茂庭 要:正攻法
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※年齢操作があります(高校1年生)
「えー!!!女子バレー部、ないんですか!?」
思った以上に響いた嘆き声に、職員室中の視線が集まる。我に返った私はぺこぺこと周囲に頭を下げ、目の前の追分先生へと直った。今日から練習に参加させてもらおう、と、張り切って仮入部期間初日の昼休みに来たというのにこの仕打ちだ。
「うちは工業高校というのもあってな、女子の運動部はなかなか人数が集まらん」
「悪いな」と口では謝ってくれるものの、入部届は突き返される。私は黙って受け取るしかなかった。バレー部があるのを確認して進学先を決めたのに、なんて罠だ……。呆然とする私を気の毒に思ったのか追分先生は続ける。
「スポーツがやりたいなら、テニス部とか陸上部なら女子も受け入れてるぞ。そちらに入るのはどうだ?」
「……私はバレーがしたいんです…」
私が消え入りそうな声で訴えた時、「失礼します」という声とともに一人の男子生徒が職員室に入ってきた。手には見覚えのある紙。私と同じ入部届だ。その男子は迷わずこちらへ歩いてくる。追分先生の横で立ち尽くしている私に気づかわしげな視線をくれるが、居たたまれなくなった私は誰へともなく一礼し、逃げるように職員室を出た。
廊下に出ると窓にポツポツと水滴がかかる。この時期の雨は嫌いだ。せっかく咲いた桜が落ちてしまうから。さっきまで晴れていたのに。意気揚々と職員室へ乗り込んでいった先ほどまでとうってかわった今の絶望的な気持ち。こんなところで天気とシンクロするなんて苦笑するしかない。持っていた入部届はいつのまにか手の中でくしゃくしゃになっていた。
切り替えの早さが私の数少ない長所だ。廊下の曲がり角にゴミ箱が見える。いつもより大股でゴミ箱に向かって歩き、入部届を破ろうと、広げて手に掛けようとしたその時。
「待って!!!」
職員室から出てきた男子生徒が、叫びながら駆け寄ってくる。さっきの子だ。手に持っている紙がない。受け取ってもらえたのか…、と苦々しい気持ちがよぎる。
そんな思いを知らない彼は、前に立つとちらりと私の持っている入部届を見やる。
「何よ…」
その時の私は『あんたはいいよね、バレー部入れて』っていう態度丸出しだったと思う。そんな敵意といってもいい私の感情を受け流すかのようにふわっと笑って彼は言った。
「結城さんだよね、俺、同じクラスの茂庭」
工業高校では女子は少ないせいかすぐに覚えられてしまう。対して私は彼が同じクラスであったかも記憶にない。
「あー…、同じクラスだったっけ。ごめん、まだ覚えてなくて…」
「別にいいよ。俺、バレー部に入ったんだけど」
「それは知ってる。さっき見えた。良かったね、入部できて」
イラつきを抑えて早口でそう言うと、茂庭くんは慌ててたように続けた。
「あの、さ!そのことなんだけど結城さん、良かったら、バレー部のマネージャー、やらない?」
思いもよらない話に一瞬私の思考は停止する。
「……は?マネージャー?」
「うん。結城さん、バレーしてたんだよね。で、さっき女子バレー部がないっていうのが聞こえたから、もし良かったらどうかな、と思って」
何それ。彼がまるっきりの善意で言ってくれているのはわかるけど、今の私にはあまりに無神経だ。
「私は、マネージャーじゃなくて、プレーがやりたいんだけど」
「結城さん、ポジションどこ?」
悪気なく続けられたその質問に、私の怒りメーターは振りきれてしまった。
「ウイングだけど、そんなの聞いてどうすんのよ!目の前でバレーやってる人達がいて、私だけできないなんて拷問じゃない。茂庭くん、優しそうな顔して、とんだどSだよね」
いらだちまぎれにそこまで吐き捨て、彼を睨み付ける。一方的に怒りをぶつけられた茂庭くんは目を見開いて立ち尽くしていた。
「ごめん、そういうつもりはなかったんだけど……、そうとられても仕方ないや。…俺、最低だね」
俯く茂庭くんにはっと我にかえる。善意で誘ってくれた人にそこまで言わせるほどのひどい言葉をぶつけてしまった。
「私もごめん。八つ当たりした」
急激に込み上げる罪悪感にいたたまれなくなる。
とにかく、彼の前で入部届を破り捨てるのはやめよう。きれいにたたみ直しポケットに入れる。
唇を痛いほど噛みしめた茂庭くんに向かい、なんとか顔をゆがめて笑い顔を作る。
「誘ってくれてありがとう。バレーは好きだから、応援してる。私の分もがんばってね」
それだけ言って、茂庭くんに背を向け逃げるように駆け出した。これ以上、彼の姿を見ていられなかったから。
◇◇◇
それから、バレーの事は考えないようにして過ごした。茂庭くんと顔を合わせるのは気まずいかな、なんて思っていたけれど、クラスでは職員室でのことはなかったかのように振る舞ってくれたから、私もそれにあわせた。友達もできたし放課後の暇つぶしには事欠かない。なんだ、バレーなくても楽しくやれるじゃん。
それでも、数日経過するとやっぱりバレーが恋しくなる。できないのはわかっている。けど、少し、空気だけでも感じたい。
そんなわけで、放課後、練習を覗いてみることにした。体育の授業で、体育館の2階にあたる部分に申し訳程度のギャラリーがついていることはわかっていた。
球技の部活独特の匂い。ボールが床に落ちる音。 床との摩擦できしむシューズの音。中学女子のよりも遥かに高く見えるネット。上を向いてボールを追う部員たち。
2列に分かれてのスパイク練習がはじまっていた。何となく私の目は彼を探してしまう。
あ、いた。手前のネット際でトスを上げている。茂庭くんはセッターなんだ。
一人ひとりの要求に応えて丁寧にトスを打ち分けてる。選手が順番にぐるぐると回を重ねていくにつれ、目に見えてタイミングや高さが合ってくるのがわかった。
……茂庭くん、優秀じゃん。
今日は近くの高校との練習試合があるらしく、レギュラー陣はそちらへ移動するとのことだった。軽めの調整のみで練習が切り上げられる。
「1年は体育館片づけたら今日の練習は終わりな」
コーチらしき人がそう言ったのを聞いてそっと体育館を後にした。カバンを取りに教室に戻る。
懐かしさとともに、いいな…という思いが広がっていく。ああ、やっぱり、私はバレーが好きだな。誰にも気づかれなかったし、また見学しに行こうかな。
「結城さん!」
そんな事を思いながら校庭を横切り校門へ向かっているところを呼び止められた。
振り返ると体育館の方向から茂庭くんが駈けてくる。息を弾ませて私の目の前に立ちはだかる。
「な、何?」
「俺のトス打ってよ」
食い気味にそう言った彼は私の腕を取る。
「もう、バレーのことで声をかけるつもりはなかったんだけど、さっき、上にいるの見えたから」
そのまま私の返事を待たずに歩き出す。
「え、ちょっと待って、私…… 」
何か言い訳して断ろうと思ったけれど、何も思いつかない。離したら逃げ出すとでも思われているのだろうか。握る力が強い。ずんずんと私の手を掴んだままためらいなく進む茂庭くんに、小走りになりながらついていく。
第1体育館。さっき見下ろしていた場所に私は立っている。見慣れたネット。見慣れたボール。バレーボールのコートだ。
体育館へ着くなり私の腕を解放すると「女子用ってこれくらいだっけ?」とネットの高さを調節しはじめた。
それが終わると茂庭くんは、ボールをかごから一つ取り出し私に投げてよこす。
「……」
久しぶりのボール。だけど、言われなくてもこれからやることはわかる。
山なりにボールを投げて走り込む。茂庭くんがトスを上げる。
フワッ
ドッ
何の打ち合わせもしてないのに、すごく打ちやすいトスだった。中学の時の相棒セッターを軽く超えてしまうくらい。
懐かしい、手の感触。思わず手のひらを見てしまう。まだ、この感覚、忘れていない。
私はブレザーを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくった。
「もう1回上げてもらって、いい?」
「もちろん」
茂庭くんが笑顔でカゴからボールを出して。投げる。トスが返ってくる。ドンピシャ。もう1回。
それから、私は制服であることも上履きであることも忘れ、ひたすらボールを追いかけた。
助走の長さ、ジャンプのタイミング、コースの打ち分け。
だんだんと、体が思い出してくるのがわかる。
次、次、次……
「結城さん!ちょっと、休憩」
20球ぐらい打っただろうか。ついにかごのボールが切れた。
茂庭くんがボールを拾いに行くのを横目で見つつ、しゃがみこんで息をつく。
あー。体力落ちてる。前はこんなんで息切れなんてなかったのに。
走り込みはじめなきゃな…って、バレー部には入れないのに…。
深くため息をつくと、ボールを集め終えた茂庭くんも隣に腰を下ろした。
「……私、やっぱり、バレーが好きだ」
ぽつりとこぼれる本音。
こんなに夢中になれるもの、やっぱり他にない。
「うん、わかるよ」
隣で茂庭くんがそっとつぶやく。
「好きで好きで、しょうがない」
どうしようもないやるせなさが押し寄せひざに頭をつける。
なんで、私は男子じゃないんだろう。どうしてこのトスと一緒に練習できないんだろう。
彼となら、同じところを目指せそうなのに…。
「俺のトスで良ければ、いつでも上げてあげる」
上から降ってきた思いもよらぬ言葉に、思わず顔を上げて茂庭くんを見る。
茂庭くんはにっこりと微笑んだ。
……本当に。優しいな、この人は。でも、迷惑はかけられない。
「…… 私みたいな部外者と遊んでたら怒られるよ?」
「だから、もう一度言わせてもらう。マネージャーになって、結城さん」
きっぱりとした声音。茂庭くんの顔は真剣だった。緊張をまとっているのがわかる。
「そうしたら、もう、部員だから、」
一緒にバレーボールをやろう。
外へつながる扉からひゅっと強い風が吹いて茂庭くんのくせの強い髪を揺らす。体育館の天窓から差し込む光が茂庭くんの揺れた髪を照らし、それがすごく神々しかった。
部員。私、またバレー部員になれるの?
バレーボールと関わっていたい。こういう風にでもボールに触りたい。
でもだめだ。真剣にやっている部活の人から見れば、こんなのやっぱりただの遊びだ。
「今日みたいな、誰もいない日ならいいけど、他の部員の方がいたら何か言われるでしょ?」
「だったら、俺、」
茂庭くんは考えるように天を仰ぐとすっと立ち上がって言う。
「主将になる。そうしたら、誰にも文句は言わせない」
強い力を瞳に宿してまっすぐこちらを見る茂庭くん。その瞳に射すくめられ、私の心臓が一瞬高鳴る。
茂庭くんは……きっと今の言葉を実現する。なんとなく、そんな予感がした。
この人にならついて行きたい、と思わせる力を持っている。
「ま、監督はどうにか説得しないといけないけど…」
そんな予感を砕く茂庭くんの言葉に、思わず吹き出す。きっとイマイチ決めきれないところも彼の魅力になってしまうのだろう。
チームメイトならともかく、戦力にならない私を部員にするのに必死になってる。『そんなに雑用がいや?』っていうイヤミも思いついたけど言わない。
茂庭くんが絶対そんなコトを考えているわけじゃないのがわかるから。
だから、同じイヤミなら絶対こっちだ。
「主将よりも前に、セッターでレギュラーを取るのが先じゃないの?」
「……結城さんのおっしゃる通りだね」
頭を掻きながら茂庭くんが笑う。私もつられて笑い、スカートの後ろをはたきながら立ち上がる。
「あと、5本ぐらい、打ちたい」
「わかった!」
茂庭くんが子供みたいに顔を輝かせてボールを手に取る。
走り込んでジャンプをしようと踏み切ると、さっと人影が入って私の目の前に影をつくった。
バチーン
私の打ったボールがブロックに弾き返された。ボールはエンドラインギリギリのところに落ちる。
「イエーイ!ドシャット!」
すごく体格のいい短髪の男子だった。彼はドヤ顔を作って私に言う。
「スパイク練なら、ブロックいた方がいいだろ?」
「鎌先、ブロックしてもいいけど、本気ジャンプ禁止!!」
「しょーがねーなー!」
茂庭くんに『鎌先』と呼ばれた男子は、Tシャツをさらに腕まくりして、相手コートに入る。
壁が高い。女子用のネットの高さとはいえ、ジャンプなしでもネットから腕が出ている。
でも、これをどうかわすか、考えるのが楽しい。次の一本はあっさり止められる。鎌先くんはニカっと効果音が出そうな豪快な笑顔を見せた。くそ、悔しい。
茂庭くんが背中越しにすっと向こう側を指すようにサインを出す。
うん。多分これは。ブロード。
茂庭くんがバックに上げたトスに向かって走り込む。よし、ふった。
「うおっ」
逆をつかれた鎌先くんが後ろに下がりレシーブすると、そのボールは高く上がった。鎌先くん反応速度すごいな。
でも、そちら側のコートには鎌先くんしかいないはず。と、ほっと息をつくと、外からもう一人、髪を立たせた男子が走り込んできた。
これは…!打ってくる!
思わず後ろに下がり身構える。
ドゴッ
バチッ
「いっててて……」
真正面に回り込めたので何とか拾えたものの男子のスパイクはさすがに強烈だ…。ボールはあらぬ方向へ飛んで行った。
ワイシャツをまくった腕が赤い。こんなの久しぶりだ。
相手コートに入ってきた彼は、意外そうな顔でネット越しに私を見ていた。
「まさか俺のスパイクが女子に拾われるとはな」
「笹谷!もうちょっとスパイク手加減!顔に当たったらどうするの」
「そしたら俺が責任とる!」
「何言ってんの!」
茂庭くんが怒鳴っているが、笹谷くんはこちらにひらひらと手を振って受け流し、鎌先くんとハイタッチを交わす。
「よーし、2対2だ!」
鎌先くんの雄叫びが響き、笹谷くんがニヤリと笑う。
「全力スイング禁止!」
そう茂庭くんは相手コートに念を押すと、心配そうな顔で私の所に来た。
「大丈夫、結城?」
「うん、びっくりしたけど、平気」
「なんか、はじまっちゃったけど、いける?」
「うん、望むところ」
「お前らこそ、いちゃつき禁止!くらえっ」
鎌先くんがサーブを打つ。一応手加減してくれてるんだろうけど、これまた体重の乗った球だ。
「っ!!」
なんとかレシーブで受けるもののそのまま相手のコートに入ってしまう。
「笹谷っ!」
「っおし!」
鎌先くんが上げたトスを、笹谷くんが打ちこむ。
私と茂庭くんの間に勢いよく落ちたボールを見て、笹谷くんと鎌先くんは拳を合わせる。
「何か今、超スパイク打ちやすいんだけど、鎌先、セッターいけるんじゃね」
「おう、俺もなんかそんな気がしてた」
「…喜んでるとこ悪いけど、多分ネットが低いおかげだから」
「ごめん、私用に女子の高さにしてもらってる」
「ぐああ、そういうことか騙された」
「卑怯だぞ!」
「卑怯って……気づけよ!」
楽しい。こんなに楽しいのは久しぶり。
事情を聞いて何とかしてくれようとする彼。
何も聞かずに仲間に入れてくれる彼ら。
こんなバレー馬鹿たちがいるところで、一緒に、どういう形であれ、バレーボールに関われるのなら……。
それは素敵な三年間じゃないだろうか。
いつの間にか誰かがつけ始めた得点で、2点差で鎌先・笹谷チームの勝利となったタイミングで、私は口を開く。
「茂庭くん、私マネージャーやるよ」
「え?ええっ!!」
「何で、そんなに驚いてるの」
「だ、だって、」
心底びっくりした顔で「断られてもしょうがないと思ったのに、」と私を見る。
私はかぶりをふって、
「やっぱり私、バレーボールから離れられないと思ったし」
茂庭くんの目を見て言う。
「茂庭くんと一緒の夢を追いかけるのも悪くないなと思った」
茂庭くんが静かな表情で私を見る。入口から入ってきた風が今度は私の髪を揺らした。
その風を受けて私は精一杯笑顔を作る。
「よろしくね」
差し出した右手は、ためらい気味に、それでいてしっかりと握り返された。
「こちらこそ、よろしく」
握手を交わす私たちを見て、鎌先くんと笹谷くんがひそひそと話す。
「え?なんだよこれ、マネージャー勧誘試合だったのかよ」
「まじか、俺、工業入った時点で女子マネとか諦めてたわー」
そして彼らは茂庭くんを両サイドから挟んでつっついた。
「やるな、茂庭。このドスケベが」
「なんで最後悪口?!」
「茂庭、いや、もっさん!」
「茂庭でいいよ!」
慌てる茂庭くんをからかう二人を見て、私も
「鎌先くん、笹谷くん」
「おっおう」
「なーに?」
急に背筋を伸ばす鎌先くんに、ゆるく目じりを下げる笹谷くん。
そんな二人に、ありったけの思いを込めて。
「だから、たまには、こうして一緒に遊んでください」
がばっと勢いよく頭を下げる。
笹谷くんはにやっと笑って言う。
「俺らで良ければいつでも相手になるぜ」
「遊びじゃねーだろ?真剣勝負だ!」
鎌先くんが袖のないTシャツで力こぶを作る。
「じゃ次、結城、俺と組んでみ?」
「え、あ、うん!」
「おやー、小さいの二人で大丈夫かあ~」
「鎌先てめーぶっ潰す」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
「なんだよ、茂庭、独占欲かー?」
「違う、そういうんじゃなくて!!」
「結城、ジャンプするとパンツ見えそう」
「ええー?!」
「体育ジャージとかある?」
「ある!ちょっと履いてくる」
「もっさん、むっつりすぎだろ気にしてやれよ」
「今、言おうとしたんだよ!」
「茂庭と違って俺は紳士だからな」
「それどころじゃなかったんだって!」
「履いてきた!やろう!」
そうして、私&笹谷くん対茂庭くん&鎌先くんの試合が始まった。
◇◇◇
次の日の部活前。
茂庭くんたちと体育教官室の追分先生の元へ入部届を持って行った。
「マネージャーとして入部希望します、1年C組の結城友紀です。よろしくお願いします」
差し出した入部届は前に返されたものと同じ。欄外に『マネージャー希望』と付け加えてある。
「追分監督」
「よろしくお願いします」
後ろで、茂庭くん達が頭を下げる。
しばらくの沈黙の後、追分先生はキュルっと椅子をきしませてこちらに向く。
「結城」
「はっ、はい」
緊張のあまり声が裏返ってしまっている。
追分先生はふっと笑うと、手を膝につき深々と頭を下げた。
「昨日は無下に断ってすまなかった。経験者のサポートがあるならありがたい」
そう言って顔を上げると私を見て微笑んだ。
「どうか、こいつらに尽くしてやってほしい」
「はいっ!よろしくお願いします!」
私も負けずに深々と頭を下げる。
「それと、茂庭」
「はい」
「長く休むと勘がにぶってしまうから、練習後、彼女にトスあげてやれ」
「え…、いいんですか」
「よっしゃ」
「よかったな」
鎌先くん、笹谷くんも口々にそう言うと、追分先生がコホンと1つ咳払いをし、気まずそうに口を開く。
「えーと…お前たち?」
「はい」
「……くれぐれも言っておくが、部内恋愛は禁止だぞ」
「「「えええーーーっ?!」」」
3人が声を揃えて抗議の?声を上げたのが良く晴れた春空の下に響き渡った。
「えー!!!女子バレー部、ないんですか!?」
思った以上に響いた嘆き声に、職員室中の視線が集まる。我に返った私はぺこぺこと周囲に頭を下げ、目の前の追分先生へと直った。今日から練習に参加させてもらおう、と、張り切って仮入部期間初日の昼休みに来たというのにこの仕打ちだ。
「うちは工業高校というのもあってな、女子の運動部はなかなか人数が集まらん」
「悪いな」と口では謝ってくれるものの、入部届は突き返される。私は黙って受け取るしかなかった。バレー部があるのを確認して進学先を決めたのに、なんて罠だ……。呆然とする私を気の毒に思ったのか追分先生は続ける。
「スポーツがやりたいなら、テニス部とか陸上部なら女子も受け入れてるぞ。そちらに入るのはどうだ?」
「……私はバレーがしたいんです…」
私が消え入りそうな声で訴えた時、「失礼します」という声とともに一人の男子生徒が職員室に入ってきた。手には見覚えのある紙。私と同じ入部届だ。その男子は迷わずこちらへ歩いてくる。追分先生の横で立ち尽くしている私に気づかわしげな視線をくれるが、居たたまれなくなった私は誰へともなく一礼し、逃げるように職員室を出た。
廊下に出ると窓にポツポツと水滴がかかる。この時期の雨は嫌いだ。せっかく咲いた桜が落ちてしまうから。さっきまで晴れていたのに。意気揚々と職員室へ乗り込んでいった先ほどまでとうってかわった今の絶望的な気持ち。こんなところで天気とシンクロするなんて苦笑するしかない。持っていた入部届はいつのまにか手の中でくしゃくしゃになっていた。
切り替えの早さが私の数少ない長所だ。廊下の曲がり角にゴミ箱が見える。いつもより大股でゴミ箱に向かって歩き、入部届を破ろうと、広げて手に掛けようとしたその時。
「待って!!!」
職員室から出てきた男子生徒が、叫びながら駆け寄ってくる。さっきの子だ。手に持っている紙がない。受け取ってもらえたのか…、と苦々しい気持ちがよぎる。
そんな思いを知らない彼は、前に立つとちらりと私の持っている入部届を見やる。
「何よ…」
その時の私は『あんたはいいよね、バレー部入れて』っていう態度丸出しだったと思う。そんな敵意といってもいい私の感情を受け流すかのようにふわっと笑って彼は言った。
「結城さんだよね、俺、同じクラスの茂庭」
工業高校では女子は少ないせいかすぐに覚えられてしまう。対して私は彼が同じクラスであったかも記憶にない。
「あー…、同じクラスだったっけ。ごめん、まだ覚えてなくて…」
「別にいいよ。俺、バレー部に入ったんだけど」
「それは知ってる。さっき見えた。良かったね、入部できて」
イラつきを抑えて早口でそう言うと、茂庭くんは慌ててたように続けた。
「あの、さ!そのことなんだけど結城さん、良かったら、バレー部のマネージャー、やらない?」
思いもよらない話に一瞬私の思考は停止する。
「……は?マネージャー?」
「うん。結城さん、バレーしてたんだよね。で、さっき女子バレー部がないっていうのが聞こえたから、もし良かったらどうかな、と思って」
何それ。彼がまるっきりの善意で言ってくれているのはわかるけど、今の私にはあまりに無神経だ。
「私は、マネージャーじゃなくて、プレーがやりたいんだけど」
「結城さん、ポジションどこ?」
悪気なく続けられたその質問に、私の怒りメーターは振りきれてしまった。
「ウイングだけど、そんなの聞いてどうすんのよ!目の前でバレーやってる人達がいて、私だけできないなんて拷問じゃない。茂庭くん、優しそうな顔して、とんだどSだよね」
いらだちまぎれにそこまで吐き捨て、彼を睨み付ける。一方的に怒りをぶつけられた茂庭くんは目を見開いて立ち尽くしていた。
「ごめん、そういうつもりはなかったんだけど……、そうとられても仕方ないや。…俺、最低だね」
俯く茂庭くんにはっと我にかえる。善意で誘ってくれた人にそこまで言わせるほどのひどい言葉をぶつけてしまった。
「私もごめん。八つ当たりした」
急激に込み上げる罪悪感にいたたまれなくなる。
とにかく、彼の前で入部届を破り捨てるのはやめよう。きれいにたたみ直しポケットに入れる。
唇を痛いほど噛みしめた茂庭くんに向かい、なんとか顔をゆがめて笑い顔を作る。
「誘ってくれてありがとう。バレーは好きだから、応援してる。私の分もがんばってね」
それだけ言って、茂庭くんに背を向け逃げるように駆け出した。これ以上、彼の姿を見ていられなかったから。
◇◇◇
それから、バレーの事は考えないようにして過ごした。茂庭くんと顔を合わせるのは気まずいかな、なんて思っていたけれど、クラスでは職員室でのことはなかったかのように振る舞ってくれたから、私もそれにあわせた。友達もできたし放課後の暇つぶしには事欠かない。なんだ、バレーなくても楽しくやれるじゃん。
それでも、数日経過するとやっぱりバレーが恋しくなる。できないのはわかっている。けど、少し、空気だけでも感じたい。
そんなわけで、放課後、練習を覗いてみることにした。体育の授業で、体育館の2階にあたる部分に申し訳程度のギャラリーがついていることはわかっていた。
球技の部活独特の匂い。ボールが床に落ちる音。 床との摩擦できしむシューズの音。中学女子のよりも遥かに高く見えるネット。上を向いてボールを追う部員たち。
2列に分かれてのスパイク練習がはじまっていた。何となく私の目は彼を探してしまう。
あ、いた。手前のネット際でトスを上げている。茂庭くんはセッターなんだ。
一人ひとりの要求に応えて丁寧にトスを打ち分けてる。選手が順番にぐるぐると回を重ねていくにつれ、目に見えてタイミングや高さが合ってくるのがわかった。
……茂庭くん、優秀じゃん。
今日は近くの高校との練習試合があるらしく、レギュラー陣はそちらへ移動するとのことだった。軽めの調整のみで練習が切り上げられる。
「1年は体育館片づけたら今日の練習は終わりな」
コーチらしき人がそう言ったのを聞いてそっと体育館を後にした。カバンを取りに教室に戻る。
懐かしさとともに、いいな…という思いが広がっていく。ああ、やっぱり、私はバレーが好きだな。誰にも気づかれなかったし、また見学しに行こうかな。
「結城さん!」
そんな事を思いながら校庭を横切り校門へ向かっているところを呼び止められた。
振り返ると体育館の方向から茂庭くんが駈けてくる。息を弾ませて私の目の前に立ちはだかる。
「な、何?」
「俺のトス打ってよ」
食い気味にそう言った彼は私の腕を取る。
「もう、バレーのことで声をかけるつもりはなかったんだけど、さっき、上にいるの見えたから」
そのまま私の返事を待たずに歩き出す。
「え、ちょっと待って、私…… 」
何か言い訳して断ろうと思ったけれど、何も思いつかない。離したら逃げ出すとでも思われているのだろうか。握る力が強い。ずんずんと私の手を掴んだままためらいなく進む茂庭くんに、小走りになりながらついていく。
第1体育館。さっき見下ろしていた場所に私は立っている。見慣れたネット。見慣れたボール。バレーボールのコートだ。
体育館へ着くなり私の腕を解放すると「女子用ってこれくらいだっけ?」とネットの高さを調節しはじめた。
それが終わると茂庭くんは、ボールをかごから一つ取り出し私に投げてよこす。
「……」
久しぶりのボール。だけど、言われなくてもこれからやることはわかる。
山なりにボールを投げて走り込む。茂庭くんがトスを上げる。
フワッ
ドッ
何の打ち合わせもしてないのに、すごく打ちやすいトスだった。中学の時の相棒セッターを軽く超えてしまうくらい。
懐かしい、手の感触。思わず手のひらを見てしまう。まだ、この感覚、忘れていない。
私はブレザーを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくった。
「もう1回上げてもらって、いい?」
「もちろん」
茂庭くんが笑顔でカゴからボールを出して。投げる。トスが返ってくる。ドンピシャ。もう1回。
それから、私は制服であることも上履きであることも忘れ、ひたすらボールを追いかけた。
助走の長さ、ジャンプのタイミング、コースの打ち分け。
だんだんと、体が思い出してくるのがわかる。
次、次、次……
「結城さん!ちょっと、休憩」
20球ぐらい打っただろうか。ついにかごのボールが切れた。
茂庭くんがボールを拾いに行くのを横目で見つつ、しゃがみこんで息をつく。
あー。体力落ちてる。前はこんなんで息切れなんてなかったのに。
走り込みはじめなきゃな…って、バレー部には入れないのに…。
深くため息をつくと、ボールを集め終えた茂庭くんも隣に腰を下ろした。
「……私、やっぱり、バレーが好きだ」
ぽつりとこぼれる本音。
こんなに夢中になれるもの、やっぱり他にない。
「うん、わかるよ」
隣で茂庭くんがそっとつぶやく。
「好きで好きで、しょうがない」
どうしようもないやるせなさが押し寄せひざに頭をつける。
なんで、私は男子じゃないんだろう。どうしてこのトスと一緒に練習できないんだろう。
彼となら、同じところを目指せそうなのに…。
「俺のトスで良ければ、いつでも上げてあげる」
上から降ってきた思いもよらぬ言葉に、思わず顔を上げて茂庭くんを見る。
茂庭くんはにっこりと微笑んだ。
……本当に。優しいな、この人は。でも、迷惑はかけられない。
「…… 私みたいな部外者と遊んでたら怒られるよ?」
「だから、もう一度言わせてもらう。マネージャーになって、結城さん」
きっぱりとした声音。茂庭くんの顔は真剣だった。緊張をまとっているのがわかる。
「そうしたら、もう、部員だから、」
一緒にバレーボールをやろう。
外へつながる扉からひゅっと強い風が吹いて茂庭くんのくせの強い髪を揺らす。体育館の天窓から差し込む光が茂庭くんの揺れた髪を照らし、それがすごく神々しかった。
部員。私、またバレー部員になれるの?
バレーボールと関わっていたい。こういう風にでもボールに触りたい。
でもだめだ。真剣にやっている部活の人から見れば、こんなのやっぱりただの遊びだ。
「今日みたいな、誰もいない日ならいいけど、他の部員の方がいたら何か言われるでしょ?」
「だったら、俺、」
茂庭くんは考えるように天を仰ぐとすっと立ち上がって言う。
「主将になる。そうしたら、誰にも文句は言わせない」
強い力を瞳に宿してまっすぐこちらを見る茂庭くん。その瞳に射すくめられ、私の心臓が一瞬高鳴る。
茂庭くんは……きっと今の言葉を実現する。なんとなく、そんな予感がした。
この人にならついて行きたい、と思わせる力を持っている。
「ま、監督はどうにか説得しないといけないけど…」
そんな予感を砕く茂庭くんの言葉に、思わず吹き出す。きっとイマイチ決めきれないところも彼の魅力になってしまうのだろう。
チームメイトならともかく、戦力にならない私を部員にするのに必死になってる。『そんなに雑用がいや?』っていうイヤミも思いついたけど言わない。
茂庭くんが絶対そんなコトを考えているわけじゃないのがわかるから。
だから、同じイヤミなら絶対こっちだ。
「主将よりも前に、セッターでレギュラーを取るのが先じゃないの?」
「……結城さんのおっしゃる通りだね」
頭を掻きながら茂庭くんが笑う。私もつられて笑い、スカートの後ろをはたきながら立ち上がる。
「あと、5本ぐらい、打ちたい」
「わかった!」
茂庭くんが子供みたいに顔を輝かせてボールを手に取る。
走り込んでジャンプをしようと踏み切ると、さっと人影が入って私の目の前に影をつくった。
バチーン
私の打ったボールがブロックに弾き返された。ボールはエンドラインギリギリのところに落ちる。
「イエーイ!ドシャット!」
すごく体格のいい短髪の男子だった。彼はドヤ顔を作って私に言う。
「スパイク練なら、ブロックいた方がいいだろ?」
「鎌先、ブロックしてもいいけど、本気ジャンプ禁止!!」
「しょーがねーなー!」
茂庭くんに『鎌先』と呼ばれた男子は、Tシャツをさらに腕まくりして、相手コートに入る。
壁が高い。女子用のネットの高さとはいえ、ジャンプなしでもネットから腕が出ている。
でも、これをどうかわすか、考えるのが楽しい。次の一本はあっさり止められる。鎌先くんはニカっと効果音が出そうな豪快な笑顔を見せた。くそ、悔しい。
茂庭くんが背中越しにすっと向こう側を指すようにサインを出す。
うん。多分これは。ブロード。
茂庭くんがバックに上げたトスに向かって走り込む。よし、ふった。
「うおっ」
逆をつかれた鎌先くんが後ろに下がりレシーブすると、そのボールは高く上がった。鎌先くん反応速度すごいな。
でも、そちら側のコートには鎌先くんしかいないはず。と、ほっと息をつくと、外からもう一人、髪を立たせた男子が走り込んできた。
これは…!打ってくる!
思わず後ろに下がり身構える。
ドゴッ
バチッ
「いっててて……」
真正面に回り込めたので何とか拾えたものの男子のスパイクはさすがに強烈だ…。ボールはあらぬ方向へ飛んで行った。
ワイシャツをまくった腕が赤い。こんなの久しぶりだ。
相手コートに入ってきた彼は、意外そうな顔でネット越しに私を見ていた。
「まさか俺のスパイクが女子に拾われるとはな」
「笹谷!もうちょっとスパイク手加減!顔に当たったらどうするの」
「そしたら俺が責任とる!」
「何言ってんの!」
茂庭くんが怒鳴っているが、笹谷くんはこちらにひらひらと手を振って受け流し、鎌先くんとハイタッチを交わす。
「よーし、2対2だ!」
鎌先くんの雄叫びが響き、笹谷くんがニヤリと笑う。
「全力スイング禁止!」
そう茂庭くんは相手コートに念を押すと、心配そうな顔で私の所に来た。
「大丈夫、結城?」
「うん、びっくりしたけど、平気」
「なんか、はじまっちゃったけど、いける?」
「うん、望むところ」
「お前らこそ、いちゃつき禁止!くらえっ」
鎌先くんがサーブを打つ。一応手加減してくれてるんだろうけど、これまた体重の乗った球だ。
「っ!!」
なんとかレシーブで受けるもののそのまま相手のコートに入ってしまう。
「笹谷っ!」
「っおし!」
鎌先くんが上げたトスを、笹谷くんが打ちこむ。
私と茂庭くんの間に勢いよく落ちたボールを見て、笹谷くんと鎌先くんは拳を合わせる。
「何か今、超スパイク打ちやすいんだけど、鎌先、セッターいけるんじゃね」
「おう、俺もなんかそんな気がしてた」
「…喜んでるとこ悪いけど、多分ネットが低いおかげだから」
「ごめん、私用に女子の高さにしてもらってる」
「ぐああ、そういうことか騙された」
「卑怯だぞ!」
「卑怯って……気づけよ!」
楽しい。こんなに楽しいのは久しぶり。
事情を聞いて何とかしてくれようとする彼。
何も聞かずに仲間に入れてくれる彼ら。
こんなバレー馬鹿たちがいるところで、一緒に、どういう形であれ、バレーボールに関われるのなら……。
それは素敵な三年間じゃないだろうか。
いつの間にか誰かがつけ始めた得点で、2点差で鎌先・笹谷チームの勝利となったタイミングで、私は口を開く。
「茂庭くん、私マネージャーやるよ」
「え?ええっ!!」
「何で、そんなに驚いてるの」
「だ、だって、」
心底びっくりした顔で「断られてもしょうがないと思ったのに、」と私を見る。
私はかぶりをふって、
「やっぱり私、バレーボールから離れられないと思ったし」
茂庭くんの目を見て言う。
「茂庭くんと一緒の夢を追いかけるのも悪くないなと思った」
茂庭くんが静かな表情で私を見る。入口から入ってきた風が今度は私の髪を揺らした。
その風を受けて私は精一杯笑顔を作る。
「よろしくね」
差し出した右手は、ためらい気味に、それでいてしっかりと握り返された。
「こちらこそ、よろしく」
握手を交わす私たちを見て、鎌先くんと笹谷くんがひそひそと話す。
「え?なんだよこれ、マネージャー勧誘試合だったのかよ」
「まじか、俺、工業入った時点で女子マネとか諦めてたわー」
そして彼らは茂庭くんを両サイドから挟んでつっついた。
「やるな、茂庭。このドスケベが」
「なんで最後悪口?!」
「茂庭、いや、もっさん!」
「茂庭でいいよ!」
慌てる茂庭くんをからかう二人を見て、私も
「鎌先くん、笹谷くん」
「おっおう」
「なーに?」
急に背筋を伸ばす鎌先くんに、ゆるく目じりを下げる笹谷くん。
そんな二人に、ありったけの思いを込めて。
「だから、たまには、こうして一緒に遊んでください」
がばっと勢いよく頭を下げる。
笹谷くんはにやっと笑って言う。
「俺らで良ければいつでも相手になるぜ」
「遊びじゃねーだろ?真剣勝負だ!」
鎌先くんが袖のないTシャツで力こぶを作る。
「じゃ次、結城、俺と組んでみ?」
「え、あ、うん!」
「おやー、小さいの二人で大丈夫かあ~」
「鎌先てめーぶっ潰す」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
「なんだよ、茂庭、独占欲かー?」
「違う、そういうんじゃなくて!!」
「結城、ジャンプするとパンツ見えそう」
「ええー?!」
「体育ジャージとかある?」
「ある!ちょっと履いてくる」
「もっさん、むっつりすぎだろ気にしてやれよ」
「今、言おうとしたんだよ!」
「茂庭と違って俺は紳士だからな」
「それどころじゃなかったんだって!」
「履いてきた!やろう!」
そうして、私&笹谷くん対茂庭くん&鎌先くんの試合が始まった。
◇◇◇
次の日の部活前。
茂庭くんたちと体育教官室の追分先生の元へ入部届を持って行った。
「マネージャーとして入部希望します、1年C組の結城友紀です。よろしくお願いします」
差し出した入部届は前に返されたものと同じ。欄外に『マネージャー希望』と付け加えてある。
「追分監督」
「よろしくお願いします」
後ろで、茂庭くん達が頭を下げる。
しばらくの沈黙の後、追分先生はキュルっと椅子をきしませてこちらに向く。
「結城」
「はっ、はい」
緊張のあまり声が裏返ってしまっている。
追分先生はふっと笑うと、手を膝につき深々と頭を下げた。
「昨日は無下に断ってすまなかった。経験者のサポートがあるならありがたい」
そう言って顔を上げると私を見て微笑んだ。
「どうか、こいつらに尽くしてやってほしい」
「はいっ!よろしくお願いします!」
私も負けずに深々と頭を下げる。
「それと、茂庭」
「はい」
「長く休むと勘がにぶってしまうから、練習後、彼女にトスあげてやれ」
「え…、いいんですか」
「よっしゃ」
「よかったな」
鎌先くん、笹谷くんも口々にそう言うと、追分先生がコホンと1つ咳払いをし、気まずそうに口を開く。
「えーと…お前たち?」
「はい」
「……くれぐれも言っておくが、部内恋愛は禁止だぞ」
「「「えええーーーっ?!」」」
3人が声を揃えて抗議の?声を上げたのが良く晴れた春空の下に響き渡った。
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