16 シヤヲヒロゲル
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視野を広げる
授業以外はほぼ部活。
私は、部活に行く堅治くんをただ見送る。
時には、こっそりと見守りに行ったり。
時には、前の約束通り会いに行って、断られて、その代わりのコトをしてもらったり。
先に進む余裕なんてなかった。
そのことにホッとした、なんてことはない。
がっかりした、とも言えない。
ただ、お互いに今はそれどころではないことはわかっている。少し寂しいけれど、それでいいと思っていた。
・20時以降は食べない。
・筋トレを続ける。
・下着の上下を揃える。
それどころではない、なんて言いながらも、しっかり習慣づいている。
バカみたいだと思っている。それでも、やらないよりはやった方がいいと思うし、何もしないのは私の心が落ち着かない。
これを積み重ねていくのが『女子力』と言われるものなのかもしれない。
――なんて思っていたのに、あっさり打ち砕いたのは藍里ちゃんだった。
「今さらそんなこと!? フツーのフツーだけど!?」
『テスト終了記念』と称してのショッピング。ちょうど、と言っていいのか、現場は下着屋さんだった。
「それを”努力”とか”女子力”って思うなら、まだ女子をなめすぎだよ」
おかしい。私は女子ではなかった、と暗に言われている。
上下揃えるって発想が出てきたのは私にしては進歩だよ――みたいな話をしたつもりだったのに、心底あきれたように大きくため息をつかれる。
「アンタ、素材にあぐらかきすぎ。わかってる女子なら、何がなくてもそれぐらいはしてるよ」
「そうなの?」
「そうだよ! まあ、たまーに気を抜く日もあるけど。それは彼氏のいる・いないなんかじゃないって!」
そう言いながら、壁のようなディスプレイラックに陳列された色とりどりの下着の中から、よりによって黒の上下セットを私に押し付けてくる。
上はともかく、下がすごい。『ローライズ』というにはおこがましいぐらい縦の幅がないのに、左右に謎のストリングがついている。
……あ、これ、ボトムスの腰のところから見せるタイプのヤツだ。
「さすがにコレは……」
雑誌のモデルさんでギリギリだし、一歩間違えたら痴女にしかならない。
というより、どう考えても堅治くんに……、いや、まず、親にメチャクチャ怒られる。自分で洗濯するにしてもどこで干したらいいやら……。
やんわりと藍里ちゃんに突き返すと、「今の友紀なら余裕でいけると思うんだけどなー」と、あながち冗談でもなさそうに言ってくるのが恐ろしい。
「インターハイ、見に行くんでしょ? 気合入れてきなよ!」
そう言いながら次に渡してきたのは、色こそ清楚なオフホワイトだったけれど、『布』というより『糸の集合体』といった感じのものだった。
いろいろと、隠せるの、これ?
「私が試合するわけじゃないし……。それに、見には行けないよ」
気合だけじゃとても着られない……と思いながら値札を確認すると、目が飛び出そうな金額だったので、丁重に元のところへお返しする。
『総レース』って高いんだ……。
「え、そうなの? チケットが争奪戦とか?」
「ううん。そういうのはないんだけど、ただ、やってる場所が遠すぎて」
「どこでやるの?」
「福岡」
「あー。そっかー、東京ですらないんだ。福岡だと、飛行機?」
「うん……。行こうと思えば行けるんだけど、泊まるところが取れないんだよね」
「なるほどねぇ」
一応、周辺のホテルや旅館はあたってみたけど、手が届きそうな料金のところは壊滅状態だった。
まず第一に、出場選手の宿を確保しなくちゃならないんだから、それもそうだと思い、現地に行くのはあきらめている。ローカルテレビでの放送とネットの速報に頼るしかない。
それだって、やってくれるかどうか定かではない。こっちは血眼になって情報を求めているのに「未定」としか返ってこなくて、もどかしい思いをしている。
彼の懸けているものの晴れ舞台だというのに……。
「……一番いいところが見れないの、結構ツライな、って思っちゃう」
「おや、それはもうファンだね」
「ファンかー。そうかもしれない。遠い人になっちゃったなー」
「あれ? 友紀が二口のことで拗ねてるの、超レアじゃない?」
「そうかな?」
レアなんてもんじゃない。もう最近の私は、ずーっとぐしゅぐしゅと拗ねている気がする。進路がほぼ確定して、余計なことを考える暇ができたからかもしれない。
「今のうちに、一人の時間も大事にしなよ!」
藍里ちゃんは励ましてくれるような口調で次の下着を渡してくる。
そのセリフを言うなら、リラックスできるルームウェアとかを渡してほしいんだけど……。
「二口が知らない世界の友紀を作っちゃっていいんだよ。バイトするとかさー」
「バイト? インターンとか?」
「友紀、ホント真面目。そうじゃなくて、もっと軽く考えて! 接客業とか、普段会わない人に会って視野を広げる感じの!」
視野か、と思いながら渡されたものをくるっとひっくり返してみる。
……一見、普通の組み合わせに見えていたのに、裏側は大変なことになっていた。
「これ、後ろほとんど紐じゃん!」
「別の顔を持つ、って大事だよ?」
ふふん、と得意げな顔をしてるけど、Tバックにメッセージを込めないでくれるかな?
でも確かに、推薦の目途も立ったし、バイトを始めるのもいいかもしれない。工業系にこだわらないで、高校生でもできるものっていうと、なんだろう?
「全然関係ないこと、してみようかな」
「そうそう、自分を解放しなくっちゃ!」
そうこうしているうちに次のが回って来た。
もう、どんなものを渡してくるのか、ちょっと楽しみにさえなってきている。
3点セットのガータベルト付き。今度は『自分の解放』がテーマか。確かに、私の発想にこのタイプはない、と苦笑する。
ところでガータベルトってどうやってつけるの? と、そっちに気を取られてて、真ん中にある変わった形のショーツに気づくのが遅れた。
なんか、蝶々が羽を広げたみたいな形をしているけれど……?
え……? まって、まって!?
あるべきところの布、なくない???
「……! こ、これ不良品? どう考えても、穴の開いてるところおかしくない!? っていうか、この列の下着、みんなおかしいって!」
辺りを見回して、よくよく見たら『Sexy lingerie』ってマップボードが垂れ下がってる……。
持っていることすら恥ずかしくなって、半ば押し付けるようにその辺のディスプレイラックに戻す。ハンガーがぶつかって音が鳴ってしまい、一層恥ずかしくなる。
懲りずに何か見つけてきたらしい藍里ちゃんは、「ばれたか」と言わんばかりに首をすくめて笑っていた。
授業以外はほぼ部活。
私は、部活に行く堅治くんをただ見送る。
時には、こっそりと見守りに行ったり。
時には、前の約束通り会いに行って、断られて、その代わりのコトをしてもらったり。
先に進む余裕なんてなかった。
そのことにホッとした、なんてことはない。
がっかりした、とも言えない。
ただ、お互いに今はそれどころではないことはわかっている。少し寂しいけれど、それでいいと思っていた。
・20時以降は食べない。
・筋トレを続ける。
・下着の上下を揃える。
それどころではない、なんて言いながらも、しっかり習慣づいている。
バカみたいだと思っている。それでも、やらないよりはやった方がいいと思うし、何もしないのは私の心が落ち着かない。
これを積み重ねていくのが『女子力』と言われるものなのかもしれない。
――なんて思っていたのに、あっさり打ち砕いたのは藍里ちゃんだった。
「今さらそんなこと!? フツーのフツーだけど!?」
『テスト終了記念』と称してのショッピング。ちょうど、と言っていいのか、現場は下着屋さんだった。
「それを”努力”とか”女子力”って思うなら、まだ女子をなめすぎだよ」
おかしい。私は女子ではなかった、と暗に言われている。
上下揃えるって発想が出てきたのは私にしては進歩だよ――みたいな話をしたつもりだったのに、心底あきれたように大きくため息をつかれる。
「アンタ、素材にあぐらかきすぎ。わかってる女子なら、何がなくてもそれぐらいはしてるよ」
「そうなの?」
「そうだよ! まあ、たまーに気を抜く日もあるけど。それは彼氏のいる・いないなんかじゃないって!」
そう言いながら、壁のようなディスプレイラックに陳列された色とりどりの下着の中から、よりによって黒の上下セットを私に押し付けてくる。
上はともかく、下がすごい。『ローライズ』というにはおこがましいぐらい縦の幅がないのに、左右に謎のストリングがついている。
……あ、これ、ボトムスの腰のところから見せるタイプのヤツだ。
「さすがにコレは……」
雑誌のモデルさんでギリギリだし、一歩間違えたら痴女にしかならない。
というより、どう考えても堅治くんに……、いや、まず、親にメチャクチャ怒られる。自分で洗濯するにしてもどこで干したらいいやら……。
やんわりと藍里ちゃんに突き返すと、「今の友紀なら余裕でいけると思うんだけどなー」と、あながち冗談でもなさそうに言ってくるのが恐ろしい。
「インターハイ、見に行くんでしょ? 気合入れてきなよ!」
そう言いながら次に渡してきたのは、色こそ清楚なオフホワイトだったけれど、『布』というより『糸の集合体』といった感じのものだった。
いろいろと、隠せるの、これ?
「私が試合するわけじゃないし……。それに、見には行けないよ」
気合だけじゃとても着られない……と思いながら値札を確認すると、目が飛び出そうな金額だったので、丁重に元のところへお返しする。
『総レース』って高いんだ……。
「え、そうなの? チケットが争奪戦とか?」
「ううん。そういうのはないんだけど、ただ、やってる場所が遠すぎて」
「どこでやるの?」
「福岡」
「あー。そっかー、東京ですらないんだ。福岡だと、飛行機?」
「うん……。行こうと思えば行けるんだけど、泊まるところが取れないんだよね」
「なるほどねぇ」
一応、周辺のホテルや旅館はあたってみたけど、手が届きそうな料金のところは壊滅状態だった。
まず第一に、出場選手の宿を確保しなくちゃならないんだから、それもそうだと思い、現地に行くのはあきらめている。ローカルテレビでの放送とネットの速報に頼るしかない。
それだって、やってくれるかどうか定かではない。こっちは血眼になって情報を求めているのに「未定」としか返ってこなくて、もどかしい思いをしている。
彼の懸けているものの晴れ舞台だというのに……。
「……一番いいところが見れないの、結構ツライな、って思っちゃう」
「おや、それはもうファンだね」
「ファンかー。そうかもしれない。遠い人になっちゃったなー」
「あれ? 友紀が二口のことで拗ねてるの、超レアじゃない?」
「そうかな?」
レアなんてもんじゃない。もう最近の私は、ずーっとぐしゅぐしゅと拗ねている気がする。進路がほぼ確定して、余計なことを考える暇ができたからかもしれない。
「今のうちに、一人の時間も大事にしなよ!」
藍里ちゃんは励ましてくれるような口調で次の下着を渡してくる。
そのセリフを言うなら、リラックスできるルームウェアとかを渡してほしいんだけど……。
「二口が知らない世界の友紀を作っちゃっていいんだよ。バイトするとかさー」
「バイト? インターンとか?」
「友紀、ホント真面目。そうじゃなくて、もっと軽く考えて! 接客業とか、普段会わない人に会って視野を広げる感じの!」
視野か、と思いながら渡されたものをくるっとひっくり返してみる。
……一見、普通の組み合わせに見えていたのに、裏側は大変なことになっていた。
「これ、後ろほとんど紐じゃん!」
「別の顔を持つ、って大事だよ?」
ふふん、と得意げな顔をしてるけど、Tバックにメッセージを込めないでくれるかな?
でも確かに、推薦の目途も立ったし、バイトを始めるのもいいかもしれない。工業系にこだわらないで、高校生でもできるものっていうと、なんだろう?
「全然関係ないこと、してみようかな」
「そうそう、自分を解放しなくっちゃ!」
そうこうしているうちに次のが回って来た。
もう、どんなものを渡してくるのか、ちょっと楽しみにさえなってきている。
3点セットのガータベルト付き。今度は『自分の解放』がテーマか。確かに、私の発想にこのタイプはない、と苦笑する。
ところでガータベルトってどうやってつけるの? と、そっちに気を取られてて、真ん中にある変わった形のショーツに気づくのが遅れた。
なんか、蝶々が羽を広げたみたいな形をしているけれど……?
え……? まって、まって!?
あるべきところの布、なくない???
「……! こ、これ不良品? どう考えても、穴の開いてるところおかしくない!? っていうか、この列の下着、みんなおかしいって!」
辺りを見回して、よくよく見たら『Sexy lingerie』ってマップボードが垂れ下がってる……。
持っていることすら恥ずかしくなって、半ば押し付けるようにその辺のディスプレイラックに戻す。ハンガーがぶつかって音が鳴ってしまい、一層恥ずかしくなる。
懲りずに何か見つけてきたらしい藍里ちゃんは、「ばれたか」と言わんばかりに首をすくめて笑っていた。
