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2年目

--イリス視点

ジルエットは教員として長期休暇中も仕事をする為学校で過ごしているので、自分もそこが家だと残っていた。
教師しか居ない学校は本当に静かで、生きているこの建物を一人でウロウロしないように言われている。
新学期に向けて教員の移動や新入生の受け入れ準備などで、先生も慌ただしく動いている中…
夏休みの真ん中辺りにジルエットの部屋でくつろいでいると、突然暖炉がボフッと派手に煙を上げた。
何事かと驚いて体を起こすと、長期出張で留守にしていたウィングが珍しくジャケットをキッチリと着込んでその場に立っている。
「せ、先生?」
「ん?あぁ、ここジルエットの部屋か。
適当に飛んだからな。」
そう言うと遠慮なく冷蔵庫を開けビンに入った飲料を取り出すと、グイッと飲んだ。
そして疲れているのかドカッと椅子に座ると腕を組み目を瞑る。
「先生、眠いならソファー使ってください。
ジャケットも脱いで…シワになりますよ?」
「…また直ぐ出て行く。
少し目を瞑っているだけだ。」
一体何の仕事で出掛けているのかと、多忙な彼を見ていると、彼の目が開きこちらを見た。
私が思った事を察したようで、少し考えるとようやく口を開く。
「まぁ、新学期が始まれば俺が忙しい理由も分かる…ったく嫌だから断ったのに面倒くせぇな…
後はアレだ。ミドルに協力するっつったからな。
それの算段を整えてた。」
説明はしてくれたが、いつものように核心を隠した物言いに結局内容が分からず首をかしげる。
つまり今は言えないから新学期まで待てという事なのだろう。
それにしても身なりを整えた彼を見たのはクリスマスパーティー以来だ。
ヒゲも剃り、グレーのスーツを着込んだ彼は出来た大人らしい色気もあり、普段からそうしてれば良いのにと思う。
…いや、先生に人気が出てしまうなとその考えは改めた。

立ち上がり簡易キッチンに行くと、冷蔵庫から食材を出して調理をする。
いつ立ってしまうか分からないため簡単なものしかできないと思いつつ野菜にナイフを通す。
「先生、どうせ忙しすぎて食事が面倒くさいとか言うて何も食べてないんやろ?
サンドイッチ作ったから食べてください」
一年彼を見てきて何となく性格を把握してきたが、とにかく腰が重い。
こんなに仕事をしているのが珍しい位だ。
様々な魔術に精通し、偉大な魔法使いに違いないのに、ただの一教師をしているのはそのためだろう。
そんな変わり者の先生を慕う自分もまた変わり者だなと苦笑いをする。
そんな彼がなるべく栄養を取れるように、野菜をふんだんに使ったものと、良質なタンパク質を摂取できるように卵のサンドイッチを用意した。
「ん、相変わらずお前は料理が上手いな。
適当に姿現しをしたと言うのは建前で、今ならイリス一人で暇を持て余しているだろうと世話を焼かせに来たんだが、正解だったな。」
サンドイッチを食べ進めながらそんな事を言うので、自分目当てに先生が帰って来てくれた事が嬉しくなる。
姉のジルエットに見つかると、またにやにやされるためこの事は絶対に秘密にしようと決めた。
「美味しかったんなら良かったです。
…しかも自分に会うん目的で来てくれたんは、世話焼くん目的でも嬉しい…」
「…まぁ、お前父親居ないしな。
試しに俺に甘えてみるか?」
自分が父親代わりだと勘違いしているウィングに、女として見られていなくて少し残念に思う。
16歳も離れているなら仕方ないけどと、自分のまだ12歳になったばかりの体を見てため息を吐く。
「もう…そういう事ちゃうんやけど…
でも、少しだけ甘えようかな」
ウィングの大きな体に抱きつき温もりを感じる。
本当に自分は先生を父親の代わりとして見ているのだろうか。
優しく抱きしめられ頭を撫でられ、密着していると鼓動が早くなるのは恋だと思うんだけどと彼の顔を見上げる。
強力な力を持つ偉大な魔法使いの目に留まるとは思いにくいが、彼は触れていられるほどに…こんなにも近くにいる。
ジッと見ていると視線が重なり「なんだ?」と不機嫌そうな目がこちらを向く。
「ふふっ、ウィング優しいなぁって思っててん。
…また次帰って来た時も私の所に寄ってくれる?」
「あー…ジルエットが留守ならな。」
アイツいちいち煩いからなと、眉間にシワを寄せながら言うのでクスクス笑った。
また美味しいご飯作るからと言えば即答で「また来る」と言われる。
これは先生の胃袋を完全に掴んでるなと、今は理由がそれでも良いから会いに来てくれるなら嬉しいと笑った。

「しかしお前はまだ12歳のくせに周りに気を遣いすぎだ。
少し肩の力でも抜いて好きな事をしてみたらどうだ?」
俺が12歳の頃は色んな魔法が試したくて、非行ばかりだったぞと言うので、それが何となく想像できクスクス笑う。
ふと彼は時計を確認すると、手を握られ「飛ぶぞ」と言ったかと思うと視界が歪んだ。
気がつくと夜の丘に立っている。
するとヒュッと大きな音が聞こえ、そちらに振り向くとバァアアンと空に大きな火の花が咲いた。
「わ、花火や!」
その迫力と美しさに目を輝かせると、ウィングがこちらを見てフッと笑った。
「…まだまだ子どもだな。
だが、そういう素直な所は嫌いじゃ無い。
お前はいつまでも笑ってろ。
その方が綺麗だ」
「…も、もう…また子ども扱いしよる…」
「実際未成年で子どもじゃねぇか。
せめて卒業し成人する18歳まで、今のまま綺麗で居るんだな。
そしたら大人扱いしてやる。」
綺麗だと褒められ顔が赤くなる。
先生は私が他の男と付き合っても、きっと何も言わないのだろう。
むしろ「俺なんかより彼氏を大事にしろ」なんて言いそうだ。
だけど「お前を泣かせた時は言え、俺が罰を与えてやる」と、保護者ぶってそうも言いそうだと少し笑った。
「ほな、18歳になった時、先生好みの美人になれたら女としてみてくださいね」
冗談ぽくそう言うと、ウィングは可笑しそうに「バカ、その頃には俺は33歳のおっさんだぞ」と笑った。
何度も上がる大輪の花火を横目に、彼がくれた夏の思い出を大切に記憶に刻んだ。
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