short
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
チョコレートロマンス
2月14日。今日がバレンタインデーだと知らされたのは、朝の二口のうるさすぎる一言だった。
「茂庭さん、笹谷さんおはようございます。何しに来たんですか?バレンタインだからですか?正直、校門入る前が勝負だと思うんですケド大丈夫ですか?ウチ、工業ですよ?」
「3年の登校日だよ!」
「朝からうるせえな、二口」
そんな二口の姿を見て絶句した。右手に3つ、左手に2つ。両手に紙袋を下げている。女子の少ない伊達工で、これほどバレンタインの恩恵にあずかったヤツを俺は見たことがない。
「俺の分けましょうか?代わりにお返しお願いしますね」
「二口!それはくれた人に失礼だぞ!」
「ったく、他校のお嬢さんを騙しやがって」
嗜める茂庭と俺を、嘲笑うかのように二口は口の端を釣り上げる。
「騙される方が悪いんですよ」
……悪魔のような顔だ。こんな顔、騙されたお嬢さん方は知るよしもねぇんだろうな……。
「どうせ喋ったことない子からなんだろ、オマエは口さえ開かなければ……。ちゃんと誠意を持って、」
「そうだぞ、二口。ホント、見る目がない女子の皆さんに今の声聞かせてやりてぇわ」
茂庭と俺の説教に、二口はやれやれという風に首をすくめると「あてもないのに、よく今日来ましたよね」ととどめを放つ。
そこまで言われちゃ、もうぐうの音も出ないわ……。茂庭と二人無言で両サイドから二口の身体をプレスする。悲鳴を上げる二口は昇降口にポイだ。
はいはい。お察しの通りあてもねーが、期待もしてねーよ。でもな……。
ふと一人の女の子の顔が浮かぶ。体育祭の縦割りで仲良くなった後輩。あいつ、どうしてるかな。卒業までにもう一回会えるかな、と、なんとなく思った。
◆◇◆
「笹やん、お客さん」
「ああー?どうせまた二口だろ?追い返せよ」
「いや、カワイイ女の子だよ」
ホームルームを終えた教室。久々のクラスメイト達とだべっていると教室の戸口から茂庭に手招きで呼ばれた。
俺に?カワイイ女の子?滑津ちゃんか?いや、滑津ちゃんだったら自分で中に声かけてくるだろうし茂庭も勿体ぶった言い方はしないはずだ。
『女の子』の単語を聞きつけた輩どもの罵りを背に、横開きのドアをすべらせると、壁に背中をつけ直立している結城を見つけた。
ちょっとびっくりした。まさしく朝思い浮かべた後輩の女の子だったから。
「結城?」
「お、お久しぶりです!」
ほんのり赤い顔を隠すように勢いよく頭を下げた結城。その緊張を絵に描いたような仕草が可笑しくて笑ってしまうが、後ろ手に持った紙袋が目に入る。
……これは期待していいのか?まあ、どっちでもいいけど。わざわざ今日という日に3年の教室まで来て俺を呼んでくれた心意気が素晴らしい。
「あ、あの」
「悪い、ちょっと見栄はらせて」
何か言いかけたのを遮って彼女の手をとる。ぎゅっと、力を入れすぎないように握ってみると結城はわかりやすく頬を染めた。これはこれは。
開いた扉の前に彼女を連れ、中に声をかける。
「じゃ、俺、こういうことだから」
つないだ手を見せつけるように持ち上げると、中から怒号が飛ぶ。
『はあっ?!』
『笹谷てめー!』
『こんの、裏切りもの!』
「ちょっと出るわ、先帰ってていいぞ。それじゃ、卒業式で会おうぜ」
中に向かって手を振ると、彼女がその方向に律儀にお辞儀をする。
『ふざけんな!笹谷!』
『爆発しやがれ!』
つられてお辞儀を返してしまうような憎めない奴らだが、ここはトンズラの一択。
「え?笹谷さん?」
「中庭行こうぜ。ジュースぐらいおごってやる」
戸惑う彼女の手を引き、追いかけてきそうな罵りから逃げるように中庭へ向かった。
◆◇◆
「何がいい?」
「あ……ミルクティーお願いします」
中庭入口の自販機で温かいミルクティーとブラックコーヒーを調達しベンチに座る。中庭は一応外だが日当たりも良く室内の暖房の影響を受けるのかそこまで寒くない。
半人分くらいのスペースをあけて俺の隣に腰かけた結城は俺の渡したミルクティーの缶でしばらく手を温めるようにしていたが、意を決したように俺に紙袋を差し出した。
「笹谷さん、あの、コレ……」
「ん?」
「1年の頃の体育祭の時から……ありがとうございました。これは、気持ちです」
何かを言い淀んだのに気が付かないふりをして、彼女から紙袋を受け取る。
「……ありがと。開けてもいいか?」
「あ、はい」
紙袋からリボンのついた四角い包みを取り出し、膝の上で丁寧に包装を開いていく。彼女は俺のその様子をほっとしたように見つめている。
箱のふたを開けて驚いた。超キレイなラッピングだったから気づかなかったけれど、これは……。
「もしかして、コレ、手作り?」
驚きで出た言葉をマイナスにとったのか、間髪入れず彼女が返す。
「はい!で、でも!神に誓って変なものは入れてません!手作りお嫌でしたら持って帰りますんで!」
「いや、そんなコト言ってねーよ」
苦笑しながら、そっと、箱の隅に隠れるように入っていたチョコをつまみ上げる。
「……コレ、ハート型なんだな」
「はっ、ハイ!あ、あのっ、気持ち悪かったらバッキバキに割ってください!」
もう、ホントにこいつは。思わず吹き出すと、彼女は顔を真っ赤にする。
「なんでだよ。これ、食ってもいいか?」
「もちろん!どうぞ」
彼女はそう言うと缶を開けミルクティーを一気に呷る。ひと仕事終えた、って飲み方だ。茶色い紙で丁寧に仕切られた中、丸く整えられた形のチョコを1つつまんで口に放り込む。
「うま、」
甘いのはそれほど得意じゃない。だからどんな味でも『美味しい』と言おうと構えていたのに、正直にそう思った。
「よかった……」
心底ホッとしたような声が聞こえる。緊張が解けたように顔を綻ばせた結城をカワイイと思う。
ところで……本題だ。バレンタインに俺にチョコをくれる。そのチョコが手作りって……そういうことと受け取っていいんだよな?
ちらりと結城の方を見やる。こちらの様子をうかがっていた結城は俺の視線に気づくともじもじと目に見えて落ち着かなくなる。
……うん?これは?いやいや、俺、察し悪いから、ちゃんと言ってくれないとわからないよ?
だが結城はうんともすんとも言わない。
……しょうがない、聞いてみるか。
「さて、手作りのチョコを渡しにわざわざ3年の教室まで来た友紀ちゃん、何か俺に言いたいことは?」
真っ正面から見てやるとあちこちに視線を泳がせる。構わずそのままじっと見つめていると、観念したようにごくりと唾を飲み込み、俺の方を見つめ返してきた。その視線がキレイだったので思わずこちらも緊張する。
「1年生の頃からずっと好きです。……気持ちだけ知ってほしくて」
あんなにそわそわして視点が定まらなかった瞳が、まっすぐ、俺だけを見ている。今まで全く平穏だった心臓が一瞬ズキっと痛んだ。
……これは、やばい。こんな真っ正面から告白されるの初めてだ。あー……、なんか刺さった。『堕ちる』ってこういう感じの事をいうのか。
「気持ちだけ、ね」
はやる気持ちを隠して笑いかけると、また頬を赤くする。
「ありがとう」
俺がそう言うと、心底ほっとしたように彼女は息をついた。憑き物が落ちたように落ち着いている。俺に思いを告げたことでやり遂げた気分なのだろう。
……。ん?何か足りなくねえか?こいつ……終わった気でいるよな?
釈然としない俺は結城を見つめてやった。そうすると、彼女はまたそわそわと俺を見たり視線を外したりと落ち着かなくなる。さっきの凛とした表情も良かったけど、これもかわいい。
けど。もう一歩踏み込んでもいいんじゃねえの?ってセンパイは思うんだけどな。
「で、結城さ、俺にどうしてほしいの?」
「え……?」
「ん?普通告白のあと、相手にどうしてほしいのかを言わないか?」
遠回しな表現になってしまったが、要はそういう事だ。彼女は少し考えた後、上目づかいにこちらを見て口を開く。
そう!それだよ!
「……卒業しても、頑張ってください、とかですか?」
がくっとくずれ落ちる俺。
「あーあー、分かってる、言われなくても頑張るよ。そうじゃなくて何か俺にしてほしいとか」
そう言うと、彼女はキラっと目を輝かせた。
そう、それだよ!それ!
「あ!あの、連絡先、教えて欲しいです」
違うよ!
もう、俺は唸るしかない。しぶしぶポケットから携帯を取り出した。
「……別にいーけどよー、ちゃんと送れよ」
「ハイ!」
「結城、遠慮して連絡してこなそうだからな。とりあえず先輩命令。しばらく1日1回、何か送れ」
「ええ?!」
「何だよ。面倒くさいか?」
「そんなことはないです!……でも、あの、ただの後輩から、毎日連絡とか迷惑じゃないですか?」
「は?」
「だって、それって、……それって、彼女みたいで……」
『彼女』という言葉に自分で照れたのか、携帯を握りしめてもじもじと押し黙る。
……まったく、こいつはよー。変に察しはいいくせに、なんでそこ、結びつかないかなー!
「ちげーの?」
「え?」
「あー、面倒くせーな、お前」
「す、すみません!」
俺は思わず膝の位置で頭を抱える。いや、これは多分俺が悪い。『先輩命令』ってのがいけなかった気がする。
気を取り直して別方向からのアプローチを試みるべく、ガラじゃないのは承知で上目づかいに彼女を見る。
「俺、10日誕生日だったんだけど」
「え?そうだったんですか?すみません、私、何も用意していなくて……」
まあ、知らねえよな。それは、しょうがない。
「で、誕生日プレゼント、俺に寄越す気はあるか?」
「あります!ありますから、もう最後ですし何でも言ってください!」
……ホントにこいつは。欲がねぇっつーか。さすがの俺もへこむぞ。
「……最後じゃねーよ」
「え……?」
「くれるんなら、結城がいい」
「私?ですか?」
もう、俺は半分拗ねている。どうにでもなれモードだ。顔を上げて半ば睨みつけるように彼女を見る。息をのんだ彼女を脅すように声をひそめて言った。
「お前、寄越せ」
彼女が口の中で「え?」と言った。瞳が動揺を伝えるように震えて潤む。頬の毛細血管に赤みが走り、驚きの言葉を発したままの口角が震える様にかすかに上がる。
ようやく彼女の頭に何が起きたかが伝達されたのを見取って、俺はわざとらしくため息をついた。
「でも、結城は俺と付き合いたくないんだよなー」
「そんな……!そんなことはないです!」
「俺は付き合いたいと思ってるのに、最後だとか言うし」
「ええっ、そうなんですか?」
「そうだよ!ったく、呼び出されて浮かれて出てきたってのに、告白されてふられた気分になるとは思わなかったぜ」
「そんな、だって、笹谷さん、私なんかじゃ」
「……とりあえず、ぶつけてみろよ。笹谷さん、受け止めてやっから」
「すみません……」
「すみませんじゃねーだろ。いたいけなパイセンの心をもて遊びやがって、罰ゲームだな」
「え?ば、罰ゲームって」
「そこになおれ」
結城は赤い顔のままいそいそと佇まいを正し、不安そうに俺を見た。
あーもう、そんな顔すんなって。
本当はわかっている。俺の気持ちがわからないから結城は『付き合ってください』とは言えなかったんだ。
ならば俺はちゃんと伝えなければいけない。そういう健気な部分も含めて愛おしいと思っていることも。
「俺も好きだよ」
「う、うそ……」
「嘘じゃねぇよ。好きだ」
さて。ここまで言ってやったぞ。
まだ信じられないという顔をする結城に見せつけるように箱からハート型のチョコを取り出す。罰ゲームと言えばポッキーゲームだろ。
「俺と付き合ってくれんなら、そっちから食べて」
もはや押してるのは俺だが、最後くらいはきっかけを作ってくれた結城にきめてもらおう。
「ほーら、早くしないと全部口ん中入っちゃうぞ~」
さあ、お前はどうする?とばかりに、チョコを半分くわえて誘ってみる。
結城は覚悟を決めたかのように目を閉じると、勢いよく俺の唇に噛みついてきた。
Hauta様に提出
title by「箱庭」
2月14日。今日がバレンタインデーだと知らされたのは、朝の二口のうるさすぎる一言だった。
「茂庭さん、笹谷さんおはようございます。何しに来たんですか?バレンタインだからですか?正直、校門入る前が勝負だと思うんですケド大丈夫ですか?ウチ、工業ですよ?」
「3年の登校日だよ!」
「朝からうるせえな、二口」
そんな二口の姿を見て絶句した。右手に3つ、左手に2つ。両手に紙袋を下げている。女子の少ない伊達工で、これほどバレンタインの恩恵にあずかったヤツを俺は見たことがない。
「俺の分けましょうか?代わりにお返しお願いしますね」
「二口!それはくれた人に失礼だぞ!」
「ったく、他校のお嬢さんを騙しやがって」
嗜める茂庭と俺を、嘲笑うかのように二口は口の端を釣り上げる。
「騙される方が悪いんですよ」
……悪魔のような顔だ。こんな顔、騙されたお嬢さん方は知るよしもねぇんだろうな……。
「どうせ喋ったことない子からなんだろ、オマエは口さえ開かなければ……。ちゃんと誠意を持って、」
「そうだぞ、二口。ホント、見る目がない女子の皆さんに今の声聞かせてやりてぇわ」
茂庭と俺の説教に、二口はやれやれという風に首をすくめると「あてもないのに、よく今日来ましたよね」ととどめを放つ。
そこまで言われちゃ、もうぐうの音も出ないわ……。茂庭と二人無言で両サイドから二口の身体をプレスする。悲鳴を上げる二口は昇降口にポイだ。
はいはい。お察しの通りあてもねーが、期待もしてねーよ。でもな……。
ふと一人の女の子の顔が浮かぶ。体育祭の縦割りで仲良くなった後輩。あいつ、どうしてるかな。卒業までにもう一回会えるかな、と、なんとなく思った。
◆◇◆
「笹やん、お客さん」
「ああー?どうせまた二口だろ?追い返せよ」
「いや、カワイイ女の子だよ」
ホームルームを終えた教室。久々のクラスメイト達とだべっていると教室の戸口から茂庭に手招きで呼ばれた。
俺に?カワイイ女の子?滑津ちゃんか?いや、滑津ちゃんだったら自分で中に声かけてくるだろうし茂庭も勿体ぶった言い方はしないはずだ。
『女の子』の単語を聞きつけた輩どもの罵りを背に、横開きのドアをすべらせると、壁に背中をつけ直立している結城を見つけた。
ちょっとびっくりした。まさしく朝思い浮かべた後輩の女の子だったから。
「結城?」
「お、お久しぶりです!」
ほんのり赤い顔を隠すように勢いよく頭を下げた結城。その緊張を絵に描いたような仕草が可笑しくて笑ってしまうが、後ろ手に持った紙袋が目に入る。
……これは期待していいのか?まあ、どっちでもいいけど。わざわざ今日という日に3年の教室まで来て俺を呼んでくれた心意気が素晴らしい。
「あ、あの」
「悪い、ちょっと見栄はらせて」
何か言いかけたのを遮って彼女の手をとる。ぎゅっと、力を入れすぎないように握ってみると結城はわかりやすく頬を染めた。これはこれは。
開いた扉の前に彼女を連れ、中に声をかける。
「じゃ、俺、こういうことだから」
つないだ手を見せつけるように持ち上げると、中から怒号が飛ぶ。
『はあっ?!』
『笹谷てめー!』
『こんの、裏切りもの!』
「ちょっと出るわ、先帰ってていいぞ。それじゃ、卒業式で会おうぜ」
中に向かって手を振ると、彼女がその方向に律儀にお辞儀をする。
『ふざけんな!笹谷!』
『爆発しやがれ!』
つられてお辞儀を返してしまうような憎めない奴らだが、ここはトンズラの一択。
「え?笹谷さん?」
「中庭行こうぜ。ジュースぐらいおごってやる」
戸惑う彼女の手を引き、追いかけてきそうな罵りから逃げるように中庭へ向かった。
◆◇◆
「何がいい?」
「あ……ミルクティーお願いします」
中庭入口の自販機で温かいミルクティーとブラックコーヒーを調達しベンチに座る。中庭は一応外だが日当たりも良く室内の暖房の影響を受けるのかそこまで寒くない。
半人分くらいのスペースをあけて俺の隣に腰かけた結城は俺の渡したミルクティーの缶でしばらく手を温めるようにしていたが、意を決したように俺に紙袋を差し出した。
「笹谷さん、あの、コレ……」
「ん?」
「1年の頃の体育祭の時から……ありがとうございました。これは、気持ちです」
何かを言い淀んだのに気が付かないふりをして、彼女から紙袋を受け取る。
「……ありがと。開けてもいいか?」
「あ、はい」
紙袋からリボンのついた四角い包みを取り出し、膝の上で丁寧に包装を開いていく。彼女は俺のその様子をほっとしたように見つめている。
箱のふたを開けて驚いた。超キレイなラッピングだったから気づかなかったけれど、これは……。
「もしかして、コレ、手作り?」
驚きで出た言葉をマイナスにとったのか、間髪入れず彼女が返す。
「はい!で、でも!神に誓って変なものは入れてません!手作りお嫌でしたら持って帰りますんで!」
「いや、そんなコト言ってねーよ」
苦笑しながら、そっと、箱の隅に隠れるように入っていたチョコをつまみ上げる。
「……コレ、ハート型なんだな」
「はっ、ハイ!あ、あのっ、気持ち悪かったらバッキバキに割ってください!」
もう、ホントにこいつは。思わず吹き出すと、彼女は顔を真っ赤にする。
「なんでだよ。これ、食ってもいいか?」
「もちろん!どうぞ」
彼女はそう言うと缶を開けミルクティーを一気に呷る。ひと仕事終えた、って飲み方だ。茶色い紙で丁寧に仕切られた中、丸く整えられた形のチョコを1つつまんで口に放り込む。
「うま、」
甘いのはそれほど得意じゃない。だからどんな味でも『美味しい』と言おうと構えていたのに、正直にそう思った。
「よかった……」
心底ホッとしたような声が聞こえる。緊張が解けたように顔を綻ばせた結城をカワイイと思う。
ところで……本題だ。バレンタインに俺にチョコをくれる。そのチョコが手作りって……そういうことと受け取っていいんだよな?
ちらりと結城の方を見やる。こちらの様子をうかがっていた結城は俺の視線に気づくともじもじと目に見えて落ち着かなくなる。
……うん?これは?いやいや、俺、察し悪いから、ちゃんと言ってくれないとわからないよ?
だが結城はうんともすんとも言わない。
……しょうがない、聞いてみるか。
「さて、手作りのチョコを渡しにわざわざ3年の教室まで来た友紀ちゃん、何か俺に言いたいことは?」
真っ正面から見てやるとあちこちに視線を泳がせる。構わずそのままじっと見つめていると、観念したようにごくりと唾を飲み込み、俺の方を見つめ返してきた。その視線がキレイだったので思わずこちらも緊張する。
「1年生の頃からずっと好きです。……気持ちだけ知ってほしくて」
あんなにそわそわして視点が定まらなかった瞳が、まっすぐ、俺だけを見ている。今まで全く平穏だった心臓が一瞬ズキっと痛んだ。
……これは、やばい。こんな真っ正面から告白されるの初めてだ。あー……、なんか刺さった。『堕ちる』ってこういう感じの事をいうのか。
「気持ちだけ、ね」
はやる気持ちを隠して笑いかけると、また頬を赤くする。
「ありがとう」
俺がそう言うと、心底ほっとしたように彼女は息をついた。憑き物が落ちたように落ち着いている。俺に思いを告げたことでやり遂げた気分なのだろう。
……。ん?何か足りなくねえか?こいつ……終わった気でいるよな?
釈然としない俺は結城を見つめてやった。そうすると、彼女はまたそわそわと俺を見たり視線を外したりと落ち着かなくなる。さっきの凛とした表情も良かったけど、これもかわいい。
けど。もう一歩踏み込んでもいいんじゃねえの?ってセンパイは思うんだけどな。
「で、結城さ、俺にどうしてほしいの?」
「え……?」
「ん?普通告白のあと、相手にどうしてほしいのかを言わないか?」
遠回しな表現になってしまったが、要はそういう事だ。彼女は少し考えた後、上目づかいにこちらを見て口を開く。
そう!それだよ!
「……卒業しても、頑張ってください、とかですか?」
がくっとくずれ落ちる俺。
「あーあー、分かってる、言われなくても頑張るよ。そうじゃなくて何か俺にしてほしいとか」
そう言うと、彼女はキラっと目を輝かせた。
そう、それだよ!それ!
「あ!あの、連絡先、教えて欲しいです」
違うよ!
もう、俺は唸るしかない。しぶしぶポケットから携帯を取り出した。
「……別にいーけどよー、ちゃんと送れよ」
「ハイ!」
「結城、遠慮して連絡してこなそうだからな。とりあえず先輩命令。しばらく1日1回、何か送れ」
「ええ?!」
「何だよ。面倒くさいか?」
「そんなことはないです!……でも、あの、ただの後輩から、毎日連絡とか迷惑じゃないですか?」
「は?」
「だって、それって、……それって、彼女みたいで……」
『彼女』という言葉に自分で照れたのか、携帯を握りしめてもじもじと押し黙る。
……まったく、こいつはよー。変に察しはいいくせに、なんでそこ、結びつかないかなー!
「ちげーの?」
「え?」
「あー、面倒くせーな、お前」
「す、すみません!」
俺は思わず膝の位置で頭を抱える。いや、これは多分俺が悪い。『先輩命令』ってのがいけなかった気がする。
気を取り直して別方向からのアプローチを試みるべく、ガラじゃないのは承知で上目づかいに彼女を見る。
「俺、10日誕生日だったんだけど」
「え?そうだったんですか?すみません、私、何も用意していなくて……」
まあ、知らねえよな。それは、しょうがない。
「で、誕生日プレゼント、俺に寄越す気はあるか?」
「あります!ありますから、もう最後ですし何でも言ってください!」
……ホントにこいつは。欲がねぇっつーか。さすがの俺もへこむぞ。
「……最後じゃねーよ」
「え……?」
「くれるんなら、結城がいい」
「私?ですか?」
もう、俺は半分拗ねている。どうにでもなれモードだ。顔を上げて半ば睨みつけるように彼女を見る。息をのんだ彼女を脅すように声をひそめて言った。
「お前、寄越せ」
彼女が口の中で「え?」と言った。瞳が動揺を伝えるように震えて潤む。頬の毛細血管に赤みが走り、驚きの言葉を発したままの口角が震える様にかすかに上がる。
ようやく彼女の頭に何が起きたかが伝達されたのを見取って、俺はわざとらしくため息をついた。
「でも、結城は俺と付き合いたくないんだよなー」
「そんな……!そんなことはないです!」
「俺は付き合いたいと思ってるのに、最後だとか言うし」
「ええっ、そうなんですか?」
「そうだよ!ったく、呼び出されて浮かれて出てきたってのに、告白されてふられた気分になるとは思わなかったぜ」
「そんな、だって、笹谷さん、私なんかじゃ」
「……とりあえず、ぶつけてみろよ。笹谷さん、受け止めてやっから」
「すみません……」
「すみませんじゃねーだろ。いたいけなパイセンの心をもて遊びやがって、罰ゲームだな」
「え?ば、罰ゲームって」
「そこになおれ」
結城は赤い顔のままいそいそと佇まいを正し、不安そうに俺を見た。
あーもう、そんな顔すんなって。
本当はわかっている。俺の気持ちがわからないから結城は『付き合ってください』とは言えなかったんだ。
ならば俺はちゃんと伝えなければいけない。そういう健気な部分も含めて愛おしいと思っていることも。
「俺も好きだよ」
「う、うそ……」
「嘘じゃねぇよ。好きだ」
さて。ここまで言ってやったぞ。
まだ信じられないという顔をする結城に見せつけるように箱からハート型のチョコを取り出す。罰ゲームと言えばポッキーゲームだろ。
「俺と付き合ってくれんなら、そっちから食べて」
もはや押してるのは俺だが、最後くらいはきっかけを作ってくれた結城にきめてもらおう。
「ほーら、早くしないと全部口ん中入っちゃうぞ~」
さあ、お前はどうする?とばかりに、チョコを半分くわえて誘ってみる。
結城は覚悟を決めたかのように目を閉じると、勢いよく俺の唇に噛みついてきた。
Hauta様に提出
title by「箱庭」
10/13ページ