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二章:魔導士協会

ジルエットの元にも同じように手紙が届いた。
刑務所でのファインの様子や帰宅時の体の変化が記載されており、苦虫を潰したような顔をしたためイリスが酷く心配する。
これ程早く覚醒が始まるとは思わなかった。
そう思いながらこちらを伺う妹に目をやり苦笑いする。
「イリス…それからウィングは居るかな?
これからどうなるか分からないから、少し話しておきたい事があるの」
そう言うとウィングは椅子の影から姿を現し、人になるとソファに腰掛けた。
ジルエットは覚悟を決めたように二人に話し始める。
「実は私、人間なんだけど普通の過程で生まれた人間じゃないようなんだよね」
カルナって知ってる?と話を続ける。
魔法を発見し実用化した魔導士の始祖。
彼は最後には人に仇をなす存在としてバラバラにされ封印されたそうだ。
思念として一番大きな塊にまだ定着し生きている。
何百年もかけ、それぞれの自分の一部に掛けられた封印が解かれるのを待っているそうだ。
封印が解かれたカルナの一部は肉体を求めて人間の赤子に宿る。
そしてカルナが得た繁栄をその子どもに与えるのだという。
繁栄を得る年齢は20代が多く、それを覚醒と呼んでいる。
カルナが元の体に戻るためバラバラになった自分の一部を取り込み復活するには、封印された6つの自分が同じ場所同じ時に存在していなくてはならない。
そのため、私たちは覚醒完了と同時にカルナ自身により死なない体を強制的に与えられているのだと言う。
同じ一人の人間を体内に宿した自分達は、同じカルナを宿したものに共鳴する。
ファインがその最後の一人なのだそうだ。
「クロトは有名だし、フォルテもファインも魔導士だから出会えたけど、残りの二人は誰なのか私にも分からない。
でも覚醒し不老の命を持っているのは確かよ。
…これで6人揃ってしまうと、私達の身になにが起こるかはわからない。
もしかしたら取り込まれて死んでしまうかもしれないしね
…だから、ウィング。
私にもしもがあった時はイリスを頼んだわよ」
いつも明るいジルエットが真剣な表情で二人を見据えた。
その様子に猶予は無いのだと分かる。
何百年も自分の向かう先を知りながら家族にも話せなかったのはどれ程辛い事だったろうか。
イリスは瞳に涙を浮かべる。
「そんなん嫌や!
ジルはまだまだ私と一緒に好きな研究をして、喧嘩して、沢山困らせてくれなあかんよ!」
ポロポロと涙を零す彼女にジルエットは辛い顔を見せる。
本当は本人であるジルエットがそれを一番願い、終息へと向かおうとする未来に恐怖しているのだろう。
しかしウィングには響かないのか表情にでないのか、彼はしれっとした顔で口を開く。
「なんだ、真理を覗いたわけでは無いのか」
そう言うとジルエットはそうなるねと苦笑いする。
実際に見たものはそれぞれ違うのだと言う。
ジルエットはカルナが魔法を実用化する研究過程での記憶を、クロトは差し迫る脅威を打ち滅ぼした記憶を、フォルテは得た栄光を手に人々の上に立ち贅沢な暮らしをした記憶を見たのだと言う。
それも自分に宿ったカルナの部位による差異なのだろうと思われる。
ウィングは横で泣いているイリスの頭を優しく撫でながら思案していると、外の様子がおかしい事に気付き背もたれから体を起こした。
「おい、何がどうなってる。テロか?
血の匂いと悲鳴があちらこちらから聞こえるぞ!」
そう言うとジルエットは窓から外を見る。
魔導士では無いゴロツキや傭兵が町の住人を襲っているのが目に見えて分かる。
このような事態は何百年ぶりかと慌てて執務室を出で行った。
イリスも後を追おうとするが、ウィングに止められる。
「お前が行っても足手まといになるだけだ!」
「嫌や!いつジルと最後になるか分からんのに…!
側におらさせて!」
泣きじゃくる彼女を引き寄せるとウィングは唇を重ねる。
突然の事で驚き抵抗するが力では敵わない。
息苦しくなり声を漏らすとようやく離される。
肩で息をするイリスの頬を撫でると今度は触れるだけのキスをする。
顔を真っ赤にし今はそんな場合じゃないという顔をした。
それに反しウィングは落ち着いた様子だ。
「俺もジルエットもお前が大切なんだ。
分からなくても無理矢理理解しろ。
…言っただろ、俺を頼れって」
そうウィングが言うと短く呪文を唱える。
イリスの目の前にスクリーンが現れた。
どうやらウィングの瞳に映るものがそこに表示されるらしい。
「まぁ…俺なら流れ弾も降りかかる火の粉もお前よりは避けられるしな。
代わりに行ってくるから、お前は自分の身をここで守れ。
もし万が一が有るとするなら、俺を呼べ」
そう言うとウィングは部屋から出ていった。


ジルエットは策戦司令室かと歩みを進めていると、謀略の魔導士が女性と言い争っているのに出くわす。
おそらく彼女が最後の一人ファインなのだろう。
どうやらこのテロを止めるのに自分も行くといって聞かない様子で猛反対を受けている。
わざと二人の間を通ると、怪訝そうな視線を二つ浴びた。
何やってんの…と呆れるイリスの声が脳裏に聞こえ全くだと返した。
「彼女よっぽど大切にされてるんだな。
ま、遅かれ早かれ覚醒はするんだろ?
抗っても仕方ないと俺は思うがね」
「ちょ!ウィングそんな事言うたらあかんて!
彼なりに考えがあるんやから!」
そう言うとフォルテは眉間にしわを寄せ明らかに不快感を示すが、どこからともなく聞こえるイリスの声に怒りを腹に収めた。
「お前、イリスの使い魔か?
あいつにしてはガラの悪いのを選んだな…」
「ガラが悪くて失礼しました。
無茶させたくないなら救護室が設置されるだろ?
そこの警備や手当の手伝いならまだ危険度は低い。
そこに行けば……」
「ダメだ」
どうしても彼女を覚醒させるきっかけを作りたくないといった様子で睨みつける。
長命で数奇な運命を背負った彼らにしか分からない苦しみが有るのだろう。
それを彼女にも負わせたくない気持ちが嫌でも伝わる。
しかし彼女を閉じ込め、かくまい、籠の鳥にしても、きっと覚醒の時は自ずと訪れる。
当の本人は「怪我人がそんなにいるの?」と慌てて救護室が設置されているであろう場所に向かって走り出す。
「おい!」と声を荒げフォルテはまた彼女を追いかけて行った。


「さっきも説明しただろうが!
お前が覚醒したらどうなるか分からないんだぞ!」
そう言いながら後を追いかけるフォルテを無視してファインはどんどん突き進む。
いつの間にこんなにも主張するようになったのかと思うが、自分の教育の賜物であることを思い出す。
制止も聞かず結局は救護室まで来てしまった。
傷つき血を流し骨の折れた町の人々の呻き声や苦痛の声が溢れる。
戦場や実際の戦闘が未経験であるファインはまた意識を飛ばすのではとフォルテは気が気でなかった。
しかし心配はを他所に彼女はしっかりしている。
部屋の中央まで行くと両膝をついて座り手を胸の前で組む。
どこで覚えたのか詠唱を始めると彼女を中心とし魔方陣が展開した。
それは次第に大きくなり部屋全体に広がる。
「病める者よ、傷ついた者よ
我の慈悲を受け愛を受け入れよ。
その傷はたちまち癒される」
そう言うと魔方陣が輝き光に包まれる。
光が収まるとその部屋に居た人々は歓声を上げた。
怪我が有ったことが嘘のように消え去る。
奇跡だ!神の力だ!と町人達がファインに詰め寄るので、フォルテは彼女を部屋の外まで引っ張り出した。
人気のない場所まで移動すると怪訝そうな顔をする。
「お前、さっきの魔法はなんだ。
あんな規模の魔方陣を作り出したり、何人もを一辺に治せるほど魔力は無かっただろ?」
そういうとファインは気まずそうに目を逸らした。
「記憶を失っている間に見たんだ。
男性が多くの人を助けたり癒したり…
その時に出てきた呪文で、魔力は…昨日入ってきた自分のものじゃない魔力が、その…量が凄くてそれを使いました…」
怒られると思いながらおずおずと言うので、フォルテは苦笑いをする。
既に覚醒していたのかと肩から力が抜けた気がした。
彼女が周囲から賞賛を受ける姿に、昔の自分を思い出す。
どこか物悲しげにしているフォルテをファインは抱きしめる。
「長い時間一人で寂しかったんでしょ…
でも、これからは私が側にいるよ」
ヒヨッコの癖に生意気だなと笑われたので、優しく笑い返した。
フォルテは心が暖かくなった気がした瞬間、意識がホワイトアウトする。
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