19 Eyes Up, Don’t Blink!
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マバタキゲンキン
序盤から、相手エースが暴れていた。
高い打点。迷いのないスイング。
縦横無尽にどこからでも決めてくる。
「おいおい、伊達工、大丈夫か?」
「 “鉄壁”とか大層な言われかたしちゃって〜」
連続得点を決められる中、無遠慮な感想が飛んでくる。
そんな空気が、観客席にじわりと広がっていくのを感じて、私は拳を握りしめる。
伊達工は……うちのチームは、こんなもんじゃないのに……。
味方陣営の空気も重くなりそうな予感を打ち破るように、パン、と手を叩く音が響いた。
「はーい、切り替えー」
一人、表情も顔色も変わっていない。ざわめきに割って入った堅治くんの声が、コートの芯を通る。
黄金川くんが「切り替えー!」と復唱して全員を見回す。
青根くんが一度構えを解き、肩を回す。
たったそれだけで、空気が戻る。
それぞれがやるべきことだけを、きっちりとやって、
――そして流れを、断ち切った。
ローテが回り、サービスは堅治くん。
ボールを携える姿勢。スキャンするように相手コートを一瞥する。
トスを上げる。
四歩助走、跳躍、強打。
後衛中央、ライン際。
――迷いなく、そこに落ちた。
「!!!」
「さ、サービスエース!!!」
アリーナ全体に歓声が弾ける。背中を押されるみたいに、さっきまでの重さが嘘のように消える。
見送ってしまった相手選手が顔を見合わせる。
堅治くんは腕を上げて声援に応えると、返球されたボールを床につきながら不敵に笑った。
「声かけあってこーぜ!」
味方への言葉のはずなのに、どこか相手にも刺さっている気がする。
堅治くんは『よく見ている』
何をされたら嫌なのか、どこで崩れるのか――惑わずに見極めていく。
相手の綻びを拾い上げるみたいに、静かに、正確に。
――もし同じ目で、私のことも見ているのだとしたら?
試合の最中だというのに、胸がトクンと熱を持つ。
……何考えてるんだろう、私。今は大事な試合中なのに。
視線をコートの堅治くんに戻すと、彼はもう次の一点に向かっていた。
そう。『見ている』のはブロックの時でも変わらない。
鉄壁の中心はあくまで青根くん。それは揺るぎない、いつもの伊達工の王道パターンなんだけど。
それの足りないところ――相手から見たら突きどころになる場所を、直前で塞いで……
それが、はまる!
「よし、うまくとった!」
茂庭さんが拳を突き上げる。
長身のアタッカーが悔しそうに天を仰ぐのとは対照的に、してやってたりな表情をしている堅治くん。そこがまた彼らしくて微笑ましくなってしまう。
「堅治くんのブロック……たまに、青根くんを囮にしてるんじゃないかと思う時ありますよね」
率直な感想を漏らしてしまうと、「そうかもしれないなぁ」と茂庭さんが苦笑する。
「まあ壁を『完成』させるのが二口の役目だからな」
「完成、ですか?」
そうオウム返しに問いかけると、茂庭さんは目尻を下げて笑った。
「そう。青根が圧をかけたところで、二口が逃げ道を塞ぐのが、今のうちの必殺パターンってとこかな」
どこか懐かしむような表情で茂庭さんは続ける。
「それが性に合ってるって言えばそうなのかもしれないなぁ。……でも、はじめは不本意だったらしいんだよな。自分より大きいヤツのフォローに回るの」
「そうだったんですか?」
「一年の時はそりゃあ、文句ばっかで全然言うこと聞かなかったよ」
手を焼かされたことを思い出してしまったのか、茂庭さんは遠い目する。
でもその表情は、今の堅治くん達の成長を喜んでいるのが隠しきれていなくて、こっちまで嬉しくなる。
茂庭さんからしたら、堅治くんが自分の後を継いで主将になる予感はあったのかな。それとも『まさか二口が!?』なのかな。
試合は進んで行く。
相手の表情のわずかな揺れも、トスの高さも、指先の癖も。全部見て、すべて拾い上げたその先で、ただそこにあるべき形で手が出る。相手の選択を先に知っていたみたいに。
――吸い付くように止まったボールが、静かに落ちる。
その一枚に、見てきた時間が全部乗っている気がした。
点差は縮まり、逆転に成功し、ついに1セットを先取することができた。
「うーん」
茂庭さんが難しい顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「最後の方、セットを取らされた、ような気がした」
「え……?」
「いや、杞憂だといいんだけど。この試合でやるのは正直意味がわからないし……」
茂庭さんの予感が現実のものとなってしまったのは、接戦になった第2セット中盤。
ボールが高く上がり、相手エースが助走に入る。
同じリズム。同じ踏み切り。このパターンは、——クロス。
青根くんと堅治くんが、そのコースを閉じる。
“いつもの形”、のはずだった。
乾いた音。ボールが、ブロックの外側を抜ける。
一瞬、理解が追いつかない。
ストレート。
きれいに抜かれていた。ライン際に落ちたボールが、静かに転がる。
「……っしゃあ!」
相手の声が響く。
ブロックは間に合っていた。形も崩れていなかった。
でも、抜かれた……。
読まれていたんじゃない。
――読ませて、外された。
うちの必勝パターンが崩された。
さっきのセットは諦めたのではなく、攻略のために費やしたのだとしたら?
茂庭さんが言ったことが今さら理解できて、手を、無意識に胸の前で組んでしまう。
「ドンマイ! 次な!」
堅治くんは、もう次を見ていた。
悔しがるでもなく、焦るでもなく、ネットを軽く叩いて定位置に戻る。
視線が、変わる。
さっきより、深く、観察するみたいに。測るみたいに。
——さっきの一本を、置いていかない目。
……ダメだ、私、全然応援できていない。
相手のプレーに驚いて、落ち込んで、あげくの果てに堅治くんの声に励まされてるって、何しにここまで来てるんだろう。これじゃ、『お客さん』だし、ジャージを託してもらった意味がない。
組んでいた手を解く。左胸の『伊達工業』の刺繍をなぞるように触れる。
ふと、右腕の外側に個人名の刺繍が入っていることに気がついた。
『二口』
……そうだね。これは二口くんのジャージだったね。
「……ふたくちー! がんばって!」
周囲の伊達工コールの合間に精一杯の大声を出す。
……あ、今、
ひとりだけ応援してるみたいで、少しだけ顔が熱くなる。
「伊達工、ファイト―!」
照れ隠しの声を上げた後でも、やっぱり彼を目で追ってしまう。
堅治くんは跳ね返ってコートに残ってしまったボールを拾っていた。
そのボールを一瞬だけ、胸の前で両手で包んで、すぐに離した。
見覚えのある仕草だった。
――あれは、ルーティンの時に私にやってるやつ……
すぐにボールはボールキーパに投げ返して、ポジションにつく。
きっと、声は届いた。
わかるようにやるクセに、わかりやすくはしてくれない。
いつもの、優しいけれど意地悪な堅治くんだ。
試合は最終盤。
相手のエースが助走を踏み切る。
迷いのない、全力スイング
クロスに来る――って何回も見たパターン。
当然、青根くんと堅治くんはそのコースを塞ぐ。
と、思いきや、
ストレート――
ふられた、と心臓がひゅっと縮む。
間に合わない、抜けてしまう。
そう思った瞬間、
鈍い音が、空気を叩いた。
ボールは、相手側のコートに落ちている。
――堅治くんの左手が、そのコースをギリギリで閉じていた。
笛が鳴る。
一拍遅れて、アリーナが、揺れた。
どこからともなく立ち上がる歓声が、波のように広がっていく。
「まじかよ! 止めた!!」
「また鉄壁か」
「最後までブロックかー!」
驚きの声が聞こえる。
伊達工の応援席も一斉に立ち上がって、声が重なる。
「ナイスブロック!!」
「よっしゃーーー!! 止めた!!」
終わってみれば2-0だったけれど、見ていただけなのに、どっと疲れが押し寄せてくる。
これが全国の試合――。
大きく息を吐く。今まで呼吸ができていたのか、それがわからなくなるくらい久しぶりな気がした。座り込んでしまいそうになるのをなんとか堪える。
コートの中では、誰かが青根くんの背中を叩いている。
堅治くんは軽く息を吐いて、ネット越しに相手コートを一度だけ見る。
それから、ゆっくりと顔を上げた。
もう、私を探さない。
ここにいるとわかっているみたいに、迷いなく視線を上げる。
目が、合う。
『ちゃんと見てた?』
そんなふうに、言われた気がした。
見てたよ。
ずっと。
でも、それだけじゃ、足りない。
ここにいるって、どうやったら届くんだろう。
自分の手をぎゅっと握る。
彼がさっきやったみたいに、一瞬だけ。
見ていなくてもいい。
それでも、届けばいいと思った。
序盤から、相手エースが暴れていた。
高い打点。迷いのないスイング。
縦横無尽にどこからでも決めてくる。
「おいおい、伊達工、大丈夫か?」
「 “鉄壁”とか大層な言われかたしちゃって〜」
連続得点を決められる中、無遠慮な感想が飛んでくる。
そんな空気が、観客席にじわりと広がっていくのを感じて、私は拳を握りしめる。
伊達工は……うちのチームは、こんなもんじゃないのに……。
味方陣営の空気も重くなりそうな予感を打ち破るように、パン、と手を叩く音が響いた。
「はーい、切り替えー」
一人、表情も顔色も変わっていない。ざわめきに割って入った堅治くんの声が、コートの芯を通る。
黄金川くんが「切り替えー!」と復唱して全員を見回す。
青根くんが一度構えを解き、肩を回す。
たったそれだけで、空気が戻る。
それぞれがやるべきことだけを、きっちりとやって、
――そして流れを、断ち切った。
ローテが回り、サービスは堅治くん。
ボールを携える姿勢。スキャンするように相手コートを一瞥する。
トスを上げる。
四歩助走、跳躍、強打。
後衛中央、ライン際。
――迷いなく、そこに落ちた。
「!!!」
「さ、サービスエース!!!」
アリーナ全体に歓声が弾ける。背中を押されるみたいに、さっきまでの重さが嘘のように消える。
見送ってしまった相手選手が顔を見合わせる。
堅治くんは腕を上げて声援に応えると、返球されたボールを床につきながら不敵に笑った。
「声かけあってこーぜ!」
味方への言葉のはずなのに、どこか相手にも刺さっている気がする。
堅治くんは『よく見ている』
何をされたら嫌なのか、どこで崩れるのか――惑わずに見極めていく。
相手の綻びを拾い上げるみたいに、静かに、正確に。
――もし同じ目で、私のことも見ているのだとしたら?
試合の最中だというのに、胸がトクンと熱を持つ。
……何考えてるんだろう、私。今は大事な試合中なのに。
視線をコートの堅治くんに戻すと、彼はもう次の一点に向かっていた。
そう。『見ている』のはブロックの時でも変わらない。
鉄壁の中心はあくまで青根くん。それは揺るぎない、いつもの伊達工の王道パターンなんだけど。
それの足りないところ――相手から見たら突きどころになる場所を、直前で塞いで……
それが、はまる!
「よし、うまくとった!」
茂庭さんが拳を突き上げる。
長身のアタッカーが悔しそうに天を仰ぐのとは対照的に、してやってたりな表情をしている堅治くん。そこがまた彼らしくて微笑ましくなってしまう。
「堅治くんのブロック……たまに、青根くんを囮にしてるんじゃないかと思う時ありますよね」
率直な感想を漏らしてしまうと、「そうかもしれないなぁ」と茂庭さんが苦笑する。
「まあ壁を『完成』させるのが二口の役目だからな」
「完成、ですか?」
そうオウム返しに問いかけると、茂庭さんは目尻を下げて笑った。
「そう。青根が圧をかけたところで、二口が逃げ道を塞ぐのが、今のうちの必殺パターンってとこかな」
どこか懐かしむような表情で茂庭さんは続ける。
「それが性に合ってるって言えばそうなのかもしれないなぁ。……でも、はじめは不本意だったらしいんだよな。自分より大きいヤツのフォローに回るの」
「そうだったんですか?」
「一年の時はそりゃあ、文句ばっかで全然言うこと聞かなかったよ」
手を焼かされたことを思い出してしまったのか、茂庭さんは遠い目する。
でもその表情は、今の堅治くん達の成長を喜んでいるのが隠しきれていなくて、こっちまで嬉しくなる。
茂庭さんからしたら、堅治くんが自分の後を継いで主将になる予感はあったのかな。それとも『まさか二口が!?』なのかな。
試合は進んで行く。
相手の表情のわずかな揺れも、トスの高さも、指先の癖も。全部見て、すべて拾い上げたその先で、ただそこにあるべき形で手が出る。相手の選択を先に知っていたみたいに。
――吸い付くように止まったボールが、静かに落ちる。
その一枚に、見てきた時間が全部乗っている気がした。
点差は縮まり、逆転に成功し、ついに1セットを先取することができた。
「うーん」
茂庭さんが難しい顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「最後の方、セットを取らされた、ような気がした」
「え……?」
「いや、杞憂だといいんだけど。この試合でやるのは正直意味がわからないし……」
茂庭さんの予感が現実のものとなってしまったのは、接戦になった第2セット中盤。
ボールが高く上がり、相手エースが助走に入る。
同じリズム。同じ踏み切り。このパターンは、——クロス。
青根くんと堅治くんが、そのコースを閉じる。
“いつもの形”、のはずだった。
乾いた音。ボールが、ブロックの外側を抜ける。
一瞬、理解が追いつかない。
ストレート。
きれいに抜かれていた。ライン際に落ちたボールが、静かに転がる。
「……っしゃあ!」
相手の声が響く。
ブロックは間に合っていた。形も崩れていなかった。
でも、抜かれた……。
読まれていたんじゃない。
――読ませて、外された。
うちの必勝パターンが崩された。
さっきのセットは諦めたのではなく、攻略のために費やしたのだとしたら?
茂庭さんが言ったことが今さら理解できて、手を、無意識に胸の前で組んでしまう。
「ドンマイ! 次な!」
堅治くんは、もう次を見ていた。
悔しがるでもなく、焦るでもなく、ネットを軽く叩いて定位置に戻る。
視線が、変わる。
さっきより、深く、観察するみたいに。測るみたいに。
——さっきの一本を、置いていかない目。
……ダメだ、私、全然応援できていない。
相手のプレーに驚いて、落ち込んで、あげくの果てに堅治くんの声に励まされてるって、何しにここまで来てるんだろう。これじゃ、『お客さん』だし、ジャージを託してもらった意味がない。
組んでいた手を解く。左胸の『伊達工業』の刺繍をなぞるように触れる。
ふと、右腕の外側に個人名の刺繍が入っていることに気がついた。
『二口』
……そうだね。これは二口くんのジャージだったね。
「……ふたくちー! がんばって!」
周囲の伊達工コールの合間に精一杯の大声を出す。
……あ、今、
ひとりだけ応援してるみたいで、少しだけ顔が熱くなる。
「伊達工、ファイト―!」
照れ隠しの声を上げた後でも、やっぱり彼を目で追ってしまう。
堅治くんは跳ね返ってコートに残ってしまったボールを拾っていた。
そのボールを一瞬だけ、胸の前で両手で包んで、すぐに離した。
見覚えのある仕草だった。
――あれは、ルーティンの時に私にやってるやつ……
すぐにボールはボールキーパに投げ返して、ポジションにつく。
きっと、声は届いた。
わかるようにやるクセに、わかりやすくはしてくれない。
いつもの、優しいけれど意地悪な堅治くんだ。
試合は最終盤。
相手のエースが助走を踏み切る。
迷いのない、全力スイング
クロスに来る――って何回も見たパターン。
当然、青根くんと堅治くんはそのコースを塞ぐ。
と、思いきや、
ストレート――
ふられた、と心臓がひゅっと縮む。
間に合わない、抜けてしまう。
そう思った瞬間、
鈍い音が、空気を叩いた。
ボールは、相手側のコートに落ちている。
――堅治くんの左手が、そのコースをギリギリで閉じていた。
笛が鳴る。
一拍遅れて、アリーナが、揺れた。
どこからともなく立ち上がる歓声が、波のように広がっていく。
「まじかよ! 止めた!!」
「また鉄壁か」
「最後までブロックかー!」
驚きの声が聞こえる。
伊達工の応援席も一斉に立ち上がって、声が重なる。
「ナイスブロック!!」
「よっしゃーーー!! 止めた!!」
終わってみれば2-0だったけれど、見ていただけなのに、どっと疲れが押し寄せてくる。
これが全国の試合――。
大きく息を吐く。今まで呼吸ができていたのか、それがわからなくなるくらい久しぶりな気がした。座り込んでしまいそうになるのをなんとか堪える。
コートの中では、誰かが青根くんの背中を叩いている。
堅治くんは軽く息を吐いて、ネット越しに相手コートを一度だけ見る。
それから、ゆっくりと顔を上げた。
もう、私を探さない。
ここにいるとわかっているみたいに、迷いなく視線を上げる。
目が、合う。
『ちゃんと見てた?』
そんなふうに、言われた気がした。
見てたよ。
ずっと。
でも、それだけじゃ、足りない。
ここにいるって、どうやったら届くんだろう。
自分の手をぎゅっと握る。
彼がさっきやったみたいに、一瞬だけ。
見ていなくてもいい。
それでも、届けばいいと思った。
