1年目

「カインは眠らせた。
付いてくると言いかねないからな。
ミドルは俺に付いてこい、一年坊主共はカインを見てろ」
「お断りします。一緒に行かせてください。」
そう口にすると先生はゆっくりとカインをソファーに寝かせてタオルケットを掛ける。
彼女から目を離さずに「ダメだ」と当然のように口にした。
その言葉に間を入れず「エクスペリアームズ」と杖を向けて唱える。
するとウィングの杖は宙を舞いクロトの手に収まった。
先生は驚いた顔をするが、すぐにハッと笑い立ち上がる。
「もうそんな呪文を覚えたのか。
これは闇の魔術に対する防衛術はグリフィンドール生1の成績を付けてやらなきゃならんな」
いいだろう付いてこいと口にすると、クロトから自分の杖を取りサッと部屋から出て行ってしまった。
後を追いかけるように付いていくと、ミドルがルキの手を引いて連れてきてしまったので驚いた。
彼は「一人除け者は可哀想でしょ?」とウィンクすると、ルキの肩を抱きながら走る。
ルキが走りにくいとグイグイ押し返しているが、ミドルはなぜかそれも嬉しそうに受け入れている。
そんな二人を横目に先生の後を全速力で追いかけていると、初めて被害者が出た廊下へとたどり着く。
「アパレシウス」
ウイングが腹に響く声で唸るように言うと、暗い廊下にボンヤリと漂う粒子のようなものが現れた。
「なんだこれ…」
「血の匂いだ。目に見えるようにした。
この辺りが怪しいと踏んではいたんだ。
何故だか分かるか?」
この廊下は食堂にほど近い場所に位置している。
カルファーが噛まれたのも食堂から続く廊下だった。
そして食堂の帰りに通りかかる空き教室…それが今回の犯行現場である。
他の被害者は屋外で襲われていたが、屋内では明らかに食堂付近が多い。
なるほど…それでこの場所で血の匂いを…
「ちょっと…ウィング…!」
今まさにその跡を追おうとしている時に、女性の声が飛んできた。
全員がそちらを向くと、仁王立ちをしたジルエットがこちらを睨みつけている。
この最高のタイミングで最低な出来事だとウィングは頭をガシガシ掻きながら何だ?と返事を返す。
「イリスに何かしたでしょ!
あの子昨日からボーっとして、あっちにぶつかり…こっちに蹴躓いて怪我しないかヒヤヒヤしてるのよ!」
「あぁ…昨日イリスが腰砕けて立てなくなるまでずっと『可愛い』と言ってみたんだ。
本当に足が立たなくなって、顔を真っ赤にしていたから面白くてな」
それを聞いたジルエット先生は、妹で遊ばれた事に怒り、胸をドンドン叩いてくる。
ウィングはそれを受けながら、こちらを見ると顎で早く行けと合図した。
それを見たミドルは「行こう」と声を掛けて匂いの跡を辿った。


電気は修理されたが、今は使われておらず消されていて暗い。
杖に灯る明かりと匂いの粒子を頼りに辿っていく。
しかしそれは突き当たりに行き着き、壁をすり抜けてまだ向こうへ続いていた。
「コンフリンゴ」
クロトが壁に杖を向けて呪文を唱えると、小さな爆破が起こり壁が崩れ、その先に扉が現れた。
「クロトって呪文好きなの?
まだ1年生なのになかなか過激なの知ってるねぇ」
「本が好きなだけだよ。
カインに貸した本に載ってたでしょ?
それをたまたま覚えていただけだよ」
たまたま覚えてたで練習もせず?とミドルが苦笑いする。
とんでもない魔法使いを見つけてしまったなと、思いながら杖を構えた。
中にいるなら今の爆発音で自分達が来たことに気づいているだろう。
壁には小さな隙間が空いており、犯人はそこから出入りしているのだと推測できた。
ミドルがルキを自分の背後に庇いながらドアノブをゆっくりと捻る。
扉が開ききると見える中は真っ暗だ。
杖の光で照らすと壁3面は棚になっており、そこには瓶がいくつもあるのが分かる。
瓶の中身は真っ赤な液体が入っており、ラベルには「11月グリフィンドール1年生女」「12月グリフィンドール1年生男」など書かれている。
おそらく襲われたファインやカルファーの事だ。
ファインの瓶は並々としているが、カルファーの方は半分も入っていない。
そして、端に何も入っていない新しい瓶が有った。
ラベルには「6月ハッフルパフ1年生女」と書かれていたので、自分の大切な人の事だと分かると怒りが背中を駆け巡る。

ふと部屋の隅でモゾっと動いたモノが立ち上がり、それが人間である事に気がつく。
青白い肌に長い髪…やたらと高い身長…
不健康そうな男は自分達を見るとニタァと笑った。
「なんだ…上手くいっていたのに見つかってしまったか…
それにしても…教師ではないとは…好都合だ!」
そうブツブツ独り言を呟くと杖を振った。
すかさずミドルが杖を振ると、二人から発した光がぶつかり合い弾け飛ぶ。
何度か繰り返し攻防をしていると、クロトが杖を構え、先程ウィングにしてみせたように呪文を唱え杖を奪った。
「1年生に杖奪われちまうなんて大した事ねぇのな」
ポツリとルキがそう呟くが、男はまだ余裕のある顔をしている。
彼がビクっと身体を震わすと、どんどん身長が低くなり服だけを残し姿を消してしまった。
闇に紛れてわずかに聞こえる羽音だけが部屋に響く。
ルキが杖を上に振り上げると、薄い膜のような防御壁が出現し、何かがバン!っとぶつかって離れた音がする。
「アニメーガスは一般的な変身術と違い呪文も杖も必要無い…
暗闇では目が効く生き物なら、列車でミドルが見たコウモリは妥当だね」
クロトの言葉にそうだねぇ…とミドルが言うと、身体をひるがえし足元から次第に大蛇へと姿を変える。
ズルリとルキの体に足元から這い上がると、瞳を覗き込んでくる。
そして暗闇の方へと首をもたげると、チロリと舌を出した。
どうやら体温を感知するヘビの目には闇は関係なく、居る方向を示すように首を動かす。
「おい、さっきまでぶつかってきてたのに全然来なくなったじゃねぇか!」
「…おそらくミドルの姿のせい…だろうね」
コウモリの天敵は蛇だ。
ルキが防御壁を解き、すかさずクロトがミドルの指し示す方角へ杖を振った。
バチっと音がしたあと、キュゥ!と何かが鳴く。
それを聞いた大蛇がルキの体から飛び出し、大きな口を開いて何かを一飲みにした。


来た道を少し戻ると、ようやくジルエット先生から解放されたウィングが疲れた顔で自分達を見る。
蛇姿のミドルの腹がぽっこりと膨らんでいるので「消化しちまうつもりか?」と掴み上げると、ブンブン振り回し、中身を吐かせた。
出たのを確認すとミドルの事は適当に床に放り出し、体液でドロドロになったコウモリに拘束の魔法をかけた。
「ひどい…もっと優しくして欲しかった…」
人の姿に戻ると床に寝そべったままグッタリするミドルを他所に、ウィングはクロトから犯人の杖を受け取る。
ルキがミドルに近寄り「大丈夫かよ…」と手を差し出すと、嬉しそうに礼を言って身体を起こしていた。
「さぁ、何でこんな事をしたか話して貰おうか…」
最初は何で答えなきゃいけないという態度だったが、先生が杖でグリグリとコウモリを突くと、震えながら動機を話す。
どうやら吸血コウモリの吸血衝動が抑えられ無いらしい。
それも理由の一つなのだが、本当の理由は自分はとても力が弱い魔法使いであるため、他の魔法使いの血を飲み、力を得ようとしていた。
低学年ばかり狙い、力を少しずつつけたら高学年もと考えていたようだ。
ただ、本当にそれで魔法の力が強くなるかは定かでは無い。
しかし彼はその考えに取り憑かれているようだ。
「今までは混血にマグルに…だから力が得られなかったのかも知れない!
次は純血だ!純血の血を飲めば!」
…そう口にした時、その場に居た3人の男の、細く何とか保ってきた琴線がキレたのをルキは聞いた。
ルキははぁ…とため息を吐くと、ほどほどにしろよと声を掛ける。

ウィングの部屋へ戻ると物音にカインがゆっくりと目を覚ます。
ぼんやりしたまま身体を起こすと、こちらを見て目が一気に覚めたという顔をした。
…魔法を打ち合った結果、三人のローブに火花が飛び散り若干コゲてしまっているからだろう。
何か文句を言おうと眉間にしわを寄せたが、彼女はハッとし自分のスカートをめくる。
「痣…消えてる…!」
嬉しそうにカインが声を上げるが、それを見た瞬間顔を直ぐに反らした。
ミドルがひゅーっと口笛を鳴らすと、ルキも気づいたのか慌てて後ろを向いた。
「カイン、ピンクの下着とは随分可愛らしいな」
ウィングが捕まえたコウモリを鉄製の鳥かごに押し込みながら平然と言う。
カインはそれを聞くと顔を真っ赤にして慌ててスカートを下げる。
ミドルが「恥ずかしがらなくても綺麗な足してるし、男はみんな喜ぶよ」と慰めのつもりなのかそう声を掛けると、「嘘でも見てないと言ってくれ!」と怒られていた。
鳥かごにしっかり鍵を掛けたのを確認すると、ウィングは学校長、副校長を呼び出しの電話をかける。
全員経緯を説明するため残れと言われ、まだ帰られそうにはなかった…
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