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王子のうたた寝
月1回、月初の水曜は委員会の日。
私が引き受けてしまった「美化委員」はとにかく拘束時間が長い。会議そのものは短いけど、きちんと掃除されているか、ごみは分別されているかの全校チェックがある。名ばかり系の委員会だと思ったのに……。
今月分のお勤めもやっと終えて1-Aの教室に戻って来た。貴重な放課後。他の委員はとっくに終わって教室には誰もいない。
……と思ったら私の席で誰か寝てる!
黒板に残った消し忘れの文字から、うちの教室は風紀委員っぽい。風紀的な権力は圧倒的に生活指導の先生もちだからこれこそ名ばかりの委員会。そんなすぐ終わる委員会で寝ちゃダメでしょ。
わざと足音をさせて近づいてもピクリともしない。……これはうたた寝レベルじゃない。爆睡だ。上履きを見るに上級生だからあまり失礼なこともできない。
膝を邪魔そうに折り曲げ机を抱え込むようにして寝てる。かなり背の高い人だ。癖のなさそうな茶髪が顔にかかっている。
いったいどんなご尊顔の輩が人様の机で眠りこけているのか。拝見してやろうと回り込んで、、、固まった。
初めて見た。手放しで『寝顔がキレイ』って評価できる男子。
ガラの悪いウチの高校にこんな美形がいたとは。肌もキレイ。閉じた目の淵のまつ毛が長い。
でも、邪魔なのよー。正直迷惑。荷物取らないと帰れないんだけどー。
私はため息をつきながら、なるべく失礼のないようそっと彼の肩を叩いた。
「どなたか知りませんが……先輩、大丈夫ですかー?」
返事は期待してなかったけど、むずがるように動いた頭から応答が返ってきた。
「うー……今日部活ないからだいじょぶ……」
「そういう意味じゃないんですけど」
彼の目が開く気配はない。
叩き起こしてでも帰ってもらおうと思ったけど、この様子はめちゃくちゃ疲れてるのかもしれない。
……どうせ私も帰るし、まあいいかー。
「あと、ちょっと……」
「わかりました。でも机の中の物取らせてください」
「んー」
先輩はむにゃむにゃ言いながら体を起こすと、なんとか机の中に手を入れられる隙間を作ってくれた。教科書、ノートを取り出しバッグにまとめながらもう一度盗み見てみる。
目はほとんど開いていないけど。輪郭とか鼻筋とか口元とか……この先輩腹立つほど顔だち整ってるな!こうなったら机の貸し賃として目の保養にさせてもらうわ。
じろじろ眺めて気がついた。この人見たことあるかも。黄金川くんと一緒にいるの見た気がするから……バレー部の人?
と、思った瞬間。バチっと目が開いた。
「ふはは、つっかまえた」
「ぎゃーーー!!!」
「ふぎゅ……」
びっくりしたびっくりした!長い腕で腰の周りを囲まれて、カウンター気味に頭を殴ってしまった。寝ぼけてんのか!もう!
彼はあっさり手を解くと、再度机に突っ伏した。
「いってぇ……」
「すいません!つい反射で……。でも先輩が悪いと思います!」
「……悪ぃ、傷が癒えるまで、もーちょっと借りるわ」
「それはいいんですけど……」
「……」
「風邪、ひきますよー」
既に夢の世界に逝ってしまわれたらしい……。そんなにお疲れかー。ん?もしも本当にバレー部だとしたら、黄金川くんを見るにすごく厳しそうな部活だし、風邪ひいたらまずいよね?
全く、世話のやける……。
荷物は隣の席に移動させて、私は廊下に出て自分のロッカーを開く。防寒用のひざ掛け。せめて、これだけでもあれば、違うかも。クマの絵描いてあるけど、まあ、いっか!
「失礼します……風邪ひかないでくださいね」
「んー」
放課後の広い背中にそっとクマ(五七五)
ひざ掛けがずいぶん小さく感じる。完全に熟睡してしまっている先輩。寝顔だけはホントキレイだな……。
まあ、その安らかな寝顔を守れたんだったら、いいことした!と、私は鼻息荒く教室をあとにした。
◇◇◇
次の日登校すると『ありがと』というメモと引き換えにひざ掛けはなくなっていた。
もう!パクってんじゃねーよ!!!
◇◇◇
そのまた次の日の朝。
あのひざ掛け結構気に入ってたのに……もうイケメンなんて信じない……と、人間不審に片足突っ込みながら教室に入ると、黄金川くんと作並くんが私の席を囲んでる。
「おはよー。私の席、何かあった?」
「あ、結城さん!」
先に振り向いたのは作並くんだった。特に席に異変はないように見える。
「あの、うちの部活の先輩が、この席のヤツ呼んで来いって言うんだけど……心当たりある?」
「……ありまくる」
「えっ!何?どうしたの?」
穏やかじゃない。これはただひざ掛けを返しに来てくれたってことじゃないよね?返すだけなら私がいなくても置いてってくれればいいわけだし、わざわざ呼び出されたってことは…………え、まさか、顔でも腫れた?あのご尊顔が?
「……殴っちゃった」
「えっ!二口先輩を!?」
私が呟いた声を拾った黄金川くんが驚きの声を上げる。作並くんの顔がすっと蒼ざめる。
あの人、フタクチ先輩って言うんだ……そんなに怖い人なの?と身震いしていると、
「後で、また来る、って言ってたんだけど……」
と、おろおろした様子の作並くんに追い打ちをかけられて、私も血の気が引く。
「やだやだやだ!それビンタとかされるパターンじゃん!私、逃げるわ!代わりに謝っといて!あ、ひざ掛け借りパクされたからついでに」
「誰が借りパクだって?」
「ふ、二口先輩」
びっくり顔の作並くんにならって振り返ると、ぬっと、私の後ろにフタクチ先輩とやらが立っていた。
……こ、これがちゃんと起きている時のお姿か。黄金川くんほどじゃないけれど、思ったよりもデカイ。そしてやっぱり顔立ちはきれいな人だ。その人が、高いところから私の顔をじっと見つめるもんだから変に緊張してしまう。
彼はふっと鼻で笑い「あー、覚えあるわー」と呟いた。
「借りパクじゃねーよ。思いっきりよだれつけちゃったから、洗ってきた」
「……そ、そうだったんですか。結構気に入ってたんで、持ってかれたと思ってへこんでました」
「わりいわりい、はい、ありがと」
そう言ってキレイに畳まれたひざ掛けを返してくれた。受け取るとふわっと柔軟剤の香りがした。甘くないさわやかな香り。
「名前は?」
「……結城友紀です」
「わかった。次の委員会も結城の席に座るから、それ、置いといて」
「また寝るんですか!?」
「ちょー寝心地よかった」
屈託なく笑う先輩に、なんか拍子抜けする。
もー私本当にビビったのに!あー、なんかムカつく。
「……席替えで一番前になるかもしれませんよ?」
「そこは結城ちゃんの行いの良さに賭けるよ」
「誰か座っちゃうかもしれないじゃないですか」
「それ置いてある席に座る猛者はいねーだろ。リザーブシートみたいなもんだって」
先輩はひざ掛けのクマを指さして笑う。ホント懲りない人だと半ば呆れていると、
「あとさっき聞こえちゃったんだけど」
はて?と思って先輩を見上げると、笑顔のまますっと目つきが鋭くなる。
「俺、結城に殴られてるの?」
私の顔からさーっと血の気が引いていく。先輩は口角を上げる。超怖い。
「ふーん。俺、全く覚えてないんだけど、悪いと思ってる?」
その顔でにらまれると整ってるだけにめちゃくちゃ怖い。私は壊れた人形みたいにコクコクうなずく。なんてヤブヘビだ!
「あ、あの、すっすみ……」
「あーあー謝んなくていーって。ま、それじゃ、歯を食いしばれ」
そう言って二口先輩はにっこり笑って手を振り上げる。
「!!!」
うわ、私こんなにカジュアルに殴られるの!?と思いつつぎゅっと目をつぶり衝撃に備える。
と……ぽんぽん、っと頭を柔らかく二度叩かれた。
あれ……?恐る恐る目を開くと目の前に先輩の顔。
「はーい、これでおあいこ」
そう言って先輩は不敵に笑い私に手を振って去っていった。
後ろ姿を呆然と見送りながら立ち尽くす。
何なの、コレ……
一体私に何が起きたの?
「…………」
「どうした?結城!すげー顔赤っけえぞ?」
「黄金川くん、しーーーーー!」
こ、これは、あの、釣り針……じゃなくて……つり橋効果ってヤツだ!殴られるってドキドキを誤解しただけ、しただけだって……!
……それからというもの、委員会の日になると、私はこの横暴な先輩のためにいそいそとひざ掛けを椅子に用意するのでありました。
title by「箱庭」
月1回、月初の水曜は委員会の日。
私が引き受けてしまった「美化委員」はとにかく拘束時間が長い。会議そのものは短いけど、きちんと掃除されているか、ごみは分別されているかの全校チェックがある。名ばかり系の委員会だと思ったのに……。
今月分のお勤めもやっと終えて1-Aの教室に戻って来た。貴重な放課後。他の委員はとっくに終わって教室には誰もいない。
……と思ったら私の席で誰か寝てる!
黒板に残った消し忘れの文字から、うちの教室は風紀委員っぽい。風紀的な権力は圧倒的に生活指導の先生もちだからこれこそ名ばかりの委員会。そんなすぐ終わる委員会で寝ちゃダメでしょ。
わざと足音をさせて近づいてもピクリともしない。……これはうたた寝レベルじゃない。爆睡だ。上履きを見るに上級生だからあまり失礼なこともできない。
膝を邪魔そうに折り曲げ机を抱え込むようにして寝てる。かなり背の高い人だ。癖のなさそうな茶髪が顔にかかっている。
いったいどんなご尊顔の輩が人様の机で眠りこけているのか。拝見してやろうと回り込んで、、、固まった。
初めて見た。手放しで『寝顔がキレイ』って評価できる男子。
ガラの悪いウチの高校にこんな美形がいたとは。肌もキレイ。閉じた目の淵のまつ毛が長い。
でも、邪魔なのよー。正直迷惑。荷物取らないと帰れないんだけどー。
私はため息をつきながら、なるべく失礼のないようそっと彼の肩を叩いた。
「どなたか知りませんが……先輩、大丈夫ですかー?」
返事は期待してなかったけど、むずがるように動いた頭から応答が返ってきた。
「うー……今日部活ないからだいじょぶ……」
「そういう意味じゃないんですけど」
彼の目が開く気配はない。
叩き起こしてでも帰ってもらおうと思ったけど、この様子はめちゃくちゃ疲れてるのかもしれない。
……どうせ私も帰るし、まあいいかー。
「あと、ちょっと……」
「わかりました。でも机の中の物取らせてください」
「んー」
先輩はむにゃむにゃ言いながら体を起こすと、なんとか机の中に手を入れられる隙間を作ってくれた。教科書、ノートを取り出しバッグにまとめながらもう一度盗み見てみる。
目はほとんど開いていないけど。輪郭とか鼻筋とか口元とか……この先輩腹立つほど顔だち整ってるな!こうなったら机の貸し賃として目の保養にさせてもらうわ。
じろじろ眺めて気がついた。この人見たことあるかも。黄金川くんと一緒にいるの見た気がするから……バレー部の人?
と、思った瞬間。バチっと目が開いた。
「ふはは、つっかまえた」
「ぎゃーーー!!!」
「ふぎゅ……」
びっくりしたびっくりした!長い腕で腰の周りを囲まれて、カウンター気味に頭を殴ってしまった。寝ぼけてんのか!もう!
彼はあっさり手を解くと、再度机に突っ伏した。
「いってぇ……」
「すいません!つい反射で……。でも先輩が悪いと思います!」
「……悪ぃ、傷が癒えるまで、もーちょっと借りるわ」
「それはいいんですけど……」
「……」
「風邪、ひきますよー」
既に夢の世界に逝ってしまわれたらしい……。そんなにお疲れかー。ん?もしも本当にバレー部だとしたら、黄金川くんを見るにすごく厳しそうな部活だし、風邪ひいたらまずいよね?
全く、世話のやける……。
荷物は隣の席に移動させて、私は廊下に出て自分のロッカーを開く。防寒用のひざ掛け。せめて、これだけでもあれば、違うかも。クマの絵描いてあるけど、まあ、いっか!
「失礼します……風邪ひかないでくださいね」
「んー」
放課後の広い背中にそっとクマ(五七五)
ひざ掛けがずいぶん小さく感じる。完全に熟睡してしまっている先輩。寝顔だけはホントキレイだな……。
まあ、その安らかな寝顔を守れたんだったら、いいことした!と、私は鼻息荒く教室をあとにした。
◇◇◇
次の日登校すると『ありがと』というメモと引き換えにひざ掛けはなくなっていた。
もう!パクってんじゃねーよ!!!
◇◇◇
そのまた次の日の朝。
あのひざ掛け結構気に入ってたのに……もうイケメンなんて信じない……と、人間不審に片足突っ込みながら教室に入ると、黄金川くんと作並くんが私の席を囲んでる。
「おはよー。私の席、何かあった?」
「あ、結城さん!」
先に振り向いたのは作並くんだった。特に席に異変はないように見える。
「あの、うちの部活の先輩が、この席のヤツ呼んで来いって言うんだけど……心当たりある?」
「……ありまくる」
「えっ!何?どうしたの?」
穏やかじゃない。これはただひざ掛けを返しに来てくれたってことじゃないよね?返すだけなら私がいなくても置いてってくれればいいわけだし、わざわざ呼び出されたってことは…………え、まさか、顔でも腫れた?あのご尊顔が?
「……殴っちゃった」
「えっ!二口先輩を!?」
私が呟いた声を拾った黄金川くんが驚きの声を上げる。作並くんの顔がすっと蒼ざめる。
あの人、フタクチ先輩って言うんだ……そんなに怖い人なの?と身震いしていると、
「後で、また来る、って言ってたんだけど……」
と、おろおろした様子の作並くんに追い打ちをかけられて、私も血の気が引く。
「やだやだやだ!それビンタとかされるパターンじゃん!私、逃げるわ!代わりに謝っといて!あ、ひざ掛け借りパクされたからついでに」
「誰が借りパクだって?」
「ふ、二口先輩」
びっくり顔の作並くんにならって振り返ると、ぬっと、私の後ろにフタクチ先輩とやらが立っていた。
……こ、これがちゃんと起きている時のお姿か。黄金川くんほどじゃないけれど、思ったよりもデカイ。そしてやっぱり顔立ちはきれいな人だ。その人が、高いところから私の顔をじっと見つめるもんだから変に緊張してしまう。
彼はふっと鼻で笑い「あー、覚えあるわー」と呟いた。
「借りパクじゃねーよ。思いっきりよだれつけちゃったから、洗ってきた」
「……そ、そうだったんですか。結構気に入ってたんで、持ってかれたと思ってへこんでました」
「わりいわりい、はい、ありがと」
そう言ってキレイに畳まれたひざ掛けを返してくれた。受け取るとふわっと柔軟剤の香りがした。甘くないさわやかな香り。
「名前は?」
「……結城友紀です」
「わかった。次の委員会も結城の席に座るから、それ、置いといて」
「また寝るんですか!?」
「ちょー寝心地よかった」
屈託なく笑う先輩に、なんか拍子抜けする。
もー私本当にビビったのに!あー、なんかムカつく。
「……席替えで一番前になるかもしれませんよ?」
「そこは結城ちゃんの行いの良さに賭けるよ」
「誰か座っちゃうかもしれないじゃないですか」
「それ置いてある席に座る猛者はいねーだろ。リザーブシートみたいなもんだって」
先輩はひざ掛けのクマを指さして笑う。ホント懲りない人だと半ば呆れていると、
「あとさっき聞こえちゃったんだけど」
はて?と思って先輩を見上げると、笑顔のまますっと目つきが鋭くなる。
「俺、結城に殴られてるの?」
私の顔からさーっと血の気が引いていく。先輩は口角を上げる。超怖い。
「ふーん。俺、全く覚えてないんだけど、悪いと思ってる?」
その顔でにらまれると整ってるだけにめちゃくちゃ怖い。私は壊れた人形みたいにコクコクうなずく。なんてヤブヘビだ!
「あ、あの、すっすみ……」
「あーあー謝んなくていーって。ま、それじゃ、歯を食いしばれ」
そう言って二口先輩はにっこり笑って手を振り上げる。
「!!!」
うわ、私こんなにカジュアルに殴られるの!?と思いつつぎゅっと目をつぶり衝撃に備える。
と……ぽんぽん、っと頭を柔らかく二度叩かれた。
あれ……?恐る恐る目を開くと目の前に先輩の顔。
「はーい、これでおあいこ」
そう言って先輩は不敵に笑い私に手を振って去っていった。
後ろ姿を呆然と見送りながら立ち尽くす。
何なの、コレ……
一体私に何が起きたの?
「…………」
「どうした?結城!すげー顔赤っけえぞ?」
「黄金川くん、しーーーーー!」
こ、これは、あの、釣り針……じゃなくて……つり橋効果ってヤツだ!殴られるってドキドキを誤解しただけ、しただけだって……!
……それからというもの、委員会の日になると、私はこの横暴な先輩のためにいそいそとひざ掛けを椅子に用意するのでありました。
title by「箱庭」
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