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二章:魔導士協会

イリスは協会長への申請許可を求める書類の中からフォルテが出したものを見つけ手に取る。
住居人追加の申請と寮室退去の手続きだ。
寮の入居や退去は協会長の仕事では無いが、最上階層の部屋だけは彼女の許可が無いと承認されない。
続きを読むとファインの名前が書かれており、本格的に囲い始めたと彼女の身を案じる。
一応姉に報告し判断を仰ぐと「なにそれ、楽しそう!」と呑気に許可したのでイリスは苦笑し命運を祈る事にした。
「そうだ、今日は協会の会合パーティがあるからイリスもいつもの時間までに着替えておいてね。」
そう言われはぁ…とため息をつく。
別に自分は行かなくてもいい気がするが、姉が暴走すると止められるのは自分だけだ。
書類整理をしながら今夜の事を思うと気が重い。

そして夜、珍しく深淵の魔導士クロトが使い魔を連れ会場に顔を出した。
魔導士達が初めて見る彼の姿に騒めく。
生きていたかも曖昧な伝説の彼にお目にかかれたのだ。
そりゃ注目して当然だろう。
自分はボーイに鍵のかかる部屋を一つ用意するよう促す。
先にその部屋に行きお茶の用意をしていると、姉のジルエットとクロトが入ってきた。
久しぶりだねと穏やかに微笑むクロトにこちらも元気そうで何よりと微笑み返す。
「で、何か有ったから来たんでしょう?
魔神以外にも何かあるの?」
そうジルが口にすると、クロトは表情を変え深刻そうな顔をした。
「そうだね…
魔神の目覚めも何かの予兆の一つに過ぎないと思う。
俺達が狙われているのも何かあるんだろうけど…
一番の問題はフォルテが見つけたファインだ。」
その言葉にジルもそうねぇと難しい顔をする。
イリスには二人の会話がよく分からないが、協会内での二人の様子を話す。
ファインはフォルテの元で戦闘訓練を受けているようで、魔力の増強、魔法の強化、魔術の応用などの習得を行なっている。
自分の身を守れるようにと急いでいる様だ。
覚醒も近いのか遠いのか測りきれないと言い解決策も展望も無くといった二人にイリスは、この高尚な大魔導士の二人を悩ます事態とは一体何事なのだろうと肝を冷やす。
「でもさ、ずーっと人と深い関わりを持つのを辞めてたフォルテが誰かに入れ込んでるのってちょっと成長よね。
私安心しちゃった。」
それはクロトも同じだけどと笑うと、クロトは少し頰を赤らめ目をそらす。
そんな顔はこの300年間で初めて見たかも知れないと驚く。
「…ファインの事は俺たちにとって重要な存在になると思う。もちろん良い意味でも悪い意味でも。
でも俺は彼女に賭けてみようかな」
柔らかく笑いながら言うと、ジルがそれは勘か聞くと「経験論、人を見る目には自信があるんだ」と自信を滲ませながら見つめ返す。
その後二人は狙われている事や魔神の話をすると、使い魔を待たせているからと会話を早々に切り上げ会場に戻った。
ふと、椅子の下から気配を感じイリスは屈んで覗く。
そこには自分の使い魔になったウィングが猫の姿で寝転がっている。
気配を消すんはあの二人より上手いんやなとため息をついた。
「何しとん?」
「情報収集だ。
滅多に無い対談を俺が見逃すわけ無いだろ」
そう言うと人の姿になりドレス姿のイリスを見る。
くるりと一周すると、ポンポン頭を撫でられ「随分と似合ってるじゃ無いか。」と笑いかけられ赤面し目をそらす。
どうせ自分は奇才の魔導士のオマケやと言うと、魔導士共は見る目がないんだなと一蹴され、女性の扱いに慣れた猫にたじろぐ。
「お前を蔑ろにする様な魔導士を相手にするくらいなら俺を見てろ。」
そう言うとウィングはイリスを抱き上げベランダに出る。
柵に足をかけると身軽に屋根へ飛び上がり、そのまま歩く。
見上げると今日は快晴で満天の星空が美しく輝いていた。
その景色に感嘆すると、星占いでもするか?とイリスを下ろす。
「お前何月何日生まれだ?」
「え、12月1日やけど」
射手座だなと言うとウィングは丁度見えるなと南の空を見上げる。
さそり座の横で狙いを定めたその星座に向かって小さく呪文を唱えると、射手座を構成している星が瞬いた気がした。
そして一筋流れ星が落ちるとウィングはそうかと言う。
「射手座の未来は自分を見守り側にいる、自分より大人に見える男性に委ねてれば安泰と出てるな」
「なんやそれ、今適当に言うたやろ」
そう言って笑うとウィングも微笑む。
そして辛い時はもっと俺に頼っても良いんだぞと屋根に腰を下ろした。
辛そうに見えるん?と横に座ると今体調良くないんだろと返され驚く。
確かに昨日から微熱が続きなかなか下がらない。
半分人魚であるからか夏は水分摂取が滞るとよくこうなってしまう。
話していないのにそれを姉よりも先に気づいた彼に、よく自分を見ているのだなと感心した。
パンと手を叩く音がし隣を見ると、ウィングが自分と全く同じ姿に化けていた。
「ま、見た目だけで声まで変えられねぇから役に立たないけどな。」
と酒焼けしたいかつい男性の声のままで思わず笑ってしまう。
丁度下の部屋からイリスを探すジルの声がし、ウィングはそのままイリスを抱き上げるとベランダに降りた。
イリスが二人いる事にギョッとしたが、さすが奇才の魔導士、猫の変化も直ぐに見抜いて側に近寄る。
「へぇ、よくできた変化ね。
あなたがイリスの使い魔になった猫でしょ?
…イリスの事ちゃんとみてあげてね」
そう言うとウィングははぁとため息をつき、頭を掻く。
「じゃあイリスは部屋に帰らせろ。
俺が変わりをする。黙ってたらバレないだろ?
給仕でも愛想笑いでも何でもしてやるよ」
そう低い声で言うとジルは驚いたように目を見開いた。
え、中身おっさんなの?と聞かれウィングは悪かったなと冷めた目で返す。
彼女は信頼関係もあるため騙すような事は出来ないと話し、また男性を可愛い妹の側に置くのは不安もあるようだ。
しかし当のイリスが信頼を置き契約をしている以上契約外の自分がとやかく言えた立場に無いと言う。
「それにちゃんと見てくれてるようだし、今日の所はあなたにイリスを任せます!
部屋まで送ってあげてくれる?」
そう言われるとウィングはくるりと身をひるがえし元の男性の姿に戻る。
彼女がかの奇才の魔導士だと知りながらも尻込みせず太々しく、イリスを抱き上げると「言われなくてもそうする」とベランダから飛び降りて姿を消した。
ここは優しくエスコートしないんだなと無粋で乱暴な使い魔にジルは不安しか無かった。


こんな道があったのかと思うような通りを進みあっという間に宿舎へたどり着く。
北の最上階だよなと確認するとエレベーターに乗り込み部屋に向かった。
イリスの部屋に入るとベットに下ろし、ドレスを脱がそうとするので慌てて止める。
「なんだよ、このままじゃ寝れないだろ?」
「せやけど!自分で着替えくらいできます!
もう…化粧も落としたいし風呂入ってきますからここで待っといてください」
そう言うと慌てて出て行く彼女にククッと笑い猫の姿になるとイリスのベットで丸くなる。
脱衣所に逃げ込んだイリスは、あの人は一体何がしたいんやと煩い鼓動を落ち着かせようと服を脱ぎ浴室に入る。
化粧を落とし体を綺麗にすると自室に戻る。
ドレスをクローゼットに仕舞うとウィングが丸まっている自分のベットに潜り込んだ。
すると猫は目を開け首を持ち上げる。
体温を確認するように額に触れるとゴロゴロ喉を鳴らし、布団に潜り込む。
遠慮なく胸元に擦り寄るので思わず退く。
「猫の姿やからってえぇ事と悪い事があるで」
そう言うと不満そうにウィングは鼻を鳴らした。
そして思い出したように口を開く。
「眠れないならお前の話しを聞かせろ。
大分珍しい境遇だな、人間と人魚だなんて。
余程苦労しただろう」
どうやら先程口走ってしまった、自分が奇才の魔導士のオマケだという言葉が気になっている様子だ。
そんなん随分昔過ぎて忘れてしもうたわと言うと嘘だなと一刀両断された。
隠し事も許されないのかと自分の使い魔なのに主人以上にキレの良い彼に苦笑する。
「まあ、苦労したんかは分からんけどしんどかったんは事実やな…」
目を伏せがちに思い出しながら話す。
自分やジルを生んだ母は次第に帰らなくなった事、実子では無い自分を卑下し暴行し忌み嫌った父親は特に酷かった。
いつしか恐怖の象徴になり、大人の男性の顔色を伺い自分を隠す事を覚えた。
姉のジルエットは自分を可愛がってくれ庇ってはいたが、父に好かれ愛され、富や名声を得た彼女が羨ましくない訳はない。
もちろん姉の事は好きで大切な家族だが、たまにチラつく嫉妬心に自分が汚く思えて嫌になる。
「じゃあ俺のことも嫌じゃないか?」
人の姿になり胸元に抱き寄せられ、先程折角落ち着かせたドキドキが戻ってくる。
慌てて押し返そうとするが力では敵わずギュッと目をつぶった。
「う、ウィングは、特別や!
大人やけど優しいし甘やかしてくれるし、からかわれるんは困るけど…こんな大人は初めてやから…」
そう言われウィングは少し嬉しそうに微笑む。
大切な壊れ物のようにイリスの頭を優しく撫でる。
「…そうだな、おれもお前を気に入っている。
純粋で真面目な所とか、何より煩くないのが良いな。
あととても繊細で綺麗な容姿は俺好みだ」
そう言うと赤かった顔が更に赤くなりからかわんといて下さい…と困ったように言う彼女が可愛く思える。
実際はウィングの方が若いのだが、それは黙っておくかと心の中で思う。
あまりからかっても熱を上げるだけだとイリスを離すと、ギュッと服を掴まれ引き留められる。
そして何か言いたげに目を泳がせているので「なんだ?」と聞いてみた。
「…その、ホンマは私…
ずっと父親に愛されたかったんや…
ウィングに優しくしてもろてちょっと満たされたっていうか…
やからその…もう少し甘えさせて貰うてもえぇかな?」
熱が上がり浮かされてるのか?と額に触れてみる。
体温は先程と変わらず微熱程度だ。
どうするか戸惑っていると今度は向こうから胸元にすり寄って来たのでドキッとさせられる。
ハハッと楽しげに笑うと再び背中に腕を回し抱きしめる。
風呂上がりの彼女に良い匂いがするなと思うと、人前で寝ることなど無い自分がまどろむのを感じた。

夜中に様子を見にきたジルエットにウィングは叩き起こされ引き剥がされたのは言うまでもない。
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