0.予兆
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※年齢操作があります(高校2年生)
伊達工は2年生から専門科目ごとに分かれたクラス編成になる。
俺の所属するC組は機械情報科。Aの建築やⅮの工業デザインに比べ選択する女子はかなり少ない。
「よーし、じゃあ2人組作れ」
工業高校は何人かで組んで実習を行うことが多い。グループ的なのは予め決められているが、ペアはその場で突発的に組むことが多い。はじめは小学生かよ……と思っていたが、2年にもなれば適当なヤツと組むのにも慣れてくる。
(そうなると…一人余るよな……)
と、頭の片隅で思う。
2-Cの女子は三人だ。男子は簡単なもんだが、こと女子はそうもいかないらしい。1年の時のクラスも女子の数が奇数でその時は余り担当が偏らないようにローテを組んでたりして、えらく面倒そうだったことを思い出す。
窓際の女子2人はそのままペアになりそうだ。俺の前方の席に残りの女子、結城友紀がいる。
髪の毛は無造作に一つにくくられ化粧っけはない。
派手ではないが顔だちはそこそこ整っているから、1年の時、当時の3年から告白されまくって、それを全部断ったという武勇伝めいた話は耳に挟んでる。
(意外と胸あんだよな……)
背筋の伸びた彼女のブレザーの下から主張するラインを盗み見ていると、その結城がくるっと振り返ったのでドキッとする。
「私と組んでくれるひとー」
控えめに、それでいて通る声で彼女が言った。周囲を見回した彼女と目が合う。それで、思わず俺は手を挙げてしまった。
「俺と組む?」
「笹谷くん…だっけ?じゃあ、お願いします」
ちょっと驚いた。たまたま目が合ったからの軽い気持ちだったけど、俺の名前を覚えてくれてたので悪い気もしなかった。
男同士の気楽さとはまた違うけれど、結城とは変な気を遣うこともなくスムーズに役割分担できた。
「二人組で男子と組むのってやりづらい?」
一応気を使って聞いてみると、意外な質問だったらしく少し考えていた。
「うーん…あまりそういう区別はしたことないな。工業入って女子だけでつるんでもしょうがないし」
慣れた手つきでドライバーを扱いながら「そこ抑えといて」と基盤を指さすので手を貸す。
前のクラスであんだけ揉めてたのを見ていたから、彼女の言葉にちょっと驚いた。
「それに、男子と組んだ方がラクできるじゃん。やってくれるし」
そう言って笑うけど、彼女は作業を俺任せにしたりはしなかった。重い工具も自分でなんとかしようとするから慌てて手伝ったりはしたけど。
「実は、さっき、すごく、ほっとした」
そう言って彼女は目を細める。
「1年の最初にアレやったら、誰とも組めなかったんだよね……」
「結城メンタル強いな……」
遠い目で語る結城にぷっと噴き出すと「笑いごとじゃないって、結構へこんだんだよ」と頬をふくらませる。
「だから、笹谷くんが手挙げてくれて嬉しかったよ。ありがとね」
そう言ってにっこり俺に笑いかけた。
なんの変哲もない会話の中のただの笑顔。結城にとってはそうだったんだろうけど、俺は多分、その笑顔にやられたんだと思う。
★☆★
それから結城と俺は特別ってわけじゃないけれど仲のいいクラスメイトになることはできた。
結城のアレがきっかけで、固定にならず近くにいるヤツと組む、みたいな雰囲気がクラスに出来てきたのはよかった。それはあの女子2人にも通じたようで、何が何でも同性同士で組むっていうクラスではなくなった。結城を入れた女子は3人でも普通に仲がいいし、男女で強固に断絶していることもない。
そんなクラスの中でもグループを作るときに結城が俺のところに来てくれるのは、彼女に頼りにされているようで素直に嬉しかった。
……まあ、そんな雰囲気がある意味仇となってあの事件は起きたんだろうな、とは思う。
クラス内にもある程度馴染みが生まれ、夏の衣替え後の薄着になった時期。
放課後の部活へ行く前の、ちょっとした空き時間、荷物を取りに教室へ戻ろうとした時のことだった。
「結城って何カップあんのー?」
自分のクラス教室から飛んできた声に一瞬耳を疑う。
これは……本人に直接聞いているのか?正直、それは俺も知りたい。が、人前で聞くのはただのセクハラだと思う。
……結城、冗談でかわせるといいんだけどな、いざとなったら助けに入ろうと決意して、中の様子をうかがった。
「そんなの、言わないって」
「いや、夏服になったら気になっちゃって夜も眠れなーい」
笑い声が響く。それは彼女に失礼すぎんだろ。さすがにアウトだ。
俺は止めに入ろうと、ため息をついてドアに手をかける。
「じゃ、言わせてもらうけどさ…それならちんこの大きさってどうなのよ」
笑い声が止み、教室がシンと静まりかえる。俺も動きが止まってしまった。今、聞き間違えじゃなければ、確かに……言ったよな……。
大げさなため息と机にたたきつける様に置かれた紙の束の音。その音だけで結城の苛立ちようがわかる。
「女の子の胸の大きさの話平気でするけれどさ、あんたたちの大きさはどうなのよ」
「ど、どうって……」
「ずっと、疑問に思ってたんだけど、あれ急所なんでしょ?何で無防備にぶらさげたまま過ごせるんだろ?」
「ぱ、パンツ穿いてるだろ、」
先ほどの陳湖発言にまだ動揺が見られる声だ。……まあ、一応、パンツさえ履いてれば収まるしなぁと思ってると、
「だって、蹴られたら死ぬほど痛いんでしょ?」
ぞっとするような冷たい声だった。
きゅっとなるわ、そんなん!
「女には揺れるからブラジャー着けろっていうけど、ちんこが揺れるの気にならないの?」
「ボ、ボクサータイプは意外とぴっちりしてるから揺れない……」
冷静な結城の声に対し、可哀そうなぐらい震えている男達の声に同情していると、まさかの追撃が来た。
「たまに形が透けてる人っているじゃん?あれって乳首透けてるのとほぼ変わんないよね?」
まじか……。確かにポジションがわかるヤツっているよな……ってあれ、形……透けてるように見えんのか?!
これは既にオーバーキルだ、中から反論の声は聞こえなかった。
「まあ、おっぱいと生殖器比べちゃいけないのかもしれないけれど、なんで女だけ大きい小さい大きい小さいそんなに言われなきゃいけないのよ」
静かな口調だけれど、前半と後半の空気感が変わった。結城が怒っているのがわかった。
「結城、悪かった、ご」
「野球部の子が言ってたけど、ファウルカップ?だっけ?あれつければいいのに」
結城は止まらなかった。謝罪の言葉を遮るように、続ける。
「上原、野球部でしょ、あれって、ブラジャーみたいにAカップBカップCカップあるの?」
「……」
名指しされた上原は何も答えない。
「不思議だよね。何カップのグラビアアイドルっていうのに。男の人も何カップとかやればいいのに。トイレとかで比べてるんでしょ?」
やらねぇよ!と思ったけど、確かに見てくるやつっているよな……よく知ってんなー、と変なトコで関心してしまった。
怒ってるのもあるけれど、彼女はただ単に疑問に思っていることをこの際だとばかりにぶつけているんだと思う。
工業だと男が圧倒的に多いから、どうしても男子校ノリで明け透けになっている所があるのは否定できない。女子もノリよく話を合わせてくれるから、アウトな境界があいまいになってしまっているところはある。
今まで気づかなかったけど……俺が想像しえない無意識のセクハラもあるんじゃないか。俺たちはもうちょっと気を遣ってあげないといけないのかもしれない。
「あ!!!」
俺の思考を遮るように、結城の素っ頓狂な声が聞こえた。
……今度は何思いついたんだ?
「そうか!通常時と勃起時があるんだ!」
とんでもねえこと言い出した!
少し扉を開いて中を覗き見る。
あいつらの蒼ざめた顔……。
結構大胆に開けたつもりだが、中の奴らは気づかない。縮みあがってそれどころじゃねぇ。
「勃起の膨張率?って元の大きさに比例するの?」
「ブフっ」
こらえきれず一人噴き出してしまった。そこそこの音は立ててしまったが中の奴らはまだ気づかない。
しかし、このままだと見せてみろとか言い出しかねん。それでちょっと勃起させてみろなんて言い出したら、結城の貞操いよいよ危ういぞ……。
そろそろ間に入らないといけないな……。
俺はわざと音を立てて前の扉を開ける。ガラガラガラと響いた音に中の生徒がはっとこちらを見る。
男三人の困惑と安堵の表情に対し、結城の表情は無だった。
……よくもまあ、この状況で頑張った。
「はいはいはい、友紀ちゃん、そこまでー」
中に入るなり真っ直ぐ結城のところへ向かった。ぽんぽん、と肩をたたく。まずはこっちからだな、と文字通り結城の肩を持ち男三人組に対して言う。
「お前ら、クラスメイトに対してカップ数聞いたりはセクハラだぞー」
一応、悪くはないけどこっちにも言っとかないとな。
「で、結城は……、まあ、言い過ぎかな」
そう言うと、コクンと素直に結城はうなずいた。
「ごめんね、言い過ぎた」
「あ、いや、元はといえば俺らが……」
「ゴメン」
「悪かった」
互いに口々に謝罪の言葉を述べる。
ただ単に、終わらせるタイミングを失ってただけだ。これで大丈夫だろう。しかし、我に返った後の地獄のような気まずさが辺りに漂う
「じゃ、この話はここで手打ちにしようぜ。はい、じゃ、結城は外出るぞ」
強引に結城の腕を掴んで立たせる。反発はあるかと思ったが、意外なことに結城は素直についてきた。
教室を出て渡り廊下の先の自販機コーナーまで連れて行く。俺は自分の部活用のドリンクと結城用に缶コーヒーを買っていく。コーヒーを渡そうとすると慌ててお金を払おうとするので「いいよ」と言い、それを押し付けた。
さて。どうしようか。ボトルのフタを開けて飲みながら考える。結城は「いただきます」と呟き缶コーヒーを開けて一口飲むと、下を向いて話しはじめた。
「別にね、下ネタがイヤとかそういうんじゃないの」
「うん」
「グラビア見せられるのも、エロ動画見せられるのも、自分じゃ見ないから、ああ、面白いな、と思ってたんだけど」
「うん?んー」
誰だそんな事した奴……。グラビアはともかく動画はダメだろ。
ま、とりあえずそれは後だ。今口出しすると本題からそれてしまいそうなので、俺は結城の次の言葉を待つ。
「でもね、私自身の、胸のサイズのこと言われるのはすごくイヤで……」
「そりゃ、そうだよな……」
もっともだ、と思いながら同意する。
俺も着やせするんだな、と思ったクチだからあいつらのことをあまり責められない。が、こんな目線で見られていること自体イヤなんだろうと、俺は高速で反省する。
「だから、その、男の人ので置き換えたら、この気持ちわかってくれるかな、と思って……」
それで、ああなったのか……。
普通なら男子には身長で置き換わるこの問題だが、女子の心境的にはチン長に匹敵するって話だよな。それは納得できなくもない。
「あいつらも、結城話しやすいから、つい、調子に乗っただけなんだよ」
「うん。そう思ってくれてるのはありがたいんだどね」
力のない笑顔に、結構傷ついてるんだろうなと思った。男子にまみれた中での数少ない女子って結構ストレスもあるんだろうな。
守ってくれる彼氏でもいたら違うのかもしれないけど……。
うーん、と俺は考える。
「まあ、それとなく話しておくよ。下ネタにも限度があるってな。相手が嫌がったらそれはセクハラなんだからその線は守っとけって……みたいな感じでOK?」
彼氏でもない俺にできることはこのぐらいしかない。
「……ありがとう、笹谷」
彼女はそれでいいというようにうなずくと寂しそうに微笑む。
その消え入りそうな笑顔に胸がざわつく。なんか、無理やりにでも笑わせないと、と思った。
「しかし、驚いたな、まさか結城の口からちんこって単語が出るとはな」
「!!!き、聞いてたの」
結城の顔は真っ赤だった。
「いや、廊下にいたから、聞こえちゃって」
「ちょっと、お願い、忘れて」
「いや、普通の顔で言ってるから、別に」
「わーーーーー!」
「勃起とかも言ってたよな」
「ばかばかばか!もーーーー!!!」
頭を抱える結城。おもしれーなーコイツ。ひとしきり笑っていると「思いっきり殴ったら、記憶消える?」と物騒なコトを言い出した。
「わかった。わかった。忘れるから」
そう言って、どうどう、ととりなすと、何かを思いついたのか、急にニヤリと笑顔になった。
「笹谷はなんかでかそうだよね」
「!!!」
え?俺、忘れるって言ったのに?
でも、あまりに面白かったので、のっかってやった。
「なんか、俺、キョーレツな逆セクハラを受けた気がする……」
「え?器の話だよ?」
してやったりっというように、ニシシと笑う。
……あの流れだったら、そっちだと思うだろうが!もう、コイツは……。
器がデカイと言われて悪い気はしないけれど、真顔でデコピンをお見舞いする。
「いったーい!前言撤回!器ちっさ!」
額を抑えて痛そうにはしているけれど、笑顔の彼女に俺もつられて笑いながら何ともいえない感情が沸いたことに気づく。
あ、これ、好きになったかもしれない、
と、高校に入ってから初めての感情に、戸惑った。
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予兆(The sign)
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伊達工は2年生から専門科目ごとに分かれたクラス編成になる。
俺の所属するC組は機械情報科。Aの建築やⅮの工業デザインに比べ選択する女子はかなり少ない。
「よーし、じゃあ2人組作れ」
工業高校は何人かで組んで実習を行うことが多い。グループ的なのは予め決められているが、ペアはその場で突発的に組むことが多い。はじめは小学生かよ……と思っていたが、2年にもなれば適当なヤツと組むのにも慣れてくる。
(そうなると…一人余るよな……)
と、頭の片隅で思う。
2-Cの女子は三人だ。男子は簡単なもんだが、こと女子はそうもいかないらしい。1年の時のクラスも女子の数が奇数でその時は余り担当が偏らないようにローテを組んでたりして、えらく面倒そうだったことを思い出す。
窓際の女子2人はそのままペアになりそうだ。俺の前方の席に残りの女子、結城友紀がいる。
髪の毛は無造作に一つにくくられ化粧っけはない。
派手ではないが顔だちはそこそこ整っているから、1年の時、当時の3年から告白されまくって、それを全部断ったという武勇伝めいた話は耳に挟んでる。
(意外と胸あんだよな……)
背筋の伸びた彼女のブレザーの下から主張するラインを盗み見ていると、その結城がくるっと振り返ったのでドキッとする。
「私と組んでくれるひとー」
控えめに、それでいて通る声で彼女が言った。周囲を見回した彼女と目が合う。それで、思わず俺は手を挙げてしまった。
「俺と組む?」
「笹谷くん…だっけ?じゃあ、お願いします」
ちょっと驚いた。たまたま目が合ったからの軽い気持ちだったけど、俺の名前を覚えてくれてたので悪い気もしなかった。
男同士の気楽さとはまた違うけれど、結城とは変な気を遣うこともなくスムーズに役割分担できた。
「二人組で男子と組むのってやりづらい?」
一応気を使って聞いてみると、意外な質問だったらしく少し考えていた。
「うーん…あまりそういう区別はしたことないな。工業入って女子だけでつるんでもしょうがないし」
慣れた手つきでドライバーを扱いながら「そこ抑えといて」と基盤を指さすので手を貸す。
前のクラスであんだけ揉めてたのを見ていたから、彼女の言葉にちょっと驚いた。
「それに、男子と組んだ方がラクできるじゃん。やってくれるし」
そう言って笑うけど、彼女は作業を俺任せにしたりはしなかった。重い工具も自分でなんとかしようとするから慌てて手伝ったりはしたけど。
「実は、さっき、すごく、ほっとした」
そう言って彼女は目を細める。
「1年の最初にアレやったら、誰とも組めなかったんだよね……」
「結城メンタル強いな……」
遠い目で語る結城にぷっと噴き出すと「笑いごとじゃないって、結構へこんだんだよ」と頬をふくらませる。
「だから、笹谷くんが手挙げてくれて嬉しかったよ。ありがとね」
そう言ってにっこり俺に笑いかけた。
なんの変哲もない会話の中のただの笑顔。結城にとってはそうだったんだろうけど、俺は多分、その笑顔にやられたんだと思う。
★☆★
それから結城と俺は特別ってわけじゃないけれど仲のいいクラスメイトになることはできた。
結城のアレがきっかけで、固定にならず近くにいるヤツと組む、みたいな雰囲気がクラスに出来てきたのはよかった。それはあの女子2人にも通じたようで、何が何でも同性同士で組むっていうクラスではなくなった。結城を入れた女子は3人でも普通に仲がいいし、男女で強固に断絶していることもない。
そんなクラスの中でもグループを作るときに結城が俺のところに来てくれるのは、彼女に頼りにされているようで素直に嬉しかった。
……まあ、そんな雰囲気がある意味仇となってあの事件は起きたんだろうな、とは思う。
クラス内にもある程度馴染みが生まれ、夏の衣替え後の薄着になった時期。
放課後の部活へ行く前の、ちょっとした空き時間、荷物を取りに教室へ戻ろうとした時のことだった。
「結城って何カップあんのー?」
自分のクラス教室から飛んできた声に一瞬耳を疑う。
これは……本人に直接聞いているのか?正直、それは俺も知りたい。が、人前で聞くのはただのセクハラだと思う。
……結城、冗談でかわせるといいんだけどな、いざとなったら助けに入ろうと決意して、中の様子をうかがった。
「そんなの、言わないって」
「いや、夏服になったら気になっちゃって夜も眠れなーい」
笑い声が響く。それは彼女に失礼すぎんだろ。さすがにアウトだ。
俺は止めに入ろうと、ため息をついてドアに手をかける。
「じゃ、言わせてもらうけどさ…それならちんこの大きさってどうなのよ」
笑い声が止み、教室がシンと静まりかえる。俺も動きが止まってしまった。今、聞き間違えじゃなければ、確かに……言ったよな……。
大げさなため息と机にたたきつける様に置かれた紙の束の音。その音だけで結城の苛立ちようがわかる。
「女の子の胸の大きさの話平気でするけれどさ、あんたたちの大きさはどうなのよ」
「ど、どうって……」
「ずっと、疑問に思ってたんだけど、あれ急所なんでしょ?何で無防備にぶらさげたまま過ごせるんだろ?」
「ぱ、パンツ穿いてるだろ、」
先ほどの陳湖発言にまだ動揺が見られる声だ。……まあ、一応、パンツさえ履いてれば収まるしなぁと思ってると、
「だって、蹴られたら死ぬほど痛いんでしょ?」
ぞっとするような冷たい声だった。
きゅっとなるわ、そんなん!
「女には揺れるからブラジャー着けろっていうけど、ちんこが揺れるの気にならないの?」
「ボ、ボクサータイプは意外とぴっちりしてるから揺れない……」
冷静な結城の声に対し、可哀そうなぐらい震えている男達の声に同情していると、まさかの追撃が来た。
「たまに形が透けてる人っているじゃん?あれって乳首透けてるのとほぼ変わんないよね?」
まじか……。確かにポジションがわかるヤツっているよな……ってあれ、形……透けてるように見えんのか?!
これは既にオーバーキルだ、中から反論の声は聞こえなかった。
「まあ、おっぱいと生殖器比べちゃいけないのかもしれないけれど、なんで女だけ大きい小さい大きい小さいそんなに言われなきゃいけないのよ」
静かな口調だけれど、前半と後半の空気感が変わった。結城が怒っているのがわかった。
「結城、悪かった、ご」
「野球部の子が言ってたけど、ファウルカップ?だっけ?あれつければいいのに」
結城は止まらなかった。謝罪の言葉を遮るように、続ける。
「上原、野球部でしょ、あれって、ブラジャーみたいにAカップBカップCカップあるの?」
「……」
名指しされた上原は何も答えない。
「不思議だよね。何カップのグラビアアイドルっていうのに。男の人も何カップとかやればいいのに。トイレとかで比べてるんでしょ?」
やらねぇよ!と思ったけど、確かに見てくるやつっているよな……よく知ってんなー、と変なトコで関心してしまった。
怒ってるのもあるけれど、彼女はただ単に疑問に思っていることをこの際だとばかりにぶつけているんだと思う。
工業だと男が圧倒的に多いから、どうしても男子校ノリで明け透けになっている所があるのは否定できない。女子もノリよく話を合わせてくれるから、アウトな境界があいまいになってしまっているところはある。
今まで気づかなかったけど……俺が想像しえない無意識のセクハラもあるんじゃないか。俺たちはもうちょっと気を遣ってあげないといけないのかもしれない。
「あ!!!」
俺の思考を遮るように、結城の素っ頓狂な声が聞こえた。
……今度は何思いついたんだ?
「そうか!通常時と勃起時があるんだ!」
とんでもねえこと言い出した!
少し扉を開いて中を覗き見る。
あいつらの蒼ざめた顔……。
結構大胆に開けたつもりだが、中の奴らは気づかない。縮みあがってそれどころじゃねぇ。
「勃起の膨張率?って元の大きさに比例するの?」
「ブフっ」
こらえきれず一人噴き出してしまった。そこそこの音は立ててしまったが中の奴らはまだ気づかない。
しかし、このままだと見せてみろとか言い出しかねん。それでちょっと勃起させてみろなんて言い出したら、結城の貞操いよいよ危ういぞ……。
そろそろ間に入らないといけないな……。
俺はわざと音を立てて前の扉を開ける。ガラガラガラと響いた音に中の生徒がはっとこちらを見る。
男三人の困惑と安堵の表情に対し、結城の表情は無だった。
……よくもまあ、この状況で頑張った。
「はいはいはい、友紀ちゃん、そこまでー」
中に入るなり真っ直ぐ結城のところへ向かった。ぽんぽん、と肩をたたく。まずはこっちからだな、と文字通り結城の肩を持ち男三人組に対して言う。
「お前ら、クラスメイトに対してカップ数聞いたりはセクハラだぞー」
一応、悪くはないけどこっちにも言っとかないとな。
「で、結城は……、まあ、言い過ぎかな」
そう言うと、コクンと素直に結城はうなずいた。
「ごめんね、言い過ぎた」
「あ、いや、元はといえば俺らが……」
「ゴメン」
「悪かった」
互いに口々に謝罪の言葉を述べる。
ただ単に、終わらせるタイミングを失ってただけだ。これで大丈夫だろう。しかし、我に返った後の地獄のような気まずさが辺りに漂う
「じゃ、この話はここで手打ちにしようぜ。はい、じゃ、結城は外出るぞ」
強引に結城の腕を掴んで立たせる。反発はあるかと思ったが、意外なことに結城は素直についてきた。
教室を出て渡り廊下の先の自販機コーナーまで連れて行く。俺は自分の部活用のドリンクと結城用に缶コーヒーを買っていく。コーヒーを渡そうとすると慌ててお金を払おうとするので「いいよ」と言い、それを押し付けた。
さて。どうしようか。ボトルのフタを開けて飲みながら考える。結城は「いただきます」と呟き缶コーヒーを開けて一口飲むと、下を向いて話しはじめた。
「別にね、下ネタがイヤとかそういうんじゃないの」
「うん」
「グラビア見せられるのも、エロ動画見せられるのも、自分じゃ見ないから、ああ、面白いな、と思ってたんだけど」
「うん?んー」
誰だそんな事した奴……。グラビアはともかく動画はダメだろ。
ま、とりあえずそれは後だ。今口出しすると本題からそれてしまいそうなので、俺は結城の次の言葉を待つ。
「でもね、私自身の、胸のサイズのこと言われるのはすごくイヤで……」
「そりゃ、そうだよな……」
もっともだ、と思いながら同意する。
俺も着やせするんだな、と思ったクチだからあいつらのことをあまり責められない。が、こんな目線で見られていること自体イヤなんだろうと、俺は高速で反省する。
「だから、その、男の人ので置き換えたら、この気持ちわかってくれるかな、と思って……」
それで、ああなったのか……。
普通なら男子には身長で置き換わるこの問題だが、女子の心境的にはチン長に匹敵するって話だよな。それは納得できなくもない。
「あいつらも、結城話しやすいから、つい、調子に乗っただけなんだよ」
「うん。そう思ってくれてるのはありがたいんだどね」
力のない笑顔に、結構傷ついてるんだろうなと思った。男子にまみれた中での数少ない女子って結構ストレスもあるんだろうな。
守ってくれる彼氏でもいたら違うのかもしれないけど……。
うーん、と俺は考える。
「まあ、それとなく話しておくよ。下ネタにも限度があるってな。相手が嫌がったらそれはセクハラなんだからその線は守っとけって……みたいな感じでOK?」
彼氏でもない俺にできることはこのぐらいしかない。
「……ありがとう、笹谷」
彼女はそれでいいというようにうなずくと寂しそうに微笑む。
その消え入りそうな笑顔に胸がざわつく。なんか、無理やりにでも笑わせないと、と思った。
「しかし、驚いたな、まさか結城の口からちんこって単語が出るとはな」
「!!!き、聞いてたの」
結城の顔は真っ赤だった。
「いや、廊下にいたから、聞こえちゃって」
「ちょっと、お願い、忘れて」
「いや、普通の顔で言ってるから、別に」
「わーーーーー!」
「勃起とかも言ってたよな」
「ばかばかばか!もーーーー!!!」
頭を抱える結城。おもしれーなーコイツ。ひとしきり笑っていると「思いっきり殴ったら、記憶消える?」と物騒なコトを言い出した。
「わかった。わかった。忘れるから」
そう言って、どうどう、ととりなすと、何かを思いついたのか、急にニヤリと笑顔になった。
「笹谷はなんかでかそうだよね」
「!!!」
え?俺、忘れるって言ったのに?
でも、あまりに面白かったので、のっかってやった。
「なんか、俺、キョーレツな逆セクハラを受けた気がする……」
「え?器の話だよ?」
してやったりっというように、ニシシと笑う。
……あの流れだったら、そっちだと思うだろうが!もう、コイツは……。
器がデカイと言われて悪い気はしないけれど、真顔でデコピンをお見舞いする。
「いったーい!前言撤回!器ちっさ!」
額を抑えて痛そうにはしているけれど、笑顔の彼女に俺もつられて笑いながら何ともいえない感情が沸いたことに気づく。
あ、これ、好きになったかもしれない、
と、高校に入ってから初めての感情に、戸惑った。
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予兆(The sign)
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