24 メガカタイ
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目が堅い
風呂から上がって部屋に戻ってきた。
青根は大浴場で、稲荷崎OBの北とかいう人(本当に先代主将だった)と話して意気投合していた。ぬるい露天に並んでつかって、言葉少なく生活のありよう、みたいなこと語り合ってるのシュールすぎてウケたけど、見るからにほくほく顔っていうの? で、恋かよってぐらいウキウキしている青根を見るのは悪くない。
ウキウキしながらも、やってるのは帰る準備なんだけど。
三泊もしたから飽きてはいるけど、部屋にも妙な愛着がわきつつある。合宿仕様のツインルーム。
『ここって、本館はツインとかトリプルとかクアッドとかの合宿仕様で、別館はシングルとかダブルとか1ベッド中心なんだって。だから友紀ちゃんの部屋は別館になるんだよ』
宿舎についた途端、友紀のところに滑津が来て、そんな説明を受けていた。
『これがルームキーになるカード。オートロックだから閉め出しに注意してね』
部屋にいる時は入り口のところに刺すんだよ、という補足に続けて滑津は愚痴をこぼす。
『アイツらさー、二人とか三人部屋だからって油断して誰もキー持たないで外出~とかやらかすのよー。ホント何度フロントに頭下げたことやら……』
はぁと肩を落としてため息をつく滑津の横で、友紀が励ますようにくすっと笑う。
『ホント、田舎モン丸出しで困っちゃうよなー』
思わず横から口を挟んだ俺に視線を向け、滑津はさっきより大きなため息をついた。
『……二口は青根と同室なのに感謝しなよ。毎回、青根が来るまで部屋の前で待ってるって、タレコミ来てるけど?』
『ちょ、今、それ言うなって!』
滑津にもフロントにも迷惑かけてなかったからノーカンだと思ってたけどヤブヘビだった。友紀はこらえきれなかった、って感じで笑っている。
俺の恥が晒されてしまったのは癪だけど、普通に笑えるようになったみたいで、よかった。
『あとは自由にして、って言ってあげたいんだけど、できれば部屋で過ごしてほしいんだ。トラブル防止っていうか、女の子一人で泊まってるってバレると怖いから……。部屋にお風呂ついてるから、申し訳ないけどそっちを使ってほしいな』
そりゃそうだ。大浴場の湯上がりとか危なすぎる。うち以外にも男ばっかり泊まってるホテルだし。
友紀が神妙に「わかった」とうなずくと、滑津はいつまでここにいるの? とばかりに俺を睨んだ。
『……ちょっと二口は、あっちもめてるから、見てきて』
『は? なんで、俺が』
『主将でしょ? ……で、友紀ちゃん、これが夕食と明日の朝食のチケット。私たちと同じ会場になるから安心してね』
続く友紀と滑津のやり取りを背にして、仕方なく俺はもめてる現場に急行する。
一年が二人、座席が書かれた紙を手にして言い合ってた。二人の間に割り込む。左右に広げた両腕を二人の首の後ろへ滑り込ませた。
『なーに、もめてんだよ』
『わっ、二口先輩』
二人は俺の登場に驚きつつも言い合いを続ける。
『だってこの席、一番ハズレじゃないですか! ここだけ、ウチじゃない人と一緒なんですよ』
『俺の方がデカいんだから通路側に譲れって!』
『それとは話が別!』
あー……。上級生から順にって回ってきた、帰りの飛行機の席か。確かに、三列シートの窓際だけがウチの取っている席じゃない。一年にここが回ってくるのはまあ必然だし、特にここの真ん中を嫌がるのもわかる。
待てよ。俺、右が青根、左が小原の三列で、ジャン負けで真ん中になったんだった。
……でけぇのに両サイド挟まれるより、ワンチャン小柄な他人に賭ける方がいいかも。
『俺、ここでいーよ。ここの二つ、俺と青根が座る」
『え?! いいんですか?」
『いーって!』
そう言いながら、少し離れたところにいる青根を見つける。
『青根ー! 俺と一緒に列移動! 俺の隣の通路側でいいよな?」
こちらを振り返った青根がうなずくのが見える。事後承諾なのに理解が早くてホント助かる。
『二口さん、ありがとうございます!』
『小原に端、譲っとけよ?』
『もちろんです!』
……そんなこともあったな、と座席表のコピーを見る。コレは一応明日、手元におかなければいけない。
明日のことはこんなもんだろう。
最後に、これはどうすっかな……。
伊達工ジャージ。
3年は準決以降を見るか見ないかも含めて、飛行機の集合時間まではわりと自由だ。明日はもう私服でも良いって言われている。
さっき、俺にジャージを返せなかった友紀を思い出す。
……すっげぇ顔してたな。
あれ、もう少し何かしたら泣いてたんじゃねぇかな。
正直、泣かせる方が簡単。
抱きしめてよしよしすれば、多分泣くだろうし。それで多少はすっきりしただろうし。
でも、それをやっちゃうと、彼女がここまで護ってきたものを台無しにしてしまいそうで、軽く触れてはいけない気がした。
……あいつも、まあ大概だよな。
わざわざ福岡まで来てる時点でおかしいんだよ、と思って笑って
……笑えなくなる。
……俺がいなかったら、俺と付き合ってなかったら、来るはずなんてないのに。
「見とけ」とは言ったけど、そんなになるまで見なくていいのに。
そこまで必死に見なくていい。
そんなに、焼き付けなくてもいい。
……まあ、いい試合だったとは思うけど。
……いや、見とけって言ったの俺だけど。
泣きそうな顔してるのに、泣きたくないって言った。
一人になりたくて、動けなくなる程。
なんで、泣かなかったんだろう。
俺に気を遣って? そんな単純なことじゃなくね?
泣きたくないんだったら、俺にできることはない。
むしろ俺はいないほうがよかったんだと思う。
でも、そんな友紀を一人で置いてはいけなかった。
俺の視線が気にならないようにしてやればいい。
それでも、離れずにいることくらいはできる。
だから、そばにいた。
『見届けられてよかった』
そうまっすぐに言われて、思った以上に心に刺さってしまって、照れ隠しにジャージで顔を隠して、……怒られた。
今になって、やっと友紀が泣かなかった理由がわかった気がする。
俺の敗戦を、自分が泣いたという感情で、終わらせるのが嫌だったんだ。
……そんなの、泣くのを堪えられた方が、俺にだって焼き付いてしょうがないんだけど。
もう、さ。
俺に計算なしでここまでさせるって、相当なんだけど。
俺がどれだけ友紀に動かされてるか、友紀もいい加減分かってるよな?
「……」
いや……。最後に二人でまともに話したのいつだっけ。
試合後は、ほとんど話してないし。
試合前、ルーティンだけ?
夏休みの間、え、会ってなくね!?
一学期終わり……
あれ……。どこまで遡ればいいんだ?
ここまで来て、自然消滅はもうない。
でも、振り出しに戻ってるかもしれない。
帰ったら、取り返そう。
今、友紀、何してるんだろ。
ふと、無意識のうちにほとんどの荷物整理が終わっていることに気づいた。
テーブルの上には、スタッフ、マネージャーと俺だけが持っている遠征要項が置いてある。
ゲストの部屋割りのページを開く。
ゲスト1の⋯⋯部屋番号。
昨日まで茂庭さんが泊まっていた部屋に、友紀が入ることになっている。
掃除が入ったとはいえ、昨夜茂庭さんが寝たベッドで今日は友紀が寝るって……
「……」
なんかすごく嫌なんだけど。
もやもやした気持ちを抱えたまま、そういえば、と茂庭さんに渡されたままになっていた紙袋を手繰り寄せる。まず真ん中のテープの封をはがしてみる。
包みが二つ。
一つは紙袋と同じデパートの包装紙で包まれている。
中から出てきたのは、案の定のボクサーパンツだった。黒地に、ウエストバンドのブランドロゴが入ってる部分が緑。これ、間違いなく全員お揃いな悪寒がする。ったく……。まあ、みんなで履いた写真を送り付けてみるのもいいかもしれない。
問題は、もう一つ。
おもちゃ屋みたいなポップな包装紙で包まれている。平たい直方体の箱。さっきのに比べると若干、ラッピングが甘い。
持ってみる。軽い。
振ってみる。平たいものが入っているような音がする。
……。
……まさか。
まさかだけど。
イヤな予感がして、包装紙をはがしてみる。
フィルムに包まれたシックなパッケージ。
薄さを誇示する小数点付きの数字……。
「あの人、バカかよ!!」
思わず大声が出てしまった。青根が「?」と首を傾げながらこちらを見る。若干目線が鋭い。先輩の悪口は聞き捨てならないと思われたのだろう。
でも、コレを遠征先で渡してくる先輩、青根でも悪態の一つや二つ、つきたくなると思うんだけど。
笹谷さん、やりやがった……!
「なんでもねぇ」と言ったものの、青根は何か言いたげな顔をしてくる。俺は表情で悟られないように、さっきバッグに入れ損ねたジャージを頭からかぶって息を吸う。
返してもらった時、すごいいい匂いしたんだけど。
その友紀の痕跡を探すように、もう一度息を吸う。
けど、もう残っていない。
……なんか、落ち着かない。
『へ、変態!』
……今思えば、すげぇこと言われたな、俺。
あれぐらいで。
……もっとすごいコトしようとしてんのに。
「……」
一つ息をついて、ジャージを取り払った。
タオルが入ったメッシュバッグを持つ。
こうすれば部屋の外にいるのを誰かに見つかっても、『露天風呂に入りたくて』と言い訳がたつだろう。
「……………」
保険として……笹谷さんの土産を放り込む。
ドアに手をかけたところで声をかけられた。
「……鍵」
「持ってる」
どこへ行くんだ? とばかりに視線が追いかけてくるから、意識的に笑って何でもないことのように言う。
「もう一回、風呂行ってくる」
「???」
怪訝そうな顔をする青根に、念押しで、もう一言だけ付け加える。
「……朝まで入ってるかも」
「……!? ……わかった」
何かを察してくれたらしい青根に手を上げて応え、そのまま後手に扉を閉めて部屋の外に出た。
風呂から上がって部屋に戻ってきた。
青根は大浴場で、稲荷崎OBの北とかいう人(本当に先代主将だった)と話して意気投合していた。ぬるい露天に並んでつかって、言葉少なく生活のありよう、みたいなこと語り合ってるのシュールすぎてウケたけど、見るからにほくほく顔っていうの? で、恋かよってぐらいウキウキしている青根を見るのは悪くない。
ウキウキしながらも、やってるのは帰る準備なんだけど。
三泊もしたから飽きてはいるけど、部屋にも妙な愛着がわきつつある。合宿仕様のツインルーム。
『ここって、本館はツインとかトリプルとかクアッドとかの合宿仕様で、別館はシングルとかダブルとか1ベッド中心なんだって。だから友紀ちゃんの部屋は別館になるんだよ』
宿舎についた途端、友紀のところに滑津が来て、そんな説明を受けていた。
『これがルームキーになるカード。オートロックだから閉め出しに注意してね』
部屋にいる時は入り口のところに刺すんだよ、という補足に続けて滑津は愚痴をこぼす。
『アイツらさー、二人とか三人部屋だからって油断して誰もキー持たないで外出~とかやらかすのよー。ホント何度フロントに頭下げたことやら……』
はぁと肩を落としてため息をつく滑津の横で、友紀が励ますようにくすっと笑う。
『ホント、田舎モン丸出しで困っちゃうよなー』
思わず横から口を挟んだ俺に視線を向け、滑津はさっきより大きなため息をついた。
『……二口は青根と同室なのに感謝しなよ。毎回、青根が来るまで部屋の前で待ってるって、タレコミ来てるけど?』
『ちょ、今、それ言うなって!』
滑津にもフロントにも迷惑かけてなかったからノーカンだと思ってたけどヤブヘビだった。友紀はこらえきれなかった、って感じで笑っている。
俺の恥が晒されてしまったのは癪だけど、普通に笑えるようになったみたいで、よかった。
『あとは自由にして、って言ってあげたいんだけど、できれば部屋で過ごしてほしいんだ。トラブル防止っていうか、女の子一人で泊まってるってバレると怖いから……。部屋にお風呂ついてるから、申し訳ないけどそっちを使ってほしいな』
そりゃそうだ。大浴場の湯上がりとか危なすぎる。うち以外にも男ばっかり泊まってるホテルだし。
友紀が神妙に「わかった」とうなずくと、滑津はいつまでここにいるの? とばかりに俺を睨んだ。
『……ちょっと二口は、あっちもめてるから、見てきて』
『は? なんで、俺が』
『主将でしょ? ……で、友紀ちゃん、これが夕食と明日の朝食のチケット。私たちと同じ会場になるから安心してね』
続く友紀と滑津のやり取りを背にして、仕方なく俺はもめてる現場に急行する。
一年が二人、座席が書かれた紙を手にして言い合ってた。二人の間に割り込む。左右に広げた両腕を二人の首の後ろへ滑り込ませた。
『なーに、もめてんだよ』
『わっ、二口先輩』
二人は俺の登場に驚きつつも言い合いを続ける。
『だってこの席、一番ハズレじゃないですか! ここだけ、ウチじゃない人と一緒なんですよ』
『俺の方がデカいんだから通路側に譲れって!』
『それとは話が別!』
あー……。上級生から順にって回ってきた、帰りの飛行機の席か。確かに、三列シートの窓際だけがウチの取っている席じゃない。一年にここが回ってくるのはまあ必然だし、特にここの真ん中を嫌がるのもわかる。
待てよ。俺、右が青根、左が小原の三列で、ジャン負けで真ん中になったんだった。
……でけぇのに両サイド挟まれるより、ワンチャン小柄な他人に賭ける方がいいかも。
『俺、ここでいーよ。ここの二つ、俺と青根が座る」
『え?! いいんですか?」
『いーって!』
そう言いながら、少し離れたところにいる青根を見つける。
『青根ー! 俺と一緒に列移動! 俺の隣の通路側でいいよな?」
こちらを振り返った青根がうなずくのが見える。事後承諾なのに理解が早くてホント助かる。
『二口さん、ありがとうございます!』
『小原に端、譲っとけよ?』
『もちろんです!』
……そんなこともあったな、と座席表のコピーを見る。コレは一応明日、手元におかなければいけない。
明日のことはこんなもんだろう。
最後に、これはどうすっかな……。
伊達工ジャージ。
3年は準決以降を見るか見ないかも含めて、飛行機の集合時間まではわりと自由だ。明日はもう私服でも良いって言われている。
さっき、俺にジャージを返せなかった友紀を思い出す。
……すっげぇ顔してたな。
あれ、もう少し何かしたら泣いてたんじゃねぇかな。
正直、泣かせる方が簡単。
抱きしめてよしよしすれば、多分泣くだろうし。それで多少はすっきりしただろうし。
でも、それをやっちゃうと、彼女がここまで護ってきたものを台無しにしてしまいそうで、軽く触れてはいけない気がした。
……あいつも、まあ大概だよな。
わざわざ福岡まで来てる時点でおかしいんだよ、と思って笑って
……笑えなくなる。
……俺がいなかったら、俺と付き合ってなかったら、来るはずなんてないのに。
「見とけ」とは言ったけど、そんなになるまで見なくていいのに。
そこまで必死に見なくていい。
そんなに、焼き付けなくてもいい。
……まあ、いい試合だったとは思うけど。
……いや、見とけって言ったの俺だけど。
泣きそうな顔してるのに、泣きたくないって言った。
一人になりたくて、動けなくなる程。
なんで、泣かなかったんだろう。
俺に気を遣って? そんな単純なことじゃなくね?
泣きたくないんだったら、俺にできることはない。
むしろ俺はいないほうがよかったんだと思う。
でも、そんな友紀を一人で置いてはいけなかった。
俺の視線が気にならないようにしてやればいい。
それでも、離れずにいることくらいはできる。
だから、そばにいた。
『見届けられてよかった』
そうまっすぐに言われて、思った以上に心に刺さってしまって、照れ隠しにジャージで顔を隠して、……怒られた。
今になって、やっと友紀が泣かなかった理由がわかった気がする。
俺の敗戦を、自分が泣いたという感情で、終わらせるのが嫌だったんだ。
……そんなの、泣くのを堪えられた方が、俺にだって焼き付いてしょうがないんだけど。
もう、さ。
俺に計算なしでここまでさせるって、相当なんだけど。
俺がどれだけ友紀に動かされてるか、友紀もいい加減分かってるよな?
「……」
いや……。最後に二人でまともに話したのいつだっけ。
試合後は、ほとんど話してないし。
試合前、ルーティンだけ?
夏休みの間、え、会ってなくね!?
一学期終わり……
あれ……。どこまで遡ればいいんだ?
ここまで来て、自然消滅はもうない。
でも、振り出しに戻ってるかもしれない。
帰ったら、取り返そう。
今、友紀、何してるんだろ。
ふと、無意識のうちにほとんどの荷物整理が終わっていることに気づいた。
テーブルの上には、スタッフ、マネージャーと俺だけが持っている遠征要項が置いてある。
ゲストの部屋割りのページを開く。
ゲスト1の⋯⋯部屋番号。
昨日まで茂庭さんが泊まっていた部屋に、友紀が入ることになっている。
掃除が入ったとはいえ、昨夜茂庭さんが寝たベッドで今日は友紀が寝るって……
「……」
なんかすごく嫌なんだけど。
もやもやした気持ちを抱えたまま、そういえば、と茂庭さんに渡されたままになっていた紙袋を手繰り寄せる。まず真ん中のテープの封をはがしてみる。
包みが二つ。
一つは紙袋と同じデパートの包装紙で包まれている。
中から出てきたのは、案の定のボクサーパンツだった。黒地に、ウエストバンドのブランドロゴが入ってる部分が緑。これ、間違いなく全員お揃いな悪寒がする。ったく……。まあ、みんなで履いた写真を送り付けてみるのもいいかもしれない。
問題は、もう一つ。
おもちゃ屋みたいなポップな包装紙で包まれている。平たい直方体の箱。さっきのに比べると若干、ラッピングが甘い。
持ってみる。軽い。
振ってみる。平たいものが入っているような音がする。
……。
……まさか。
まさかだけど。
イヤな予感がして、包装紙をはがしてみる。
フィルムに包まれたシックなパッケージ。
薄さを誇示する小数点付きの数字……。
「あの人、バカかよ!!」
思わず大声が出てしまった。青根が「?」と首を傾げながらこちらを見る。若干目線が鋭い。先輩の悪口は聞き捨てならないと思われたのだろう。
でも、コレを遠征先で渡してくる先輩、青根でも悪態の一つや二つ、つきたくなると思うんだけど。
笹谷さん、やりやがった……!
「なんでもねぇ」と言ったものの、青根は何か言いたげな顔をしてくる。俺は表情で悟られないように、さっきバッグに入れ損ねたジャージを頭からかぶって息を吸う。
返してもらった時、すごいいい匂いしたんだけど。
その友紀の痕跡を探すように、もう一度息を吸う。
けど、もう残っていない。
……なんか、落ち着かない。
『へ、変態!』
……今思えば、すげぇこと言われたな、俺。
あれぐらいで。
……もっとすごいコトしようとしてんのに。
「……」
一つ息をついて、ジャージを取り払った。
タオルが入ったメッシュバッグを持つ。
こうすれば部屋の外にいるのを誰かに見つかっても、『露天風呂に入りたくて』と言い訳がたつだろう。
「……………」
保険として……笹谷さんの土産を放り込む。
ドアに手をかけたところで声をかけられた。
「……鍵」
「持ってる」
どこへ行くんだ? とばかりに視線が追いかけてくるから、意識的に笑って何でもないことのように言う。
「もう一回、風呂行ってくる」
「???」
怪訝そうな顔をする青根に、念押しで、もう一言だけ付け加える。
「……朝まで入ってるかも」
「……!? ……わかった」
何かを察してくれたらしい青根に手を上げて応え、そのまま後手に扉を閉めて部屋の外に出た。
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