Second grade of Highschool
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とある卑怯者の初恋
俺は小さいころから母親に似ていると言われてきた。
色素の薄い髪と瞳、白い肌、赤い唇。
そして少しだけとがった犬歯。
中学に入学した時、制服姿の俺を見て母親が言った。
「堅治はさー、血を吸いたいって思ったことある?」
言っている意味が全くわからなくて鼻で笑う。
「は? そんなこと、あるわけねぇよ」
「そっか。じゃあ、血、吸いたいなと思ったら言ってね。抑える薬あるから」
意味不明。
そのわりには変に具体的だからひっかかる。
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
「んー? 私が血を吸いたくなったの、そのぐらいの年の頃だったし」
「女子は早熟だからねー」と薄ら笑いを浮かべる母親に「バッカじゃねぇの」と悪態をつきながら、俺が一番似ているのはこういう底意地の悪い所だと感じていた。
結局、中学の三年間に『血を吸いたい』なんて衝動はやってこなかった。
◇◇◇
「あなたは吸血鬼よ、私と同じ」
と見せられた母の犬歯は尖っていた。
伊達工への進学が決まったその日、合格祝いと称してレストランの個室に連れていかれた。
父親、母親、俺。
妹だけ連れてこないことを不審に思いながら通されたそこで、俺は母方からの流れをくむ吸血鬼だと伝えられた。
「いやいやいやいや……」
そんな、冗談だろ?
レストラン用にかしこまった格好をしている二人が真面目くさった顔で並んでるもんだから、荒唐無稽さとのギャップに風邪をひきそうだ。
人から血を吸う? そんなことしたら普通に生きていくの難しくね?
普通の人間としてごく当たり前の疑問に、母は当たり前のように答えてきた。
確かに昔は人の生き血をすすっていた。現代ではそのための『薬』があり、それを作るための『製薬会社』が存在する。母方の祖父が作った製薬会社もその一つなんだそうだ。秘密裏に研究がすすみ、今では積極的に吸血しないでも生活できる薬ができている。その薬を使えば、思春期から顕著になる吸血衝動は抑えられる。
……理屈としては一応わかった。そうやって人間社会の中で潜んで、今日まで生き永らえてきた一族の末裔が俺、ということになるらしい。祖母も父親も普通の人間だから、血統も薄くなっていそうなものなのに発現はきまぐれな隔世遺伝的なものであるらしい。『何か』があった時に目が紅く光るのが兆候だそうで、俺は幼い頃から出ていたそうだ。
とにかく、これからは『薬』を服用しておけ、とのことだった。
俺は高校に入ってからそれを摂取し、効果を実感するような吸血衝動を知らないまま普通に生活していた。……歯が疼く気がするのは親知らずのせいなんだとごまかしていた。
が、突然それはやってきた。
結城が髪を上げていた時。
露わになった首筋を見た瞬間。自分の中で何かスイッチが入ってしまったのを感じた。
俺は、この首から血を吸いたい。吸って吸って吸って、吸いつくしたい。
突然沸き上がった欲望に、自分が振り回される感覚が気持ち悪かった。
吸い方など知らないのに本能のままかぶりつく。
疼いた歯が、結城の首筋に突き刺さる。
そこから一気に吸い上げる。
頭がくらくらするほど甘かった。
酔ってしまった感じだった。
吸血される側にとってその行為は苦痛であり衝撃なんだろう。だけど、相手側のそのショックを利用し、一度目ならば傷口を塞ぐと同時に記憶を封じることができる。それは不特定多数から後腐れなく血液をいただくための俺たちの生存戦略だ。
本当は……。本当に一度きりのつもりだった。一度、結城の血を吸ってみれば満足できると思っていた。
だけど……。
『すき』
去年の俺の誕生日。
傷口を塞ぐ前。結城にとって一番つらい状態の時に言われてしまったその言葉で、俺は動揺した。
結城はこんな俺を受け入れてしまう。
覚悟が足りなかったのは俺の方だ。
その日以降、箍が外れたように衝動がひどくなってしまった。もちろん薬は服用していた。だけど、それではとても抑えられない。一度吸ってしまった甘い蜜を体が欲しがるようになってしまっている。
結城なら俺の『眷属』になってくれると俺の中の吸血鬼が確信している。本能的に結城を求めてしまう。だからこそ、俺のこの体質に結城を巻き込んでしまうのは、ダメだと思った。
そんな葛藤を抱えたときにあらわれたのが静香先輩だった。
彼女が結城に牽制をかけてきたことがわかった時、このままでは結城が離れていってしまうことが具体的に想像できてしまって怖くなった。「付き合ってることにしないか」と持ち掛けてしまったのは俺の迷いと弱さだ。
……結城の答えは「嘘なら駄目だ」だった。
この時に結城すべて打ち明けて「付き合おう」と言えていれば全て上手くいったのではないか。その後悔を引きずったところを静香先輩に見事に突かれた。迫ってきた先輩の首筋を噛んだ。先輩には悪いけど、噛んだ瞬間後悔した。忘れてもらうしかなかった。いつもより入念に傷跡と記憶を消すのに時間をかけた。
そこを結城に見られた。
……言い訳はできなかった。
結城は俺から距離をとった。仕方のないことだと思った。結城を遠ざけるには好都合だと思い込もうとした。
それから俺は薬の量を増やした。念には念を入れ、突発的に衝動が起きてしまった時のために薬を持ち歩くことにした。
これで大丈夫だと思った。思っていたのに。
一度吸った血液が『自分の身体と相性がいい』と吸血鬼の身体が判断した場合、相手への記憶の作用が弱くなる。記憶は消えにくくなるし、たとえ消すことができても蘇りやすくなってしまう。
記憶が残りやすくなるのは罠みたいなもんだ。
俺は結城を罠に賭けた。結城への二度目の吸血。正直、期待はしていた。
その期待は叶ってしまい、結城は俺に吸血された記憶を取り戻した。
記憶が残ることで、相手にも選択が与えられる。
捧げるか、立ち去るか。
今、結城のもとに俺がしたことの全ての記憶が揃ってしまっている。
それを踏まえてこれからどうするかは、結城次第だ。
上の空で過ごしていたホームルームが終わった。
青根が無言で俺の席にやって来た。
気づかわしげに視線をよこすのは俺が倒れてから日が浅いからだろう。
「うし、じゃ、部活行くか」
「……」
「大丈夫だよ、もう平気だって」
笑ってみせる。青根はじっと俺の顔を見ると、力強くうなずいて先を歩いて行った。
俺は小さいころから母親に似ていると言われてきた。
色素の薄い髪と瞳、白い肌、赤い唇。
そして少しだけとがった犬歯。
中学に入学した時、制服姿の俺を見て母親が言った。
「堅治はさー、血を吸いたいって思ったことある?」
言っている意味が全くわからなくて鼻で笑う。
「は? そんなこと、あるわけねぇよ」
「そっか。じゃあ、血、吸いたいなと思ったら言ってね。抑える薬あるから」
意味不明。
そのわりには変に具体的だからひっかかる。
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
「んー? 私が血を吸いたくなったの、そのぐらいの年の頃だったし」
「女子は早熟だからねー」と薄ら笑いを浮かべる母親に「バッカじゃねぇの」と悪態をつきながら、俺が一番似ているのはこういう底意地の悪い所だと感じていた。
結局、中学の三年間に『血を吸いたい』なんて衝動はやってこなかった。
◇◇◇
「あなたは吸血鬼よ、私と同じ」
と見せられた母の犬歯は尖っていた。
伊達工への進学が決まったその日、合格祝いと称してレストランの個室に連れていかれた。
父親、母親、俺。
妹だけ連れてこないことを不審に思いながら通されたそこで、俺は母方からの流れをくむ吸血鬼だと伝えられた。
「いやいやいやいや……」
そんな、冗談だろ?
レストラン用にかしこまった格好をしている二人が真面目くさった顔で並んでるもんだから、荒唐無稽さとのギャップに風邪をひきそうだ。
人から血を吸う? そんなことしたら普通に生きていくの難しくね?
普通の人間としてごく当たり前の疑問に、母は当たり前のように答えてきた。
確かに昔は人の生き血をすすっていた。現代ではそのための『薬』があり、それを作るための『製薬会社』が存在する。母方の祖父が作った製薬会社もその一つなんだそうだ。秘密裏に研究がすすみ、今では積極的に吸血しないでも生活できる薬ができている。その薬を使えば、思春期から顕著になる吸血衝動は抑えられる。
……理屈としては一応わかった。そうやって人間社会の中で潜んで、今日まで生き永らえてきた一族の末裔が俺、ということになるらしい。祖母も父親も普通の人間だから、血統も薄くなっていそうなものなのに発現はきまぐれな隔世遺伝的なものであるらしい。『何か』があった時に目が紅く光るのが兆候だそうで、俺は幼い頃から出ていたそうだ。
とにかく、これからは『薬』を服用しておけ、とのことだった。
俺は高校に入ってからそれを摂取し、効果を実感するような吸血衝動を知らないまま普通に生活していた。……歯が疼く気がするのは親知らずのせいなんだとごまかしていた。
が、突然それはやってきた。
結城が髪を上げていた時。
露わになった首筋を見た瞬間。自分の中で何かスイッチが入ってしまったのを感じた。
俺は、この首から血を吸いたい。吸って吸って吸って、吸いつくしたい。
突然沸き上がった欲望に、自分が振り回される感覚が気持ち悪かった。
吸い方など知らないのに本能のままかぶりつく。
疼いた歯が、結城の首筋に突き刺さる。
そこから一気に吸い上げる。
頭がくらくらするほど甘かった。
酔ってしまった感じだった。
吸血される側にとってその行為は苦痛であり衝撃なんだろう。だけど、相手側のそのショックを利用し、一度目ならば傷口を塞ぐと同時に記憶を封じることができる。それは不特定多数から後腐れなく血液をいただくための俺たちの生存戦略だ。
本当は……。本当に一度きりのつもりだった。一度、結城の血を吸ってみれば満足できると思っていた。
だけど……。
『すき』
去年の俺の誕生日。
傷口を塞ぐ前。結城にとって一番つらい状態の時に言われてしまったその言葉で、俺は動揺した。
結城はこんな俺を受け入れてしまう。
覚悟が足りなかったのは俺の方だ。
その日以降、箍が外れたように衝動がひどくなってしまった。もちろん薬は服用していた。だけど、それではとても抑えられない。一度吸ってしまった甘い蜜を体が欲しがるようになってしまっている。
結城なら俺の『眷属』になってくれると俺の中の吸血鬼が確信している。本能的に結城を求めてしまう。だからこそ、俺のこの体質に結城を巻き込んでしまうのは、ダメだと思った。
そんな葛藤を抱えたときにあらわれたのが静香先輩だった。
彼女が結城に牽制をかけてきたことがわかった時、このままでは結城が離れていってしまうことが具体的に想像できてしまって怖くなった。「付き合ってることにしないか」と持ち掛けてしまったのは俺の迷いと弱さだ。
……結城の答えは「嘘なら駄目だ」だった。
この時に結城すべて打ち明けて「付き合おう」と言えていれば全て上手くいったのではないか。その後悔を引きずったところを静香先輩に見事に突かれた。迫ってきた先輩の首筋を噛んだ。先輩には悪いけど、噛んだ瞬間後悔した。忘れてもらうしかなかった。いつもより入念に傷跡と記憶を消すのに時間をかけた。
そこを結城に見られた。
……言い訳はできなかった。
結城は俺から距離をとった。仕方のないことだと思った。結城を遠ざけるには好都合だと思い込もうとした。
それから俺は薬の量を増やした。念には念を入れ、突発的に衝動が起きてしまった時のために薬を持ち歩くことにした。
これで大丈夫だと思った。思っていたのに。
一度吸った血液が『自分の身体と相性がいい』と吸血鬼の身体が判断した場合、相手への記憶の作用が弱くなる。記憶は消えにくくなるし、たとえ消すことができても蘇りやすくなってしまう。
記憶が残りやすくなるのは罠みたいなもんだ。
俺は結城を罠に賭けた。結城への二度目の吸血。正直、期待はしていた。
その期待は叶ってしまい、結城は俺に吸血された記憶を取り戻した。
記憶が残ることで、相手にも選択が与えられる。
捧げるか、立ち去るか。
今、結城のもとに俺がしたことの全ての記憶が揃ってしまっている。
それを踏まえてこれからどうするかは、結城次第だ。
上の空で過ごしていたホームルームが終わった。
青根が無言で俺の席にやって来た。
気づかわしげに視線をよこすのは俺が倒れてから日が浅いからだろう。
「うし、じゃ、部活行くか」
「……」
「大丈夫だよ、もう平気だって」
笑ってみせる。青根はじっと俺の顔を見ると、力強くうなずいて先を歩いて行った。