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二章:魔導士協会


「おい、お前学生か?」
後ろから声を掛けられ振り向くと、やたらと顔のいい20代の男性が立っていた。
周囲の女性が色めき立ち、話し掛けられた自分も一緒に吟味するように見られて気まずい。
彼の着崩した国家魔導士の仕事着には銀色の紋章がつけられ、この歳にして既に上級魔導士であることが分かる。
下級魔導士でありまだまだ教官と呼ぶ上司の元仕事を学んでいる自分には遠い存在だ。
「私は第三部隊に所属したばかりの下級魔導士であります。」
向き直り敬礼をして答えると、ふーんと体を上から下まで舐めるように見る。
コンプレックスでもある豊満な胸を隠すのは我慢したが、不快感につい眉がピクリと動く。
それに気づいた彼は面白そうにニヤリと笑うと「へぇ」と声を漏らした。
「明日から俺の部屋に来い」
「なっ…そのお誘いにはお応え出来ません!」
反射的にそう答えると、ククッと笑われ頰に触れられる。
ビクッと体が震えるが上級魔導士に逆らえずじっと見つめ返すと、何か思ったのか気が変わったような顔をする。
「明日絶対俺の部屋に来い。
第三部隊にはこちらに移籍させることは伝えておく。
フォルテ・ランフォードの部屋と言ったらすぐ分かるだろ?
ちなみに拒否権はねぇからな」
その名前を聞いた瞬間、ファインは言葉を失った。
『謀略の魔導士』だ。
非常に頭のキレる魔導士で全盛期には戦場に参謀として活躍し、多くの国民を守りまた多くの敵を殲滅してきた人物だと知られている。
学生の時誰の所へ所属するのか友人との会話に勿論彼の名前も上がった。
容姿から取り分け女子達に人気のあったが、女癖が悪いだの規律を守らないだの…そういう噂が絶えず信用ならない。
また、弟子や部下はある日を境に取っていないと聞く。
それは彼の時が止まってしまってからだ。
真理に愛され真理を覗いてしまった魔導士は人としての時間が歪み老いでは死ねなくなるのだとか。
実質彼が何歳なのか知るものは少ない。
100歳はとうに超えていると聞いている。
本当に彼がフォルテ・ランフォードなのか疑いたくなる若さだが、その見た目年齢で上級魔導士であるのは彼なら納得いく。
そのような不真面目を描いたような偉人がなぜ真面目を体で表した自分を選ぶのか疑問しかない。
「なぜ私なのですか…?
まさか噂通り体目当てでは無いですよね」
「なかなか度胸あるなお前。
俺に向かってそんな直接的な言い方する奴居ないぞ?
俺が育てたら伸びると思ったんだ。
それで良いだろ。
勿論体も俺好みだが、3割は性格だ。」
それ7割は体ですよね?と冷たい視線を送るとよく分かってるじゃねぇかと気にするでも無く言う。
少し離れた女子達の取り巻きには会話は聴こえておらずホッと安心する。
ポンポンと肩を叩かれると彼は逆らうなよと言いたげな笑みを浮かべこの場を後にした。


翌日、フォルテの部屋の前に来て頭を抱える。
第三部隊に確認を取ると既に移籍済みで私の居場所はそこには無かった。
さすが有名人、自由だなとため息をつくと自分が来たことに気づいたのか独りでに扉が開く。
魔法の力で強制的に体が引っ張られ入室させられた。
そのままフォルテのデスクの前まで連れられる。
不服そうな顔をしていると、彼が立ち上がり使っていないデスクの上に書類をドサリと置いた。
「今日からお前は俺の教え子兼秘書だ。
俺の命令にはしっかり従えよ?
任務に行けと言われたら行く、秘書として付き合えと言われたら俺から離れるな。
分かったか?」
成績優秀なお前には簡単だろ?と挑発するように言うのでついムッとするが、今後長い付き合いになる人と争っても損しかない。
勝てる見込みが無いなら尚更だ。
「改めて初めまして。私はファイン・グランデです。
教官から教鞭を執って頂け非常に光栄に思います。
下級魔導士で至らないでしょうが、どうぞよろしくお願いします」
頭を深く下げると、ポンと頭を撫でられ驚き顔を上げると、つまらなさそうな顔をしたフォルテが目の前にいた。
そしておもむろに胸を鷲掴みされ、思わず手を払いのけてしまう。
「な、何ですか!セクハラです!」
「お前は真面目過ぎだ。
感情を出してた方が可愛げがある。
俺の前ではそうしてろ。
そんな硬い頭してたら見えるものも見えなくなるぞ」
信じられないと眉間にしわを寄せてため息をつく。
どんなに無礼でも偉人で上級魔導士だと礼を尽くそうと考えていたが、先程の行動と言葉でファインは取り繕う事をやめた。
大きくため息をつくとじっとフォルテの顔を見る。
「じゃあ遠慮なく二人の時は名前で呼ばせてもらうから。一体私をどうしたいの?
こんな有名人に見初められるいわれはないんだけど」
そう言うとまたそれかとため息が漏れる。
そして今は言えないと顔を反らす。
突然移籍したのはやはり何か裏があるんだなと、フォルテが何を考えているか分からず不安な顔をする。
それに舌打ちをしたかと思うと、グイッと引っ張られ抱きしめられる。
「別にお前が気にしたところでどうこうなる事じゃねぇよ。それに俺が目を掛けてやってるんだ。
謀略の魔導士が付いてりゃ怖いものなんて無いだろ」
どこから湧いてくる自信なのか…そしてなんとも頼りになる言葉にファインはふふっと笑う。
戦を幾度も勝利へ導いた英雄に、誰もがその名を知る偉人に言われると嫌でも安心する。
意外と優しいんだねと優しく微笑むと、フォルテは驚いた顔をし、また顔を反らした。

頭が硬い、真面目過ぎるとフォルテに言われ、一番上のボタンを一つ開けてみる。
ぱつんと弾けるようにボタンが外れると、二番目のボタンが豊満な胸に引っ張られ悲鳴を上げるのを見て、やはり辞めておこうと再び掛け直した。
いつの間にか部屋に帰っていたフォルテにそれを見られ笑われてしまう。
ここ数日はフォルテの仕事に付き合いあちらこちらに顔を出していた。
その度に自分を連れている事に驚かれ、その度に自分が普通の真面目なだけの下級魔導士である事にまた驚かれる。
それだけで彼が協会内でどう思われているのか一目瞭然だ。
その度にフォルテを見るが何十年もの事で慣れてしまっているのか気にならないのか…表情も態度も変えることはない。
若い見た目に忘れそうになるが、この人は麻痺してしまう程に相当な年月を重ねてきたのだなと感じる。
死ねないという事と長い長い時間を過ごす悲しみと苦しみはいかほどのものなのだろうと、考えてみても途方もなく至らない。
あまりにも彼を知らな過ぎるなと、まずはそこから取り掛かろうと決める。
彼の普段の仕事と言えば知恵を貸す事だ。
部隊の編成や戦略、それから怪物への対応など。
次に多いのが罪人の処分や尋問。
これには自分を連れて行きたがらず、部屋に残し課題や書類処理を押し付けていくためまだ内容を知らない。
それ以外では基本私の新たな魔術獲得を手助けしたり、ふらりと居なくなったと思うと飲屋街に出ていたり自室で寝てサボっている。
不真面目な上級魔導士といった感じもするが、業務はこなしており案外律儀だなと思う。
仕事をしていないように見えるのは効率が良くあっという間に片付けてしまい時間ができるためだ。
その時間をふらふらとナンパをしたり、余計な事をしたり眠って過ごすためそう見える。
初めて会った時は良くない噂のため警戒したが、意外と悪い人では無い事実に信頼が芽生えていた。

フォルテが一息ついている中、任された書類処理を進めていると勢いよくドアが開かれる。
威勢の良いメガネの女性が楽しげに飛び込んできた。
魔導士協会で彼女を見たことが無い者は居ない。
この協会の長であり奇才の魔導士として名を馳せるジルエット・クローバーだ。
人間では深淵の魔導士に次いで長命で300歳近くになると聞く。
真理を覗いた者同士親交があるのだろう。
ポカンとしていると彼女はファインを見てニコリと笑いかける。
フォルテは鬱陶しそうに背もたれから体を起こすと睨みつけるようにジルエットを見た。
「何の用だ。別に体にも状況にも変化はねぇよ」
「嘘だよね?
部下を取ったって聞いたから見に来たの。
ふーん、この子が……
…!あなた。まさか」
「おい!余計な事は言うな」
何を言おうとし、何を口止めされたか分からないが、きっとそれはフォルテが自分を選んだ理由なのだろうと感じる。
ジルエットはフォルテの顔を見てふぅっと困ったようにため息をつくと腕を組む。
しばらく考えた後、またファインの顔を覗き込んだり体を見たり魔力を確かめた。
「…うーん、どう見ても普通の子なんだけど…
何でかしら。」
「もうお前帰れ…俺の邪魔をするな」
頭が痛いと言うように眉間を押さえながらイライラした様子で言う。
しかし興味があるのか好奇心が抑えられずファインを触りに触って確認している。
ファインも組織内で一番の偉い人間相手であり、同じ女性だし良いかと好きにさせていたが、フォルテが「俺の物にあまりベタベタ触るな」と声を低くして言うので驚いた。
「ずっと部下取らないから余計に独占欲強くなってるんじゃないの?大丈夫?」
「うるせぇ、俺様の部下なんだから俺様のものだ。
当然だろ」
呆れたように言われフォルテは舌打ちをする。
いつから自分は彼のものになったんだと思うが、相当な有名人に、かなりのイケメンに独占されるのも悪い気はしない。
そんな考えがよぎり顔が熱くなるのを感じた。
その様子にジルエットはははーんと声を漏らす。
「こんな可愛らしい子で遊んじゃダメよ?
私たちと違ってまだ少ししか時間が経ってないんだから。
大切にしてあげてよね。」
それに何か返そうと口を開いたが、廊下からバタバタと走る足音と、部屋の扉が開かれた事でフォルテは口を閉じた。
息を切らしていたのは、赤いメッシュにアルビノの女性だ。
「ジル!また仕事放り出して何しよるん!
気になるなら終わらせてから伺っても遅うないやろ?
あぁ、フォルテ、また迷惑掛けてもうたな…
さっさと連れて帰るから堪忍な」
おもむろにジルエットの頰をつまむと、あの協会の長が涙目になりながら謝る姿は何とも微笑ましく、威厳は無い。
アルビノの女性はファインにも向き直り「えらいすみませんでした」と頭を下げる。
ファインはそれにふふっと笑った。
「有名人ばかりでビックリしたけど…
みんな優しいし、新しい出会いはなんだか楽しいな。
フォルテが言った通り私は頭が硬いから、もっといろんな事を知っていかなきゃいけないね」
そう言った後敬語が抜けていた事に気付き「すみません、失礼しました」と慌てて口を抑える。
しかしジルエットは無礼と取らず、むしろファインを抱きしめて「凄く良い子!私が欲しい!」と言い出すのでフォルテとアルビノの女性に引き剥がされた。
「申し遅れました。
私はファイン・グランデと申します。
下級魔導士で修行中の身ですが、覚えて頂けたら嬉しいです。」
「こちらこそ。
ジルの事は知っとるよな?
私はジルエット・クローバーの妹、イリス・クローバーや。
父親違いの姉妹でな、私は人魚と人間のハーフやねん」
人魚と聞きファインが目を輝かせるとイリスはくすぐったそうに微笑む。
どうやら陸にいるときは人間の姿になるらしい。
水に浸かるとたちまち下半身が魚へと変貌する。
また機会があったら見せてあげると言われ、思わずやった!ありがとうと声を上げていた事にハッとした。
「えぇよ敬語とか気にせんで。
こんだけ長生きしてたら畏怖して誰も寄り付こうとせんねん…だから友達ができて嬉しいわ」
そう優しい顔で言われ、ファインは嬉しくて頰が緩む。
それを不満気に見ているフォルテが視界に入り、一体なんなんだと思いながら首を傾げた。
それを感じたのかイリスもフォルテに微笑むとジルエットを引っ張って部屋から出て行った。
嵐が去ったような感覚に苦笑いする。
しかし先程の彼の反応には違和感を覚えた。
自分を選んだ理由はきっと教えて貰えないのだろうと諦めているが、あんなに私に固執しているのは何故だろうと気になった。
それも選んだ理由の一つなのだろうか…
じっと顔を見ているとなんだよとため息混じりに言われたのでニコリと笑い返す。
「フォルテって…私の事好きなんだね」
「はぁ?んなわけねぇだろ。
生まれて間もないヒヨッコに恋愛感情が湧くかよ」
教官として保護対象として言ったんだけど…
とは思ったが言わないで苦笑いした。
きっとモテる男だから女性から向けられるのは大半が恋愛感情なのだろう。
この容姿なら自分から好きになったりしなくても手に入るのも分かる気がする。
いつも側には居るが、到底自分には手の届かない存在なのは分かっている。つもりだ。
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