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小説

休日土曜日。
遅めの昼食を終えた午後、玄関の扉がカラカラと音を立てて開いた。
そしてよく聞き慣れた騒がしい声が聞こえてくる。
「トウマー?居るの?
居るわよね、私が来たんだから!」
その声に眉間にシワを寄せながら玄関へ行くと、そこには従姉弟のミディが金髪の男を連れて立っていた。
彼女は自分の従姉弟の姉の方。
水色の、肩までの髪をゆるくまとめている。
彼女は自分より年上で23歳、警察署でサイバー犯罪対策課に勤務していた。
口うるさく弟や自分を使い倒す女王様だ。
弟のアベルはよくこれに耐えれるなと思う。
「あのね、力を貸して欲しいんだけど」
「…ミディ姉様、アベル兄様は不在ですか?
いつもはそちらに頼るじゃないですか」
「だって霊が絡んでいるのだから、アベルよりあなたが適任でしょ?
私の恋人、リクを助けて欲しいの」
それを聞いて後ろにいた金髪の男を見る。
どう見ても高校生、同年代の男に、警察官である姉が手を出している事が不思議だった。

幼い頃からの付き合いで、口を開かずともそれを察したのか、ミディは笑う。
「だぁいじょうぶよ!手は出してないから。
買い物付き合って貰ったり、水族館行ったりするだけ。
キスだってしてないわよ。」
「…あの男にがつがついく姉様が…?」
そう言葉を零すと、ミディが拳を振り上げたので、思わず身構えて数歩下がった。
しかし殴られる事はなく拳は降ろされる。
「ナンパされてたのを彼が助けてくれたのよ。
良い子だから気に入ってるの」
そう言いながら靴を脱ぎ家に上がってくる。
金髪の男は頭を下げるとトウマの顔をじっと見た。
「お前…同じクラスのトウマか。
最近アリアとソフィアって美人のふたりがカマかけてて、男が喚いてたぞ。」
「俺もまさかリクが姉様の恋人だとは思わなかった」
そう話すと、ミディは「知り合いだったんだ」と何気なく言うのでリクは「話したことはねぇけど」と返している。
俺は誰彼構わず話をするタイプではない。
気さくに話をしている人なんて両手で収まってしまう程度だと思いながら、来客用の部屋に二人を通した。

座って早々に「お茶」といわれ、台所からお茶と先程ソフィアに貰ったカステラを切り分け二人に出す。
姉様の機嫌を良くするには甘いもは欠かせない。
心の中でこのタイミングに持ってきてくれたソフィアに感謝しながら、話を聞く。
「私じゃなくてリクが霊に憑かれているみたいなの。
一週間前、遠方の田舎に親戚を通して墓参りに行っていたんですって。
そこから付いて来ちゃったみたい」
姉様は自分と同じ血縁だ。
神社の跡取りでないため、陰陽術を学んで来なかったから霊や術に詳しくない。
しかしその血は彼女にも流れ、霊力を体に持つ。
そのため小さな頃は見える、聞こえる、巻き込まれるで散々だったためか、恋人が憑かれていても慣れた様子で平静だ。
一方リクは初めての体験が信じれないようだ。
確かに、突然恋人に「取り憑かれている」なんて言われても疑心暗鬼だろう。
自分達が見える事は、見えない人間には受け入れ難く不審に思われやすい。
それでもその性質を彼に明かしてまで救おうなんて、嫌われる覚悟でそうしたようでよほど彼が好きなんだろうと感じた。

「俺と姉貴は親の墓参りに行ってたんだ。
姉貴には特に何も無いみたいなんだが…
霊園で墓掃除をしている時、白いワンピースの、背が高い黒髪の女性を遠くに見たんだ。」
どうやらその時は他の参拝客かと気に留めなかった。
その後、親戚の家に一泊し帰宅する。
普段通り生活をしていたが、疲れていたのか些細な事で怪我をするようになった。
初めは紙で手を切ったり、どこかにぶつかったり…しかし次第に包丁で手を切ったり、階段を踏み外したりと危険度が増して行く。
ミディと二人で出かけた時、交差点で信号待ちをしていると、霊園で見た白いワンピースの女性が横断歩道の向こう側から手招きしているのがみえた。
その瞬間「あの女性の所に行かなくてはならない」という気になり足を踏み出す。
トラックのクラクションが鳴り響き、後ろから「リク!」と叫び、手を引いて歩道に引き戻すミディによってハッと正気に戻った。
トラックがクラクションを鳴らしていなければ、ミディが居なければ自分は今頃轢き殺されていたかも知れない。
横断歩道の向かい側にはワンピースの女性は居なくなっていたが、ミディが自分が見ていた場所を睨むように見ていたので、もしかしたら同じものが見えるのかと相談したそうだ。

「都市伝説の類だな。」
「都市伝説?」
「比較的新しく、人によって生み出された心霊現象の事だ。
誰かが作った話しが広まり、認知が高まると霊的なものへと昇華され…実際に起こる。
トイレの花子さん、口裂け女、二宮金次郎像などがこれに当たる。
リクが遭ったものは「尺八様」によく似ている」
村から出て来てしまったかとため息を吐く。
ミディは聞いたことが有ると、リクに尺八様について説明した。
ブログで自分の霊体験を書いたものが広まり、ホラー好きの間では良く知られる内容だ。
リクのように田舎に帰った男が、白いワンピースの女に憑かれる話しで、身長は8尺もあり、近くに来ると「ぽぽぽぽ」と聞こえるのが特徴だ。
今回はその声も聞くことはなく、それほど高身長でも無いため尺八様そのものに憑かれたわけではないだろう。
話しに出てくるそのものが憑いていれば厄介だが、サイズも小さくそれはそれほど強力でないと踏んだ。
「リク、今夜はうちに泊まれ。
本物の尺八様に比べ弱いとはいえ、今の状況は良くない。
次は殺される。」
そう言うと2人は顔色を変えた。

リクは姉に連絡すると、外泊の許可を得る。
夕食を食べると二階の一室に案内し、窓に新聞を張って外が見えないようにした。
部屋の四隅には盛り塩をする。
「この部屋は二人の好きにしてくれ。
ただこの塩は結界だ。絶対に触るな。
それから…お前達二人には声を掛け無い。
これは絶対だ。何が聞こえても返事をするなよ。
テレビの時計が朝7時を指したら自分から部屋を出ろ」
そう言うと、どこか緊張したリクにミディは「私が付いているから大丈夫よ」と手を重ねる。
今まで居場所の分かっていたリクの姿が、結界で隠れれば探し回るだろう。
いつものように言葉に霊力を通す。
「ミドル、出番だ。」
すると、魔方陣から白いシーツがふわりと落ちたかと思うと、バターンと音を立てて畳に何かが落ちた。
それは水色の髪の男性と、金髪の女性だ。
なぜか二人とも裸でかろうじてシーツで体がかくれている。
「いったーー!
ちょっとトウマ、僕ルキちゃんとお楽しみ中だったのに!」
「お前、最低かよ!
行為中くらい呼びかけられても拒否しろよな!」
「だってルキの身体凄く良かったんだもん
つい「yes」ってなる…あぁ、怒らないでよ!
ごめんってば!」
二人のあまりにも間抜けな登場に、その場に居た全員が唖然とした。
ルキと呼ばれた女神はフン!とそっぽを向くと、美しい肢体に服が身につけられて行く。
ミドルと呼ばれた神の方も立ち上がると服がどこからとも無く現れ、髪を一つに結び直した。
そしてミディとリクの顔をじっくり見る。
「おや、君たちは僕達の写しかが…」
「ミドル」
何かを言おうとしたミドルにすかさずルキが割って入る。
するとミドルは「ごめんごめん」と笑うと、リクの頭を撫でた。
「君、何か良く無いものに憑かれたね。
トウマを信じてれば大丈夫だよ。
僕も君を守ってあげよう」
「…なんだミドル、今日はやけにやる気だな」
「えー、トウマくん。
それ言ったら普段やる気のないダメ男みたいじゃない」
「その通りだろ」
まだ怒っているのか、ルキが腕を組んで悪態をつくので、ミドルは困ったように笑う。

ミドルが右手を前に出すと、スナイパーが手元に出現した。
それをクルリと回して肩に担ぐ。
「僕はこの子に取り憑いたヤツから守れば良いんだね。
折角居るんだしルキちゃん手伝ってよ」
「お前が死にかけてたらな」
変わらず恋人に冷たくあしらわれていたが、リクとミディに「絶対出るな」と言い残して3人は部屋を出て行った。
テレビをつけっぱなしにしたままリクは11時頃にうとうとし始める。
ミディが横に座り頭を撫でるのが心地よく、そのまま眠りについた。
しかし直ぐに目がさめる。
テレビの時刻は午前2時。
変な時間に目が覚めたなと思い体を起こそうとすると、ミディにぐっと上から押されて布団に戻される。
こちらに向くと小さな声で「あなたを探してる。耳を貸してはだめ」と言った。
するとふと、ふすまの向こうから姉の声が聞こえた。
「リク?居るの?
心配になって来ちゃった。
ねぇ、どこ?」
姉さんだと声を掛けようとしたが、ミディがすかさず口を塞ぐ。
そして顔を耳元に近づけると「ダメよ、あれはノアじゃない」と言った。
電話した時「ミディの弟であるアベルに飲みに誘われたから私も泊まってくる」と言っていたのを思い出す。
恋人でも無いのに男女が泊まりだなんてと思ったが、相手がミディの弟でアベルなのだから別にいいかとなにも言わなかった。
それよりもミディの顔があまりにも近くて、恐怖よりもドキドキして顔が赤くなる。
周囲を警戒するように部屋を見ていたミディがリクの顔をみて、ふふっと笑った。
「なによ…まぁ怖がってるよりは良いわ。
…そういや夜9時より遅くに一緒に居るの、初めてね」
「ミディが何があっても絶対送り返すからな…」
「お子様のうちはそれで良いのよ。
それとも…今から大人になるのかしら」
そう言うとミディがリクの上に乗っかり、柔らかい胸を彼の胸に押し当てた。
それをリクは肩を掴んで押しのけながら「今はそういう状況じゃないだろ」と言うので、ミディはそうよねと面白そうに笑う。
しばらく声は聞こえなくなっていたが、今度は窓の外側からコンコンコンとノックする音がした。
ミディの声で「開けて、その人は私じゃ無いわ。
本物はこっち。騙されてる」と聞こえた。
ミディは「ここ二階よ」と苦笑いをする。
その後すぐにパァンと銃声が聞こえて来た。

「いやぁ、都市伝説とはいえ…生前は美人設定なんだろうなぁ」
ミドルが二階程の高さのある木からスコープを覗く。
その後ろでルキは気だるそうに木の幹に体を預けていた。
「なぁ、お前百発百中なんだから俺がわざわざ戦わなくても良く無いか?」
「生き物なら一撃で仕留められるけどさ
霊はそうはいかないからね。」
建物から出てきた霊の身長がグッと伸び二階の高さまでくると、リクが居る部屋をノックし始めた。
ミドルは銃を固定させ覗き込むと頭部に照準を合わせて引き金を引く。
パァアン!
破裂音がした後、霊の後頭部に弾丸が突き刺さる。
ぎゃあああと叫び声が上がると、身長は2メートルまで縮んだ。
しかし絶命には至って無いのか、下でのたうち回った後、こちらを恨めしそうに見上げた。
木の枝にうつ伏せに寝転び、スコープを再び覗き狙いを定めるミドルの背中に、ルキが重なるようにうつ伏せで乗る。
「わぁ、揺れる揺れる。照準定まらない。
おっぱい柔かーい」
「うるせぇ、集中しろ」
ふざけた様子でそう言うとルキに右手でギュッと頰を引っ張られた。
彼女は左腕を伸ばし霊に指先を向けると、指がバチっと一瞬光る。
そして次の瞬間、バチバチと激しく音を立て霊の頭上から雷が落ちた。
ドン!と大きな音を立てたかと思うと、頭部にめり込んだ銃弾が強い電流により爆発を起こす。
頭部が無くなったまま、霊はふらりと立ち上がるが視界が効かないのかおぼつかない足取りだ。
ミドルは弾丸をセットし直しバーを引く。
立て続けに二回上半身と下半身に弾を打ち込むと、再びルキが雷を落として爆破を起こした。

体がボロボロになり崩れかけの肉体の側にミドルとルキは降り立つ。
影から様子を見ていたトウマも側に来た。
ミドルとルキが霊の周りを円を描くように歩くと、一周した所で動きを止める。
ミドルは左手を、ルキは右手を出し二人は手のひらを重ねる。
「「縛」」
二人が声を合わせてそう言うと、霊は動きをピタリと止め脱力した。
トウマはさらに霊に近寄り、胸の前で印を組む。
「人の作り出した悪霊よ、浄化され消えろ」
そう言うと、残った肢体はボロリと崩れ、灰になり、風になって消えた。

リクとミディが言われていた朝7時になって部屋を出てリビングに行くと、トウマと一緒に朝食を食べるミドルとルキが居た。
「おっはよう!僕の可愛い子達。
昨夜は楽しめたかな?」
その言葉にリクは「んなわけねぇだろ…」と呆れながら座る。
「私はリクとなら一夜の誤ちも悪くないと思うけどね?」
「はぁ?それ一夜にならねぇし、別に誤ちでもねぇだろ……恋人なんだから…」
頰を少し赤め、そっぽを向いたリクにミディは嬉しそうに笑う。
それを見たルキが優しい顔をしたので、トウマは驚いた。
「さぁ、ルキちゃん帰ろうか。
ミディ、リク…僕たちは出会ってしまった。
袖振り合う縁は結ばれたも同然。
僕たちは君達二人をいつも見守ってるよ。」
そういうミドルの笑顔も優しく、いつもと違う様子にトウマは怪訝な顔をする。
しかし何かを聞く前にミドルとルキは「じゃあな」と姿を消してしまった。
「な、何?
私あの式神に会うの初めてなんだけど
気に入られたのかしら」
「…そう、なんじゃ無いか?
式がそういう反応をしたのは……ツバキが俺に初めて会った時くらいか。
神が契約者以外を「見守る」のは初めて見た」
二人が食べ終え、机に残した食器を眺める。
二人の神のあの表情からは、悪い事では無いのだろうと、頭の隅に置くだけにした。
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