2 カミガメニカカル
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髪が目にかかる
放課後。私は体育館のギャラリーに足を踏み入れた。諸事情で少し遅くなってしまったけれど、まだバレー部は部活開始前だった。コートにはポールが立てられ、ネットはこれから張るようだ。
きょろきょろと堅治くんを探す。コート上にいない、と思っていたら、なぜかこちらへと上がる壁際の梯子をよじ登ろうとしていた。堅治くんの方が先に私を見つけていたようだ。
思いもよらない彼の行動を不思議に思っていると、別の方向から視線を感じた。
滑津さんの指示を受けている真新しい学校ジャージを着た女子たち。彼女たちが滑津さんの言っていたマネ候補なのだろう。視線はその後列の高く結んだポニーテールの子からだった。切りそろえられた前髪の下の両目が指示そっちのけでこちらを睨んでいる。その子の視線には気づいていないフリをして滑津さんの後姿に小さく手を振ってみる。
そうこうしているうちに、梯子をのぼりきった堅治くんが私の所へ駆けてきた。
「すっげーいいタイミングで来てくれた! 友紀、ピン持ってる?」
「ピン?」
「うん。さっき壊した。クソ鬱陶しい」
顔をしかめながら前髪をかき上げている堅治くんは、ここ数日伸びた前髪を黒いスリーピンで留めていた。妹さんのを拝借しているらしい。
貸してあげたいのはやまやまなんだけど……。私はスリーピンどころかアメピンすらも持っていない。『ゴメン』と断りかけて自分が一つ結びをしていることに気づいた。
あとはもう帰るだけだし……。
「前髪が留まればいい?」
彼がうなずいたのを確認し、自分の髪からゴムを解く。何の飾りもない茶色のゴム。束ねていた跡を消すように手櫛で整えつつゆっくり首をふる。
「ごめん。ピン持ってないから、これでもいい?」
「え……、」
堅治くんは戸惑ったような顔をした。先ほど藍里ちゃんに「アンタのポーチ、ちょっと気の利いた男子レベル」と呆れられた自分の女子力の低さを呪う。ピンもゴムの予備も持たず、よりによって使用中のもので間に合わせようとするズボラさに引かれてしまったのかもしれない……。
「……『壊した』って言ってたし、ゴムならボールにぶつかっても壊れないし危なくないかなって思ったんだけど、もし、私の髪についてたのでイヤだったら、」
「いや、それでいいって!」
早口に言い訳を重ねていく私を堅治くんは鋭い声で遮る。思わず言葉を飲み込むと、彼は「あー」と前髪に手をやりながら口元をゆがめた。
「『それでいい』はねぇな。そのゴムで頼むわ」
「う、うん。じゃあ、そこ座って。コームも私の使うよ?」
「おー」
コームぐらいは持っている。通学バッグのポーチを探りながらさりげなく下に目をやると、さっきの子とその周りの一年生がチラチラとこちらをうかがっているのが視界に入った。私は姿勢を正す。
......多分、あの子や滑津さんだったらピンぐらい持っているだろうし、きっと快く堅治くんに貸してくれただろう。わざわざ私のところまで来てくれたのに応えられないなんて……。せめてキレイに結んであげないと。
思っていたよりも露骨な牽制になってしまった。こんなの、最早見せつけてるレベルなのかもしれない。いや、私のやっていることは実際のところそれだし。
色々考えすぎてしまっている。私はこっそりと深呼吸する。とにかくも、動きがぎこちなくならないように……。
私の正面に座った堅治くんはじっと私を見ている。この目を意識して動くことの方が私にとっては大きいし緊張する。そう思うと下からの視線は気にならなくなってきた。
まずは丁寧に梳かして結ぶ範囲を決める。彼は髪をよけるように視線を下に向けてくれた。
「……急に髪、解いたからびっくりしただけだから。イヤとかありえねぇから」
ふいに独り言のように言われて手が止まってしまった。「手ぇ動かせー」と催促され、慌てて再開する。
「う、うん。ありがとう」
「いや、礼を言うのは俺の方なんだけど……」
それでもわざわざ私の内心の負い目を軽くしようとしてくれたことが嬉しくてつい口元が綻んでしまう。
真っ直ぐに下ろすと前髪はかなり長い。目が完全に隠れ鼻先までに達している。
彼の背後に回り前髪を持ち上げる。束ねた髪を丁髷っぽくならないよう注意深く後ろにながしてポンパドール風にしていく。油断するとさらさらの髪が手から零れてしまうからまとめるのが大変だ。
「……ホント、伸びたね。お兄ちゃんが気にしてるよ、早く来いって」
「しばらく暇ねぇなー。このまま俺が髪伸ばす、つったらどうする?」
髪が引っ張られる後方向へ素直に顔をあげた堅治くんは上目で私を見てくる。
長髪の堅治くん!? それは……想像が難しい。似合わなくはないだろうけれど……。
「うーん。部活には短い方がいいんじゃない?」
「そりゃそうなんだけど。ちげぇって。好みの話」
「私の?」
「そ。友紀以外に誰がいるんだよ」
しばらく私は考えて、正直に言うことにした。
「……あんまり男の人の長いのって好きじゃないんだよね」
「GW入ったらすぐ切ってくる。1日オフあるから」
手のひらを返す食い気味の宣言に思わず笑いそうになると片目を細めて睨まれる。こわい。
今年の連休は前半は3日、後半は4日と分かれている。その中で1日しか空きがないんだ……。
「他の日はみんな部活?」
「うん。前半は学校。後半は地獄の合宿」
「そうなんだ。……」
げんなりとした顔を見せる堅治くんに『大変だね』と続けてしまいそうになったけれど、そんなのは百も承知だと思うので飲み込む。堅治くんは不意に黙った私を見てニヤッと笑う。
「ん? 寂しい? じゃ、その日は友紀と遊んでやるよ」
「髪の毛切りに行くんじゃなかったの?」
「うえ。めんどくせぇ。あそびてー!」
「ちょっと、動かないで」
駄々をこねる様に体を揺らされ、やっとまとまった髪をこぼさないよう抜けないよう必死に彼の動きに合わせる。
「……午前中にでも行ってきなよ。終わった頃、迎えに行くから」
「マジで!? あーでも、昼まで寝ててぇ」
「休みなんて寝てたらすぐ終わっちゃうよ」
「ぐ……。わかった」
おとなしくしてくれたところで一気に結んでしまう。
堅治くんの気持ちもわからなくもない。けど、一日しかない休みならなおさら朝から動かないと何もできないまま終わる。今だって、早く下へ返してあげないと。練習前とはいえ主将がこんな所でグダグダしてて良いわけがない。
「はい、できたよ。鏡見る?」
「いや、いい」
そう言うと彼はくるっと座ったままこちらへ回転した。代わりに私が完成形を確認する。うん。大丈夫。程よくラフな感じでちゃんと留まっている。改めて見ると普段見られない綺麗な額が露わになり、髪を上げた堅治くんもかっこいい、と再認識させられドキッとしてしまう。
「あれ?」
ぱちっと目が合った彼は何かに気づいたようだった。
「な、何?」
ときめいてしまったのが顔に出てるんだろうか。顔が近づいてくるので私は後ずさって目を逸らす。それでも堅治くんはじーっと私を睨むように見つめてくるから、たまらず私は訴える。
「か、顔、近い!」
「友紀、化粧してない?」
「!?」
気づかれた……。
ここに来る前に、藍里ちゃんがブラウンやベージュを駆使した、彼女いわくの「カンペキなナチュラルメイク★」を施してくれた。けれどメガネをかけた途端に「嘘だぁ、アイメイク無効化されたんだけど……」と嘆かれてしまったので、堅治くんにもわからないだろうと思っていたのに……。
「……よくわかったね。『メガネかけたらわからない』って言われたんだけど」
「外してみて」
思いのほか真剣なトーンで言われて背筋に緊張が走った。
私は彼を見ながらゆっくりとメガネを鼻の所までずらし、上目で堅治くんの様子を伺う。
堅治くんの動きが不自然に止まる。何事かと首を傾げると彼は焦った様子で声を上げる。
「もどして!」
「は、はい」
焦りながらメガネをきちんとかけ直すと堅治くんから質問が飛んできた。
「化粧、自分でやった?」
「ううん、藍里ちゃんがしてくれた」
「あのヤロ……」
チッと私から視線を外し舌打ちをするので、急に恥ずかしくなって言ってしまう。
「変?」
「変じゃねぇけど……。何で?」
「……」
「新入生がいるから?」
図星を突かれてギクッとしてしまう。
表向きは堅治くんを心配して様子を見にきた、だけど、それとこのメイクは全く関係ない別の事情でだ。だけどその理由はあまり言いたくない。
黙っていると、すくっと堅治くんが立ち上がった。
「友紀。まさか……」
険しい顔でこちらを見下ろしている。
そうだ。堅治くんは焼きもちやきだった。この顔は私が男子新入部員を物色しに来たと思ってる感じだ。心外すぎる。
言いたくないけど言わないと変な誤解を与えたままこじれてしまいそうだ。私は恥ずかしさを堪えて白状することにした。
「……マネージャーになりたいって子がたくさん来たって聞いたから、牽制しておこうと思って」
「……」
沈黙が余計に恥ずかしさを煽ってくる。
もう、バカにしてもいいからとにかく何か言って欲しい。
「へー」
死ぬほど長く感じた沈黙の後、ようやく聞こえた彼の声に恐る恐る顔を上げると、さっきまでの不機嫌さは嘘のようにニヤニヤと妙に嬉しそうに私に視線を合わせてきた。そうして口元に手をあててナイショ話のように言う。
「キスとか、しねぇでいいの?」
「しないよ!」
肩を震わせて笑う堅治くんのその肩をつかんで、強制的にくるっと回れ右をさせる。
「もう! 早く戻ってください!」
「へいへいっと。あ、友紀さー」
「何?」
「メガネ、絶対外すなよ」
「……わかった」
「あと」
「ん?」
梯子に足をかけた堅治くんが、降りかけの状態でこちらを見ている。
「後で俺だけに見せて?」
甘える様に首を傾げられて私は壊れた人形のようにコクコクと首を縦に振る。
「う、うん……」
それを見て気が済んだらしい堅治くんは機嫌よく元の場所へと降りていった。
「コガネ、遅ぇぞ!」
「え!? 二口サン、どこから来たんスか? あれ! 髪型変わっ、いてぇ!!」
言い終わる前に堅治くんにパーンと肩を叩かれた黄金川くんが悲鳴を上げる。
新入生達はそちらに気を取られていて、もうこちらを見ていないことにほっとしていたら、滑津さんがにっこりと笑顔でこちらに向かって手を振っている。
どこから見られていたかな……?
私は今さら恥ずかしくなって、やっとのことでそちらに小さく手を振り返す。滑津さんが親指を立てた。通りすがりの堅治くんが、その頭を小突くフリをする。
二人のじゃれ合う様子を微笑ましく思いながら私はベンチに腰を下ろした。
放課後。私は体育館のギャラリーに足を踏み入れた。諸事情で少し遅くなってしまったけれど、まだバレー部は部活開始前だった。コートにはポールが立てられ、ネットはこれから張るようだ。
きょろきょろと堅治くんを探す。コート上にいない、と思っていたら、なぜかこちらへと上がる壁際の梯子をよじ登ろうとしていた。堅治くんの方が先に私を見つけていたようだ。
思いもよらない彼の行動を不思議に思っていると、別の方向から視線を感じた。
滑津さんの指示を受けている真新しい学校ジャージを着た女子たち。彼女たちが滑津さんの言っていたマネ候補なのだろう。視線はその後列の高く結んだポニーテールの子からだった。切りそろえられた前髪の下の両目が指示そっちのけでこちらを睨んでいる。その子の視線には気づいていないフリをして滑津さんの後姿に小さく手を振ってみる。
そうこうしているうちに、梯子をのぼりきった堅治くんが私の所へ駆けてきた。
「すっげーいいタイミングで来てくれた! 友紀、ピン持ってる?」
「ピン?」
「うん。さっき壊した。クソ鬱陶しい」
顔をしかめながら前髪をかき上げている堅治くんは、ここ数日伸びた前髪を黒いスリーピンで留めていた。妹さんのを拝借しているらしい。
貸してあげたいのはやまやまなんだけど……。私はスリーピンどころかアメピンすらも持っていない。『ゴメン』と断りかけて自分が一つ結びをしていることに気づいた。
あとはもう帰るだけだし……。
「前髪が留まればいい?」
彼がうなずいたのを確認し、自分の髪からゴムを解く。何の飾りもない茶色のゴム。束ねていた跡を消すように手櫛で整えつつゆっくり首をふる。
「ごめん。ピン持ってないから、これでもいい?」
「え……、」
堅治くんは戸惑ったような顔をした。先ほど藍里ちゃんに「アンタのポーチ、ちょっと気の利いた男子レベル」と呆れられた自分の女子力の低さを呪う。ピンもゴムの予備も持たず、よりによって使用中のもので間に合わせようとするズボラさに引かれてしまったのかもしれない……。
「……『壊した』って言ってたし、ゴムならボールにぶつかっても壊れないし危なくないかなって思ったんだけど、もし、私の髪についてたのでイヤだったら、」
「いや、それでいいって!」
早口に言い訳を重ねていく私を堅治くんは鋭い声で遮る。思わず言葉を飲み込むと、彼は「あー」と前髪に手をやりながら口元をゆがめた。
「『それでいい』はねぇな。そのゴムで頼むわ」
「う、うん。じゃあ、そこ座って。コームも私の使うよ?」
「おー」
コームぐらいは持っている。通学バッグのポーチを探りながらさりげなく下に目をやると、さっきの子とその周りの一年生がチラチラとこちらをうかがっているのが視界に入った。私は姿勢を正す。
......多分、あの子や滑津さんだったらピンぐらい持っているだろうし、きっと快く堅治くんに貸してくれただろう。わざわざ私のところまで来てくれたのに応えられないなんて……。せめてキレイに結んであげないと。
思っていたよりも露骨な牽制になってしまった。こんなの、最早見せつけてるレベルなのかもしれない。いや、私のやっていることは実際のところそれだし。
色々考えすぎてしまっている。私はこっそりと深呼吸する。とにかくも、動きがぎこちなくならないように……。
私の正面に座った堅治くんはじっと私を見ている。この目を意識して動くことの方が私にとっては大きいし緊張する。そう思うと下からの視線は気にならなくなってきた。
まずは丁寧に梳かして結ぶ範囲を決める。彼は髪をよけるように視線を下に向けてくれた。
「……急に髪、解いたからびっくりしただけだから。イヤとかありえねぇから」
ふいに独り言のように言われて手が止まってしまった。「手ぇ動かせー」と催促され、慌てて再開する。
「う、うん。ありがとう」
「いや、礼を言うのは俺の方なんだけど……」
それでもわざわざ私の内心の負い目を軽くしようとしてくれたことが嬉しくてつい口元が綻んでしまう。
真っ直ぐに下ろすと前髪はかなり長い。目が完全に隠れ鼻先までに達している。
彼の背後に回り前髪を持ち上げる。束ねた髪を丁髷っぽくならないよう注意深く後ろにながしてポンパドール風にしていく。油断するとさらさらの髪が手から零れてしまうからまとめるのが大変だ。
「……ホント、伸びたね。お兄ちゃんが気にしてるよ、早く来いって」
「しばらく暇ねぇなー。このまま俺が髪伸ばす、つったらどうする?」
髪が引っ張られる後方向へ素直に顔をあげた堅治くんは上目で私を見てくる。
長髪の堅治くん!? それは……想像が難しい。似合わなくはないだろうけれど……。
「うーん。部活には短い方がいいんじゃない?」
「そりゃそうなんだけど。ちげぇって。好みの話」
「私の?」
「そ。友紀以外に誰がいるんだよ」
しばらく私は考えて、正直に言うことにした。
「……あんまり男の人の長いのって好きじゃないんだよね」
「GW入ったらすぐ切ってくる。1日オフあるから」
手のひらを返す食い気味の宣言に思わず笑いそうになると片目を細めて睨まれる。こわい。
今年の連休は前半は3日、後半は4日と分かれている。その中で1日しか空きがないんだ……。
「他の日はみんな部活?」
「うん。前半は学校。後半は地獄の合宿」
「そうなんだ。……」
げんなりとした顔を見せる堅治くんに『大変だね』と続けてしまいそうになったけれど、そんなのは百も承知だと思うので飲み込む。堅治くんは不意に黙った私を見てニヤッと笑う。
「ん? 寂しい? じゃ、その日は友紀と遊んでやるよ」
「髪の毛切りに行くんじゃなかったの?」
「うえ。めんどくせぇ。あそびてー!」
「ちょっと、動かないで」
駄々をこねる様に体を揺らされ、やっとまとまった髪をこぼさないよう抜けないよう必死に彼の動きに合わせる。
「……午前中にでも行ってきなよ。終わった頃、迎えに行くから」
「マジで!? あーでも、昼まで寝ててぇ」
「休みなんて寝てたらすぐ終わっちゃうよ」
「ぐ……。わかった」
おとなしくしてくれたところで一気に結んでしまう。
堅治くんの気持ちもわからなくもない。けど、一日しかない休みならなおさら朝から動かないと何もできないまま終わる。今だって、早く下へ返してあげないと。練習前とはいえ主将がこんな所でグダグダしてて良いわけがない。
「はい、できたよ。鏡見る?」
「いや、いい」
そう言うと彼はくるっと座ったままこちらへ回転した。代わりに私が完成形を確認する。うん。大丈夫。程よくラフな感じでちゃんと留まっている。改めて見ると普段見られない綺麗な額が露わになり、髪を上げた堅治くんもかっこいい、と再認識させられドキッとしてしまう。
「あれ?」
ぱちっと目が合った彼は何かに気づいたようだった。
「な、何?」
ときめいてしまったのが顔に出てるんだろうか。顔が近づいてくるので私は後ずさって目を逸らす。それでも堅治くんはじーっと私を睨むように見つめてくるから、たまらず私は訴える。
「か、顔、近い!」
「友紀、化粧してない?」
「!?」
気づかれた……。
ここに来る前に、藍里ちゃんがブラウンやベージュを駆使した、彼女いわくの「カンペキなナチュラルメイク★」を施してくれた。けれどメガネをかけた途端に「嘘だぁ、アイメイク無効化されたんだけど……」と嘆かれてしまったので、堅治くんにもわからないだろうと思っていたのに……。
「……よくわかったね。『メガネかけたらわからない』って言われたんだけど」
「外してみて」
思いのほか真剣なトーンで言われて背筋に緊張が走った。
私は彼を見ながらゆっくりとメガネを鼻の所までずらし、上目で堅治くんの様子を伺う。
堅治くんの動きが不自然に止まる。何事かと首を傾げると彼は焦った様子で声を上げる。
「もどして!」
「は、はい」
焦りながらメガネをきちんとかけ直すと堅治くんから質問が飛んできた。
「化粧、自分でやった?」
「ううん、藍里ちゃんがしてくれた」
「あのヤロ……」
チッと私から視線を外し舌打ちをするので、急に恥ずかしくなって言ってしまう。
「変?」
「変じゃねぇけど……。何で?」
「……」
「新入生がいるから?」
図星を突かれてギクッとしてしまう。
表向きは堅治くんを心配して様子を見にきた、だけど、それとこのメイクは全く関係ない別の事情でだ。だけどその理由はあまり言いたくない。
黙っていると、すくっと堅治くんが立ち上がった。
「友紀。まさか……」
険しい顔でこちらを見下ろしている。
そうだ。堅治くんは焼きもちやきだった。この顔は私が男子新入部員を物色しに来たと思ってる感じだ。心外すぎる。
言いたくないけど言わないと変な誤解を与えたままこじれてしまいそうだ。私は恥ずかしさを堪えて白状することにした。
「……マネージャーになりたいって子がたくさん来たって聞いたから、牽制しておこうと思って」
「……」
沈黙が余計に恥ずかしさを煽ってくる。
もう、バカにしてもいいからとにかく何か言って欲しい。
「へー」
死ぬほど長く感じた沈黙の後、ようやく聞こえた彼の声に恐る恐る顔を上げると、さっきまでの不機嫌さは嘘のようにニヤニヤと妙に嬉しそうに私に視線を合わせてきた。そうして口元に手をあててナイショ話のように言う。
「キスとか、しねぇでいいの?」
「しないよ!」
肩を震わせて笑う堅治くんのその肩をつかんで、強制的にくるっと回れ右をさせる。
「もう! 早く戻ってください!」
「へいへいっと。あ、友紀さー」
「何?」
「メガネ、絶対外すなよ」
「……わかった」
「あと」
「ん?」
梯子に足をかけた堅治くんが、降りかけの状態でこちらを見ている。
「後で俺だけに見せて?」
甘える様に首を傾げられて私は壊れた人形のようにコクコクと首を縦に振る。
「う、うん……」
それを見て気が済んだらしい堅治くんは機嫌よく元の場所へと降りていった。
「コガネ、遅ぇぞ!」
「え!? 二口サン、どこから来たんスか? あれ! 髪型変わっ、いてぇ!!」
言い終わる前に堅治くんにパーンと肩を叩かれた黄金川くんが悲鳴を上げる。
新入生達はそちらに気を取られていて、もうこちらを見ていないことにほっとしていたら、滑津さんがにっこりと笑顔でこちらに向かって手を振っている。
どこから見られていたかな……?
私は今さら恥ずかしくなって、やっとのことでそちらに小さく手を振り返す。滑津さんが親指を立てた。通りすがりの堅治くんが、その頭を小突くフリをする。
二人のじゃれ合う様子を微笑ましく思いながら私はベンチに腰を下ろした。