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小説

夏休み早々から助けを求められ、最近は式神を使う事も多く頭を悩ませる。
…というか心霊現象がやたらと身の回りで多すぎる。
何か良くない事になっているのではないかと疑心暗鬼になりそうだ。
自分が契約している式は数も多く、力が強くても気性の優しい者がほとんどのため心配はしていないが…
何度も呼ぶ必要があるのであれば、選択する式は気をつけねばと思う。
最近は不穏な動きも耳にする。
協会は陰陽術の科学研究所に近々メスを入れるなんて話もあり、大人の世界は面倒だななんて思った。
「トウマ!」
息を切らしたリクが境内に上がってすぐ自分を必死に呼ぶので、またかと眉間にシワを寄せる。
なんだ?と一応聞くと、肩で息を整えながら口を開く。
「姉貴が冷たくなって動かなくなったんだ!
たまたまアベルが訪ねてきて…今完全に吸い取られないように抑えてるからトウマを呼んで来てって言われて…訳ワカンネェよ!」
身内の危機に困惑している様子でそう言うが、こちらも全く状況が読めず判断できない。
しかしアベルが呼んでいるのなら、アベルでは対応できない状況なのだろう。

割と神社から近いリクの家に行くと、リクの姉であるノアの部屋に案内された。
扉を開くと穏やかな笑顔でアベルが「やぁ、呼びつけて悪いね」とニコリと笑った。
彼女は本を胸に抱いたまま白い顔で眠ったようにベッドに横たわっている。
アベルが彼女の胸に手を当て、自分の霊力を流し込み、魂の流出を抑えているようだ。
「兄様、魔本はどこで手に入ったんでしょうか」
「…さぁ、彼女に聞いてみないと分からないね。
本が好きだからあっちこっちで買ったり借りたりしているから」
俺も簡単な術しか使えないからお願いできるかなと言われ頷く。
「ツバキ、カイザ、知恵を貸してくれ」
そう呼びかけると、ツバキと共に黒髪で無表情の男が現れた。
彼はトウマの頭を撫でると「大丈夫」と呟くように言う。
「…ツバキ、魔本だ。中に入る?」
「いえ、わざわざ腹に入る必要はありません。
この魔本は物語の人物に意思があるタイプではなく、本自体に霊が付き読み手の魂を吸い取っているようです。
私が逆の術をかけて魂を肉体に戻します。」
「……なら俺は本を押さえてればいいね…
トウマは彼女の体を守ってくれるかな……
アベルと…君は外に出ていてくれる?」
守る人は少ない方が良いとカイザは言って二人に出ていくよう促す。
アベルはツバキと場所を交代すると、リクの肩を優しく抱いた。
「姉さんが心配だね。
大丈夫、トウマは優しい子だから必ず助けてくれるよ。
彼らで無理なら次、そしてまた次と式が解決するまで出てくるからね」
「…俺を手品師みたいに言わないでくれ」
「ふふっ。だってこんな強力な式と何人もと契約できているのは君くらいじゃないか」
「兄様だってクロトとカインと契約しているでしょう?」
「あれは……契約していると言うか、好かれてるというか…殆ど無償なんだ。
なんでだろうね」
いつものように変わらず笑うと、リクを連れて部屋から出て行った。
押しても柔らかくしなり返ってくるアベルの心根が読めないと思いながら、去っていた扉を見た。
しかし自分に親しく優しくしてくれる従姉弟の頼みだ。
この状況を目の前にして断れるはずもない。

「魂は肉体に、本来あるべき場所へ
流れに逆らい強く戻りたいと願う。
愛しい人を悲しませないため……」
ツバキが言葉遊びをするように言霊を紡いでゆく。
見えていた本へと向かう魂の流れが反対にノアの体の方へと流れ出した。
しかしその瞬間、本が暴れ出し浮き上がる。
本が開いたかと思うと、それはギャギャギャ‼︎と声を上げると、中から舌が飛び出してツバキに襲いかかった。
しかしそれは水泡がクッションのように柔らかく受け止めたため、彼女まで届かない。
魂が再び本へ流れ出すとまたツバキは言葉を変えノアに語りかけるように言霊を優しく紡ぐ。
「…ツバキにもトウマにも手出しはさせない…」
そうカイザが静かに言うと、周囲に水泡がいくつも浮かび上がる。
そのうちの一つが本に勢いよく当たると、本はびしょ濡れになり萎れた姿になった。
すると本は怒ったように震えだす。
「ほら……あまり動くと些細な事で破れちゃうよ…
読まれなくなるのは困るだろ…?」
そう言うと水で本を囲み、魔本は身動きが取れなくなる。
カイザがツバキをチラッと見ると、彼女は優しく笑う。
「もう少しです…あと少し…カイザ、今!」
そう言われた瞬間、ノアの魂と魔本の繋がりが断たれ、元の体に魂が収まる。
そしてカイザは水の膜を消すと、水でできた刃を本に突き立てた。
本はビクッと震えるとそのまま動かなくなる。

顔色が戻ったノアがゆっくりと目を覚ます。
それにアベルとリクはホッとした顔を見せた。
「全く…心配させるなよな」
「へ…?あれ…みんなどうして私の部屋に?
し、知らない人まで…」
「ノア、君を助けるために俺が呼んだんだ。
こっちが俺の従兄弟でトウマ、こっちは彼の式神のツバキとカイザだ。
神社を守ってる一族の血縁者で良かったよ。
お陰で君を助けられた。」
アベルが優しくノアの頰を撫でると、彼女は頰を赤らめ彼を見つめる。
全然状況が読めないんだけど…と小さく言うので、リクが今までの経緯を簡単に話すとノアは慌てて体を起こして頭を下げた。
「助けて頂いたのにお礼が遅れてすみません!
そんな事になってたなんて…
ふと眠くなって寝ちゃっただけかと思ってました…」
「……ううん、俺の方こそ本をダメにしてごめん」
水気は無くなっているが、本を刃で貫いたため穴が空いているのを彼女に見せた。
それに首を横に降る。
「いいえ、命に代えられるものはありません。
こうしてまたここに居られるのですから、本の一冊なんて安いものです」
「大丈夫だよノア、俺に同じ本をプレゼントさせてくれないかな?
続き、気になるでしょ?」
「え!わ、悪いよ!」
「俺がしたいって言ったんだ。
それでもダメと言うなら、勝手にそうする」
アベルはノアの隣に座ると柔らかく笑い腰を抱き寄せた。

ノアが真っ赤になり慌てているのも気にせず、アベルが優しく腰を撫で始めるので、カイザは感心する。
「……流石、どうせ二人まだ付き合ってないとか言うんでしょ……」
「…よく分かったな。
姉貴もアベルも早く告白すれば良いのにな」
「……まぁ、あの二人がそうだったから…
性なんじゃない…」
トウマがその言葉に「どう言う事だ?」と聞き返す。
カイザは表情を変えず、ツバキを見た。
そして言ってないの?と言うと、彼女は言い出すタイミングが分からなくてと苦笑いをした。
「あの…カイザの言葉の意味はですね…
アベルさんとノアさんはカインとクロトさんの子どもで、性質を受け継いでいるという意味です」
その言葉にアベルとトウマはピタリと動きを止めた。
子どもとはどういう意味だろうか。
実際には人間の親から生まれている自分達に、一体神である彼らの何が関係しているのだろう。
ツバキは怪訝な顔をする二人に困ったようにオロオロしている。
「……俺たち神に結婚や妊娠出産って概念は無い…
…全ての生物が俺達の子どもだから。
でも…その中でも俺達が愛し合う中で溢れた欠けらを…恩恵として体に受けて生まれる子が居る。
…それが君たちだ。」
カイザからの突然のカミングアウトに全員がポカーンとする。
そんな事を言われても理解が追いつかないといったようすだ。
そしてツバキがそっとトウマの横に座ると手を握った。
「トウマ、あなたは私を色濃く受け継いだ子です。
私達二人が、必ずあなた達二人の助けになりますから
遠慮は必要無いのですよ。」
「…二人…とは…まさかカイザの子も近くに居るのか?」
「……俺は会った事無いけど…
昨日フォルテが見たって…
名前は確かソフィア……彼女が居るときはフォルテを呼ばない方が良いかも。
絶対に気性がが合わない。」
その言葉に頭を抱えた。
自分がソフィアに惹かれているのは事実だが、これは本能的な運命だったのかもしれない。
自分達の母体であるカイザとツバキが引かれ合っているのだ。
俺とソフィアが引かれ合わない筈がないと苦笑いをする。
それでも好きな気持ちに変わりは無い。

するとアベルは面白いねと呑気に言葉を漏らした。
「ノア、じゃあ今からそのカインとクロトを呼んであげようか。
毛色からして俺がカインから、ノアはクロトから受け継いでいるのかな?
…無償で契約を結んだ意味がようやく分かったよ」
そう言うと「カイン、クロト、話がある」とアベルが言霊を紡いだ。
すると直ぐにクロトが姿を現わす。
狭い部屋に6人も居る事に驚いていたが、ノアを見てさらに驚いた顔をした。
「もしかして俺と君達の関係の話しを聞いた?
それで俺の子を見つけたから呼んでくれたのかな?」
「クロトは察しが良いね。
そうだよ、彼女はノア…俺の大切な人だ」
そう言うと、ノアは赤い顔のままクロトに手を差し出して「はじめまして」と声を掛ける。
それにクロトは手を握り挨拶を交わした。
確かに二人はどこか似ている。
性別は真逆だが、赤い髪や青い瞳、真面目そうな性格、本好きな所までそっくりだ。
「…クロト、カインも呼んだんだけど…今は手が離せないのかな」
「え?さぁ…今日は一緒じゃなかったから…
カイン、聞こえる?返事してくれないか。
……応答が無いな。
神域に気配が無いから別の仕事中かも知れない」
「そっか。
ならまたよろしく伝えておいてくれ。」
「うん。わかった」
そう言うとクロトはスッと姿を消した。
その後直ぐ、ツバキとカイザも帰って行った。

リクとノアに別れを告げ、神社への帰路を歩く。
自分の写し鏡がツバキで、カイザとの子どもだと言われたが実感は無い。
ただ自分とツバキの共通点は多く、波長も合うのは確かだ。
節操のないミドルやフォルテ、頭の緩そうでやたらと元気なシークやカルファーが親だと言われるよりは、まだ納得して受け入れられる話しだと思う。
…ふと、何かの気配を感じ顔を上げた。
しかし周りには誰も居ない。
変だと思いつつもそのまま先を進むと、右肩に激痛が走る。
どこからともなく飛んできた小刀がそこに刺さっており、しかし刀はスッと姿を直ぐに消した。
「な…んで……」
その小刀は見覚えの有る物で、しかしそれがなぜ自分に刺さったのかが検討もつかない。
それの所有者は自分を慕ってくれていたからだ。

激しい痛みで意識が朦朧とする中…
ソフィアの声が聞こえた気がした。
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