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二章:魔導士協会

ファインは仕事の合間に教官であるフォルテに教わりながら炎の威力を上げる訓練をしていた。
詠唱も長くなれば乗せられる魔力も増え、発生する魔法の威力も上がる。
だがそれでは効率が悪い。
短い詠唱に多くの魔力を乗せるのだが、量の多い魔力はまとめ上げるのが難しく取りこぼし空気中に分散されでしまう。
見兼ねたフォルテが後ろからファインの杖を握り「こうするんだ」と詠唱無しに杖に魔力を込めた。
すると詠唱での指示が無いのに、彼の思った通りの種類と量の魔法が発現する。
炎が一気に吹き上がり火柱が高い天井までゴウッと燃え上がった。
凄いと背の高いフォルテを見上げると、後ろから抱きしめられる形になっている事に気付き赤面する。
それに気づいたフォルテはニヤリと笑うと、そんな顔してないで集中しろ!と頭を小突く。
むっとしながらも杖に向かい詠唱をする。
「灼熱の炎よ、火の柱となり燃え上がれ!」
意地になり無理矢理言葉にいつも以上の魔力を流し、魔法を発現させる。
するとフォルテ程とはいかないが、普段の倍の高さの火柱が立ち上がり、勢いに尻餅をついた。
「さすが成績優秀者だな。
物覚えが早くて教え甲斐がある。
真面目に教科書通りにやってるだけじゃダメなの分かるか?
言葉に自分の気持ちや感情を載せて無いと精霊達は十分理解してくれない。」
さっき見せたように言葉は無くても精霊にしたい事を理解させられるため、事実言葉にも縛りは無い事を伝えられる。
確かにフォルテのように詠唱を使わない人物もいるが、教本に乗るものが効率の良い言葉で有るとされ、別の文言を使う魔導士は今まで見た事がない。
むしろ詠唱無しで魔法を発現させられる人物の方が稀だ。
高尚な魔導士にしか不可能だろう。
それができるのは真理を覗いたからなのか、長く生きた賜物なのかは分からないが…
立ち上がると頭をポンポン撫でられ「まぁお前ならすぐ技術は身につくだろうし、もっと魔力量を増やすべきだな」と言われる。
気づけば魔力を半分以上使い疲労を感じはじめていた。
どうやら今日の訓練は終わりのようで、ふぅっと一息つき買っておいた飲み物に口をつけた所で声を掛けられる。
「なんでそんなに必死になって勉強してきたんだ?
そんなに魔導士になりたかったのか?」
そう聞かれ苦笑いする。
唯一の自分の教官で、長く生き色んなものを見てきた彼なら言ってもいいかと飲み物が入ったボトルを置いた。
「早く家から出たかったから…かな。
うちの両親はカルナ教の信者なんだ。」
カルナは魔術を見つけ実用化した人物であるとされている。
沢山の英雄伝が残るが、最後には傲慢と強欲に駆られ人を滅ぼそうとしたと記述には残されている。
しかしその記述も文献により内容が違い確証は少ない。
とても悲哀に満ちた人生とも書かれていたり、とても慈愛に満ちた存在だと語られるものもある。
実際に存在したには違いないのだが、あまりにも曖昧な存在だ。
そのためか神格化し崇める者達が教団としてカルナ教を設立し、彼が説いた魔術や思想を布教している。
その中でもファインの両親は狂信的で、生活の殆どをそれに捧げている。
自分も付き合わされる事が有り、将来はカルナ教の信者と結婚しなさいなんて言われ続けていた。
カルナのご加護と言われれば惜しみなく金を使い、何でも捧げていた異常な状況に、いつかは自分まで捧げられるのではと恐怖した程だ。
魔導士になったのはこの国でも高給で人気な職業であり、カルナが魔導士であったため親に反対されない事。
それから一番の理由は魔導士協会の職員になると、希望者には協会内に部屋が与えられ帰宅する必要が無い事だった。
「つまらない理由で情け無い話しだけどね」
と笑ってごまかすように言うとフォルテは眉間にしわを寄せた。
小さくカルナと呟くと忌々しそうに舌打ちする。
何やら因縁でもあるのだろうか。
しかしすぐに表情を戻すとポケットに入っていたメモ用紙に何かを書き出す。
それが鳥の形に変わると飛んで行ってしまった。
しばらくすると一人の下級魔導士がやって来てフォルテに書類を渡し二、三言話すと帰っていく。
「この仕事は俺の担当だったがお前に変更しておいた。
頭の固いお前にとって勉強になるだろ。
それに一度会わせておきたいと思っていた。」
書類を渡され目を通すと『深淵の魔導士への伝令業務』と記載されている。
思わず目を疑いフォルテの顔を見た。
カルナと同じように英雄伝の沢山残る魔導士の名前である。
こちらはまだ生きているとの話があり、しかし姿を見た者は少ない。
過去の国王に追われ怒りで国を滅ぼしてからは人里を避けどこにいるか分からないと聞く。
協会員では無いが監視がつけられているとも噂されていたが…
まさかそれが自分の教官で、しかも今後は自分が担当すると思うと恐縮してしまう。
先日から自分の常識を外れる人達に囲まれ休まる気がしない。

休憩を終え一息つくと、夕方町外れにある森へと足を向けた。
鬱蒼とお生い茂る木々や草花を見ると、子どもが足を踏み入れるにはあまりにも暗く陰湿な雰囲気だ。
本当に人が住んでいるのか首をひねりたくなる程で道など当然無い。
しかしフォルテはここに行けとそれだけ言った。
おそらくこれは教官としての課題なのだろう。
ひとまず森の中へ足を踏み入れてみることにした。
その様子を後ろからフォルテは悟られないように見守る。
右手でゴロツキの胸ぐらを掴んで憎たらしそうに顔を見た。
「全く、ヒヨッコは油断し過ぎなんだよ。
俺のモノになった自覚が無いな…
…しかし…俺たち長命の魔導士を狙う輩が増えてないか?
安心してお使いにも出せねぇ…」
ぼろぼろになったゴロツキを地面に放り投げると、くるりと見渡す。
そこには10人ほどの傭兵ともゴロツキとも付かない男女がフォルテに敗れ地に伏せていた。
「森に入ったならもう大丈夫だろう。
さて、楽しい拷問の時間だ。
全員は連れて帰れねぇし…どいつに聞こうか…」
そう言うと狂気に彩られた瞳で楽しげに笑った。

森に入ると淀んだ空気が晴れ、外から見た印象と違い清々しい日差しが差し込む。
街中とは違い精霊の数も多く、この森が豊かである事が魔導士の目からは一目でよく分かった。
どうやら自分は森に歓迎されたようだ。
精霊達も自分を嫌悪する事なく隣人のように穏やかに通り過ぎるのみである。
しかし道を案内するかの様に前を行き来するものもチラホラいる。
これ程はっきり精霊を目にしたのは初めてかもしれない。
なんて愛しい姿をしているんだろうと心が温かくなる気がした。
しばらく歩くと日が沈み始めた。
初夏の心地よい風に背を押されながら歩くと、誘導するようにランタンに火が灯る。
その先には古い屋敷がたっている。
生活感がありホッとする様な温かみがある。
本当にここに住んでいるのかと扉を叩くと直ぐに出迎えてくれた人物がおそらく『深淵の魔導士』なのだろう。
ひとまず挨拶を済まし、要件を伝える。
フォルテと同様若く変わらない容姿や、とても偉業を成し遂げた人物に見えない穏やかな性格に驚きを隠せない。
しかし功績を裏付けるように彼にまとわりつく使い魔には納得する。
一体でも契約するのに実力と負担を用する筈なのに、二体…しかも片方は絶対に従属しないとされるヴァンパイアで肝を抜かれた。
自分の常識を悠々と飛び越える彼に、まだまだ自分の世界は狭いんだなと感心する。
「担当が変わったって事は…君はフォルテの弟子か部下なのかな?
彼は扱いづらいだろうけど、戦闘や人の心理に関したら随一だ。
とても勉強になると思うよ。頑張ってね」
穏やかに微笑む深淵の魔導士クロトになんだかホッとする。
しかし次いで彼がファインの顔をまじまじと見ると、少し難しい顔をした。
「フォルテは君を弟子にした理由を言ってたかな?」
そう聞かれ首を横に振ると「そうか」と短く言い苦笑いをする。
高尚な魔導士に会うたびに自分の事を興味深そうに、そして驚いたように見るのでなにか有るのかと凄く気になる。
しかしクロトに聞いてもフォルテが黙ってるなら俺から言える事はないかな、と笑って誤魔化されるだけだ。
少し不服に思いながらも、自分には計り兼ねるような理由が有るのだろうと無理矢理納得する。
彼らは悪い人には見えず、自分を悪いようにはしない。
むしろ守ってくれているようにも思えていたため、無粋に聞くのも良くないと口をつぐむ。
不安そうな不服そうな心情が分かったのかクロトは「君はいい子なんだね」と子どもをなだめるように頭を撫でられた。
「もう暗いし協会まで送るよ。
仕事は受ける事と手紙を後で送る事をフォルテに伝えてくれるかな?」
そう言うと片手を前に突き出す。
ファインの足元に魔方陣が展開すると一瞬光に包まれ、眩しさで目を閉じる。
目を開くとフォルテの執務室前に立っていた。
なんだか疲れを感じはぁ、と肩を落としながら扉を開く。
が、そこに自分の教官の姿は無い。
既に日も落ちたのでとっくに上がったのかと思い、伝言を頼まれたしなぁとどうするか思案する。

伝言の魔法を飛ばしてもいいが深淵の魔導士に関する内容だ。
途中で別の人に魔法を阻害され内容を見られても困る。
一応その魔法で帰った事と、報告のためフォルテの自室に向かう事を紙に記載し飛ばした。
そう言えば彼の部屋に行くのは初めてだ。
何百もの魔導士が住まう寮の最上階フロアに彼の住まいがある。
緊張でエレベーターのボタンを押す指が震える。
一体幾ら給料を貰えれば最上階などに住めるんだと思いながら彼の部屋の前まで来た。
最上階南側のワンフロアが彼の家のようで、エレベーターを降りたところから既に高級感が漂う。
チャイムを押しても反応は無く帰宅していない事が分かる。
勝手にここまで来て良かったのか頭を悩ませているとエレベーターの扉が開き、フォルテがやって来た。
振り向いて彼を見ると、なぜかジャケットは脱ぎ土で汚れ服は乱れている。
驚いて近寄り「何があったんですか!?」と心配した顔をすると優しく笑われる。
「別に心配する事はねぇよ。
久しぶりに体を動かしてストレス発散しただけだ。
シャワー浴びてくるから適当に飲み物でも出して座って待ってろ。」
そう言われ家の中に引っ張られるとリビングに押し込まれる。
広いリビングキッチンに大きなテレビ、夜景の綺麗な大きな窓…キザらしい彼にぴったりな高級感のある室内に緊張してしまう。
冷蔵庫を開けるなんておこがましいと思いつつ、二人分のコップを拝借しお茶と氷を入れると、ソファに座って彼を待った。
しばらくして彼が風呂場から上がると、上半身裸で何でもないように入ってくる。
「なっ…!来客がある時くらいは上を着て!」
「別に良いだろ、恥ずかしいものでもねぇし。
俺の分まで飲み物用意したのか、気がきくな」
嫁にしてやろうかと冗談交じりに言うので顔を赤くし「ふざけんないでよ!」と怒る。
そして初夏とはいえ風邪を引くよとソファに座るよう促すと、フォルテは何だ?と言われたようにする。
シャワー中に見つけていたドライヤーと彼が持っていたタオルで髪を乾かしにかかると、驚いた顔をされた。
「…で、何であんなに服が汚れてヨレヨレだったの?」
「どうでも良いだろ…いや、良くないな。
お前、協会から出歩く時は気をつけろ。
狙われてるぞ」
はぁ?と声を漏らすと全然気づいてなかったのかと呆れたようにため息をつかれる。
実際狙われているのは俺だがなと言いながら、頭を撫でられる感覚に目を細め穏やかな表情をした。
もしかして自分が気づかない間に守ってくれていたのかと思うと嬉しくなる。
ワガママで自分勝手に何でも決めてしまう彼だが、懐に入れたものには愛情深いのだなと思うと自然と笑みがこぼれた。
「お前の方はどうだったんだよ」
「あ、うん。
仕事の依頼は受けてくれたよ。
報告書には無かったけど最近2体使い魔契約をしたみたい。
本当は秘密って言われたんだけど…フォルテだから良いか
ヴァンパイアと黒猫の兄弟だってびっくりしちゃった。」
後で手紙を書くと言ってたよとドライヤーのスイッチを切り、ちゃんと乾いたか髪を整えながら確認しているとフォルテは「アイツも面白そうな事してるな」と何かを考えながら呟く。
目をつぶって思案を巡らしたまま動かないのでどうしようか困っていると、ふと自分が空腹なのを思い出す。
しばらくしてフォルテが正気に返りはっと目を開くとファインが覗き込んでいた。
時計を見ると1時間は考え事をしていたようだ。
こんなに近くに寄られても気づかないとは…
余程自分がこの弟子に気を許しているのだなと苦笑いする。
待ちかねたのかファインもジャケットを脱ぎ楽にしていたようで…いや、ジャケットが汚れないために脱いだのだろう。
テーブルにいつの間にか作られた料理が並べられている。
「悪い、考え事をしていた。お前が作ったのか?」
「うん、もう帰っても良いか分からなかったし…
考え事邪魔するのも悪いし、でもお腹空いちゃって。
勝手にキッチン使ってごめんね」
そうおずおず聞くので頭をポンポン撫でる。
手料理なんて何十年ぶりかな…と呟くとファインは驚き体に悪そうと言うのでニヤリと笑って頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。
うわっと小さく声を上げた彼女の肩を掴むとイタズラを思いついた子どものように悪い顔をし、楽しげに言った。
「そうだな、お前ここに住め。
狙われてるならどうにかしてやらなきゃとは思ってたんだ。
家賃や生活費は俺が出す。
お前は金を払わなくて良い分家事をしろ。分かったな?」
いつものように有無を言わせず勝手に決めてしまい、驚いたファインは空いた口が塞がらない。
どんどん自分の周りを固められている気分だ。
いや、実際そうなっている。
空き部屋にベットが届くまでは俺のベットで仲良く寝るかとか言い出すので、届くまでは元の自室に居ますから!と声を上げると逃げるようにエレベーターへ向かった。
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