Domsubユニバース
「説明しようと思うと、色々と複雑で長くなってしまうから、端的に言おうと思う」
「おう。言ってみな」
「まず、オレは地球人ではなく、人理から外れた外宇宙の存在だ」
「ほう。まあ、なんであろうと戦士なら大歓迎だな」
「オレはUsual寄りのSwitchだが、おそらくはテスカトリポカに影響され、お前が相手だと第二性がSubになる。他者については変わらない可能性が高い」
「第二性ってのも複雑だな」
「これが一番重要だ。オレの目的は、地球を破壊してでもカルデアを破壊しなければならない。宇宙と、何より地球人類自身の尊厳及び名誉のために」
「そこ流石にもうちょっと説明が欲しいが、どうせ話すと長くなるとか何とか言いそうだな」
「その通りだ、よく分かったな」
「オマエが分かりやすいんだよ」
呆れた様子で吐き捨てて、テスカトリポカが盛大にため息をつく。デイビットとしては、今の説明で本日しなければならないタスクを終えたこととなるため十分に満足である。テスカトリポカからしてみればもっと詳細な説明をと思うのだろうが、5分間という制限があると、どうしても効率的にこなすことを意識しなければ計画も何もなくなってしまうのが辛いところなのだ。なので、テスカトリポカには諦めてもらう他ない。
「何か疑問点はあるだろうか」
「ありまくりだが、かと言って根掘り葉掘り聞いてもオマエに5分という制限があるのなら、回答したことも忘れる可能性は高いだろう。それなら、オレもひとまずは重要なことだけ覚えておくとするさ。できないことについて議論をしたってどうしようもないだろう」
「理解が早くて助かる」
「おうよ。オレの寛容さに感謝しておけ」
「うん、ありがとう。それで、もう一つ相談するべきことがある。オレの、第二性についてだ」
「ああ、オレの影響でSwitchからSubにオレ相手だとなるみたいだ、ってやつか」
「そうだ。本来なら他の対象を用いて検証するべきだが、そもそもこのミクトランの地で第二性を持つとしたら、オレとテスカトリポカだけだろうから、検証は不可能だ」
「だろうな。ここは異聞帯。元の地球とは違うなら、そもそも第二性なんて存在もしないのが普通だろうさ」
「けれど、オレはもともとSwitchではあるが外部の要因によってDomやSubに切り替わるということが極端に少なかった。だから、今回テスカトリポカに反応しているのはイレギュラーなことだ」
「イレギュラーねえ。オレとしては大歓迎だが計画を遂行するためには無視してはいられない、ってか?」
「そういうことだ。オレには毎日五分しか記憶が出来ない。必要な分だけしか記憶する余地はない。第二性によって行動に支障が生じたとして、それを記憶していられるかは怪しい。忘れてしまえば不確定要素になり得る。オレには猶予があるとは言い難い、不確定要素は排除していくべきだ。だから、オレはお前と一緒にいることでどんな影響が出るかを理解して対策に努める必要がある」
「例えば?」
問い掛けるテスカトリポカに、デイビットはふむと思案する。知識自体はある。けれど、実際にSwitchからSubへ切り替わった経験が数える程しかないデイビットなので、経験が不足しているのだ。なにせ、召喚したサーヴァントが第二性を持っているだなんて思いもよらなかったのだ。それに、playを行なったわけでもないのにあんなに簡単にテスカトリポカの口にした命令に反応するなんて、予想外もいい所だ。
そして、第二性についてテスカトリポカもおそらくはデイビット同様知識はあれど、実際にDomとして振る舞い、Subと関わるといった経験はないものと思われる。元々がアステカの全能神。気軽に召喚に応じてくれるような安い神格でもないのだから、当然だ。だからこそ、テスカトリポカもわざわざ問い掛けているのだ。
「まずは、不測の事態を防ぐためにもplayは必要だろう。できるならどの程度であればplayなしでも平気か、互いがいる時にどの程度の支障がきたされるか。もしくはplayによって欲求を満たすことによって改善が見込めるのか。ある程度、情報はあった方がいい。分からないことだらけではあるが、playを試した方がいいだろうとは思う。テスカトリポカ、playの知識は?」
「聖杯からインストール済だ。まあ、知識があるだけだが」
「それはオレもだ。なら、今からplayをしてみるか」
「おうよ、そうこなくっちゃな。なら、最初に決めるべきはセーフワード、だったか」
言葉にデイビットは頷いた。セーフワードはDomのCommandが行き過ぎてしまわないように、DomとSubの間で決めておくものである。普段口に出さず、けれど咄嗟に口にできるような言葉であれば望ましいとされる。さて、何がいいだろうと思案するのに時間はかからなかった。
「なら、『ダディ』。オレにも昔、いたからな」
「そうかい。オマエがそれでいいなら構わん。他には?」
「そうだな。今回のplayはあくまでもお試しのようなものだ。過度なCommandは避けて欲しい」
「例えば?」
「性的な接触を要することや、肉体に過度な損傷を与える行為は避けて欲しい」
「分かった。なら、それで」
まあ、オレとしても戦いは好きだが無闇矢鱈と好戦的なわけでもないんだがなあ。そんなふうにぼやくテスカトリポカを無視して、デイビットはひとつ呼吸をした。
いまいち、Subであるという実感は薄い。けれど、コレから擦るのはplayで、目の前の男はDom。そして、play をしようと言い出したのがデイビットであるならば、何をされたって許容しなければならない。どうせ、このplayでの内容を記憶はできない。覚えることが出来ないと端から諦めている行為だ、忘れるのなら何をされたって問題はないだろう。
半ば言い聞かせるように胸中で繰り返す。それから、棒立ちのまま、テスカトリポカのCommandを待つ。テスカトリポカもDomとして振る舞うことは慣れていないはずだ。それなら、デイビットは待たねばならない。
そうして、思案している様子のテスカトリポカを待つ。視線の先、薄い唇がそっと動く。
「デイビット、Kneel」
命令だ。脳が認識するよりも早く、デイビットの身体はやはり動いてしまった。その場でぺたんと座り込んでしまう。やっぱり、Commandに従ってしまうということは、テスカトリポカの前ではデイビットはSubなのだ。そう自覚して、けれども煩わしくも思えるはずのこの状態が、何故か悪く思えずにデイビットは困惑する。悪く思うどころか、デイビットは自然と次の言葉を待ってしまっている。勝手なことをしてはいけないと、目の前のこの男に従わないといけないのだと、そんなに強迫観念に似たものさえ覚えてしまう。
コレがSubなのか。そんな感覚が怖くて、不安で、どこか期待をしているような。不安定に気持ちが揺れて、客観視することも難しい。
「Look。そのままStayだ、そのままいいと言うまで待て、だ」
そう言われたら、動けない。けれど、逆らうなんて以ての外。固定した視線の先、テスカトリポカがサングラスを外す。透き通った酷薄にも思える程の冷たい青の瞳だ。それなのに、熱く燃えるような印象を覚えるのは何故だろうか。見ていろと、待てと命令をされているからその瞳をじっと見ているしかない中、見れば見る程にその瞳からじわじわと熱が伝播してデイビットにも伝わってくるようにさえ錯覚する。ごくり、喉が鳴る。許されるなら目を閉じていたい。サングラスをかけたままでいて欲しい。理由は分からないが、この美しい双眸をずっと見ているなんて、デイビットには耐えかねることだった。けれど、見たままでいろとテスカトリポカは告げた。なら、目を閉じることも、瞬きすらもしてはいけない。だって多分、Commandとはそういうもので、Commandを破るのは悪いこがすることだ。
その一心で、デイビットはテスカトリポカの裸眼を直視し続ける。みて、みて、みて。きっと、一分にも満たない時間だった。けれど、デイビットには一分よりもずっと長く感じられたその時間は、ゆっくりと弧を描いた唇によって破られた。
「Good、デイビット。いい子に出来たじゃねえか。もう動いていいぞ」
ああ、褒めて貰えた。それだけで、デイビットは胸の内がふわりと暖かくなるような気がした。その緩んだ気持ちが身体にも影響したのか、脱力して、座り込んでしまう。
視線の先、サングラスを外したままの怖いくらいに蒼い双眸が、氷解するように眦を柔らかくした。そのまま近付いてきたテスカトリポカはよしよしと犬猫や子供にするようにデイビットの頭部を撫でる。ペットでもないし、もう子供でもないのだが。そうは思えど、撫でる動作はやけに優しくて、抗えない。気持ちよくて、もっともっとと求めてしまう。サーヴァントなのに、優しくできるのか。いや、感情があるなら優しくできるのは当然なのか。そんなことを考えつつも、されるがままになってしまう。
そんなデイビットをどう思ったのか。テスカトリポカはほんの僅か距離をとって、さあお好きにどうぞ。そう言わんばかりに手を広げて見せた。
「Come。ほら、こっちに来い」
「分かった」
ほんの数歩の距離をもだもだと歩く。けれど、手を広げられたってどうすればいいのか分からずに、テスカトリポカの正面で立ち止まり、視線を彷徨わせてしまう。
あまり、他人との接触には慣れていないし、5分間しか記憶できないことの弊害で、対人コミュニケーションの方法も分からない。テスカトリポカなら対神コミュニケーションの方が適切だろうけれど。
「デイビット。遠慮するな」
「遠慮はしていない。テスカトリポカこそ、Commandを使ったらいいのに」
「それもそうか。なら、Say。ほら、デイビット。どうしたいか教えてみろ」
教えて。そう、目の前のDomは言う。命令だ、従わないのは悪いこと。けれども、どうしたいかと言われてもよく分からない。分からないことは、言葉にできない。けれど、言わなくては。だって、目の前のDomにそう求められているのだから。
命令に従わなければという一心で、口をもごもごと動かそうとしては、上手く言語化出来ずに口を噤む。そんなことを繰り返していたら、テスカトリポカがやれやれと言わんばかりに苦笑した。
「言えないなら、少しだけお仕置が必要だな」
「……。わかっ、た」
お仕置き。その言葉に身体が緊張することを自覚する。けれど、仕方がない。言えと言われたのに、上手くいえなかった悪い子なのだ。それなら、何をされたって文句は言えない。肉体に過度な損傷は与えないで欲しいとは言ったから、なるべくなら痛くないことがいいとは思う。けれど、悪い子であるデイビットは何をされたって文句を言ってはいけない。
緊張のためか、呼吸が少しずつ荒くなっていく。握り締めた手のひらは汗ばんで、気持ちが悪い。ああ、どんな顔をしているか、見るのさえ怖くなってきた──そんな気持ちで目を閉じようとした、その時。
「お仕置だ、デイビット。そのままこっちに来な」
「テスカ、トリポカ?」
「ああ、これじゃあ分かりにくいな。そのまま腕の中に飛び込んで来い」
ほれ、と言わんばかりに再度腕を広げられる。けれど、お仕置きなのだからとふらふらと歩み寄って、大人しく身を預ける。何をされるのだろうかと思っていたら、テスカトリポカは金髪を耳に掛けた。それから、顔を近付けて。かの神は、我慢していろ。そう端的に告げて、デイビットの首筋に歯を立てた。
「……ッ、あ、ぐ、」
瞬間、首筋に痛みを感じた。鋭いものが、皮膚を突き破る感覚。人体の急所に傷が付けられているのだと理解して、お仕置きだとわかっていながらデイビットの腕は縋るようにテスカトリポカの衣服を掴んでしまう。いけない、皺になる。そう思うけれど、少しでも動いてしまうとみっともない声を上げそうで、掴んだ手を離すなんて余裕はなかった。
噛みちぎられている訳ではない。それならもっと痛みは酷いだろうから。けれど、歯型はついて、多分血だって出るんじゃないかと思うくらいには痛い。けれど、泣き喚くなんてできない。痛いなんて、言わない。だって、デイビットが悪い子だから、これは必要なことだとわかっている。
そうして、永遠にも思える時間の中、テスカトリポカは口を離した。離れた、と理解したデイビットの視線の先、かの神は労わるように傷口をひとつ舐めた。
「デイビット。今のお仕置きは、オマエがしたいことを言えなかったから、そのためのものだ。オマエはしたいことが分からなかったなら、分からないと言えばよかった。まったく、真面目だなあ、デイビット」
「うん。オレが、悪いんだ」
「変に気負うな。さっき噛んだので、お仕置きは終わり。オレもオマエも経験は浅い、だからCommandに背いたくらいで変に落ち込む必要はない。それに、最初のplayでCommandからお仕置きまでできたなら、効果を見るには上々だろう?」
「そう……なのか?」
「そういうことにしとけ。ほれ、お仕置きのあとはご褒美だ。偉い偉い。痛いのによく我慢できたな、デイビット」
「……ああ。がんばったんだ」
テスカトリポカがデイビットを抱き込む。本当は喜ぶことをしてやるべきなんだろうがそこまでオマエのことは知らないんだよなあ、なんて言いながら。幼い子供にするように背を撫でながら、抱き締められる。衣類越しに触れる体温はサーヴァントなのに暖かい。凭れかかってもテスカトリポカは平然としていて、やっぱりサーヴァントは身体のつくりが違うのだろうと思い知らされる。その手のひらが優しくて、褒められているんだ。そう気持ちが緩む。
言い付けを守れなかったけれど、ちゃんとお仕置きも受けたから、いい子になれたのだ。だから、こうして褒めてもらえている。けれど、本当は。お仕置きなんてされないいい子であるのが一番いい。でも、そんなデイビットのことも褒めてくれたのだから、テスカトリポカは駄目なデイビットのことも許して、受け容れて、褒めてくれている。
そう思うと、なんだか少しだけ残念な気持ちと誇らしい気持ちが湧いてくる。相反する感情だ。けれど、ふわふわとした気持ちになりつつあるデイビットには気にすることはできない。
「いい子だ。我慢して、偉かったな。Good boy」
「偉かったのか、オレは」
「そうだ。いい子だよ、オマエは」
えらい、えらい。こどもにするように、ぽんぽんと撫でられる。こどもじゃないのに。けれど、酷く落ち着いてしまうのはどうしてだろう。
褒めてくれるのが嬉しいのか、それとも他人の体温を感じてしまうからか。眠いとは思わないのに、心地良さに意識がふわりふわりと微睡んでいく。Commandにお仕置きまでされて、慣れていないことばかりだったからか。それとも、別の何かが原因か。分からない、考えることが出来ない。そのくらい、ふわふわと、意識が薄れる。
ぼんやりとした視線の先、優しげに見えた青い色にほんの少し、嬉しくなって。そのまま、デイビットは意識を飛ばした。
「おう。言ってみな」
「まず、オレは地球人ではなく、人理から外れた外宇宙の存在だ」
「ほう。まあ、なんであろうと戦士なら大歓迎だな」
「オレはUsual寄りのSwitchだが、おそらくはテスカトリポカに影響され、お前が相手だと第二性がSubになる。他者については変わらない可能性が高い」
「第二性ってのも複雑だな」
「これが一番重要だ。オレの目的は、地球を破壊してでもカルデアを破壊しなければならない。宇宙と、何より地球人類自身の尊厳及び名誉のために」
「そこ流石にもうちょっと説明が欲しいが、どうせ話すと長くなるとか何とか言いそうだな」
「その通りだ、よく分かったな」
「オマエが分かりやすいんだよ」
呆れた様子で吐き捨てて、テスカトリポカが盛大にため息をつく。デイビットとしては、今の説明で本日しなければならないタスクを終えたこととなるため十分に満足である。テスカトリポカからしてみればもっと詳細な説明をと思うのだろうが、5分間という制限があると、どうしても効率的にこなすことを意識しなければ計画も何もなくなってしまうのが辛いところなのだ。なので、テスカトリポカには諦めてもらう他ない。
「何か疑問点はあるだろうか」
「ありまくりだが、かと言って根掘り葉掘り聞いてもオマエに5分という制限があるのなら、回答したことも忘れる可能性は高いだろう。それなら、オレもひとまずは重要なことだけ覚えておくとするさ。できないことについて議論をしたってどうしようもないだろう」
「理解が早くて助かる」
「おうよ。オレの寛容さに感謝しておけ」
「うん、ありがとう。それで、もう一つ相談するべきことがある。オレの、第二性についてだ」
「ああ、オレの影響でSwitchからSubにオレ相手だとなるみたいだ、ってやつか」
「そうだ。本来なら他の対象を用いて検証するべきだが、そもそもこのミクトランの地で第二性を持つとしたら、オレとテスカトリポカだけだろうから、検証は不可能だ」
「だろうな。ここは異聞帯。元の地球とは違うなら、そもそも第二性なんて存在もしないのが普通だろうさ」
「けれど、オレはもともとSwitchではあるが外部の要因によってDomやSubに切り替わるということが極端に少なかった。だから、今回テスカトリポカに反応しているのはイレギュラーなことだ」
「イレギュラーねえ。オレとしては大歓迎だが計画を遂行するためには無視してはいられない、ってか?」
「そういうことだ。オレには毎日五分しか記憶が出来ない。必要な分だけしか記憶する余地はない。第二性によって行動に支障が生じたとして、それを記憶していられるかは怪しい。忘れてしまえば不確定要素になり得る。オレには猶予があるとは言い難い、不確定要素は排除していくべきだ。だから、オレはお前と一緒にいることでどんな影響が出るかを理解して対策に努める必要がある」
「例えば?」
問い掛けるテスカトリポカに、デイビットはふむと思案する。知識自体はある。けれど、実際にSwitchからSubへ切り替わった経験が数える程しかないデイビットなので、経験が不足しているのだ。なにせ、召喚したサーヴァントが第二性を持っているだなんて思いもよらなかったのだ。それに、playを行なったわけでもないのにあんなに簡単にテスカトリポカの口にした命令に反応するなんて、予想外もいい所だ。
そして、第二性についてテスカトリポカもおそらくはデイビット同様知識はあれど、実際にDomとして振る舞い、Subと関わるといった経験はないものと思われる。元々がアステカの全能神。気軽に召喚に応じてくれるような安い神格でもないのだから、当然だ。だからこそ、テスカトリポカもわざわざ問い掛けているのだ。
「まずは、不測の事態を防ぐためにもplayは必要だろう。できるならどの程度であればplayなしでも平気か、互いがいる時にどの程度の支障がきたされるか。もしくはplayによって欲求を満たすことによって改善が見込めるのか。ある程度、情報はあった方がいい。分からないことだらけではあるが、playを試した方がいいだろうとは思う。テスカトリポカ、playの知識は?」
「聖杯からインストール済だ。まあ、知識があるだけだが」
「それはオレもだ。なら、今からplayをしてみるか」
「おうよ、そうこなくっちゃな。なら、最初に決めるべきはセーフワード、だったか」
言葉にデイビットは頷いた。セーフワードはDomのCommandが行き過ぎてしまわないように、DomとSubの間で決めておくものである。普段口に出さず、けれど咄嗟に口にできるような言葉であれば望ましいとされる。さて、何がいいだろうと思案するのに時間はかからなかった。
「なら、『ダディ』。オレにも昔、いたからな」
「そうかい。オマエがそれでいいなら構わん。他には?」
「そうだな。今回のplayはあくまでもお試しのようなものだ。過度なCommandは避けて欲しい」
「例えば?」
「性的な接触を要することや、肉体に過度な損傷を与える行為は避けて欲しい」
「分かった。なら、それで」
まあ、オレとしても戦いは好きだが無闇矢鱈と好戦的なわけでもないんだがなあ。そんなふうにぼやくテスカトリポカを無視して、デイビットはひとつ呼吸をした。
いまいち、Subであるという実感は薄い。けれど、コレから擦るのはplayで、目の前の男はDom。そして、play をしようと言い出したのがデイビットであるならば、何をされたって許容しなければならない。どうせ、このplayでの内容を記憶はできない。覚えることが出来ないと端から諦めている行為だ、忘れるのなら何をされたって問題はないだろう。
半ば言い聞かせるように胸中で繰り返す。それから、棒立ちのまま、テスカトリポカのCommandを待つ。テスカトリポカもDomとして振る舞うことは慣れていないはずだ。それなら、デイビットは待たねばならない。
そうして、思案している様子のテスカトリポカを待つ。視線の先、薄い唇がそっと動く。
「デイビット、Kneel」
命令だ。脳が認識するよりも早く、デイビットの身体はやはり動いてしまった。その場でぺたんと座り込んでしまう。やっぱり、Commandに従ってしまうということは、テスカトリポカの前ではデイビットはSubなのだ。そう自覚して、けれども煩わしくも思えるはずのこの状態が、何故か悪く思えずにデイビットは困惑する。悪く思うどころか、デイビットは自然と次の言葉を待ってしまっている。勝手なことをしてはいけないと、目の前のこの男に従わないといけないのだと、そんなに強迫観念に似たものさえ覚えてしまう。
コレがSubなのか。そんな感覚が怖くて、不安で、どこか期待をしているような。不安定に気持ちが揺れて、客観視することも難しい。
「Look。そのままStayだ、そのままいいと言うまで待て、だ」
そう言われたら、動けない。けれど、逆らうなんて以ての外。固定した視線の先、テスカトリポカがサングラスを外す。透き通った酷薄にも思える程の冷たい青の瞳だ。それなのに、熱く燃えるような印象を覚えるのは何故だろうか。見ていろと、待てと命令をされているからその瞳をじっと見ているしかない中、見れば見る程にその瞳からじわじわと熱が伝播してデイビットにも伝わってくるようにさえ錯覚する。ごくり、喉が鳴る。許されるなら目を閉じていたい。サングラスをかけたままでいて欲しい。理由は分からないが、この美しい双眸をずっと見ているなんて、デイビットには耐えかねることだった。けれど、見たままでいろとテスカトリポカは告げた。なら、目を閉じることも、瞬きすらもしてはいけない。だって多分、Commandとはそういうもので、Commandを破るのは悪いこがすることだ。
その一心で、デイビットはテスカトリポカの裸眼を直視し続ける。みて、みて、みて。きっと、一分にも満たない時間だった。けれど、デイビットには一分よりもずっと長く感じられたその時間は、ゆっくりと弧を描いた唇によって破られた。
「Good、デイビット。いい子に出来たじゃねえか。もう動いていいぞ」
ああ、褒めて貰えた。それだけで、デイビットは胸の内がふわりと暖かくなるような気がした。その緩んだ気持ちが身体にも影響したのか、脱力して、座り込んでしまう。
視線の先、サングラスを外したままの怖いくらいに蒼い双眸が、氷解するように眦を柔らかくした。そのまま近付いてきたテスカトリポカはよしよしと犬猫や子供にするようにデイビットの頭部を撫でる。ペットでもないし、もう子供でもないのだが。そうは思えど、撫でる動作はやけに優しくて、抗えない。気持ちよくて、もっともっとと求めてしまう。サーヴァントなのに、優しくできるのか。いや、感情があるなら優しくできるのは当然なのか。そんなことを考えつつも、されるがままになってしまう。
そんなデイビットをどう思ったのか。テスカトリポカはほんの僅か距離をとって、さあお好きにどうぞ。そう言わんばかりに手を広げて見せた。
「Come。ほら、こっちに来い」
「分かった」
ほんの数歩の距離をもだもだと歩く。けれど、手を広げられたってどうすればいいのか分からずに、テスカトリポカの正面で立ち止まり、視線を彷徨わせてしまう。
あまり、他人との接触には慣れていないし、5分間しか記憶できないことの弊害で、対人コミュニケーションの方法も分からない。テスカトリポカなら対神コミュニケーションの方が適切だろうけれど。
「デイビット。遠慮するな」
「遠慮はしていない。テスカトリポカこそ、Commandを使ったらいいのに」
「それもそうか。なら、Say。ほら、デイビット。どうしたいか教えてみろ」
教えて。そう、目の前のDomは言う。命令だ、従わないのは悪いこと。けれども、どうしたいかと言われてもよく分からない。分からないことは、言葉にできない。けれど、言わなくては。だって、目の前のDomにそう求められているのだから。
命令に従わなければという一心で、口をもごもごと動かそうとしては、上手く言語化出来ずに口を噤む。そんなことを繰り返していたら、テスカトリポカがやれやれと言わんばかりに苦笑した。
「言えないなら、少しだけお仕置が必要だな」
「……。わかっ、た」
お仕置き。その言葉に身体が緊張することを自覚する。けれど、仕方がない。言えと言われたのに、上手くいえなかった悪い子なのだ。それなら、何をされたって文句は言えない。肉体に過度な損傷は与えないで欲しいとは言ったから、なるべくなら痛くないことがいいとは思う。けれど、悪い子であるデイビットは何をされたって文句を言ってはいけない。
緊張のためか、呼吸が少しずつ荒くなっていく。握り締めた手のひらは汗ばんで、気持ちが悪い。ああ、どんな顔をしているか、見るのさえ怖くなってきた──そんな気持ちで目を閉じようとした、その時。
「お仕置だ、デイビット。そのままこっちに来な」
「テスカ、トリポカ?」
「ああ、これじゃあ分かりにくいな。そのまま腕の中に飛び込んで来い」
ほれ、と言わんばかりに再度腕を広げられる。けれど、お仕置きなのだからとふらふらと歩み寄って、大人しく身を預ける。何をされるのだろうかと思っていたら、テスカトリポカは金髪を耳に掛けた。それから、顔を近付けて。かの神は、我慢していろ。そう端的に告げて、デイビットの首筋に歯を立てた。
「……ッ、あ、ぐ、」
瞬間、首筋に痛みを感じた。鋭いものが、皮膚を突き破る感覚。人体の急所に傷が付けられているのだと理解して、お仕置きだとわかっていながらデイビットの腕は縋るようにテスカトリポカの衣服を掴んでしまう。いけない、皺になる。そう思うけれど、少しでも動いてしまうとみっともない声を上げそうで、掴んだ手を離すなんて余裕はなかった。
噛みちぎられている訳ではない。それならもっと痛みは酷いだろうから。けれど、歯型はついて、多分血だって出るんじゃないかと思うくらいには痛い。けれど、泣き喚くなんてできない。痛いなんて、言わない。だって、デイビットが悪い子だから、これは必要なことだとわかっている。
そうして、永遠にも思える時間の中、テスカトリポカは口を離した。離れた、と理解したデイビットの視線の先、かの神は労わるように傷口をひとつ舐めた。
「デイビット。今のお仕置きは、オマエがしたいことを言えなかったから、そのためのものだ。オマエはしたいことが分からなかったなら、分からないと言えばよかった。まったく、真面目だなあ、デイビット」
「うん。オレが、悪いんだ」
「変に気負うな。さっき噛んだので、お仕置きは終わり。オレもオマエも経験は浅い、だからCommandに背いたくらいで変に落ち込む必要はない。それに、最初のplayでCommandからお仕置きまでできたなら、効果を見るには上々だろう?」
「そう……なのか?」
「そういうことにしとけ。ほれ、お仕置きのあとはご褒美だ。偉い偉い。痛いのによく我慢できたな、デイビット」
「……ああ。がんばったんだ」
テスカトリポカがデイビットを抱き込む。本当は喜ぶことをしてやるべきなんだろうがそこまでオマエのことは知らないんだよなあ、なんて言いながら。幼い子供にするように背を撫でながら、抱き締められる。衣類越しに触れる体温はサーヴァントなのに暖かい。凭れかかってもテスカトリポカは平然としていて、やっぱりサーヴァントは身体のつくりが違うのだろうと思い知らされる。その手のひらが優しくて、褒められているんだ。そう気持ちが緩む。
言い付けを守れなかったけれど、ちゃんとお仕置きも受けたから、いい子になれたのだ。だから、こうして褒めてもらえている。けれど、本当は。お仕置きなんてされないいい子であるのが一番いい。でも、そんなデイビットのことも褒めてくれたのだから、テスカトリポカは駄目なデイビットのことも許して、受け容れて、褒めてくれている。
そう思うと、なんだか少しだけ残念な気持ちと誇らしい気持ちが湧いてくる。相反する感情だ。けれど、ふわふわとした気持ちになりつつあるデイビットには気にすることはできない。
「いい子だ。我慢して、偉かったな。Good boy」
「偉かったのか、オレは」
「そうだ。いい子だよ、オマエは」
えらい、えらい。こどもにするように、ぽんぽんと撫でられる。こどもじゃないのに。けれど、酷く落ち着いてしまうのはどうしてだろう。
褒めてくれるのが嬉しいのか、それとも他人の体温を感じてしまうからか。眠いとは思わないのに、心地良さに意識がふわりふわりと微睡んでいく。Commandにお仕置きまでされて、慣れていないことばかりだったからか。それとも、別の何かが原因か。分からない、考えることが出来ない。そのくらい、ふわふわと、意識が薄れる。
ぼんやりとした視線の先、優しげに見えた青い色にほんの少し、嬉しくなって。そのまま、デイビットは意識を飛ばした。