルが声を上げて後退すると、霊は首だけをこちらに向けてニヤリと笑った。
ゆっくりと身体を起こすそれの横に座ると、目を合わせた。
「そんな無念やったん?
話しくらいなら神の私が聞くよ?
さまよえる霊を導くんも私達の仕事やしね」
柔らかく笑うイリスに、霊は笑顔を無くす。
あ、あぁあ…と言葉のない言葉で何かを訴えているようだ。
「そぉか、もっとやりたい事もあったんやな
転倒して骨折れて…動けんようなって…
家族もろくに見舞いに来んのは寂しいな…」
イリスは目を伏せ言葉に耳を傾ける。
ポロリと一粒涙が溢れると、目をつぶりまた身体がぽうっと光った。
「うん…せやな。
でもだからってまだ先が長い若い子を妬んだってしゃあないんは分かってるんやろ?
それに、こっちでできんかった事も向こうでできんとは限らんで。
向こうに待っとる人もおるやん!」
そう言うとふわりと目の前に老婆が現れる。
その老婆が優しく微笑むと、黒い老人はまた言葉にならない言葉で何かを話した。
そして手を伸ばすと、黒かった指先がパリッと剥がれる。
バリバリと音を立てて全身の黒い物が剥がれると、中から穏やかな顔をした老人が出てきた。
彼は立ち上がり老婆と手を繋ぐとスッと姿を消す。

「私、霊の魂を呼び出したり力を借りたりする事ができるんよ」
イリスはニコニコしながらそうシエルに話した。
そしてシエルの手を優しく握り、ふわりと笑う。
「…でも何かある前でよかった…
縁もできた事やし、これからは私がちゃんとシエルを見守っとるからな。」
そう言うとイリスはそろそろシーク呼んでみたら?と促す。
トウマは頷くと再びシークに呼びかけた。
しかしやはり応答は無い。
「どうなってるんだ?
アイツならいつも喜んで飛んでくるんだが」
「うーん、立てこんどるんかなぁ?
一度神域に帰って様子みてくるわ。
カルファーに聞いたら何か分かるかもやし…
………!?っぁ…!何これ!」
不意に何かが飛んで来たかと思うと、それはイリスの首にはまり込み、ガチャっと音がするとロックされ外せなくなる。
必死に引っ張っているが、右の手の甲がカッと赤黒く光り、見たことの無い紋章が浮かび上がった。
それにイリスとトウマはハッとする。
「イリス!」
「やだ…!なんなん!?
こんな契約無効や!誰がこんな…
やめ…っ…
ウィング!助けてっ!」
そう泣きながら叫ぶが、次の瞬間イリスは姿を消してしまった。

トウマが呆然としていると、地震が起きたかと思うような振動で病院がズシッと揺れた。
ビシッと裂けた空間から金髪の不機嫌な男が現れる。
その男はタバコを手で握りつぶすと、こちらを睨みつけた。
「……おい、今イリスの泣き声が聞こえたぞ
トウマ…お前か?」
「ち、違う!
誰かは知らないがイリスに変な機械をはめて無理矢理契約を…そのまま連れさらわれた!」
「変な機械…だと?」
不機嫌が治らないまま、低く唸るような声で何かをぶつぶつ呟いている。
その言葉は聞き取りにくかったが、最近行方不明の神が急激に増えたという内容のようだ。
「ミドル、カイン、顔を貸せ」
そう言うとミドルが魔方陣から出てきてギョッとした顔をした。
ウィングの顔をみて眉間に指を置く。
「すんごいシワ。いつもより本数多いよ?
どうかした?」
「イリスが拐われた。
…?カインはどうした、仕事か?」
「え?知らない。
僕ここ2日一人だし、てっきりクロトのところかと」
その言葉にウィングは視線が鋭くなる。
次にクロトに呼びかけると、穏やかな顔をした彼が現れる。
「おい、カインはどうした。
呼びかけても返事もない」
「えっ?
仕事に行ってミドルの家に帰ったんじゃないの?
昨日も呼びかけに反応しなかったし
俺2日会ってないから忙しいのかと…」
これは益々不穏な状況になったと三人が深刻な顔をする。

そして三人はここが病院だと言う事に気付いた。
「トウマ、何かあった?」
ミドルがそう聞くと、気まずそうにトウマが口を開く。
「……昨日クロト達と別れた後、帰り道で肩を刺された。
その…言いにくいんだが、刀の柄のデザインが…
カインの使っていたものと同じだった」
そう言うと三人は酷く驚いた顔をしていた。
カインは恋人、妹、弟子と三人には縁が深いため性格や考え方などをよく知っている。
その人達が認めるほど彼女はトウマに従順的で光の神に部類する。
ミドルやウィングとは違い真面目で正義感が強い。
そんな彼女が反乱を起こすとは思えない。
「クロト、クロト、顔怖いよ。」
「そう言うミドルだってこめかみに筋立ってる」
「あはは、ウィングよりマシだよー」
そんな三人にもう一つ言わなければならないと、トウマは口を恐る恐る開く。
「恐らくだが、イリスやカインだけではない。
シークも問い掛けに答えなくなった。
全員集めて誰が拐われているか確認する必要がある。」
そう言うとミドルとクロトはハッとした顔をした
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