23 Never Lose Sight of You
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Never Lose Sight of You
「茂庭さん。あの、私、お手洗いとか行ってから、みんなのところへ行きます」
「分かった。じゃあ先行ってるよ」
茂庭さんはそう言ってから、「気をつけて」と一言添えて、そこで別れた。
お手洗いに寄り、コインロッカーへ荷物を取りに行く。重たい荷物を引き取った後、私はどこへ向かうか途方に暮れた。
まだ、堅治くんと顔を合わせられる自信がない。さっきの拍手の時ですら、反射的に目を反らしてしまった。
堅治くんの顔を見てしまったら、感情がこみ上げてきそうな予感がする。
宿舎となっているホテルに戻るための集合時間はしばらく先だ。通路やロビーは人通りが多く、試合の余韻を感じさせるものに溢れている。
足は自然と遠ざかる方向へ向いた。
静かな階段の踊り場で立ち止まる。高いところの窓の外へ目を向け、離陸直後の飛行機が空へ上っていくのを何となく目で追ってしまう。
……私はちゃんと笑って、みんなを讃えられただろうか。
悔しくて仕方ないと感じているわけでもないのに、どうしてこんなに揺さぶられてしまっているんだろう。そのことに戸惑いに近い気持ちでいる。まだ消化できていない。
私が泣くのは、違う。それだけはわかっている。
だから、もうちょっと時間が欲しい。堅治くんと顔を合わせるまでの。
それなのに……。
「友紀」
ふと、下から名前を呼ばれた。
声の聞こえた方向を見ると、堅治くんが階段の下からこちらを見上げていた。
「やっぱり、この辺にいると思った」
「……」
「なんでわかったの?」とか「探させてゴメンね」の言葉も出せなかった。
階段を上って堅治くんは近づいてくるけれど、もう少しだけ待ってほしかった。
でも、どうしたら、この気持ちが収まるのか、まだ見当がつかない。
同じ段まで来た堅治くんが、私を見下ろして口元だけ笑う。
「ジャージ、返してもらおうと思って」
その時初めて、私は堅治くんのジャージを着たままだということに気づいた。
「あ……。う、うん、そうだね」
ジャージの袖をぎゅっとつかむ。
試合前に託してくれた、伊達工バレー部のジャージ。
もう、返さなくちゃ。
気づかれないように、小さく深呼吸してから、ゆっくりとジッパーを下ろす。
急に胸の前が涼しくなった。
二つの試合を共にしていた堅治くんのジャージ。
どうにもならない気持ちを、守ってくれていた。
重みとか、温かさとか、これのおかげで今立てているのを、ジッパーを下ろした瞬間に実感してしまった。
私のものじゃないから、返さないといけないのに。
気持ちの整理がつかないのを、先に体が察して、肩から抜こうとしたところで動けなくなった。
変なポーズで固まってしまっている私を、堅治くんは不思議そうに見ている。
それはそう。何が何だかわからないよね。
私もなんでだかわからない。
でも、もうちょっと、あと少しだけ待って。
今、これが離れていったら私は……
恐る恐る堅治くんを見上げる。
堅治くんはじっと私を見ていた。
試合中と同じ目だ……
どこまで知られてしまうんだろう、と怖くなる。胸のところを片手で握りしめ、思わず一歩後ずさってしまうと、堅治くんがはっとなった。
「ごめん、なーんかまだ、抜けてなかった」
職業病みたいなもんだなコレ、と、片手で頬を叩きながら笑う。
「友紀なんだし、直球で聞きゃいいんだ。試合中じゃねぇんだし」
『試合中』という言葉に、胸が痛む。
彼は少し腰を折って、私と視線を合わせた。
「一つだけ、教えてほしいんだけどさ、」
「うん.......」
堅治くんはふっと笑って両手を広げた。
「泣きたい? それとも泣きたくない?」
「……」
……ああ。やっぱり。
堅治くんには、見抜かれている。
「どっちにする?」
迷わず、そこに飛び込んでしまいたい気持ちはあるけれど、それに甘えたら、私は自分を保てなくなるから、
「泣きたく、ない……」
「りょーかい」
堅治くんはそう言うと、床に置いてあった私の荷物を持って歩き出した。
「欲がねぇなー。大サービスしてやってんのに」
いつもの調子で私に歩幅を合わせてくれる堅治くんに、少しだけ気持ちがラクになる。
ジャージの前を合わせるように握って私は答えた。
「堅治くん成分は、これくらいでいい」
「……そっか」
私たちはそのまま自販機と水飲み場、それと長椅子がある小さな休憩所に場所を移した。
堅治くんは奥の端に私を座らせると、人一人が入るには狭いくらいの間隔を空けて、こちらを見ない向きで座ってくれた。
ジッパーを一番上まで戻して襟を立て、顔をうずめるようにする。なんか落ち着く匂いがする気がして、息を深く吸い込んだ。
『何もしないで』って言っちゃったようなもんだから、一人にされても仕方がないのに、堅治くんは、黙ってそばにいてくれる。
それは、とても心強いけれど、またちょっとだけつらくなる。
だって、私は何もできない。
代わってあげることもできない。
どうにもできない相手に抗い続けている堅治くんのことを、見ていることしかできないのが苦しかったんだ。その無力さに胸を締めつけられている。
……でも、私は、ちゃんと見るためにここに来たんだ。堅治くんが、最後まで戦い抜く姿を、ちゃんと見ておきたかった。
最後のあの一歩が焼き付いてしまっている。
それでも、私の心に残ったのは傷なんかじゃない
彼が最後の一球まで戦った姿を
彼が三年間積み重ねてきた証を
それを私は、この目で見届けられた。
近くで見届けることができて、本当によかった。
……その堅治くんは今、
私が立ち上がれるようになるまで、そばにいてくれている。
だから、これからは、
この人が、前を向いて歩いていけるように、そばにいたい。
そう、私の中に新たな決意が刻まれた。
そうしたことで、ちゃんと堅治くんに返せそうだと思った。
もう一度、深呼吸して、ジッパーを下ろす。その音に気づいた彼が、少し微笑んで私を見ていた。
腕を抜く。
身体は涼しさを感じたけれど、もう喪失感はなかったから、笑って言える。
「ごめん、意外と汗かいちゃってるかも。……夢中だったから」
両腕を抜いて、襟元を持ってシワを伸ばすようにする。
「たたまなくていーよ、すぐ着るし」
軽く2つに折りたたんで差し出す。
ふわっと、堅治くんに渡された時の香りがまだ残っている気がした。
「ちゃんと、見てたよ」
「……うん。わかってる」
まだ、具体的な感想は言えない。
でも、私は
本気の堅治くんを最後まで
「見届けられて、よかった」
「……」
堅治くんの瞳が一瞬、揺れた気がした。
彼の手が、ジャージを受け取る。
そうして、何のためらいもなくジャージを顔につけた。
「え?」
深呼吸しているような音がして、私は慌てる。
「ちょっと、やめて!! 匂い嗅がないで!」
「友紀もさっきやってたじゃん」
「やって、ないよ!」
「いい匂いだけど?」
「そういう問題じゃなくて!!!」
慌てて取り返そうとするけれど、ひらりとかわされてもう一回嗅がれてしまった。
「へ、変態!」
結構強い言葉を出してしまったのに、「わー、友紀に怒られたー♪」と妙に嬉しそうにくるっと回りながら着られてしまった。
「もう……」
さっきまで私が着ていたのに……と思うと気恥ずかしいけど、持ち主本人が纏うジャージはやっぱりよく似合う。
堅治くんは私の顔を見つめて、手を差し出した。
「じゃ、帰ろう、行くか」
「うん……」
みんなのところに行ったら、この手はすぐ離す。
だから、今だけ……
彼の手を取りながら、届くか届かないかわからない声でつぶやく。
「お疲れさま」
「ああ」
そう言いながら彼は私の手をしっかり握った。
「茂庭さん。あの、私、お手洗いとか行ってから、みんなのところへ行きます」
「分かった。じゃあ先行ってるよ」
茂庭さんはそう言ってから、「気をつけて」と一言添えて、そこで別れた。
お手洗いに寄り、コインロッカーへ荷物を取りに行く。重たい荷物を引き取った後、私はどこへ向かうか途方に暮れた。
まだ、堅治くんと顔を合わせられる自信がない。さっきの拍手の時ですら、反射的に目を反らしてしまった。
堅治くんの顔を見てしまったら、感情がこみ上げてきそうな予感がする。
宿舎となっているホテルに戻るための集合時間はしばらく先だ。通路やロビーは人通りが多く、試合の余韻を感じさせるものに溢れている。
足は自然と遠ざかる方向へ向いた。
静かな階段の踊り場で立ち止まる。高いところの窓の外へ目を向け、離陸直後の飛行機が空へ上っていくのを何となく目で追ってしまう。
……私はちゃんと笑って、みんなを讃えられただろうか。
悔しくて仕方ないと感じているわけでもないのに、どうしてこんなに揺さぶられてしまっているんだろう。そのことに戸惑いに近い気持ちでいる。まだ消化できていない。
私が泣くのは、違う。それだけはわかっている。
だから、もうちょっと時間が欲しい。堅治くんと顔を合わせるまでの。
それなのに……。
「友紀」
ふと、下から名前を呼ばれた。
声の聞こえた方向を見ると、堅治くんが階段の下からこちらを見上げていた。
「やっぱり、この辺にいると思った」
「……」
「なんでわかったの?」とか「探させてゴメンね」の言葉も出せなかった。
階段を上って堅治くんは近づいてくるけれど、もう少しだけ待ってほしかった。
でも、どうしたら、この気持ちが収まるのか、まだ見当がつかない。
同じ段まで来た堅治くんが、私を見下ろして口元だけ笑う。
「ジャージ、返してもらおうと思って」
その時初めて、私は堅治くんのジャージを着たままだということに気づいた。
「あ……。う、うん、そうだね」
ジャージの袖をぎゅっとつかむ。
試合前に託してくれた、伊達工バレー部のジャージ。
もう、返さなくちゃ。
気づかれないように、小さく深呼吸してから、ゆっくりとジッパーを下ろす。
急に胸の前が涼しくなった。
二つの試合を共にしていた堅治くんのジャージ。
どうにもならない気持ちを、守ってくれていた。
重みとか、温かさとか、これのおかげで今立てているのを、ジッパーを下ろした瞬間に実感してしまった。
私のものじゃないから、返さないといけないのに。
気持ちの整理がつかないのを、先に体が察して、肩から抜こうとしたところで動けなくなった。
変なポーズで固まってしまっている私を、堅治くんは不思議そうに見ている。
それはそう。何が何だかわからないよね。
私もなんでだかわからない。
でも、もうちょっと、あと少しだけ待って。
今、これが離れていったら私は……
恐る恐る堅治くんを見上げる。
堅治くんはじっと私を見ていた。
試合中と同じ目だ……
どこまで知られてしまうんだろう、と怖くなる。胸のところを片手で握りしめ、思わず一歩後ずさってしまうと、堅治くんがはっとなった。
「ごめん、なーんかまだ、抜けてなかった」
職業病みたいなもんだなコレ、と、片手で頬を叩きながら笑う。
「友紀なんだし、直球で聞きゃいいんだ。試合中じゃねぇんだし」
『試合中』という言葉に、胸が痛む。
彼は少し腰を折って、私と視線を合わせた。
「一つだけ、教えてほしいんだけどさ、」
「うん.......」
堅治くんはふっと笑って両手を広げた。
「泣きたい? それとも泣きたくない?」
「……」
……ああ。やっぱり。
堅治くんには、見抜かれている。
「どっちにする?」
迷わず、そこに飛び込んでしまいたい気持ちはあるけれど、それに甘えたら、私は自分を保てなくなるから、
「泣きたく、ない……」
「りょーかい」
堅治くんはそう言うと、床に置いてあった私の荷物を持って歩き出した。
「欲がねぇなー。大サービスしてやってんのに」
いつもの調子で私に歩幅を合わせてくれる堅治くんに、少しだけ気持ちがラクになる。
ジャージの前を合わせるように握って私は答えた。
「堅治くん成分は、これくらいでいい」
「……そっか」
私たちはそのまま自販機と水飲み場、それと長椅子がある小さな休憩所に場所を移した。
堅治くんは奥の端に私を座らせると、人一人が入るには狭いくらいの間隔を空けて、こちらを見ない向きで座ってくれた。
ジッパーを一番上まで戻して襟を立て、顔をうずめるようにする。なんか落ち着く匂いがする気がして、息を深く吸い込んだ。
『何もしないで』って言っちゃったようなもんだから、一人にされても仕方がないのに、堅治くんは、黙ってそばにいてくれる。
それは、とても心強いけれど、またちょっとだけつらくなる。
だって、私は何もできない。
代わってあげることもできない。
どうにもできない相手に抗い続けている堅治くんのことを、見ていることしかできないのが苦しかったんだ。その無力さに胸を締めつけられている。
……でも、私は、ちゃんと見るためにここに来たんだ。堅治くんが、最後まで戦い抜く姿を、ちゃんと見ておきたかった。
最後のあの一歩が焼き付いてしまっている。
それでも、私の心に残ったのは傷なんかじゃない
彼が最後の一球まで戦った姿を
彼が三年間積み重ねてきた証を
それを私は、この目で見届けられた。
近くで見届けることができて、本当によかった。
……その堅治くんは今、
私が立ち上がれるようになるまで、そばにいてくれている。
だから、これからは、
この人が、前を向いて歩いていけるように、そばにいたい。
そう、私の中に新たな決意が刻まれた。
そうしたことで、ちゃんと堅治くんに返せそうだと思った。
もう一度、深呼吸して、ジッパーを下ろす。その音に気づいた彼が、少し微笑んで私を見ていた。
腕を抜く。
身体は涼しさを感じたけれど、もう喪失感はなかったから、笑って言える。
「ごめん、意外と汗かいちゃってるかも。……夢中だったから」
両腕を抜いて、襟元を持ってシワを伸ばすようにする。
「たたまなくていーよ、すぐ着るし」
軽く2つに折りたたんで差し出す。
ふわっと、堅治くんに渡された時の香りがまだ残っている気がした。
「ちゃんと、見てたよ」
「……うん。わかってる」
まだ、具体的な感想は言えない。
でも、私は
本気の堅治くんを最後まで
「見届けられて、よかった」
「……」
堅治くんの瞳が一瞬、揺れた気がした。
彼の手が、ジャージを受け取る。
そうして、何のためらいもなくジャージを顔につけた。
「え?」
深呼吸しているような音がして、私は慌てる。
「ちょっと、やめて!! 匂い嗅がないで!」
「友紀もさっきやってたじゃん」
「やって、ないよ!」
「いい匂いだけど?」
「そういう問題じゃなくて!!!」
慌てて取り返そうとするけれど、ひらりとかわされてもう一回嗅がれてしまった。
「へ、変態!」
結構強い言葉を出してしまったのに、「わー、友紀に怒られたー♪」と妙に嬉しそうにくるっと回りながら着られてしまった。
「もう……」
さっきまで私が着ていたのに……と思うと気恥ずかしいけど、持ち主本人が纏うジャージはやっぱりよく似合う。
堅治くんは私の顔を見つめて、手を差し出した。
「じゃ、帰ろう、行くか」
「うん……」
みんなのところに行ったら、この手はすぐ離す。
だから、今だけ……
彼の手を取りながら、届くか届かないかわからない声でつぶやく。
「お疲れさま」
「ああ」
そう言いながら彼は私の手をしっかり握った。
