1 モッカノナヤミ
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目下の悩み
春休みが明け私たちは3年生になった。
新1年生の仮入部期間も始まり、バレー部も新入部員が想定以上に来ているとかで忙しくなっているようだ。
そんなある日のお昼休み。藍里ちゃんと教室でお昼ごはんを食べていると滑津さんがひょっこりと顔を見せた。
「まさかうちの高校でこんなことになるとは思わなかったわ……」
「滑津じゃん。珍しいね。どうしたの?」
滑津さんは藍里ちゃんの問いに曖昧に頷くと、誰かを探すように3Aの教室を見回す。
「二口、いないよね?」
「? いないよー。青根たちと食堂行ったんじゃない?」
「結城さん」
「は、はい?」
「お願いがあるんだけど……」
滑津さんはいつかのように、私に向かってパチンと両手を合わせた。
◇◇◇
バレー部は春の県民体育大会で優勝した。この大会は県内独自のもので、先に全国大会的なものはないそうだけれど、その優勝で伊達工バレー部には練習試合の申し込みが殺到したそうだ。
それは単純に良いことなんだと思う。春休みに会えない理由を説明してくれた堅治くんの声も明るかったから。『あの優勝でハクついちゃってさぁ』と得意気に言っていたのが記憶に新しい。
『いつ見に来てもいーよ』と堅治くんが、滑津さんも『遠慮しないで!』と言ってくれたけど、あんまり頻繁にお邪魔するのも迷惑になると思って、学校方向に用事のある時だけ「ついで」に覗かせてもらっていた。
◇◇◇
「ーーそんなわけで『今、期待のチーム!』とか『選手!』とかでインタ受けたり、ローカルニュースで取り上げられたりしたんだけど」
「へー。すごいじゃん!」
「うんうん」
得意気に胸を張る滑津さんと感嘆の声を上げる藍里ちゃんを見て微笑ましい気持ちで頷く。
そう。伊達工バレー部は今、すごく注目されている。
私が見に行ったときも、校内では見慣れない格好をした人がギャラリーにいることがあった。他校の名前が刺繍されているジャージだったり、取材だとわかる機材を持った人だったり。良くも悪くも伊達工バレー部が『強い』チームとして注目されているということなのだろう。
春休みのはじめの頃は、言わずに行ったのに堅治くんはすぐに私を見つけるから、部活に集中できているのか心配になったりもした。
でもそのうちに。特に4月に入ってからは、誰かに教えられるまで私に気づかないことが増えてきた。ホッとしつつもちょっぴり寂しく思っていたけれど、ふと、彼の顔つきが変わってきていることに気づいた。真剣味を増した……、というか険しい表情に。
無責任に言うなら「追う側から追われる側へと回ったプレッシャー」なんだと思う。堅治くんは主将だから、そのあらゆる方向からの重圧を人一倍浴びているんじゃないかと心配になる。
『あ、友紀! 来てたンなら言えよ~』
ギャラリーに私を見つけ、屈託なく笑う堅治くん。私の前では堅治くんの顔から険しさが少し消える、ような気がする。その表情を見ると、来てよかったと思えて嬉しかったけれど……。
同時にそれでいいのか不安になってしまう。彼の闘争心を削いでることにならないかって。
私の存在ぐらいで気が散るなんて、そんなこと杞憂だとは思うんだけど……。
「ありがとありがと。で、それを見た新入生どもが殺到しちゃってさ、」
「やったー! 筋肉地獄ぅ~! ますます男ムサク、おっと強くなるじゃん!」
滑津さんと藍里ちゃんがじゃれるように掛け合っている。
「藍里の言い方ムカつくー。でも、まあその通り、選手はいくら来てくれてもいいの! 殺到して困ってるのは、マネージャーで……」
マネージャー? うちの学校は女子が少ないから女子マネージャーがいる部活の方が珍しい。バレー部だって、滑津さん1人のはず。
首をかしげる私の方に頷いて、滑津さんは続けた。
「まあ、うち共学じゃないから……、いや、共学だけどさ。だから殺到、っていってもタカが知れてて。それでもうちで5人もマネ志望が来るのは異常事態でさぁ」
「えー? マネ増えたら、滑津の仕事も分担できるから、いいんじゃないの?」
「もちろん、働いてくれるなら私も文句はないよ! でもあの子たち、ドリンクとタオル渡すのだけが仕事と思ってくれちゃって」
そこまで言って滑津さんは深いため息をついた。
「しかも、特定の部員に偏りがあるというか、なんて言うか……」
妙に歯切れが悪い。滑津さんは口ごもりながら私の方をちらりと見る。
「?」
「……ぶっちゃけるとね、うちの主将……、二口目当てなのよ。結城さんごめんね、へんなコト聞かせて」
「あー」と納得したような声で藍里ちゃんが顔をしかめる。
……まあ。もう、二口くんが女子の目を惹く人なんだ、っていうのはわからされているし、相変わらずすごいなーと他人事のように思ってしまう。
「二口もさー……。いや、二口は悪くないんだけど。あんまり欲がないっていうか、ある意味慣れているっていうか、気にしてないのよね。タオルとかボトルとか出てきても普通に『どうも』って当たり前のように受け取って、スルー」
「へー。溺愛してる彼女がいる男はクールだねぇ」
そう言って藍里ちゃんはニヤニヤと私を見るけど、私はスルーして滑津さんの次の言葉を待つ。
「うん。二口がそういう態度でいてくれるのは助かるんだよね。余計な気を持たせないでいてくれて。だけど、今後トラブルにならないとも限らなくて、その芽は摘んでおきたいんだけど、」
「そんなの、二口が『俺、彼女がいるから』って宣言すればいいだけじゃない?」
そう藍里ちゃんが言うと、滑津さんは大げさに首を振って「全然わかってない」とため息をつく。
「それはダメ。それやったら『自意識過剰!』とか変にこじれて二口にヘイトが向かっちゃう。っていうか、それを選手にやらせるのは違う気がする。こんなの私サイドでどうにかしたいんだよね」
「あー……。なるほど。じゃあ滑津がイビリ倒して追い出せば?」
「そんなのさすがにヤだよ! 見込みがある子なら、私の後をお願いしたいし」
「あはは。そりゃそうか。それならやっぱり二口が彼女持ちってこと知らせた方がいいじゃん」
そこでシンクロするように藍里ちゃんと滑津さんの動きが揃う。4つの瞳が私に向かって期待するような光を放つ。滑津さんが私に何を頼みにきたのかわかったような気がする。けど……。
「ち……ちょっと待って、私、に何を……」
「二口と結城さんって、うちの学年のヤツなら付き合ってること知ってるよね?」
「う、うん。隠していないから、知っている人は知ってると思う」
「見てないところじゃすごいらしいからねー。学校でもいちゃついとけば?」
「いやだよ!」
ここぞとばかりにニヤニヤとからかってくる藍里ちゃんを睨みつけると、滑津さんが間に入ってくれた。
「結城さん、そんなことしなくていいよ。それより、暇なときでいいから、春休みのときみたく練習見に来てくれない?」
「え……」
思わず息をのんで目を丸くしてしまった。
「え? 何で友紀びっくりしてるの? それぐらい行けばいいじゃん」
「結城さん、もしかして、いちゃいちゃの方がよかった?」
滑津さんまで私をからかおうとするから、私は慌てて弁解を始める。
「いや、そうじゃなくて、その、なんて言うか……。気づいてくれるかな? 私に気づかなかったら不発だし、私に気づいたら気づいたで……練習の邪魔にならない?」
「なんでそうなった?」
藍里ちゃんからのツッコミが入る。私も言ってて前半と後半のつじつまがあってないと思う。でも、理由を話すのも自意識過剰っぽくて恥ずかしい。
滑津さんはごにょごにょ言う私を見つめると、ポンと手を叩いて声を上げた。
「あー、二口がデれるとか心配してる?」
「!! い、いや、そういうのじゃないんだけど……」
自分で言うのはおこがましいと思ってたけれど、人から言われるのもとんでもない。
でも図星だ。彼の気を散らせちゃいけない、っていうのが私の中にある。でもそれを口に出すことは堅治くんを信じていないみたいだから、しまっとかなきゃいけないと思ってたのに……。
私はしどろもどろに胸の内を打ち明けた。
「……今年、全国に手が届くところまで来てるって聞いて……。そういう風に目標が鮮明になって気を張ってる時に、私みたいな邪魔が入って気が緩むなんてことあっちゃいけないのかな、と思って……」
そこまでいうと、きょとんとしていた滑津さんが可笑しそうに笑った。
「あははは、そっか、それで新学期始まってから来なくなったんだ! 考えすぎだよー、全然大丈夫! むしろ来て!」
朗らかに笑い飛ばす滑津さんに面食らう。
「え……?」
「確かに。結城さんの心配もわかるよ。ありがとね。……二口、主将としてはすごく立派にやってくれてるよ。だから、たまに結城さんが来てデレさせるくらいでちょうどいいんだよ」
「……」
「いやさぁ。結城さんの言うとおりで張りつめてるのよ。いつかキレちゃうんじゃないかってぐらい。二口がそうしてると『カッコイイ』とかで女子には好評だけど、男子は怖がっちゃって、ある意味悪循環なのよね。だからさ、緩ませてやってよ。部員には隙見せ、マネには牽制ってことで」
そこまで言うと、滑津さんは私に向けて意味ありげに笑う。
「それに、アイツは結城さん来たら、きっといい仕事をしてくれるはず」
「そ、そんなの保証はできないよ?」
買いかぶりすぎだ。私はいっそ青くなってブンブンと首を横に振る。
「いいのいいの、こっちの話だから。上で見てもらうだけでいいから! ……まあ、もし、結城さんが来たことで二口がたるみまくるなら、『二口が集中しないから、今日は帰って』って言うよ」
いたずらっ子っぽく微笑む滑津さんにつられて私も吹き出してしまった。
さすが苦楽を共にして3年目のマネージャーさんだと思う。私なんかよりちゃんと堅治くんの部活に掛ける思いを見抜いている。……やきもちなんか妬けないぐらい、部活のことでは勝ち目がない。
その彼女からのお願いなら、もったいぶってもしょうがない。
「……わかった。それならたまに練習見に行く。迷惑だったら言ってね」
「ありがとう! そうしてそうして! 一応コレ、二口にはナイショで! 今度は普通にお昼一緒にさせてね~」
二口たちに見つかる前に、と滑津さんは風のように教室を出て行った。その後ろ姿を見送りながら藍里ちゃんは私に言う。
「『善は急げ』っていうし、今日行ったら?」
「……うん。そうする」
「行く前に軽くメイクしてあげるから、あたしんとこおいで」
「え! いいよそんなこと」
「牽制に行くんでしょ? 新入りにナメられないよーにマウントとりいこ。アンタ元はいいんだから!」
元がいいかはともかく……。ちゃんとしておいた方が牽制になる、というのは私にも理解はできる。
「……ナチュラルメイクでお願いします」
「はぁ? 軽く言ってくれるけど、ナチュラルが一番手間かかるんだけど」
「スミマセン……」
春休みが明け私たちは3年生になった。
新1年生の仮入部期間も始まり、バレー部も新入部員が想定以上に来ているとかで忙しくなっているようだ。
そんなある日のお昼休み。藍里ちゃんと教室でお昼ごはんを食べていると滑津さんがひょっこりと顔を見せた。
「まさかうちの高校でこんなことになるとは思わなかったわ……」
「滑津じゃん。珍しいね。どうしたの?」
滑津さんは藍里ちゃんの問いに曖昧に頷くと、誰かを探すように3Aの教室を見回す。
「二口、いないよね?」
「? いないよー。青根たちと食堂行ったんじゃない?」
「結城さん」
「は、はい?」
「お願いがあるんだけど……」
滑津さんはいつかのように、私に向かってパチンと両手を合わせた。
◇◇◇
バレー部は春の県民体育大会で優勝した。この大会は県内独自のもので、先に全国大会的なものはないそうだけれど、その優勝で伊達工バレー部には練習試合の申し込みが殺到したそうだ。
それは単純に良いことなんだと思う。春休みに会えない理由を説明してくれた堅治くんの声も明るかったから。『あの優勝でハクついちゃってさぁ』と得意気に言っていたのが記憶に新しい。
『いつ見に来てもいーよ』と堅治くんが、滑津さんも『遠慮しないで!』と言ってくれたけど、あんまり頻繁にお邪魔するのも迷惑になると思って、学校方向に用事のある時だけ「ついで」に覗かせてもらっていた。
◇◇◇
「ーーそんなわけで『今、期待のチーム!』とか『選手!』とかでインタ受けたり、ローカルニュースで取り上げられたりしたんだけど」
「へー。すごいじゃん!」
「うんうん」
得意気に胸を張る滑津さんと感嘆の声を上げる藍里ちゃんを見て微笑ましい気持ちで頷く。
そう。伊達工バレー部は今、すごく注目されている。
私が見に行ったときも、校内では見慣れない格好をした人がギャラリーにいることがあった。他校の名前が刺繍されているジャージだったり、取材だとわかる機材を持った人だったり。良くも悪くも伊達工バレー部が『強い』チームとして注目されているということなのだろう。
春休みのはじめの頃は、言わずに行ったのに堅治くんはすぐに私を見つけるから、部活に集中できているのか心配になったりもした。
でもそのうちに。特に4月に入ってからは、誰かに教えられるまで私に気づかないことが増えてきた。ホッとしつつもちょっぴり寂しく思っていたけれど、ふと、彼の顔つきが変わってきていることに気づいた。真剣味を増した……、というか険しい表情に。
無責任に言うなら「追う側から追われる側へと回ったプレッシャー」なんだと思う。堅治くんは主将だから、そのあらゆる方向からの重圧を人一倍浴びているんじゃないかと心配になる。
『あ、友紀! 来てたンなら言えよ~』
ギャラリーに私を見つけ、屈託なく笑う堅治くん。私の前では堅治くんの顔から険しさが少し消える、ような気がする。その表情を見ると、来てよかったと思えて嬉しかったけれど……。
同時にそれでいいのか不安になってしまう。彼の闘争心を削いでることにならないかって。
私の存在ぐらいで気が散るなんて、そんなこと杞憂だとは思うんだけど……。
「ありがとありがと。で、それを見た新入生どもが殺到しちゃってさ、」
「やったー! 筋肉地獄ぅ~! ますます男ムサク、おっと強くなるじゃん!」
滑津さんと藍里ちゃんがじゃれるように掛け合っている。
「藍里の言い方ムカつくー。でも、まあその通り、選手はいくら来てくれてもいいの! 殺到して困ってるのは、マネージャーで……」
マネージャー? うちの学校は女子が少ないから女子マネージャーがいる部活の方が珍しい。バレー部だって、滑津さん1人のはず。
首をかしげる私の方に頷いて、滑津さんは続けた。
「まあ、うち共学じゃないから……、いや、共学だけどさ。だから殺到、っていってもタカが知れてて。それでもうちで5人もマネ志望が来るのは異常事態でさぁ」
「えー? マネ増えたら、滑津の仕事も分担できるから、いいんじゃないの?」
「もちろん、働いてくれるなら私も文句はないよ! でもあの子たち、ドリンクとタオル渡すのだけが仕事と思ってくれちゃって」
そこまで言って滑津さんは深いため息をついた。
「しかも、特定の部員に偏りがあるというか、なんて言うか……」
妙に歯切れが悪い。滑津さんは口ごもりながら私の方をちらりと見る。
「?」
「……ぶっちゃけるとね、うちの主将……、二口目当てなのよ。結城さんごめんね、へんなコト聞かせて」
「あー」と納得したような声で藍里ちゃんが顔をしかめる。
……まあ。もう、二口くんが女子の目を惹く人なんだ、っていうのはわからされているし、相変わらずすごいなーと他人事のように思ってしまう。
「二口もさー……。いや、二口は悪くないんだけど。あんまり欲がないっていうか、ある意味慣れているっていうか、気にしてないのよね。タオルとかボトルとか出てきても普通に『どうも』って当たり前のように受け取って、スルー」
「へー。溺愛してる彼女がいる男はクールだねぇ」
そう言って藍里ちゃんはニヤニヤと私を見るけど、私はスルーして滑津さんの次の言葉を待つ。
「うん。二口がそういう態度でいてくれるのは助かるんだよね。余計な気を持たせないでいてくれて。だけど、今後トラブルにならないとも限らなくて、その芽は摘んでおきたいんだけど、」
「そんなの、二口が『俺、彼女がいるから』って宣言すればいいだけじゃない?」
そう藍里ちゃんが言うと、滑津さんは大げさに首を振って「全然わかってない」とため息をつく。
「それはダメ。それやったら『自意識過剰!』とか変にこじれて二口にヘイトが向かっちゃう。っていうか、それを選手にやらせるのは違う気がする。こんなの私サイドでどうにかしたいんだよね」
「あー……。なるほど。じゃあ滑津がイビリ倒して追い出せば?」
「そんなのさすがにヤだよ! 見込みがある子なら、私の後をお願いしたいし」
「あはは。そりゃそうか。それならやっぱり二口が彼女持ちってこと知らせた方がいいじゃん」
そこでシンクロするように藍里ちゃんと滑津さんの動きが揃う。4つの瞳が私に向かって期待するような光を放つ。滑津さんが私に何を頼みにきたのかわかったような気がする。けど……。
「ち……ちょっと待って、私、に何を……」
「二口と結城さんって、うちの学年のヤツなら付き合ってること知ってるよね?」
「う、うん。隠していないから、知っている人は知ってると思う」
「見てないところじゃすごいらしいからねー。学校でもいちゃついとけば?」
「いやだよ!」
ここぞとばかりにニヤニヤとからかってくる藍里ちゃんを睨みつけると、滑津さんが間に入ってくれた。
「結城さん、そんなことしなくていいよ。それより、暇なときでいいから、春休みのときみたく練習見に来てくれない?」
「え……」
思わず息をのんで目を丸くしてしまった。
「え? 何で友紀びっくりしてるの? それぐらい行けばいいじゃん」
「結城さん、もしかして、いちゃいちゃの方がよかった?」
滑津さんまで私をからかおうとするから、私は慌てて弁解を始める。
「いや、そうじゃなくて、その、なんて言うか……。気づいてくれるかな? 私に気づかなかったら不発だし、私に気づいたら気づいたで……練習の邪魔にならない?」
「なんでそうなった?」
藍里ちゃんからのツッコミが入る。私も言ってて前半と後半のつじつまがあってないと思う。でも、理由を話すのも自意識過剰っぽくて恥ずかしい。
滑津さんはごにょごにょ言う私を見つめると、ポンと手を叩いて声を上げた。
「あー、二口がデれるとか心配してる?」
「!! い、いや、そういうのじゃないんだけど……」
自分で言うのはおこがましいと思ってたけれど、人から言われるのもとんでもない。
でも図星だ。彼の気を散らせちゃいけない、っていうのが私の中にある。でもそれを口に出すことは堅治くんを信じていないみたいだから、しまっとかなきゃいけないと思ってたのに……。
私はしどろもどろに胸の内を打ち明けた。
「……今年、全国に手が届くところまで来てるって聞いて……。そういう風に目標が鮮明になって気を張ってる時に、私みたいな邪魔が入って気が緩むなんてことあっちゃいけないのかな、と思って……」
そこまでいうと、きょとんとしていた滑津さんが可笑しそうに笑った。
「あははは、そっか、それで新学期始まってから来なくなったんだ! 考えすぎだよー、全然大丈夫! むしろ来て!」
朗らかに笑い飛ばす滑津さんに面食らう。
「え……?」
「確かに。結城さんの心配もわかるよ。ありがとね。……二口、主将としてはすごく立派にやってくれてるよ。だから、たまに結城さんが来てデレさせるくらいでちょうどいいんだよ」
「……」
「いやさぁ。結城さんの言うとおりで張りつめてるのよ。いつかキレちゃうんじゃないかってぐらい。二口がそうしてると『カッコイイ』とかで女子には好評だけど、男子は怖がっちゃって、ある意味悪循環なのよね。だからさ、緩ませてやってよ。部員には隙見せ、マネには牽制ってことで」
そこまで言うと、滑津さんは私に向けて意味ありげに笑う。
「それに、アイツは結城さん来たら、きっといい仕事をしてくれるはず」
「そ、そんなの保証はできないよ?」
買いかぶりすぎだ。私はいっそ青くなってブンブンと首を横に振る。
「いいのいいの、こっちの話だから。上で見てもらうだけでいいから! ……まあ、もし、結城さんが来たことで二口がたるみまくるなら、『二口が集中しないから、今日は帰って』って言うよ」
いたずらっ子っぽく微笑む滑津さんにつられて私も吹き出してしまった。
さすが苦楽を共にして3年目のマネージャーさんだと思う。私なんかよりちゃんと堅治くんの部活に掛ける思いを見抜いている。……やきもちなんか妬けないぐらい、部活のことでは勝ち目がない。
その彼女からのお願いなら、もったいぶってもしょうがない。
「……わかった。それならたまに練習見に行く。迷惑だったら言ってね」
「ありがとう! そうしてそうして! 一応コレ、二口にはナイショで! 今度は普通にお昼一緒にさせてね~」
二口たちに見つかる前に、と滑津さんは風のように教室を出て行った。その後ろ姿を見送りながら藍里ちゃんは私に言う。
「『善は急げ』っていうし、今日行ったら?」
「……うん。そうする」
「行く前に軽くメイクしてあげるから、あたしんとこおいで」
「え! いいよそんなこと」
「牽制に行くんでしょ? 新入りにナメられないよーにマウントとりいこ。アンタ元はいいんだから!」
元がいいかはともかく……。ちゃんとしておいた方が牽制になる、というのは私にも理解はできる。
「……ナチュラルメイクでお願いします」
「はぁ? 軽く言ってくれるけど、ナチュラルが一番手間かかるんだけど」
「スミマセン……」
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