18 メガアウマデノキョリ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目が合うまでの距離
ほんと、もう、こんな時に……。
奥の方からコンタクトを取り出す。
さっき、飛行機の中で。
昨日はなんとなく眠れなくて、朝も早かったせいか、機内でテーブルにメガネを置いたまま、うとうとしてしまっていた。
着陸前のアナウンスで起こされる。
リクライニングを戻して、シートベルトを締めて――
……そのままテーブルを戻そうとしたとき、メガネを滑り落としてしまった。
慌てて拾おうとしたけれど、足元が暗いのと、よく見えていないのもあって……踏みつけてしまった。
片方のツルが曲がっただけだけど、かけるのは無理そうだ。
幸い荷物の中に、コンタクトを入れてある。
着いたら、すぐにお手洗いでつけよう。
そう思いながら裸眼でここまで来たけれど……。
ここに来るまで一苦労だった。
メガネなしで、一人で初めての土地は本当に心細い。
案内表示も、人の顔も、ぼんやりとしか見えない。
誰かに話しかけられて近寄られても、ちゃんと対応ができているのかすら不安になる。
コンタクトをはめる。
ぱち、と瞬きをすると、世界の輪郭が一気に戻ってきた。
鏡に映る自分の顔
遠くの文字
床のライン
全部が、くっきりと見える。
胸の奥にたまっていた緊張が少しほどけて、やっと一息つくことができた。
けど……。
「直せるかな……」
堅治くんに選んでもらったメガネなのに。
自分で直して、取り返しのつかないことになるのも怖くて、丁寧にメガネケースに入れる。
不吉な予感を振り払うように、バッグの奥へ押し込んだ。
一刻も早く、会場に行きたい――。
会場にはなんとか午前中に着いた。
伊達工業高校は見事に予選リーグを勝ち抜き、決勝トーナメントに進み、昨日の1、2回戦も勝ち進んでいる。
今日は3回戦。これに勝てばベスト16だ。
ロビーでプログラムを受け取り、今日のスケジュールを確認する。
Bコート、3試合目。
試合の進行のホワイトボードを見つける。現在の試合は――2試合目が押していて、3試合目はまだ始まっていない。
今日からは分散されていた会場が集約され、大きな会場一つへと移ったらしい。
人がいっぱいいる。
出場する選手
学校単位の応援団
一般の観客
今回は泊まりになるし、荷物も増えるし、シワになるのもイヤで私服で来てしまった。
見た目だけなら、私も完全に『一般の観客』だ。
今、『伊達工業』を示すものを何も身に着けていない。
急に心細くなってくる。
生徒手帳ぐらいは持ってきてるけれど、これをこれ見よがしに掲げて歩くわけにもいかない。
アリーナへ向かおうとロビーの奥へ進んでいくと、見慣れたユニフォームがこちらへ歩いてくる。
……堅治くんだ。
ニュースのダイジェストで一瞬だけ見かけたりはしてたけれど、実物を見るのは久しぶりで、なんだか懐かしい気さえしてくる。
そして――
目が、合った。
彼も私に気づいたらしく、駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫? 迷ったか?」
「ごめん、来る途中でメガネ壊しちゃって……ちょっとバタバタして遅くなっちゃった」
「あ、ほんとだ。かけてねぇ」
彼は今、初めて気づいたような顔で言う。
いつもは私がメガネを外すのを嫌がるから、ちょっと拍子抜けする。
……今はそれどころじゃないのかもしれない。
少し胸がざわついたけれど。
堅治くんは私の頭を撫でながら、周囲にさっと目を走らせる。
人通りは多い。
完全に人を避けることはできないし、たぶん堅治くんにも時間がない。
ぶつからなければいい、という判断なのか、ロビーの壁際で立ち止まった。
「よっし、じゃ、いくか」
「……うん」
思ったより近くで、堅治くんの声がした。
――と思った次の瞬間、抱きしめられていた。
周りの音がざわっと大きくなった気がしたけれど、すぐに堅治くんの心臓の音でかき消される。
見られている、とは思うけれど、もう気にならない。
心臓の音が、いつもより大きくて……速い。
「……緊張してる?」
「まあ、ちょっとは」
「大丈夫だよ、堅治くんなら」
「ちゃんと見てろよ」
「うん。見てる。がんばって」
『これが最後かも』――
そんな考えが頭によぎりそうになったのを、そのまま素通りさせる。
ルーティンなんだから。
いつも通り。
そう意識して、同じように抱きしめ返す。
次は額に――と思ったら、眼前に堅治くんの唇が近づいてきた。
「え……?」
びっくりして目を閉じる。
その瞬間、右のまぶたに彼の唇が触れた。
視界が閉じた暗闇の中で、その感触だけがはっきり残る。
……まだ、目を開けられない。
心臓の音が、さっきより近い。
「今日は邪魔がないから、全国仕様」
「……」
「本当は口にしたいけど」
「…………もう」
堅治くんが肩を揺らして笑いをこらえた。
「いつもと同じにしないと、ルーティンにならないんじゃないの?」
「友紀がかわいいんだから、しょうがねぇだろ」
堅治くんは少しだけ目を細める。
「……私のせいにしないでよ」
そう言うと、彼がまた笑うので、肩を軽く小突く。
もうすっかり、堅治くんの緊張もほぐれたみたいに見える。
それなら、このルーティンも成功だ。
「あ、そうだ、これ置きに行こうとしてたんだったな」
思い出したようにそう言うと、上に羽織っていたジャージのジッパーを下ろす。
館内は思ったより冷房が効いている。
試合直前まで体を冷やさないようにしていたのかもしれない。
ざっと脱ぎ、裏返ったところを直すと、ふわっと私の肩にかけた。
「これ、預かってて。……つーか、着てて」
「え? 着ていいの?」
「……関係者以外立ち入り禁止だけど?」
「そうなの?」
「ウソウソ。でも、着てて」
「……わかった」
そこまで言うと堅治くんは時計をちらっと見る。時間が来てしまったようだ。
「試合終わったら、また返して」
「うん。行ってらっしゃい」
そっと背中を押して、送り出す。
堅治くんのジャージはさすがに大きくて肩から落ちそうになってしまう。
一旦肩から外して、落とさないよう両腕で抱える。
客席に入る。客席はもうほとんど埋まっている。
『伊達の鉄壁』の横断幕を探す。
「結城先輩、こっちです!」
もう顔見知りになっている一年生の子が声をかけてくれた。
そのまま応援席の方まで連れていってくれる。私のことを迎えに来てくれたのだろうか、ありがたいと思っていると、一番前の隅に案内された。
「いいの? こんないい席座っちゃって」
伊達工応援席の隅とはいえ、センターライン寄りだし、ある意味一番見やすい席ともいえる。
「座っちゃだめです! 応援してください!」
「うん、もちろん……」
「一番いい位置で、二口さんを見ててください」
「二口さん、今日も絶対止めますから!」
口々に圧をかけられてるけど、それが嬉しくて、思わず顔がほころんでしまう。
「……ありがとう」
「結城」
隣には茂庭さんがいた。
「こんにちは茂庭さん。いつこちらに来たんですか?」
「昨日から。俺は今日、帰らなくちゃいけないんだけど。……その手に持ってるの?」
見つけられてしまった。
「……堅治くんのジャージです。『着てて』って言われたんですけど、」
「……俺も念のため持ってきたから着ちゃおうかな」
茂庭さんは恥ずかしそう言って、自分のバッグからジャージを取り出す。
「ほら、結城も。大事そうに抱えてないで」
茂庭さんにならって私もジャージを広げ、羽織るだけではなく、ちゃんと袖を通してみる。
……やっぱり、大きい。前に借りたウインドブレーカーほどじゃないけれど、さっきまで堅治くんが着ていたものを身につけるのは、なんだか気恥ずかしい。
それでも、少しだけ守られているみたいた。
本当は、私が守ってあげないといけないのに。
袖を少したくし上げて、手を出す。
前を開けて着ていると中途半端に見えてしまう気がして、チャックに手をかけた。
きちんと、この学校の一員だと、わかってもらえるようにしたい。
すっと上げていくと、襟が口元まで触れる。
まだほんのり体温が残っている気がして、胸がどきっとした。
慌てて少しだけ下げ、襟を折る。
そんな私を、茂庭さんは黙って見ていてくれた。
目が合うと、何も言わずに目を細めた。
アリーナにホイッスルが響く。
コートの中央に両チームの選手たちが並ぶ。
私もつられて、背筋を伸ばす。
ほんの数分前まで、あんなに近くにいたのに。
今はコートの向こうにいる。
さっき触れたまぶたが、まだ少し熱い。
堅治くんがふと、客席を見上げる。
視線が止まった。
私の着ているジャージを見て、少しだけ口の端が上がった気がした。
ほんと、もう、こんな時に……。
奥の方からコンタクトを取り出す。
さっき、飛行機の中で。
昨日はなんとなく眠れなくて、朝も早かったせいか、機内でテーブルにメガネを置いたまま、うとうとしてしまっていた。
着陸前のアナウンスで起こされる。
リクライニングを戻して、シートベルトを締めて――
……そのままテーブルを戻そうとしたとき、メガネを滑り落としてしまった。
慌てて拾おうとしたけれど、足元が暗いのと、よく見えていないのもあって……踏みつけてしまった。
片方のツルが曲がっただけだけど、かけるのは無理そうだ。
幸い荷物の中に、コンタクトを入れてある。
着いたら、すぐにお手洗いでつけよう。
そう思いながら裸眼でここまで来たけれど……。
ここに来るまで一苦労だった。
メガネなしで、一人で初めての土地は本当に心細い。
案内表示も、人の顔も、ぼんやりとしか見えない。
誰かに話しかけられて近寄られても、ちゃんと対応ができているのかすら不安になる。
コンタクトをはめる。
ぱち、と瞬きをすると、世界の輪郭が一気に戻ってきた。
鏡に映る自分の顔
遠くの文字
床のライン
全部が、くっきりと見える。
胸の奥にたまっていた緊張が少しほどけて、やっと一息つくことができた。
けど……。
「直せるかな……」
堅治くんに選んでもらったメガネなのに。
自分で直して、取り返しのつかないことになるのも怖くて、丁寧にメガネケースに入れる。
不吉な予感を振り払うように、バッグの奥へ押し込んだ。
一刻も早く、会場に行きたい――。
会場にはなんとか午前中に着いた。
伊達工業高校は見事に予選リーグを勝ち抜き、決勝トーナメントに進み、昨日の1、2回戦も勝ち進んでいる。
今日は3回戦。これに勝てばベスト16だ。
ロビーでプログラムを受け取り、今日のスケジュールを確認する。
Bコート、3試合目。
試合の進行のホワイトボードを見つける。現在の試合は――2試合目が押していて、3試合目はまだ始まっていない。
今日からは分散されていた会場が集約され、大きな会場一つへと移ったらしい。
人がいっぱいいる。
出場する選手
学校単位の応援団
一般の観客
今回は泊まりになるし、荷物も増えるし、シワになるのもイヤで私服で来てしまった。
見た目だけなら、私も完全に『一般の観客』だ。
今、『伊達工業』を示すものを何も身に着けていない。
急に心細くなってくる。
生徒手帳ぐらいは持ってきてるけれど、これをこれ見よがしに掲げて歩くわけにもいかない。
アリーナへ向かおうとロビーの奥へ進んでいくと、見慣れたユニフォームがこちらへ歩いてくる。
……堅治くんだ。
ニュースのダイジェストで一瞬だけ見かけたりはしてたけれど、実物を見るのは久しぶりで、なんだか懐かしい気さえしてくる。
そして――
目が、合った。
彼も私に気づいたらしく、駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫? 迷ったか?」
「ごめん、来る途中でメガネ壊しちゃって……ちょっとバタバタして遅くなっちゃった」
「あ、ほんとだ。かけてねぇ」
彼は今、初めて気づいたような顔で言う。
いつもは私がメガネを外すのを嫌がるから、ちょっと拍子抜けする。
……今はそれどころじゃないのかもしれない。
少し胸がざわついたけれど。
堅治くんは私の頭を撫でながら、周囲にさっと目を走らせる。
人通りは多い。
完全に人を避けることはできないし、たぶん堅治くんにも時間がない。
ぶつからなければいい、という判断なのか、ロビーの壁際で立ち止まった。
「よっし、じゃ、いくか」
「……うん」
思ったより近くで、堅治くんの声がした。
――と思った次の瞬間、抱きしめられていた。
周りの音がざわっと大きくなった気がしたけれど、すぐに堅治くんの心臓の音でかき消される。
見られている、とは思うけれど、もう気にならない。
心臓の音が、いつもより大きくて……速い。
「……緊張してる?」
「まあ、ちょっとは」
「大丈夫だよ、堅治くんなら」
「ちゃんと見てろよ」
「うん。見てる。がんばって」
『これが最後かも』――
そんな考えが頭によぎりそうになったのを、そのまま素通りさせる。
ルーティンなんだから。
いつも通り。
そう意識して、同じように抱きしめ返す。
次は額に――と思ったら、眼前に堅治くんの唇が近づいてきた。
「え……?」
びっくりして目を閉じる。
その瞬間、右のまぶたに彼の唇が触れた。
視界が閉じた暗闇の中で、その感触だけがはっきり残る。
……まだ、目を開けられない。
心臓の音が、さっきより近い。
「今日は邪魔がないから、全国仕様」
「……」
「本当は口にしたいけど」
「…………もう」
堅治くんが肩を揺らして笑いをこらえた。
「いつもと同じにしないと、ルーティンにならないんじゃないの?」
「友紀がかわいいんだから、しょうがねぇだろ」
堅治くんは少しだけ目を細める。
「……私のせいにしないでよ」
そう言うと、彼がまた笑うので、肩を軽く小突く。
もうすっかり、堅治くんの緊張もほぐれたみたいに見える。
それなら、このルーティンも成功だ。
「あ、そうだ、これ置きに行こうとしてたんだったな」
思い出したようにそう言うと、上に羽織っていたジャージのジッパーを下ろす。
館内は思ったより冷房が効いている。
試合直前まで体を冷やさないようにしていたのかもしれない。
ざっと脱ぎ、裏返ったところを直すと、ふわっと私の肩にかけた。
「これ、預かってて。……つーか、着てて」
「え? 着ていいの?」
「……関係者以外立ち入り禁止だけど?」
「そうなの?」
「ウソウソ。でも、着てて」
「……わかった」
そこまで言うと堅治くんは時計をちらっと見る。時間が来てしまったようだ。
「試合終わったら、また返して」
「うん。行ってらっしゃい」
そっと背中を押して、送り出す。
堅治くんのジャージはさすがに大きくて肩から落ちそうになってしまう。
一旦肩から外して、落とさないよう両腕で抱える。
客席に入る。客席はもうほとんど埋まっている。
『伊達の鉄壁』の横断幕を探す。
「結城先輩、こっちです!」
もう顔見知りになっている一年生の子が声をかけてくれた。
そのまま応援席の方まで連れていってくれる。私のことを迎えに来てくれたのだろうか、ありがたいと思っていると、一番前の隅に案内された。
「いいの? こんないい席座っちゃって」
伊達工応援席の隅とはいえ、センターライン寄りだし、ある意味一番見やすい席ともいえる。
「座っちゃだめです! 応援してください!」
「うん、もちろん……」
「一番いい位置で、二口さんを見ててください」
「二口さん、今日も絶対止めますから!」
口々に圧をかけられてるけど、それが嬉しくて、思わず顔がほころんでしまう。
「……ありがとう」
「結城」
隣には茂庭さんがいた。
「こんにちは茂庭さん。いつこちらに来たんですか?」
「昨日から。俺は今日、帰らなくちゃいけないんだけど。……その手に持ってるの?」
見つけられてしまった。
「……堅治くんのジャージです。『着てて』って言われたんですけど、」
「……俺も念のため持ってきたから着ちゃおうかな」
茂庭さんは恥ずかしそう言って、自分のバッグからジャージを取り出す。
「ほら、結城も。大事そうに抱えてないで」
茂庭さんにならって私もジャージを広げ、羽織るだけではなく、ちゃんと袖を通してみる。
……やっぱり、大きい。前に借りたウインドブレーカーほどじゃないけれど、さっきまで堅治くんが着ていたものを身につけるのは、なんだか気恥ずかしい。
それでも、少しだけ守られているみたいた。
本当は、私が守ってあげないといけないのに。
袖を少したくし上げて、手を出す。
前を開けて着ていると中途半端に見えてしまう気がして、チャックに手をかけた。
きちんと、この学校の一員だと、わかってもらえるようにしたい。
すっと上げていくと、襟が口元まで触れる。
まだほんのり体温が残っている気がして、胸がどきっとした。
慌てて少しだけ下げ、襟を折る。
そんな私を、茂庭さんは黙って見ていてくれた。
目が合うと、何も言わずに目を細めた。
アリーナにホイッスルが響く。
コートの中央に両チームの選手たちが並ぶ。
私もつられて、背筋を伸ばす。
ほんの数分前まで、あんなに近くにいたのに。
今はコートの向こうにいる。
さっき触れたまぶたが、まだ少し熱い。
堅治くんがふと、客席を見上げる。
視線が止まった。
私の着ているジャージを見て、少しだけ口の端が上がった気がした。
